カバリータ島の平穏は、優しさに導かれ
「あの戦争からもう3年かな?」
グリードオーシャンの島へと降り立った栗花落・澪は潮風を受けながら辺りを見回した。
羅針盤戦争の戦火に巻き込まれたこのカバリータ島は造船所を営んでいた島だ。黒き悪魔『クラーケン』によって修理に立ち寄った船や、納品予定の新船や港を木っ端微塵にされていた。
あの時の海賊の怒号もとい悲痛な悲鳴は澪の耳に残っている。
故に今澪が見回せば新鮮な、整然とした造船所の景色がそこにあった。これが本来のカバリータ島の姿なのだろう。
「お仕事できるくらいに復旧してるみたいで良かった……」
ひとまずは安堵の息を零す澪。
桟橋を歩きながら、停泊中の船を見る。鉄甲船、確りとした造りの海賊船、島で使っているらしき船と色んな船がある。
(「あれは、サクラミラージュ由来の島から来た船なのかな? 鉄甲船はサムライエンパイアだね」)
船を見るだけで島の特徴が分かる気がして何だか楽しい。
造船所の前にある小さな建物へと澪は向かった。開いている出入口からそろっと覗き込んでみる。
「こんにちはー……あの、突然の訪問すみません」
「はいっ! ……あら?」
事務所らしき室内に座っていたのは一人の女性。澪を見て、一瞬思考する表情を浮かべた。
「僕の事……覚えてます?」
「――! 猟兵の――レイくん!」
「ですです。お久しぶりです、シャリーさん」
「やだすごい久しぶりじゃない!?」
撃破後、クラーケンは仲間の猟兵たちによって美味しく調理された。
たこ刺しや海鮮バーベキュー。余った分は使い物にならなくなった船の残骸チップで燻製を作り、お土産として猟兵に持たせてくれたのだ。
シャリーはその時の交流で出会った女海賊である。
「ジーニアス! レイくんが遊びにきたわよ!!!」
そして、島の頭領ジーニアスの奥さんであった。
奥の造船所からは「何ィィィ!!」という野太い叫び声群。
ビクッとなる澪。
「あ、相変わらず元気そうですね」
間を置くことなく地鳴りもし始めた。海賊たちが走るが故の振動だ。
「あっマジだレイが来てる!」
「やっと金が返せますね、頭領!」
とある海賊の言葉に「???」となる澪。
(「お金……あっ」)
そういえば、あの時――。
『あの……この戦いが終わったら、依頼で稼いだ報酬金置いてくから……何か活用して……?』
と声を掛け、海鮮バーベキューの後、本当に報酬金を置いていったのだった。
「わ、忘れてました。あの別に返さなくても」
「いや、貸付で結構だよ、澪さん」
海賊たちの後ろからやってきたジーニアスは、澪の言葉を遮りそう言った。律義そうな性格は相変わらずのよう。
苦笑した澪は「はい、分かりました」と素直に頷いた。
「しかし、こちらが要だと思っていた用件を忘れていたとは……今日はどうしたんだ?」
ジーニアスの言葉に、えっと、と呟いた澪は頭領から海賊たち、そしてシャリーへと視線を移していった。
「あれから結構経ちますし……皆さんどうしてるかなって思って。今日はバレンタインだから差し入れも持ってきたんです」
もしよかったらクッキー、貰ってもらえませんか?
微笑んでクッキーを入れたクーラーボックスを差し出す澪。
「えっ」
「まっ」
「なんていい子……!!」
「久しぶりの甘味!」
海賊とシャリーは涙ぐみ、ちらりと彼らを一瞥したジーニアスは僅かに口端を上げ「ありがたくいただこう」とバスケットを受け取った。
海賊の一人がお茶を淹れに行き、「是非レイさんも!」と誘われたおやつタイム。
「クッキーの味はいくつか用意してみました。ココア、抹茶、こっちは紅茶――」
バターやチョコ、イチゴ味。種類様々なクッキーに海賊たちは喜び分け合った。
「いっぱいあるから、いっぱい食べてくださいね」
「ありがとうレイくん……!」
「魚の形、こっちはヒトデ、これは――クジラか。可愛いな」
一目で分かる海の生物の形のクッキーにジーニアスは感嘆の声。
タコとイカの形は念のため外した澪である。トラウマになってそうな海賊への配慮だ。
「あれからコンキスタドールの襲撃もなく過ごせていますか?」
「そうね、平和といえば平和かな~。まだ復旧中のドッグはあるし赤字も赤字だけど、マシになってきた感じね」
「造船所だから、周囲の修理仲間な島も多少金銭面配慮してくれてるしなぁ。あとはもうちょっと材料がスムーズに仕入れられれば文句なしなんだが」
シャリーや海賊の言葉に眉をへんにょりさせる澪。
「あの、取引したい品とかあれば、商談先の相談には乗れるかもです。あれからたくさん、島も発見されてますし……」
「ふむ……では海図の更新をまずは手伝ってくれるか?」
使える者は使っていく主義なのだろう。ジーニアスが見出した、自身への利用価値を察し、澪は頷いた。
「見てくれ、レイさん! これが本来のうちの島なんだ!」
海賊たちに引っ張られるようにして澪は造船所の見学ツアーへ。
金銭面と相談しつつ過ごしている島のドッグはまだ全部回復しきっていない。
それでも二つが稼働している。
一から骨組み段階の船姿は圧巻で、まるで恐竜の博物館に来ているようだと澪は思った。
「大きい……! すごいですね!」
頬染めて首が痛くなりそうな程に見上げる澪。
船の要となる|竜骨《キール》は名の如くだ。
航海能力に長ける船となり、対コンキスタドールのための戦闘装備も備えられていくらしい。
「つっても戦闘装備は輸入なんだけどな」
「あっちの建物では帆を作っているんだ」
などなど、海賊たちは丁寧に澪へと教えてゆく。
あの破壊の日から復興しゆく島を見てもらいたかったのだろう。
目を輝かせる澪の姿に海賊たちは嬉しそうにしていた――。
「レイくん、今日はありがとう」
「また遊びに来てくれると島の奴らも喜ぶだろう」
シャリーとジーニアス、そして海賊たちが澪の見送りとして共に桟橋までやってきた。
「ううん、こちらこそ、お土産までありがとうございます」
骨せんべいや魚の燻製など、日持ちするお土産が澪のクーラーボックスに入っている。
――挨拶は、またね。
賑やかな彼らの声に見送られ、澪はカバリータ島を後にしたのだった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴