home-made~手作りチョコレート教室
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UDCアースにあるレストラン。
その店の定休日は、やってきた子供達がご飯を食べる日。
初めてやってきた子は物珍しそうだったり、恐る恐るとした動きだったり。
同じくらいの年齢の子が『いただきます』と言うのを見ては真似してみたり。
「おかえりなさい!」
――明るい声が子供達を迎える日。
週に一回開いているエリシャ・パルティエルのこども食堂は今日も賑わっていた。
「おいしい!」
「初めて食べる……」
「これ、おうちでも作れるかな」
子供達の幸せそうな声、こちらが切なくなる声。様々な声の主へと話しかけながら、今日もエリシャはメイン料理を給仕している。
そんな中、今日はいつもと違う会話も聞こえてきた。
「イロハちゃん、お菓子作りをするの?」
問う声は冬原・イロハに向けたもの。エリシャが見れば、座敷の方にいたケットシーは「はい!」と元気に応えている。
「バレンタインの手作りチョコ体験教室をエリシャさんが開くとのことで、私はそのお手伝いをするんです」
食堂のテーブルや出入口に置いてあるチラシを、イロハは興味を示した子供達に差し出した。
そこには分かりやすい文字、カラフルな色で体験教室の案内が書かれている。
「きっちんすたじお……」
「あ、知ってる! ここ、クラブに近いところだ」
学童クラブの近くにあるキッチンスタジオ。そこで手作りチョコの体験教室があるのだ。
「興味がありましたら、一緒にチョコを作りましょう♪」
今年のバレンタインは水曜日なので、開催日は日曜日としていた。
「エリーお姉さん、チョコって子供でも簡単に作れるの?」
食器を返却口に持ってきた女の子がエリシャへと声を掛ける。この子は少しおしゃまで理科が得意。言動が大人っぽい子だ。
「ええ! もちろんよ! チョコレートを湯煎してね、好きな形にしちゃうの」
「ゆせん――」
「ふふ。作り方も色々あるんだから! 気になるなら是非来てみて」
友人みたいに接するエリシャに、女の子は興味が湧いたのかこくりと頷いた。
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「この前のキャンプで三人で草木染をした時に、子どもたちと一緒に体験教室が出来たらって言ってたでしょ? そのあと、まずはバレンタインのお菓子作り教室をしてみようかなって思ったの」
喫茶店で自身の想いを告げたエリシャに、イロハは目を輝かせる。
「素敵な計画です……! ふへへ、子供たち喜んでくれそうです」
手作りのものって特別ですから!
嬉しそうに言うイロハにエリシャは微笑む。
(「イロハを誘ってみて良かったわ」)
キマイラフューチャーで一緒にお菓子作りの動画も撮った仲だ。
子供達も簡単に作れるレシピを考えて、イベント物は業界の繁忙期でもあるので食材は早めに発注しておく。
「インターネットって便利よね。スマホ様々だわ。ラッピングは、あたしは自分の足で探して回りたいかも」
「色んなデザインがありますからね。私もお出かけした時に一緒に見てみます」
そう話し合った日から、チラシを作ったり、こども食堂を開く日にお菓子作りの動画を用意してみたり、当日に向けての準備が進められていく。
エリシャや、やってきたイロハに尋ねる子供達の反応は上々だ。
(「上手くいけば他のこともやってみたいわね」)
どんな体験教室がやれるか、そんなことを考えながら日々は過ぎていく。
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2月11日。
「みんな、集まってくれてありがとう。今日はバレンタインのチョコレートを作っていきましょうね! デザインはみんなにお任せよ♪」
エリシャがキッチンスタジオに集まった子供達にそう告げれば、色んな「はい」の声が返ってくる。――ちょっぴりおすまし顔、緊張している顔。表情は様々だ。
「さあ、みんな。エプロンを着ていきましょう。貸し出しのエプロンもあるから安心してね」
エプロンと三角巾。エプロン一つを見ても、その子の好きな色や柄が表れているようで楽しい。
エリシャの今日のエプロンは青いリボンが特徴的な、可愛くも大人っぽい色のもの。こども食堂の時と同じバッジを付けている。
「チョコクランチを作りたい子はこちら。マシュマロチョコを作りたい子はこっち。恵方巻ロールケーキを作ってみたい子はこちらに!」
黄色のパステルカラーのエプロンを着用したイロハが班分けをしていく。
「ロールケーキ上手にできるかなぁ」
「最初は失敗しがちなんですよねぇ……でも切ってしまえばどれも綺麗に見えるから不思議なのです♪」
イロハは自身の失敗談を教えつつ、好きなフルーツを並べていく楽しさも同時に教えている。
手作りチョコレートの基本は板チョコを刻んで、湯煎で溶かすことから。その前に材料を用意していく。
「ハートのマシュマロをマドラーに刺して……」
「お弁当のピックでも可愛いね」
好きなデザインのものを選んでハート型のマシュマロや普通の形のマシュマロを串状にしていく子供たち。
チョコを刻む段階では、
「けっこうちからがいるね」
「押すように切っていくの」
危なくないように、エリシャがコツを教える。
包丁の峰に手を添えてまな板の上でやや固定し、柄の方を上下に動かし板チョコを刻んでいく。
湯煎にかけて溶かし、チョコにマシュマロを絡めた。
「あ。これ知ってる、フォンデュ!」
「トッピングは好きなものを使って、可愛くしてみてね」
カラフルスプレーや、星やハートの形の砂糖飾り、アラザンやカラークランチ粒、砕いたナッツを飾っていく。
クランチチョコの方は、湯煎したチョコのボウルにシリアルを投入する。優しくかき混ぜて、小さな紙のカップにスプーンで入れていくのだ。
「こんな感じ?」
「ええ、いい感じよ」
こちらも同じようにトッピングしていった。
トッピングのデザインを見て見てしたり、可愛さを褒め合ったり、楽しい時間は過ぎていく。
そんな時。
「あの、おねえちゃんたち、相談があるの」
ひそっと声を掛けてくる少女が一人。こども食堂によく来る小学二年生の子。
「いちかちゃん、どうしたの」
内緒話かしら? と思ってエリシャはその子の目線まで屈んだ。イロハはお立ち台を持ってきてそこに立つ。
「あのね。チョコをあげたい子たちがいるんだけど……」
話を聞いていくと、バレンタインプレゼントをあげたいのはいちかの幼馴染となる子たちだ。
「ふたごちゃんで、いまようちえんの年長さんなの」
可愛いの。といちかはほわりと微笑んだ。
双子はアレルギー持ちで、甘いものが苦手らしい。
事前に双子の両親とお話してきたらしいいちかの手にはメモが握られている。アレルギー内容が把握できているのはありがたい。
「事前調査……いちかちゃん偉いわね」
「双子さんの好きな味を――いちかさんお優しいのです」
ほわわっと心が温かくなってくるエリシャとイロハ。
「なるほど。大丈夫よ、いちかちゃん。双子ちゃんが好きそうなチョコを作っていきましょう!」
恋人の陽里はアスリートで甘い物を制限している身だ。
「生クリームの代わりに豆腐を使ったりする生チョコもあるの」
「お豆腐! 私、買ってきます!」
エリシャがスマートフォンでレシピを検索し、イロハが豆腐を買いに出ていく。
しばらくしてエリシャに着信が入った。イロハだった。
『うっかり飛び出してしまいましたが、他にも買う物ってありますか?』
「イロハったら。それじゃあお願いしようかな、豆乳と、しょうがと……」
作ったのは豆腐を使った生チョコレート、甘さ控えめココアクッキー、ジンジャーココアクッキー。
いちかや一緒に作った子達は嬉しそうにラッピングをしていく。
他の子たちも、「この色好きかな?」「喜んでくれるかな?」とラッピングの作業も楽しそう。
仕事が大変そうな親に、大事なお友達に、好きな人に。
子供たちの胸は今、想い人でいっぱいになっていることだろう。
「おねえちゃんたち、今日はありがとう!」
「エリシャちゃん、イロハちゃん、先生してくれてありがとー」
「報告、楽しみにしててね!」
ほくほく、にこにことした表情の子供達を笑顔で見送るエリシャとイロハ。
見送りを終え、お茶でも淹れましょうか? と言ったイロハにエリシャは頷いた。
チョコレートの香りに満ちた室内に、紅茶とレモンの香りが混じる。
「皆さん、喜んでくれてよかったですねぇ!」
話すことはもちろん今日のことだ。
「ええ! 手作りバレンタインの教室、開催して良かったなって思ったわ」
改めて振り返れば、しみじみとした想いが湧いてくる。
「バレンタインって好きな人やお世話になってる人にチョコやプレゼントを贈るけど、ついつい自分が作れるもの、作りたいものになっちゃったりするのよね」
――何度か繰り返してると特に。と、エリシャは呟きを挟み、言葉を続ける。
「でもいちかちゃんみたいに、贈る相手に喜んでもらいたいって気持ちがやっぱり大切だって気づかされたわ」
「私もついつい自分を優先しちゃいがちなので……ちゃんとお相手のことも考えていきたいですね」
こくこくとイロハは頷いた。
「私も今日は参加できて良かったなって思います。エリシャさん、声を掛けくださって、頼ってくださってありがとうございます」
「ううん、こちらこそ。手伝ってくれてありがと! 楽しかったし、今日の日も大切な思い出になったわ」
で、ね。とエリシャはラッピングに包んだクランチチョコをイロハに差し出した。
「イロハにも、少し早いけどバレンタインプレゼントよ」
「ふへへ。私もエリシャさんにバレンタインプレゼントです♪」
お互いに、今日作ったものを交換しあう。
みんなの大切な人に、想いが伝わりますように。
そう願ったのだった。
成功
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