Bottom of the 9th
佐々・冬雪(不器用少年・f42327)、高校三年生。
どこにでも居る平凡な――いや、少しばかり卑屈なところがあり、主に人付き合いで損をしがちなこの少年には、ある大切な趣味があった。
それは、野球観戦。特に贔屓のプロ野球チーム『東京ハニーバジャーズ』の応援である。
けれどそんな冬雪の胸に去来するのは、いよいよ迫ってきた『大学受験』という現実。
(「本格的に受験シーズンに突入すると、観に行けなくなるだろうな……」)
冬雪が愛するハニーバジャーズというチームの特徴は、言ってしまえば『めっちゃ勝つ時とめっちゃ負ける時の落差が激しい』という、ファンの胃袋や手首をしばしば破壊してくるちょっとやんちゃな球団だった。
去年はいわゆるBクラスに甘んじる結果となってしまい、今年こそはと奮起する球団をはじめとして、ファンの応援にも様々な形の熱意がこもっていた。
「行けるうちに、行っておかないとな……現地」
ファンクラブにも当然入会している冬雪ならば、思い立ったが吉日とばかりにスマホからチケットの予約ができる。幸いにも会員先行販売の恩恵で、土曜日に行われるデーゲームの内野席を確保することができた。
ハニーバジャーズの本拠地は屋外球場なので、あとは当日の天気が良いことと、さらに言えば愛するチームの勝利を願うばかりであった。
「晴れた……! 野球の神様、ありがとう……!」
試合当日、天気は快晴。絶好の野球観戦日和。ハニーバジャーズのレプリカホームユニフォームを身にまとった冬雪は、天を仰いでこんな言葉を呟いた。
球場の最寄り駅には、既にハニーバジャーズファンと思しき人々が続々と集結していた。それだけではない、対戦相手あっての野球というもの、今日勝負する同じ在京球団のファンらしきオレンジ色のユニフォームやグッズを身につけた人々の姿もあった。
どこからどう見ても立派なハニーバジャーズファンの冬雪は、ソロ観戦にも慣れたもの。一度球場に入ってしまえば、一塁側応援席にいる全員が味方なのだから、何も恐れることはない。
球場に入った冬雪は推し選手プロデュースのお弁当とお茶を購入し、いそいそと自分の席へと向かう。現地で飲食をすることも、立派な応援のひとつだ。
(「秋山選手、今日はスタメン出場するかな……」)
冬雪の最推し選手は、守備範囲が広い外野手の秋山選手。選手プロデュースグルメも発売される程の人気を誇るが、最近は打撃の不調でスタメンを外れることも多く、そういった点でもハラハラしていたのだった。
「大変長らくお待たせ致しました、本日のスターティングメンバーの発表です!」
わあああああ! 歓声と共に拍手が沸く。冬雪はお弁当を慌てて食べ終わらせると、お茶を一口飲んで、その時を待つ。まずは対戦相手のスタメンがコールされ、それからホームチームのスタメン発表となる。冬雪は、手に汗を握って、その時を待った。
「一番! センターフィールダー、秋山・アキラ!」
「うわあああああああああ!!!」
冬雪は、それこそ普段の様子からは想像もできないような大声で歓喜の雄叫びを発した。選手の名前入りタオルを高々と掲げ、推しのスタメン入りを祝福し、全力で応援する!
その後も続々とハニーバジャーズの選手たちがホームならではの派手な演出で紹介され、球場は大いに盛り上がった。
思いはひとつ。
今日こそ、勝つぞ!
応援歌だってほぼ全員分歌える。チャンステーマの準備もバッチリ。
あとは、選手たちの頑張りを後押しするばかり!
冬雪は、外野応援席からの大音声に合わせるように声を出しながら、試合開始の合図を待った。
「あ、あああああ!?」
一塁側、ハニーバジャーズ応援席からは困惑とため息が頻発していた。どうしたことか、ハニーバジャーズが誇る先発陣の中でも次世代のエースと目されている角井投手が、制球を乱してしまい相手チームにことごとくヒットを量産されてしまったのだ。
「おいおい大丈夫か? まだ3回でもう5点取られたぞ……」
「今のウチにこの点差をひっくり返せるだけの得点力は期待できないし……」
周囲の席から、悲観的な会話が聞こえてくる。無理からぬことだ、冬雪も正直早々に胃が痛くなってきたし、何ならおうちに帰りたいまである。
ハニーバジャーズも奮戦はするが、本塁が遠い。推しの秋山選手が先頭打者出塁で盛り上がったものの、後が続かず、得点には至らない。
(「せっかく来たんだ、こういう時ほど応援しないでどうする……!」)
1アウトの状態から、なおもランナーを背負う角井投手に対し、頑張れとコールが上がる。そこからはエースの意地を見せた角井投手が何とか抑え、5回までを終えた。
球団マスコットのラーテルくんが、黒と白の旗を持って一塁側応援席に向けてパフォーマンスを行う中、冬雪はお手洗いのため一時席を離れる。すぐ戻ってくるつもりだったのだが、相手の攻撃中などは結構混雑するもので、用事を終えられたのはハニーバジャーズの攻撃に移ってしまったタイミングであった。
しかも。
「「「わあああああああああああっ!!!!!」」」
「え!? 何!?」
自分の席に戻ろうとした冬雪が、状況を把握しかねて、咄嗟にバックスクリーンを見る。
そこには『HOME RUN!』とのド派手な演出が表示されていた。6回ウラ、遂にハニーバジャーズの反撃ののろしが上がった瞬間だったのだ。
(「えっ……俺、現地観戦してる時、離席してると点入ること、多くない……?」)
ファンからは「君ずっとトイレ行ってていいよ」と言われそうな勢いである。ともあれ、このホームランをきっかけに打線がようやく覚醒し、ヒットもつながるようになった。
一時はお通夜状態になりかけた一塁側応援席が、今や興奮のただ中にある。ラッキー7と呼ばれる7回の攻撃でも追加点を上げ、遂に1点差というところまで迫ったのだ。
(「同点……いや、逆転しないと」)
無念の降板となった角井投手の負けを消してあげたい。
中継ぎの投手陣は、必死に相手チームの打線を封じ続けている。
あとは、野手陣がこのまま勢いに乗ってサヨナラ勝利ができれば――。
9回ウラ、2アウト、ランナー1、3塁。
この好機に、冬雪の最推しが打席に立った。
スタンドのほぼ全員が、チャンステーマを歌う中、勝負の時は来た。
相手チームの守護神が、今日はやや劇場型になっている。チャンスだ! 打ち抜け!
スタジアムに歓声が響く。ハニーバジャーズファンが総立ちで秋山選手のサヨナラ3ランを見送った。最終的には1点差での、ハラハラさせる勝利を飾ったのは、東京ハニーバジャーズ!
当然、ヒーローインタビューは秋山選手。冬雪はタオルを掲げたまま、涙目でその様子を見守っていた。
(「たまにこういう試合見せてくれるから、このチームのファンやめられないんだよなぁ」)
当然、現地観戦をして、必ず報われるとは限らない。せっかく現地まで足を運んだのに、ボロ雑巾のように負けて悔しい思いをしながらとぼとぼと帰路につくことだってある。
けれど、今日は胸を張って帰ろう。もうこんなチーム知らないんだ、なんて思いかけたこともあったものの、ハニーバジャーズファンをやっている以上はそれも日常茶飯事。
胃痛も手の平返しもお手のもの、冬雪はこれからもきっと、この愛すべきチームを応援しつづけるのだろう。
成功
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