闇に踊る魂、血に染まる夜
暗い、暗いダークセイヴァーの、煌びやかに輝く舞踏会。
それは命を脅かされる生活など送っていない上流階級の為に行われるイベントであり、交流のために開かれる会場であり、自らの富を誇示する舞台である。
ある時は踊りを楽しみ、またある時は音楽を聴き、また時は言葉を交わし合う。
あるものが言うには、一種の独特な熱を持ち、日々を忘れ、この夜だけは幻想に溺れられる場所だ、と。
あるものが言うには、一種の独特な冷気を持ち、日々に強く結びつき、この夜だけは一瞬たりとも気の抜けない場所だ、と。
ルキフェル・ドレンテ(嘆きの明星・f41304)はそんな舞踏会の中で、一人優雅に佇んでいた。
その所作は誰よりも堂々として。
その周囲には誰も寄せ付けない雰囲気を放つ。
ルキフェルは、何かを思い出すように。この熱を、冷気を、浴びるように。
「久しい、久しい感覚だ……」
ふと、周囲に目をやれば、|三拍子《ワルツ》を踊っている。
タン、タン、タンと流れるような音楽と共にステップを踏み、裾の長いドレスを靡かせて、舞う。
既視感を感じる。
忘れたはずの記憶から、何か思い出そうとしているのか?
否。
体に染みついたかつての動きが、失った記憶を超えてルキフェルに届けられる。
「嗚呼、この|三拍子《ワルツ》はよく知っている……」
だが、ルキフェルは動かない。
踊れないわけではない。
ただ、今の気分と違うだけ。
「足型の名前もろくに覚えぬが、今すぐにでも晴れの舞台で踊れるだろう──」
ルキフェルもかつて──生前は、音楽や踊りを嗜んだ貴族の一人だった。
全てを奪われ、絶望し──紆余曲折あっての現在だが、かつて本気で打ち込んだこの文化、完全に失うはずもない…
しかし、だからこそ。
「忌々しい……」
僅かに残る生前の記憶。
それは全てが暗く、赤く、絶望の体現であるかのように。
冷たい彼女の手触りなど、忘れられるはずもなく──
つまらんな。
何も変わっていやしないではないか。
記憶もないのに、そう思う。
「おいで、蹄持ち。貴様の軽快な|三拍子《駈歩》の方が今の俺の気分にはあっているのだ。」
名前も忘れた自らの愛馬を呼ぶ。
そして、優雅な動作で、現れた巨躯の馬に乗る。
周囲の人間が、何やら怒鳴るように捲し立ている。
まともに聞く気はないが…貴様らごときが、俺に何か言う権利を持っているとでも?
「煩いな、少し黙れ……」
そしてルキフェルは会場全体を睥睨しながら、よく通る低い声で告げる。
「ご機嫌よう、馬の骨ども。舞踏会はお開きだ、曲目を葬送行進曲に変えると良い──」
騒然とする会場。
慌ててルキフェルから離れる者、静かに事の成り行きを眺める者、慌てて衛兵を呼ぶ者、そして、ルキフェルに怒鳴りつける者。
「この高貴なる舞踏会に、馬を連れてくるとは気でも狂ったか!!」
「下賎な者が紛れ込んでいたか!早く摘み出すのだ!」
「今、貴様は…誰の事を気狂いと、誰の事を下賎な者と言ったのだ…?」
ルキフェルは、仮面の奥に怒りを隠して、問いを投げかける。
何か考えがあるでもなく、ただ口をついて出た言葉。
「貴様に決まっておるだろうが!そんな事も分からん下民め!」
嗚呼、こんな事を聞かされるくらいなら、わざわざ問いを返すのは失策だったな……
貴様のせいで、怒りを我慢するのも、限界だ。
「もう良い、もう、黙れ。」
よく通る声。威圧感のある、恐怖を纏う声。
──始めようか。曲目は…貴様らの悲鳴でどうだ?
ルキフェルが手を翳すと、舞踏会の会場に、幾つもの炎が浮かび上がる。
それはこの世に絶望を顕現する地獄の炎弾。
「嗚呼、よく燃える装いじゃないか?実に気の利いたドレスコードだ、主催に褒美をやらねばな。」
幾重にも響き渡る悲鳴。
先ほどの威勢は何処へやら、ルキフェルの周りには恐怖で足がすくみ、逃げられなかった先ほどの男。
「おい、貴様。俺の事を、先程は何と言ったのだ…?」
「お、おい貴様、こ、こんな事をしてタダで済むとでも、思っているのか!!え、衛兵はまだか!」
やはり、煩い。返答にもなっていない。
会話をする事自体が無駄なような気がして、ただ怒りだけが積もってゆく。
この間にも、逃げ出している者がいる。
しまったな。こんな馬の骨に時間を使うくらいなら、魂を集めていた方が良かったか。
だが、この怒りは収まらぬ…たとえ串刺しにしても、許さないだろうがな。
「蹴り飛ばせ、蹄持ち──」
「ひっ…ぐぶぁっ……」
ルキフェルの乗る馬に蹴り飛ばされ、床を数度跳ねて、転がりながら止まる。
足と…胴体も数本骨が折れている。痛みで動くことすらままならない。
話す言葉も苦痛と恐怖で震えた吐息と混ざり合うだけ。
「まだだ、蹄持ち。この馬の骨に、|三拍子《ワルツ》とはどういうものか、その身に刻んでやるのだ。」
僅かな悲鳴。骨が砕ける音。
ダクダクと血が湧き出し、上品な正装に紅い華を咲かす。
顔に飛び散った血をペロリと舐め、唾と共に吐き出す。
「不味い。忌々しい記憶の味だ…貴様はどこまでも、私の気を逆撫でする……」
顔についた血を手で拭い、命令する。
「いくぞ、蹄持ち。逃げた者たちを狩るのだ。生憎俺は…満足などしていないのでな──」
まだ働いてもらうぞ──
現れるのは、この世の地獄とも言える光景だ。
蹄の音が響き、肉が焼け焦げる香りが満ち、破壊音と爆発音が継続的に大気を揺らす。
ここはダークセイヴァー、どこかを探せば、オブリビオンに虐殺される民はある程度存在する。そんな場所。
この世界で死んだ彼らは、半透明な肉体を得て復活し、さらなる絶望を過ごすというが──
だが、今は違う。
ルキフェルの持つ“檻”に魂が集められるが故、その苦しみを受けることはない。
尤も、そこにあるのは種類の異なる絶望、というだけなのだが。
僅かな刻が過ぎる。
「──なぁ、馬の骨よ。楽しかったか?そうだろうとも。全く、貴様らにはすぎた贅沢だ──……」
だが、もう潮時だ。
「……帰ろう、そろそろM’ladyが目を覚ますやもしれぬ。獣よ、今日もよく働いてくれたな──」
そっと、首筋を撫でる。
燃え盛る周囲と対照的に、柔らかな時間。
僅かな間しか記憶に残らない、泡より儚い感情を抱いては、また別の感情に埋め尽くされていく。
手の上に漂う青白い光。
ルキフェルがたびたび便利に使うグリモアの光だ。
「さて──今宵は楽しかった。また、時を置いて訪れるとしよう…」
青白い光が一層強く輝いて──ルキフェルの姿が消える。
だが、それに安堵の声を漏らすことの出来るものなどいない。
炎が消えると、クリアになった光景が目に映る。
尤も、目に映ったのはその目を覆いたくなるほどの凄惨な光景だが。
誰一人として生き残っていない──ただ残酷なその事実だけが、破壊された舞踏会の会場とともに残っていた。
ルキフェルの、向かう|先《未来》は──
成功
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