甘やかしあわせ、和バレンタイン
季節が再びくるりと巡って、今年もやって来たのは。
甘やかな香りいっぱいの、特別な日――バレンタインデー。
もう何度も一緒にふたりで、楽しく甘い時間を毎年過ごしてきたのだけれど。
今年のバレンタインは、いつもとはちょっぴり違う雰囲気で。
「ほわ……風情があって素敵なお部屋ね!」
「うん、落ち着いていて、いい雰囲気だね」
エアン・エルフォード(Windermere・f34543)は、そう妻の言葉に返しつつも。
そわそわしている彼女――モモカ・エルフォード(お昼ね羽根まくら・f34544)の様子を見つめながらも内心微笑ましく思うけれど。
でも、ふと瞳を細めて思う……いや、それはももだけではないか、って。
そして、ちらりとカゴを覗けば……おしゃまさんな姉も、大人しい性格の弟も、やっぱりそわそわ。
「こら、まだ外へ出ようとしたらダメだよ」
一緒に連れてきたふわふわ毛並みの黒猫姉弟達も初めての場所に、落ち着きがない様子で。
エアンは仔猫達にそうやんわりと言って聞かせた後、揶揄うように笑って続ける。
それに……もちろん、ももも、ね、なんて。
エアンが見守るように視線を向けている妻は今、余裕がない様子だけれど……でも、彼女なりに一生懸命に。
――おしとやかに……おしとやかに……。
(「今日はせっかくお着物でオシャレしたんだもん」)
そう呪文のように心の中で唱えながら、自分に一生懸命言い聞かせているのである。
本当は、思わず飛び跳ねてはしゃぎたくなるモモカなのだけれど、ぐっと我慢して。
エアンの隣を静々と……頑張って、歩いているつもり。
だって今日、皆で訪れたのは、サクラミラージュの老舗の日本旅館なのだから。
慣れない着物や旅館の落ち着いた雰囲気に、モモカはどきどきするけれど。
でもバレンタインの日に、こうやって特別な旅行がみんなでできることは、うきうき嬉しくて仕方ないから。
窓側に広縁がある、ゆったりした趣きある畳敷き部屋に通されれば、ちょっぴりホッとしながらも。
純和風な雰囲気も抜群、それでいてほわりとあたたかみがあって、ゆっくり夫婦で寛げそうな部屋に、わくわく。
仔猫達もカゴから出てくれば、首につけたピンクと青のリボンを揺らしながらも、とてててっと。興味深々楽し気に、部屋の中を早速探検。
それからモモカは見晴らしが良いことに気付けば、そそそそ……と窓際に寄って。
ひょこっと外を眺めてみたら、年中咲いている桜の花弁とともに、路にはまだ雪が残っていて。
だから、お散歩は寒いかしら……と思いつつも、ふと時計を見れば。
「でも……先にご飯よねっ」
まずはお楽しみの、ご飯の時間です!
夕食は、部屋でゆっくりいただける、和の懐石料理。
飲みやすい食前酒のかりん酒に、前菜は寒鱈の焼き物、海老と帆立の吸物に、新鮮で美しいお造り。
蕩けるように柔らかな肉の焼物も、火をつけて貰って作る一人分の鍋物も、カニつみれの揚物や他の品書き、どれもが絶品で。
旬の炊き込みご飯に、勿論かかせない締めのデザートのアイスまで美味しそう。
それに……今日は何て言ったって、バレンタインなのだから。
お吸い物や煮物の野菜がハート型だったり、可愛いハートの食器が使われていたり、デザートも抹茶とチョコレートのハート型アイスだったりと。
今日だけの、ちょっぴり特別仕様になっていて。
そしてそんな料理と一緒にいただくのは、美味しいお酒。
モモカは白ワインを少しだけ、ちびちびちょこっとずついただきながらも。
「えあんさんのは……日本酒?」
「うん、辛口の冷酒。とても美味いよ」
言葉通り、とても美味しそうに彼が飲んでいるお酒をじいと見つめてみる。
エアンは、そんな自分の冷酒がちょっぴり気になっている様子の彼女へと、お裾分けにと差し出してみつつ。
「少し舐めてみる? ももは酔ってしまうかな」
そう言われれば、ふわり漂ういい香りに誘われて。
そうっと唇を付けてみる、モモカであったのだけれど――。
「……も、ももには早いみたい~」
ぴりっとした辛味に、思わず眉が下がっちゃいました。
そんな、酔う以前の問題だった妻に、大丈夫? と声を掛けつつも、さり気なく水を渡してあげながら。
ふとみれば……姉弟揃って仲良く、尻尾をゆうらゆら。
エアンは、そんな嬉しそうに尾を揺らす仔猫達の様子に、柔く瞳を細める。
……仔猫達も特別なフードをもらってご機嫌な様子だ、って。
そう……懐石もところどころ、ちょっぴりバレンタインの特別仕様であったように。
2匹の子猫たちにも、今日は特別なウェットフードを。
それから、美味しいごはんでおなかも心もいっぱいに満たされれば。
ちょっぴり再び、そわりとするモモカ。
だって――この日のために、こっそりとお家で作ってきたのだから。
そう、それは、バレンタインの贈り物!
しかも今年のバレンタインは、日本旅館で過ごすって決まってから。
和の雰囲気に合うようなものにって、一生懸命色々考えて。
でも、彼の大好きなラム酒は使いたい……そういっぱい悩んだ結果。
考え出したのは、彼の好きなラム酒とコニャックをたっぷり使ったトリュフをまん丸にして、ぷすっと串に刺していって。
「えあんさん、はっぴー・ばれんたいん」
贈る完成品は、モモ心いっぱいの――串だんごに見立てたチョコレート!
……喜んでくれるかな? なんて。
ほんのり頬を色づかせながらも、エアンのことをちらりと見上げれば。
「毎年の事ではあるけど、やっぱり嬉しいな。ありがとう、もも」
今年もそう、笑顔で受け取ってくれて。
ぱっと嬉しそうな表情をしながらも、今度は味が彼好みかどうか、どきどきのモモカ。
「へえ……串団子風のチョコレートか」
エアンは趣向が凝らされた今年のチョコレートをそう眺めながらも。
嬉しそうにそっと細めたのは、ふわりと香ってきたから。
自分の好物であるラム酒を使ってくれたことに、気付いて。
そして何より、そのことまで考えてくれた妻の想いが嬉しくて、愛しさが増すばかり。
それから、どきどきした様子で自分を見つめているモモカから貰った、串ラムチョコ団子をひとつ――ぱくり。
口にしてみて、じっくり味わった後。
数度頷いてから、エアンは微笑んで返す。
「うん、いい味だね」
ふんだんに使われたラム酒の芳醇な味わいは、濃厚でとても美味しいし。
それに、モモカが一生懸命作ってくれたチョコレートならば、文句なしの花丸一等賞に決まっているから。
そんなお団子風のチョコを美味しくいただいていたエアンは、隣へとふと目を向けて。
「あれ? なるほど、ちゃんとおやつを用意してきたとは、偉いぞ」
黒猫達のやりとりに、思わずほわり。
もふもふな仔猫達をわしゃわしゃっと撫でつつも、和んでしまう。
おやつを咥えてえっへん、得意げに弟猫に差し出すお姉ちゃん猫の姿に。
そして、ピンクのリボンと尻尾を誇らしげにゆらゆら揺らすおしゃまさんの贈り物に。
ブルーのリボンと尻尾をふるりと小さく揺らす大人しい弟くんも、嬉しそうな様子がわかるから。
モモカもお姉ちゃん猫も、チョコレート作戦大成功です!
それからチョコレートを渡し終わった後、ふと窓の外を見れば。
気が付けばひらひらと、桜花弁と一緒に、雪が舞い降ってきていて。
美しく整えられた趣きがある和風の庭を、特別な冬の彩りが染めあげている。
だからモモカは改めて、エアンへとこんなお誘いの声を。
「ラム酒のトリュフで身体が温まったら、ちょびっとだけ、お散歩に行かない?」
折角だから、雪と花弁が降る和の風情の中を、一緒に並んで歩きたくて。
そしてエアンも勿論すぐにこくりと頷いて、微笑みと言葉を彼女へと返す。
「そうだね、散歩を楽しもうか」
さっきもモモカは思ったのだけれど、外は今も寒そうで。
でも、ラム酒たっぷりのトリュフで、彼の身体もぽかぽかだろうし。
それに……そんな彼とぴたりと寄り添って歩けば、きっと自分もあったかい。
何より、大好きな人のすぐ近くにいれば、それだけで幸せで。
どきどきしちゃって、頬もきっと熱くなっちゃうだろうから。
……行こうか、って、優しく差し出してくれる大きな掌に、自分の手をそっと重ねて。
思った通り、あたたかい彼の体温を感じながらも、楽しいお散歩のひとときを。
おしとやかに……おしとやかに……って、そうまた密かに心の中で唱えながら。
そんな自分の姿を愛し気に見つめている、彼の視線には気付かずに。
一生懸命、大和撫子になりきって歩くモモカ。
そして、風情溢れる雪と桜の景色の中――ふわりと。
優しく引き寄せられ、感じた大好きな人の熱に蕩けてしまいそうになりつつも。
そっと体を寄せて、彼へと身を委ね、一緒に歩く。
特別な日の、この甘やかなしあわせに、酔い痴れそうになりながら。
成功
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