ティタニウム・マキアの打響
●平常運行
「なぁ、なんで?」
それは既視感――デジャヴというやつであった。
違ったのは自分が仰向けになっているということであり、ここがソファの上であるということだ。
毎回。
本当に毎回なんで? と亜麻色の髪の男『メリサ』は思った。
疑問に答えるべき者は、疑問に答えない。
「ええ、通い妻です」
なんで? の問いかけにこれである。何者であるのか、という問いかけはしていない。
わかっている。
目の前の紫のメイドがやべーメイドだってことくらいは。
根本的に互いの認識がズレているような気がする。
通い妻ってこういうのだっけ? と思わないでもないが、まあ、端から見たらまあ、そういうのなのかもしれない。
「そういうんじゃねーんだけど。いや、もうなんで此処がバレてんの? っていうのは聞くだけ無駄かもしれないな」
「ええ、全く持ってその通りでございます。勿論、『ティタニウム・マキア』ごときに追跡されるような真似はしておりません」
巨大企業群をして、ごときって言えるのは、目の前の存在が生命の埒外である猟兵であるからだろう。
ステラ・タタリクス(紫苑・f33899)は『メリサ』をソファの上に壁ドンならぬ床ドンの体勢で覆いかぶさっていた。
この状況がすでになんていうか、手詰まり感半端ない、と『メリサ』は思った。
けれど、もう逆に慣れてきてしまったな、とも思っていた。
このメイド、ステラが自分のセーフハウスに堂々侵入してくることなんて、もう日常になってしまったというか。
「マンネリですか?」
「そういうんじゃねーんだけど! なんか倦怠感醸し出すのやめてんない!?」
「いえ、私は『メリサ』様にマンネリなど感じておりませんが! 常に新鮮な気持ちで押し倒させて頂いておりますが!」
だからぁって思ったが『メリサ』は思ったが、用件があるから来たのだろう。
なんとなくわかっていた。
きっと『あれ』のことだろう。
「ところで『メリサ』様、彼女に隠し事は良くないと思うのですが」
「付き合った記憶ないんだけど!? え、あれ!? 俺もしかして記憶飛ばしてる!?」
飛ばしてない。
だが、ここは微笑むところだ。
「そんなことしているわけないじゃあないか。キミに隠し事なんて、俺がいつした? キミの前でいつだって詳らかにオープンハートしていたはずだぜ?」
甘やかな声。
ステラの頬に触れる手は義体の冷たさを感じさせなかった。
それはまるで拗ねる恋人を慰めるかのような所作だった。
「……――」
「うわ」
そんな二人の様子を愕然とした、青ざめた顔をして開かれた扉の向こう側で見ているのが『オルニーテス』だった。
その後ろに『ケートス』がいた。
やっべ、と『メリサ』は思った。
誤解しか招かない状況であることなど言うまでもない。男女がソファの上で重なり合っているのだ。いや、表現ね。たとえだからね。直接的なことはなんにもないからね!」
「最低」
『ケートス』の冷ややかな声が響いた。
彼女たちはきっと『メリサ』のセーフハウスに侵入者が現れたことを察知してやってきたのだろう。慌てて来てみれば、これである。
彼女の言葉は尤もである。あと、『オルニーテス』は涙目になって駆け出していた。逃げ出すようであったし、そんな妹の姿に『ケートス』は冷ややかな一瞥を『メリサ』に向けるたのだった。
「うーわー……」
やらかした。
「やらかしましたね」
ニッコニコであるこのメイド。
「あんたが言うかなぁ!?」
「下手にごまかそうとして既成事実が生まれる。これができるメイドというものであります。なにせ、私、ステラは『メリサの女』ですから」
ふふん、としているステラであるが、その噂は即座に『ケートス』たちが消去して回っている。電脳に不正アクセス? 彼女なら造作もないことである。
「いや、それはもうだいじょうぶ」
「そんなぁ!? ちょっと吹聴するくらいいいじゃないですかー!」」
「良いわけ無いよね!? 良いって言うわけないだろ!?」
「『メリサ』様のお邪魔はしませんからぁ!!」
「今まさにしたんだけどぉ!?」
「それとも既成事実に……」
ぴらっと何処からともなく出してくる婚姻届を『メリサ』はノータイムで破り捨てた。
「ひどい……ステラないちゃいます……この映像を記録して流します」
「事実無根で外堀埋めるとかえげつない!」
「なにはともあれ、『あれ』は一体どういうことでしょう?」
ステラはスン、とした顔で今回訪れた肝心要の用件を切り出す。
ごまかせないな、と『メリサ』は理解する。
『あれ』――『高濃度汚染地域』を突っ切ってでも運び、巨大企業群『ティタニウム・マキア』が狙うもの。
「……あんたたちにならば、知らなくてもどうにかできてしまうことなんだろうさ」
「ケジメですか?」
「そんな大層なものじゃない」
微笑んで『メリサ』はステラをセーフハウスの床からボッシュートするのであった――。
成功
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