助けて!フォフォさん!
「ど……どうしようか、シャミ」
「は……恥ずかしいよう、ま……まずは服を……」
平安の世と死の大地が重なり合う、アヤカシエンパイアのとある地方にて。
まだ年若い二人の少女が、森の中で何故か一糸まとわぬ姿で途方に暮れていた。
均整の取れた肢体を茂みの中に隠し、うずくまっているのは花咲・月華。
両手で胸と下のほうを隠しながら、周りを見渡しているのは結月・志愛美という。
二人はこの森に潜むという妖を退治しにやって来た猟兵である。
首尾よく敵を倒したまでは良かったのだが、そのオブリビオンは「倒されると敵の装備を消滅させる」ユーベルコードを持っていたのが誤算だった。
オブリビオンの最後の悪あがきにより、持っていた武器も衣服も全て消滅してしまった二人は、こうして立ち往生するハメになっているのである。
「こんな状態でオブリビオンに遭遇したら流石に不味い……!」
いつもは一緒にいる相棒の朱雀を、今日に限って連れてこなかった事を後悔する月華。
いくら猟兵とはいえ、こんな装備が何もない状態で敵に襲われたら、ただでは済まないだろう。
「男の人に見られたら……」
一方で、志愛美の内心を占めるのは年頃の女の子らしい羞恥心が大きかった。
もし、こんな裸のままで男性に遭遇したら……と想像するだけで泣きそうになってしまう。
その時、二人の背後でガサリと茂みが揺れる。
「?! シャミ! 逃げ……!」
「ひっ…! つ、月華様!」
とっさに志愛美を逃がそうとする月華。
月華を守ろうと前に出ようとする志愛美。
突然の事態に二人がまず考えたのは、お互いの身の安全だった。
だが、茂みの奥から現れたのは、二人が警戒したオブリビオンではなかった。
●
「ふんふんふんふんふんふんふん」
時は、少しだけ遡る。
月華と志愛美がオブリビオンと戦っていた頃、西恩寺・久恩は同じ森の中でトレーニングに励んでいた。
重さ100tの鉄のダンベルを両手に持ち、上下に動かしながらランニング。
常人なら無謀な挑戦だが、彼女は鼻歌交じりで既に一時間走っていた。
その前には腕立て伏せ1000000回、上体起こし1000000回、腿上げとスクワット1000000回を2セット。これを5分で終わらせている。
まだ猟兵に覚醒する前だというのに、この頃から彼女の身体能力は常識外れのレベルだった。
「おや……? 何かの気配を感じますね」
そんな日課の最中に、久恩はなにかを感じ取った様子でいつものコースを外れる。
危険な妖の可能性も考慮して、警戒しながら茂みのほうへ向かうと――。
「?! シャミ! 逃げ……!」
「ひっ…! つ、月華様!」
そこには、全裸の少女が二人いたという訳である。
●
「……妖怪? アヤカシエンパイアだよね?」
月華は一目見てすぐに、相手が人間ではなく自分達の同族だと気付いた。
妖(オブリビオン)とも似ているが厳密には違う。こちらの世界では珍しい種族だ。
「えっ……? 妖……? なの? って見ないでぇぇぇぇぇぇ!」
志愛美はキョトンとしていたが、一拍遅れて悲鳴を上げ、身体を隠す。
相手は近い年頃の女子に見えるが、それでも裸を見られるのは恥ずかしいようだ。
「……フォフォはクールに去るぜ」
よくわからない現場に出くわしてしまった久恩は、なにも見なかったことにして立ち去ろうとする。
賢明かつ冷静な判断である。
「待って! お願いします! このままじゃあ妖に襲われちゃいます!」
「ひいぃぃぃぃぃ! お願いしますぅぅぅ! オブリビオンに襲われてしまいますぅぅぅ!」
が、それだと困るのは月華と志愛美のほうである。
この無防備な時に最初に遭遇した相手が、敵意のない同族だったのは幸いと、二人して必死に助けを求める。
「まあ、羽織二つありますし……どうぞ」
一瞬、これも妖の罠ではないかと考えた久恩だが、全裸の少女達に土下座までされると流石に良心が咎める。
仕方なく、持っていた羽織を二人にかけてあげると、傾きつつある太陽を眺めながら言う。
「……夕暮れ時ですし、家来ます?」
「「行きます! 連れていって下さい!」」
二人の返事は即答だった。そもそも断る選択肢はあるまい。
こんななりでは人里に戻れないし、夜間の森は日中より危険が跳ね上がるのだから。
(まあ、仮に騙そうとしたらボコボコにしてあげますよ、グーパンで)
自分も陰陽師の端くれ、こんなコスい手を使う妖に遅れは取らない。
そんなことを考えながら、久恩は二人を家に案内するのだった。
●
「おじいち……父様この二人にお風呂貸してあげてください」
『いいけど……今、おじいちゃんって言おうとしなかった?!』
家に戻ってきた久恩は、家主にして義父である宏伸にも許可を貰い、二人に風呂を貸すことにした。
その宏伸も、義娘が裸の女の子を連れてきたことではなく、老人扱いされたことにショックを受けているあたり、ちょっとズレている。
「ありがとうございました! ……もう駄目かと思ったよ〜!」
「ほんとうに……ほんとうに駄目かと……!」
風呂を貸り、新しい服も貰って、ようやくひと心地つけた月華と志愛美は、心の底から安堵する。
そして風呂上がりの二人を待っていたのは、作りたての夕食であった。
「どうですか? 私の料理の腕と箸の位置は? ほっぺたが落ちそうでしょう?」
『お前、箸用意しただけだよね?! 全部わしが作ったんだけど?!』
得意げに胸を張る久恩に、全力でツッコミを入れる宏伸。
だが、心身ともに疲労して空腹だった二人は、そんなこと気にしない。
「すっごく美味しい! ……助けてくれてありがとうございました……!」
「美味しいですぅ…ありがとうございますぅぅぅ」
夢中で食事を味わいながら、月華と志愛美は何度もお礼を言う。
何から何までの心尽くしに、志愛美など泣きながらご飯を食べている始末だ。
「なら良かったです。どういたしまして」
ここまで美味しそうに食べているところを見て、久恩も彼女たちが妖の罠という疑いは捨てることにした。
宏伸も、今夜はもう遅いのでこの家に泊まっていけば良い、と二人に言う。
「あ、あの! 後日お礼をさせてください!」
「私も! 絶対にお礼します!」
見ず知らずの自分達をここまで助けてくれた久恩に、志愛美も月華もとても感謝していた。
翌朝、家を出る時に、二人はそう約束したのだった。
●
「この前はありがとうございます!」
『西恩寺久恩殿、月華を救っていただきありがとうございます……』
「この前はありがとうございます! 貴女は命の恩人です!」
後日、月華は相棒の朱雀を連れ、久恩の家に訪れる。
もちろん志愛美も一緒で、三人揃って頭を下げる。
「……こんにちは」
久恩は(あの従者の妖、違和感がありますね)と思うが、表情には出さない。
そんな彼女に、月華と志愛美は約束のものを差し出す。
「えっと……これ、あの時のお礼!」
「心を込めて作りました! お義父さんと一緒に食べてください!」
月華からは旅先で入手した色んな世界のアイテムを。
志愛美からは実家の弁当屋『美琴』の弁当と保存食を。
『こ、これはご丁寧に……』
「いいって事よ」
宏伸は丁重にお辞儀を返し、久恩はサムズアップで応える。
こうして感謝やお礼を貰えるなら、人助けも悪くないものだ。
●
『月華、今後は護衛は連れて行け』
「たはは……そうするよ」
お礼を終えた帰り道、月華は朱雀の説教を食らう。
今回は本当にピンチだったため、次からちゃんと護衛を連れて行こうと彼女も誓ったようだ。
「ごめんなさい! 私が月華様を守らないといけなかったのに!」
『……志愛美殿、気にしないでください。無理にでも俺が着いてくるべきだった』
志愛美は自分が悪いと謝罪するが、朱雀も自身が悪いと言う。
結局は、誰もがみな相手のことを思って言った事だ。
ならば誰が悪いという話でもなく、そこには強き絆があった。
●
『最近、裸のままの陰陽師の死体がいくつも発見されておる……久恩が連れて来なかったらあの子達も犠牲になっておったかもしれんのう……』
一方その頃、宏伸はぽつりと独り言を呟く。
あの従者には話しておいたが、最近ここには厄介な妖がいるようだ。
『み〜つけた! 妖力が無い……狐の妖怪!』
「二人が裸になっていたのはあの変態妖のせいですか……」
そして同刻、久恩は一匹の妖がこちらを見ているのに気付き、拳を握る。
月華と志愛美は知らなかった。自分達が狙われていたこと、久恩が夜中にずっと見張りをしていたことを。
「変態妖は……ボコボコにしてあげますよ、グーパンで」
その妖との激突は――近い。
成功
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