猫又の手も借りたいバレンタイン
吾輩は猫又である。
最近、故あって狐(?)娘に拾われた身だにゃ。
名前はない事もにゃい――なんて言っている場合じゃぁにゃい。
「あのね、御狐様。チョコってどうやって溶かせばいいのかな?」
「……霊獣たる我を気安く呼び出さないでほしいのだが」
目下の問題は、すぐそこの台所で尾白・千歳(日日是好日・f28195)に喚び出され溜息零してた狐の霊獣が、千歳の顔と交互に視線を向けている雪平鍋の中の黒い物体――溶かせばできるよね、と千歳が軽いノリで直火にかけたチョコの末路にゃ。
焦げて苦い匂いがこれ以上増えたらたまらにゃい。けど吾輩、巻き込まれるのもごめんにゃ。
御狐様、がんばれにゃ。
「千歳よ。此度のチョコ、何故作ろうと?」
「バレンタインデーだから」
チラチラと横目で見てると、千歳の答えに御狐様の尾がピンッとにゃるのが見えた。
――にゃんだ、あの反応。
にゃんか思う所あったのか。
「チョコは直火だと高温すぎる。湯煎になさい。あと刻みなさい」
訝しむ吾輩を他所に、御狐様から的確なアドバイスが飛ぶ。
ばれんたいんでー、にゃるUDCアースの文化は隣接するこの幽世にも伝わっている。
女性から男性にチョコを送る、と言う部分は吾輩も知ってるくらいにゃ。稲荷神に仕える御狐様なら吾輩以上に知ってるにゃろう。
「刻むの? 溶かすのに? ゆせん? なにそれ」
当の千歳は大きく首を傾げている。
あ、だめだにゃこれ。分かってにゃい。
「……お主はチョコを刻んでおれ。湯煎は我らでする。おい猫又。横目で見てないで手伝わぬか」
にゃんて眺めていたら、御狐様の視線が急にこっち向いた。
気づかれてたか。だからって巻き込むにゃ。
「何で猫がチョコ作り手伝わにゃいかんのにゃ」
「猫又が猫を被るな。我だけでは手が足りぬ」
「……しかたないにゃぁ」
はぁ。結局、巻き込まれてしまったにゃ。
御狐様と湯煎の準備にかかる吾輩の横で、千歳は戸棚を開けて――。
「あ、刃物無いんだった」
どういう事にゃ。
「さっちゃんが持ってっちゃったのよね」
「ああ、あやつか……」
千歳が口にした名前に、御狐様が頷く。確か千歳の|幼馴染の竜神《不憫なツッコミ役》の事だにゃ。
「皮むき器とかで何とかなるかな?」
「いや、要は小さくすればいいんにゃ。手で割って砕けばイイにゃ」
しまった。千歳が手にしたのが猫又から見てもチョコを刻むのにまるで向いてなさそうで、ついうっかりツッコんでしまったにゃ。
「さすが黒猫の猫又、チョコに詳しいの」
「毛色関係にゃい」
吾輩と御狐様はそんなやり取りをしながら、ちょっと熱いくらいの湯を沸かし、そこに大小歪な大量の欠片となったチョコが入ったボウルが沈める。
「……多いな?」
「どんだけ作る気にゃ」
「大きいチョコを作りたいのよ。だって小さいチョコとか面倒だもん!」
訝しむ吾輩達を他所に、千歳は満足げである。
「みんなで力を合わせれば、チョコづくりなんて簡単ね!」
まあ、満足してるならそれでいいにゃ。あとはチョコが溶けたら大きな金型の中に流し込んで――。
「でこれーしょん、はどうするのだ?」
御狐様がそんな事を言い出した。
「デコレーション? 何それ?」
何故か千歳が首を傾げてる。
「チョコの上に何か文字を描いたりせんのか?」
「意味ある??」
ばれんたいんでーのチョコではないのかと訝しむ御狐様に、千歳はますます不思議そうな顔に。
何か――おかしいにゃ。
御狐様も気づいたろうけれど、ここに来て何かが致命的に噛み合っていないにゃ。
「だって完成したらすぐ食べるじゃん???」
そんな違和感は、千歳のこの一言で決定的とにゃった。
「千歳よ……このチョコは、ばれんたいんでー、のではないのか?」
「そうだよ?」
「お主、ばれんたいんでーの意味を分かっておるのか?」
「バレンタインデーの意味? チョコ食べる日ですよね? 違う?」
御狐様の目が点ににゃった。多分、吾輩も同じ顔してるにゃ。
「私が私のために作った、私だけのチョコだもん。これで好きなチョコを好きなだけ食べられる……っ!」
まさかのセルフチョコ。
溶かしたりする必要あったかにゃ?
「ヤバくなさそだから、さっちゃんにもあげなーい」
「……あやつ、やはり不憫よの……」
御狐様がぼそっと零した言葉は、多分吾輩しか聞こえてにゃい。
さては千歳がバレンタインの空気に中てられて『あやつ』へのチョコを作ってるとか思ったんだろうにゃ。あの尻尾がピンッとにゃった時に。まあ、千歳はそんにゃ事、一言も言ってにゃい。
「……あと30分ほど冷やしたら食べ頃であるぞ」
どっと疲れた声で、御狐様は型に流したチョコを冷蔵庫にしまい込んだ。
まあ、疲れるよにゃ。
「吾輩、寝るにゃ」
「御狐様達、ありがとう! 絶対美味しいチョコが出来てるよ!」
丸まった吾輩の背中に、出来を疑ってにゃい千歳の声が降って来た。
成功
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