血染めのグラスに千の魂を
ダークセイヴァーの暗い、暗い闇の中。その闇よりも更に暗く、深い恨みを湛えた影が、ただゆらゆらと佇んでいる。
その影、ルキフェル・ドレンテ(嘆きの明星・f41304)は機を待つ様にして佇んでいる。
その視線の先──あるのはダークセイヴァー特有の漆黒の闇…ではなく、炎が燃え上がる一つの戦場、その結末の姿だった。
目的は、魂の収集──だが、それだけではない。
ただ純粋に、楽しむためだ。
耳を澄ませば、勝利を讃える雑音が、かすかに届く。
一方で、ただ静寂だけが支配する深い闇──目を凝らせば血を流し倒れ伏す数多の人間の姿。
人と人。両者の戦争に決着がつき、この世の地獄と空虚な天国が現れている。
「嗚呼、この熱だ。懐かしい……」
ゆらり、とその姿が風に靡くように。
耳に響く甘美な雑音の元へ歩みを進める。
「此度は、どれ程の魂を──」
千か、うまくいけば千五百程も集まるだろうか──高揚する心を抑えるのに難儀するのは久々だな。
「あの人間達は、どのような美酒を俺に届けてくれるだろうか──」
失った記憶──未だ取り戻せぬ記憶。
手を伸ばしても、どれほど渇望しても、一つを除いては取り戻すことが叶わなかった、封じられた記憶。
ただ一つ、取り戻せたのは“戦争の愉悦”のみ。
敵兵の声、地を鳴らす足音、武器同士がぶつかり合う鋼の音に、人の命が消える音。
戦意が絶望に染まる様と、溢れる血。怨叉の声。
嗚呼、想像するだけで果てしない高揚に包まれる気分だ。
此度は、果たして──
ゆらゆらと歩みを進め、戦勝軍の目と鼻の先まで近づいてきた。
これほどまでに接近すると、戦果に沸き立つ兵共の上擦った声が、地を鳴らす足音が、鎧が擦れ合う金属音が、耳を刺激する。
それは高揚した心を更に湧き立たせるモノで──しかし、こうも考える。“勿体無い”と。
流石にここまで接近すればいくら高揚した兵といえどその存在に気づき、警戒するもので。
そして普段以上に血気盛んな今ならば、対応は──
「貴様、何奴だ!敗残兵か?ならばこの場で武装を解き、おとなしく軍門に降れ。もしそうで無いなら早く失せろ。失せなければ、我らが軍と交戦の意思が──」
「勝利の美酒とは甘美なものだ……貴様らがごとき馬の骨が味わうには勿体無い程に。」
兵の言葉を興味無いと言わんばかりに遮り、静かな、それでいてゾッとする雰囲気を纏う言葉。
人とは違う。獣とも、|吸血鬼《オブリビオン》ともまた違う。
「何だと?いや、貴様、何者だ!場合によっては──」
「何故と?愚問だな。貴様らは盃を満たす側、盃の中身ではないか。」
ただ、自然な動作で。
その高貴な手が兵の首を締め上げる。あまりに自然すぎて兵には対応ができなかった。
「ぐっ……」
「──その血で乾杯してやろう」
ゴキリ、と骨の砕ける音。
その苦しみと恐怖が張り付いた顔の、大きく開かれた口から大量の血が溢れ出る。
僅かな、ほんの僅かな抵抗と、強い痙攣。
周りにいた兵達が、何やら喚き立てながら集まってくる。
煩いものだな。
あまりにも、勿体無い。
故に、というわけではないが。
全て、奪い去ろうと。
「だが…集まってくれるのは手間が省けるといったところか──」
ただ流麗な動作で、どこからか現れた巨大な黒い馬に騎乗する。
それだけなのに、ただ恐怖がこの場を支配していく。
数の差は比べるべくもない。
多少は疲弊しているものの、それでもたった一人になんて、馬鹿でもわかる。
じゃあ──目の前の光景は何なんだ?
馬に乗った仮面の男が戦場を駆け回る。想像を絶する極炎と共に──
禍々しい黒い書物を持ち手を一薙ぎすると、無数の氷柱が同胞を貫いて──
空中に現れた百を超える大量の炎弾が、着弾地点に地獄を形成する──
視界を埋め尽くす地獄。遂にはもう、すぐそこまで──
瞬く間に、千を超える軍は壊滅した。
炎の中、男は一人、ただ満足そうに。
「嗚呼、素晴らしい。質はともかく、数はとても…」
怨嗟の感情が凝縮されたこの戦場という特殊な空気。
この世の天国から地獄へと叩き落とされた絶望の味。
そして何より、集めた魂を捧ぐことができる喜び。
だが、足りない。
元より、ここで集め切る気などさらさら無いのだが。
しかし、戦場というのならば、敗兵の死に損ないからも集められるのではないか?
にやり、と狂気的な笑みを浮かべて、また馬に騎乗する。
この炎の先には──一見すると、ただの死体の山だ。
しかし、呼吸を、心拍を、意思を感じる。
張り付いた嗤いは更に狂気的なものに変貌し──
「貴様らも、冷めた真似はしてくれるなよ?」
その言葉に対しての返答は、沈黙、いや、恐怖と言った方が正しいだろうか。
逃げれば、見つけ出されて殺される。死んだふりならば、まだ希望は──
そんな一縷の望みに託す考えなど、お見通しだ。
動かないのならば──全てを燃やし尽くすぞ?
ただ増大する圧と、次々に作り出される地獄の炎弾。
言葉を飾るよりよっぽど効果的な、“恐怖の体現”。
終わったはずの戦場にて、蹂躙が、始まった。
手を戦場に掲げれば地獄の炎弾は生者を憎み飛び回る。
そこには希望は無い。あるのはただ漆黒の闇。
「ククク…これはいい。聡い者達だ。」
「絶望を前に逃げることなくその身を差し出すとは…」
逃げ出した者が存在しないことに、満足げに言葉を残す。
実際は恐怖で動けないか、空虚な望みをかけて死んだふりを続けたものばかりだったせいなのだが、ルキフェルはそれを知らない。
「実に有意義であった。では、帰るとしよう。」
戦場からは炎が消え、そして次に絶望が去った。
もう何も残されていない。
死体も、感情も、魂も。
焼け焦げた平原に一陣の風が吹く
その風の向かうは何処へ──
成功
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