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🐈🐈アグリーメント

作者：海鶴

●春
　春来たりて。
　なんて風情のある季節。
　当たり前のように過ぎ去っていく季節も、一つ一つに目を向ければ去年とは異なるものであり、またそれが月日の流れというものを教えてくれるものである。
　いつもと変わらぬことは確かに喜ばしいことであろう。
　しかし、見れば毎日が変化に富まぬというのは誤りであることは一目瞭然だ。
　現実はいつだって変わりゆく。
　変わっていないと思うのは、それが人の瞳には映らぬものであるか、もしくは、そのものが勤勉すぎるからでもあろう。

　そういう意味では吾輩……というところの有名な猫にあやかるようにして自身のことを語るのはやぶさかではない。
「にゃあ」
「お猫様！　今日も一日張り切って参りましょう！」
　やかましいな、と二又の猫『玉福』は思った。
　それは己の頭上に浮かぶ幽霊『夏夢』に対してである。
　彼女、彼……形容するには難しい性別不明の幽霊。
　如何にして生まれたのかも『玉福』は知らぬが、別に困ったことはない。
　己につきまとうようにして日々の日課のパトロールについてくるのだけが、難儀であった。
「にゃあ」
「そんなことをおっしゃらないでくださいよぅ。お猫様に何かあっては大変です。そのために不肖『夏夢』、お猫様の露払いをさせていただいているのです！」
「にゃあ」
　絶対吾輩の方が強い。
　自信たっぷりであるが、恐らく事実である。
『邪神の欠片』とは言え、それを霧散させたのはこのあたりの猫たちにとっては伝説である。生ける伝説。レジェンド。

　そんな風なものだから、『玉福』の縄張りパトロールには他の猫たちとすれ違うことは一切ない。
　猫たちの縄張り意識というのは不思議なものである。
　それぞれがそれぞれのテリトリーを持ってはいるが、それは時間帯によって変化する。
　縄張りが重なり合っていても、時間帯さえかち合わなければ争いは起こらないのである。猫の不思議なところであろう。
「にゃあ……」
　なんだかんだ言っても、なんだかんだ撒いても、『夏夢』はいつのまにか『玉福』の背後を撮っているのだから、このやり取りは無駄な時間であろう。
　しかしまあ、言葉が通じるということは、いつかは護衛は不要ということが『夏夢』に伝わるかもしれない。
　なれば、根気強く行こうと『玉福』は思うのだ。

　おっと、話が大分横道にそれてしまった。
　そう、季節である。
　日々は変わらないように見えて変わっている。
　それは人間だけがそうではないのと同じように、猫たちにとっても変化が生まれる。
　人間が春先に新しい環境に身を投じるのと同じように猫たちだって新たな環境に旅立たねばならぬ者だっている。
「それにしても新しお猫様がいらっしゃるなんて！　ああ、新しいお猫様も良いお猫様だといいですね～」
「にゃあにゃあ」
　なんでお前がそんなことを気にするのか。というか、なんでそんなことを知っているのだという疑問が湧いてくる。

「いえね、玉三郎さんがおっしゃっていましたよ。今度新しいお猫様がやってくるのだ、と。新人お猫様が！」
　新人お猫とは。
　人なのか猫なのか。
　まあ、この際細かいことである。
　言い出したらキリがない。
「にゃあ……」
　はあ、とため息が出る。
　玉三郎は吾輩の舎弟である。
　よく「あにぃ！」って駆け寄ってくる猫である。その猫にちゃんと口止めしておけばよかった。
　なんでまた『夏夢』にいらんことを言うのだろうか。

「やはりご挨拶は大切ですよね！　第一印象！　やはりこれに限ります。大体第一印象が八割ですからね！」
　なんの統計からそんな事を言うのかわからない。
　けれど、『玉福』はのっしのっし、と己の縄張りをパトロールするのだが、いちいち『夏夢』は縄張りの変化を目ざとく見つけてテンションを上げている。
　はっきりいって、うるさい。
「はわ！　お猫様見てください！　桜が満開ですよ！　綺麗ですねえ……」
　だとか。
「ああ、この三色団子の美味しいこと！　知っておられますか、お猫様。この三色団子、白はお月さま、桜色は無論、桜を、そして緑は芝生を示しているのだそうですよ！」
　だとか。
　そんなことを延々と耳元で語りかけてくるのだ。
　というか、三色団子とかいう美味そうなものがあるのならば、真っ先に自分に食べさせるのが筋ってもんじゃあにゃいのか。

「いえいえ、これはお猫様にはダメです。喉をつまらせたりしたら大変でございますから！」
　いや、それ猫も食えるやつじゃにゃいか？
　猫が食えるやつなのに、猫に献上しないとか、そういうのってよくないって思わにゃいのか？
　そんな視線を向けてみるも『夏夢』はダメ、絶対、みたいなジェスチャーをしている。
　こういうところだけは無駄に芸達者になっている気がする。
　いいから寄こすにゃ！
　飛びかかれど、『夏夢』はひらりと飛び上がって吾輩の一撃を躱す。

　なんという小癪なことをしてくれるものであろうか。
　ぐにゃにゃっとなっていると広場へとやってくる。
　此処は猫の集会場。
　定例会なども行われているが、今はあんまり機能していない。
　何故ならば吾輩がいるから。
　大抵の困りごとというのは、吾輩が解決するので、論ずるまでもない、ということである。
「あにぃ！　まってやしたぜ！！」
　玉三郎である。
　あにぃ！　あにぃ！　と己の周りをうろちょろするので、ネコパンチで黙らせる。
「ぎにゃっ！？　さ、流石、あにぃ……！　この左が世界を制したんスね！　おらっ、新入りみたかおらぁ！」
　どう見てもチンピラである。
　玉三郎は、この春先に引っ越してきた新人猫たちを前にメンチを切っている。
　メンチを切る猫ってなんだろうか、と思わないでもないが、どの世界でも雄は舐められたら終わりなのだ。
　故に玉三郎の行動は正しい。
　けれど『玉福』はやかましいのが、また増えたな……と思う以外の感想はなかった。

「そちらが引っ越してきた新人か」
「……ッス！　生ける伝説『玉福』サンにお目にかかれて光栄ッス！」
「自分、もふもふレジェンドの噂を聞いてやってきた次第ッス！　気合入れてくださいッスッ！！」
「これ菓子折りのネズミッス！　どうかお納めくださいッス！！」
　謎の気合の入り方をしている新人猫たちが一列に並んでいる。
　悪い気はしないが、どう考えても悪ノリじゃないか、と『玉福』は思うのだが、全員本気である。
　本気と書いてマジと読むやつである。
「……」
　深い、深い、ため息が出る。
　なんで自分の周りにはこういうのしかいないのだろうか。

　吾輩としてはただ、毎日を穏やかに過ごしたいと思っているだけなのに。
　なのに状況というか、環境というか、周囲が己を放ってはおかないのだ。
　平和な春の日常とは、確かに何事も波風立たぬことを言うのだろう。間違っては居ない。猫的には無論、順風満帆が過ぎるくらいである。
　生ける伝説なんて言われているのも、まあ、悪くない。
　けれど、なんか違うんだよなぁ、と『玉福』は思うのだ。
「お猫様、此処はビシッと一発カマしてやってくださいよ！」
『夏夢』がシャドーボクシングをしている。
　そんでもって玉三郎も『あにぃ！』と煽り立てる。
「おらっ！　一列に整列にゃ！！」
　やめろ、と『玉福』は思う。
　けれど、その意に反して猫たちは一斉に列を為す。
　まるでなんかの集会のようであった。いやまあ、猫の集会と言えば、集会なのでなんら間違ってない。
　間違ってないんだけど……！

「ッス！　あにぃ、一言よろしゃす！！」
　ささ、こちらに、と玉三郎が己を一段高い岩の上に導く。
　下手に断れば、なんかこじれて伝わりそうだったので『玉福』は仕方無しに壇上に上がるように小岩の上に座す。
「おおっ！　後光が指しているようにゃ！」
「あれがなんかクソやべー黒い変なやつを一刀両断したっていう爪！」
「二又の尻尾がちょーくーる！！」
　やんややんや。
　にゃあにゃあにゃあ。
『玉福』の一挙手一投足に大騒ぎである。

　ああ、と『玉福』は思った。
　この地域の猫たちの間に敷かれている『ネコネコ協定』は、本来『玉福』の縄張りに存在する邪神の残滓から猫たちを護るためのものだ。
　けれど、いつしかそれは名前だけを残して『玉福』の縄張りには時間帯をずらしても絶対不可侵という鉄の掟へと変貌を遂げていたのだ。
　そのため、『玉福』はいらん気苦労を背負うことになる。
　早いところ済ませて、馬県・義透（死天山彷徨う四悪霊・f28057）のお屋敷でぐんにゃりしたい。
　というか、なんで吾輩はこんな立場になっているのだろうか。
　ああ、平和な日常というのはかくも遠い過去のことになってしまったのだろうか。

「まあ、よしにゃに」
　その言葉に猫たちはまた大盛りあがりである。
「よしにゃに！」
「よしにゃに！」
　大合唱である。
『夏夢』も止めないのかと思ってチラ見するけれど、『夏夢』は猫たちの大合唱に大喜びである。なんだ、コイツもあっち側か、と『玉福』は辟易する。
　だがまあ、己をこうやって担ぐだけで地域の安寧が保たれるのならば、安いものなのかもしれない。
『玉福』は無理矢理自分にそう思い込ませる。
　うん、そう。
　そうなのだ。
　己が身一つ、名一つで無益な争いがないのならば、それに越したことはないのだ。それがこの地域のボス猫たる立場にある己に責務……とかそんなこと思ってなんかられるわけがにゃい！

「そういうわけにゃから」
　もう自分は戻って寝る、と小岩から飛び降りる。
「シャッス！」
「おつかれッス！！」
　無駄に気合の入った猫たちの大号令を背に『玉福』は屋敷へと戻っていく。
「よかったですね、お猫様！」
「にゃぁ……」
　こいつ、と『玉福』は思わないでもなかったが、何言っても無駄だろうな、と思い直して早いところお気に入りのクッションで眠りたいと『玉福』は無視して、お屋敷へと走っていくのだった――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

最終結果：成功 完成日:2024年04月03日