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宵染むひとひら

#UDCアース #呪詛型UDC

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●徒花灯篭
 艶やかな花灯篭が、桜を幻想的に照らしていた。
 川沿いの桜並木から山裾の由緒ある寺の境内へと向けて、儚くも荘厳な夜桜の世界が広がっている。蕾は綻び、嫋やかに花開いていた。空には真白い月。揺れる水面に映るその横顔に、降り注ぐ花弁がそっと寄り添う。
 花を肴に酒が振舞われ、数多くの夜店が立ち並ぶ。射的に金魚すくいにお面売り、食欲そそる匂いを辿れば、鉄板で焼かれる串焼きや焼きそば、焼きとうもろこしの店。向かいには甘味もずらりと勢揃い。辺りは賑わいに満ち満ちて、そこかしこで人々の楽しむ声が聞こえた。
 ――今宵は夜桜縁日、有縁の供養と共に花の盛りを言祝ぐ夜。

●序
「皆さん、縁日というものをご存知ですか?」
 集まった猟兵たちへ、ルイーネ・フェアドラク(糺の獣・f01038)は一枚のチラシを配りながら問いかけた。UDCアースの日本に長く暮らす者、或いはサムライエンパイア所縁の者であれば馴染みのある単語かもしれないが、そうでなければ首を傾げる者もいただろう。
「厳密な定義を置いておけば、いわばお祭りです。まあ、夏祭りとは違って花火は上がりませんが」
 チラシは、UDCアースのとある日本の町で行われる『夜桜縁日』の開催を知らせるものだった。デジタル加工された写真には、月夜を背景に美しく咲く花の姿が捉えられている。
「桜、という木です。きれいでしょう。私も好きな花ですよ」
 無論、こうしてグリモアベースにて人を集めたからには、単なる縁日の誘いではない。その裏側に、UDCの潜む影を察知したからこそだった。
「ただ単純に現地へ赴いて倒せばよい、という類の事件ではありません。どうやら敵の出現には条件があるようで――これを『呪い』と称した者もいましたが、言い得て妙でしょうね。あれは……呪詛の一種でしょう」
 その場で日常を楽しむ者たちを誘き寄せるための呪詛が撒かれていると、赤錆色の狐は言った。そうして密かに誘い込んだ人々を、何らかの犠牲としているのだと。
 これを防ぐにはまず、無辜の人々より先んじて呪いに応じなければならない。その先に、敵がいる。
「要約すれば、皆さんにはこの夜桜縁日を楽しんできていただきたいのです。あえて呪詛を引き寄せるように。それ以上の予知は叶わなかったので、あまり詳細な助言は出来かねるのですが」
 呪詛によって、どのような怪異が起こるのかは判明していない。
 出たとこ勝負にはなってしまうが、そこは猟兵たちを信頼するほかなかった。申し訳ないと謝辞を口にしながらルイーネは掌にグリモアを顕現させ、
「――ああ。くれぐれも、未成年は飲酒を慎むように。酔うのは場と、桜にだけにしておいてください」
 釘を刺す。
 大人らしい戒めの言葉を最後に、狐火宿したグリモアのスフィアが、ゆうらりと揺らいで猟兵たちを赤く照らした。


鶏子
 お世話になっております。鶏子です。

 此度は春の縁日にてライトアップされた夜桜を愛でながら、UDCの呪詛を誘き寄せていただきます。
 凡そ有名どころの出店であれば揃っています。食べ歩き、遊び歩き、あるいはのんびりと桜を眺めていただいても、縁日を満喫したことになるでしょう。お好きなようにどうぞ。

 第一章:夜桜縁日。
 第二章:心情メインの冒険パート。
 第三章:集団戦。

 未成年の飲酒は描写できません。場合によっては却下させていただきます。
 また、第一章は日常パートではありますが、ルイーネはご一緒できません。
 それらの点だけご注意ください。

 どうぞ皆様のご参加をお待ちしております。
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第1章 日常 『縁日』

POW   :    焼きそばや焼きとうもろこしを食べる

SPD   :    金魚すくいや射的で遊ぶ

WIZ   :    のんびり過ごす

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 ――影。
 桜のたもと、行きかう人々の足元、……揺れる月の、波紋。
 まだ、扉はひらかれない。
咎離・えるぴす
【POW】使用。

呪詛を、穢れを受ければいいのですね。
それでしたら慣れてますから、私にお任せ下さい。(あらゆる穢れを身に受けて育った娘)
その呪詛、その穢れ、どんな「味」がするのか楽しみですね。

ご馳走(呪詛)を喰らう前にはお腹を減らしておきたいので、呪詛を払う苦無の力は敢えて解放せず、呪詛を引き寄せつつ祭りを散策しますね。

お、お酒ですか?
そんなに言うならちょっとだけ……。

ああ、焼きそばのいい匂いが……。(ふらふら)

あら、今度は甘い匂いが……わたあめ……林檎飴……。

(食い歩き全力楽しみ中)

……あ、えっと、これはその……え、ええ、大丈夫ですよ多分!
ほら、呪詛は別腹、そう別腹ですから!(必死に自己弁護)



 美しい夜だった。
 月は皓々と輝き、花は盛りを迎える直前の若々しさで咲き誇る。人々は皆笑顔で今宵の縁日を楽しんでいた。
 この夜の裏側に密やかなる呪詛が撒かれていることに、彼らは気づかない。
「うまく紛れ込ませているようですね」
 柔肌の長耳が、人々の笑声を拾うようにふるりと震える。
 咎離・えるぴす(穢れ喰らい・f15378)は人混みの流れに沿うよう歩きながら、呪詛の気配に神経を研ぎ澄ませた。今はまだ彼女にも拾えぬほどに、穢れの気配は遠い。
 ――ああ、だけれど。隠れん坊の上手なこの呪詛に出会えるその時が、酷く楽しみだ。
「どんな『味』がするんでしょう」
 掌の内側で、はしたなくも舌なめずりをする。
 忌み子として蔑まれ森に捨てられた子どもを育てたのは、穢れを巻き散らす数多の魑魅魍魎どもだった。ひとの親など知らぬ。知らぬ代わりに、子どもは力を手に入れた。長じた女のその胎は、穢れの味を覚えては女に訴える。
 ――ご馳走が食べたい、と。
 そのためには、うんと腹を空かせておかなければならない。満腹の腹では、いくら美味な呪詛であろうと存分には味わえないだろう。空腹こそは何よりもの調味料――とはいえ。
「お、そこの美人の姉さん! 手ぶらじゃねえか。一杯どうだい!」
 恐らくは地元の酒屋らしきエプロンを締めた親父がえるぴすを呼び止める。ずいと差し出されたプラスチックのコップには、純度の高い透明な液体がたぷんと波打っていた。
「あら……でも、私」
「いいからいいから! 祭りの夜だぜ、酒はつきもんじゃねえか」
 酒精がエルフの鼻をくすぐる。
 腹は空かせておきたいが、酒の一杯くらいなら問題ないだろうか。うん、きっとないはず。たぶん。
「そ、そんなに言うならちょっとだけ……」
「よっしゃ毎度!」
 酒が入れば不思議なことに、熱い酒精に浸された胃が食べ物のにおいに小さく鳴いて。
「ああ、焼きそばのいい匂いが……」
 ふらり、芳ばしいソースの香りに足が向く。
「あちらからは甘い匂いが……わたあめ……林檎飴……」
 残念ながら、誘惑には弱いエルフだった。
 でも仕方がない。呪詛を招き寄せるには、縁日を満喫することが必要なのだ。それにほら、呪詛は別腹とも言うではないですか!
 女の言い訳は、誰に聞かれることもなく彼女の腹へと落ちていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴィリヤ・カヤラ
食べ物も気になるけど、
夜桜を見に行こうかな桜って初めて見るし。

縁日も初めてだけど、屋台がいっぱいで凄いね。
暗い中で光に照らされた夜桜も綺麗だし、
桜って花びらが散る花なのかな?
散っちゃうのは勿体ない気もするけど…、
こうして散るのも綺麗な気がするね。

故郷…ダークセイヴァーだと桜は咲かないかもしれないけど、
もし父様と母様が見たら綺麗って思ってくれたかな…。

っと、こんな風に思うのは夜だからかな、
それとも桜のせいかな?

とりあえず、呪詛がどんなものか分かるまでは
ゆっくり見て回ろうかな。

アドリブ・絡み歓迎


サリサ・イプサ
のんびり過ごします。

縁日は初めてです。
ゆっくり巡ってどんなものか確かめに。
物珍しそうに一つ一つ見ていきます。

屋台近く、祭りの内にいる時に見える賑やかさ、温かさ。
少し離れるだけで夜の陰を強く感じてしまう程です。
照らされる夜桜もとても美しいものですが
共に明るい場で見上げるのと、
散策ついでに陰から眺めるのとでは趣が違いますね。
後者はどこか妖しさを覚えるようで……UDCもこれには惹かれるのでしょうか。
月にもよく映えて…



 サリサ・イプサ(オファリング・f15387)はゆったりとした歩みで、夜店が立ち並ぶ寺の境内から川沿いへの道へと向かった。はしゃぐ幼子の声や、友人同士だろう少女たちの明るい声、ひとつひとつは聞き取れぬほどのざわめきのような人々の気配を背に、その表情はどこか穏やかだった。
 名も知らぬ彼らが、この一夜をとても楽しんでいることがよくわかる。
 境内を一歩出ると、人々の気配は密やかなものへと変わった。人気がないわけではない。だが、盛況な境内とは異なり、川沿いの幻想的な灯篭の小路には、ひとの声を密やかにさせる雰囲気で満ちている。
「こんばんは。あなたもひとり?」
 声をかけられ振り返れば、先ほどグリモアベースから共に転移した猟兵の姿があった。
 似て非なる青い髪、闇にも負けぬ輝きの金瞳。ヴィリヤ・カヤラ(甘味日和・f02681)が、纏う軍服の上着を夜風になびかせ、朗らかに笑う。
 ひとりかと問われ頷いて、サリサは彼女から頭上の桜へ目を移した。
「少し、のんびりと桜を眺めようかと……」
「お邪魔しちゃった?」
「いえ、構いません。どうぞ」
 ふたり並んで桜を見上げれば、歳は異なれど体格はさほど変わらない。
 はらりと降る花びらを掌に受け、ヴィリヤは不思議そうに眼を細めた。
「桜って、花びらが散る花なんだね。なんだか勿体ない気もするけど……綺麗だね」
「桜を見るのは、初めてですか?」
 他の世界の猟兵であれば、日本の花に馴染みがないのは当然だ。予想に違わず、ヴィリヤは頷いて首肯した。
「縁日も初めて。屋台がいっぱいで凄いね」
「私も縁日は初めてです。だから物珍しくて……あちらは賑やかで温かいですが、少し離れるだけで随分と趣が変わるものですね」
 咲く花の姿は同じでも、見る場所によって印象が変わるようだった。
 夜のしじまを彩る夜の川面に、白々とした月が輝いている。ぽつりぽつりと言葉を交わしながら眺めていると、ふたりの傍らを親子連れが通り過ぎていった。まだ若い夫婦が、愛らしい浴衣姿の幼子の手を引いていく。
 赤い金魚のような兵児帯を見送り、ヴィリヤがぽつりと呟いた。
「……あの世界に桜はないかもしれないけど、もし父様と母様が見たら綺麗って思ってくれたかな」
「……ご両親、ですか?」
 穏やかな声音で、サリサは小首を傾げる。
 瞬く緑の瞳に見つめられて、ヴィリヤがぱたぱたと手を振った。貌には苦笑が浮かんでいる。
「ごめんね。あんまり桜が綺麗だからかな、ちょっと寂しくなっちゃったのかも」
 誤魔化すような笑顔は、年下の少女への気恥ずかしさからだろうか。
 深く問い詰めるようなことはせず、サリサは静かに頷いて空を見上げた。月の明るさのせいか、灯篭の灯のせいか、星の姿はあまり見えない。夜空を仰いだまま、「夜ですから、仕方がないかもしれませんね」と囁いた。
 美しい夜の陰。
 物寂しさや、郷愁や、あるいは別のなにかも。こんなに美しい夜には、陰がもたらすものも多いのかもしれない。
 しばしの沈黙の後、サリサが夜店の灯を振り返る。
「せっかくですから、なにか食べにいきませんか? もし、よければですが」
 呪詛が現れる前に腹ごしらえでもと誘えば、ヴィリヤもまた「いいね!」と手を叩く。
「実は気になってたんだよね。甘いものも、色々売ってるみたいだし」
 どうやらまだ、異変が起こるまでには間があるようだ。
 甘味のひとつやふたつを食べる猶予はあるだろう。なにを食べようかと話しながら、ふたりは急ぐこともなく、賑やかなざわめきへ向けて戻っていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

三上・チモシー
わぁ、もう桜咲いてるんだね
自分が住んでた東北では桜が咲くにはまだ早いから、ちょっと不思議な感じ
すごく賑やかで楽しそうだね

イチゴ飴!チョコバナナ!ベビーカステラ!
そして花見団子!
どれもおいしそう
お店たくさんで迷っちゃうなぁ

甘味のお店全部制覇するつもりで楽しんじゃうよー♪



 艶々とした果実に、とろりと透き通る飴が絡んでいる。
 露店の店先に並べられた様々な果物たちは皆飴細工の装いで可愛らしく並べられており、支度の整った者たちから順番に、客の訪れを待ち受けているようだった。
 子どもがひとり、きらきらと輝く桃色の瞳でそれを眺めている。
「きれいでおいしそうだね! おじさん、イチゴ飴ひとつちょうだい」
「おう」
 無骨な男の手が、真っ赤なイチゴ飴を手渡す。
 代金を支払って、三上・チモシー(カラフル鉄瓶・f07057)はご満悦な顔つきで小さな口に苺を頬張った。甘いそれを味わいながら、苺にもよく似た濃紅色の着物の袖を翻す。すらりと伸びた子どもの脚で弾むようにそぞろ歩きながら、夜空を仰いだ。
 柔らかな灯篭の灯が、花を美しく映し出している。
「もう桜が咲いてるなんて、ちょっと不思議な感じ」
 中にはまだ綻び始めの蕾の樹もあるが、普段は北国で暮らす彼にとって不思議であることに違いはない。故郷はまだ、冬の気配が色濃いというのに。同じ島国とはいっても、東北の地のこの町とでは、春の訪れる日に随分と差があるようだった。
「あっちで桜が咲くのは、いつ頃かな」
 故郷の家族たちが桜を見られる日まで、あとどのくらいだろうか。まだまだ気温がぬかるむには日数がかかりそうだと、まだ冬に微睡むような桜の樹を思い出しながら、チモシーはぐるりと夜店を見渡した。
「どうしようかな」
 がり、と軽く飴を噛む。じわりと染み出す苺の酸味に頬を緩めて、この後は何を食べようかなと考えながら、一番近いベビーカステラの店へ駆け寄った。
「おねえさーん、一袋ください!」
「ありがとうございます。焼きたてだけど、冷めてもおいしいですよ」
「ねえねえ、ほかに食べるなら何かおすすめかな? あ、甘いやつで!」
 アルバイトらしき少女から紙袋を受け取り、胸に抱える。ほかほかのカステラを口に放り込みながら、にこっと人懐っこい笑顔で彼女に尋ねた。
 かつては、家族たちが甘味を味わうお茶の時間に寄り添う存在だった。ひとの身を得てからは、自分でも甘いものを食べるのが大好きになった。
「え、そうねえ。お花見の縁日だから、せっかくだし花見団子とか? あとは……あ、チョコバナナ! カラースプレーをいっぱいかけてくれるから、すごく可愛いんですよ」
「おいしそう! よーし、じゃあ次はチョコバナナと花見団子に行こうかな。ありがとう、おねえさん!」
 この際だから、全制覇を目指してみてもいいかもしれない。
 売り子の彼女に手を振り、チモシーは次の甘味を求めて弾む足取りで人混みに消えていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アニエス・ファンヴォート
アスカ(f00934)と一緒に桜を眺めて、のんびり。
【WIZ】
せっかく誘き寄せるなら、全力で楽しまなくっちゃね!
浴衣というものを着てみたのだけれど…どうかしら、似合ってる?
こういった日本の行事では、よく見られるって本で見たのよ。

夜桜ってこんなにも綺麗なのね。うっとりして、時を忘れてしまいそう。
あら。アスカ、花弁が髪に。取ってあげるわね。じっとしていて!
…なんて、周りにはカップルに見えるかしら…ちょっと夢見ちゃう。
彼には内緒だけれど!

♪アドリブ歓迎


アスカ・リアンダル
【WIZ】
アニエス(f10246)と共に夜桜を楽しむ。

美しさに惹かれるのは悪とて同じ事か。
相手の出方が分からぬとくれば、一先ず周囲への警戒は立てておこう。
アニエスにはこの世界が新鮮で眩しいのだろう。
ならば私はそれを従者として護るまでだ。
もちろん、楽しむことは忘れずにね。

ああ、浴衣は日本の風物詩だね。
夏の縁日ではよく見られるが、夜桜に浴衣というのもなかなかに煌びやかなものだ。
とても良く似合っているよ。

正しく幻想的な世界だ。今宵は月もよく見える。
足元には、気を付けるんだよ。

/アドリブ歓迎



 カラコロと紅い鼻緒の下駄を鳴らし、アニエス・ファンヴォート(瞬きルージュ・f10246)は傍らの男を見上げた。
 20cmの身長差、見慣れた角度。けれど見慣れぬ月夜の桜を背景に、よく知っているはずの彼の姿が、どこか真新しい色合いを帯びているように見えた。高鳴る胸を押さえて、娘は心もとない胸元の袷に手を添える。
「浴衣というものを着てみたのだけれど……どうかしら、似合ってる?」
「ああ、浴衣は日本の風物詩だね。とてもよく似合っているよ」
 微笑む男、アスカ・リアンダル(梔子夜・f00934)の言葉に嘘はなかった。
 硝子越し、片目に映るアニエスの姿はとても美しい。女性らしい柔らかみを帯びた肢体を覆う薄衣は、白地に異国の花が鮮やかに咲き誇る。月光に照らされる様はまさに輝くようで、彼女が既に子どもや少女と呼ばれる時期を脱していることを物語っていた。
 幼かった少女の成長に目を瞠ったのは、つい先日のこと。最早立派なレディとなった主の忘れ形見に、アスカは瞳を和らげる。
「足元に気をつけて」
 月は明るいが、その分影も色濃い。
 差し出された手に、アニエスは片手を預けた。慣れない下駄の歩き辛さには内心辟易しそうだったが、彼の支えがあればなんの憂いもない。
「こうしていれば、誘き寄せられるのかしら」
「そのような毛色の呪詛だと、言っていたね。美しさに惹かれるのは、悪とて同じということだろう」
 わからなくはないなと、頭上の桜を見上げる。
 彼の視線を辿るように、アニエスもまた淡い光に照らされた夜桜をうっとりと眺めた。ほう、と感嘆の溜息をついて微笑む。
「夜桜ってこんなにも綺麗なのね。とても素敵だわ」
 夜店の賑わいから離れるように歩いているうちに、気づけば川沿いの端にまで辿り着いていたようだ。桜を愛でに来た者たちはちらほらと散見するが、場の空気からか自然と皆小声で囁き合うようにしており、辺りはどことなく静かだった。
 身を寄せ合うように座るシルエットたちは、恋人同士だろうか。
 ここからでは彼らの交わす囁きは聞き取れないし、令嬢たるものそのように品のない振舞いはしないが、甘やかな雰囲気は少しばかり気になって、思わず視線を向けてしまう。
「アニエス」
 名を呼ばれ、肩が跳ねる。見上げれば、アスカの訝しげな瞳に行き会った。
「な、なんでもないわ。どうしたの」
「いや。この先は町中へ続いているようだが、少しこの辺りで休んでいこうか?」
「そ、そうね。……そうしようかしら」
 等間隔で設けられたベンチのひとつに、二人並んで腰を下ろした。
 乱れた裾を気にして整えるアニエスを横目に、アスカは冷静な目で周囲の気配を探った。ここへ向かう道中も警戒は怠らなかったが、猟兵の予知が確かであれば、この美しい夜の裏側で、今も撒かれた呪詛が人々を狙っているのだ。
 ――今のところ、異変は感じられない。
 悪しき気配はどこにもない。今はまだ身を潜め、獲物を物色している最中というところだろうか。出方がわからぬのはもどかしいが、呪詛に動きがあるまでは、こうして一般の客を装い縁日を楽しんでいるのが良いだろう。
(アニエスは楽しそうだ。彼女はそれでいい。――私はそんな彼女を、従者として護るまでだ)
 夜店の喧噪はやや遠い。
 はらりはらりと、薄紅色の花弁が水面へ落ちていく。
「足は痛くない? 下駄は足を痛めやすいと聞くが」
「大丈夫よ。ありがとう、アスカ。――あら、」
 不意に、アニエスがふふっと穏やかに笑った。
「花弁が髪に。取ってあげるわね。じっとしていて!」
 白い指先が、そうっと男の髪に触れる。柔らかな花弁を摘まみとって、風に流した。
 あなたの色ねと微笑めば、アスカもまた穏やかに礼を述べて花弁の行く先を目で追う。
(寄り添う彼らのように、私たちもカップルに見えるかしら……なんて)
 もしそうであれば嬉しいと、娘はこっそりと夢を見る。
 今はまだ決して打ち明けられぬ想いだけれど、水面に映る月のように、誰かの目に仲睦まじい恋人同士のように映っていたのなら。もしそれが真実であったのならと。
「……アニエス?」
「ううん、何でもないのよ。ねえ、アスカ。本当に綺麗ね」
 桜色の髪持つ男を、その背後の美しい花を見上げて、アニエスは顔を綻ばせた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

壬生山・群像
アドリブなど概ねお任せします。

【SPD】
いいですねえ、お祭り。
ここ最近は勉強に根を詰めてたもので……いい気晴らしになりそうです。

ひょいと人混みの中を進みながら、先にお面売り場に寄ってお面を買いましょう。
狐の面があればそれを、無ければランダムに。

面を被れば疲れ果てた壬生山とは一旦お別れ、一時の祭りを楽しむ「仮面の者」となりましょう!
ヒーローショーの敵役みたいですねこれ。

私が思うに、今回の呪いで最も危ないのは子供たちなんですよね。
彼らの陽気に乗っかりつつ、早めに帰るよう諭しましょう。

金魚すくいや射的に熱中している少年少女に対抗する感じで遊びます。

呪いの標的が帰ってくれれば、矛先が私に向くはず……。



 灯篭の柔らかな灯りに、壬生山・群像(隠者・f07138)は只でさえ細い目をさらに眇めた。
 疼く眼窩を抑え、疲れ目だろうかと呟いた。防人を自称する彼には、少々の薬の心得がある。日常においても仕事においても実に有用な知識ではあるが、まだまだ学ぶことは多かった。ここ最近は少しばかり勉強に根を詰めており、こうして外をそぞろ歩くことも久々だった。
「いいですねえ、縁日」
 夜の空気に深呼吸をして、「いい気晴らしになりそうです」と凝り固まった首を回しながら笑う。夜風は心地よく、桜は目に美しい。賑わいもまた、憂さを晴らすにはちょうど良かった。
 人の波を器用に掻き分け、群像がまず立ち寄ったのはお面屋だった。
 最近ではお目にかかることも少ないかと思いきや、目当てのそれは戦隊ものや魔法少女のお面の隣に当たり前のような顔で並んでいる。
「兄ちゃん、狐みてぇなツラだな」などと店主に笑われながら購入したそれを被ろうとしたところで、ふと足元の子どもと目が合った。きょとんとした目、頭に乗せた正義のマスク。
 群像は笑って、狐面を被る。
「見たなヒーロー! 今しがたの姿は仮のもの、我こそは『悪の狐仮面』なり!」
 ヒーローショーの適役じみた台詞に、子どもはおかしそうにきゃらきゃらと笑った。

 幼子を親元へ送り、群像はその流れで近くにいた子どもたちと共に金魚すくいや射的に興じることにした。
 構えた空気銃から、ぱん、という軽い音を立ててコルク弾が飛ぶ。狙いは少しばかり逸れて、商品のちょうど隙間に当たって落ちた。
「兄ちゃん、へったくそー」
「いやいや、まだこれからですよ」
 次は君の番ですと、選手交代。生意気そうに鼻を鳴らした少年は、真剣な眼差しでおもちゃの銃を構えた。隣ではクラスメイトだという少年が、「一発で落とせよ、一発で!」と友を囃し立てる。
「よっしゃ! ほら、オレのほうがうまいじゃん」
 見事に一発目でお目当ての玩具をゲットしてみせた少年が、自慢げに群像を振り仰いだ。

 敷かれた呪詛は、縁日を楽しむものを標的にするという。
 見渡せば、老若男女だれもが笑顔だ。恐らくはほとんどのものが条件には当てはまる。
 だが――。
「きっと、最も危険なのは子供たちでしょうからね」
 月夜を仰ぐ。
 穢れが姿を現すまで、あとどれほどだろうか。
「さあ、君たち。あまり遅くまで遊んでいるとご両親が心配しますよ」
 早く帰りなさいと諭しながら、群像は猶予がさほどないだろうことを感じていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

五曜・うらら
【廃墟】

ほほう、夜桜ですか!
私もえんぱいあの祭りには行った事がありますが
外の世界のお祭りは初めてなので楽しみですっ!

縁日の出店も見た事がないものが多いですね!
飴細工や射的は覚えがありますがっ!
ふむふむ、林檎飴にちょこばなな…どちらもおいしそうですが!
私、あれが気になるのですっ!

私、ふわふわなのは知りませんでしたっ!
と、いう訳でおひとつ、お願いします!

ふふ、すごいですね、わたあめっ!
溶かした飴を細い糸状に伸ばして巻き付けているのですね!
口の中で溶ける感じが素敵です!

さて、良いですね、桜は…
このように照らされる姿がなかなか物珍しいです!
散る様もまたよきものですが、今宵はお預けですかねっ!


仁上・獅郎
【廃墟】
急なお誘いでしたが、お二人と楽しめればな、と。
桜と月と、加えて横には美人さん。
今までで一番綺麗なものに囲まれてて緊張してしまいますね。
と、軽口でした。失礼。

屋台で一つ、小さな林檎飴を購入し、齧りながら歩きつつ。
……ん、甘く酸っぱく、美味しい。
中々減りませんし、小さくても十分堪能できそうです。
五曜さんはわたあめ、フリューさんはチョコバナナですか。
そちらも美味しそうですね、一口いただけますか?

食べながら、儚く舞い散る夜桜の美に酔いましょう。
瞬間の美。命のように咲き、そして散るもの。
そんな風に見えるせいか、僕はこれがとても好きなんです。
……お酒も入っていないのに、酔いすぎましたかね? ふふ。


シーラ・フリュー
【廃墟】で参加
お誘いを頂いたので、のんびりしに来ました。私も実は縁日と夜桜は初めてだったりします
桜と月は綺麗ですよね…美人と褒めて頂けるのは少し気恥ずかしいですけれど、有難いです…

屋台が色々あって目移りしてしまいます。あ、射的も良さそう…銃を使う身としては割と気になりますね…
美味しそうな物も沢山…迷ったのですがチョコバナナにしてみました。甘くて美味しいです…!
仁上さんと五曜さんの物も気になります…。…あ、願っても無い提案が。でしたら一口ずつ交換しましょう…!

昼の桜も良いですが、夜桜は幻想的です…
ですけど、数日で散ってしまうんですね…少し残念ですが、確かに儚いのも美しくて良いのかもしれません…



「急なお誘いでしたが、ご迷惑ではありませんでしたか?」
 仁上・獅郎(片青眼の小夜啼鳥・f03866)の気づかわしげな目に、五曜・うらら(さいきっく五刀流・f00650)は明るい笑顔で「いえ!」と首を振った。
「外の世界のお祭りは初めてなので、楽しみですっ!」
 言葉通り、彼女は先ほどから何もかもが興味深いというように右を見たり左を見たりと忙しない。そのたびに揺れる柔らかな茶色の髪が、まるで仔犬の尾のように跳ねて愛らしかった。
「フリューさんは、縁日などは?」
「ええと、私も縁日や夜桜は初めてで……お誘い、ありがとうございます」
 小さな声で応えるのは、シーラ・フリュー(天然ポーカーフェイス・f00863)。人の多さに少し気圧されたような様子ではあるが、彼女なりにこの誘いを喜んではいるようだった。夜店の賑わいや、灯篭に照らされた夜桜を珍しそうに眺めている。うららとは違い、シーラはUDCアースの出身だ。桜自体に馴染みはあれども、こうして縁日――祭りに自ら参加することは初めての体験だった。
「それでしたら、誘った甲斐もあるというものです」
 片眼鏡の奥で藍の目を細め、獅郎はゆったりと微笑んだ。誘ったからには彼女たちにも楽しんでもらいたいが、医師として忙しい毎日を送る彼にとっても、今宵は心を濯ぐまたとない夜になるだろう。――例え、完全なるオフではなく、猟兵としての仕事の一環だとしても。
 うららとシーラ、ふたりに挟まれ寺の門をくぐった獅郎が、「それにしても」と悪戯めいた笑みを浮かべた。
「桜と月と、加えて横には美人さん。今までで一番綺麗なものに囲まれて緊張してしまいますね」
 軽口で嘯く男に、当然ながら緊張の色などどこにもない。
 一瞬言葉に詰まるシーラの反対側で、和装の少女は嬉しげに胸を張った。
「仁上さんはお口がお上手ですねっ! まあ、私が華のように可憐なのは当然ですが、勿論シーラさんも月に負けない美人さんですからねっ!」
「そ、そんな……その、何だか気恥ずかしいですね」
 透き通るようなエメラルドの瞳が、戸惑うように伏せられる。
 表情は薄くとも、彼女の困惑と恥じらう様に、獅郎はうららと目を合わせて柔和に微笑んだ。

 幽玄に灯る桜を見上げて、うららが感嘆の声を上げた。
「桜はえんぱいあでもよく見知っていますが、このように照らされる姿はなかなか物珍しいですっ!」
「昼の桜も良いですが、夜桜は幻想的です……」
 低い位置には、竹に花の細工が施された灯篭。見上げる頭上は和紙製のぼんやりとした灯りが桜を彩る。明るい昼の姿とも、月明かりに佇む自然な姿とも違う、ひとの手が入るからこその演出された幻想の世界が広がっていた。
 ふたりの傍らで、男は二色の瞳でそれを仰ぎ見る。
 はらりと降る花弁が、夜の闇へと消えていった。
「――瞬間の美。命のように咲き、そして散るもの」
 桜のいのちは短い。咲き初めの花弁も、たやすく風に散っていく。
 だが、その潔い生き様こそに美しさを見出す者が多いことも確かだ。この国で古くから愛され、尊ばれる春の花。
「僕はこの花が、とても好きなんですよ」
 囁く男を一度見上げて、シーラは薄紅色の空へと視線を戻す。
 花の隙間から、白い月が垣間見えた。今日は雲もかからぬ、明瞭な夜空が広がっているようだ。
「散る姿もまたよきものですが、今宵はお預けですかねっ!」
「エンパイアの桜も、綺麗なんでしょうね」
 幾振りもの刀を差す姿はいささか物騒だが、故郷の胴着を纏ううららの立ち姿は、夜の桜に映えて美しい。彼女の纏う凛然とした雰囲気に、彼の世界の桜を映し見るように告げたシーラの言葉に、うららは「もちろんですとも!」と胸を張った。
「機会があればシーラさんも是非いらしてくださいっ!」
「は、はい……ぜひ」
 桜を前に、少女たちの話題は少しずつ移り変わっていく。
 立場や事情は違えども、共にこうした縁日に馴染みが薄いこともあって、立ち並ぶ屋台に興味を惹かれているようだ。銃を扱うシーラは射的に関心があるようで、うららはといえば、故郷の縁日との共通点を見つける一方、見知らぬ甘味が気になって仕方がない様子。
「ではでは、まずは腹拵えといきましょうか!」
「はい。では、仁上さん。……仁上さん?」
 控えめに袖を引かれ、獅郎はハッと振り返った。
 はたりと瞬きをして、ああ、と苦笑する。どうやら暫し、桜に意識を奪われていたようだ。
「すみません。どうかしましたか?」
「あ、いえ……屋台で何か食べ物を、と……」
「私、あれが気になるのですっ!」
 男が自失している間に、ふたりの間で話は進んでいたらしいと悟る。いいですよと応え、連れだってお目当ての夜店へ駆けていく彼女たちの背を見送る。
「林檎飴ひとつ、お願いします。ああ、小振りのもので構いません」
 途中の夜店で硬貨を一つ落とし合流すれば、少女たちも既に目当てのものを手にしていた。夏雲にも似た綿菓子を抱えながら、うららが目を輝かせる。
「私、ふわふわなのは知りませんでしたっ! すごいですね、わたあめっ!」
「夜店の定番ですね。フリューさんはチョコバナナですか」
「はい。色々あって迷ったのですが……甘くて美味しいです…!」
 ふたりとも美味しそうに甘味を頬張っている。男もまた、甘酸っぱい果物飴を齧り味わう。いつ食べてもどこか懐かしい、祭りの味だ。
 視線を感じて顔を上げ――獅郎は、ふっと笑った。
「そちらも美味しそうですね、一口いただけますか?」
 代わりに一口どうぞと差し出された赤い林檎飴に、花のような歓声が上がった。

 縁日を心から楽しむ三人だが、決して忘れてはいない。
 胸元で懐中時計が時を刻む。辺りの様子を窺いながら、頃合いを見て男は麗しき花たちへと目配せをするだろう。
 ――呪詛が成るまであと、如何ほどか。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

霄・花雫
【灯くんと】

わぁっ、すっごーい!
提灯っていうんだね、これ。桜きれーい!夜桜って良いねぇ
ね、ね、灯くんあっち!

縁日なんて初めてで、目をきらっきら輝かせてはしゃぐ声
友達の手を取って、あっちへこっちへくるくると駆け回る
だってヒト多いんだもん、手を離したら迷子になっちゃうでしょ?あたしが
人混み慣れしていない自覚と、ちびな自覚はあった

あっ、灯くんりんご飴!
チョコバナナもわたあめも良いなあ、かき氷もある……目移りしちゃう
えへへ、実はあたしもどれも食べたことないの
だから楽しみでね、あ、でもこんなに食べらんないし……
……ね、灯くん半分こしよ?
そしたらお腹いっぱいにならずに色々食べられるでしょ。……ダメ?


皐月・灯
【花雫と同行】

これがエンニチ……すげーな。
……屋台がいっぱいある。こんな大人数で、花を楽しむのか。

それにしても、楽しんだヤツが引っかかる呪詛か。
……あれじゃアイツ、真っ先にかかりそうだな。
おい花雫待て、迷子になっても知らねーぞ!

言ったそばからあっちこっちに行きたがる……あのな。
って、おい。また……! 引っ張んじゃねーよ!

……りんご飴? なんだそれ。
花雫の挙げるのが菓子の名前だってのはわかるが、何かは知らねー。
並んでるあれがそうなのか?

……ふうん。
その辺の店じゃ見かけねーもんばっかりだしな。
この機会を逃すのも惜しい。
……そういうことなら、手伝ってやってもいいぜ。

……ほら、どれから始めるんだよ?



「わぁっ、すっごーい!」
 夜の縁日を、小さな熱帯魚が跳ねて泳ぐ。
 薄絹にも似た鰭たちが月光と灯篭の燈を受けてきらきらと輝いていた。それにも負けじと煌く瞳で、霄・花雫(霄を凌ぐ花・f00523)は同行する友人を振り返って笑った。
「すごいね、灯くん! 桜きれーい!」
「ああ。……これがエンニチ……すげーな」
 皐月・灯(喪失のヴァナルガンド・f00069)が、驚いたように目を瞬かせた。荘厳な夜桜に対してか、あるいは思いのほか混み合う縁日客の多さに対してか、思わず零れた感嘆の息に、ハッと誤魔化すように喉を鳴らして頭を振る。
 気圧されている場合じゃない。いや、気圧されてなんかいないが。断じて。
「そもそも気を抜いてる場合でもねえし」
「でも楽しまなきゃ呪詛に引っかからないんでしょ? じゃあ遊ばなきゃ!」
 よそのヒトが引っかかっちゃったら大変だもん、という花雫の言葉は、決して建前というわけではない。今回に限っては事実だった。それを理解している灯も、それ以上の反論はしようがない。
「わあ、あの指輪光ってるよ! あっ、あっちの行列なんだろ!」
 少女の好奇心は留まるところを知らないようだ。
 赤狐が言うには、呪詛は楽しんでいる者を引きずり込む性質を備えているという。
(これじゃコイツ、真っ先にかかりそうだな)
 落ち着きのない小さな白い頭に、灯は内心溜息をつく。彼女のその好奇心が吉と出ることを願うが――。
「おい花雫待て、迷子になっても知らねーぞ!」
「わかってるよ!」
 ちょっとは落ち着けというつもりで放った言葉に、花雫は頷いて少年の手を取った。ぎゅっと握り込まれた片手に、灯が目を丸くする。
「おい」
「だってヒト多いんだもん。こうしてなきゃ迷子になっちゃうよ。あたしが」
 妙な自信だけはある花雫だった。
「ね、ね、灯くんあっち!」
 あっち行こう!と、少年の快諾を待たずにぐいと手を引く。
 指さす先、花灯篭がぼんやりと照らす人混みを透かし見て、
「おい、引っ張んじゃねーよ!」
 灯は仕方がない、といった仕草で少女の好奇心に付き合う決意を固めた。

「あっ、灯くんりんご飴!」
「……りんご飴? なんだそれ」
「チョコバナナもわたあめも良いなあ、かき氷もある……目移りしちゃう」
 籠の鳥ならぬ病弱な熱帯魚だった花雫にとってもそうだが、この世界の出身ではない灯にとっては猶更縁日の夜店は珍しいものばかりだ。
 彼女のいうそれらが、名前からして恐らく菓子の類だろうことは推測できても、どんなものかはわからない。だが、甘いものに強く興味は惹かれたようだ。
「どんな食いもんなんだ?」
「えへへ、実はあたしもどれも食べたことないの。だから楽しみだったんだけど、……んん、全部は食べきれないだろうなあ」
「ふうん……」
 クールな眼差しで、灯は屋台に並ぶ甘味をじっくりと横目で観察した。
 UDCアースで多少過ごすうちに、ある程度普段の行動範囲に売られている甘味は把握した。だが、縁日という非日常でしか味わえないものたちなのだろう。見かけたことのない菓子の姿に、隠した甘味好きの血が騒いだ。
「そうだ! ……ね、灯くん半分こしよ? ダメ?」
 おねがい!と両手を組んでおねだりする青い瞳に、灯はきゅっと唇を結んでふいと目を逸らした。好機だった。
 だが、即答は駄目だ。三秒くらい間を置いた方がいい。
「……そういうことなら、手伝ってやってもいいぜ」
 彼女が頼むのなら、仕方がないとばかりに。
 やったあ!と華奢な足で飛び跳ねて、早速とばかりに花雫は彼の手を引き林檎飴の屋台へ駆け寄っていく。先ほど挙げた店はすべて網羅できるだろうか、灯の協力があるのなら、がんばって制覇してみよう、と。
「ありがとうね、灯くん!」
「べつに。ほら、さっさと買うぞ」
 先ほどまでよりややも早い足取りで、少年は肩を竦めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

オズ・ケストナー
【軒玉】
あっちからもこっちからもいいにおい
たこやき
いかやき
お好みやき
やきやきっ
足取り軽く

アヤカのきれい
わあい、と貰って
ふかふか
りんごあめ、おっきいね

威勢のいい呼び込みにふらふら
じゃんけんに勝ったらおまけしてくれるって
せーのっ
山盛り焼きそばににこにこ
褒められて誇らしげ
みんなで食べようっ

わあ、桜だ桜っ
ヴァーリャ、どう?
はじめてをいっしょに見られるのがうれしくて
逸らす姿には目を細め
うん、とってもきれいっ

アヤカが桜の花びらを掴むのを見て
わたしもっ
落ちる花びらめがけて手を伸ばす

勝負と言われたらもっとたのしくなって
掴んだ頃には
花びらまみれ

似合うの言葉にヴァーリャ見て頷き
アヤカも似合ってるよ
髪飾りみたい
ふふ


ヴァーリャ・スネシュコヴァ
【軒玉】

ふわあ…! 見たこともないものがいっぱいだ!
あれはなんだ? これはなんだ? と気になるものはとにかく買う
りんご飴って何だ? まるごとりんごが入ってるだと!? 買いだな!

ありがとうだぞ綾華!(綿飴受け取り)
甘くてふわふわ…雲もこんな味だったらいいなあ

オズ、でかしたのだ! えへへっ、3人でいっぱい食べられるな!

初めての桜の花見
月明かりで淡く光って…
初めて見るのに、不思議な気持ちだ(ジンと込み上げてくる何か。2人から顔を逸らし隠す)
うむ…とっても綺麗だな?

おお! では誰が一番多く桜を掴めるか勝負だな!
…あははっ、2人とも顔とか髪とかいっぱいくっ付いてるぞ!
(と言いつつ自身も花びらまみれ)


浮世・綾華
【軒玉】
エンパイアにねーもんいっぱいあんな
え、なにあれ、食えんの…?
指したのはふわふわな彩りわたがし
――俺、これにする
雲みてえ

ふたりもほれ、と差し出し
あっまー、溶けた!…おー、消えた
新しいものを知るのは好きで
だから普段より少しはしゃいで

丸ごとりんご、でか
真っ赤できらきらして宝石みたいだな

焼きそばには
ふは、でかした!と同調
オズー、俺にも俺にも

美しい花明かりを目にすれば
うわ、すげ
はしゃぐふたりには微笑み
感動屋の彼女には気づかないふりで

自分も舞う花片を掴めば
ええ、突然はじまる勝負
でも負けねー!と大人げなく

ヴァーリャちゃんもだよと笑いながら
自分の髪についた桜を払い
ふたりとも、すげー似合ってる



 そろそろ小さなお子様はおねむのようで、幼子を連れた親たちがぐずる子をあやしながらぽつぽつと帰路につく頃合い。友達同士で縁日を楽しんでいた小学生たちも、親に叱られないうちにと夜道を駆けていく。
 もうそんな時間かと、いつから飲んでいたのやら、赤ら顔で酒を手にした老人が呟く。その、傍らを。
「たこやきー。いかやきー。お好みやきー。やきやきっ」
 ふやふやと歌うように、青い瞳の子ども――いや、青年が通り過ぎていく。
 品の良いカラーの三つ揃え、薔薇を添えた小さなハット。見目からは大人と呼んでも差し支えのない年齢にも見えるが、その表情はひどくあどけなく、声音はまるで幼子のようだ。
「すごいねえ、たのしいねえ」
 ふにゃりと笑うオズ・ケストナー(Ein Kinderspiel・f01136)に、ヴァーリャ・スネシュコヴァ(一片氷心・f01757)が白い頬を上気させ、きらきらと輝く瞳で何度も強く頷く。
「すごいな! 見たこともないものがいっぱいだ!」
「いろんなおみせがあるねえ。わあ、ふうせんだよ、ヴァーリャ!」
「風船! どこだオズ、買う!」
 ぴょこんと髪を揺らし、こどもふたりが忙しなくあちらへふらふら、こちらへふらふらと屋台を巡る姿を視野には収めつつ。浮世・綾華(❂美しき晴天❂・f01194)は、屋台の一つに並んだUDCアースの玩具を興味深そうに眺めていた。
「エンパイアにねーもんいっぱいあんな」
 一体どのようにして遊ぶものやら、想像もつかない。
 ぶらぶらと夜店を巡りながら、ふとヴァーリャを見てみれば随分と財布の紐を緩めたらしい。手にはサイリウムのブレスレット、頭には某ゆるキャラのお面、ほかにも風船やら何やらたくさんの戦利品を抱えていた。
「すげー大量に買ったなあ。持ってかえんの大変じゃねえ?」
「これくらい平気だ! それよりアヤカは何も買わないのか? 向こうにきらきらの指輪とかもあったぞ!」
 落っことしそうな荷のひとつをひょいと持ってやりつつ、綾華は「んー」と目につく屋台を見回す。
「指輪もいーケド、なんか食いモン買わねえ?」
「あっ、わたしも焼きそばがたべたいっ。あとねえ、さくらも見たいっ」
「おお、いいな! では食べ物を買って桜を見るぞ!」
 屋台に気を取られ過ぎてはいたが、花見が主役でもあるからな!と、少女はからりと笑い、先陣を切るように歩き出した。
 さて、なにを食べようか。
 あれもいい、これもいいと腹ペコたちは目移りがして仕方がない。
「林檎飴とかいんじゃねえ?」
 目についたそれを挙げれば、菫の瞳が疑問符を浮かべるようにきょとんと瞬き、男の指先を追う。ぱっと花が咲いた。
「まるごとりんごが入ってるだと!? 買いだな!」
 少女が真っ赤な林檎飴を買い求める間に、オズは芳ばしい音を立てる屋台で立ち止まった。やきそば!と金髪の子どもが親父の焼く様をうろうろと眺めて回る。それがひどく笑いを誘ったのだろう、親父は「じゃんけんに買ったらおまけしてやるぜ」と逞しい二の腕を掲げる。
「ほんと? じゃあするっ」
 対するオズもまた、人形の指先をぎゅっと握った。
 勝負は一度きり。果たして柔らかな歓声が上がり、オズはにこにこ顔で友人たちの元へと戻ってきた。手には山盛りの焼きそばが湯気を立てている。
「オズ、でかしたのだ! えへへっ、3人でいっぱい食べられるな!」
 褒められたオズが嬉しそうに笑う。
 あとは、いまだ手ぶらの男のみ。目指す桜のもとへとそぞろ歩きながら、「アヤカはなににするの?」と訊かれ、男は思案の様子。その瞳が、ある一点ではたと止まった。
「――俺、これにする」

 三人が歩を止めたのは、境内の奥で一際大きく広げた枝に花を咲かせた、古い巨木のもと。大きな石の上に並んで座り、桜を見上げながら食べ物を広げた。
 オズひとりでは食べきれない焼きそばには、ちゃんと三人分の箸が添えられている。ヴァーリャの林檎飴も、綾華の手にしたふわふわの綿菓子も、みんなで分け合いながら食べればおいしさも三倍に増すかのようだ。
「甘くてふわふわ……雲もこんな味だったらいいなあ」
「溶けた!……おー、消えた」
 口の中の甘い綿あめがしゅわしゅわと溶けていく感覚が面白いのか、綾華もいつもよりはしゃいだ様子でせっせと真夏の入道雲によく似たそれを頬張っている。
 気づけばすっかり食べ物は消えて、三人は夜に映える桜の情景を見上げて一息をついた。ぼんやりと桜を照らす灯篭たちの灯が、彼らの姿をも幻想に映し出す。
「ヴァーリャ、はじめてなんだよね。どう?」
 初めて目にする実物の桜はどうかと、優しい声が尋ねた。
 彼女がほんものの桜を見たことがないと知った時からずっと、この美しい景色を見せたいと思っていた。おいしい屋台の食べ物やお菓子も勿論だけれど、それよりもただ、こうして一緒に初めての桜を見られればそれが一番うれしいと。
「うむ……初めて見るのに、不思議な気持ちだ」
 じんと胸に込み上げるなにか。じわりと滲むようなそれを隠すように、ヴァーリャはそっと俯いてはにかんだ。
「……とっても綺麗だな」
 感動屋の彼女には気づかないふりで、綾華はそっと夜へ手を差し伸べた。赤い着物の袖を風が撫でていく。肩にも膝にも降り注ぐ花弁のひとつを掴み取り、指先で摘まんで月夜に翳した。透き通る花びらが、青白く光って見える。
「いいな、わたしもっ」
 それを見たオズが真似るように手を伸ばすが、小さな小さな花びらを掴むことは中々に難しい。逃した花びらを見送って唇を尖らせたオズに、ヴァーリャは目元を拭って明るく笑った。
「おお! では誰が一番多く桜を掴めるか勝負だな!」
 俺も負けないぞと立ち上がる。
 あれよあれよという間に勝負が始まって、楽しそうに桜に手を伸ばす彼らの姿を、周囲の縁日客が微笑ましげに見ては通り過ぎていく。
 意外と負けず嫌いな綾華が一番本気になっていたかもしれない。器用な彼は花びらを掴み取ることも巧くて、身の軽いヴァーリャもまたぴょんぴょんと跳ねながら花弁を集める。オズはあんまりたくさんの花びらは取れなかったけれど、それでも楽しそうに笑っていた。
 ざ、と風が吹いた。
 花びらを流す春の夜風が、桜を空へと舞いあげる。
「あははっ、2人とも顔とか髪とかいっぱいくっ付いてるぞ!」
 そういう少女も花びらまみれで、髪に絡んだ薄紅を摘まみとった男が、愉快そうに声を上げて笑う。
 揃いの髪飾りをつけた三人は、勝敗を気にもせず一夜の桜をともに遊びつくした。

 風が吹く。人々の笑声を攫うように。
 ――花陰が、ぞろりと蠢く気配がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『開かない扉』

POW   :    壊せば倒れる!破壊する

SPD   :    鍵はどこだ!捜索する

WIZ   :    鍵は私だ。ピッキングする

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 ――花陰が、ぞろりと蠢く。揺らめく。
 祭りの賑わいが、人々の笑声が、『それら』を呼び起こし、引き寄せていく。
 思い思いに縁日を堪能していた猟兵たちは、その瞬間、気づいた。
 ああ、ついにその時が来たのだと。
 周囲の喧噪が遠ざかっていく。陰が蠢き近づいてくる。

 彼らの前に現れたのは、ひとつの扉だった。

 それは過去を反映する扉。
 見るものによって形は変わる。姿は変わる。
 いつか、どこかで見た扉だ。遠い過去かもしれない、馴染んだ帰る場所かもしれない。喪われた幻影かもしれない。今はもう、忘れてしまった記憶かもしれない。
 触れれば、もしかしたらだれかの声すら聞こえるだろう。

 幽玄の灯に照らされて、桜が哂う。
 幻影の扉が、開かれるときを待っている。
アスカ・リアンダル
アニエス(f10246)と共に。
…迎えられる罠といった所か。
この先に本体がいるのか…それとも陰から私達を試しているのか。
警戒をしながら扉まで近付こう。
…いや、待て。これは…屋敷の扉か…?
馴染みのある白く大きな扉。私達は魅せられているのか。
大切な、愛おしい場所を形作るというのか?

…聞こえる声は。間違えるはずもない。
かつての私の主君、彼そのものだ。
アニエス…君にも聞こえるかい、お父上の声が。
…彼ではないよ。もう此の世には…それは分かっている。

幻の扉ならば、心の強さが鍵となることもあると。
強く願いを込めて開ける事を試みよう。
人々を守る為に、力を尽くしたい…どうかお導きを。

/アドリブ歓迎


アニエス・ファンヴォート
アスカ(f00934)と協力。
来たのね。これは…お屋敷の扉?
幻でも見ているのかしら…いえ、だとするならばもう、手の内にいるのね。
ここからは気を引き締めていきましょう。
…でもマイホームの扉がこんな所にあるなんて、少し不思議な気持ち。
鍵穴を探して見つけたら、試しにマイホームの鍵を差し込んでみようかしら。
…待って。お父様の声だわ!
アスカにも聞こえるのね?
…私達の記憶が、映されているの?
でもそれは…少し不気味ね。
大丈夫、負けないわ、私。
戦わなくてはいけないの。進まなくてはいけないの。
力をかしてね、お父様。
アスカの手に、手を添えて。扉を前に共に願うように。

♪アドリブ歓迎



 薄紅の風が視界を覆った。
 ほんの一瞬のことだ。風を避けるように瞼を伏せた刹那、気づけば辺りは静寂に満たされ、人々のざわめきは薄衣一枚を隔てたかのように遠ざかる。
「これは……」
「アニエス、こちらへ」
 少女を庇うように、男が一歩前に出る。
 近くにいたはずの他の猟兵たちの気配すらもないが、どうやら守るべき少女と分かたれることはなかったらしい。それはよかった。――だが。
 アスカは目元を厳しくさせ、眼前を見据えた。
 霞むような世界の中で、ただひとつ鮮明なもの。悠然と枝を広げる桜の巨木の傍らに、これ見よがしに怪しげな扉が出現していた。
「……迎えられる罠といった所か」
 あれこそが、グリモア猟兵の予知した呪詛の具現だろう。
 剣の柄に手を添え周囲を警戒する男の背で、少女が驚きに息を呑んだ。
「待って。これは……お屋敷の扉だわ」
 アニエスが見間違えるはずもない。
 彼女が産まれ育まれた我が家、幼い頃からの遊び場所であった緑の迷路に守られたホーム。白く大きなあの扉は、確かに二人にとって最も馴染みのある、ファンヴォートの屋敷のものだった。
「馬鹿な。ここはあの世界ではない。――……幻影か」
「私たちの心を読み取って、幻を見せているのね。だとしたらもう、あちらの手の内ということ。……気を引き締めていきましょう」
「ああ。アニエス、私から離れないように」
 アスカとアニエスは慎重に、扉へと近づいていった。
 近くから見れば見る程に、幻影は精緻だった。ドアノブの摩耗した色合い、細工のひとつひとつまでも正確に模倣している。だが、いつもであれば聞こえるはずの葉擦れや鳥の声は、聞こえない。
「この先に……いるのかしら」
 何者かが――敵が。
 罠であることなど、初めからわかっている。だが、進まなければならないのだろう。
 ピリピリと肌を焼くような緊張感を伴いながら、アスカは静かにドアノブを掴んだ。

「        」

 ハッと息を呑む。
 信じられぬとばかりに大きく見開かれた瞳、酷く強張った顔。いつも冷静な男の動揺に、アニエスが驚いたように彼を見上げた。
「アスカ……?」
「……声、が」
「え?」
 戸惑い、アニエスは不思議そうな顔でそっと扉に指先を寄せる。
 馴染んだ扉の感触と、そして――。
「――お父様!?」
 目を丸くして、少女は周囲を見回す。
 今、扉に触れた瞬間、確かに声が聞こえた。ひどく懐かしい、もう二度と聞けるはずのない優しい父の声で、「アニエス」と……彼女を呼ぶ声が。
「……君にも聞こえたかい、お父上の声が」
「ええ。あなたにも聞こえたのね。……確かに、お父様の声だわ」
 扉に触れると、再び声が響く。
 ――アニエス。
 耳の奥にこだまするように、記憶を揺さぶるような懐かしい父の声。
「アニエス、彼ではないよ」
 目を閉じて扉に触れる少女の手を、男の節くれだった手が静かに引き寄せる。抗わぬままにアニエスは扉から手を放し、自らの指を握り込んだ。
「わかっているわ。お父様はもう、いないもの」
「…………」
 ただひとりの娘を愛し慈しんでくれた大好きな父は、もういない。この世を離れ、母の元へと旅立っていった。娘の元に、剣を一振り遺して。
「大丈夫。負けないわ、私。お父様の娘だもの」
 にこりと微笑む少女の眼差しは揺るぎない。凛としたその輝きは、彼女自身の心のしなやかさだ。その瞳の奥に確かな父娘の血を感じ、アスカは「嗚呼」と黄昏の片目を僅かに眇めた。
 ――我が主。あなたの珠玉はつよく成長した。
 今は亡き彼が見ていたのなら、きっと喜び、誇りに思っただろう。
「いきましょう、アスカ」
 心を映し出す幻影の扉ならば、きっと強い想いこそが鍵となることもある。
 従者の手に自らの手を添え、アニエスは前を見据える。
 ――力を貸してね、お父様。
 人々の、私たちの、未来のために。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

サリサ・イプサ
気付けば、目の前には無機質な白の扉。
清潔感というより無機質なそれはかつて何度も見たものの筈。

私はこれを自分で開けたことがありません。
実験体の私を置いておくための部屋。その部屋からよく見た扉。

開ければ外に出る筈の扉ですが、これはどこに繋がるのでしょうか。
それとも、部屋の中に続くのでしょうか。

鍵は外からかかっている筈で、開け方なんて私には分かりません。
分かりませんが…思えば私は本当に鍵がかかっているか、確かめたことは、ありません。
ですから…覚悟を決めて。
勇気を出して、扉のノブを掴んで、開けてみます。
触れたとき、嫌な事を思い出してしまうかもしれませんが、それでも。

開かなかったら、開くまで色々試します



 あまり、頻繁に思い出したい記憶ではない。
 気づいたときにはもう、サリサはその場所にいた。世間から隔絶され閉ざされた、白く切り取られたその一室が、彼女にとっての世界だった。
 UDC研究の一環。シャーマンとしての高い適性を持つものを最大限有効的に活用するための、実験体。それがサリサ・イプサだ。
「……ああ」
 密やかな溜息をついて、サリサは茫洋とした目でその『ドア』を見た。
 現実感が遠のいていく。
 まるで、自由に世界を飛び回り、縁日を楽しんだ夜が夢であったかのように。ここがどこで、今がいつであるのか、一瞬わからなくなった。
「ああ、これが……呪詛ですか」
 薄紅色のしじまに、白い扉が佇んでいる。
 清潔であるというより、無機質と言い表した方がしっくりとくるだろう。飾り気もなにもない、それはただ外と内を隔てるだけの壁だ。内側に押し込めた『人間』をひとり、そこに置いておくためだけの。
 ――サリサはこのドアを、自らの手で開けたことがなかった。
 見飽きる程に見続けたドアだ。あの部屋にいる間ずっと、彼女はこのドアを見続けてきた。外側から施錠されていることは知っていたが、彼女にその鍵を開けるすべはなかった。だからただ、じっと見続けていた。
「悪趣味な呪詛ですね。……このドアを、開けろということでしょうか」
 相対するものの心を読み取って、映し出すタイプの術なのだろう。
 心のうちに闇を、喪失を抱えている者ほど、この呪詛は堪えるだろうと思いながら、サリサは静かな足取りでドアの前に立ち、困惑したように眉をひそめた。
 サリサにとってこの白い扉は、『決して開けられないもの』の象徴だ。指先が惑うように彷徨う。
「……思えば、本当に鍵がかかっているのかなんて、確かめたこともありませんでしたね」
 そのようなこと、思い至りもしなかった。
 苦笑して、目を閉じた。
 ――一度くらい、試してみればよかったのかもしれない。それで何が変わろうと、いや、例え何も変わらなくても。
「それも、今更ですが……」
 ドアノブに手をかける。その瞬間、脳裏にフラッシュバックしたかつての記憶と、鼓膜を這うような幻の声に強く唇を噛みしめた。
 首裏が冷えるような嫌な感覚に、小さく喘いで。
 けれどサリサは、それらを振り切るように、掴んだノブを思い切って回した。
「私は、あの頃の私ではありません……!」

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴィリヤ・カヤラ
目の前にあるのは装飾の施された黒い大きな扉。
この扉は知っている…
猟兵になるまで住んでいたダークセイヴァーの城…
その中でも父様がよく居た謁見室への扉。

普段は冷徹と言われていたけれど、
家族の前ではとても優しくて…
母様が亡くなった時も悲しそうにしていて。
それから何年も経たずに猟兵になっていた私に父様は…
世の中を知って力を付けたら俺を殺しに来いと。
でも、その約束を果たす為の覚悟は私にはまだ…

っと、忘れていたけれど、
今までUDCで縁日に…
この先に何があっても扉は開けないといけない気がする。
もし父様が居たら覚悟は…その時にしよう、
きっと、しなくてはいけなくなるし

…鍵?『鍵開け』で鋼糸を使ったら開くかな?



 ――ダンピール。
 それは闇の貴族たるヴァンパイアと人間との間に生まれた、あわいの命。生まれながらにして宿命を背負う、過去の遺物から産み落とされしもの。
 あの世界において、その存在は必ずしも祝福されるものではない。親の罪咎を抱え、虐げられ、あるいは名も知らぬ人々から憎まれることすらある。
 そんなダンピールとしてこの世に生を受けたヴィリヤは、けれど、と――目前に現れた漆黒の扉を前に過去を思う。
 彼女はその扉をよく知っている。
 闇の世界にそびえる数多の城の内のひとつ。ヴィリヤはその城で多くの時間を過ごし、猟兵として旅立つまで、ささやかなる幸福な日常を送っていた。あの懐かしくも暗い、かつて彼女が暮らした城の奥深く、領主たる父の謁見室へと続く扉。
「……父様」
 立ち尽くすヴィリヤをすり抜けて、幼い少女が駆けていく幻影が見えるようだった。
 冷徹と言われる父の冷たい眼差しが、自分や母を見る時だけは和らぐのを知っていた。ヴィリヤに触れる手がいつでも優しいことを知っていた。母が亡くなった時の――悲しみに暮れる姿を、知っていた。
 ――愛されていた。愛されていることを、知っていた。
 例え彼が、骸の海から蘇り世界を支配する、オブリビオンであったとしても。

『世の中を知って力を付けたら、俺を殺しに来い』

 硬く瞼を瞑り、胸を締め付ける苦しさに唇を噛む。
 ヴィリヤは猟兵として、父と約束をした。いつか自分はあの世界へ帰るだろう。約束を果たす為、父の元へと……この手に断罪の黒き剣を持って。
「でもまだ……今の私にはまだ……」
 いつかの話だと思っていた。まだ、この胸にその約束を果たす覚悟はない。
 震える手を握りしめ、瞼を開く。
 この扉は、本物の城の扉ではない。この先に待っているのは父ではなく、きっと彼女がこうして動揺する姿を見て哂う、呪詛の主だろう。
「けれどいつかは……覚悟を決めなきゃいけない」
 それも、わかっている。
 苦く笑って、ヴィリヤは大きく息をついた。例えこの先に何が待ち受けようと、扉を開けて進まなければいけない。
 もしも本当に父がいたら――その時はその時だ、と。
 踏み出した漆黒の爪先が、硬質な音を響かせた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

仁上・獅郎
【廃墟】
夢心地は残念ながらここまで、と。
お気を付けください、如何様な悪辣な呪詛が――……。
扉、ですか?

……見える過去は十年前、邪神との契約の時。
其は形を持たぬ虹色のエネルギー、あらゆる時空に隣接する神。
脳に響くは己の声を模した神の声。
紡ぐは深淵を覗き込む己を呼び誘う文言。
あの時はそれを是とし、信奉者となりましたが……

今はエスコート中です、<果て無き空虚>よ。後にして頂きたい。
懐から拳銃を取り出し、金属製の銃底を自分の額に叩きつける。
痛みで正気に戻る手軽な方法ですね。

さて、お二人は……ああ、人により見る物も変わるのですね。
それがわかれば十分。
扉を破壊するなら、僕は鋼糸でばらばらにしましょうかね。


五曜・うらら
【廃墟】
ほほう、何が現れるのかと思っていたら、扉、ですかっ!
えっ、お二人は違うものが見えているのですか!
なるほど、何か精神的に語りかけてくる趣向ですねっ!

どれ、開けて中を…むむ、何か聞こえますね!
ふむ…これは記憶にありますっ!
どこぞの馬の骨が私の力を狙って手籠めにしようと企んでいた時です!

まあ、嫌な気分にはなりましたけれど、その時は斬って捨てました!
なので今回も扉ごと斬ってしまいましょうっ!ずばーっと!
斬れば大体の事は解決しますのでっ!

っと、一枚斬ってもまだありますかっ!
二つ、三つ、四つ…よしっ、全部斬りましたっ!
あ、でもこれが邪神を呼ぶ儀式だとしたら
斬ってしまったのは失敗でしたかね?


シーラ・フリュー
【廃墟】で参加
とても素敵な時間を過ごせていたのですが…さて、何が来るのかと思いきや…
お二人とも…あぁ、ご無事ですね。良かったです…

これは…私が最初に住んでいた家の物ですね…この古い木製の扉、懐かしいです…
あの頃は何も知らず、平和に暮らして…と、昔話をしている場合ではなかったですね
そういえば、何だか色々と食い違うような…?あぁ、見えている物が違う…なるほど、そういう事でしたか

押しても引いても開かなさそうですし、かといって鍵を探すのも大変そうです…
まぁ、今更未練とかそういうのは無いので…さっさと壊してしまうのが最善でしょうか…?
鍵穴にリボルバーで数発、後は強めに叩けば…と。古い物で助かりました…



 空間が歪んだ。
 いや、潜んでいた『なにか』とリンクした、と言った方が正確か。
 夢見心地はここまで。いよいよ待ち受けていた呪詛とご対面かと、獅郎は出現した扉を前に、ふたりへ呼びかけた。
「お気をつけください、お二人とも。ただの扉には見えますが、如何様に悪辣な呪詛かわかりません」
 それにしてもあの扉、どこかで見た覚えが――。
 訝しく二色の瞳で扉を見据える男の傍らで、シーラもまた不思議そうに首を傾げた。
「これは……私が最初に住んでいた家の扉です」
「えっ、そうなのですかっ!」
 ――いや。そんなはずがない。
 あれは。あの扉は……。

 眩暈とともに、獅郎の意識が深く沈み込む。
 気づけばその瞳は過去を見つめていた。まだ彼が年若き少年であった頃、未熟なその手を、悪しきものへと伸ばしたことがある。
 其は形を持たぬ虹色のエネルギー、あらゆる時空に隣接する神。
 圧倒的なまでの力を前に、獅郎は求め続けていたものをそこに見出した。脳に響く己の声を模した神のしらべを、深淵を覗き込む己を呼ぶその言葉を、是とした。
 七色の導きに誘われるまま手を伸ばし、そして――。

 藍の瞳が熱を持った気がした。
 獅郎は息を吐いて、懐から馴染んだ感触の銃を取り出す。
「――今はエスコート中です。<果て無き空虚>よ。後にして頂きたい」
 躊躇わず、銃底で己の額に叩きつけた。鋭い痛みが、意識を現実へと引き戻す。
 あれは過去だ。
 確かにかつて己はあの邪神の信奉者となったが、あれは十年も前の出来事だ。『今』ではない。
「に、仁上さん?」
「問題ありません。さて、フリューさんもあの扉に見覚えがあるようですが……」
「はい。昔、暮らしていた家のドアに、よく似ています。いえ、そのものというか」
 懐かしげにエメラルドグリーンの瞳を和らげる。
 彼女の目に映るのは、かつて我が家と呼んだ家の、古い木製の扉だった。その色合い、摩耗した木のささくれ、疵の形、どれをとっても記憶のそれと一致する。
「あの頃の私は、まだ何も知らなくて……平和に暮らしていて」
 どこにでもいる普通の少女だった。
 ただ、明日の天気に思いを馳せて悩めるくらいには、平穏な毎日を送っていた。猟兵となった今と比べれば随分と狭い世界だったけれど、その分穏やかで、平和だった。
「……と、すみません。昔話をしている場合では、ありませんね」
「いえっ! よければ今度、くわしく教えてください! 私、シーラさんのお話にとても興味がありますからっ!」
 可憐な佇まいでありながら、美しいおとなの女性であるシーラ。秘密基地だなんて可愛らしいことをいう茶目っ気も秘めた、あのランタン灯る薄暗い廃墟で出会った彼女の幼い頃の話ならば、是非とも茶の一杯を片手に聞きたいところだ。
 だが、腰を据えて話してもらうには、時間も場も足りえない。
「僕に見えているあの扉が、フリューさんの家のものだったとは考えづらい。ということは、恐らく見えているものが違うんでしょうね」
「ははあ、なるほど! 何か精神的に訴えてくる趣向ですかねっ!」
 納得がいったように、うららがぽんと手を打つ。
 確かに、シーラが暮らしていたというからには、UDCアースの家のはずだ。それにしてはうららの眼に見えるあれは、少々あばら家に過ぎないだろうかと不思議だったのだ。
 いや、UDCアースでも山深くの僻地であるとか忘れ去られたような廃村に出向けば、まだあのような戸も残っているのかもしれないが――はて、どちらかといえば、あの風情は故郷を思わせるような。
「どれ、ちょいと開けてみますか」
 強者故の余裕だろう。
 ひょいと戸に手をかけたうららが、きょとんと緑の目を丸くしてきょろきょろと周りを見回した。今、なにかが聞こえたような。
 数秒の沈黙。仔犬の少女は「ああ!」と再び手を打つ。
「思い出しました! これは記憶にありますっ!」
 風に吹かれて倒れそうな、粗末な薄っぺらい戸。
 あばら家のようだと感じたのは間違いではない。あれは確かに、打ち捨てられたようなあばら家だった。住人がいないのならばと一夜の雨除けに借りたのだ。
 思い出せてすっきりしたのか、にこにこと笑ううららに軽い相槌を打ちかけた獅郎とシーラだったが、次いで彼女が口にした言葉にはぎょっと目を瞠った。
「そうです、そうです。どこぞの馬の骨が私の力を狙って手籠めにしようと企んでいた時です!」
「ご、五曜さん!?」
 聞き間違いだろうかと、思わず獅郎とシーラは目を見交わして、そうでないことを悟る。
 五曜うららは未だ成人もしていない、うら若き少女だ。その剣の腕が人並外れているとはいっても、大人二人の目に映るのは、小柄な体躯の天真爛漫な子どもで。
「聞き捨てなりませんね。五曜さん、そのお話少々詳しく伺えますか」
 目元を険しくさせた男に、うららは快活な目で胸を張った。
「ご心配には及びません! まあ、嫌な気分にはなりましたけれど、その時は斬って捨てました!」
 この刀で!と(どの剣か二人には定かでないが)、腰に差した三振りの刀を軽く叩く。
 剣術の話であればいくらでも語れるが、色事に関してはまあまあ疎い。それでも年頃の少女とあって恋愛には夢を見る部分もあるうららだ。あの時も良い気分ではなかったが、相手の男は性差故の腕力はあっても、刀を手にしたうららにとっては全くもって脅威とはならなかった。故に、彼女にとっては笑い話である。
「ご、ご無事だったのなら、よかったですけど……」
「女の身で旅をしていれば色々あるというものです! そんなことより、どうしましょうか、これ。開く気配はないようですねっ!」
 ガタゴトと戸を開けようと力を籠めるが、建付けの悪さは感じれども隙間以上にはならない。あばら家然とした戸の癖に、錠が下りているようだ。
「鍵を探すのも大変そうですね……」
「では斬りましょう! ずばーっと! 斬れば大体の事は解決しますのでっ!」
 そうと決まれば今すぐにでもと、うららが鯉口を切る。
 見据える扉は三者三様、いずれも過去の幻影である。シーラは携えたリボルバーを構え、獅郎もまた取り出した鋼糸をピンと伸ばして光を弾いた。
「今更未練とか、そういうのも無いので……」
「僕も構いませんよ。時間も惜しいですからね」

 ――彼らは過去に囚われない。
 薄紅散る闇夜を切り裂き、乾いた銃声が響き渡った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

三上・チモシー
【POW】アドリブ歓迎

現れるのは実家の出入り口
出かけるとき、帰ってきたときにいつも使っている扉
触れると、どこからか猫の鳴き声が聞こえる

うーん、これが呪詛?
どう見てもうちのドアだけど
この先に行けばいいのかな

それにしても、猫はどこにいるんだろう?
うちでは今、猫は飼っていないのに
いないはずの猫
でも不思議と怖い感じはしない。むしろ安心できる
だから、この扉を開けるのも怖くないよ


開かなかったら壊しちゃおう
大丈夫大丈夫、うちのドアだし
もし何か不思議なことが起こって本物のドア壊れたとしても、後でごめんなさいするから



「あれ?」
 チモシーは驚いて大きな瞳をさらに丸くさせた。
 先ほどまでは縁日の喧噪の中で、団子を食べながら灯篭を見上げてぶらぶらと歩いていたというのに、気づけば一瞬にして賑わいは遠ざかった。
 いや、それはいい。甘いもののおいしさに少し頭がいっぱいになりかけてはいたが、元々彼は呪詛を、オブリビオンを倒すためにここへ来たのだ。異変は承知の上なのだけれどと、手の中に残っていた花見団子を頬張って、串を懐へしまう。ゴミはゴミ箱に、地面に捨ててはいけません。
「いつの間に帰ってきちゃったのかな」
 ぱたぱたと駆け寄ってみれば、それは間違いなく実家の――チモシーが大好きな家族と一緒に暮らす、寺の出入口のドアだった。寝ぼけて東北の家へと一跳びで帰ってきたのかと思えば、まさかそんなわけもなく。
「うーん、これが呪詛? どう見てもうちのドアだけど」
 辺りは薄闇、ぼんやりと浮かび上がる桜の樹だけが異様な鮮やかさで咲き誇っている。その手前に、ドアだけがぽつんと静かに佇んでいた。妙にへんてこな風景だ。
 出かける時、帰ってきた時、いつもチモシーはこのドアをくぐる。「いってきまーす」「ただいまー」、声はいつだって、家族の送り出す声や出迎える声がともにあった。今日だって、いつものように元気よくこのドアを飛び出してきたのだけれど。
「この先に行けばいいのかな。どこに繋がってるんだろ、うちってことはないだろうし」
 ドアに手をかける。いつものように開けようとして、

『にゃあん』

 すぐ傍で聞こえた鳴声に、ぴゃっと跳び上がる。
 きょろきょろと見渡しても、鳴声の主らしき姿は影も形もない。
「今の声って、猫? 猫なんてどこにいるんだろ」
『にゃあ、にゃあー』
 扉の向こう側から聞こえるような気もするし、チモシーの背後から、あるいは足元から聞こえてくるような気もする。ごろごろと喉を鳴らす音さえ聞こえ、チモシーはうーんと首をひねった。
「おかしいなあ。うちでは今、猫は飼ってないのに」
 首をひねって、けれど「まあ、いいか」と笑った。
 寺で、猫は飼っていない。けれど、以前は飼っていた。チモシーの家族たちが愛した、飼い猫『チモシー』。
 いないはずの猫の気配は、不思議と怖い感じはしなかった。声は愛らしく、懐っこくて、その気配にはどこか安心できるような何かがある。
「キミがチモシーなのかな。自分もだよ。キミの生まれ変わりなんだって」
 少なくとも、家族たちはそう信じている。
 応えるように鳴いた猫に笑って、チモシーはえいやと手に力を込めた。

 ――結局ドアは開かなくて、壊してしまったけれど。猫がびっくりして逃げていく気配もしたけれど。
「大丈夫大丈夫。もし本物のドアも壊れちゃってたとしても、あとでちゃんとごめんなさいするから」

大成功 🔵​🔵​🔵​

浮世・綾華
【軒玉】
楽しい時間は御仕舞いか
この奥に何があんのかは分かんねえケド
行かなきゃなんないんだろうネ

オズ、ヴァーリャちゃん
――後で会おうな、約束だ

見たのは扉というには少し冷たい
鉄格子の先には何も見えずただ真っ暗だった
調べようと目を凝らせば注ぐひとすじの秉燭が胸を刺すようで

この扉を開けたくて
それでも彼女が『開けないで』と微笑うから
開けられずにいたのに

立ち止まることを許してはくれないんだな
大丈夫、あの子らとも約束したから
俺は約束は破らないからネ
――あんたとの約束も、そうだったろ?

使うのは千変万化ノ鍵、鍵開け
…大丈夫、開けるはず
また一緒に
あの薄紅を愛でたいと思う奴らがいる

僅か、微笑み
じゃ、行こっかと


ヴァーリャ・スネシュコヴァ
【軒玉】

うむ、約束だ!
3人で楽しみたいこと、まだいっぱいあるからな!


美しい装飾の白い扉の奥
暖かな陽だまりに包まれた、綺麗な庭

薄紅の花を咲かせる木がある
俺は何故か、この花を知っている
桜に似ている、これは『林檎』の花だ

その下に誰かが座って、本を読んでいる

…まただ。
あなたは誰だ?

『…泣いているの? また◼︎◼︎に虐められたんだね』
『そんなに泣いては、菫の瞳が溶けてしまうよ』
『おいで。涙を拭いてあげる』

本能が、その暖かくて大きな手を求める
自然と足がそちらへと向き…

やめろ!
俺は人前で泣いたりしない、弱くなんかない!
知らない記憶で俺を惑わすな!


武器で扉をぶち壊す
2人共、おまたせ! 少し遅くなってしまった!


オズ・ケストナー
【軒玉】
気をつけてねっ
約束って言葉を返す前に声は途切れて

目の前に見覚えのある部屋の扉
ぎくりと止まる
はやくあけなきゃ
あけちゃだめ
ふたつの気持ち
この扉を開けたらおとうさんが「おねぼう」してる
違う、早く開けてたすけなきゃ
おとうさんは寝てない
わたししかたすけられない
わたしはおとうさんがおねぼうしてると思って、でもおとうさんは

いま、とびらのむこうで、いきてるの?

思った瞬間、扉に体当たり
どうしてあけちゃだめなんて思ったんだろう
わたしは、もうまちがえない

決めたんだ
扉を開けて、ぜったいに、わたしが助けられる人を助ける
開いた扉の向こうにおとうさんがいなくても

後でって、約束した
ふたりのところに行かなくちゃ
今すぐに



 揺らぎ重なる世界に、綾華は口の端を吊り上げて笑った。
 楽しい時間は御仕舞、隠れ鬼の御出座しだ、と。
「オズ、ヴァーリャちゃん。――後で会おうな、約束だ」
「うむ、約束だ!」
「気をつけてねっ」
 互いの健闘を祈りながら、三人は背を向け合う。
 途端に彼らの気配が霞むのを感じたが、それはただ一時のことだ。あの扉の向こうに何が待ち受けているにしても、そこで必ず再び合流できるだろう。

 唐紅の羽織を翻し、あえて忍ばせぬ靴音を鳴り響かせた。
 目は逸らさない。緋色がひたと見据える先には、重苦しい鉄屑の檻。
 ――それは、鉄格子だった。

「今更俺にこれを見せて、どうするつもりだろうネ」
 冷たい格子の手前で立ち止まる。
 檻の奥は見通せなかった。暗闇ばかりが延々と続くかのようなその空間に、『鍵』のヤドリガミたる男は苦く笑った。そこにいた女を思い出すかのように目を細めるが、きっと、今ここで呼びかけたとて返る声はないだろう。
 かそけき秉燭の灯火が、酷く胸を刺すようだった。
「……立ち止まることを許してはくれないんだな」
 かつて己が単なる金属の塊であった頃、鉄格子に囚われた籠の鳥を愛した。愛された。
 ――この冷たい鉄の扉を開けたくて、女に触れたくて、けれど幾ら乞うても女は微笑むばかりで頷いてはくれなかった。
 開け放ちたかった。だって己は鍵だ。
 けれど彼女が『開けないで』と言うから、……開けられずにいたというのに。
「まったく皮肉だよな。――いーよ」
 風もないのに揺らぐ火に、肩を竦めて笑った。
 ひらいた掌に、『千変万化ノ鍵』――錠開けは己の領分だ。来いと呼ばえばそこに、ほとりと金属の鍵が形成し、召喚される。
 ――大丈夫。
 聞こえぬ声に、瞼裏の姿に、微笑みを返す。
「俺は約束は破らないからネ」
 あんたとの約束も、そうだっただろ。

「約束だよ」
 そう応えた声は、彼らに届いただろうか。
 でもきっと気持ちは一緒だと、オズは小さく微笑んで歩を進めた。
 その脚が――不意にぎくりと止まった。
「――!」
 霞むような暗闇の中に、ぽっかりとひとつの扉が浮かんでいた。
 見覚えのある、扉。
「あ……」
 ふわふわとした微笑みが掻き消えた。たじろぐように後ずさりして、オズはゆるゆると頭を振る。わななく唇がなにかを叫び出しそうで、オズは咄嗟に掌で覆った。
 ――あけなくちゃ。
 つめたい風が背を押しやるように、開けなければという思いが沸き上がってくる。
 ――あけちゃだめ。
 床に足を縫い付けるように、開けてはいけないと押し留める声がする。
 相反する感情に搔き乱されて、オズはその場に棒立ちになった。
 あれは彼が、人形たちが父と呼ぶひとの居室。あたたかな空気に満ちた、懐かしいおとうさんの部屋。
「おとうさんが……」
 あの部屋で、『おねぼう』をしている。ううん、ちがう。おとうさんは『おねぼう』なんてしてない。おとうさんは寝てない。もうすこし寝かせてあげなきゃ。ちがう、起こしてあげなきゃ。
 わたししか、たすけられない。
 オズも、シュネーも、ほかのみんなも、おとうさんが大好きだった。大切にしてくれて、愛してくれたから。三年前にいなくなってしまったけれど、ずっとずっと、おとうさんが大好きだった。
 あのとき。
 わたしはおとうさんがおねぼうしてると思って、でもおとうさんは――。

 ――いま、とびらのむこうで、いきてるの?

 そう思った瞬間、オズは扉に体当たりをしていた。
 ガンッ、と扉が勢いよく揺らいで、オズの肩の関節も悲鳴を上げる。一度で駄目なら、二度、三度でも。この肩が、躰が、どれだけ痛もうとも。
 どうしてあけちゃだめなんて思ったんだろう。
「わたしはもう、まちがえない」
 決めたんだ。
「ぜったいに、わたしが助けられるひとを助けるって」
 あの時は開けられなかった。助けられなかった。
 だからもう、二度と間違えない。扉を開けることを躊躇わない。助けられる人にはこの手を、精一杯に伸ばすと。
 ――例え、開いた扉の向こうに、おとうさんがいなくても。

 綾華とオズが過去の記憶と相対している頃、ヴァーリャは知らない景色を前に立ち尽くしていた。
 ヴァーリャ・スネシュコヴァには、三年より以前の記憶がない。
 アルダワ魔法学園の一角で倒れていたところを保護され、目覚めた彼女が覚えていたのは、自らの名前と力、スケートの技術だけだった。生活に必要なものごとには覚えがあったのでさほどの不便はなく、以来彼女は失った記憶を取り戻すために学園で生徒として学びながら、猟兵として世界に旅立った。
 ――ああ。だから、こんな景色は知らない。

 白く優美な扉を構えた、美しい庭だ。
 春の陽だまりが花々を包み、柔らかな影に光を差す。空は澄み、風がヴァーリャの頬を撫でた。
 薄紅色の花を咲かせる樹があった。
 濃い色の蕾を添わせて、色づいた花びらが可憐に咲く。どことなく桜に似た風情のその花を、ヴァーリャは何故か知っていた。
「林檎の、花」
 あたり一帯に、甘酸っぱい香りが漂うようだった。
 その樹の下で、だれかが本を読んでいる。
 地面に座り、本を開くその人影に、ヴァーリャはふらりと誘われるように扉に手をかけた。

 ――まただ。

 覚えていないはずなのに、なぜか心を騒がせる。
 妙な気分だ。だって、自分はこんな庭も、林檎の樹も、あの人影も、知らない。知らないはずなんだ。
 なのに。
 ――……あなたは、誰なんだ?
 人影が顔を上げる気配がした。こちらを見ている。
 頭の中で、声が聞こえた。
『……泣いているの? また◼︎◼︎に虐められたんだね』
『そんなに泣いては、菫の瞳が溶けてしまうよ』
 なんだこれは。
 なんだ、この声は。
 頭は明確に警戒を訴えているのに、足は自然とそちらへ向く。本能が、暖かくて大きなあの手を、求めていた。
 なんなんだ。なんなんだ、この記憶は。

『おいで。涙を拭いてあげる』

「――やめろ!」
 鋭く悲痛な叫びが、陽だまりを凍てつかせた。
 振るった剣が白い扉を穿ち、二撃目でその装飾を無惨に砕いた。
「俺は人前で泣いたりしない、弱くなんかない!」
 混乱が怒りを呼んだ。
「知らない記憶で俺を惑わすな!」
 渦巻く怒りのままに氷宿す剣を振った。完全に破壊された扉の向こう、いつしか夢は消え去り、うたかたの庭は遠い記憶の彼方へ沈み込んでいく。
「…………」
 肩で息をして、ヴァーリャは扉の残骸を踏み越えた。

「おまたせ! 少し遅くなってしまった!」
 佇む男が振り返り、ひらりと手を振る。
 金の髪の人形が、ふんわりと笑う。
「これで、そろったね」
「ン。――じゃ、行こっか」
 薄氷色の少女もまた、「うむ!」と応えて歩き出した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

咎離・えるぴす
【POW】使用。

やっと来ましたか。では、おいしい穢れが待つ別腹タイムを……おや?

初めて刻印を宿した時のような、右肩の痛み。
見渡せば、刻印を手に入れた社の中と思しき光景と、背後に扉。
これは、刻印を手に入れた日の再現か。

押せば容易く開く扉の先には陰鬱な森。
そして私を弄び汚し穢れを与え育て上げてくれた、そして残らず私に喰い尽くされた数多の魑魅魍魎達。

逡巡は一瞬。
私はあの時、選んだのです。捕食者となる道を。
知ったのです。与えられるのではなく、自ら狩った穢れの美味さを。

自らの血を刻印に与え、活性化した刻印で魑魅魍魎を喰い尽くす。

さて、前菜は十分。
ここからが本格的な別腹タイム……ですよね?(目を拭いつつ)



「ふふ、やっと来ましたか」
 待ち侘びた異変に、えるぴすはそのふくよかな胸を押し上げるよう腕を組み、嫣然と微笑んだ。
 臓腑を蕩けさせる酒精が、彼女の『空腹』を刺激して仕方がない。
「では、おいしい穢れが待つ別腹タイムを……おや?」
 さて、異変の出所は――と周囲を見渡したところで、不意に右肩に鈍い痛みが走った。眉を顰め、咄嗟に左の手で押さえる。これは――。
 熱を伴うようなその痛みは、脈動と連動するように断続的に続いていた。
 じわりと軽い痺れが腕に広がる。
 ――覚えのある、痛みだった。
 まるであの時のようだと思った瞬間、周囲の景色が一変する。薄靄に煙るようだった夜は、深い深い陰鬱の緑に。初春の花揺らす夜風は、息詰まるほどに濃い停滞の空気に。そして――月夜照らす桜は、蠢く魑魅魍魎どもの姿に。
 三つ目、人馬、或いは剥き出しの骨。淫靡なるあやかしに、峻烈なる邪鬼。妖気放つ異形のモノどもが、えるぴすを取り囲み、呻き声とも喝采とも取れぬ悍ましい雄たけびをあげていた。
「……!」
 えるぴすは咄嗟に身構えた。
 爛、と光る数多の目が、欲が、一斉に押し寄せる。それは忌み子を弄び毒する、穢れの嵐だった。
 ――嗚呼、此れは。
「……なるほど、刻印を手に入れた日の再現ですか」
 あの日、陰鬱の森深くにて。
 忌み子の咎離・えるぴすは生まれ変わった。
 ――私はあの時、選んだのです。捕食者となる道を。知ったのです。与えられるのではなく、自ら狩った穢れの美味さを。
 逡巡は刹那、えるぴすは静かに苦無を取り出す。
 これがあの日の再現だというのなら。
 躊躇いなく苦無を右手で強く握った。柔肌を裂いた刃から鮮血がしたたり落ちる。白い腕を伝う赤い雫を、刻印が飲み込んだ。
「ならば、再び喰らい尽くしてあげましょう」
 解放された触手が、勢いよく魑魅魍魎どもに躍りかかった。

 触手が貪り尽くしたあとには、社がぽつんと佇んでいた。
 それは彼女が、力を手に入れた場所。穢れを喰らうその力を、選び取った場所だ。
 閉ざされた扉が、えるぴすを待ち受ける。
「さて、前菜は十分。ここからが本格的な別腹タイム……ですよね?」
 指先で目元を拭い、えるぴすは軽やかに笑うと社の扉に手をかけた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

壬生山・群像
【POW】
アドリブなどはお任せ

さて、反応があったのは良いのですが……それが扉1枚だけとは。
他に現れるものも無いから、開けるしかありませんね。

扉に手をかけると聞こえてきたのは声ではなく焔の音。
他にも何か聞こえたような……何だったでしょう。

小さな村が炎に包まれる中、気を失った村人一人を抱えた、血を帯びた過去の自分の姿があった。

あれは確か……初めて訪れた村ですね。いや懐かしい。
あの頃は私も未熟でした。

小さく聞こえる後悔の声を傍らに、腕に力を入れて
「今では、もっと上手くやりますよ。」
射槌で扉を破壊しようと試みる。通れるまで何度でも。

いやはや、昔の自分はあまり見られたくないものですね。お恥ずかしい。



 炎の爆ぜる音が聞こえた。
 風に煽られて、灼熱が空を蔽い尽くしていく。木々の悲鳴、すべてを燃やし尽くす、焔の轟音。
 ――異変がただの扉一枚であるとは、正直肩透かしを食らった気分だった。
 暫し待ってはみても、扉はただ無言で佇むばかり。なにがしかの怪異が現れ出でることもなく、ならば開けてみるしかないかと手をかければ、扉は固く閉ざされていた。
 さて、どうするかと思案した瞬間、聞こえてきたのが何かが焼け落ちるような音だった。
「これは……」
 群像の細い目が僅か、瞠目する。
 幻聴だけではなかった。瞬き一つで辺りは一面の炎の海へと変わり、群像は火焔に巻かれる只中に立っていた。不思議と熱は感じられない。これが幻視だからだろうか。
 村が焼かれている。
 斜めに傾いだ家の柱が、轟音と共に崩れ落ちる。空には火の粉と黒煙が上がり、周囲の木々へも燃え移らんとしている。
 ――風が強い。鎮火は容易くないでしょうね。
 冷静に場の状況を読み取る群像の耳が、ひとの気配を感じ取る。振り返れば、炎の陰に蹲る人影があった。
 歩み寄れば、それが男の背であるとわかる。
 地面に投げ出された村人らしき負傷者を抱きかかえる、その横顔。苦渋を浮かべる眼差しと、煤で汚れた灰色の頭髪。
「あれは……私ですか」
 血に塗れたその男は、若かりし頃の群像自身だった。
 改めて眺めれば、焼かれゆく村にはひどく見覚えがある。彼はこの光景を、幻視としてではなく、実体験としてかつて見たことがあった。
「そうか、ここは初めて訪れた村ですね。もう、何年前になりますか」
 いや恥ずかしいと、過去の己を客観視するという珍しい体験に浅く笑う。今だ若輩者の自覚はあるが、それにしてもあの頃の己は未熟者だったとしみじみと思う。村人を抱き上げこちらへと歩んでくるその顔を正面から眺め、群像は時の流れを感じた。
 ――まだまだ青二才の面構えだ。
 通り過ぎる間際、苦みに満ちた後悔の呟きを聞き留めて肩を竦める。
 この時、力不足を強く感じた。それも今振り返れば致し方ないことだと思う。己はまだ若く未熟だった。こうして悔いることしかできぬほどに。
「今では、もっと上手くやりますよ」
 笑みを残して、群像は炎に背を向ける。
 この幻視に、用はなかった。どうせ単なる過去の情景だ。恐らくは、あの縁日に敷かれていた呪詛の仕業であろう。
 用がないのならば、後は破壊するのみ。
 篭手の具合を確かめながら、群像は「それにしても」と独り言ちた。
 ――他者の目がなくて助かりましたね。
 昔の自分など、できれば見られたくはないものだ。お恥ずかしい

大成功 🔵​🔵​🔵​

皐月・灯
【花雫と同行】

……どんな呪詛が来るかと、身構えちゃいたけどよ。
ただの扉……?

……いや、ただの扉じゃねー。所々が朽ちた、粗末な作りの木の扉。
だから家の中には隙間風が入り放題で、身を寄せ合ってねーと……あれ?

これが「家の扉」だって、オレはどうして知ってるんだ。
……ああ、そうか。この扉は……。

……オレはここにいる。おかげで起きてることは分かった。
きっとオレとは違うもんが見えてんだろ、花雫。
じゃなきゃ、こんな反応はしねーよな。

いいか、よく聞け。
お前の見てるそれは、昔のことだ。
怯むな。お前はもう……今を生きてんだ。

ぶっ壊すぞ。

ああ、壊すさ。
……これでいい。こんな扉は、もうずっと前に――。


霄・花雫
【灯くんと】

不意に喧騒が遠ざかって何か来ると身構え……たら、扉が見えた
可愛らしい装飾のされた、白い扉だった
ずっと、ずっと、部屋から出られなくて、眺めていたそれ

…………灯くん、

いるよね。と言葉を飲み込んで、繋いでいた彼の手をぎゅうっと握り直した
家は好きだし家族も大好きだし、自分のために日々飾られていた扉にも家族の愛情を見ていたけれど、どうしても、出られない無力な日々を思い出すのは、まだ怖くて

灯くんも、様子がおかしかった。きっと、あたしとは違うものを見てる
でも、

…………うん、……うん、大丈夫。
今のあたしなら、こんな扉蹴破って飛び出して行けちゃうんだから

灯くんの言葉と、その手が、すごく心強かった



 灯と花雫の前にも、その扉は現れた。
 少女の前に出て警戒をしていた灯は、出現したきり何の動きも見せない扉に、拍子抜けしたかのように息をついて眉を顰めた。
「ただの、扉か……? いや、」
 そんなはずはない。現実から切り離されたかのような周囲の様子も、何もなかったはずの樹の根元に突如形成した扉も、強烈なまでに異変を物語っている。
 目を凝らした灯は、それが酷く朽ちた木の扉であることに気がついた。
 質の悪い木材。すでに蝶番は歪み、大人が軽く蹴っただけで外れそうで――そう、度々修理を必要としたけれど、碌な道具も材料もなくその場しのぎの対処しかできなくて、扉はいつまで経っても半分くらい壊れていた。
 粗末な扉は隙間風が入り放題で、冬はことさら寒くて。
「だから身を寄せ合ってねーと……あれ?」
 ――これが「家の扉」だって、オレはどうして知ってるんだ。
 風が吹くたびにガタガタと鳴る扉の内側で、身を寄せ合い、体温を分かち合いながらただじっと朝を待った。そうしていれば温かくて、夜の闇の恐ろしさも和らぐような気がしていた。
 灯はこの扉が何であるのか、理解した。
「ああ、そうか。この扉は……」
 複雑な面持ちで、目元を眇める。緩く握った拳に力を込めながら、息を吐く。
 そういうことか、と呟いた。
 あの扉には確かに覚えがある。だが、己がここにいる以上、あれは単なる幻影に過ぎないはずだ。
「……灯くん」
 震える声が、少年の名を呼んだ。
 呪詛の正体は理解した。だから灯は、握られた手から少女の動揺を即座に受け止め、「大丈夫だ」とその掌を握り返す。
「わかってる。オレとは違うもんが見えてんだろ、花雫」
「……うん。きっと、そうだと思う」
 繋いだ温もりに縋るように、花雫は煙るようなその瞳を僅かに伏せる。
 か細い己の脚を見下ろして、打ち明けるように言葉を吐き出す。
「あのね。あたしね、家族のこと大好きなの」
「ああ」
「恨んだことなんてないし、みんな、あたしのこと大事にしてくれた。ちゃんとわかってるよ」
 花雫の目に映っているのは、彼女の大好きな家族の愛情が詰まった、白い扉だった。可愛らしいネームプレートがかかり、色とりどりの造花やビーズ細工で飾り付けられている。
 そう、ちょうどこの角度。
 清潔なベッドの中から、ずっとあの扉を見ていた。あの頃の彼女は寝込んでばかりで、出掛けられない扉と、青い空を映す窓ばかりを眺めていた。小さな末っ子のために家族が愛情たっぷりに誂えた、可愛らしい花雫の部屋。
「あたしのために扉を飾ってくれるのも、嬉しかった。でも……」
 でもね、とぽつりと雫のように言葉が零れる。
「どうしても、まだ……怖くて」
 待つばかり、憧れるばかりの、か弱い自分を思い出すのは怖かった。今が夢なんじゃないかと、いつか白昼夢は醒めて、またあの無力な自分に逆戻りしてしまうんじゃないかと思って、つい、怯えてしまう。
 惑う少女の声を、力強い言葉が断ち切った。
「お前は今、ここにいるだろ」
 ゆるゆると見上げれば、青空と茜、二色の瞳が睨むように桜の根元を見据えている。
 ――花雫が憧れ続けた、空の色。
「怯むな。お前はもう……今を生きてんだ」
 彼の目にもきっと、何か特別なものが映っている。
 それが何かは知らないけれど、
(……灯くんは、恐れないんだな)
 その言葉と温もりに勇気づけられて、花雫は真っ直ぐに扉を見つめた。
 一朝一夕でこの怯えは消えないかもしれない。でも、彼が言うように、花雫が生きているのは過去の夢の中じゃない。この脚は確かに大地を踏んで、空を駆けることができる。この目はどんな明日だって、見ることができる。
「うん。今のあたしなら、こんな扉蹴破って飛び出して行けちゃうんだから!」
「そうだな。――ぶっ壊すぞ」
 過去は過去だ。
 前を向くことを忘れて怯える必要はない。どんなに懐かしがったって、取り戻せやしないのと同じように。
(……これでいい。こんな扉は、もうずっと前に――)

 ――灯の拳が、幻影を打ち砕いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 集団戦 『くちなぜつづち』

POW   :    秘神御業肉食回向
自身と自身の装備、【自身が捕食している】対象1体が透明になる。ただし解除するまで毎秒疲労する。物音や体温は消せない。
SPD   :    風蛞蝓
空中をレベル回まで蹴ってジャンプできる。
WIZ   :    悉皆人間如是功徳
自身の身体部位ひとつを【これまでに捕食した犠牲者】の頭部に変形し、噛みつき攻撃で対象の生命力を奪い、自身を治療する。

イラスト:オペラ

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 そこはいまだ呪詛の内側、結界に鎖された世界だった。
 乱立する桜の間を、強くつめたい風が吹き抜けた。風は花を散らし、花吹雪が猟兵たちの身を浚っていく。嵐のようにぐるん、と巻き上がった花弁が、瞬く間に異形の姿へと変わっていった。
 ぞろり、と長くぬめる肉厚の舌が地面を舐める。
 ぽっかりと空いた虚無の口腔が、あたかも顔であるかのように猟兵たちに向けられている。枯葉――或いは枯花を縫い留めたかのような体躯に、細く鋭い猛禽の鍵爪。
 ――登録名称『くちなぜつづち』。
 その発祥は古い。都市伝説というよりは、民間伝承の類から発生したUDCだと推察されている。すなわち、太古の日本において『長い舌の蛇神』として恐れられた禍しき化生である。
「あれが呪詛の主、――オブリビオンですね」
 猟兵のひとりが呟く。
 無数の異形たちを前に、彼らは武器を手に取る。あれらを残らず斃せば、呪詛を打ち砕くことに繋がるだろう。

 ――闇が、蠕動する。
アスカ・リアンダル
【POW】
アニエス(f10246)と共闘

…悍ましい姿をしているな。
人の幸を食らう異形の蛇神よ。眠りへとかえるが良い。

一緒に?いいや危険だ。君は私の後ろに…
アニエス。君は…、分かった。ただし無理をしてはいけないよ。
何かあれば頼ってほしい。
私は君の、ただ一人の従者なのだから。

[先制攻撃]で舌を重点的に狙い『白無』。居合の構えを。
たとえ姿が見えずとも、研ぎ澄ませる集中力のなか物音を拾えば
気配で形を読み取ることはできるはずだ。

近づかれると厄介なようだな。一体ならまだしも数が多い。
囲まれぬように気を配らねば。
アニエスに近付くものがいればそちらを優先しよう。
場合により[かばう]事も視野に。

/アドリブ歓迎


アニエス・ファンヴォート
【WIZ】アスカ(f00934)と共闘
あれがすべての元凶…本当、恐ろしい姿…
少し、足が竦みそうになるけれど。
これ以上犠牲者を出すわけにはいかないの。
アスカ、行きましょう。一緒に。
護られているばかりじゃ嫌なの。
私もやるわ。背中は任せて!

さあイレブンジズ。出番よ、力を貸して!
炎を纏った羊の群れでくちなぜつづちを囲んで
身動きが取り辛いように妨害しながら。
私の魔法は前衛向きではないから…
前衛はアスカや仲間に任せて、
一定の距離を保つ事は意識しつつ冷静に攻めていくわ。
あの大きな口、噛みつかれたら一溜りもないもの…。

♪アドリブ歓迎



 だらりと垂れさがる舌から、粘着質な唾液が絶え間なく滴り落ちる。
 内臓器官めいたそれが獲物を待ち侘びるように蠢く様を見て、アスカは眉を顰めた。
「……悍ましい姿をしているな」
 単純な見目ばかりではない。
 ひとの幸を喰らい騙し討ちをする、その生態もまた悍ましい。古くからそのように、人知れず数多の命を引きずり込んでは喰らってきたのだろう。
 ――異形の蛇神よ、眠りへとかえるが良い。
 己が本体たる刀を抜き払い、男は守るべき存在を庇うよう立ちはだかった。花の色をしたその髪を、つめたい風が乱す。
「待って、アスカ」
 従者を押し留める、ゆかしき声。
 目線で振り返れば、主たる薔薇石榴の娘が常より僅かに青い顔色で、それでもひたと敵を見据えていた。
「私も行くわ。一緒に」
「一緒に? いいや危険だ。君は私の後ろに……」
「いいえ。護られているばかりじゃ嫌なの」
 真摯な訴えに、男は思わず口を噤んだ。
 おそろしい姿に、足が竦んでしまいそうになる。あの大きな口は、華奢なアニエスなど容易く飲み込んでしまいそうだ。けれど、護られるためにここへ来たわけではない。
 これ以上の犠牲者を出さぬために。
 アニエスは庇護される令嬢としてではなく、男の隣に立ち戦う猟兵として、来たのだ。
「……分かった。ただし、何かあれば頼ってほしい。――私は君の、ただ一人の従者なのだから」
 認めてくれた。それが嬉しくて、アニエスは青白い顔で嬉しそうに笑う。
「ええ。背中は任せて!」

 アスカが疾駆し、異形の只中へと躍りかかった。
 身構える隙など与えず、鋭い切っ先で先頭にいた一体の舌を断つ。飛び散る液体が男の顔を汚したが厭わず、胴体の中心を刀で貫いた。
「さあイレブンジズ。出番よ、力を貸して!」
 背後から、アニエスの召喚した炎の羊たちが群れなしてくちなぜつづちの行く手を阻む。アスカの邪魔をさせてなるものかと、娘の操る羊の焔が一体、また一体と異形の身を焼き、牽制していく。
「アスカ、右から来るわ!」
 アニエスの声に、男は素早く反応した。死角から飛び掛かってきた一体を切り伏せる。
(――浅い!)
 致命傷とは成り得なかった感触に、男は追撃の構えをとった。刹那、眼前の敵が掻き消える。
「なに……!」
 一瞬にして消えた敵の姿に、アスカは片目を鋭く眇めた。
 くちなぜつづちが備える能力のひとつ。自身の身を周囲と同化させ透明化させる、神秘の御業。姿なき敵の襲撃に、犠牲となる者も多いだろう。だが――。
 アスカは丹田から細い息を吐き、刀を収めた。手は、柄へと添えたまま。
「そのような賢しらな幻術で、私を誤魔化せると思うな」
 その躰は刀。誇りと意志によって鍛えられ、敵を屠るために在る、戦うための刃。
 元より視覚に依存するものではない。研ぎ澄まされた男の集中力が、姿持たずこちらを窺う悍ましき気配を捉え――。
「――ふっ!」
 抜刀。
 音もなく抜かれた刃が、違わず敵を切断した。刀の軌跡を追うように、姿現した巨躯がずるりと崩れ落ちていく。

 居合の一刀が敵を下すのを見届け、アニエスは安堵の息をついた。
 前衛にてアスカが敵を屠り、その後方からアニエスが魔法で周囲を牽制していくコンビネーションは、今のところうまくいっている。
 どうか彼が怪我をしませんようにと、大きく頼もしいその背中を見つめて祈りを捧げる。そればかりが気遣わしく、胸が騒いだ。
「ああ、いけない。冷静でいないと……」
 先行しすぎている羊を引き戻そうとして――ふと、アニエスの視界に陰が落ちた。
 ハッと息を呑む。どこからか現れ出でたくちなぜつづちの一体が、にやあと哂うかのように口腔の表皮を剥き出しにして舌なめずりをしていた。
「いやあっ!」
「――アニエス!」
 ぶるんと振るわれた舌がアニエスの身を絡めとる間際、投げつけられた刀がその巨躯に突き刺さった。見れば、近くにいた敵を蹴り倒し、こちらへと駆け寄る男の姿。
「ご、ごめんなさい、アスカ」
「いや。私も離れ過ぎていた、すまない」
 無事かと声をかけながら、男は突き刺さった刀を抜き息の根を止める。
 アニエスは動悸を抑え込むよう胸に手を当て、男を見上げた。
「大丈夫よ。ありがとう、アスカ」
「構わないよ。……、……まだ、行けるかい?」
「――ええ!」
 意思を表すよう、羊たちの体躯が膨れ上がる。
 男は静かに頷き、娘の傍らで刀を振り払った。体液を落とし艶めく刃を、掲げる。
「では、いこう」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

咎離・えるぴす
ああ、やっと見つけました。
身も心も穢れで丸々肥え太り、本当に美味しそう。

さあ、隠れん坊はもう終わり。楽しい別腹タイム開始です!

洋弓銃型精霊銃に風の矢を装填。
飛び回る敵の動きを第六感の助けを借りて見切り矢を発射、念を込めて誘導し敵の足を狙い撃つ。

「捕まえた」

着弾確認後、得物を左手に持ち替え、足の止まった敵に素早く接近。

「こんなに美味しそうなご馳走、やっぱり直接いただかないと」

敵の舌を苦無で地に縫い留め反撃の機を奪い、【満たされぬ暴食者】で刻印に侵食された右手を変形させ貪り喰らい、積み重ねてきた業が生んだ芳醇な風味を存分に味わう。

「おかわりを、是非おかわりを!」

敵の全滅まで、一体残さず喰い尽くす。



 闇に鮮やかな緋袴に絡む花弁を、指先で摘まんで食む。
 えるぴすはうぞりと集う異形たちを流し見て、花弁を赤い舌で舐め上げながらうっとりと笑った。
「ああ……身も心も穢れで丸々肥え太り、本当に美味しそう」
 この逢瀬をどれほど待ち侘びたことか。
 白い咽喉をさらけ出し、えるぴすは弄っていた花びらをごくんと嚥下した。
 ――さあ。隠れん坊はもう終わりです。
 食前酒の次は前菜。であるならば、次に頂戴すべきは主菜(メインディッシュ)と決まっている。決して満たされることのない餓鬼の胎は、今か今かとご馳走の到来を待ち望む。
「うふふ、楽しい別腹タイム開始です!」

 洋弓銃――クロスボウ型の精霊銃に、風の霊宿す矢を装填する。
 足の速い獲物を狩るには、まずその足を止めることが必要だ。爛々と輝く目を眇め神経を研ぎ澄ませれば、空中を飛び回る敵の素早さも、射抜けぬ速度ではないと知る。「思ったより遅いこと」と密やかに笑んで、えるぴすは矢を放った。
 念を込めて後押しをすれば、その矢じりは狙い違わずくちなぜつづちの一体の身を穿つ。
「――捕まえた」
 衝撃に撓んだ体躯が、舌を振り乱しながら失墜する。
 えるぴすは素早く絶対霊弩を左手に持ち替え、変わりに懐から苦無を取り出す。先ほど自らの掌を切り裂いたばかりのそれを、地面でびちびちと跳ねるぬらついた舌肉へと突き立てた。
「ギィ、グウゥゥ」
「こんなに美味しそうなご馳走、やっぱり直接いただかないと」
 躍りかかった格好のまま、くちなぜつづちに覆いかぶさる女の細躯。
 矢で撃たれ舌を縫い留められた敵に、抗うすべはない。せめてもの抵抗とばかりに暴れる猛禽の爪が、それを抑え込まんとするえるぴすの脹脛を袴越しに裂いた程度だった。
 ちいさな痛みに、えるぴすはむしろ愉快そうに唇を歪める。
 ちろりと覗いた赤い舌が、今度は隠さず舌なめずりをして。
「――いただきます」

 咎離・えるぴすは穢れ喰らい。
 満たされぬ暴食者たる彼女の右腕は、くちなぜつづちよりも随分と悪食で、大喰らいだった。
「おかわりを、是非おかわりを!」
 恍惚とした顔で、エルピスは化け物を貪り食う。
 ――正餐の時は、まだ終わらない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

仁上・獅郎
【廃墟】
異界もまた桜花爛漫が……と思いきや。
些かグロテスクな呪詛の主のお出ましですか。
お二人は、うん、大丈夫そうですね。

しかし、信頼してる、ですか。ふふ。
なら、その信頼に応える働きをしないとだ。

相手の動きを[見切り]、鋼糸で拘束し、お二人に屠っていただく。
その合間に、僕も高威力の弾丸を込めた拳銃で数を減らしましょうか。
見える敵が近寄り噛み付くしか出来ないならば脅威ではありません。

無論、数で押されれば、いずれ死角から襲われるのは必定。
しかし、死角は召喚した影の追跡者の視界で埋められる。
ならば数すらも大した問題ではないでしょう。
尤も、フリューさんや五曜さんがいらっしゃる以上、そんな心配も不要かな?


シーラ・フリュー
【廃墟】で参加
こんな所にも桜が。やっぱり綺麗ですね…でもゆっくり見る余裕はなさそうです…。
今回は私は少し前に出ようかと…ええと、お祭りでエスコートしていただいた分、戦闘では前はお任せを…なんて。
そんな事は兎も角…お二人の事は信頼してますので、きっと大丈夫でしょう…!

【SPD】
リボルバーで【援護射撃】寄りの動きになります。【早業】と【2回攻撃】でどんどん撃っていきますよ。
透明に関しては五曜さんが何とかしてくれるので安心ですね。
優先度は仁上さんの方に向かう敵、五曜さんが届かないような奥の敵、鋼糸で拘束されてない敵の順でしょうか…。
リロードの間は余裕があれば【狼牙】で近くの敵を対処しておきたいです。


五曜・うらら
【廃墟】

ほほう、現れましたかっ!
鳥のような体をしていますが頭は気持ち悪いですね!
ともあれ、これはまさに斬れば解決します故っ!
張り切ってまいりましょう!

なるほど、姿を消す力を持っているようで……
しかし、音や温度を消せないのであれば気配を探るまでもありませんっ!
妙な音がする方へ刀を投じれば済みますから!

しかも消せるのは自分の他は捕食している対象だけ、となれば
近づかなければ攻撃できないという事です!
周囲に刀を浮かべておけばどこから来るのかは感じ取れますねっ!

その動き、どこから来るか、私にはわかっちゃいますよ!
あとは私のゆーべるこーどで姿を現した
おぶりびおんを皆で倒すだけですねっ!お任せあれっ!



「――はあっ!」
 天を舞うつるぎが、くちなぜつづちの胴体を真っ二つに断ち切った。
 血飛沫と内蔵を巻き散らして左右に倒れるその敵の背に、小柄な体躯が軽やかに降り立つ。――休む間もなく、敵陣の最中へ躍りかかる。
「聊か気持ち悪い見た目ですが、わかりやすいのは良いことです! これはまさに斬れば解決します故っ!」
 両の手で振るうは二刀。だが、それだけではない。彼女だからこそ持ちうる超常の力によって、三振りもの刀が空中を縦横無尽に旋回し、血風となって吹き荒れる。
 五曜・うらら。ひとは彼女を、剣の申し子だと称える。
「まさに嵐のようですね、彼女は。フリューさん、フォローは任せます」
「はい……!」
 獅郎の操る黒糸が、闇に紛れて敵を絡めとる。
 その隙をついて前方へと出たシーラが、構えたリボルバー銃で鋼糸から漏れた敵を見事な命中率で次々と撃ち落としていく。足元に薬莢が落ちきるよりも早く、その手は流れるように次の弾を装填、嵐の目から逸れた敵を弾き飛ばした。
 澄んだ瞳同様、その射撃の腕には一点の曇りも見られない。
(グロテスクな敵の群れを前にして怯む様子もないとは、さすがというか)
 張り巡らせた鋼糸をピンと指で弾き、強く手前へ引き寄せる。獅郎が敵の身を糸で絡めとり拘束すれば、うららがその神速の刀によって命脈を刈り取っていく。不意の襲撃を警戒する必要もない。なぜなら、射撃手の鷹の目は暗闇の中であってもそれを決して見逃さない。
 ふたりとも頼もしいと笑い、獅郎は先ほどのシーラの言葉を思い出す。
 内心を吐露することがひどく不得手で、思っていることを伝えることがへたくそで、けれど本当は心優しく人の好い、気遣い屋のひと。
「信頼してる、ですか。……ふふ」
 彼女にそう言われては、応えぬわけにもいかないだろう。
 黒糸を繰りながら、男は密かに影へと呼びかけた。
「では、懸念の穴を塞いでおきますか」
 いくら堅実に固めようと、数で押されればいずれ隙が出てきてしまうものだ。念には念を入れてと影の追跡者を召喚、監視の目として潜ませておくことにした。そう、目は多い方がいい。――彼女たちがいる以上、要らぬ心配かもしれないが。

 花舞う空を、異形の魔が走る。
 溢れる唾液を振り撒き襲来するその顎を、うららは交差させた刀で弾き飛ばした。
「それしきの柔な牙、私には届きませんよっ!」
 全身をべとべととした体液で汚したうららが、快活な瞳で天の剣を振り下ろす。袈裟懸けに切り伏せんとしたその瞬間、くちなぜつづちがじゅるりと唾液を啜り――消えた。刹那に遅れて、銀閃が空を切る。
「――やや?」
 トン、と一歩後退し、うららは僅かに思案。これが初めてではなく、先ほどからちょいちょと、この敵は姿を消すようだ。
「うららさん」
 弾丸で敵の接近を牽制しつつ、シーラが少女のもとへ駆け寄る。彼女の目にも、敵の姿が掻き消える様子は見えていた。
 あれは生半可な擬態ではない。影も形もなかった。
「厄介ですね……」
「いえいえ! 問題ありません!」
 唇を引き結ぶシーラの傍らで、うららはけろっとした顔で笑った。
 異形の血と唾液まみれの髪にも頬にも構うことなく、ただ、刀を振り汚れを落とす。右手に掴んだそれを、空の一点を指し示すかのように垂直に伸ばす。幼き剣豪の瞳が、つよき光を放って煌いた。
「この隠れん坊、私の勝ちです。お任せください!」
「――わかりました」
 信頼している、と告げたのは嘘ではない。彼女が任せてよいというのなら、そこに何の不安もなかった。
 後方からの支援には、獅郎がいる。ならばと、シーラはその場で上着を脱ぎ捨てた。
 おや、とうららが目を丸くする。
「私も、前に出ます。……お邪魔には、なりませんから」
「なるほどなるほど、それは心強いですねっ!」
 獅郎の放つ銃撃の音が響く。
 ふたりはどちらともなく静かに敵へと向き直った。

 うららにとって、それはひどく単純なことだ。
 確かに姿は消えた。透明化とでもいうのか、この目にも映らなくなった。だが、ただそれだけのこと。
 葉擦れの音がする。鍵爪が地面を蹴る音がする。唾液を啜り上げる音がする。何より、悪しき存在が放つ穢れの熱量が、そこに在る。
 うららは己の周囲に刀を並べ浮かべた。操るは精神の力、彼女の意思ひとつで、どのような血路であろうと拓かれる。
 ――さあ、来い。

 それは嵐。
 それは奔流。
 それは――鬼神のごとき、つるぎの。

「『その動き、どこから来るか、私にはわかっちゃいますよ!』」

 つるぎが舞った。
 邪気なく笑う鬼神が五つの腕を振り回し、呆気なく稚拙な隠れん坊を打ち破る。
 さすがはうららさん。と、シーラは感嘆に目を細めて、姿現したくちなぜつづちへと疾駆する。あとはそう、私はただ、狼の牙を突き立てればいい。
 銀の髪がふわりと散い――蹴撃が、異形の首を破砕した。

 闇が波打つように、集い膨れ上がる。
 三人は各々に心定め、次の群れへと意志の切っ先を差し向けた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

サリサ・イプサ
扉の先、どうやら無事に敵の元に辿り着けたようですね。
目的のUDCです。
ここで必ず倒します。

他にも猟兵の人がいらっしゃる筈、協力します。
一体ずつ確実に減らしていくことを考え、
サモニング・ガイストを使い、槍と炎で援護するように動きます。
飛び跳ねたり、透明化の可能性にも注意し、
自身でも可能なら距離を詰めます。

距離を詰めたら、やはりサモニング・ガイストを用い
同時に連携して、自身も格闘戦で挑みます。
掌底と蹴撃中心になります。

無事倒し切れて元の世界に戻れたら、
もう一度お祭りを見に行くのも良いですね。
終わっていたら、桜だけでも。


ヴィリヤ・カヤラ
…出来るだけ気持ちを切り替えないと、
ここにいたら父様との約束は守れないしね。

敵の動きはよく見て動くね。
弱点が分かれば良いけど、足か口かな?
狙えそうなら【氷晶】で攻撃してみるね。

誰かが攻撃されそうになって、
間に合いそうなら割り込んでフォローに入るね、
宵闇を蛇腹剣にして届く範囲なら頑張ってみるよ。

誰かが捕食されて敵が消えたら『第六感』と
葉の擦れる音や鍵爪で床の音がするなら
それを頼りに攻撃してみようかな。
吐き出してくれるといいけど。

ダメージの大きそうな人(自他問わず)
がいれば敵の攻撃を受けなそうな所で
【輝光】で回復するね。

アドリブ・連係歓迎


三上・チモシー
アドリブ、連携歓迎

なにあれちょっと気持ち悪い……しかもいっぱいいる……
綺麗な桜の景色が台無しだよ
お団子食べおわっててよかったー

敵が透明になったら、落ち着いて【聞き耳】をたてて位置を探るよ
敵がいるであろう方向に向けて【熱湯注意】を発射
熱々の熱湯だからね。ちょっとでもかかったら透明化どころじゃないでしょ
これで透明化が解除できれば良し、透明のままでも声とか物音で居場所はバレバレになりそうだよね

可能ならそのまま追撃したいところだけど、透明化解除で他の人のサポートができればそれだけでも十分かな



「なにあれちょっと気持ち悪い……しかもいっぱいいる……」
 うええ、と顔をしかめるチモシーに、サリサはかすかに苦笑した。
 小さな肩に手を置いて、
「頑張りましょう。あれを倒せば終わります」
 戻れたら、もう一度口直しにお祭りを楽しむのはいかがですかと、幼い彼を慰めるように言う。もしも縁日が終わってしまっていたとしたら、桜だけでももう一度見て帰るのもいい。
「そうだね。――さ、行こうか」
 彼女たちの傍らで、ヴィリヤも笑う。
 扉の前でくすぶった気持ちを抱えたままでは戦えない。切り替えていかなければと深呼吸をして、剣に手をかける。
 三人は機を見て、同時に昏き大地を蹴った。

「――氷よ射抜け!」
 ヴィリヤの呼んだ『氷晶』――整然と並ぶ無数の氷刃が、空を裂いて敵の身を穿つ。
 追うように飛び出したのは、槍持ち炎操る古の戦士。召喚したのはサリサだ。鎧纏う巨体が槍を一振りすれば、体液巻き散らしてくちなぜつづちたちが吹き飛ばされる。ごう、と逆巻くような槍の威力に、数体が怯えるように後ずさりした。
「逃がしません」
 背後からサリサが割り込んだ。その見かけから予想されることも少ないが、彼女は格闘戦も得手とする。しなやかな体躯から放たれた回し蹴りが、敵を大地へと平伏させた。
「さっき見てたら、こいつら時々消えるみたいだね!」
 大連珠を巻いたちいさな拳が、敵を殴り飛ばす。小柄な体躯を活かして身軽に立ち回りながら、チモシーがふたりに向けて言う。
「ええ、厄介な能力です。警戒が必要でしょうね」
「気配を探って何とかなればいいけど。ふたりとも気をつけて」
「りょうかーい!」
 三人はうまく連携をしながら、確実に一体ずつ敵を倒していく。
 だが、数が多い。周囲から押し寄せるくちなぜつづちの群れは、倒されれば倒されるだけ、数を増やしているかのようにすら見えた。その上、時には姿を消し、時には空を駆って襲来する。
「こっちの体力が尽きるのが先か、根性比べの勝負ってところだね!」
「耐えるしかありません。――危ない!」
 サリサの警告に、ヴィリヤの体は反射的に動いた。だが、間に合わない。見開いた眼に映ったのは、溶けかけた人間の顔――耳まで切り裂かれた惨たらしい人面の口が、ヴィリヤの右腕を肩まで食らいつき、噛み砕いた。
「っぐ、ああああああっ!」
ぎちぎちと締め付けられる腕。骨の砕かれる音が脈動に響き、ヴィリヤは絶叫した。
「このっ、放しなさい……!」
 サリサがくちなぜつづちに掴みかかり、引き剥がそうと力を籠める。
「ギ、イイィィィ」
 抵抗する敵の脚が、サリサの太腿を裂いた。顔を顰めながらも掴んだ手は離さず、ついにヴィリヤの躰は解放された。軍服を真っ赤に染めた彼女の身が投げ出されると同時に、くちなぜつづちはサリサを蹴り上げて空へ逃れていく。
「くっ、……ヴィリヤさん! ご無事ですか!」
「へ、平気。このくらい、どうってことないよ……」
 気丈に歯を食いしばり応えるが、金の瞳は堪えきれぬ苦痛に歪んでいる。
「だいじょうぶ、ヴィリヤさん!?」
 チモシーが駆け寄るのと入れ替わるように、サリサは血の滲んだ太腿と腹を隠しながら立ち上がった。見据える先、好機と見た敵が複数体、大地を、空中を蹴りこちらへ殺到する姿がある。
「――チモシーさん。彼女を後方へ」

 つい先ほど、呼び起したサモニングガイストたる霊も、くちなぜつづちに食われて散った。
 負った傷は大したものではないが、確実に疲労はサリサの躰に降り積もっている。肩で息をしながら、もう何体目であるかもわからぬ敵を掌底で吹き飛ばした。
 この先へ、進ませるわけにはいかない。
 ああ、けれど。視界の端で、くちなぜつづちがふっと霞のように掻き消える。気配を読もうにも、疲弊が集中力を乱す。
 まずい。背筋を冷や汗が流れたところで、背後からあどけない子どもの声がした。
「しゃがんで!」
 咄嗟に身を伏せれば、湯気立つ透明の液体が空を舞った。
「ギュエエエェェェ……!」
 広範囲に振り撒かれたそれを浴びて、姿なき敵が悲鳴を上げる。
 南部鉄瓶の注ぎ口からたっぷりと撒かれたそれは、沸騰したての熱湯だ。抱え持つのは、そのヤドリガミたる桃色の目の少年。――チモシーは幼げなその頬で悪戯っぽく笑い、ふふん、と胸を張った。
「熱々の熱湯だからね。ちょっとでもかかったら透明化どころじゃないでしょ」
 狙いは違わず、火傷を負った異形は透明化を解かれ、真っ赤にただれた舌を狂ったように振り乱す。チモシーはすかさずその懐に入り、拳でその舌を口腔の内側へと強引に押し込んだ。舌肉の千切れる感触。噛まれぬうちにと素早く手を引き抜けば、どう、と敵の巨躯が地に沈んだ。
 ぬめぬめとした体液に塗れた拳をぶんぶん振りながら、チモシーは気色悪そうに口を曲げた。
「うへえ。こんなことになるなら、なにか武器持って来ればよかったかな」
「ありがとうございます、チモシーさん。……ヴィリヤさんは?」
「だいじょーぶ。怪我治したら、すぐに戻るって」
 携えた守護石の力で、傷を癒している最中だ。剣を振えるまでに治療が済めば、再び合流できるだろう。
「では、それまでこの戦線は守りきらねばなりませんね」
「うん。熱湯ならいくらでも準備できるからね」
 任せてとばかりに、チモシーはにっこりと笑った。

苦戦 🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

壬生山・群像
【POW】
アドリブなど色々お任せ

しまった……既に始まっていましたか。
出遅れた分の埋め合わせは……(腰に携えた短刀を取り)

短刀を自分の身体へ突き刺し、ユーベルコード∶犠醒を発動させます。

結構痛いですけど、頑張ってすました表情のまま戦線へ加わりましょう。

戦闘スタイル
軽そうな攻撃は頑張って避けて
重そうな攻撃は両腕の篭手で【盾受け】もしくは篭手内部の刺突刃で【武器受け】を試みる。

攻撃について
平常時は内部武器を使わない格闘か、刺突刃の切り払い
致命打が与えられそうな好機を見つけた場合のみ、パイルバンカーを使用。また刺突刃の刺突を攻撃手段に加えます。

足りない……血が足りない。
おまえの血を、よこせ。



「しまった……既に始まっていましたか」
 飛散した肉塊を踏み越え、ぷんと漂う血臭に眉を顰める。
 戦いはすでに始まっている。遠く散り散りにくちなぜつづちの群れと剣を交える猟兵たちの姿を見て、群像は腰の短刀を抜き払った。
 逆手に持つ。
「出遅れた分の埋め合わせは……」
 しませんとねと呟き、強く握る。
 左肩に突き立てた短刀が、肉を裂く。じわ、と滲んだ血が瞬く間に肩口を真っ赤に染め上げた。小さな呻き声は喉で押し留め、痛みに連動する脈動へと神経を集中させる。
 ――ユーベルコード『犠醒』≪ギセイ≫、発動。
 防人(パラディン)としての役割を全うせんが為、あえて不利な行動をとることで身体能力を底上げする能力だ。全身を巡る熱き血潮が、男へ常ならぬ力を与える。
 屠るべき敵影を見据え、男は地を蹴った。

 皆善戦しているようだが、なにせ敵の数が多すぎる。
「どこから湧いて出たのやら……」
 些細な闇とて、それほど深いということか。
 飛来する鍵爪を身を沈めて避け、腰を落としたまま篭手の刺突刃で突き上げ貫く。ぶん、と振れば異形の巨躯が軽々と大地へ沈んだ。
闇の只中に身を置く防人の拳が、刃が、穿ち、砕き、敵を切り伏せていく。左肩の痛みなど素知らぬ顔だ。
 彼我の力の差を鑑みれば、確実に群像を始めとした猟兵たちの方が上だ。
 しかし、数の差そのものが、時として厄介極まる敵となる。
「ですが、根競べでしたら負けはしません」
 何体目だかのくちなぜつづちを屠り、躍りかかってきた敵を冷静に避けたその瞬間。眼前の敵を遮蔽物とし、その影からもう一体の異形が唐突に現れる。剥き出しの歯で哂い、あたかもそのものが生き物であるかのように来襲する、内臓めいて仄赤い舌。
「――ッ!」
 咄嗟に両腕の篭手で阻もうとするが、遅い。
 生臭く生暖かい肉が鞭のように群像を捉え、打ち据えた。射線上にいたくちなぜつづちらを薙ぎ倒しながら、男の体躯は十数メートル離れた大地へと叩きつけられる。
 ――肩が、いいや全身が、燃えるように熱い。
 噛み砕かれたのは左腕か。只でさえ痛かったというのに、なんという追撃だろう。ああ、それよりも、これは恐らく骨の数本どころではなさそうだ。
 今なお研ぎ澄まされた神経が、殺到せんとする敵の気配を感じ取る。
 男はずるりと身を起こし、よろめきながら途切れかける呼気を吐いた。
 どくん、と心臓が強く脈打ち――伏せられた双眸が、昏く光った。

「うおおおぉぉぉぉぉぉ!」
 力を振り絞り、群像は爆発的な猛進で敵の一体に組み付いた。荒々しく右腕を振り上げ、振り下ろす。――鉄杭が、くちなぜつづちの胴体を惨たらしく貫いた。
 ――まだだ。
 まだ、足りない。
 頭の先から爪先まで、鮮血に染まった男がうっそりと嗤う。

「――おまえの血を、よこせ」

苦戦 🔵​🔴​🔴​

浮世・綾華
【軒玉】
こんなとこにいたんだな
嗚呼、その口で、桜を愛でる奴らを喰らおうとしてたのか
嘗て厄払いの為にあったそれが
呪詛と結ばれてるなんて皮肉すぎんだろ

技全てが厄介そうだから
俺はふたりの援護を
身動きが取れないよう捕縛狙い

フェイントで交わしながらカウンターを狙ういつもの作戦
咎力封じで放つ枷は足を、気色悪い口には轡を、体には縄を

――ふたりとも、頼む

早く終わらせる…優しいオズの意を察す
未だ蠢くなら彼に攻撃が及ばぬ様
鉄屑ノ鳥籠に己の紅を零し
鳥籠から浮遊するあらゆる鉄屑を操り
氷膜にはヴァーリャちゃん、ないす、とそれを目印に
刺して、刺して

お前、可憐な花の前で見せるような姿じゃないよ
――誰の幸せも、邪魔すんな


ヴァーリャ・スネシュコヴァ
【軒玉】
うひゃあ…!あの舌、あの口…!
見た目も嫌だが、桜を使って誘き寄せる、その卑劣さが一番嫌だ

今回は連携重視
綾華が支援、俺とオズが攻撃役
綾華が捕縛してくれた瞬間を狙い、オズと息を合わせて『亡き花嫁の嘆き』を叩きこむ!

敵が透明になったときは、オズの声を聴き
俺の【第六感】を研ぎ澄ませ、氷の【属性攻撃】を飛ばす
氷の膜が張り付けば、透明でも位置がわかる筈
回復しようと二人に噛みつくなら
【残像】を残すほどの【ダッシュ】で間に割り込み、【先制攻撃】を食らわせる

…正直、得体の知れない敵は苦手だ
だが三人で補い合えば、きっと大丈夫
桜をダシに使う敵に、怯むなんて嫌だからな
綺麗な思い出、絶対に穢させやしないぞ


オズ・ケストナー
【軒玉】
おおきなくち
だれかのたのしい気持ちといっしょに
なにを食べていたかなんて想像したくない
もう終わりだよ

アヤカが拘束してくれるから
わたしはそれを叩くだけっ
斧を振り回し
【ガジェットショータイム】

ヴァーリャとの間にいた敵が透明になったら
ヴァーリャっ
声をかけて挟撃

透明になったって、まわりを全部なぎ払えばいい【範囲攻撃】
ジャンプしようとするなら上から攻撃すればいい
相手より高い位置から武器を振り下ろして

矢継早に攻撃するのは
早く終わらせるって決めたから
(たぶんきっと、ふたりは「これ」が苦手なんだと思う
だから)
…ちょっと、息切れ
でもだいじょうぶ

全部終わったら、三人でもう一度さくらを見ようね
だから、がんばる



「うわ、っと……」
 真白い髪先が、僅かに散る。
「だいじょうぶ、ヴァーリャ?」
 鍵爪の攻撃を危うく避けたヴァーリャが、オズの声に笑って「平気だ!」と応える。
 ヴァーリャとオズ、そして後方からふたりの支援に徹する綾華の三人が戦い始めていくばくかの時間が経っていた。確実の敵の数は減らしているが、まだ終演の時には手が届かない。
「それにしても、おおきなくちだね」
「――嗚呼。あの口で、桜を愛でる奴らを喰らおうとしてたんだな」
 ひとの嫌悪感を誘うような醜悪な見た目だ。
 ほんわりと微笑むオズはともかく、綾華もヴァーリャもそれぞれに気色悪そうに眉を寄せている。
「見た目も嫌だが、桜を使って誘き寄せる、その卑劣さが一番嫌だ」
「同感だ。嘗て厄払いの為にあったそれが、呪詛と結ばれてるなんて皮肉すぎんだろ」
 風が、厭わしき穢れを乗せて戦場に吹いていく。
 くちなぜつづちの群れと、その背後で幽玄に乱れる桜の巨木を透かし見て、男は緋色の瞳を眇める。
「でも、もう終わりだよ」
 あとちょっとがんばろう、と。金の髪の人形がふたりに向けて拳を握った。

 夜闇に菊花が舞う。
 軽やかに敵の手を掻い潜り、空中を跳んで回る巨大な蟲を逸らした顎で睥睨して。
「可憐な花に纏いつく虫は、追い払われるが定めってもんだ」
 その足には枷を、気色悪い口には轡を、躰には縄を。
 綾華の手から放たれた三つの拘束具が、くちなぜつづちの身を縛り、大地へと失墜させていく。
「――ふたりとも、頼む」
「まかせて!」
「おう!」
 信頼に応え、ふたりが駆ける。
 オズの履いた靴には、魔力で精製された氷のブレード。『麗しき春』から生まれ、『太陽の夏』に融けて消える、美しき雪の化身たる娘の名を持つその靴が、ヴァーリャの走る大地をいつでも氷上の銀盤へと変える。
 氷の上で、ヴァーリャはいつだって自由だった。
 いくら悍ましき古の化生がその身を狙おうとも、白い肌には触れさせもしない。
「逃しはしないぞ……!」
 襲い掛かる敵の間を滑りすり抜けていく。拘束されたくちなぜつづちの身をアイスブレードの蹴撃が穿てば、その巨躯を瞬く間に細氷の冷気が覆い尽くしていく。
 ――『亡き花嫁の嘆き(ゴーリェ・ルサールカ)』 
 ダイヤモンドダストが、桜の花纏い綺羅めいた。
「一匹残らず倒してやる。綺麗な思い出、絶対に穢させやしないぞ」
 正直に言えば、グロテスクな見た目の敵は得意ではない。気持ち悪いと思うし、だらだら垂れ流される唾液にも触りたくはないし、何より得体の知れなさには拒否感を抱く。
 けれど、だからといってこんな卑劣な敵に怯むなんて、絶対に嫌だ。
 悍ましさを押し殺して、ヴァーリャはキッと残る敵たちを睨みつけた。

 ――もうちょっと。もうちょっとだから、はやく。
 柔らかな唇を引き結んで、オズは戦場をひたりと見渡した。
背後から、くちなわのように巻きついた縄が再び何体かの異形を打ち落とす。オズのブレードは鋭さを増していくようで、氷の礫の中を舞い敵を屠り続けている。
 ハッと息を呑んで、オズは声を上げた。
「ヴァーリャっ!」
 名を呼ぶだけで彼女には伝わる。戦いの中で幾度となく呼び、幾度となく呼ばれた。
 呪いの一種か、透き通るように透明になり周囲に擬態する敵の能力。弱点もまた見抜いてはいるが、戦いの騒音の中で背後から襲われれば避けるのも難しい。だからこそ、オズとヴァーリャは互いに補い合うことを自然と選んだ。
「よけてね、ヴァーリャっ!」
 オズはガジェットショータイムで手の中に重く巨大な斧を召喚し、飛び込むのと同時に遠心力を利用して力任せに振り回した。ともすれば、オズ自身の身体も吹き飛んでしまいそうになりながら、最中に確かな手ごたえを感じた。血飛沫が初めに飛び、次いで遅れるように斜めに砕かれたくちなぜつづちの体躯が数体、どうと倒れ伏す。斧が、蒸気を噴き上げながら地面に突き刺さって止まった。
「だ、大丈夫か、オズ?」
 武器に縋るようにしながら肩で息をする金髪を見下ろし、ヴァーリャが目を丸くし問いかける。ふー、ふー、と呼吸の合間に彼女を見上げて、オズはこっくりと頷いた。
「へ、へいき。だいじょうぶ、だよ」
 もう一回、とばかりに身の丈もある斧を、よたよたと地面から外す。
(たぶんきっと、ふたりは「これ」が苦手なんだと思う。だから)
「はやく終わらせるって、決めたから」
 妙な意気込みを感じて、オズは目を瞬かせ。――ちろりと、後方の綾華に目をやると、彼も何やら察したのだろう、奇妙な顔で肩を竦めたようだった。

(まあ、何だ。……優しいよなあ、オズのやつ)
 気持ち悪い、と顔を顰めていたヴァーリャを気遣ってのことだろう。――何となく、綾華の苦手意識も悟られているような気がするが。口には出さなかったし、気取られるつもりもなかったというのに、全くおかしたところで敏い奴だ。
 擽ったい想いで苦笑して、綾華は鉄屑ノ鳥籠に紅をほとりと落とした。
 ――気恥ずかしい気もするが、それも悪くはない。
 独り言ちて、綾華は無言で指先を薙いだ。オズたちに襲い掛からんと蠢く影を、寸前、籠から解き放たれた鉄屑が縫い留める。
「折角の佳い夜なんだ。――誰の幸せも、邪魔すんな」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

霄・花雫
【灯くんと】

……あの幻影、コイツらのせいなのかな
あたしは此処にいる、もう自由なの
蹴り破れるのは扉だけじゃないんだからね!

灯くんが地上戦なら、空中はあたしが引き受けるよ
【パフォーマンス、誘惑】で敵を引き付けながら、レガリアスシューズに大気を集めて【空中戦、毒使い、全力魔法】で爆発させるように蹴りを
蹴ったらまた宙へ、次の敵を蹴ってまた宙へ
発動回数終わっちゃっても敵を蹴って飛べば良い
負けないよ、この空ならあたしは誰より自由なんだから!

自分への攻撃は【野生の勘、第六感、見切り】で回避

灯くんの心配なんてしてないよ、だって灯くん強いもん
それに、あんまりあたしが気にして見てたら灯くんやりづらいでしょ、きっと


皐月・灯
【花雫と同行】

……そうかよ。全部てめーらの仕業か。
色々と思い出させてくれた礼だ。
一匹残らず叩き潰してやる!


見たところ、ヤツらの攻撃手段は近接だけみてーだが……飛ばれると厄介だ。
その前に【先制攻撃】を仕掛けて、地面に縫い留めてやる。

地上戦はオレに任せろ。きっちり掃除するからよ。

……部位を犠牲者の頭に変形させる攻撃?
それがどうした。
即座に【カウンター】の《猛ル一角》で叩き潰す。

……ひでー気分だ。
けど……顔を潰すたび、その怨嗟を聞くたびに、拳に力を籠める。
オレの仕事は、躊躇うことじゃねーんだよ。

……ただ。
犠牲者の顔をオレが殴り潰してるところは、花雫には見せねー。
気持ちの良いもんじゃねーから、な。



 どれほど戦い続けたか。
 花雫は空中から戦場を俯瞰して、大きく息をついた。少し、呼吸が苦しい。だが、苦痛を押し込めて彼女は笑う。
 なぜなら、まだそこに敵がいる。
「ふふん、どこ見てんの。あたしはこっちだよ!」
 美しいものを追うのは獣の性か。ひらりと舞う光に集るは虫の性か。
 空中に描き出した階を跳ねるように飛び回る花雫は、くるりと小さな体躯を宙で丸め、そのしなやかな白い脚をくちなぜつづちの背へと叩き込んだ。蹴撃は魔力による大気の爆発を伴って、敵の躰を大地へとめり込ませる。同時に蹴り上げ、再び空へ。
 ちいさな熱帯魚は気儘に宙を泳ぐ。
 そう。か弱い躰で閉じ籠っていた、なにもできない子どもはもうどこにもいない。
「あたしは此処にいる。あたしはもう自由なの!」
 歓喜が周囲の大気を逆巻き、花雫は魔力で操る推進力のままに敵の間を軽やかに飛び回り撃ち落としていった。

(――疲れてきてんな、あいつ)
 空中戦において花雫の右に出るものは早々いない。ならば地上はオレに任せろと、役割を分担したのは正解だった。そのお陰で随分と効率的に戦い続けることができた。
「押し付ける気はねえよ。飛ばれる前に仕留めりゃいい!」
 空へと逃れる気配があれば、それに先んじて地上に縫い留めてしまえばいい。
 踵の術式に魔力を通し、疾走、停止と敵を翻弄しながら、灯は悍ましい体液に塗れたガントレットを次々と休む間なく振るい続ける。敵を穿ち、その舌を掴み取っては引きずり寄せ、すかさず拳打を叩き込む。
 花雫も疲弊が重なっているようだが、灯とて長時間の戦闘で拳が重い。
 だが、終わりなき戦いなど存在しない。
 初めはひしめき合うように視界を覆い尽くしていた影も、今はもう随分と薄っぺらいものと変化していた。
「――灯くん」
 一旦地上へ降り立った少女が、背中合わせに少年へ呼びかける。
「気づいた? あと一息だよ」
 敵を屠ってはそれを蹴り足場を稼いでいた花雫だが、その足場そのものが随分と減ってきていた。
「ああ、わかってる。あと少し、行けるか、花雫」
「当然!」
 互いに状況を確認し合い、ふたりは再び分かたれた。

 ――ああ。こいつで最後か。
 灯は眼前でにたりと哂う女の顔を見て、静かに拳を握り直した。
 青白い膚、茶褐色の瞳を彩る鱗粉めいた薄青。目尻の小さな小さな黒子。――外れた顎から異形の舌をだらりと垂らすその顔からは、たしかな面相など想像すらできないが。
 きっと、かつてこのくちなぜつづちが屠った犠牲者のひとりなのだろう。
 これで最後。こいつで最後。
 最後の一体へ向けて駆けだしながら、灯は何度も何度も繰り返した苦みを飲み下す。
(それはてめえが纏っていいツラじゃねえ!)
 暴風宿す拳をその顔めがけて撃ち出し、叩き潰す。
 一切の躊躇いなく力を籠めれば、ぐしゃりと、女の面が潰れる感触がした。

 あの少女が目撃していなければいい。
 そう思い、最後の一体がその場に崩れ落ちる様を見届ける灯の背に、少女の明るい声が届く。
「灯くん。終わったね」
 見られたか否か、そのいつもと変わらぬ声音からは灯には計り知れなかった。
 花雫はただ一瞬だけ桜花を振り仰ぎ、了解も得ず少年の手を取る。
「――帰ろうか、灯くん」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年03月21日


挿絵イラスト