|栞《笑顔》をさした物語
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「誰か……いませんかぁ」
カッチコッチと柱時計が刻む音が蒼い館内に響き渡っている。
この大きな館が一つの国――大階段を下りていたシウム・ジョイグルミットのふわふわなウサギの耳が、その時、心細そうな声を拾い上げた。
軽やかに大階段を駆け下りたシウムはそのまま声がした方へと向かう。
「アリス? ここにいるのかなー?」
台所に繋がる扉を開けば、シウムよりもほんの少し年下だろうか。
「……だれ?」
おさげの少女はしばらく一人だったのか、ほんの少し瞳に恐怖が宿っている。シウムはパッと花咲くような笑顔を浮かべてみせた。
「ボクはシウム! ねぇアリス、かくれんぼしてたの~?」
ふふー、みーつけた♪
シウムは優しく駆け寄って、手を差し伸べた。
「お腹空いてないー? 美味しいものがあるお茶会に案内するよ~」
にこにこ笑顔、ほわっとした柔らかな声で誘うシウムを見て、安堵の表情を浮かべるアリス。
「お茶会……? 行ってみたい、かも」
そう言って、それでも恐る恐ると重ねられたアリスの手を、シウムはきゅっと握り返した。一人じゃないよ、と伝えるように。
アリスの手は冷たかった。
「それじゃあボクのオススメのお茶会にご案内だよ~。どの国にしようかなー」
ポケットから取り出した綺麗なコイン『Heads or tails』で行く国を決めれば、さあ出発!
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「シウムだ。アリスをつれてきたの?」
「二人ともいらっしゃい!」
「アリス、まいにちが音楽祭の国にようこそ~」
ちょうどお茶会を開くところだったんだ!
おいでよ、おいでよ♪
二人を歓迎する声は歌のように。あちこちで毎日音楽祭が開かれている、楽しく賑やかな不思議の国。
「ここね~、お菓子も賑やかなんだよ~」
お茶会に招かれたシウムとアリス。シウムは席までアリスをエスコートして、オススメのお菓子を選ぶ。
五線譜のお皿に英字クッキーが並ぶと音色を奏でだす。
淹れたてのお茶からは木琴の奏で――香りを楽しむのと同じで、音色を楽しんでから飲むのだ。
テーブルの上では同じ瞬間などないセッションのお茶会。
パイはサクサク、小気味よい食感で中には果実のジャム。
果物がいっぱい載ったタルトは酸味と甘味の豊潤なハーモニー。
「すごいね、シウム!」
驚いて、楽しんで、そうしてアリスはようやく心からの笑顔になった。
その時。
「アリス、アリス。この本、泣いちゃったの?」
愉快な仲間のカラカルが耳をピンと立てて、アリスの持ってる本を見て尋ねる。
「ほんとだ~、泣いたアトがあるねぇ」
頁に柔らかさはなく、濡れた後だというのが分かる本。
「えっ。本って泣くの?」
アリスが不思議そうに尋ねれば「モッチロン!」と仔ヤギが頷いた。
「物語を読んでくれる本はね、悲しいお話だとしっとりしてるんだ。美味しい本もあるんだよ」
「飛ぶ本もあるし~、図書館の国も楽しいんだよー」
と、色んな国を巡ってきたシウムは言う。
「アリスは本が好きー?」
そう問うたシウムは音符クッキーを齧る。澄んだピアノの一音が彼女の口元から零れた。
「――わからない、けれど、こうやって知らないことを知っていくのは楽しいかも」
呟くように答えたアリスは持っていた本を開く。最初に開くのは手作りの栞が挟まる頁だった。
たぶん、誰もが帰りたかったんだ。
故郷の風の匂い。
故郷の食べ物。
故郷の音楽。
兵隊さんはあたしに故郷の歌や曲を教えてくれて、あたしは色んな奏で方を知った。
古びたバイオリンでそれを弾けば、みんな、苦しそうに泣いて、寂しそうに泣いて、楽しそうに泣いた。
「アリスは故郷の音楽を覚えてる?」
「……覚えてないかな」
この曲かなぁ? こんなリズムじゃない? と愉快な仲間たちは、模索しながら自分の楽器で音を奏でる。
どこか切なくて、さみしくて。
優しいお茶会の時間が過ぎてゆく。
シウムは彼らの邪魔をしないように、濃いめの紅茶と絶品ガトーショコラ味のブドウを振る舞っていった。
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どっちのウサギ穴を通っていこうかなー、とシウムがコインで決める分かれ道。
「珍しい国に出ちゃったね~」
アリスを連れて辿り着いた次の国は、真っ白だった。足元にあるのは二人の影、空は掠れた水色の絵の具みたいな感じ。
「シウム、ここ、何にもないんだね」
「うん、なんにもない国なんだ~。今から作っていく国なんだよー。――そうだ、アリス、国を作ってみない~?」
「そんなこと出来るの!?」
びっくりするアリスに「だいじょぶだいじょぶー」と明るく軽やかに応えるシウム。
国を作るには愉快な仲間の力も必要。
少しの間、引っ越してくれる仲間たちを集めて、色んな国を巡る冒険に。
魔法の絵の具で青くした空には雲を、真白の地には緑絵の具で草を、他国の種を蒔いてお喋りな花を。
「頑丈な家が欲しいの? じゃあ煉瓦はどう?」
アリスの提案に煉瓦の家が建ち並ぶ。
「あま~いお菓子のなる木が欲しいなぁ~♪」
シウムの提案にお菓子の味がする果樹園が造られた。
遠方にも行けるよう草原や空を駆ける木馬を作り、魚型のゼリーが釣れる湖、山は桜の木を植えてゆく。
「新しい国なら名前も決めなきゃだね~」
シウムの言葉に皆が「あ」となる。ついつい夢中になって続けてしまう国作り。
皆と話し合って色んなことを決めていく。
「シウム。この扉……」
ふと、出来上がった扉を見上げてアリスが呟いた。
「アリス、『扉』を見つけたのー?」
「……たぶん。これが、シウムが教えてくれた『扉』だと思う」
国作りが進んでいく最中アリスが教えてくれたのは、自分を知りたくなってきたということ。
誰かに「ただいま」を言いたくなってきたこと。
「キミの故郷が、家が、仲間が、その先にはいるんだね」
どうする、アリス?
いてもいいんだよー?
優しい選択肢に、アリスが選んだのは――扉を開くことだった。
お別れは、最高の笑顔で。
アリスが出発して、国作りも落ち着いて。
シウムはHave a nice tripを弾ませる。
「次の国にはどんな美味しいものがあるのかなー♪」
そうワクワクしながらふわふわ飛んで、次の不思議な国へと旅立った。
成功
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