ペンタチュークは風吹く遠路にて
イリス・ホワイトラトリア
イリスが裁判に掛けられ、その後聖竜騎士団に引き込まれるノベルをお願いします。
●時系列
ノベル【ペンタチュークは風により舞い戻るか、エースの遠路】でイリスがベヘモスコーストに帰還してからベヒーモスの進水式が執り行われる前の間です。
アレンジその他諸々全てお任せします。
●関係する勢力について
いずれの勢力も猟兵を欲しています。
現在のエルネイジェ王国内では様々な勢力による猟兵の争奪戦が始まっています。
●王室派
王族やそれに親しい者達を中心とする政治派閥です。
猟兵を欲する理由は能力的な価値と危険性の管理です。
国外から訪れる猟兵も監督しています。
●アイディール派
有力貴族のひとつであるアイディール侯爵家を中心とする政治派閥です。
猟兵を欲する理由は政治的・軍事的影響力の強化です。
元はランベール派と歩調を揃えていましたが、方針の不一致から現在は王室派との融和路線を取っています。
最終的には王室ごと猟兵を取り込もうとしています。
●ランベール派
有力貴族のひとつであるランベール侯爵家を中心とする政治派閥です。
猟兵を欲する理由は王室による猟兵独占の阻止です。
王室が猟兵を独占している現状を危険視し、新たな猟兵や国外の猟兵を取り込んで対抗しようとしています。
●王国軍
様々な勢力の影響が及んでいます。
●裁判
イリスは法廷に召喚されました。
裁判の争点はベヒーモスの無許可での操縦です。
●原告
エルネイジェ王国軍です。
原告の検事と裁判官にはランベール派の息が掛かっています。
●原告の思惑
実刑判決を勝ち取る事でイリスとベヒーモスが王室派に渡る事を阻止しようとしています。
●被告
イリスです。
●原告の主張
①イリスは軍籍が無い民間人です。
兵器としての能力を保有するキャバリアを民間人が無許可で操縦する事は法律で禁止されています。
②ベヒーモスは王室が所有権を持つキャバリアであり、無許可での操縦は法律で禁止されています。
③王国軍の救援を待つべき状況であったのにも関わらず、負傷した民間人を多数収容したまま戦闘を行い、事態を悪化させた責任も重大です。
●被告の弁護人
ソフィアとエレインです。
●イリスの心境
「どうしよう……」
困惑しています。
●ソフィアの心境
完全な無罪を勝ち取る事は難しいと考えています。
一方で不当な判決を受けた悲劇の少女として国民の同情を誘う思惑もあります。
「法廷には既にランベール家に連なる勢力の手が回っています。裁判はこちらの不利で進むでしょう。イリスとベヒーモスを手に入れる為に相手も本気となっている筈です」
「イリスは何も心配する必要はありません。聞かれた事に知っている真実だけを答えなさい」
●エレインの心境
余裕で勝てると思ってます。
「呆れたわ。この子がベヒーモスを起こしていなかったらベヘモスコーストがどうなっていたのか想像も出来ないようね?」
「イリス、ご安心なさい。このアイディール家が付いているんだから」
●被告の弁護人の思惑
原告側の思惑を知っています。
無罪判決を得てイリスの身柄を確保しようとしています。
●被告側の主張
①ギガンティックバスターを発射する最終意思確認の音声入力を除き、動作は全てベヒーモスが自律して行ったものである証拠が操縦履歴に残されています。よって減刑が妥当と考えます。
②原告の主張通りベヒーモスの所有権は王室が保有しています。王室の事後承認により被告の刑事責任は無効化される事が妥当であると考えます。
③被告の搭乗に起因すると推定されるベヒーモスの起動により、ベヘモスコーストへの更なる被害拡大が防がれました。
③ベヒーモスが海上に移動する事で聖竜騎士団の救援も早まりました。
③被告人から負傷者に対してある種の医療行為が行われた証言と状況証拠が残されており、被告人の行動によって負傷者の状態は改善していました。
③ギガンティックバスターの発射以外はベヒーモスが自律して行動したもので被告人の意思に基付く行動ではありません。よって被告人に責任はありません。
●裁判の流れ
原告が主張を元に質問を行います。被告は主張を元に解答します。
証人が招ばれる場合もあるかも知れません。
現実の裁判みたいじゃなきゃダメとかそんな事は無いのでそれっぽい雰囲気でお願いします。
難し過ぎる!という場合はダイジェストでもOKです。
●もしも神機の申し子が証人として招ばれた場合
聖竜騎士団が雇用していた外部戦力で、王国への移動中に所属不明機を発見。
追跡したところ民間人に攻撃を加えて始めた為、ソフィアから委託を受けて人道的観点からやむ無く交戦状態に入ったという名目上での扱いにしてください。
聖竜騎士団には王国の危機の際には独自の裁量で軍事行動を実施する権限が与えられているのでこれで合法となります。
●最終的な判決
禁錮一週間の執行猶予一ヶ月辺りがよろしいかと思います。
●法廷解散後
「うぅ……罪人になってしまいました……インドラ様、どうかお赦しを……」
イリスはしょんぼりしてました。
「あんな判決じゃ無罪も同然よ。完全勝利にならなかったのは屈辱だけど!」
エレインは悔しがっていました。
「守り切れずにごめんなさいね」
ソフィアも完全勝訴とはならないであろう事は予想していましたが残念そうでした。
「そんな! わたしの方こそ殿下達に迷惑ばかり掛けてしまって……でもこれからどうしたら……」
「その件ですが、私に力を貸しては頂けませんか?」
途方に暮れたイリスにソフィアが言います。
「我が聖竜騎士団はイリスとベヒーモスの力を必要としています」
「わたしなんかが? でもわたしに出来る事なんて……」
「猟兵でありベヒーモスの巫女ではありませんか。十分過ぎる才能です。それにこれは王国全体の為でもあるのです」
「王国の……?」
「あなたはもう今まで通りには過ごせません。既にイリスを巡って様々な勢力が動き出しています」
「そうなんですか!?」
驚くイリスにエレインが言いました。
「さっきの法廷で気付かなかった? 奴等の目、まるで油揚げを前にしたキツネみたいだったでしょう?」
イリスはよく分かりませんでした。
「あらゆる勢力があらゆる形でイリスに働き掛けるでしょう。危険な目に遭うかも知れませんし、親しい人々に類が及ぶ事もあり得ないとは言えません。そしてイリスがもし邪な者の手に落ちてしまえば、ベヒーモスの力はどこに向けられるのでしょうか? 想像してご覧なさい。あの力が悪しき行いに使われたら……」
ソフィアの言葉にイリスはベヒーモスのギガンティックバスターを思い返して恐ろしくなりました。
「我が騎士団に来れば守ってあげられますし、守る術を教えられます。力を正しく使えばより多くの人々を助ける事にも繋がりましょう」
イリスの中で村やベヘモスコーストの記憶が蘇ります。
そして思いました。
今持っている力の正しい使い方を知っていれば、あんな光景を繰り返さなくて済むのではと。
逆に知らないままでは、いずれ取り返しの付かない犠牲を生んでしまうかも知れません。
「わたしがどこまでお役に立てるかは分かりません。でもそれが皆のためで、より多くの人を助ける事になるなら……わたしもソフィア殿下とご一緒させてください」
「ようこそ、聖竜騎士団へ」
ソフィアは微笑みながら手を差し出します。
イリスは戸惑いながら手を握りました。
「そうと決まれば明日から行動開始よ」
「え?」
急に言い出したエレインにイリスは困惑しました。
「イリスには軍籍を取ってもらうわ」
「軍籍? わたし兵隊なんて……」
「ベヒーモスを動かす度に法廷に呼ばれたいの? ご安心なさい。このアイディール家が総力を挙げてサポートしてあげるわ」
「ええっとその……よろしくお願いします?」
イリスはこれから何をされるのかなと不安になりました。
こうしてソフィアはイリスの身柄を確保しました。
だいたいこんな感じでお願いします。
ソフィア・エルネイジェ
以下の政治派閥の設定は執筆時に使用できそうな箇所があればご利用ください。
盛り込まれてなきゃヤダとかそんな事は全然ありませんので、あくまで裁判を巡る背景事情の参考資料程度の扱いでお願いします。
【王室派閥】
●王室派の政治思想
軍事力を根拠とする強靭な国家を作り上げ、主権を守り抜く事を基本理念に掲げています。
国を存続させて行く上で目下の脅威はバーラントであり、対抗するには迅速な意思決定が必要で、その為には軍務の権限を王室に集約させるべきと主張しています。
完全な議会制民主主義化は親バーラント勢力の跳梁を許す事に繋がるとして否定的です。
●猟兵に対する理念
『猟兵が持つ軍事的な能力は従来の価値観を根本から覆すほど強大で未知数なものであり、安全保障の観点から適切に管理・監督されなければならない』
以上のように主張しています。
この主張を根拠として、他国から訪れる猟兵の出入国を管理する事で他勢力に取り込まれる事を阻止しています。
『国内で発生したオブリビオンを処理する為に迅速かつ柔軟に作戦行動を展開できる聖竜騎士団に猟兵を集約するべき』と考えていますが、猟兵で無い者にはオブリビオンマシンが認識不能で、客観的な形で存在を証明する方法も無いため、この考えは表明していません。
また『猟兵に対抗できるのは猟兵のみ』との考えの元、他国が猟兵を起用して侵攻してきた際を想定して対抗手段の準備を進めています。
敵国のバーラントが最低でも一人の猟兵(ジュディス・ホーゼンフェルト)を擁している事から想定は現実味を帯びてきました。
●アイディール派との関係
王室の在り方を巡って意見が対立していましたが、融和路線に方針転換するのに合わせて王室側も態度を軟化させました。
アイディール派の思惑が王室の傀儡化にある事は察知していますが、軍務と政務の役割分担化で互いの妥協点を模索しています。
●ランベール派との関係
ランベール派が掲げる政策全般を巡って対立しています。
政治権限と軍事力の議会への委譲は受け入れられません。
●ランベール派のクーデター計画について
計画自体は察知していませんが、起こり得る状況のひとつとして想定しています。
その際にはグリモア猟兵の転送能力が電撃作戦を実施する上で極めて強力な武器になると考えています。
よって一人であってもランベール派に猟兵が渡る事は阻止しなければならないと考えています。
●諜報機関
ミラージュテイル家を母体とする独自の諜報機関を保有しています。
諜報員は様々な勢力に浸透しています。
●イリスに対する思惑
ベヒーモスとそれを制御できるイリスの戦略価値を重要視しています。
猟兵に対する理念から他勢力に渡る事は避けなければならないと考えています。
かつてはエルネイジェ王国総軍の戦闘司令旗艦だったベヒーモスの起動が国民感情に与える影響は多大と考えており、イリスと共に聖竜騎士団の傘下に置く事で王家の威信を高める狙いもあります。
【アイディール派閥】
●アイディール派の政治思想
ノブレス・オブリージュの精神を原点とし、富める者や才能ある者が率先して国政に携わり、誇りと秩序ある民主主義国家の実現を目指しています。
伝統と民主主義の両立のために、王室の在り方は国家の主催から国民の総意の象徴への移管が望ましいと主張しています。
●猟兵に対する理念
『その類稀なる能力は危険性を正しく理解した上で、猟兵自身の意思を尊重しながらも、正義と国益のために適切に運用される事が望ましい』
以上のように主張しています。
●王室派との関係
政治思想は王室に批判的ですが正面での対立は避ける傾向にありました。
しかし王室が複数の猟兵を擁すると、切り崩すよりも取り込む方が合理的と判断し、融和路線に方針を転換しました。
この方針転換は派閥内部で不信や離反を招きましたが、ランベール派から離反した勢力を招き入れる切掛にもなりました。
最終的な目標は王室の傀儡化にあります。
●ランベール派との関係
互いに大きな政治派閥を持つ間柄です。
元々は『王室の政治権限を議会に委譲させる』という共通の目的の下で歩調を合わせて来ました。
しかし王室派との融和路線に方針転換した事で関係が悪化しました。
更にエレインを聖竜騎士団に送り込んだ事が関係悪化に拍車を掛けました。
●イリスに対する思惑
ベヒーモスは戦略的に大きな価値を持つキャバリアです。
なのでベヒーモスを制御できるイリスをランベール派には渡したくないという思惑がありました。
法廷での不利は想定済みで、王室の支援の一環として真相を知るベヘモスコーストの市民を煽動して世論を擁護側に傾けようとしました。
【ランベール派閥】
●ランベール派の政治思想
自由で開かれた民主主義国家を目指しています。
百年前にエルネイジェとバーラントの間に発生した大戦における大敗の原因は当時強権を振るっていた王室にあると主張し、負の歴史を繰り返させないために王政との決別を推進しています。
●猟兵に対する理念
『王室は管理・監督と称して猟兵を不当に拘束し、人権を著しく侵害しているだけに留まらず、議会と国民を武力で恫喝している』
『猟兵には管理ではなく自由を』
『その能力は国民のために活用されるべき』
以上のように主張しています。
●王室派との関係
王室に対して全ての政治権限と軍事力の議会への委譲を要求し、拒否されている事から対立しています。
王室は『時代錯誤の集団』であり、『失墜した権威に縋り付く過去の亡霊』だと非難を強めています。
●世論操作
様々な手段を講じて王室への批判的な世論を醸成しようとしています。
例えばメルヴィナの政略結婚とその後の婚約破棄から報道の一連にはランベール派の関与があります。
●アイディール派との関係
あらゆる分野において古くからライバル関係にありました。
政治の分野では『王室の政治権限を議会に委譲させる』という共通の目的で歩調を合わせてきました。
しかしアイディール派が王室との融和に方針を転換すると裏切り行為として対立が鮮明となりました。
●クーデター
※この計画の存在はランベール派の極一部の者しか知りません※
ソフィア達王族の排除を目的とするクーデターを秘密裏に計画していました。
しかし聖竜騎士団が急激に力を増した事、現時点では周辺諸国や国民の支持が得られない事、各々の機械神の宗教団体と対立してしまう事を理由に計画を停止しました。
ですが準備は継続中で、計画の一環として国外の猟兵に働きかけて引き込もうとしています。
●諜報機関
独自の諜報機関を保有しています。
諜報員は王室から聖竜騎士団の内部にまで入り込んでいます。
●イリスに対する思惑
戦略上大きな影響力を持つベヒーモスとその巫女が王室に渡る事は避けたい思惑がありました。
今回の裁判では実刑判決を勝ち取り王室からイリスを引き離そうとしていました。
エレイン・アイディール
●人数
イリス
ソフィア
エレイン
以上3名です
同背後合わせなので扱いの公平性などは気にしないでください。
●遠路
「急報である。門を開けられよ」
その声は小国家『エルネイジェ王国』のとある邸に静かに響いた。
急報であるのならば国内での通信を用いれば良い。
だが、通信は対立する派閥に傍受されかねない。
いや、確実に傍受される。
『エルネイジェ王国』の貴族の邸宅に張り付いていないわけがない鼠……この場合は狐と言うべきか、それがどこで聞き耳を立てているかわからない。
それは王家に仇為す者たちを誅せんとする者たちであり、隠し刀である。
その王家の隠し刀に気取られることは、即ちお家の取り潰しに繋がる。
故に通信ではなく対面による報告。
本来ならば、取次が必要になるものであるが、その急報を告げる者はさしたるボディチェックもなく邸の最奥、応接間ではない当主の私的な空間……即ち書斎まで通されていた。
「急報とは」
短く声が響く。
端的に、と言っているようであった。
しかし、通された者はどこか笑っているかのような気配を湿らせるようにしながら告げた。
「『ベヘモスコースト』にて『白騎士』と『黒騎士』が出現したことは既に察知されているかと」
「ああ、かの騎士らか。貴卿の見立て通りの力を発揮しているようであるな」
「それが先ほど撤退しました」
その言葉に息を呑む気配があった。
かの『白騎士』と『黒騎士』と呼ばれる謎のキャバリアは、尋常ならざる力を有している。一騎でキャバリアの軍隊を尽く壊滅させるほどの力を持ち、それは嘗ての……百年前に『バーラント機械教国連合』との間に介入してきた『憂国学徒兵』たちを思わせるほどであった。
過去の歴史は戦火に消えてしまっているが、しかし、失われた歴史を有する者は、それが如何に危険な代物であるかを知るだろう。
故に、二騎が撤退した、という言葉に息を呑んだのだ。
「……どういうことだ」
「退けられた、ということです。げに恐ろしきは猟兵の力というところでありましょう。やはり、危険です」
「『聖竜騎士団』を前に敗走したというのか」
「いいえ、多少のイレギュラーがありましたので、全ては彼女たちの手柄、というわけではございません」
「イレギュラー?」
「小国家『ビバ・テルメ』はご存知でしょうか」
「無論だ。我が領海繋がる湾を持つ小国家だぞ。知らぬわけがあるまい。遠く離れてはいるが、しかし無警戒というわけにはいくまいよ」
「その『ビバ・テルメ』の『神機の申し子』たちが介入したようです」
「……忌々しいことだ。まるで『憂国学徒兵』の再来ではないか。あの|『超越者』《ハイランダー》気取り共が……!」
他国に介入した、ということは即ち『ビバ・テルメ』は『エルネイジェ王国』に楯突いたということだ。
己が国はそこまで落ちぶれてはいない。
「思い知らせてくれる……!」
なれば、即座に『ビバ・テルメ』に対して宣戦布告を、と息巻くが、しかし急報をもたらした者は頭を振る。
「それは無理でございましょう。どうやら『聖竜騎士団』が雇用した外部戦力……傭兵という体裁を取っている様子。すでに根回しは済まされている、ということでしょう」
「用意周到なことだ。どうせミラージュテイルの入れ知恵であろう」
「然様でありましょう。ですが」
「『ベヒーモス』が王室派に取り込まれることだけは阻止せねばなるまい。そして、新たに巫女となった者も。かの者は王室の血筋ではないのだろう?」
「数代前にまで遡りましたが、農村の出であるとか。十数年前に国境付近に亜人部隊が流入してきた事件は」
「知っている。その時の生き残りか。なんとも数奇なものだ。とは言え」
「はい。猟兵の存在を王室派に集中させるわけにはいきません。猟兵に加え、嘗ての王国の旗艦たる『ベヒーモス』まで王室派に取り込まれては、益々王室の力が増していきます。それは完全なる民主主義に至らんとする道中には、あまりにも大きな障害となりましょう」
ならばこそ、と急報もたらした者は笑む。
「立件は可能なのか」
「ええ、かの者……猟兵に覚醒したと見られる修道女……彼女の『ベヒーモス』無断使用と戦略級兵器『ギガンティックバスター』の誤った使用を争点にすれば」
「王室に与したアイディール派に猟兵と『ベヒーモス』を奪われずに済む、か。ならば世論を操作せねばなるまい」
「第二皇女の件と同様に、ですね」
「任せた」
その言葉に急報もたらした者……『ノイン』と呼ばれる女性は恭しく頷き、その場を辞する。
彼女の姿はミラージュテイルの諜報活動を行う者たちにも捉えられることはなかった。
報告に在ったのはただ一つ。
とある邸に一人の女性が入っていったという事実のみ。
しかし、その女性が邸宅から出ていく姿が認められず。そして、ついぞ、その足取りを得ることは敵わなかった――。
●裁判
イリス・ホワイトラトリア(白き祈りの治癒神官・f42563)は戸惑っていた。
己の両手には手枷が嵌められている。
何故こんな事になってしまったのかという思いが彼女の心の中に渦巻いていた。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
そればかり感がてしまっていた。
己が召喚されたのは、『エルネイジェ王国』の最高裁判所である。
修道女として慎ましく生きてきた彼女にとって、裁判所など縁遠きものであった。品行方正に生きているのならば、誰かから訴えられることなどないはずだ。
イリス自身も身に覚えのないことであると主張することができただろう。
だがしかし、ことは簡単ではなかった。
『ベヒモスコースト』にて他国のキャバリア部隊から蹴撃を受けた折り、彼女は『エルネイジェ王国』が所有する高巨大キャバリア『ベヒーモス』を起動させ、これを退けたのだ。
それ自体は褒められるべきことであっただろう。
迫る外敵を打ち倒したのだから。
けれど、今彼女はこうして法定に立たされている。
「イリス、落ち着きなさい」
「で、ですが」
イリスは落ち着かぬ様子であったし、それをソフィア・エルネイジェ(聖竜皇女・f40112)はたしなめる。
とは言え、周囲にはイリスに対する疑念めいた視線で満ちているのだ。
こんな場で落ち着くことなんで並の新造ではできようはずもない。イリスはただの修道女なのだ。それに加えて何の変哲もない農村の出だ。
落ち着けるわけがない。
「ソフィア皇女殿下。準備整いましてございます」
「ご苦労さまです」
ソフィアのそばに侍るエレイン・アイディール(凛とした傲岸・f42458)に頷く。
彼女は城の軍服に身を包、その可憐であれどしかして威厳に満ちた所作でもって王族であるソフィアの傍らに立っていた。
周囲からは「アイディールの金箔娘が」とか「王家の腰巾着め」などという謂れのない中傷めいた声が囁かれている。
だが、エレインはまるで意に介していなかった。
むしろ、その程度の囁きは心地よい鳥の鳴き声程度にしか思えなかったのだ。
なんたる豪胆か。
イリスはエレインの佇まいに感じ入ってしまった。
とは言え、この法定の厳かな雰囲気。
落ち着こうと思って落ち着くことはできないし、安心しろと言われても安心できるわけがないのである。
「静粛に」
裁判長のよく通る声が響き渡る。
誰もがその場にて立ち上がり、その身を正す。
「それでは、これより開廷いたします。被告人イリス・ホワイトラトリアは前へ」
その言葉にイリスは肩を竦める。
なんとも言えない空気。
ひりつくような視線が己の身に突き刺さる。
「被告イリス・ホワイトラトリア、前へ」
「は、はい……」
身を固くしていると再度告げられる言葉。
本当にこれが裁判なのだと思い知らされるような空気の中、イリスはおずおずと前に歩みだす。
すると待っていたと言わんばかりに原告席より『エルネイジェ王国軍』の最高長官が立ち上がる。
「被告イリス・ホワイトラトリアは、先日の正体不明のキャバリア部隊による『ベヒモスコースト』蹴撃の折り、我が『エルネイジェ王国』が保有する超巨大キャバリア『ベヒーモス』を無許可で操縦。無論、被告イリス・ホワイトラトリアは軍籍なく民間人。キャバリアを民間人が無許可で操縦することは、我が国においては法にて禁じられております」
起訴状を読み上げていく原告の言葉にイリスは言い返そうと口を開きかけたが、エレインが短く「イリス」、と制止する。
何故、とイリスは思った。
あれは確かに無許可であったかもしれないが、あのままでは多くの民間人が犠牲になるところであったのだ。
だからこそ、己は戦ったのに、原告の起訴状は戦ったことこそが罪であるように述べているのだ。それはあの場にいた者たち全てを愚弄するものだとイリスには思えてならなかったのだ。
「また『ベヒーモス』の所有権は王室にあります。重複になりますが当然無許可での操縦は重罪です。加え、本来であれば王国軍の救援を待つべき状況であったにも関わらず、民間人を多数収容した状態での戦闘。事態を悪化させた責任も問うべきものであります」
その言葉にイリスは今度こそ声を荒げそうになった。
「イリス」
ソフィアの声が聞こえる。
こらえなさい、というようにも聞こえた。
どうして、とイリスは忸怩たる思いであった。何故、自分が責められなければならないのか。あの場で戦えた者は己だけだった。
それに『ベヒーモス』自身が己に語りかけ、その力でもって皆を助けたはずだ。
「被告イリス・ホワイトラトリア。あなたには黙秘権の行使が認められています。あなたはこの法廷において黙っていることも、質問に対する答えを拒むこともできます」
「……!」
裁判長の言葉にイリスは口をつむぐ。
「では被告人。あなたは原告側の訴状に対して述べることはありますか」
「あります! 私は『ベヒーモス』様のお言葉に従い、あの場を収めるために行動したのです。その行いについてなんら恥じることもありません。そして、罪に問われる謂れもないと存じ上げております」
イリスの言葉に弁護人席に座っていたソフィアとエレインは互いに目配せをする。
エレインが立ち上がる。
「被告人イリス・ホワイトラトリアの述べた通りですわ。彼女は機械神である『ベヒーモス』様より啓示を賜って操縦席に座したと証言していますわ。『ギガンティックバスター』の発射に対する被害予測と『ベヒモスコースト』に対する被害を減ずるために海洋に移動したのですわ」
加えて、とエレインは『ベヒーモス』の操縦履歴のデータを開示する。
そこに記されていたのは『ベヒーモス』が『ギガンティックバスター』発射までは自律行動によって行動した事実が記されている。
「よって、減刑が妥当。加えるのならば、被害の悪化ではなく最小限に留めた功績をお考えいただきたいものですわ」
「それを判断する場です、弁護人」
「ですが、『ベヒーモス』は王室が所有権を保有しています。これを無断で用いた罪は重罪。これを減刑せよ、と?」
原告である王国軍の言葉にエレインは軍帽を跳ね上げ笑む。
「その通りですわ。すでに『エルネイジェ王国』第一皇女ソフィア殿下におかれましては、事後承認を得ておりますわ。これにより、被告の刑事責任は無効化されて当然であるのですわ」
「ソフィア皇女殿下にお尋ねします。それは事実ですか」
「ええ、事後承認という形になりましたが、事態は緊急をようするものでした。なれば、民の生命が最優先。これに勝る最優先事項などありましょうか」
ソフィアの言葉に裁判長は頷く。
だが、原告は更に追求をやめない。
「ですが、敵キャバリア部隊の目的が『ベヒーモス』であったというのならば、民間人を多数収容した状態で守りに徹せず動くというのは問題ではあるまいか。ましてや海上に出るなど」
「いいえ。海上に移動することにより我ら『聖竜騎士団』は迅速に行動することができました。『海神教会』より出動する初動の意味を考えれば、その対応は適切であったと思われますわ!」
「それこそ後付ではないか」
「救援行動が早まった事実から目をそむけても、王国軍の到着が遅れた言い訳にはなりませんことよ?」
「さらには他国のキャバリアの介入あったのは……! 裁判長、証人喚問を」
「許可します。証人は前へ」
その言葉と共に現れたのは『ビバ・テルメ』の『神機の申し子』の一人であった。
白い髪、青い瞳を持つ青年。
「証人、名を」
「小国家『ビバ・テルメ』、『エルフ』と申します」
そう、原告が証人として呼びつけていたのは『神機の申し子』の一人、『エルフ』と呼ばれる青年であった。
イリスは彼の姿を認める。
青い瞳。
どこかで見たような気がする。いや、知っているような気がする。
それは『エルフ』も同じようだった。
けれど、彼は原告側の証人として召喚されているのだ。
「では、質問を。あなたは何故『ベヒモスコースト』へ。他国の人間が許可なくあの場にいたことは、それ自体が罪状に問われることと知っていましたか」
「人が、その生命の危機に瀕しているのに手を差し伸べる理由が必要ですか」
「では、そのために法を冒してもよい、と」
「そうは言っていません。ただ、人道的な判断をしたまでです」
その言葉に原告は頷く。
「貴方がたは『聖竜騎士団』の外部戦力として招聘されていた、と主張されていますが」
ソフィアは理解した。
原告側は、『聖竜騎士団』が伝えた情報と現実の食い違いを持って此方の訴えの齟齬を生み出そうとしているのだと。
だからこそ、『エルフ』を証人として召喚したのだ。
「そうです。一刻を争う事態だと判断したので」
「ですが、所属不明のキャバリアを貴方がたは追跡していた、とおっしゃられていた。それは外部戦力の行動から逸脱している……もっと言えば越権行為であると言えるでしょう。それに対しての申開きは」
「人が死ぬかもしれないという時に、そんな行動から逸脱しているだの、越権であるなど……!」
「裁判長」
『エルフ』を煽るような言葉にソフィアが手を掲げる。
このやり取りを裁判長が止めないところを見るに、原告側にはランベール派の息がかかっていると見て取ってよいだろう。
故にソフィアは裁判長に発言を求めたのだ。
「ソフィア皇女殿下、発言を」
「申し上げます。我が『聖竜騎士団』は王国の危機の際には独自の裁量で軍事行動を実施る権限が与えられております。故に外部戦力として雇用した『神器の申し子』たる彼らの行動は、全て容認されるものです。加えて」
ソフィアはイリスを見やる。
「被告イリス・ホワイトラトリアの行動は適切であったと申し上げます」
「何故でしょうか」
「被告人の証言からある通り、彼女の行動は戦闘行為にのみならず民間人の負傷者に対する医療行為も認められております。証言のみならず状況証拠も残されています。原告は先ほど彼女の行動が事態を悪化させたとおっしゃられましたが、イリス・ホワイトラトリアの行動は重傷者の状態を改善したと言って良いでしょう」
つまり、とソフィアは深く頷き瞳を伏せ、もう一度瞳を開く。
そう、イリスの行動は何も間違っていない。
罪に問われる行動があったことは認めざるを得ない。その全てを行動が贖うとは言わない。だがしかし、その行動に一片の間違いもないのだとソフィアは主張するのだ。
「では、『ギガンティックバスター』による二次的な被害は……」
なおも原告が食い下がる。
彼らの行動は全てがソフィアとエレインによって跳ね返される。
このままでは減刑どころか無罪さえ勝ち取られる可能性があった。確かに裁判長をはじめ、この場は王室と対立するランベール派の息がかかった者たちばかりだ。
けれど、この裁判における争点が露骨にも捻じ曲げられれば、そもそもランベール派が掲げる民主主義に反することになるだろう。
だからこそ、争点をスライドさせるのだ。
『ギガンティックバスター』の使用。
それは使用しなければならなかったことなのか、と。
あの戦略兵器を使用せずとも脅威は振り払えたのではないか、という一点のみにおいてイリスの罪を確定させたいという目論見があったのだ。
「『ギガンティックバスター』の最終発射確認はイリス・ホワイトラトリアの音声にて証人されています。ですが、『ベヒモスコースト』を襲った所属不明機の脅威は、たやすく退けることはできなかったでしょう」
「逆に武威行為を示さなければ、連中は撤退すらしなかった可能性がありますわ。故に、かの行動は正しかったと言えるのですわ!」
その言葉を最後に裁判長は閉廷を告げる。
論ずるべきことは論じた。
後は裁判員と裁判長の判断に任せるところとなったのだ。
エレインは当然無罪だと確信していた。
状況証拠を覆すために証人喚問を原告は行ったのだろうが、この裁判の状況では召喚された『神器の申し子』は原告にではなく、『聖竜騎士団』についている。
此方とのつながりを破断させるためであったのかもしれないが、しかし、目論見はうまくいかなかったと言って良いだろう。
「それでは、判決宣告を行います」
裁判長の言葉にエレインは勝利を確信する。
ぐうの音もでないほどのド正論でもって原告のどでっぱらにボディーブローをかましてやったのだ。
これで無罪判決を勝ち取れば、アイディール派の力は更に増すであろうし、加えてソフィア皇女の覚えもめでたくなる。
全部総取り!
やはりアイディール家しか勝たん! とさえ思っていたのだ。
だが、飛び出した判決は異なるものであった。
「主文、被告人イリス・ホワイトラトリアは禁錮一週間、執行猶予一ヶ月に処する」
「んぇ!?」
エレインは思わず変な声を出してしまっていた。
完璧に勝利したと思っていた。完全勝利で今日のワインはとっても美味しいはずだったのだ。
だが、それでも裁判長は対立するランベール派の息がかかった者だったのだ。
無罪は絶対に避けねばならない。
さりとて厳しすぎる実刑はあってはならない。となれば、執行猶予付きが落とし所であったのだろう。
それ故にエレインの目論んだ完全無罪を勝ち取る算段は崩れてしまったのだ。
「これにて閉廷とします」
「そ、ソフィア皇女殿下……!」
「良いのです。この程度の罪状であれば、不問に付されたと国民も理解するでしょう」
ソフィアの冷静な態度にエレインは溜飲を下げるしかなかった。
だが、渦中のイリスはそうではなかった。
「うぅ……罪人になってしまいました……」
イリスは沈んだ気持ちになってしまっていた。
自らの行いは何も恥じるところのないものであった。しかし、裁判は彼女に執行猶予つきとはいえ、判決を下したのだ。
それは彼女に罪ありと言っているようなものであったのだ。
敬虔なる信徒である彼女にとってはこれ以上ないくらいの不名誉であったはずだ。
「『インドラ』様、どうかお赦しを……」
すっかりしょげてしまっている。
その様子にエレインは軽く肩を叩く。
「確かに完全無罪にならなかったけれど、あんな判決じゃ無罪も同然よ。確かに屈辱は感じるけれど!」
彼女も悔しがっていた。
とは言え、ソフィアには予想できることであったのだろう。
「守りきれずに申し訳ありません」
だが、これでも最善を尽くせたと言えるだろう。
「そんな! わたしの方こそ殿下達にはご迷惑ばかりを懸けてしまって……でも、これからどうしたら……」
イリスは途方にくれていた。
このままでは『インドラ』の敬虔なる信徒として申し訳が立たない。
どのような顔で教会に戻れば良いのだろうか。いや、それ以前に戻ることすら許されないかもしれない。
「その件ですが、私に力を貸してはいただけませんか?」
ソフィアは微笑む。
そこには打算があった。
イリスは『ベヒーモス』の巫女であると同時に猟兵として覚醒した者である。
なれば、この『エルネイジェ王国』における猟兵の管理は王室が行わなければならない。他の勢力、派閥に猟兵という存在を奪われるのは体制にとってもよろしくないことであるからだ。
だからこそ、ランベール派は罪状を確定させた上でイリスを己が派閥に取り込もうと画策したのだろう。
「我が『聖竜騎士団』はイリスと『ベヒーモス』の力を必要としています」
それはイリスにとってはあまりにも縁遠い言葉であった。
彼女の窮地をいつだって救ってきたのは、他ならぬソフィアたちであった。
そのソフィアが己の力を必要としているなんて、とても思えなかったのだ。
「わたしなんかが? でも、わたしにできることなんて……」
夜も眠れず、ただ恐怖に怯えることしかできない自分。
そんな自分にできることなどあるのだろうか。
「あなたは猟兵であり『ベヒーモス』の巫女ではありませんか。充分過ぎる才能です。それにこれは王国全体の為でもあるのです」
「王国の……?」
そう、とソフィアは頷く。
すでに『ベヒーモス』の巫女となったイリスはもう今まで通りの修道女として生活することはできないだろう。
前述した通り、猟兵として、巫女としての力を取り込もうとする勢力が彼女を狙って動き出している。
それは彼女が望むと望まざるとて引き起こされる渦のよなものであった。
ましてや王族でもない貴族でもないイリスという存在は何れの勢力にも属することのできる、ある意味でしがらみのない存在である。
故にワイルドカードとして手中に収めたいと思う者たちが多く存在するのだ。
「そんな……」
「あらゆる勢力があらゆる形であなたに働きかけるでしょう。危険な目に遭うかもしれませんし、親しい人々に類が及ぶこともありえないとは言えません」
「それに見たでしょ? 奴らの目、まるで油揚げを前にしたキツネみたいだったでしょう? どこぞの駄狐みたいに!」
それはよくわかんないな、とイリスは思ったがエレインは本気のようだった。
「あなたが邪なる者の手に落ちてしまえば、『ベヒーモス』のちからはどこに向けられるのでしょうか? 想像してご覧なさい。あの力が悪しき行いに使われたのなら……」
それはイリスにも想像し易いものであった。
戦略兵器『ギガンティックバスター』。
あの日、『ベヒーモス』の操縦席にて見た発射による予測被害のシュミレーション。
多大なる範囲。
容易に撃つことができないとイリスは判断できた。
けれど、その判断ができぬ者に、あの力がわたってしまったのなら。さらに悪しき心を持つ者が手にしたのならば。
どうなるかなど言うまでもない。
イリスは己が抱えた力の意味に背筋が泡立つ思いであった。
恐ろしいことだ。
あれなる悲劇がまた起こらないとは言い切れない。
だからこそ、イリスはすがるような視線をソフィアに向けてしまう。
到底自分一人では抱えられないものであったからだ。
「そ、想像もできません……あ、あんな……あんな強大な力が……!」
「そうでしょう。ですが、我が『聖竜騎士団』に来ればまもってあげられますし、護る術を教えられましょう」
ソフィアは頷く。
そこに在ったのは、力を持つ者の覚悟。
そして、その生まれ持った気格というものが発露しているようにも思えたのだ。
「力を正しく使えば、より多くの人々を助けることにも繋がりましょう」
正しく。
そう、イリスは正しくありたい。
いつだってそうだ。
正しさは力だ。
力なき正しさは、悪しき力に蹂躙されるしかない。どんなに正義を訴えても、それを聞き届ける耳もたぬ者たちがいることをイリスは、『あの日』に思い知ったのだ。
わかっている。
だからこそ、イリスは顔を挙げる。
此度の『ベヒモスコースト』もそうだ。
誰だって正しさを愛している。けれど、その正しさは一人ひとり違うものなのだ。
だからこそ、イリスは力の在所によって、それが己が守りたいものを護るものへと変える事ができるのだと知る。
「わたしがどこまでお役に立てるかはわかりません。でも、それが皆のためで、より多くの人を助けることになるなら……わたしもソフィア殿下とご一緒させてください」
その瞳に宿るのは毅然たる意志だった。
力を得て何かを害したいと思うことはない。
あるのは純然たる思いだけだった。
守りたい。
理不尽な暴力を齎す者から人々を守りたい。
その意思が満ちる瞳にソフィアは手を差し伸べたのだ。
「ようこそ、『聖竜騎士団』へ」
イリスはまだ、その手にためらいがあった。けれど、それでも手を伸ばす。握り返された手は力強く、イリスは恐縮しきりであった。
けれど、これでいいのだと思った。
これで『ベヒーモス』は正しく使うことができる。
「そうと決まれば明日から行動開始よ」
エレインがニッコリと笑っている。
イリスは嫌な予感がした。なんていうか、これは強行軍の気配がしたのだ。
「え? どういうことですか?」
「何って軍籍を取るのよ」
「軍籍……? わたし兵隊なんて……」
できやしない、とイリスは頭を振る。けれど、エレインは自信満々の顔をしていた。あなたならできる! というような無責任な無茶振り。
「あのね、イリス。あなたが『ベヒーモス』を動かす度に法廷に呼ばれたいの?」
「そ、そんなことは」
「でしょう? なら、軍籍を得て『聖竜騎士団』の行動の範囲で動かせるようにすればあ、あなたのやりたいこともできるようになるってわけ」
「で、でも、わたし……」
なおも戸惑うイリスの手を退いてエレインはずんずんと歩みだす。
止める暇もない。
「御安心なさい。このアイディール家が総力を上げてサポートしてあげるわ」
サポート?
言ったい全体どのような、と問いかける暇もない。
ソフィアは微笑んでいるだけだ。
「え、ええっと、その……よろしくお願いします?」
流されるままである。
だが、その生返事というか、曖昧な言葉は貴族社会に生きるエレインにとっては言質であった。
「任されたわ! さあ、行きましょう!」
エレインはイリスの手を掴んだまま走り出す。
これからイリスはどうなってしまうのか。
不安はある。
けれど、不安だけではないことは確かだ。希望でもない。展望でもないが、それでも何か誰かのためになることのような気がしたのだ。
エレインに引っ張られるままではいけない。
自分の足で走り出さなければならない。
なら、とイリスは走り出す。
風が吹いている。
か弱き少女の背中を押すように。
その道がどれだけ険しい道であったとしても、多くの人々の幸いにならんとしているのならば、その道を征けと叫ぶように――。
●風が吹いている
「……よかったのですか?」
『神機の申し子』、『ツヴェルフ』の言葉に『エルフ』は頷く。
成り行きとは言え、他国に介入してしまった為に彼らは暫し『エルネイジェ王国』の国境付近にて待機を余儀なくされていた。
それは己達が他国の法に抵触するがゆえであったが、これはすでに不問に処されている。
この小国家のトップに近しい存在が猟兵であったことが幸いしていた。
どうやら、外部戦力として一時的に雇用し、今回の事件に対する咎をすり抜けるための方策が成されたのだ。
しかし、よかったのか、と問いかける『ツヴェルフ』の言葉は、そういう意味ではないことを『エルフ』は知っている。
「あの巨大なキャバリアのパイロットに思うところがあったのではないか!」
『ドライツェーン』は言う。
彼の言葉には確かに頷けるところがある。
自分でも説明しようのない感覚。
なんと言葉にしていいかわからないのだ。
「わ、私達の出自を考えれば……」
「そうだね。でも、いいんだ。僕にもわからないことだけれど……これはきっと明かされなくて良いことなのかもしれない」
明確な答えはない。
けれど、今ではないのかも知れない。
あの白い髪と青い瞳を見た時から湧き上がる感情。
その名前を『エルフ』は知らない。
懐かしいような、涙が出そうになるような、不思議な感覚。
「あの子は、きっと大丈夫だろう。あの猟兵の皇女が良いようにしてくれると言った。なら、それを僕は信じるよ。それに」
「ええ、私達が国境から出ることも容認してくださいました」
「有り体に言えば、不法侵入だからな、俺達は!」
「た、助かりました……」
「流石に今回のようなことは早々ないはずだよ、きっと」
さあ、行こう、と『エルフ』たちは己達のサイキックキャバリアを呼び出す。
サイキックロードから現れる赤と青の装甲を持つキャバリア『セラフィム』。
そのコクピットに乗り込み、『エルフ』は最後に『エルネイジェ王国』を振り返る。
懐かしい、と思った。
この大地に吹く風を己は知っているような気がしたのだ。
キャバリアから見る大地は低い。
それがどうにも寂しいと思えたのだ。
「……風は吹いている。なら、またどこかで巡り合うこともあるだろうさ」
『エルフ』は己の胸に湧き上がった感情の名を知らなかったが、しかし、あえて言葉にするのならば、それは『望郷』というものであっただろう。
理解できずとも感じることができる。
それが人間というものだ。
アンサーヒューマンとして生まれた己にはないものだと思ったけれど、確かにあったのだ。
故に彼らは大地を征く。
分かたれた縁は、再び結ばれ、そしてまた解けた。
その邂逅が意味あるものであるのならば、再びまた結ばれる日もあるだろう。
結び目が幸いであるとは限らない。
禍福は糾える縄の如しという言葉があるように、次なる邂逅は災いと共に訪れるのかもしれない。
その日を人は知らない。
運命を知らぬがゆえに。
けれど、それを知らぬからといって立ち向かえぬわけではない。
暗闇の如き荒野が未来なのだとしても、己が胸に宿る熾火の如き意志があるのならば、先征く道を照らすこともできるだろう。
巨竜の咆哮が、どこかで聞こえた気がした――。
成功
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