●二度目の誕生
生命は生まれた日を持つ。
どんな生命であれ、それは変わらない。
だが、式神たる己は二度目の誕生を迎えることになった。
『護廷式神』
元は貴人や都を守護するための頑強たる式神。
それが己という存在を形作る輪郭である。
護るための存在として生み出され、朽ちていく。
そこに何の感慨もない。
あるのは役目を全うせねば、という不文律のみである。
「淡雪の……あら……」
主の顔を認識する。
天白・イサヤ(紫炎雪・f43103)にとって、それは特別なことであり、同時に忘れてはならないことであった。
主である貴人。
この御方の顔を忘れてはならない。
見失ってはならない。
己が生まれた意義は、この方のためにこそあるのだ。
近寄る主に己は何かをしようとは思わない。
だが、同時に違和感を感じていた。
今まで己が覚えていたもの。それらの全てが輪郭を得て実体を持ったかのような……奇妙な感覚。
自分は言うまでもなく式神である。
この異形の体躯は我が主の想念によって生み出されたもの。
御仏を思う主の心が、この異形を作り上げた。
多腕であるのは、多くに救いを差し伸べることができますようにとの願いである。
鬼の角は災いを突き崩すように、との祈り。
龍鱗並ぶ尾は邪なるを打ち据えるようにと思われたのだ。
だが、言い換えれば話が主の『好きなものを詰め合わせた』姿である。
他者から見れば、それはあまりにもおぞましき異形であったことだろう。
顔布に覆い隠された己の素顔を知るものは主だけである。
「イサヤ、帰りますよ」
いつも通り己は頷く。
自我など必要ない。
式神という道具に自我などいらない。
不要のものだ。
だから、己は取り繕うことにした。
自我たるものがある式神など話が主はそばに置いてはくれぬだろう。
道具だと思っていたものが、ある日突然自我を持って動くなど奇妙以上の何物でもない。
「イサヤ」
呼びかけられ面を上げる。
そこには己の主の顔があった。
「私は言ったのです。イサヤ」
何を、と問いかけることはできなかった。
問い掛けに答えれば、それ即ち己の自我を示すことであったからだ。
だが、その視線は強烈だった。
ランランと輝くようであった。
「帰りますよ、と」
その言葉の意味を己は測り違えることはなかった。
それは己が自我を持つ前より己に呼びかけられていた言葉であった。
数々の戦いを経て尚、それでも主は己を道具としてではなく、式神という一個……個としてみてくださっていたのだ。
だからこそ、わかる。
それは己を遠ざける言葉ではなく、主の手元に引き寄せる言葉であると。
「ハッ」
短く応える。
それが今の精一杯だった。
けれど、主は不服のようだった。
「違うわ、イサヤ。私が求めているのはそれではないわ」
どういうことかと問いかける暇すらなかった。
主は己のが頬を挟み込み、顔布に隔てられた己の瞳を見つめる。
「あなた、自我が芽生えたのでしょう。稀に式神というものには突然変異でもって、自我を宿すものもあると聞きます。そうであればいいな、と私は常に思っていたのです」
「我は」
「ええ、イサヤ。あなたは個として確率した存在。ああ、そうだわ、護符をさらに追加致しましょう。自我を得た式神の体躯は崩壊の危険性を常に持つものだと聞いています」
ああ、忙しいわ、と主はバタバタしている。
なんだ、なんのことだ、とイサヤは理解が追いつかない。
自我を得てからというもの、目まぐるしく状況がわかっている。
己が主が有り体に言えば……そう、『はしゃいでいる』のだと理解できる。
彼女は言った。
そうであればいい、と。
己が式神に自我が宿れば良い、と。
それは己が存在を肯定するものであった。
また同時に己が自我を得ていようといまいと変わらぬ振る舞いこそが、主の心根にあるものを証明しているようにもイサヤには思えたのだ。
「安心しています」
「あら、何に? ああ、護符のことしかしら」
「いえ」
そうではない、と否定することも憚られたが、しかしイサヤは告げる。
「主様の式神であれたことを、です」
「私にとってあなたは最高の式神。私が思う最も勇ましく、最も強き者の姿を思い描いたのです。そこに私の想いもあるのだと、私が想うことがあなたの体躯に染み渡っていることに、私自身も安心したわ」
微笑む主の顔を見る。
そこに偽りはない。
確かに己は主を護る力であり、武器である。
『平安結界』を護るという想いが己の中にあるというのならば、それは喜ばしいことだ。
イサヤは想う。
己を想い、他者の平穏を願う主を想う。
妖は常に人の世を乱さんとする。
ならば、己は身が朽ちるその時まで主の想いに応え続けよう。
「帰りますよ、イサヤ」
「はい」
答えは短く。
されど、そのひと粒の言葉にイサヤは万感の思いを乗せ、己が自我を得た日のことを大切にしまうのだった――。
成功
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