■被験者Kに対する心理医療音声記録
「やぁ、K君。その後の調子はどうかな?」
「――先日はありがとうございました先生。久しぶりによく眠れたような気がします」
「それは良かった。——どうだい?心は思い出す事ができたかい?」
「――はい。今、僕が抱いている感情……これが『心』なんだと思います。——ここまで色んな人に迷惑を掛けてきました。その事を考えるとなんだか胸が痛みます」
「それは良い兆候だ。痛むという事は心がある証拠だ。最近では痛みを知らない人間も少なくはないからね」
「この『心』大切にさせて貰います。■■が■為には僕の【閲覧済み】に『心』が『こころ』が『ここ個個ここっここここ此処ここ個個湖炬菰⌒◠㋙湖ろ』が■■■■■■■■」
「――失敗だ。音声記録を停止しろ。——以上、治験を終了する」
●こゝろ
パリンと硝子が砕けるような音が微かに反響した。手術台の上から血色の悪い腕がだらりと垂れ下がると同時に。古めかしい無影灯が消灯する。台に乗せられているのは真っ白な病衣を纏った年若い青年で、消え入りそうな浅い呼吸を何度か繰り返した後、文字通り眠るように二度と動くことは無くなった。
そんな青年を乗せた手術台の横では白衣の男が、用途の分からない複雑な医療器具らしき道具をため息混じりに床に降ろすと、近くの椅子に腰掛けデスクに置かれた紙に素早くペンを走らせていた。
「さて、今回の『心』も失敗か。——睡眠と心は密接な関係にある事は間違いない。心理的観点からアプローチすれば進展があるとは思うのだが、そう上手くはいかないものだな。然し……『心』とは実に興味深いものだな。この研究が一段落付いたら是非とも次の題材にしたいものだ」
白衣の男は椅子の背もたれをぎぃぎぃと数回鳴らすと、胸元から懐中時計を取り出しそれを覗き込む。
「――時間はあるんだ。ゆっくりやらせて貰うさ」
何処からか風が流れてくる。締め切られていたカーテンがゆらりとはためくと暗がりの部屋の中に真っ白な光が差し込んだ。光が暴いた部屋の奥底には乱雑に置かれた大量の手術台と――蝋のような死体が山のように積み上げられていた。
●グリモアベース
「バイトの時間です」
グリモアベースに集まった猟兵達を前にしてグリモア猟兵、星凪ルイナが発した第一声はそれだった。
「稼げて新しい自分の可能性を見つける事も出来る素晴らしい仕事がーーというのは冗談として······今回もまたUDC怪物が関わる事件が予知されました」
ルイナは山積みされた紙の中から数枚の資料を摘み取ると、事件の概要を説明し始める。
今回の事件はUDC怪物ーー正確には其れ等を信仰する団体によって引き起こされる。巷で話題の違法バイト、所謂、闇バイトを撒き餌に集めた人間をUDC怪物に捧げるというものだ。
「バイトの内容は表向きでは睡眠に於ける心理への影響をテーマにした治験だけどーーどうやらこのUDCは人間の心に興味を持っていて、ある条件を満たす人間を選定して実験材料にしているみたい。ーー選定から外れた人間は当然廃棄される訳だけど······とにかく邪神信仰団体と協力して人間を集めているみたいだね」
そう言うとルイナは資料の中から治験同意書の束と自然に囲まれた病院にも似た施設が写った写真を引っ張り出して猟兵達の目の前へと並べてみせた。
「既に私達の方で治験バイトに潜り込む手筈は整えています。一般の参加者として治験に参加して施設内に侵入して、施設のどこかにいる筈のUDCを倒して貰う事がキミ達にやってもらいたい事な訳だけどーー」
紙の擦れる音が空間に吸い込まれるように響き渡る。ルイナは資料を捲りながら今回の作戦についての詳細を説明し始める。
まず、治験者として潜り込んだ猟兵達は治験へ入る前に暫くの間、施設外に併設された日本庭園風の場所で自由に過ごして貰う事になる。説明によれば治験者の精神ーー心を安定させる事が目的のようだ。この際に提示される条件はただ一つ。ただ、のんびりと過ごし心を休ませる事。猟兵達だけでなく、他の|治験者《アルバイター》やスタッフも自由に行動している為、情報収集も可能であろう。もし気が向いたらこの団体が実施している、自分なりの心の在り方についてアンケートに答えてもいい。
そして、治験が開始されれば猟兵達は睡眠薬を投与され、眠っている間に施設内に移される事になる。この時点までは予知により猟兵達の安全は保証されている。問題はここからで、猟兵達は目覚めた後、強き心の選定の為、悪夢や幻覚、もしくは過去のトラウマ。或いは幸福。場合によっては現実として正体不明の怪物の脅威に曝される事になる。この脅威を脱し、可能であれば施設内の他の被験者を救出しつつ、施設内のどこかにいる本事件の黒幕であるUDCを見つけ出すのがこの段階での目的だ。各々の装備品については治験スタッフとして潜入しているUDC組織職員により目覚める部屋内に配置される為、心配する必要は無い。
「ーーで、UDCにたどり着いたら倒して解決·····という訳だね。情報によればこのUDC、元々は不眠症治療の研究に熱心だった研究者、兼、医者だったらしいけど。ーーその狂気的な好奇心を邪神につけ込まれたみたいだね。ともあれ、今は眠気と時間さえ操るUDCの身だからかなりの強敵になると思われます」
ルイナは小さく息を吐きながら資料を放り投げながらこう付け加えた。
「彼は予定を乱されるのを嫌うみたいだから施設内で多くの被験者を救出する事に成功すれば彼に揺さぶりをかける事ができる筈。そこを突けばきっと勝機は見えてくるよ」
そう言ってルイナは転移を開始する。空間が歪み微かに生まれた風がペラペラと机に置かれた資料を捲っていく。
「それじゃ、そろそろ時間だよ。ある種の罠とは言え、自分を見つめ直す良い機会になるかもね」
空間が開く。グリモアベースに清涼な風が流れ込む。
「ーー心って、何なんだろうね」
鏡花
今回はゆったりしたりしなかったり、自分を見つめ直したりしなかったりするシナリオです。
1章(日常)
四季折々の風景を楽しめる日本庭園風の施設でご自由にお過ごし下さい。施設内では飲食も可能で、お団子などを提供するお洒落な茶屋も存在します。その中で自分なりの「心の在り方」について考えてみるのも一興です。また、邪教団体に気取られない範囲で情報収集も可能です。
【心を休める/治験バイトに関する情報を集める】に関わる行動にプレイングボーナスが発生します。
2章(冒険)
研究施設風の施設内を事件の首謀者であるUDCを目指して進んで行きます。一般的な病院施設のイメージで問題ありません。病室で目覚めた後は邪神により記憶が呼び覚まされ、トラウマや苦痛な記憶。時には幸せな記憶すらも猟兵の行く手を阻みます。貴方自身の物語を乗り越え、時には他の被験者を救出しつつ前へと進んで下さい。
【被験者救助/トラウマを乗り越える】に関わる行動にプレイングボーナスが発生します。
3章(ボス戦)
元人間の医者であるコッペリウスとのボス戦です。「心」というものに関心を持っており、心に関する話題には反応を示すかもしれません。2章で被験者を多く救助していれば攻略難易度が低下します。
自分の思う心に対して答えを出す事ができればプレイングボーナスが発生します。
各章断章導入後に受付を開始します。1章のみ6/1から受付開始予定です。
独章参加、途中参加も歓迎しております!
第1章 日常
『彩の庭園』
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POW : 庭園を散策し、四季折々の風景を楽しむ
SPD : 茶屋で美味しいものを食べる
WIZ : 美しい景色を眺めてのんびりと過ごす
イラスト:シロタマゴ
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
――日本国【情報規制】県【情報規制】市山中
治験スタッフの案内で施設へと案内された猟兵の視界にまず飛び込んできたのは思わず心を打つ山紫水明の光景だった。水彩を滲ませたような透き通る空の境界には淡く霞む山並が望め、それを背景に趣きのある日本庭園が広がっている。整えられた瑞々しく風に揺れる木々の間を縫うように小路が通り、清々と流れる川に掛けられた橋の唐紅が水面に映っている。この庭園は特別な管理が施され少し歩けばすぐ近くの区域に桜や紅葉など四季折々の景色を望めるだろう。
「では、心ゆく迄ごゆるりと」
治験スタッフにそんな言葉で見送られ、猟兵達は箱庭へと足を踏み入れた。
遠藤・修司
心か……
たくさんあるから困ってるんだけどね
1つくらい減ってくれないかな
『おいおい、乱暴な考えは止してくれよ』
あ、他の“僕”が何か言ってきてるね
別に“|僕《君》”達をどうにかしようとは思ってないよ
……できるとも思えないし
心を休めろと言われてもね……
ぼんやりしてると“僕”達が煩くて余計休まらないし、仕事に集中する方が楽だな
怪しまれない程度に庭園を歩き回って、外から大体の建物の構造を確認しておこう
調べたいのは、UDCの居場所と、他の被験者の救出もするなら脱出ルートかな
治験の内容が分かっていた方が安心するからと世間話を装い、
スタッフからUDCの場所とか事故があったときの避難経路とか聞いておくよ
清涼な風が若葉を浚い、唐紅が水面に映える橋を渡れば一軒の茶屋が見えてくる。その茶屋を横目に通り過ぎ新緑さんざめく小路を往きながら遠藤・修司 (ヒヤデスの窓・f42930)は深いため息を零した。今回潜り込んだ治験のテーマである『心』。それは修司にとっても決して切り離せぬ悩みの種の1つでもあった事が理由である事は明確であっただろう。
「心か……たくさんあるから困ってるんだけどね。1つぐらい減ってくれないかな」
修司の独白の言葉をかき消すように一陣の風が通り過ぎ新緑の梢を揺らせば、葉が擦れ囁くような音が――厭、違う。それは声だ。紛れも無い修司自身の声が聞こえた。
『おいおい、乱暴な考えは止してくれよ』
それは平行世界の自分――かつてアーティファクト【ヒヤデスの窓】を介して繋がったその意識が生み出した数多の人格。修司は二度目の大きなため息を零すとその場に立ち止まり、小路の上に伸びた梢から差し込む木漏れ日の中で其れ等に抑揚の無い声で言葉を返した。
「別に“|僕《君》”達をどうにかしようとは思っていないよ……できるとも思えないし」
修司はさも慣れたように――或いは、諦観だったのかもしれないが、とにかく別人格との会話をさっさと切り上げてしまうと今回の事件に集中する事にした。其れが今の自分にとっては尤も最適な行動だと判断したからだ。
「とは言っても、さてどうしたものかな……」
スタッフから提示された事はゆっくりと療養して心を休める事――本来であれば特段何かをする必要などないのだが修司にとってはそう簡単な問題では無かった。謂わば、今の修司の状態は複数の心が常にせめぎ合っているような状態。ある程度は主人格である修司が管理しているとはいえ、ぼんやりとしていたらいつまた先ほどのように彼らが騒ぎ出すか分からない。そんな煩い中で心を休ませる事などできる筈も無く、ならば仕事に集中してしまった方がまだマシだと修司は判断した。つまり、事件に関わるUDCや施設に関する調査だ。
「まずは外から建物の構造を見ておく事にしようか。できることならUDCの位置と被験者の救出ルート――さて、やる事は多いぞ」
修司は木漏れ日の庭園をまるで散歩をするように自然な足取りで進んでいく。暫く進めば他の被験者やスタッフ達が長椅子に腰掛けて各々過ごす、円状に開け、その縁に沿うように小川が流れる広場に出る。等間隔に揃って立ち並ぶ木々の間から望める白い建物が例の治験施設であろう事は明白であり、外観から確認する限りでは5階建てのように見え、正面玄関はこちら側からだと確認できなかった。さりげなく近くのスタッフに話を聞いた所、どうやらこの建物はとある理由で閉鎖された病院を団体が買い取って今の施設に改築したものであり構造は世間一般的な病院と変わりはないという。
「然し、いざ治験となると案外緊張してくるものだね。心理を主題にした治験というのは一体どんなことをするんだろうね」
「そこはやはり心配なさる方は多いですね。ですが基本的にはカウンセリングのようなものだと思ってくれて大丈夫ですよ。怪しい新薬の投与――なんて事はありませんから。あ、でも精神状態を安定させる為に治験前に一旦睡眠薬を投与して睡眠を摂って貰う事にはなりますけどね」
あはは、と治験スタッフは人あたりの良い笑顔を浮かべそう語る。適当に相槌を打ち、そんな彼の表情を見ていた修司の瞳には一種の鋭さがあった。それも当然の筈。今、目の前で話すスタッフも間違いなく邪教の一員――つまり敵である事は明白だったからだ。だが、今は1つでも多くの情報を彼から得る事の方が重要だ。修司は敵対的な態度を一切見せる事なく淡々と探りを入れて行く。
「それを聞いて少し安心したよ。あとそうだね……何かトラブルが起こった時はどうすればいいのかな」
「流石にそんな大事は起きないと思いますけど、そうですね。基本的には我々スタッフが正面玄関か裏口のどちらかに誘導する事になっていますね。ちなみにこの庭園に繋がっているのは裏口の方となります。後は……一応各階に避難用の縄梯子も用意されてます」
「なるほど……ところで今回の治験を担当する先生についてだけれど――」
そこで修司はさも言えぬ悍ましさに似た感覚を覚えた。彼と会話する治験スタッフ――其れが浮かべる笑顔がまるでマネキンに張り付けられたぎこちない物に思えたからだ。だが、それは気のせいだったのかいつの間にかまたその笑顔はニコニコと人あたりの良い物へと戻っていた。
「ああ、先生ですか。あのお方はいつも忙しいようで我々も先生が最上階の自室に滞在している時以外はどこに居るのかは把握していないんですよ」
「色々忙しい人なんだね。――色々と話をありがとう。おかげで緊張も解れたよ」
そう言って修司は治験スタッフとの会話を切り上げその場を立ち去った。スタッフがあれ以上の事を――核心めいた情報を話す気が無いと判断したからだ。然し、これだけの情報を得る事ができたのなら今後有利に立ち回る事は可能だろう。修司は広場に至るまでの道のりを辿るように戻っていき、茶屋が隣接する唐紅色の橋に立つとゆっくりとその下を流れる清流に視線を落とす。どこからか流れて来たのか陽の光をキラキラと反射させる水面の上を1枚の葉が滑るように流れていった。
大成功
🔵🔵🔵
都嘴・梓
【DE】
心―…ねぇ
随分むずかしーはなしするねぇ
てか、そーゆー不確定なの好きだよぇ、やべぇやつって!あはは
気持ちだ心だなんてコロコロ変わるもん、何が良いんだろ。マジ分かんねぇや
確かにー!
…ヒヨムラサン、おだんごすき?
ん?俺ぇ?あー…俺ねぇ甘いもの味しないんだぁ
えへへ、ごめんねぇ
あっ、お茶で乾杯しよっ!はい、かんぱぁい!
―てか、へぇ
すっげぇ、梅雨時期なのに全然違う風景まで見れんだぁ、見て見てヒヨムラサン!なんか雪降ってる!おもしろぉい!
そぉだー……さ、お仕事しましょう。お前たちUC
施設の関係者入り口や建物の床下、可能ならば天井の装置類まで隈なく影の犬を影という影を走らせ、職員が居れば耳を欹てさせる
鵯村・若葉
【DE】
心とは何か。難しいものですね。
定義するにはあまりにも曖昧だ。
丁度不慣れな大戦を終えたばかりです。
敵地で休息というのも妙ですが、ゆっくりさせて貰いましょう。
団子、ですか?
すみません、自分は甘味は今は不得手でして。
都嘴さんは……あなたも苦手なのですね。
ではお茶だけ頂きましょうか。
日本庭園、良いですね。こうした景色は確かに癒されるものです。
……雪の庭園も綺麗ですね。
近くに他のバイトの方がいればお話を聞いてみます。
「自分は少々不眠気味な所がありまして」とこちらから弱みに似たものを話せばあちらも何故このバイトを選んだのかわかるでしょうか。
自然にUCを絡めて相槌をうち、沢山話していただきましょう。
川瀬の眠たげなせせらぎがサラサラと風に漂っている。朱色の野点傘の影、朱い毛氈の敷かれた椅子に腰掛け鵯村・若葉 (無価値の肖像・f42715)は『心』について思考を巡らせていた。
「心とは何か――難しいものですね」
若葉の透き通る、鈴の音のような玲瓏の声が物憂げに響く。複数の人格を秘める彼にとって『心』と云う今回の治験の主題には考える所があったのかは定かではないが、ともあれそんな彼の言葉に重なるようにもう1つの声が俄かに発せられた。
「心――ねぇ?随分むずかしーはなしするねぇ」
静かな風が野点傘を僅かに揺らし、差し込んだ陽が若葉の隣に居た人物を照らす。その隣人――都嘴・梓 (|嘯笑罪《ぎしょうざい》・f42753)の切れ長の目が楽しそうに細められた。心とは不定で曖昧で――玉蟲色の夢のよう。そんな不確定の代物は梓の好むものではあったが、『心』に惹かれるその理由は彼にとって理解し難いものだった。
「そーゆー不確定なのは好きだよぉ?やべぇやつって!あはは――ってかさ、気持ちだ心だなんてコロコロ変わるもん、何が良いんだろ。マジ分かんねぇや――どう思うよヒヨムラサン?」
なんだか掴みどころの無い、そんな隣人の問に若葉は瞑想に耽るように静かに瞼を閉じる。瞼越しに浮かび上がる穏やかな陽の中で暫く思考を奔らせたのちに開けられた瞳からの視線は梓に向けられる。
「答えは出せそうにないですね――定義するにはあまりにも曖昧だ」
若葉のその言葉に、そりゃそうだと梓がまた楽しそうに目を細める。そんな梓に対して若葉は一先ず今は休息を摂る事を提案した。敵地の中で休息というのも妙な感覚はするが、ともあれ先の慣れない大戦の疲れを癒す好機である事は間違いない。この新緑を透かす柔らかな木漏れ日の中でゆっくりするのも一興だと若葉が梓にそう告げれば梓はそれを快諾した。
「確かにー!……ヒヨムラサン、おだんご好き?」
「団子……ですか?すみません、自分は今は甘味は不得手でして……都嘴さんは――」
「ん?俺ぇ?あー……俺ねぇ甘いものの味しないんだぁ」
「――あなたも苦手なんですね」
えへへ、ごめんねぇと梓は飄々と笑う。掴みどころの無い、あの水色を溶かしたような淡い空に浮かぶ雲のように笑う梓に若葉はそれならばと言葉を付け加えた。
「では、お茶だけ頂きましょうか」
若葉が茶屋の店員に言い付ければ、店員は茶屋の中へと消えて行き、そしてすぐに2つの茶碗を載せた漆塗りの四角いお盆を持って戻って来る。
「お待たせしました。どうぞごゆっくり」
そう言いながら再び店内へと戻って行く店員を梓は手振りで、若葉は軽い会釈で見送った。それから僅かな間、清水のせせらぎはおろか、燦々と碧色の天蓋から降り注ぐ陽光の音すら聴こえるのではないだろうかと思われる程の静寂が野点傘の影を満たしていた。その静寂をまず破ったのは2人の間にそっと添えるように置かれた盆に視線を落としていた梓だった。彼は茶碗を手に取るとまるで悪戯を思い付いた子供のように目を細めその視線を若葉に向けていた。
「あっ、お茶で乾杯しよっ!はいっ、かんぱぁい!」
梓が片手に茶碗を持ち、それを若葉へと差し向ければ若葉もそっと盆から茶碗を持ち上げてそれに応える。茶碗から立ち昇る湯気が風に攫われればそれに乗ってふくよかな玉露の香りが心を落ち着かせ、程よい湯加減のお茶を喉へ流し込めばとろりとした深みのある味わいが口一杯に広がった。日頃、狂気の中に身を置く二人がこんな穏やかな時間を過ごすのはいつ以来だろうか。厭、はたしてそんな時間など存在しえたのだろうか。そんな疑問さえ蕩けさせるような暖かさを喉に感じながらふと改めて顔を上げれば視界一杯に色鮮やかな日本庭園が広がっている。緑の衣を羽織るように苔生した灯篭を映す池には貫禄のある錦鯉が悠々自適に泳ぎ回り、カーテンのようにそよぐ竹林の隙間からは等間隔に陽射しが差し込み穏やかな水面をキラキラと輝かせる。なにより目を惹くのはこの梅雨の季節に存在しえない色鮮やかな燃えるような紅葉――それに混じり何処から舞い散る薄紅の花弁。その一見不可思議で――儚さを孕むその光景はきっと2人の気を惹くには十分であっただろう。
「――てか、へぇ……すっげぇ、梅雨時期なのに全然違う風景まで見れんだぁ」
「日本庭園、良いですね。こうした景色は確かに癒やされるものです」
もしかすればもう二度と目にする事がないであろうこの光景を、せめて記憶の小箱に仕舞おうと眺めているとふいに白銀が若葉の手の甲にふわりと降り、そして滲んで消えて行く。
「見て見てヒヨムラサン!なんか雪降ってる!おもしろぉい!」
最初は頼りなくふらふらと宙を彷徨っていた白銀が次第に視界を埋めて行く。気が付けば庭園は薄っすらと朝霜のように白に染まっている。夏から始まり、春秋の顔を見せた庭園はついに冬へと至る。その様子に梓はからからと笑い、若葉はほうと微かに白む息を零す。…………
「……雪の庭園も綺麗ですね」
こうして、暫く束の間の四季廻りを追体験した梓と若葉はまるで示し合わせたようにほぼ同時に席を立った。
「――さて、そろそろ取り掛からせて頂きましょうか」
「あー……そぉだ――……さ、お仕事しましょう」
俄かに雰囲気が変容する。2人は襟を正し、白んだ小路に薄っすらと足跡を刻みながら庭園を北上していき、例の施設が望める場所まで辿り着くと立ち止まってお互いに目配せをした。
「都嘴さん、そちらは頼みましたよ」
「りょーかい!ヒヨムラサン!さぁて……お前たち行っておいで」
|影より来る《テノナルホウヘ》――梓の口角がニヤリと上げられたかと思えばその影がぐにゃりと揺れ、犬の形をとりそのまま地表へと飛び出し梓に付き従うように複数の影の警察犬が鎮座する。そして梓が合図をすればそれらは一斉に飛び出し影から影へと飛び移るように駆けて行く。その影の警察犬が走り去って行くのを見届けると若葉はおもむろに歩き出し、視線の先に居る1人でぼぉっと空を見上げているこのバイトの参加者――被験者である男性へと近寄り声を掛けた。
「失礼。あなたも今回の治験の参加者でしょうか?」
「え……?あ……ああ……はい」
まだ二十歳そこらであろう年若そうなその男性はどこかオドオドとした雰囲気で、しどろもどろに若葉の問いかけに答える。何かに怯えているのだろうか?そんな印象を受けながらも今回のバイト――治験に関する情報を得る為に若葉はその男性に探りを入れる。まず切っ掛けが必要だ――相手の気弱そうな雰囲気に合わせ相手が話しやすいよう誘導するように会話を切り出した。
「自分は少々不眠気味な所がありまして。それで今回参加させて頂いた訳ですが――」
自ら内情を打ち明け、まずはこちらの言葉に耳を傾かせる。最初こそ警戒していた男性だったが若葉が鮮やかに紡ぐ|呪言《ノロイマジナウコトノハ》に男性は次第にその心の内を明かされていく。男性の言葉に耳を傾け、時折相槌を打つ、謂わばその聞き上手な姿勢に自然と男性は饒舌になる。
「これはあんまり知られてない話なんだけどね。この治験は心理学的アプローチから強い心を作り出す研究の一環らしいんだ。僕は気弱な性分だからこの治験で少しでも改善できればと思ってね」
その男性の言葉が意味する事はこの治験が贄となる強い心を選定するのみに留まらず、あまよくば人の心を都合良く操る方法を模索している事の証左に他ならなかった。
一方その頃、梓が放った影の警察犬は施設の出入り口。施設内通路の火災検知器。床下という汎ゆる影に潜み聴き耳をたて施設職員の動向を伺っていた。その中で判明したのは庭園へと繋がる施設裏口の人通りはほぼ無いという事と、とある職員の会話に含まれていた治験の大凡の予定だった。
「もうそろそろ時間だぞ。投薬の準備は出来ているのか?睡眠薬だけじゃないぞ。重要なのは幻覚剤の方だからな」
「ああ、問題ない。だが、この幻覚剤の効果なんてたかが知れてるだろう?選定に使えるとは思えないが」
「大丈夫さ。あのお方……先生が少し手を加えれば十分効果を発揮するさ。さぁ、まだ被験者の移動の準備もあるんだ。急ぐぞ――被験者は各階にばらけさせて配置するんだ。――ああ、それと先生の指示があるまで5階は封鎖しておかなきゃならないな」
大方の調査を終えた梓と若葉は施設から程なく離れた庭園内で落ち合い、お互い得た情報を共有する。治験に隠された思惑。教団の張り巡らされた計略。そしてその先に隠匿された人ならざるものの陰謀。綿密に計算された邪神の遊戯盤。それをひっくり返してやろうと2人は準備を整え、狂気の中へと身を投じて行く。
大成功
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黒江・式子
◎◯
(山の景色を観て地元を想起するも、湧き上がる懐旧や郷愁は直ぐに希釈される
何もせずに居ると、体力、気力、感情等諸々をUDCに喰われる
餌をやる為にものんびりできない)
周辺を散策しているテイでスタッフの方に話しかけましょう
足元から物影へ、他の人の影へと茨を延ばし、不信感や違和感を喰って人払いを
機を見て、会話しているスタッフの影にも茨を這わせ質問します
参加した治験者の人数
警備員の人員配置
監視カメラや録音装置の有無
黒幕の所在等々
分からないなら、分かる者の居所を
用が済めば、記憶消去銃(|自力《UC》で持ち込み)で私と会話した部分を消去
入手できた情報を元に、潜入したUDC職員のサポートに回りましょう
夏を香る風が木漏れ日の小路を抜けていく。箱庭のような庭園の向こう側には水色を滲ませた淡い空の境界に碧々とした山並みが連なっている。黒江・式子 (それでも誰が為に・f35024)のぼんやりとした瞳の焦点がふいに何かに定まったかと思えばユラリと揺れた。
――ああ、懐かしいな
目の前のパノラマのような景色がいつかの記憶と重なった。聞き慣れた音。慣れ親しんだ匂い。あの影は誰のものだっただろう?あと一歩足を踏み出せばもしかすればそこは懐かしき故郷なのかもしれない。そんな望郷の念が黒江を満たそうとすればふいに『今』の一雫が零れ落ち。その郷愁は希釈されるように淡く溶け、一時の夢が風に吹き消されたかのように後にはただ空に霞む山並みだけが残っていた。ふと、式子が視線を落とせば水面が揺れるように己の影の中で何かが蠢いた。
「――このまま耽っていても消耗するだけですね。残念ですが、のんびりしている時間は無さそうです」
彼女の足元の影に潜む茨のUDC〝翳喰らい〟は食欲旺盛だ。餌となるものを与えなければ式子の体力気力、果てには感情すらも喰らってしまう。式子は目の前の四季折々の風景を一瞥するとため息を零して早速仕事へ取り掛かる事にした。頭上に伸びた木々の梢の隙間から漏れ出す光のカーテンのように揺れる木漏れ日の小路を式子はあくまで散策するように歩いていく。
「邪神教団の施設にしておくには勿体ない所ですね……さて、そろそろ頃合いでしょうか」
暫く歩いた式子は教団員――もとい、治験スタッフを視線に捉えると情報を聞き出す為に徐に声を掛けた。
「あの、少しお聞きしたい事があるのですが」
「はい、大丈夫ですよ。どうなさいましたか?」
「――少し失礼しますよ」
式子の問いかけに笑みを浮かべて律儀に返事をする治験スタッフ。それとほぼ同時に式子の足元から茨の影が伸びて行く。それはまず木陰に延ばされ、そこから小路に設置されたベンチの影――物陰から物陰へと蜘蛛の巣を張り巡らせるように延びて行き付近に居た他のスタッフや治験者の影にまで至る。茨の影――〝翳喰らい〟は感情をも喰らう。それが周辺の人間らの不都合な感情――不信感や違和感を喰らえば治験スタッフに声を掛けた式子に視線を向けていた人々等は途端に興味を失ったかのように視線を外すと、それよりもこの休息の時間を満喫するべく何処かへ立ち去って行く。人払いを成した式子はその機を見て目の前のスタッフへと影を伸ばす。虚ろな瞳を向け続ける式子に対し違和感を覚え始めていたスタッフは何故だか急に式子に対して親近感――親愛のような感情を覚えた。それこそ旧来からの友人――竹馬の友とさえ錯覚する程だ。再びニコニコと笑顔を浮かべるスタッフに式子は改めて質問を投げ掛ける。
「まず……この治験に参加している人数は分かりますか?」
「参加者ですか?ええとですね……貴女のように追加募集で参加が決まった方々を除けば元々の定員は20名ですね」
「なるほど……では、施設のセキュリティ……警備員の人員配置等を教えて頂けますか?」
「警備員……というよりかは各階に数人のスタッフが駐在して時々見廻ったりはしてますね。尤も、治験が開始されれば私達スタッフはトラブルが起きるか先生の指示が無い限りはスタッフルームから離れない事になっていますけどね」
「では、監視カメラや録音装置については存在しますか?」
「えっと……確かトイレやプライベートに関わる一部を除いては基本的にカメラは各部屋と廊下に設置されている筈です。録音装置は無い筈ですが……そういえば最上階……5階にはカメラは設置されていないって聞いた気がします」
「では最後に、この治験を主導する人物の所在は分かりますか?いつも何処に居るとか……分からなければ、それを知っていそうな人物を教えてください」
「先生の所在ですか?あの方は治験や研究に没頭していて人前に姿を現す事自体珍しいですからね……5階によく出入りしている以外の事は誰も分からないと思います」
式子の質問にスタッフは素直に答えて行く。式子の能力からしてスタッフが虚偽の情報を話しているという事は考えなくともいいだろう。周囲にはぽつりぽつりと人の姿が戻って来る。もう十分情報は引き出せただろう。そろそろ潮時だと式子は事後処理へとかじを切る。
「ご協力ありがとうございました。これはささやかなお礼です」
式子はコポコポと水面のように泡立つ影から記憶消去銃を摘み上げるとそれをスタッフの目前に差し向けた――その瞬間にパシャリとカメラのフラッシュのようにも思える控えめな光が焚かれ、スタッフの視界を――式子との会話の記憶を白く塗り潰した。
その場から素早く引き上げると式子は唐紅の橋――その近くの茶屋の脇道を抜けた人通りの無い物陰で治験スタッフとして潜り込んでいた対UDC組織職員と合流し、得た情報を共有した。治験が開始されるまでの間、得た情報を元に式子はUDC組織職員と共に来る治験への対策を備えるべく水面下で準備を進め、狂気顰む箱庭の影の中。狂気の懐に飛び込む用意を整えた。
大成功
🔵🔵🔵
天羽々斬・布都乃
◎〇
「わぁ、素敵な日本庭園ですね」
『洒落た茶屋もあるのう。ほれ急ぐぞ、布都乃』
「ちょっと待ってください、いなり」
日本庭園を駆けていく式神の子狐いなりをおいかけます。
『妾は稲荷寿司が食べたいのじゃ』
「――稲荷寿司なんて、お茶屋さんに置いてあるでしょうか……」
一応、稲荷寿司を頼んでみますね。
私はお団子とお抹茶をいただきましょう。
「日本庭園は天羽々斬神社の境内とはまた違った趣がありますね」
『参拝客も来ないボロ神社と日本庭園を比較するのはどうなのかのう』
「むー、私だって毎日、一生懸命、神社の境内の掃除をしているのですよ。
神社に日本庭園があったら、きっと心が和むでしょうね」
『そのためにも稼がんとのう』
治験スタッフに案内され、箱庭に足を踏み入れた天羽々斬・布都乃 (未来視の力を持つ陰陽師・f40613)の視界には雪月風花な印象を受けさせる日本庭園が広がっていた。紫陽花、エゴノキ、シモツケ、シャクナゲ、ツツジなどの様々な花が彩る様はまるで水彩画を思わせる。正真木や景養木などの樹木の間を敷石で舗装された路が連なり、小径に沿って流れる清流の行先を追えば唐紅色の橋と赴きある茶屋の姿が見えてくる。
「わぁ、素敵な日本庭園ですね」
『洒落た茶屋もあるのう。ほれ、急ぐぞ布都乃』
「ちょっと待ってください……!いなり!」
どこか、ソワソワとしていた子狐――式神のいなりはぴょんと布都乃の前に降り立つと、さも着いて来いと言わんばかりにそのふんわりとした黄金色の尻尾を揺らしながら軽やかな足取りで視線の先の茶屋を目指して駆けだし、布都乃は慌てて彼女を追いかける。じゃりじゃりと敷石が心地よい微かな音を響かせ、時折吹き抜ける風は夏の匂いを伴って過ぎ去って行く。大きな錦鯉がちゃぽんと水飛沫を上げる古池を横目に唐紅の橋を渡れば、裏手に小さな枯山水の庭を備えた茶屋に辿り着く。然し、そこにいなりの姿は無く布都乃が茶屋の周囲を探していると裏手の方からいなりの声が聞こえ、そちらに向かえば一足先に緋毛氈を敷いた縁台の上にちょこんといなりが座っていた。
「ほれ、こっちじゃ布都乃」
「また勝手に……全くもう……」
はしゃぐいなりに布都乃はやや呆れながらも促されるままにその隣に腰掛ける。ここまで駆けて仄かに熱を帯びた体を草原をそよがせる風が冷やす。何処からともなく鹿威しの心地よい音が響けば俄に奇妙な静寂が訪れる。
『妾は稲荷寿司が食べたいのじゃ』
「――稲荷寿司なんて、お茶屋さんに置いてあるでしょうか……」
せがむように布都乃の顔を覗き込むいなりに布都乃は眉尻を下げ苦笑を浮かべながら茶屋の店員に声を掛ける。
「いかがなされましたでしょうか?」
「ええと、稲荷寿司はありますか?」
「はい、ございますよ」
「ではそれを一皿……あとお団子とお抹茶をお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちを」
そう言って店内へと消えていく店員を見送れば、ふといなりと視線が交わり、いなりはにやりと悪戯っぽく口角を上げた。
『言ってみるもんじゃのう』
「――もう、調子がいいんですから」
注文を持つ間、布都乃といなりは談笑しながら茶屋の裏手から望める景色に目を向けた。丁寧に整えられた枯山水。自然と人工物の調和を象徴するような水無き山河の向こうでは四季折々の風景がただ静かに佇んでいる。見知らぬ筈のその望郷は時間の流れを緩やかにしていくようだった。
「日本庭園は天羽々斬神社の境内とはまた違った趣きがありますね」
『参拝客も来ないボロ神社と日本庭園を比較するのはどうなのかのう』
くふふと笑ういなりに対し、布都乃はいじらしく頬を膨らませた。天羽々斬神社とこの日本庭園。どちらも和という意味では共通点が多いのは確かにその通りだが詫び寂びという観点からすればこの日本庭園が慎ましさから奥深さを感じる美意識を主題として構成されている事に比べ天羽々斬神社は単純に質素なだけという印象は恐らく拭えないだろう。――だが、その質素な中にも詫び寂びとはまた違う温もりが存在していた。その事をいなりも十分に分かっていながら、布都乃をからかう為にそんな事を口に出してみたのだ。
「むー……私だって毎日、一生懸命、神社の境内の掃除をしているのですよ。はぁ……神社に日本庭園があったら、きっと心が和むでしょうね」
布都乃は天羽々斬神社の境内の軒先に厳かな日本庭園が鎮座する光景を夢想する。心和やかなその姿を目当てに神社に足を運ぶ参拝客達。心穏やかに過ごす人々の楽し気な談笑を聴きながら自らも庭園に心を癒されながら日々を過ごす自分自身の姿――そんな事を考えながら布都乃はため息を零した。
『くふっ、そのためにも稼がんとのう』
今のままでも十分居心地はいいがの、と独白を付け加えつついなりが布都乃に向けて微笑を浮かべていれば、注文していた稲荷寿司と団子と抹茶が盆に載せられ二人の下へと届けられた。
「お待たせ致しました、ごゆっくりどうぞ」
「わぁ……美味しそうですね」
『うむ、見事な小金色じゃ』
陽を浴びて煌びやかな光沢を宿す稲荷寿司。桜の蕾、満開の桜、葉桜を意味するとも言われるピンク、白、緑の鮮やかな三色団子。深みのある新鮮な茶葉のさわやかな香りが際立つ抹茶。趣ある庭園を眺めながらそれらを味わうその一時だけは余計な事など考えず心穏やかでいられるようにようであった。狂気の中へと再び身を投じる時は刻一刻と迫っている。然し、それでも今、この時だけは穏やかな時間の中で気の向くままに時を過ごす事にした。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 冒険
『あなたの物語』
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POW : 恐ろしいトラウマを打ち破り、先に進む
SPD : 忌まわしい記憶を乗り越え、先に進む
WIZ : 幸せな思い出を振り払い、先に進む
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
日本庭園で各々の時間を過ごした猟兵達。その後は治験開始に向けて施設内へと移動し病室内で睡眠を摂り、心理テストやカウンセリングを受ける予定であった。――然し、真っ白な病室で目覚めた猟兵達に待ち構えていたのは悍ましき静寂。まるで世界が空っぽになったように錯覚する程の静寂だった。他の被験者はおろか治験スタッフの姿もまるで見えず、存在を認識できたのは共にこの治験に潜入した猟兵。或いは、自分だけだった。
不意に砂嵐のような|ノイズ《雑音》が奔る。
先ほどまで自分が眠っていた真っ白なベッドの脇には装備品一式が置かれており、その中に混じっていた小型の無線機からそれは聞こえていた。次第に|ノイズ《雑音》が治まると、聞こえてきたのは治験スタッフとして施設に潜り込んでいたUDC組織職員の声だった。
「――こちらエージェント302。猟兵の皆さま聞こえているでしょうか?――間もなく治験が開始されると思われます。予定通り、UDCの発見及び、撃破。可能であれば他被験者の救助をよろしくお願いします。共有された情報により特定した監視カメラは既に細工を施している為、猟兵の皆さまが邪神教団の想定外の行動を行ったとしても教団員……治験スタッフはすぐに対処に向かえません。ですが相手のUDCは未知の相手……早急な任務の遂行を推奨します。――では、ご武運を」
これより先はUDCの領域。猟兵達の心に基づいたトラウマ、忌まわしき記憶、或いは幸せな記憶。或いは悍ましき怪物かもしれないそれらがその道を阻む事だろう。猟兵達はそれらの――自らの|物語《こころ》に打ち勝つ必要がある。それが果たして現実なのか幻覚なのか、深層心理が見せる夢想なのか或いはただの夢なのかは分からない。それでも前へ進み、首謀者であるUDCへと辿り着かなければならないのだ。
――病室の扉がギィと軋む音を立てて誰の手を借りるでもなく開かれる。それと同時に施設内に落ち着いた男性の声が鳴り響いた。
『やぁ、お目覚めかな?それともまだ夢の中なのだろうか?まぁどちらでも良い。キミ達の■■■を見せてくれ。――これより、治験を開始する』
天羽々斬・布都乃
◎苦戦描写歓迎
「ここからが本番ですね。
行きましょう、いなり。
……いなり?」
常に傍らにいてくれてきた、いなりの姿が見えません。
いなりを心配しつつも天羽々斬剣と布都御魂剣を身に着け、先に向かいます。
きっと先に進めばいなりと合流できるはずです。
そうして施設を進んでいったところに現れたのは、九尾を持った妖狐!?
「くっ、なんて強力な妖気!
けれど、この妖気、どこかで……まさか、いなり!?」
『くふふ、小娘よ。どこで妾のことを知ったかは知らぬが、最強の妖狐たる妾に勝てると思うでないぞ?』
妖艶な美女の姿をしたいなりが襲いかかってきます。
「いなり!
私は家族であるいなりとは戦いたくありません!」
『お主なぞ知らぬ!』
始まりの合図が反響する。まるで招くかのように開かれた扉に視線を向けたまま拳を強く握り締める。
「ここからが本番ですね。行きましょう、いなり。……いなり?」
いつも布都乃の傍らに寄り添う式神の返事は返って来ない。弾かれるように振り返り室内を見渡してもいなりの姿は何処にも見えなかった。
「――いなり?」
取り留めのない不安が心を満たし視線が揺らぐ。いつも近くに居た存在が居ないという喪失感に苛まれながらも布都乃は吐き出しかけた不安の言葉を飲み込み天羽々斬剣と布都御魂剣を身に付けると足早に部屋を後にした。
「心配ですが……今は前に進まないと。――きっとこの先で合流できる筈です」
不安を抱えながらも布都乃はやるべき事を果たす為にまるで果てがないかのように錯覚する白く長い廊下を進んで行く。――そんな布都乃を式神いなりは施設の外から見守っていた。
『流石にこの子狐の姿では治験に参加させて貰えぬからの。妾は外から様子を伺わせて貰うぞ』
いなりは治験に置いて自分が懸念事項になる事を予期して布都乃が眠った後こっそりと施設を抜け出していた。その後、妖術にて布都乃と交信。自身の精神と布都乃の精神をリンクさせ布都乃を通して施設内の状況を見ていた。
『ふむ、布都乃は目覚めたようじゃが……いや、まだこれは夢の中かの?』
あくまで布都乃の意識を見ているだけのいなりに今見えている光景が夢なのか現実なのか判断はできない。尤も、布都乃自身にもそれは分からない事なのだろうがそれでも布都乃はひたすらに施設の廊下を進んでいた。布都乃が部屋を出てから暫く過ぎた頃、人影も無く布都乃の足音だけがいやに響く廊下を纏っていた空虚な雰囲気が突如身を刺すような刺々しいものに変貌した。
「くっ!なんて強力な妖気!――けれど、この妖気、どこかで……」
まるでそれそのものが質量を持ったかのように重く伸し掛かってくる妖気。ピリピリと大気を振動させる程のかつて感じた事もないような悪意。それを布都乃は何故か知っているような気がした。慈悲などない冷え切った気の筈なのに暖かな残滓を感じていた。気がつけば照明がギラギラと床に反射する廊下――その奥に布都乃の行く手を阻むように1人の女性が立っていた。高貴な着物を纏い、金彩の絹織物のような金色の長い髪からはツンと狐耳を覗かせている。モデルのようなスラリとしたプロポーションと着物から溢れんばかりの豊満な胸は見事な半球型の曲線美を描き、それは万人の目を惹きつけて止まないものに違いない。怪しい笑みを浮かべる端正な顔立ち。それはこの世のものとは思えぬ……まさに絶世の美女。その背後では黄金色の大きな九つの尾が揺れている。
「九尾の妖狐……!?どうしてここに……まさか、いなり!?」
『あの姿――この世のものとは思えぬ絶世の美女は、封印される前の妾か!』
九尾の正体。それはかつて千年以上前、朝廷に取り込み帝すらも魅了し、今は伝記に残る逸話となった嘗てのいなり――その人だった。
『くふふ、小娘よ。どこで妾のことを知ったかは知らぬが、最強の妖狐たる妾に勝てると思うでないぞ?』
一切の躊躇も無く繰り出される攻撃。それが幻なのか幻覚なのか夢の中の出来事なのか分からない。それでも、家族であるいなりと戦わざる得ないという状況に布都乃の狼狽は相当のものだった。
「いなり!私は家族であるいなりと戦いたくありません!」
『煩いのぉ小娘。お主など知らぬ!』
九尾のいなりの容赦ない攻撃は布都乃の巫女服を切り裂き肉を抉る。奔る激痛に布都乃の呻きが上がり、血潮が廊下の真っ白な床を染める。失神しかねない激痛。それを布都乃は耐え続けた。容赦なく振るわれる攻撃にどれだけ痛め続けられても反撃せず耐えて耐えて耐え続けていた。
「いなり……!もうやめてください!私はいなりと戦うつもりなんて……!」
『愚かな小娘よ。そんなに死にたいのであればお望み通りに殺してやってもいいのだぞ?』
『布都乃、騙されるでない!妾はここにおる!その妾は偽物じゃ!』
布都乃の意識を通して一部始終を見ていたいなりは自分の事を憚ってか防戦一方の布都乃の姿に必死に念話を送る。だが、それが布都乃に届く事はない。慟哭――いなりは無力感に苛まれボロボロになっていく布都乃の姿を見守るしかない。然しその時、九尾のいなりはつまらなそうに吐息を零すと突然身体を翻した。
『一方的で飽き飽きしたわ。何がお主をそこまでさせるのかは知らぬが興が削がれた。懲りずにまだ進むというのであれば好きにすればよかろう。――さらばじゃ、小娘』
そう言葉を残して九尾のいなりはまるで煙が風に吹き消されるように忽然と姿を消した。全てがまるで夢だったかのように静寂の底に沈んでいる。
「いなり……私は……」
燃えるような痛みに包まれ、鉛のように重く感じられる体を引きずるようにそれでも布都乃は姿を消したいなりの事を想い続け、鮮血に染まった廊下を進んでいく。――その姿をどこからか観察している男の影が1つあった。
成功
🔵🔵🔴
遠藤・修司
こんなに周りが静かなのに、“僕”達は相変わらず騒がしくしてる
静かにしてと言えばしてくれるけど、別にいいや
睡眠薬が抜けてないのか、まだ頭がクラクラする……
懐かしい探偵事務所の部屋が見える
先輩……
高校時代からの友人で、探偵になった僕の先輩
数年前、彼に誘われて、僕はそこで働き始めて……
学生時代の続きをしてるみたいで、確かに僕は幸せだったのだろう
もう終わったことだ……
あの日、僕が他の“僕”と話しているところを見られてしまった
僕は逃げるように先輩の所を去ったし、先輩は僕を追いかけてはくれなかった
分かってるんだ、僕がこんな風になれば受け入れられないのは当然だ
でも……
ああ、何で、何でこんなことになったんだろう……
『代わろうか? 辛いなら休むのも大事だよ』
要らないよ、もう終わったことなんだ
今更、気にしてないよ……
仕事してる方が楽だし、そっちに集中しようか……
部屋を出て周囲を確認する
一般的な病院と同じなら他の被験者の場所は見当が付く
病室を覗いて、自力避難ができそうなら避難経路に誘導するよ
――治験開始の合図。室内は再び静寂の水底に沈む。開け放たれた扉から流れ込んだ風に白いカーテンが無邪気にそよいでいる。
「……ああ、相変わらず煩いな」
耳鳴りがするほど静まり返っている筈なのに遠藤・修司 (ヒヤデスの窓・f42930)は己の声に苛まれていた。好き勝手な事を言ってくれる“僕”達。静かにしてくれと黙らせる事もできるだろうが……今はそんな気分になれなかった。頭がクラクラする――まだ睡眠薬が抜けて無いのだろうか?少し覚束ない足取りで部屋の扉を潜る修司。そして思わず息を呑む。
「――なんだ、これは?」
扉を潜った先は施設の廊下である筈だ。そう或るべきであったのに――その先に広がっていた光景は修司の記憶の奥底にある懐かしき探偵事務所の室内だった。部屋の間取り、窓を覆うカーテン。家具類の配置から机に積まれた本の山。その全てはあの日と同じで望郷の念が一陣の風のように体中を駆け巡る。心の奥底で望んでいた事の筈なのに、何故だか心がずきりと痛んで修司は思わず一歩下がって部屋を後にしようとする――だが、それは結局叶わなかった。
「久しぶりだな修司」
そんな声が聴こえた気がした。この光景が思い起こさせた幻聴だろうか。不安と期待が入り混じったような妙な心持のままに事務所内を見渡せばその声の主であろう人物が部屋の奥で椅子に腰かけているのが見えた。――見えてしまった。
「――先輩」
その人物は修司にとって高校時代からの友人であり先輩だった。数年前、探偵になった彼に誘われて修司はこの探偵事務所で働く事になった。遥か遠くの淡い記憶――セピア色の思い出は鮮やかな色を取り戻していく。それは間違いなく楽しい日々だった。まるで高校時代の続きをしているみたいで、きっとそれがずっと続いていくのだと思っていた。この幸せがずっと続けばいいと思っていた。確かに自分は幸せだったのだ。
(もう終わった事だ……)
気が付けば修司は項垂れていた。声も出ない、途方に暮れ、もはや一歩もそこから動けそうに無かった。あの日の幸せはとっくにこの両の手から零れ落ちてしまった。過ぎ去った日々はもう帰らない。この光景はあの幸福の幻――残照に過ぎないのだと言い聞かせるように修司は何度も何度も頭の中で反芻する。あの日、修司は己を苛ます他の自分と話をしているのを彼に目撃されてしまった。あまりの動転にその時の彼の表情、彼の言葉は何1つ覚えていない。ただ、怖くなって逃げるように彼の下から去ってしまった。彼――先輩もそんな自分を追いかけてくる事は無かった。だから、きっとそういう事だったんだろう。
カランカランと心地の良い鈴の音が響いた。その音に誘われるように伏せていた顔を上げれば事務所の窓からは朗らかな橙色の夕日が差し込み部屋の中にぼんやりとした影を落としていた。部屋の奥で座ったままの先輩の影はまるで眠っているかのように動かない。
「あの事を気にしてるのか」
「――当然でしょう」
ああ、駄目だ。返事なんかしてどうする。これは幻覚だ。何者かが見せた夢なのだ。そう分かっていても先輩のその懐かしい声を聴く度にまるで心臓を握り締められたかのように苦しくなる。――分かっている。こんな風になった自分が受け入れられる筈が無いのは当然だ。だが、それでもこの仮初の光景を目の当たりにすると思わず手を伸ばしたくなってしまう。――これはあの日の続きなのだ。――有り得たかもしれない物語の続きなのだ。何か1つだけでも違えば今でも修司が居たであろう筈の場所。――ああ、でもそうはならなかった。――これはもう終わってしまった物語。そんな事は分かっている。でも……
(ああ、何で、何でこんなことになったんだろう……)
修司は天井を見上げていた。そうしなければ燃え上がるように熱い目頭から何かが零れてしまいそうだったから。もう割り切ったつもりだったが、気が付いてみれば後悔ばかりだった。そんな自分に思わずため息が零れる。
『代わろうか? 辛いなら休むのも大事だよ』
内なる声がそんな慰めのような言葉を掛けてくる。正直に言えばその言葉の通りにしようかと思わない事も無かった。心の内に滞留した複雑な想いを全て吐き出したかった。だが修司は結局その提案を受け入れはしなかった。じんわりと熱くなる感傷を抱いたまま事務所内に視線を迷わせる。全てが懐かしいあの日のままの光景、それに別れを告げるようにゆっくりと瞼を閉じた。
「要らないよ、もう終わった事なんだ。――今更、気にしてないさ」
まるで自分に言い聞かせるようにそう呟くと修司は瞼を開けるとすぐさま踵を返した。自分にはまだやるべき仕事がある。きっと仕事に集中すればまだ幾らか楽になれるだろう。そう考えて修司は部屋の扉に手を伸ばした。
「なんだ、もう帰るのか」
「――やる事があるからね」
「――そうか」
背中越しに聞こえる彼の声。部屋を後にしようとする修司を責める訳でも、引き留める訳でもない、唯々いつかのあの日々と同じさりげない言葉。思わず扉に延ばされた手が止まる。後ろを振り返ればきっとあの懐かしい日々がそこにあるのだろう。あの日々に未練が無いと言えばきっと嘘になるだろう。例え言葉で否定しようとこの体の震えがそれを証明している。それでも――それでも修司は前へ進む事を選択した。扉を開き、追憶の探偵事務所を後にする。
「じゃあな、修司。――あんま気負うなよ」
扉が閉まり切るその寸前。そんな声が聴こえたような気がした。後ろを振り返りあの扉を開ければまたあの懐かしき光景が――懐かしきあの人がまだ自分を待ってくれているのかも知れない。心の奥底で慟哭する望郷の念が待ってくれと腕を引っ張るようだった。それを修司は下唇を噛み締め、もう過去の事さと振り払い進む。
探偵事務所を後にするとそこは清潔感のある、一般病棟を想起させる廊下だった。本来であればそこは元いた病室で無ければならない筈だという事を鑑みれば、やはり今までの一連の出来事は幻覚で、奴らが仕掛けた治験の一種だったのだろう。一抹の寂しさにも似た感情を抱いたままに修司は施設の探索を続けて行く。情報によれば被験者達は各病室にそれぞれ散らばらされている筈だ。加えてこの施設が一般的な病院と構造が同じであればその位置の特定は容易い。修司が一般病室に探索箇所を絞り探索を進めればすぐに5人の治験者が集められた部屋に辿り着く。その様子はまだ睡眠薬の効果で朦朧としている者も居れば正気を失ったようにうわ言を繰り返す者もいた。
「――やっぱ治験の一環だったみたいだね……もう大丈夫だ。僕は君達を助けに来た。さて……自分で動けそうな人は?」
「あ……ああ、頭は痛いが俺は大丈夫だ。なぁ?これはどうなってるんだ?さっきから訳分からない事ばっかり起きてるんだ。このままじゃ気が狂ってしまう……」
2人の男性と1人の女性が落ち着きなく視線を泳がせ困惑しつつも修司に応える。残りの2人は聞こえていないのか蹲ったまま尋常ではない量の汗をダラダラと流したまま何事か呟いている。見るからに自分の意思では動けそうにはなかった。
「結局は違法な治験だからね。表面上はいい顔をしていてもその実態は非人道的な治験だったという事だね。ともかく今は一刻も早くこの施設を出るべきだよ。今なら追手も無く出られる筈だ。さぁ、動けない人を連れて脱出してくれ」
修司は治験者達に避難経路を伝え脱出を促した。避難梯子に通常の出入り口。今ならどちらからの脱出も容易い。修司は礼の言葉を述べながら自力で動けない者を連れて脱出口へ向かう被験者達を見送ると他の被験者及びUDCを見つけ出す為に施設内の探索を開始する。施設内は薄ら寒い不気味な静寂に包まれている。あれから何らかの妨害が入る気配は無い。それが細工の成果なのか、それとも元より介入する気が無いのかは不明だが、1つの障害を切り抜けた今、順調に施設の探索は可能だろう。
大成功
🔵🔵🔵
黒江・式子
◎◯
周辺の索敵がてら部屋の外へ影の茨を延ばす
治験参加者の影を捉えたら退避を促しに行きます
「非常事態のようです。こちらの……|黒ずくめ《影法師》が先導しますので、先に避難を」
動けないなら影法師に担がせ移動
いざという時は影法師が盾になり庇います
上り階段を探し移動していると、指示した場所でなく私の眼前に立つ影法師を発見
翳喰らいの|暴走《指示無視》を警戒し拳銃を構えるより先に、影法師の茨が解け周辺を覆い尽す
(過去のトラウマ
大学生時代、影の茨に覆われた閉鎖空間に、邪教徒の死体と、昏睡状態の友人達と共に身動き出来ない状態で長時間閉じ込められた)
みんな茨に絡み付かれたまま動かない
大好きな同郷の先輩も、今も眠り姫のまま
……あの日、肝試しの場所を決めたのは私でした
恨んでるならそれでもいい
もう一度皆に
|貴女《先輩》に会えるなら
目を覚ましてくれるなら、私は──
複数の閃光手榴弾を投げ落とす
複数の光源で影を散らせば翳喰らいの力は薄れる
今はもう、対処法を知っています
……100年かかっても諦めないって、決めましたから
自分1人しか存在しないガランとした真っ白な部屋。まず最初に受ける印象は無機質というよりかはどこか寂し気に感じられるだろう。目覚めたばかりでまだ多少ぼんやりと滲む視界の中、室内をざっと一通り調べると次に室外周辺の探索を試みた。僅かに隙間の開いた扉から外を伺えばこの部屋と同じく真っ白な廊下がどこまでも延びている。まるで海底のように静まり返った廊下に何者の気配も感じられないが警戒をするに越した事はないだろう。黒江・式子 (それでも誰が為に・f35024)は静かに瞼を閉じ深く呼吸を1つ。
「――治験参加者の探索を」
――|欺瞞の徒《ギマンノトモガラ》。次に式子が瞼を開ければ、足下の茨の影が水面のようにうねり部屋の外へと延びて行く。隣の部屋、またその隣の部屋と影を延ばせば程なくして他の人間の影を捉える。治験参加者の影だ。現在地から五つ部屋を隔てた場所。彼らの安全を確保する為、式子は最大限の警戒をし、静まり返った廊下を進んでいき影を察知した部屋の前へと差し掛かる頃、2人の治験者が錯乱状態で部屋から飛び出して来た。
「やめろやめろやめろやめろやめてくれ!お前はもう死んだんだ!俺にもう関わらないでくれ!」
「……ああ、わかってる。今度こそお前達を幸せにする。もう絶対に離れない」
「これは――少し手荒になりますが――確保を」
式子は素早く2人を茨の影が形作る影法師に確保させると残りの治験者の安否を確認すべく滑り込みようにして室内に突入した。中では蹲っていたり途方に暮れて立ち竦む男女が4人、式子の突入に驚いている様子がみてとれた。
「あ、貴女は……?な、何がどうなってるんですかこれは?起きてみれば変な物が見えたかと思えば周りの人たちが突然叫び出して暴れたり……ただカウンセリングを受けるだけだって聞いていたのに……!」
「非常事態のようです。こちらの……黒ずくめが先導しますので、今は先に避難を……」
式子が治験者達を宥めるように避難を促すと同時に式子の影がうねり中から数体の影法師が姿を成した。それに治験者たちは驚く素振りを見せたが今はそれよりも式子の指示に縋りざる得ないようでそれ以上の混乱は起こさない。式子は廊下で確保した2人を含め、発見した治験者を影法師による先導、或いは自力での避難が困難である者を影法師に背負わせて脱出口へと向かわせる。万全を期し、襲撃に備えつつも順調に治験者達を避難させる事に成功する。
彼らの無事を確認し、この階の探索を終えた式子は他の治験者及び、首謀者の捜索をするべく上階を目指し階段を探していた。まるで永遠に続くような無機質の白い廊下。ふと気がつけばまるで白紙に墨が滲むように、式子の目の前に影法師が立っていた。
「……ここを探索するように指示を出した覚えはありませんね」
翳喰らいの暴走だろうか。最悪の事態を想定し式子は冷静に拳銃に手を延ばす――だが、式子の想定を遥かに凌ぐ速度で――いや、そもそも本当に翳喰らいであった定かではないその茨は飛散するように解けると瞬く間に周囲を――式子を包み込むようにして覆い尽くしてしまった。
――あの日の香りがした
「なんですかこれは……なんで……」
フラッシュバックするいつかの記憶。式子の疑問と驚嘆を上書きするように懐しい声が聴こえてくる。あれは――忘れもしない大学時代の友人達だ。今度はどこに行こうか?明日は何を食べようか?そんな他愛のないやり取りが楽し気に記憶の中で反響し、いつの間にか式子は友人達の輪の中で一緒に笑っていた。楽し気に会話をする彼女はころころと表情を変え、いろんな顔を見せていた。
「また今度集まらん?ねぇ、式子は予定大丈夫?」
「ええよ、ほいたら何しよか?」
「うーん……そうだなぁ……」
「それじゃあ……」
――暗転。まるで夢から醒めたかのように全ての音が消え去った。式子はいつの間にか閉じていた目をゆっくりと開ける。確かに瞼を開けた筈なのに視界は暗がりのままだ。何かおかしいと目を凝せば……式子の心臓は早鐘のように脈打ち、背筋にはまるで氷水を浴びせ掛けられたかのように寒気が奔り息が詰まった。
「――どうして」
式子は呻るようにして声を絞り出した。全身が粟立つようだった。彼女が独り立っていたのは影の茨に覆われた閉鎖空間。そこは気が狂いそうになるほど死の気配に満ちていた。実際、彼女の足元には闇に溶ける漆黒のローブに身を包んだ人間の死体が無造作に打ち捨てられていた。蝋人形のように血色を失った灰色の腕は助けを懇願するように真っすぐ伸ばされ、口はひび割れ醜く歪み、飛び出す程に開かれた目はまるで恨みがましくこちらを見ているようだった。嘗て人間であったソレは邪神を信仰する邪教徒であり、ソレを見る式子の視線は刺すように鋭いものだった。――式子は息を呑む。ドクン、ドクンと心臓が音を立てて脈動する。これはあの日の再現だ――かつて友人達と共に影の茨に囚われ。身動きすら許されずに長きに渡る間、薄暗い密閉空間に閉じ込められたあの忌まわしい記憶。
――ああ、やっぱり
苦々しい表情を浮かべる式子の視線の先には彼女達が居た。茨に絡み付かれたままピクリとも動かない友人達がそこには居た。式子は友人達の名前を一人一人呼びながら、まるで夢遊病患者のように覚束ない足取りで彼女たちに近づいていく。誰一人として呼びかけに答える者はおらず、茨に抱かれたまま眠るように動かない。それでも式子はその名前を呼び続け、そして手を伸ばした。
「――先輩」
伸ばされた式子の手が触れたのは大好きな同郷の先輩の頬だった。優しく笑いかけてくれたあの笑顔も、元気付けてくれたあの声色も、体温さえも今は存在しない。茨の中で御伽噺の姫のようにただ眠っている。
「……ごめんなさい」
あの日、肝試しをする場所を選んだのは式子だった。空気がやけに澄んで、月明かりが一帯を蒼白く浮かび上がらせていた星の奇麗な夜。かけがえのない想い出になる筈だったその日は邪神教団に目を付けられて厄災の日になってしまった。
――私があの場所を選ばなければ、きっと今もみんなで笑い合っていたのだろう。幸せな時間はとっくに過ぎて、嘆いた所で戻らない。それでもと式子のぼんやりとした瞳は夜の水面のように揺れて、握る拳はキリキリとそれ自体を絞め上げる。
――ねぇ、私を恨んでる?
そう問いかけても、その言葉が宵闇に響くばかりで答えは出ない。恨み言でも構わない一言だけでもその声が聴こえたなら良かったのに。愛しき先輩の肌も陶器のように冷たいままで眠った動かない。恨んでるのならそれでいい、もう一度皆に――
「貴女に会えるなら……目を覚ましてくれるなら私は――」
一帯を覆う影の茨が蠢いて、全てを影の中へと飲み込んでいく。夢に溺れていいのだと、過去に溺れたまま赦しを乞うていいのだと式子を優しく抱くように影の茨が彼女に向かって延ばされていく。懐かしき郷愁と底の無い後悔に心の水槽を満たされたまま顔を俯かせる彼女はある種、彼女の友人達と同じようにあの日に囚われたまま――に思われたが、式子はゆっくりと顔を上げると虚ろな瞳を細め、先輩の眠る茨からそっと離れて行った。
「――それでも私は」
いくつもの閃光手榴弾が地面に叩き付けられる。次の瞬間には閃光が炸裂し、影の世界を真っ白に染め上げて行く。式子に延ばされていたいくつもの茨の影――翳喰らいは眩むほどの光に散らされちりじりに霧散して消えて行く。――あの時は為す術など無かったが今ではもう、その対処法を知っている。
「……100年かかっても諦めないって、決めましたから」
気が付けば周囲はあの無機質で真っ白な廊下に戻っていた。死体も友人達の姿も何処にも見当たらない。あれは幻覚だったのだろうか、それとも深層心理が見せた悪夢だったのだろうか。どちらにせよ、式子に立ち止まる気などさらさら無かった。あの日の事を思えば今でも胸の奥底から何かが込み上げて罪の意識が喉元に手を伸ばすようにさえ感じられた。だからこそ、全てを取り戻す為にもこんな所で立ち止まる訳にはいかないのだ。いつかの幻影を打ち破り、式子は廊下を進んでいく。
大成功
🔵🔵🔵
第3章 ボス戦
『コッペリウス』
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POW : 夢誘
レベル×5本の【睡眠】属性の【時の砂】を放つ。
SPD : 夢現
【時の砂時計】から【眠気】を放ち、【今が夢か現実か分からなくする事】により対象の動きを一時的に封じる。
WIZ : 夢檻
【眠気を促す時の砂】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【に時の砂を撒き】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。
イラスト:傘魚
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠トート・レヒト」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
施設最上階――猟兵達は各々に立ち塞がった障害を乗り越え、同じくこの狂気の治験に囚われていた治験参加者の半数以上の救出に成功し、この事件の首謀者が待ち受けていると思われる5階最奥の部屋の扉まで辿り着く事に成功していた。
真っ白な両開きの扉。その上部に備え付けられた表示灯が点灯し、猟兵達を招き入れるように扉が開いた。扉を潜れば異常なまでの数の手術台がまるでモニュメントのように積み上げられ、打ち捨てられた医療機器が床に散乱する部屋が広がっている。その部屋の奥で椅子に腰掛けていた人物――否、この事件の首謀者である白衣の男『コッペリウス』はため息混じりに立ち上がるとわしゃわしゃと灰色の髪を掻きながら猟兵達へと視線を向けた。
「――歓迎しよう異分子よ。せっかく集めたサンプルを随分と台無しにしてくれたみたいだな」
『コッペリウス』は両手を広げ、皮肉交じりに猟兵達に歓迎の意を示すと白衣のポケットから懐中時計を取り出し開いた。
「おかげで予定を大幅に狂わされてしまった訳だが――それはそれとしてキミ達には実に興味深い物を見せて貰ったよ。記憶に基づいた生体電気の刺激による身体の反応……いや、『心』というべきだろうか?長い年月を経て幾つものサンプルの観察を行ってきたがこれほど興味を惹かれるのはキミ達が初めてだ。キミ達であれば『心』の謎を解明する事ができるかもしれない」
淡々と話し続ける『コッペリウス』の語気は徐々に興奮を孕ませ、ついには突然に医術器具を揃えた台を激しい金属音を室内に反響させながらひっくり返したかと思えば、使用用途の分からない機器を背負い静かな狂気の妖火を宿す射抜くような鋭い視線を猟兵達に浴びせ掛けた。
「『心』とはなんだ?それは『意識』か、それとも『感情』か。それであるなら『心』とは結局の所は『脳髄』の別称に他ならないのではないか?私には分からない。――わたしには分からない。『心』など研究材料の一つに過ぎなかったのに今やわたしは『こころ』に囚われている。――これより、最終治験を開始する。キミ達に問おう 『こゝろ』とはなんだ?」
ここに至るまでの治験に於いての猟兵達の行動により『コッペリウス』の興味は猟兵の排除よりも『心』に向けられている。彼自身は至極強力なUDCではあるがこの状況を利用すれば有利に立ち回る事が可能になるだろう。猟兵達よ、己の『こゝろ』のままに事件に終止符を打て。これは誰のものでもない、キミ達自身の物語だ。
遠藤・修司
『こゝろ』ね……
そんなの僕が知るわけもない
たくさんあっても煩いだけだしさ
ああでも、あの睡眠薬はよく効いたよ
少し薬やアルコールを入れてやれば落ちてしまう
そんな単純なものが、どうしてそれほど重要なのだろう?
まあいいか
じゃあ、たくさんあるから少し見せてあげるよ
星をつくり、呪文を唱える【UC使用】
何故できるか解らないけど、できるのだからそれでいい
身体の制御権を“僕”に預け、戦ってもらう
雷の魔弾、炎を纏う式神、テニスボール……
戦う能力を持つ“僕”が、僕の中から現れては引っ込んでいく
全部違う『こゝろ』を持つ“僕”達……。
様々な世界の力、一つ一つはそれ程強くはないけど
これだけいれば少しは効いたかな
部屋の奥側にある|襤褸《ぼろ》切れのようなカーテンが幽霊のように妖しく揺れている。其れと似たように落ち着きなく小刻みに身体を揺すりながら見定めるように静かな狂気の嗤いを零す『コッペリウス』を前に修司は疲れたように肩を竦めため息を洩らした。
「『こゝろ』ね……そんなの僕が知るわけがないよ。たくさんあっても煩いだけだしさ」
修司は1つの身体に同居する別の自分達を脳裏に浮かび上がらせ、ぼんやりと視線を宙に泳がせた。心と問われた所で答えなど出せる筈もなく、議論を交すつもりもないが、所謂『心』というものを多数持ち合わせている事に関して唯々煩いという事を実体験の上で知っている身としては皮肉めいた可笑しさを覚えた。そんな修司に対し『コッペリウス』はやけにギラギラした瞳を細め興味ありげにホウと息を零した。
「なるほど、たくさんある……か。これはやはり実に興味深いサンプルだ。隔離性同一症とは全く異なる事象――どうだ?私の研究に協力する気はないか?」
「――いいや、遠慮しとくよ。興味無いし面倒だ。僕の目的はただこの事件の首謀者であるUDCを倒す事、それだけだよ」
「交渉決裂だな。ならば予定通り私の計画を乱した責任を取って貰うとしよう。――さぁ、眠れ」
『コッペリウス』が背負った機器――幾つもの歯車を|煩雑《はんざつ》にゴテゴテと飾り付けたような巨大な砂時計にも見えるそれを構える。修司はそれに朧げな視線を眼鏡のレンズ越しに向けながらネクタイをさり気なく正し、落ち着いた所作で臨戦態勢を取ると思い出したかのようにああ、そうだと口を開いた。
「あの睡眠薬はよく効いたよ。すっかり夢を見せられていた」
今でも瞼を閉じればその裏側に夕焼けの影を落とす事務所が浮かび上がってくる。あの白昼夢ともしがたい出来事を体験した事が良かったのか悪かったのかは判断しかねるがきっとそれは『心』を揺り動かされた事に違いなかった。だからこそ、修司はその『心』に疑問を抱いたのだ。
「あの一種の感動はきっと本物だ。睡眠薬に見せられた感動だ。――少し薬やアルコールを入れてしまえばいとも簡単に落ちてしまう。そんな単純なものに執着するのか。どうしてそれほど重要視するのか甚だ疑問だね」
そんな修司を『コッペリウス』は反論するでもなくただ押し黙ったままやけにギラギラした双眸を差し向けるだけだった。
「まぁ、いいか。――『心』だったね?じゃあ、たくさんあるから少し見せてあげるよ」
修司が正面に差し向けるように腕を上げれば、その指の先に五芒星が浮かび上がる。それと同時に修司が呪文を――馴染みある言語に聞こえれば、又は覚えのない未知の言語にさえ聞こえる不可思議な言葉を唱えれば窓の欠片――ヒヤデスで作られた曇りガラスの破片が浮かび上がりその中に万華鏡のように様々な異世界の風景を映し出した。
――|『窓を開く』《マドヲヒラク》。どうしてそんな事ができるのか修司自身にも分からない。だが、出来てしまう以上は修司はそれを受け入れる。開け放たれた窓から異世界の風が吹けば僅かに修司の纏う雰囲気が俄かに変容したように思えた。それは修司の身体の主導権の譲渡。内に潜む数多の人格の1つにそれを委ねる。
「――お前は誰だ」
「“僕”は“僕”さ」
『コッペリウス』が機械仕掛けの砂時計を起動させるのと修司が行動に出たのはほぼ同時だった。修司が宙で印を結べば炎を纏う式神が『コッペリウス』が放った誘夢の時の砂を相殺する。かと思えば次の瞬間にはまるで弾丸のように数多のテニスボールが『コッペリウス』に向かって打ち放たれた。主人格である修司とはまた違う戦う能力を持った修司達。彼らが現れては引っ込んでを繰り返し『コッペリウス』に攻撃を加えて行く。全員がそれぞれ独立した別の『こゝろ』を持っている――確かに彼らは生きている。身体が無くとも確かに彼らは生きているのだ。謂わばこれは『こゝろ』を1つに纏めた総攻撃。まるで幾人が同時に攻め掛かっているかのように錯覚させられる程の連撃は室内の床に散らばる金属製の器具をカタカタと振動せしめ『コッペリウス』に攻撃を浴びせ掛ける。
「様々な世界の力――1つ1つの力はそれ程強くはないけど……これだけ入れば少しは効いたかな」
「――随分とやってくれるじゃないか。……『こゝろ』とはかくして肉体にも過度の影響を及ぼすものなのか」
差し向けられる拳銃。修司と白衣の男の視線が宙で切り結ぶ。『コッペリウス』が機械仕掛けの砂時計に手を伸ばしたその瞬間、雷の魔弾がその身体を撃ち抜いた。
大成功
🔵🔵🔵
天羽々斬・布都乃
◎苦戦描写歓迎
「あなたが黒幕ですね。
よくも私の大事な家族であるいなりを――」
『落ち着くのじゃ、布都乃。
激昂しては奴の『心』の研究とやらの思う壺じゃ』
合流できたいなりに諭され頭を冷やします。
ええ、あのような敵の思い通りにはなりません。
天羽々斬剣と布都御魂剣を構え、未来視の力を解放し――
『ぐ、ぐわああっ』
「い、いなりっ!?」
そんな、いなりが敵の医術器具による攻撃にやられて……!?
「――よくも、いなりを。許せません」
初めて感じるどす黒い感情のまま、神剣を振るいます!
●
『――布都乃、布都乃!
能力に飲まれるでない!
それは敵の能力と未来視が干渉して【望まぬ絶望の並行世界】がお主に見せておる偽の未来じゃ!』
積み上げられた手術台。床一面に散らばる医療器具。それらの異様な光景がこの場所で行われたであろう狂気の光景を想起させるように思わせる大部屋で天羽々斬・布都乃 (未来視の力を持つ陰陽師・f40613)と白衣の男――この事件の首謀者である『コッペリウス』は対峙していた。
「あなたが黒幕ですね。よくも――よくも私の大事な家族であるいなりを――」
『コッペリウス』を睨みつける布都乃の激高は普段の彼女からは想像しえぬ程に鬼気迫る程で今すぐにでもその二対の剣を以てして相手に斬り掛かるのではないかと思うには十分過ぎるものだった。そんな布都乃の近くには今度こそ式神いなりが寄り添っている。
『落ち着くのじゃ布都乃。あれは謂わば奴が見せた幻想――激高しては奴の『心』の研究とやらの思う壺じゃ』
いなりの言う通りに『コッペリウス』は激高する布都乃の様子をまるで観察するように伺っていた。布都乃はいなりの戒める声にまるで夢から醒めたかのようにハッとすると、怒りのあまりに我を失っていた事に未熟を感じ恥ずかしさを押し殺すと深く酸素を吸い込んだ。熱病に浮かされるように火照る身体に冷たい酸素が廻り、沈み込んでいた意識がハッキリと浮上する。
「もう大丈夫ですいなり。――ええ、あのような敵の思い通りにはなりません」
「怒りか殺意か……さて、次は何を見せてくれるのだろうか。私の研究を邪魔だてしたんだ。これぐらいは付き合って貰わないと困る」
好き勝手に弁を述べる『コッペリウス』に布都乃は返事を返す事もせずゆっくりと天羽々斬剣と布都御霊剣に手を伸ばす。UDCとは言え、元々は戦闘向きではない人間であった『コッペリウス』は布都乃から見ても付け入る隙は十分あるように見えた。『コッペリウス』が抱えた機器――まるで機械仕掛けの砂時計に見えるそれから砂を噴射したと同時に布都乃は未来視の力を解放し一気に勝負を決めようと剣を構える――
『ぐっ!?ぐわぁぁぁぁぁッッ!?』
「い、いなり!?」
突然響き渡った劈くようないなりの悲鳴。未来視の力なくとも想像してしまう最悪の未来――布都乃自身もまるで悲鳴に近い声を上げながらその声を辿ればそこには血に塗れぐったりとまるで物言わぬ人形のように床に横たわるいなりの姿があった。その近くにはいつの間にか移動していたのか赤黒の鮮血を滴らせる医療器具を手にした『コッペリウス』がつまらないようにいなりを見下ろしていた。――ああ、理由は分からないが、きっといなりはあの白衣の男の手によってあのような惨い目に遭わされたのだろう。そう理解した瞬間、布都乃は全身が粟立つように感じられた。胸の奥底から煮え滾るドス黒い感情が止め処無く溢れ出し気が付けば布都乃は二対の神剣を握り『コッペリウス』に向かって飛び掛かっていた。
「――反応超過。感情の昂りを確認した。これも『心』の作用によるものか。――さて次は」
「何をふざけたことを……!絶対に……私は絶対に貴方を許しません……!――うっ!?」
「冷静を欠いた動き程読みやすいものは無いな」
全力で振り払われた布都乃の一太刀。然し、それは『コッペリウス』を捉える事無く空を切る。怒りのままに振るわれた太刀筋は容易く『コッペリウス』に看破され、更には反撃さえ許し燃え上がるような痛みと共に布都乃に深い傷を刻んでいく。それを何度か繰り返せば床は血飛沫の玉模様を描き布都乃の身体は数多の裂傷に苛まれる。
『――布都乃、布都乃!能力に飲まれるでない!それは敵の能力と未来視が干渉して|望まぬ絶望の並行世界《アナザー・ストーリー》がお主に見せておる偽の未来じゃ!』
式神いなりが悲痛な叫び声を上げる。いなりの言う通り、先ほど布都乃が見た光景は『コッペリウス』の夢檻――眠気を促す時の砂の効果と布都乃の|望まぬ絶望の並行世界《アナザー・ストーリー》が悪い方向で一種の相乗効果を齎し見せた悪夢であった。つまり、布都乃は夢と現の境界が曖昧な状態での戦闘を余儀なくされていたのだ。
「いなり……?――はい、もう大丈夫です。少し、頭も冷えてきました」
全身を鮮血で濡らし、呼吸を乱しながら『コッペリウス』を睨みつけていた布都乃の表情が僅かに和らいだ。――刹那、先ほどまでとは打って変わって力強く正確な踏み込み動作から繰り出された一閃は今度こそ『コッペリウス』を捉えその白衣を鮮血で赤く染める。いなりの呼びかけか、それとも数多の出血が却って布都乃を冷静に至らしめたのかは分からないが、布都乃の家族を想う執念の一撃は見事に『コッペリウス』に届いていた。
大成功
🔵🔵🔵
都嘴・梓
【DE】
はぁーい、おっじゃまっしまぁっす!
…―ってぇ、エーセーカンキョー悪すぎじゃね
せめてこう、なんだろ…もーちょっと努力くらいはいるだろこれぇ
つーか、心だなんだって言っても、もーなんか気になってしょーがねー!って、それ自体こころじゃね?
つか、ヒヨムラサン不眠なの?寝たほーがいーよぉ、どーせ仕事で大して寝れねぇし
ま、自分の気持ちに気付けねーのは良くないよ。ねぇ?ヒヨムラサンも思うよねぇ
―ということで、定刻です
では、執行のお時間ですUC
行きなさい。止まったなら同胞を踏み潰し越えて、“アレ”の喉笛に食いつき押さえろ
はは
嫌ですね、私はこうい者ですよ(併用UC黒密手帳の綴り文字
(砂時計の紋章を描き使用
鵯村・若葉
【DE】
心なんて不明瞭なものは、どんな環境でどれほどサンプルを集めようと無意味。
とはいえ、これは流石に。
答えがないから探究する。
思考に沈む。
答えが分かってしまってはそれも出来ない。
――先生はそれで良いのですか?
……お心遣い感謝いたします、都嘴さん。慣れていますから問題ありません。
先生のおかげで一時間弱は眠れた気がしますし。
ええ、先生が最も心を見失っていらっしゃるかと。
――では、我々も業務を進めましょう。
先生、都嘴様の手帳に記録が済むまでどうかお静かに。
鎮静剤代わりの血は差し上げます(UC)
おや、先生も眠気が?
『どうぞごゆっくりお休みください』
と囁き、ナイフを突き立てましょう(併用UC【呪言】)
施設最上階の最奥――時折明滅するランプと開け放たれた扉。その招待に嬉々として飛び込んだ都嘴・梓 (|嘯笑罪《ぎしょうざい》・f42753)はその先に広がっていた雑然とした――仄かに死の臭いを感じさせる部屋に大袈裟に眉を顰ませ探るように視線を泳がせる。蓄積された負を覆い隠すように陰る部屋に窓から差し込む光が却って部屋の異常を際立たせている。
「はぁーい、おっじゃまっしまぁっす!……――ってぇ、エーセーカンキョー悪すぎじゃね?せめてこう、なんだろ……もーちょっと努力くらいはいるだろこれぇ」
梓が辟易したように継ぐ言葉に迷っていると白衣の男――『コッペリウス』が応えるようにして口を開いた。
「何も支障などないからな。無駄な労力を使う必要などないさ」
「――そりゃ、失礼いたしましたぁ」
梓の後に続き、この部屋の惨状――数多の治験に使われてきたであろう積み上げられた墓標のような手術台と散乱する器具類を目に鵯村・若葉 (無価値の肖像・f42715)は常軌を逸脱した狂気と――憐れみにも似た感情を覚えた。
「心なんて不明瞭なものは、どんな環境でどれほどサンプルを集めようが無意味――とはいえ、これは流石に……」
砂漠に落とした一粒の砂を求める方がまだ望みを抱けるような――それは幽世の石積にも似た所業。それに固執する彼の者は狂気にも哀れに思えた。
「愚かだと思うか?思いたければ勝手にしろ。私はただ知りたいだけだ。私の研究には必要なんだ、『心』を知ることがな」
淡々と捲し立てるように言い放つ『コッペリウス』に梓と若葉はどうしたものかと顔を見合わせる。梓がこれはお手上げだと言わんばかりに肩を竦め、悪戯っぽく笑みを浮かべれば、それに同意するように若葉は思慮するように瞼を伏せた。
「はぁ、小難しいことおっしゃるねぇ。つーか、心だなんだって言っても、もーなんか気になってしょーがねー!ってそれ自体心じゃね?」
「――要領を得んな。曖昧なままでは駄目だ。『心』というものを定義しその存在を証明せねばならない。その為の治験をたった今、お前らに台無しにされた所だがな」
『コッペリウス』はボサボサの髪を苛立ち気に掻き毟りながらそう吐き捨てる。梓が、どうしましょと言いたげに若葉に視線を送ればその視線が交差し若葉は静かに頷いた。そして若葉が口を開けば透き通った鈴の音が遠慮気味に室内に鳴り響いた。
「答えがないから探究する。思考に沈む。答えが分かってしまってはそれもできない。全て終わってしまう――先生はそれで良いのですか?」
「――何が言いたい」
『コッペリウス』の眉尻がピクリと痙攣する。苛立ちながらも冷静を装っていたその瞳にその時初めて憎悪が滲んだ。井戸の底のような昏い瞳孔から明白な怒りが溢れ出していた。
「不眠の気があると言っていたな。君であれば利害が一致すると思っていたが残念だよ」
『コッペリウス』が苦々しくそう零せば真っ先に反応したのは若葉ではなく梓だった。
「えー?つか、ヒヨムラサン不眠なの?寝たほーがいーよぉ、どうせ仕事で大して寝れねぇし」
いつもと変わらぬ飄々とした口振りではあったが確かにその瞳には若葉の身を案ずる色が混じっていた。若葉もその事に気が付き、ふと柔らかく儚げな微笑でそれに応える。
「……お心遣い感謝いたします、都嘴さん。慣れていますから問題ありません。――先生のおかげで一時間弱は眠れた気がしますし」
敵の策略である治験の強力な睡眠薬。それが僅かながらでも確かな睡眠を齎してくれたのは何たる皮肉だろうか。そんな事を考えながら若葉は梓と共に『コッペリウス』を見遣れば彼は時折髪を描きながら背負った機器の表面を苛立ちを紛らわすように断続的に叩いていた。
「ま、自分の気持ちに気付けねーのは良くないよ。――ねぇ?ヒヨムラサンもそう思うよねぇ」
「ええ、先生が最も心を見失っていらっしゃるかと」
2人は真っすぐに前を見据えながらそのお互いの横に立って言葉を交わす。
「もう御託は十分だ。だいぶ予定時間を過ぎてしまった。――治験を再開しよう」
それは則ち開戦の合図。それと同時に梓の顔からはあの飄々とした笑みが消え去り鋭い影を落とす。それを横目に若葉はふっと息を零し僅かにその口角を上げた。
「――という事で定刻です」
「――では、我々も業務を進めましょう」
先ず動いたのは梓だった。梓は一歩二歩と前に出るとまるで従者を呼び出すように手を打ち鳴らした。――招かれる者は|影より来る《テノナルホウヘ》。
「では、執行のお時間です。――行きなさい。“アレ”の喉笛に喰らい付き抑えろ」
梓の呼びかけに応えるように影の警察犬が飛び出し勇猛果敢に『コッペリウス』目掛けて飛び掛かって行く。『コッペリウス』も対抗し、背負う機械仕掛けの砂時計型装置――時の砂時計を以てして夢現の眠りへと誘おうとする。ぐらりと大きく揺れ動きが緩慢になる影の犬――だが、背後から別の影が飛び出しそれを踏み潰してなお『コッペリウス』の喉元へと飛び掛かる。
「畜生如きが目障りな……!」
喉へと迫る影の牙を腕で阻み力任せに張り払う。その刹那、視界に意味深な微笑を浮かべ黒革の手帳を開く梓の姿が映ったかと思えばその目の前に若葉が飛び出してくる。若葉の虚ろな灰色の瞳が覗き込む――かと思えばその血色の薄い唇が囁くように動いた。
「先生、都嘴様の手帳に記録が済むまでどうかお静かに――さて、お口に合うと良いのですが――」
葡萄酒のような紅い液体が飛び散った。――|怪異酩酊《タンデキノミツ》。それは人ならざる者を惑わせる甘美の血。古びた室内灯の光を浴びて呪われた宝石の如き煌めきを放つそれを浴びた『コッペリウス』はそれまでの苛立ちが薄れ、まるで酩酊に堕ちるように己の中に微かに多幸感が生まれてくるのを感じていた。――これはなんだ?――この感情はなんだ?……もしや、これこそが――そんな気の迷いを払うように若葉を突き飛ばした『コッペリウス』は自身が今感じている感情に戸惑いつつも吐き捨てるように言い放つ。
「小賢しい真似をしてくれるな。底知れぬ真意――ハッ。なんて事はない。お前達こそ怪物ではなかったのではないか」
肩で息をしながらも『コッペリウス』は皮肉気に若葉を――その向こう側に見える梓を睨みつける。不気味な静謐の底にあるような部屋の空間を切り裂き貫くようなその視線を受けながら梓はそれに唇の端を僅かに吊り上げ、目を細めて応える。
「はは、嫌ですね。怪物だなんて心外な――私はこういう者ですよ」
梓は黒革の手帳を開き、『コッペリウス』にその内側の頁が見えるように提示する。それは|黒密手帳の綴り文字《ハナイチモンメ》。開かれた頁には砂時計の紋章が描かれている。それを目にした瞬間、『コッペリウス』の身体は大きくぐらりと揺れ、危うく倒れそうになる。梓は影犬と若葉が『コッペリウス』を引き付けている間に彼の者のUCを呪文として記録し自らの力として操ってみせた。
「おや?先生も眠気が?」
「何をした貴様ら――」
足の覚束ない『コッペリウス』に若葉はまるで病人を恭しく介抱する付き人のように近づくとその耳元に唇を寄せ呪いまじりの吐息を吹き掛けるようにして言葉を囁いた。
「きっとお疲れなんでしょう。どうぞごゆっくりお休みください」
甘美な囁き。遠のく意識。若葉の言葉に徐々に戦意すら削がれてしまいそうになるのを『コッペリウス』がなんとか踏み止まろうとしていると、胸の辺りに激しい熱さを感じ、墨黒の鮮血が流れ床を汚した。気が付けば、『コッペリウス』の胸にはナイフが深々と突き立てられていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
黒江・式子
◎◯
噴き上げた茨で壁を作り、降り掛かる砂を防御
茨の根が沈む足元の影さえガードしておけば、あとは茨の動きを鈍らされる都度に新しいものを延ばせば良いだけです
拳銃を撃ちつつ、照明を壊すか、敵が照明を背に立つように誘導
光源が一つなら影は散らず、私の方へ真っ直ぐ延びる
敵の影を茨で捉え、活力を奪い動きを止めたところに拳銃で追い撃ちを
あなたの |執着《こころ》も私の|決意《こころ》も、結局は似た様なものです
(人を衝き動かす|活力《エネルギー》
|怪物《翳喰らい》の前では等しく餌に過ぎない)
違うのは手放したくない|理由《意思》の強さだけ
……そこだけは自信がありますので
「――あと少しだ。あと少しで何か掴める筈だ」
口元の血を拭いながらよろけるようにして立ち上がった白衣の男『コッペリウス』。彼は正気ではないような様子でブツブツと何かを呟きながらその静かな狂気に濁った灰色の瞳を黒江・式子 (それでも誰が為に・f35024)へと向けた。
「――これより治験は最終段階へ入る。さぁ、付き合ってくれ」
「決着を付けるのは同意ですが、このような治験に付き合わされる事は承諾しかねますね」
式子のぼんやりと――それでいて揺るがぬ意思を宿しているように思われる瞳はただ真っすぐに『コッペリウス』を捉え、そんな彼に向かって拳銃の銃口を差し向けたままにその動向に警戒を巡らせる。式子と『コッペリウス』のお互いの視線が宙で切り結び火花を散らすような緊張感の中、先に動いたのは『コッペリウス』だった。
「眠れ――さもなければ抗ってみせろ。『こころ』とやらを見せてみろ」
『コッペリウス』の背負う機械仕掛けの砂時計がまるで汽笛のような起動音をけたたましく響かせると、砂時計の中に流れる時の砂を式子に向けて――部屋そのものを砂で埋め尽くすと言わんばかりに撒き散らす。その光景を目の当たりにした式子の瞳が俄かに鋭く細められた。
「ここが正念場――やるしか、ない……!」
式子を何かを呟くと、彼女に付き従う足下の影が水面のように僅かに揺れたかと思うと影は途端のその領域を広げ荒れ狂う海のように躍動したかと思えば式子の頭上を覆うように影の茨がその中から噴き上げ、降りかかる時の砂から式子を守った。その様はまさに|眠れる茨棘の城《ネムレルイバラノシロ》。時の砂はまるでその茨をも眠らせるようにその動きを鈍らせていく――が、その都度に更にその影の茨を覆うように式子の足元から新たな茨が伸びグングンとその領域を広げて行く。
「残念でしたね。影はその根源がある限り決して眠りません」
「小癪な……」
式子の足元。その影の底に沈み張り巡らせた根が無事である限り実質的に伸ばす影は相手の干渉を受けない。式子は己の足元の根の護りを強固に固めた上で立ち回り戦いを有利に進めて行く。そして一先ずは『コッペリウス』の攻撃を凌ぎ切ったと判断すると即座に拳銃の狙いを定め直すと間髪入れずに『コッペリウス』に向けて銃撃を繰り出した。
「――チッ」
室内の淀むような空気を散らすように響く銃声。影の茨が絡み合うその隙間を縫うように飛び込んで行く銃弾は『コッペリウス』の白衣の繊維を散らし、その背後の台に置かれた薬品のガラス瓶を粉々に打ち砕いた。続けて放たれる弾丸から逃れる為に移動する『コッペリウス』を追うようにその背後の機材や照明を弾丸が穿ち打ち砕いていく。
「――どうした?その大層な影越しでは狙いが定まらないか?」
弾倉を打ち尽くし新たに装填する式子を前に『コッペリウス』は漸く立ち止まり肩で息をしながらも煽るような言葉を発する。――が、彼が自身の身体の異変に気が付いた時にはもう既に遅かった。
「お時間を取らせてしまいすみませんでした。――ですが、これで準備は整いました」
「貴様……何をした……?」
身体がまるで鉛のように重い。思考が霞みがかったようにぼんやりとして身体に力が入らない。『コッペリウス』が見たのは目の前に伸びるように地を這う自分の影と、それと重なる式子の伸ばした影の茨だった。今までの射撃は『コッペリウス』を移動させる為に謂わば牽制。更に彼の後方に位置する物以外の照明を破壊して彼の影が真っすぐ式子の方へ延びるように誘導したのだ。
「なるほど……そういう事だったか……」
「ご察しの通り誘導させて頂きました。これで――終わりです」
「それで勝ったつもりか?私はまだ――『こころ』を解明するまで終わる気はない。私は――」
室内が明滅し銃声が響き渡る。機械仕掛けの砂時計を再び作動させようとした『コッペリウス』の手を式子は拳銃で撃ち抜き、更に間髪入れずに続けてその身体に数発の弾丸を撃ち浴びせればその白衣を鮮やかな赤色で染め上げた。
「『こころ』――本当はあなたは知っているのでは?あなたの『|執着《こころ》』も私の『|決意《こころ》』も、結局は似たようなものです。然し――』
『こころ』とは謂わば人を衝き動かす活力だ。それが怒り、悲しみ、喜び――如何なるものを孕んだものでもその根本は変わらない。|怪物《翳喰い》の前では等しく餌に過ぎないものなのだろう。だがそれでも決して譲れない――譲ってはいけない最後に残るものが『こころ』と呼ばれるものなのかもしれない。
「それでも、決定的に違うのはきっと手放したくない|理由《意思》の強さだけなのでしょう」
「――やはり『こころ』というものは理解し難いな。抽象的で曖昧で――調査を続ける必要がありそうだ。――そんな存在するかも分からないものにお前は確信を持っているのか?」
「――ええ、そこだけは自信がありますので」
最後の銃声。それは治験終了の合図。開け放たれた窓から広がる空にはちぎれ雲がただ緩やかに泳いでいた。
大成功
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