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いずれ花開く姫

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花乃宮・百合姫





 花乃宮・百合姫(平安貴族(従五位下)の百華隊の陰陽師・f42926)――かつてはカキツバタと呼ばれた彼女は、結界を守るため、寝殿造で暮らしている。
(今日の予定は……)
 百合姫の漆黒の髪を梳く侍女に目を向ければ、侍女は優美な仕草で百合姫を見やる。
「百合姫様。本日の御用は覚えておいでですか?」
 問いかける声はどこか冷たくも聞こえて、百合姫の心には不安が去来する。
 ――|百華隊《ひゃっかたい》に所属していた時には想像もしなかった日々は、緊張の連続。
「……今日は貴族としての立ち振る舞い、勉強、でございます」
「……」
 ぎこちなく返す百合姫の言葉に、侍女は意味ありげな沈黙を。
「……本日は歌合と蹴鞠でございます」
 勉強、と曖昧だった言葉に補足を加えつつ、侍女は百合姫の身体に衣を重ねる。
 春へと移ろう季節を示すように、衣はどれも淡色。
「これは……とても美しく、素敵で、……ございます」
 侍女が選んだ彩りを褒めようと口を開く百合姫だが、語彙に乏しい彼女ではそれも難しい。
「……。そろそろ参りましょう」
 そんな百合姫をじっと見つめて、侍女は静かに立ち上がった。
 合わせて百合姫も立ち上がる――と、何重にも重ねられた衣の重みが、ズシリと肩にのしかかる。
(とても動きづらい……)
 自然と背中が丸まりそうになって、侍女の目を受けて慌てて姿勢を伸ばす百合姫。
 今の百合姫がカキツバタだった頃、存命の百合姫はいつだってしゃんとした姿をしていた。百華隊の少女らの憧れでもあった彼女は、今の|百合姫《カキツバタ》と同じ貴族服を纏っていたはずだが。
(任務の服はとても動きやすかった……)
 かつての普段着を思い出しつつ、百合姫は侍女の背中を追って廊下に出る。

 蓮華殿の変を経て、本物の百合姫は命を落とした。
 混乱の収束のため、カキツバタは百合姫に成り代わって暮らしている……これは、僅かな侍女と教育係にしか知られていないこと。
 表向きはカキツバタは命を落としたことになっているし、百合姫は病で臥せったことになっている。
 病が治った――ということにするまでに、|百合姫《カキツバタ》は、本来の彼女が持ち合わせていた教養を身に着けなければいけないのだ。

 そう気合を入れ直した百合姫は、小さく声を上げてつんのめる。
 ぴかぴかに磨き上げられた床の上、広がる単の裾を踏んだのだ。
「あ……」
 侍女に置いて行かれまいと急ぎ足だった百合姫の身体はストッパーが効かない。
 つるっと足が滑り、視界が斜めに傾いだ――次の瞬間、百合姫は廊下に倒れこんでしまっていた。
「いたた……でございます……」
 慌てて丁寧な語尾を付け足すが、かえっておかしなことになってしまい。
「はあ……お怪我はございませんか?」
 小さく溜息をついて、侍女は百合姫を起こすのだった。



「では、自由に詠んでみましょう」
 和歌の教師を務める女性に微笑みかけられて、百合姫は真っ白な短冊に目を落とす。
「自由に書く……でございますか……」
 生まれた時から貴族階級で、和歌に親しんできた教育係からすれば事もない話だろう。
 だが、孤児であり教養に乏しい百合姫からすれば、抽象的な言葉に困惑するばかり。
 |硯《すずり》の黒と紙の白を見ては目を白黒させる百合姫をじっと見つめる教育係は「では」と言って、庭園に顔を向けた。
「この庭を伝える気持ちで詠んでみましょう」
「庭、でございますね……」
 言われるままに庭園を見る百合姫。
 丁寧に手入れが行き届いた庭は見ているだけで美しい……のだが、そこにある草木の名前がひとつも分からないので、和歌に出来る言葉がひとつも思い浮かばない。
(何か、書いてみるといたすのです……)
 おそるおそる筆を執り、短冊の上の方に『みどり』とだけ書いてみる。
 見えたものをそのまま書いただけで、続きはひとつも思いつかない。
 そんな百合姫の心情を移したかのように文字はヘロヘロで、『みどり』なのか『むとい』なのかも曖昧だ。
「あ、墨が……」
 呆然と考えているうちに、筆に含ませすぎた墨が伝って、短冊に黒い線が走る始末。
 上の句すら作れないまま時間は過ぎて、侍女の迎えが来てしまう。
「……き、気長に努めましょう……」
 ひきつった顔の教育係は、そうフォローを入れるのがやっとだった。


 今度は蹴鞠の時間が訪れる。
「蹴鞠にも作法がございます」
 教育係はそう言いながら、蹴鞠を始めるまでの一連の作法も教える。
「ふ……ふくらを上下にして……?」
 教育係の手つきは流麗だからこそ、初心者には手順が早すぎる。
 これでもゆっくりした動作なのだが……それでも、百合姫はついていくだけで精いっぱいだ。
「――では、どうぞ」
 説明を終えた教育係が、とんと鞠を百合姫の足元に置けば、それだけで頭はパニック。
「け、蹴るでございます……!!」
 百合姫は気合十分に足を振りかぶり。

 ドゥッ……!!

 鈍い音を立てて足が鞠を捉えて。
 鞠は、庭を超えて生け垣へ突っ込み。
 更にその先の塀にぶつかって、衝撃に破裂した。

「……やってしまったでございます……」
 あまりの事態に呟く百合姫に、教育係は頭を抱え。 
「何という非足……」
 そう絞り出すのがやっとであった。


「百合姫様の御様子はいかがでしょうか」
「まだ人前に出すのには教養が足りませぬ。今は病に臥せっているということで通していますが……」
 侍女と教育係がひそひそと相談する傍ら、百合姫は肩身が狭く佇むばかり。
「やはり、百合姫様の代わりとなるには――」
 難しいのでは、と気遣うような視線を向ける教育係に、しかし百合姫はかぶりを振る。
「いえ、必ず成し遂げるんです」
 元の百合姫とは似ても似つかない、拙い言葉ではあったが。
 そこに宿る意志は、何よりも強いもの。
「私は……百合姫様の命をこの世界に残してみせるです」
 真剣な眼差しで応えて、|百合姫《カキツバタ》は姿勢を正す。
 筆の持ち方も、鞠の蹴り方もままならない。
 だとしても、百合姫を継げる者が自分ひとりしかいないのだから、|百合姫《カキツバタ》がそれを諦めることは出来なかった。

 彼女は真の貴族となるのは、まだまだ先のことであった――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年03月26日


挿絵イラスト