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エンジェル・ノーズアート

#クロムキャバリア #ノベル #猟兵達のバレンタイン2024 #レンブラント・ラダー

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#猟兵達のバレンタイン2024
#レンブラント・ラダー


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ファルコ・アロー




●空に蓋あり
 暴走衛生|『殲禍炎剣』《ホーリー・グレイル》によってクロムキャバリア世界から広域通信網が失われて久しい。
 高速飛翔体は尽く、『殲禍炎剣』の砲撃にさらされ撃墜される。
 それだけで済むのならば人は危険を冒してでも飛翔を続けたかもしれない。
 しかし、暴走衛生より放たれる砲撃は小国家一つをたやすく滅ぼす。
 その脅威は、クロムキャバリアの空を完全に覆う蓋そのものであった。
 誰も飛ぶことを許されず、また空の彼方を目指すことすら封じられたのだ。
「あ~やってられねぇです……」
 金色の髪が風に棚引く。
 頬を撫でる風はこんなにも自由なのに、己は何一つままならない。
 ファルコ・アロー(レプリカントのロケットナイト・f42991)は深い、深いため息を付く。

「どうしたよ、ファルコ。そんな溜息ついてよ」
 彼女はレプリカントである。
 超硬合金の骨格を持つレプリカント。体内に様々な機械を内蔵している人間大の存在。それが彼女である。
 そんな彼女に声をかけたのは所属する部隊の隊員の一人だった。
 年上の男。
 いや、ファルコからすれば、大抵の隊員は年上である。
 ぐりぐりと頭を撫でるような、こね回すようにされながらファルコは苛立つような声を上げる。
「やーもー! やめろくださいよ!」
「ハハハッ、悪い悪ぃな。だがよ、そんな辛気くせー顔されてるのも部隊の士気に関わるってもんだ」
「ボク一人の顔がなんだってんですか!」
 本当にそうだ、とファルコは思っただろう。

 けれど、荒くれ者と言ってよい隊員たちの中にあって自分は確かに場違いな隊員だろう。
 如何にレプリカントだからと言っても幼い少女にしか見えない。
 でも、彼女のスタイルと可愛らしい顔立ちは、この舞台にあって必要な癒やしであり、同時にマスコットでもあった。
 彼らが駆るキャバリアにはコーションマークに紛れて彼女のグラフィティが描かれている機体だってあるようだった。
 それくらいにはファルコは部隊員から愛される存在だったのだ。
「今日は慰安の日だろ? そんなんじゃ癒やされないぜ?」

 ぐむ、とファルコは苦虫を潰したような顔になる。
 わかっている。
 わかっているのだ。
 確かに己の身体は超硬合金でできている。戦うために生まれたような存在である。
 けれど、だ。
 なんの因果か。
「その身体は空を飛ぶことさえ許されねぇんだからよ」
 隊員の言葉はファルコを傷つけるつもりのものではなかった。
 けれど、慰めというにはあまりにもファルコの中で、己が機能……即ち、航空戦力としての力は大きな穴だったのだ。

 そう、ファルコは航空戦力としての機能を持つレプリカントだった。
 空を飛ぶ。
 言うまでもないが、それはこの世界において破滅を意味する。
 ファルコの性能を十全に引き出した瞬間、彼女はこの世界から消え去る。それも他を大きく巻き込む形で、だ。
「……わかってますですよ」
「まあ、なんだ。それでも役割があるってことは喜ばしいことだと思うぜ?」
 むすっとしてしまうのは仕方のないことだった。
 というか、この格好が嫌なのだ。

「でも、それでも、これは『無い』ってわかりますですよ、こんちくしょう!」
 ファルコの服装はメイド服を改造したようなフリフリたくさんついた可愛らしいものであった。
 普段からこのような格好をしているわけではない。
 小国家間の争い絶えぬクロムキャバリアの世界にあって、なんでこんなものが、と思う。
 頭おかしいんじゃないか、と。
 けれど、ファルコの姿を認めた隊員たちは沸き立つ。
「おお、今年は去年より良いじゃん!」
「どっから持ってきたんだよ、そんなもん! 誰の趣味だぁ?」
「バレンタインだからって、奮発したんかよ。ほら、ファルコ、笑顔、笑顔だぜ~?」
 隊員たちはお披露目されたファルコの姿に黄色い声と口笛を鳴らし、盛大に騒ぎ立てる。

 慰安イベント。
 当然、部隊のマスコットキャラクターと化しているファルコの役割である。
 普段の彼女は雑事や運搬などを担っている。
 けれど、どうしたって己の性能を十全に発揮して戦えない彼女は引け目も感じていたのだ。
 戦うことしかできない駆体。
 なのに、戦うことを許されない性能。
 それを持ちえてしまったことが彼女の不幸であったことだろう。
「このやろーどもー! いいから一列に並べです!」
 彼女の手には編み上げバスケット。
 その中にはバレンタイン、と隊員たちが言っていた言葉通り、配給のチョコレートのパッケージが入っている。
 飾り気もない戦闘糧食に近しいチョコレートである。
 確かに、それではあまりにも味気ない。

 そう思ったファルコの所属する部隊の隊長は考えたのだ。
 なら、かわいいファルコから配らせれば隊員たちはやる気を出すのではないか、と。
 その目論見は数年前から始まっていた。
 毎年恒例となったファルコからのチョコレートは、またこれから一年を生き残ろうと奮起する理由になっているのだろう。
 部隊の生存率は極めて高い。
 故に、歳を重ねる事に衣装が豪華になっていっているのだ。
 ファルコからすれば、無駄に、というところであろう。
「ヒュー! 待ってました!」
「これでまた一年間戦えるぜ! 去年の分が漸く食える!」
「なんで一年も大事に取ってやがるんです!? 今食べろ、です!」
 隊員たちは大騒ぎである。
 
 ファルコからチョコレートを受け取った者は小躍りしているし、さらに。
「ぎゃんっ!?……って、今なんかおしり触ったヤツいるですね!? 何してくれてんですか!」
「いいじゃねーか。これくらい。ほれ、気合入れてんだよ。縁起ものってやつだよ」
「そうそう。バレンタインの日にファルコの尻を叩くと一年間銃弾が避けていくって有名なんだぜ?」
 戦場のジンクスであろう。
 よく聞く話ではある。
 けれど、それで己がお尻を叩く理由になるか? なるわけがないのである。

「ば、ばっかじゃねーの、です!? せ、セクハラです!! 隊長!!」
 ファルコはそばにいた隊長に抗議する。
 毎回毎回、そうでなくてもマスコットキャラクター故にファルコは荒くれ者たちのからかいの対象になっていたり、こうした軽いセクハラめいた行いにさらされているのだ。
 だが、隊長は渋い顔のままであった。
 そして、無駄によい声で言ったのだ。
「俺は何も見ていないが? 本当に? 触られたのか?」
 もし、それが本当ならば大変なことだと隊長は厳しい顔をする。
 軍法会議だ、と。
「気のせいじゃあないか? そもそもだ。諸君らは我が隊の幸運の象徴にして女神たるファルコにふらちな行いをしたというのか?」
 その言葉に隊員たちは一様にビシッと敬礼してみせた。

「いいえ、サーッ! これはスキンシップの一貫であり、同時に我々からファルコに対する敬意でありますッ!」
「そうであります、サーッ! この一年間、ファルコのお陰で我が隊の損耗は極端に低くなっております!」
「そのため我々はファルコに対して敬愛の念すら抱いているのであります! サーッ!」
 口々に軽口めいた、言い訳にもならないバカバカしいくらいの言葉を叫ぶのだ。
 ファルコからすれば、己の名前を盛大に叫びながら何言ってんだと思うばかりである。
「ば、ばばば、ばっかじゃねーの、です!? そんな言い訳通る分け、ないですよね、隊長!?」
「なるほど……お前達、ファルコにそこまで敬愛の念を……」
 くっ! と隊長は目頭を抑えた。
 眦にきらりと輝くものがあったように思えた。
 無論、嘘泣きである。

「お前達! 今日は期限の近い糧食の開封と消費を命じる!」
 隊長の言葉に隊員たちは歓声を上げる。
 なんてマッチポンプ。
 なんて茶番。
 ファルコは頭を抱える思いであった。
 なんでこんなに内の部隊は馬鹿ばっかりなのか、と。
 だが、同時に愛すべき馬鹿たちだとも思ったのだ。彼らは性根の良いものたちばかりだ。
 どう考えても役立たずのレプリカントたる己を部隊に置いてくれている。

 その引け目を感じさせないように、あえてこのように振る舞っていることもわかる。
 だからこそ、余計に己が役に立てないことを心苦しく思うのだ。
「あ~っ! もうっ! わかりました! わかりましたから!! いい加減、そういうノリやめてくだ……――」
 毎年こうやって押し切られてしまうのだとわかっていたのだ。
 けれど、彼女が諦め切った瞬間に警報が鳴り響く。
 緊張が一瞬で部隊に走り抜ける。

 それまで馬鹿騒ぎに興じていた隊員たちの顔が引き締まり、隊長は即座に号令を放つ。
「総員! 戦闘配備につけ!」
 その言葉と共に隊員たちが次々とキャバリアへと乗り込んでいく。
 この世界において戦場の花形はキャバリアだ。
 警報が鳴り響けば、即座に動く。
 土煙を上げて鋼鉄の巨人達が立ち上がる。 
 アイセンサーが剣呑たる輝きを放ち、敵の襲来を見据える。

「どうやら国境を越えてきた馬鹿共がいるらしい。せっかくのお楽しみを邪魔されたのだ。わかっているな、お前達!」
「サーッ! 目にもの見せてやりますよ!」
「ったく、こんな日くらい敵さんも休暇を取っていればいいものをよぉ!」
「ハッ、向こうにはチョコ配ってくれる女神がいないと見える」
「なら、こっちは女神がついているってことだな!」
 隊員たちの奥面もない言葉にファルコは顔を真っ赤にしてしまう。

 役立たずなのに。
 こんな自分なのに。
 それでも彼らは己に居場所をくれる。
 不器用なやり方しかできない。戦いばかりの世界であるから、それしかやり方を知らないのだろう。
 それはファルコも一緒だ。
 己は飛ぶことに性能の殆どを取られたレプリカント。
 本当なら、この世界の何処にも居場所はない。
 なのに。
「馬鹿ばっかりでいやがるです」
 つぶやく。
 けれど、それは嫌ではなかったのだ。

 いや、やっぱりヤだな。
 この衣装もそうであるが、セクハラと誂いをもうちょっと控えてくれたら素直に言えるのに! とファルコは思うのだ。
「そんじゃま、サクっと連中を片してくらぁ! 待ってろよ、ファルコ!」
「いや、ボクも出撃しますからね!?」
「ファルコは後方!」
「ボクだって戦えます!」
 具体的にはロケットパンチや目からビームを放ったりと、キャバリア相手でも……。
 そう言うファルコは、しかし戦場ではやはり機動力が足りない。
 迫る敵キャバリアから放たれる火砲、火線が爆風を引き起こし、煽られるようにして彼女は逃げ惑う。

「ピィッ!? あ、あっぶなっ!? えっ、今のやばくないですか!?」
「だから言ったろ! 下がれって!」
「ピェェッ!?」
 寄生を上げながらファルコは逃げ惑う。
 これもいつもの光景である。
 戦場に出れば、ポンコツが加速する。それを部隊員たちがフォローする。
 それは一見すれば、彼女が味方の足を引っ張っているように見えただろう。
 けれど、その実情は異なる。

 彼女の動きは体高5m級の戦術兵器が闊歩する戦場において、極めてイレギュラーな存在として敵に認識される。
 生身単身そのものたるレプリカント、ファルコ。
 彼女の存在は、敵にとっては不気味そのものである。
 故に敵は彼女を脅威として……誤った認識を覚えてしまい、その隙を部隊のキャバリアが撃滅していくのだ。
「おっしゃ、スコア2!」
「負けてられるかッ! いくぞ!」
 そう、彼女の存在は確かに機能しているのだ。
 ファルコ自身は己の性能が十全に活かせぬことに引け目を感じて、そうは思っていなくても。
 結果的に部隊の生存率を上げているのは彼女だったのだ。

「無茶な突撃はやめ……って、ヒエェッ! あっ、服燃えっ、燃える、です!?」
 あ~あ、と部隊員たちはファルコが戦場を火のついたたぬきのように走り回る姿を見やり、笑う。
 戦場にあっては場違いな笑いだった。
 けれど、それでいいのだ。
 この争いばかりの世界にあって、彼女の存在が齎すものが確かにある。

 それはバレンタインのチョコレートと同じように争いの最中にある者たちの心に訪れるのだ。
「ヒィィン……もう、バレンタインはコリゴリです!」
「ダメだ。帰投次第、衣装チェンジだ」
「バカなんです!?」
 そんなファルコの尊い犠牲があることは言うまでもないけれど。
 彼女の慌ただしくも、存在意義満たす日々は続いていくのだった――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年03月24日


挿絵イラスト