いつだって幻朧桜が満開に咲きほこる世界、サクラミラージュ。
春は勿論、夏でも秋でも……そして今のような、冬の季節だって。
常桜の世界には、はらりひらり、粉雪と共に桜花弁が舞い踊っている。
そんな桜と雪が降る中、クリスマスの夜でも、いちばんの友である彼等は変わらない。
「せーちゃん、次はどこに連れてってくれるんかの~?」
「ふふ、随分と酔っているようだが、もう1軒行けるか? らんらん」
「わし、酔ってなどおらんよ~? つぎいこ、つぎ!」
「では、この近くに主行きつけであった店がある。そこに参ろうか」
「しーちゃん行きつけなら、うまい酒が飲めそうじゃな~。せーちゃん、いざまいろう!」
飲み屋のはしごして、すでにちょっぴり出来上がり気味の終夜・嵐吾(灰青・f05366)は、尻尾をゆらゆら、ご機嫌である。
そして、そんなふわもふな友の尻尾を何気にガン見しつつも、嵐吾と同じ量の酒を飲んでいるはずの筧・清史郎(桜の君・f00502)は、いつもと変わらずにこにこ。
主であった作家行きつけの店へと、るんるんの嵐吾を伴って向かうことにする。
それから赴いた店でも、美酒美食をわいわいきゃっきゃ楽しんで。
折角のクリスマス、存分にふたり酒盛りをしていれば――。
「らんらん?」
清史郎は友の名を呼び、そしてぱたりといつの間にかテーブルに顔を伏せているその姿を見て。気持ち良さそうにすやぁと健やかに寝てしまっている嵐吾の様子に、にこにこ。
「酔い潰れて寝てしまったか」
いや……正確に言えば、存分に酔わせて寝かせた、と言った方が正しいかもしれない。
何せ、清史郎は密かに、友のために考えていたのだから。
いわゆる――クリスマスサプライズ、というものを。
そうとなれば、ささっと御代を支払って。
ちょっと寝てしまった嵐吾を抱えて運ぶのは重いけれど。
でもそれも想定して、これから行く目的地のすぐ傍のこの店を選んだのだから。
清史郎はすややかに寝ている嵐吾を抱え、店をあとにして早速向かうことにする。
嘗て主であった作家、櫻居・四狼が生前建てた、様々な趣向が凝らされた別荘へ。
それから、どれくらい時間が経っただろうか。
「ん……せーちゃん?」
薄らと瞳を開いた嵐吾は、一緒にいるはずの友の名を呼びつつ身を起こして。
きょろりと周囲を見回してから、お耳をぴこり。
「ここは一体、どこなんじゃろうか……せーちゃんと確か、一緒に飲んでおったはず……」
琥珀の左瞳に映る風景は、全く知らぬ部屋の中であったのだから。
共にいたはずの清史郎の姿もなく、首を傾けていれば。
「ん? これは……手紙じゃろか?」
――らんらんへ。
そう見覚えのある達筆な字で書かれた、極彩色の封筒であった。
それを首を傾けつつも開封してみれば、こう記されていた。
『トナカイからの挑戦状だ。館の最上階で待っている』
「……トナカイ? いや、この字、どう見てもせーちゃんのじゃろ」
何を考えておるのか、やはり箱の思考はわからぬ……なんて思いながらも。
暫く寝て、酒もそれなりに抜けたことであるし。
とりあえず書かれている通り、最上階へと向かうべく部屋から出た嵐吾であったが。
「!?」
ぱちりと、瞳を瞬かせてしまう。
「上へと伸びておる階段がふたつあるの……どっちをのぼればええんじゃろか……」
花の絵画が飾ってある廊下の先には、上へと続く階段がふたつ。
けれど、まぁどっちでもええじゃろ、ととりあえず目についた階段をのぼってみれば。
「!!? ふぎゃっ!!」
のぼっていた途中に、階段が抜けました!?
じゃあもうひとつの方……なんて、よろよろと進めば。
「えっ、その先にも上への階段があるが……」
だが、ええいままよ、と適当に次の階段をのぼってみれば。
「抜けても落ちぬよう、今度は慎重に……ぎゃあっ!?」
階段の段が刹那、滑り台のようにぱたりとなくなって。
下までつるんとすってん、またまた逆戻り。
けれど、しらみつぶしにのぼれば、いつかは正解の階段をのぼれる……そう嵐吾はおもっていたが。
次の階段は、急な角度を何とか登り切ったのに、行き止まり。
また次の階段は、ぬるぬるして全くのぼることができず、再びすてんっ。
そしてさらに次の階段、今度こそ正解であるだろうとのぼっていれば。
「ふぎゃ!!?」
また階段が抜けて、スタートに戻る。
どうやら正解の階段の位置は一定ではなく、ランダムに入れ替わるらしい。
「な、なんじゃ、この屋敷は……あの箱~~~っ」
嵐吾はそう箱に悪態をつきつつ、よろりと再び立ち上がりながらも。
もう一度、トナカイからの手紙を見てみることに。
すると――ふと、あることに気が付いたのだった。
便箋の裏に、もう一文記してあることに。
そこに書かれていたのは。
「ふむ……『極彩浄土の導くままに』?」
極彩浄土とは、どこかで聞いたことがある……そう暫く思考を巡らせれば。
嵐吾は刹那、お耳をぴこんっ。
「あっ、『極彩浄土』とは確か、しーちゃんの……」
そしてスマホでしゅしゅっと、自分が過去に案内した依頼の報告書を確かめた後。
くるりと視線を巡らせれば、尻尾をゆうらり。
「なるほどの、『極彩浄土の導くままに』とは、そういう……」
それから、今度こそ最上階へと続く階段を探してみれば。
「蓮の絵が飾ってある階段、これじゃな。これが正解の階段じゃろ」
蓮が描かれた絵画が飾ってある階段をそろりとのぼってみれば。
何事も起こることなく、ようやく無事に、やっと二階へとたどり着いて。
同じように次は、ダリアの階段を。
そして最後に、アネモネの階段をのぼってゆけば。
――最後は桜の下。僕はそこにいる。
「おお、さすがはらんらん。ふふ、屋上まで辿り着けたな」
「せーちゃん! これは一体、どういうことなんじゃ?」
全面ガラス張りの、まるで外にいる錯覚に陥ってしまうような。
そんな秘密の桜の匣庭――幻朧桜が頭上で見事に咲き乱れている、最上階の部屋で。
嵐吾が来るのを待っていたトナカイ……いや鹿のカチューシャを何故かつけた清史郎は、愉快気な笑みで答える。
「ふふ、聖夜の匣庭迷宮の、さぷらいずだ」
「さ、さぷらいず??」
そのさぷらいずとやらで、何度、落ちたり転んだり滑ったりしたことか……。
そうは思った嵐吾であるが、何せ相手は箱だ。
一応何とか辿り着けたことであるし、まぁええか……と首を竦めるだけにしておく。
それに――ここまでの道中は大変であったけれど。
桜の下にある、この最上階の部屋からの眺めは、桜と雪の絶景であったし。
「さぁ、トナカイさんからのプレゼントだ。とっておきの酒で乾杯しよう」
「トナカイじゃなくて、鹿じゃろ……まぁ、ええんじゃが」
「美味なつまみも用意したぞ。ああ、あとは、露天風呂や広い寝台もあるからな。らんらんがまた酔い潰れたとしても、問題はないぞ」
「潰れるまで飲ませたのは、せーちゃんじゃろ……しかし、酒はうまそうじゃな!」
ということで始まるのは、桜の下での酒宴再び。
「それにしてもこの館、どうなっとるんじゃ? 此処は一体?」
「此処は、主の別荘だ。ふふ、愉快な造りだろう? 遊び心満載のあの人らしい」
「愉快な遊び心……そじゃね」
「まぁ、原稿を取りにきた担当を撒くために、金にものを言わせて作ったとも」
「しーちゃん……担当さん気の毒すぎじゃろ」
主が主なら、箱も箱……そう思いつつも、嵐吾は懐からふと封筒を取り出して。
「しーちゃんの別荘、ゆえに『極彩浄土の導くままに』……そういうわけじゃな」
「らんらんなら、辿り着けると思っていた。改めて、有難う」
そうふわりと桜のような綺麗な微笑みを向けられれば、何だか調子も狂うし。
ゆうらり尻尾を揺らして、まぁお互い様じゃしの……なんてそわりとしてしまえば。
清史郎は満を持して、嵐吾へとにこにこと差し出す。
そう――それは、清史郎からの追いサプライズ……!?
「日頃の感謝と、そして本日はクリスマスだ。甘いものが好きならんらんのために、一等甘いクリスマスケーキを特別に作って貰った。さぁ、遠慮なく食べてくれ」
「えっ、一等甘いクリスマスケーキ……じゃと!?」
それはめくるめく、クリスマスではなく、むしろクルシミマスな予感……!?
ということで!
「せ、せーちゃん。気持ちは嬉しいんじゃが、わしは甘いものは少しで……ふごっ!?」
「そう遠慮するな。俺とらんらんの仲、トナカイさんからのプレゼントだ」
いつもの様に突っ込まれた激甘に悶える嵐吾と、よかれと容赦なくサプライズする箱。
ぶわわっと膨らむ尻尾に、今日もらんらんの尻尾はもふもふだ、なんて笑みながら。
清史郎は友と再び乾杯するべくお酌し、そして共に、杯を掲げるのだった。
まるで小説のワンシーンかの様に……はらりひらりと、粉雪と花弁が舞い躍る下で。
ふたりの賑やかな聖夜の酒宴は、まだまだ当分、終わりそうにない。
成功
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