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「……ふうっ」
明かし屋敷、縁側にて。
雪も残る時節、樹霊の娘は、そこにいた。
「お洋服、へんじゃない……かな。プレゼント、リボン、曲がってない……かな」
緊張を紛らわせるように髪や服の乱れなどを入念に確認していた、その時。
「セラ、ここにいるのか?」
「……はわ!」
待ち人の声が聞こえて、娘――セラピアは肩を跳ね上がらせた。
直後、待ち人であるアス・ブリューゲルト(蒼銀の騎士・f13168)の姿を認めて、自然と笑顔になった。
長く艶やかな銀の髪と、細身ながら鍛えられた体躯の美丈夫だ。その上、猟兵としての実力も高い。無垢な娘が思慕の念を向けるには、十分すぎる要素を兼ね備えた青年と言えるだろう。
そんな彼だが、少し表情が硬い……ようにセラピアには見えた。呼び出したのは迷惑だっただろうかとも思ったが、もう後には退けない。
「……あ、準備していたのか?」
「あの、これ!」
一度この場を辞そうとしたらしいアスを引き留めるように、それを渡す。
真っ白な包装紙と、アスの瞳や今日も身に纏っているジャンパーと同じ色の、青いリボン。そして|朝霧草《アルテミシア》の銀の花――否、葉でラッピングされた小箱。
「ハッピー、バレンタイン、です」
それは密かに、セラピア自身もまだ知らぬ慕情をこめたものであったが。
同時に、感謝の品でもあった。本人としては、それが主目的のつもりの。
「クリスマスは、ありがとうございました」
お礼といってはなんですが、と差し出した小箱には、癒し効果のあるハーブ入りのビスケットブラウニーを詰めてある。
「受け取って、もらえますか……?」
「い、いいのか? これ、俺が貰って……」
問い返してくるアスの表情に、大きな変化はない……ようにセラピアには見えたが、少し動揺しているらしい、というのは伝わってきた。
「えと、その、は、はい。もらって、いただけたら、うれしい、です」
何だか照れくさい、が。どうしても受け取って貰いたかったから、言い切った。
するとアスは、少し思案しているように見えたが、やがてふと、少し表情を和らげてくれた。
「では、ここで開けて食べてみてもいいか?」
「えっ」
「……もしかして、ここで俺が食べるのはダメだったか?」
「ふえ……っ、ダメ、なんて、ないです」
思わぬ提案に驚いたのは事実だが、寧ろ嬉しい。
よかったら座ってくださいと、縁側を指し示す。わかった、と頷いてくれたアスが腰を下ろすのを見て、ちゃっかりその隣に腰掛けた。
そしてアスが包装を開くのを見守っていると。
「あ」
「あッ」
ばり、と。
豪快に紙が裂けた音が聞こえた。
「……すまない。綺麗に残そうと思ってたんだが……」
「い、いエ、気にしないでください。ホーソーシ、きれいにとるの、たいへんですよね」
これは本心である。セラピアも本来器用な方ではない。このラッピングだって手伝って貰ったのだ。
「だが、これで食べられるようになった」
そう言って、少し微笑む目の前の顔。
どきりとひとつ、胸が高鳴る。
「これは美味しそうだ。セラ、改めて言おう」
その表情が、まっすぐにこちらを向く。
「素晴らしいチョコをありがとう」
そして、ひとつチョコを口にした彼が、美味しい、と瞳を細めるのを見て。
「あわ……」
とうとう、耐えられなくなって、赤面した。
「えト、そノ、よかった、です。おいしい、言ってもらえた……の、……うれしい、です」
動揺の余り、また上手く喋れなくなっている。
それを誤魔化すように、火鉢を準備してくると立ち上がった。火が苦手、ということも忘れて。
小さく引き留める声が聞こえた気がしたが、今の顔で振り返れる気はしなかった。
成功
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