天下無敵の花を思えば
●十二花神
「『桃花』」
葦原・夢路(ゆめじにて・f42894)は名を呼ぶ。
己に侍る花の化神は己に振り返り、その見事な体を包み込む衣の衣擦れの音を聞かせる。
たおやかな所作である。
彼女は己の化神の中においても、とりわけ霊力に優れたものである。
古来より桃は邪気を祓い、不老長寿を与えるものであると考えられているからかもしれない。
その特性を色濃く反映したかのように『桃花』と呼ばれた化神は強い霊力でもって主である夢路を護る結界の一柱たり得る。
また同時に十二花神の中でも武勇に優れたるものでもある。
弓引けば、的に必ず当てる。
所謂、直掩と言える存在である。
主に近づくものを尽く射落とし、迫るものを阻む。
「はい、主様」
ゆっくりと彼女は己を前に頭を垂れる。
『桃花』の姿は見目麗しい女官。
されど、そこに性別はない。
あくまで『桃花』の力の性質がそのように形を作っているだけに過ぎない。
「宮中の噂話でしたのならば、今暫くお待ちいただけたらと思いますけれども」
「いいえ、その話も気になるところではありますが、しかして貴方に頼みたいことは違います」
夢路の言葉に『桃花』は心得たりと豊かな胸元から取り出すは一枚の符。
それは春聯……別名、桃符とも言われる魔除けの力込めし符であった。
『平安結界』に覆われているとは言え、妖は人の怨念や流血にも反応して『空間の裂け目』を作り出しなだれ込んでくる。
件の『皐月』なる御仁を巡る女官たちの渦巻くような情念が宮中に満ちるのならば、遅かれ早かれ妖が現れるだろう。
それを防がねばならない。
「ですが、主様。その御仁はどうやら東国にて坂東武者たちを率いて妖の討伐に赴いているようですよ。暫くは御心配ないかと」
「いいえ。備えには備えが必要なのです。何事にも」
夢路は、ぴしゃりと言い放つ。
そう、備えはいくらでも必要なのだ。
己が手元にはとりわけ強力な霊力と魔除けの力を持つ花の化神がいる。ならば、この平安なる夢見る世界にて遊ばせている手はないのだ。
「とりわけ『桃花』、貴方の魔除けの力は強いのです。頼らせて頂きたいと言う願いなのですよ」
「そう言われると断れないですよ。いえ、元より断るつもりなどございません」
では、仰せのままに、と『桃花』は手にした桃符に霊力を込め、放つ。
それは宮中の扉に張り付き、宮中に渦巻く情念を緩やかに浄化していくのだった――。
成功
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