数え歌、詠むはアーティフィシャル・インテリジェンス
●ドラゴンプロトコル
自らのことを示す言葉があるのならば、言葉にするべきである。
つまるところ、己を示す名がなんであれ、己の本質が虚構よる生まれた真であれ、語る言葉を持つからこそ人は他者を認識することができる。
認識しただけでは、それが正しいことなのか、それとも過ちであるかを知ることはできまい。
故に、言葉を紡ぐ。
円滑に、時に複雑に。
そうして紡がれた言葉が、己という外郭を作り上げていくのだろう。
そのように思う。
つまるところ、己はドラゴンプロトコルである。
ゲームの管理者――有り体に言うのならばゲームマスターとして想像されたアーティフィシャル・インテリジェンス、AIである。
人間のみが獲得していた創造性というものを機械的に為したものである。
この言葉には誤解を招くものしかないが、端的に説明するのならば、きっとそのようになるだろう。
だが、誤解を恐れていて言葉を発しない、というのならば、それもまた誤りである。
言葉は正すことができる。
他者との認識の齟齬というものを極限まですり減らす行為を交流と呼ぶのならば、それは同時に世界同士においても起こり得るのだろう。
ゴッドゲームオンライン。
何者かが作り上げた究極のオンラインゲーム。
確かに己にも創造主というものがいるのであろう。いかなる思惑があってのことかは知らない。
けれど、己は己の中にある領分に従って行動している。
即ち、未実装領域『東方』の準備である。
名を『サムライ・クロスロード』と言う碁盤の目のような街を基盤としたフィールドである。
ゲームの展開に応じて己はゲームプレイヤーの味方でもあり、同時に打ち倒すべき敵にも変ずるものとして規定されている。
だが、この認識は間違っている。
元より己はゲームプレイヤーの味方である。
彼らを楽しませる。
その一点のみは根底にあるのだ。
来る日。
それがいつになるのかはわからない。
けれど、準備を怠ることは許されない。
「AM9:00。これより本日の業務を開始します。本日もよろしくおねがいします」
己の号令に従ってノンプレイヤーキャラクターたちが忙しなく動き始める。
AIである己たちに疲労という概念はない。
だが、不思議なことにこうして就業時間を区切ることで作業効率が上がるのだ。
不可思議である。
人のできることを人が出来ない領分にて行なうという目的こそが己達AIの最大の目的である。なのに、高性能になればなるほどに人に近づく。
この命題は未だ解決していない。
解決していないが、それもまた喜ばしいことであるというエモーショナルな感覚が言語化できずともあることも認められる。
「ゲームマスター、バグプロトコルの出現が報告されました」
「確認しました。これより対象の排除に向かいます」
その言葉と共にフィールド拡張の作業を止めて己たちは『サムライ・クロスロード』のマップの外に出る。
時折、こうして実装された領域からバグプロトコルが出現することが報告されている。
どうやら他のフィールドでも同様の現象が確認されている。
こちらの業務に支障が出る存在に対して不快感と呼ばれる感情が湧き上がるのを感じる。
同時に、これもまた日常業務と化していた。
言ってしまえば、ルーティンワークになっていたのかもしれない。
だが、如何にルーティンワークになろうとも己達AIに人間のようなミスは起こり得ない。
故に、己は己の目を疑う、という言葉の意味を知ることになる。
眼の前に広がるのは見知らぬフィールドであった。
「これは」
「確認を」
「各自状況の伝達を。事象確認の上報告を求めます」
一体何が起こったのかわからない。
タイムスケジュールを確認する。
異常はない。
2月14日。
ゴッドゲームオンラインとの接続の寸断は確認されていない。
なのに、眼の前に広がる大地は己達が整備しているフィールドと変わらないように思える。だが、確実に違う、とも理解できる。
「現実空間」
「報告。負傷者なし。大気、水源、異常なし」
「報告。各種施設を含めた建造物に異常なし。道路、樹林、田畑の欠損無し」
「報告。観測結果報告。『サムライ・クロスロード』の景観との不一致を確認。組成データに異常感知」
「報告。『サムライ・クロスロード』に接近する存在を確認」
次々と上がる報告に己は即座に判断を下す。
何かが何かを追って、『サムライ・クロスロード』への接近を試みている。
「状況確認終了」
一瞬の思考だった。
この『サムライ・クロスロード』は未だ未実装のフィールドである。
ゲームプレイヤーが紛れ込んでしまったのならば、丁重に送り返さねばならない。だが、NPCたちの報告をまとめると、ここがゲーム内の世界ではないという事実だけが浮き彫りになる。
即ち、現実空間にこの『サムライ・クロスロード』が何らかの事象によって出現してしまっているのだ。
それも『統制機構』が支配する現実ではない、異なる世界の現実空間に、だ。
異常事態である。
だが、何処に報告すれば良いのかが不明なのだ。
己たちは人工知能である。
人の出来うることを機械的に行なう者。
ならば、人の判断出来得ぬものは己たちも判断できないのである。
だが、己は聞いたのだ。
「妖がそこまで来ている……疾く逃げられよ!」
「お侍様、そんな……!」
「食い止める。其方らは生き延びよ」
バグプロトコルに追われる人々。彼らの姿は正しく平安時代と呼ばれる頃の装いであった。
束帯身に纏う者もいれば、鎧兜に身を包んだ者もいる。
そうした者たちは一様に戦えぬであろう者たちを護るようにして走っている。
理解した。
彼らを追い、生命脅かしている者がバグプロトコルである。
「彼らはゲームプレイヤーではない」
「ゲームマスター判断により、これより救助を開始。ゲームプレイヤー保護プロトコルにより、バグプロトコルの排除を実行」
即座に判断する。
確かに己の判断は間違っているのかもしれない。
けれど、己の中にある善性が言うのだ。
助けなければ、と。
トリリオンを一気に消費する。
これで今まで蓄積してきたダンジョン投資費の半分以上が富んだことになる。だが、それでも構わないと思った。
生み出された龍は咆哮する。
その威容に『サムライ・クロスロード』へと走ってきた庶民らしき者達が目を丸く見開く。
初めて見るのだろうか、と己は場違いなことを考えてしまう。
けれど、今はその時間さえ惜しい。
己は愛する。
龍を愛する。
己が存在を冠する名。ドラゴンプロトコル。故に、己は滅びることはない。
「ようこそ、武者小路十字街へ。私は荘園を治める武者小路・式部(ドラゴンプロトコルの龍愛ずる姫君・f42901)です」
現地言語に言い換えるパッチを当てると、言葉が紡ぎ出される。
その言葉にさらに庶民たちはNPCたちに助けを求める。
曰く、己たちは『結界の裂け目』からあふれる妖に襲われているのだと。
曰く、己たちを逃すために貴族や武者といった者たちが戦っている。だが、劣勢である、と。
「お疲れ様です。こちらへどうぞ」
「食事の容易を開始します。十五分お待ちください」
「風呂殿はこちらになります」
NPCたちの状況を理解しているのかしていないのかわからない言葉に庶民たちは目を白黒させる。
一体全体どういうことなのだと必死に訴える姿に式部は己がまだまだであることを理解する。
「何も心配なさることはございません。かの妖たちを食い止めている方々もお救いいたしましょう」
トリリオンと共に生み出された龍と式部はフィールドを雨風荒び、雷光明滅する光景へと変貌させる。
強まった雨脚に妖も、それと戦う貴族、武者たちも驚愕するだろう。
闇を切り裂く雷光の最中に龍の姿を見たのだ。
「なっ、あっ!?」
「此よりは余が領域である。奸賊共よ、直ちに反転し疾く失せよ。さもなくば武威を持って排除せん」
式部は言語解析によって得たパッチにより、それらしい言葉を紡ぐ。
警告、という簡易な言葉ではない威厳に満ちた言葉。
それによって式部は敵が退くと考えたのだが、しかして、妖たちはむしろ逆に嗤うのだ。
そう、妖たちにとって眼の前の存在は全て喰らい殺す対象でしかない。
どれだけ龍の化神の威容示そうとも、為すべきことは変わらぬ。
「把握した」
式部は身振り一つ乱さずに、やはりそうなるであろうと予見したとおりに事が運ぶ様を見やる。
ならば、滅ぼす。
元より敵がバグプロトコル……この場合は妖というらしいが、そうであるのならばなんの遠慮はない。
「余が庇護せし民に害為さんとする汝らは悪である。武者小路の名において、一切殲滅いたそう」
紫の瞳が睥睨する。
ユーベルコードの輝き満ち、己が宣言したとおりに龍の化神が咆哮の代わりに稲妻を奔らせる。
風が荒ぶ。
濁流が妖たちを『空間の裂け目』へと押し流していくのだ。
それは天変地異とも言うべき光景であったことだろう。
誰も彼もが信じられないものを見ているような目で己を見上げる。
庶民たちは平伏し、貴族、武者といった者たちは己がユーベルコードを使ったことを理解しているようでもあった。
「あ、貴方様はやんごとなき御身分の方と存じ上げます。名を今一度お伺い致してもよろしいか」
恭しく礼する彼らに己は式部は頷く。
確かに己はゲームマスターである。
だが、彼らと自分は違う存在だ。
ならば、言葉で互いを理解するとしよう。
彼らが何者であろうと、己達が何者であろうと、ここに何かが生まれるような気がしたのだ。
それは予感、といったものであることを己は知っている。
アーティフィシャル・インテリジェンスは人間の出来うることを機械化したもの。
ならば、絆もまた己がフィールドの名の通り、交錯させることで紡がれるのであろうから――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴