過去に咲く華、未来を彩る
あれから、以降も数度のやり取りを繰り返して。
相談していた先輩のアドバイスという名の、自分への言い訳という大義名分も立てて。
そしてようやく、虹目・カイ(○月・f36455)は決意して、彼に切り出してみたのである。
……久々に一回くらい会って話すかと、そう提案を。
というわけで、一体何年ぶりであるだろうか。
その相手――墨枝・宗司郎も快く了承し、お互いに都合の良い場所をと決めて待ち合わせをすることになったわけだが。
髪の色は金のままだが、瞳に入れているカラコンは今日は外して素の色で。
耳と尻尾もしまって、服装もいつもとは違う雰囲気のシンプル・マニッシュ系に。
いや、これが素の好みに近い、というのが正しいのだが。
そして数年ぶりに再会した彼は、やはり律義に待ち合わせ時間よりも早く来ていて。
「久しぶりだな。連絡をくれて嬉しかった、有難う」
記憶通りの上品な笑みで、久しぶりとは思えないくらい変わらない。
それから合流後、入った店の席に落ち着いてから、相手の様子をちらり。
色々とこれまで音信不通だったあれそれのことを思えば、怒っているかもしれない、なんてことも思ったものの。
「ふむ、チョコレートの甘味が多いと思えば、今はバレンタインの時期か。私は、このチョコ羊羹やチョコ饅頭が気になるな」
相変わらずマイペースで、相変わらず何だか渋いセンスで、チョコ和菓子選びに真剣で。
怒っている様子は、全然なさそう……に見える。
とはいえ、カイ自身はやはり彼が怒ってなさそうでも、ところどころに負い目を感じてはしまうのだけれど。
つい思わず真剣な様子をじっと見てしまえば、それに気づいた宗司郎が小さく首を傾け、ぱちくりと瞳を瞬かせて。
「……どうした、食べないのか?」
「あ、ごめん。君が可愛いから、つい」
「……私がか?」
自然と交わし合うのはそんな、昔と同じような会話。
そして、宗司郎に合わせて日本茶とチョコレートの和菓子を注文してから。
「いや、気にしないでくれ。それより……音信不通の間、だけど……」
まずは、この数年にあったことや、自分の近状報告を話して。
「沢山君には話を聞いて貰っていたのに、突然消息を絶って……怒っていても、仕方ないって思うんだけど……」
その言葉に宗司郎は、こう返す。
「そうだな。かなり心配した」
そしてその声に、うっと思わず申し訳なさに項垂れるカイだけれど。
柔く笑んで、宗司郎は続ける。
「だが、こうやって会えたからな。元気そうで、本当によかった」
年月は経ってはいるけれど、以前と変わらぬその声色で綴る言の葉で。
だから、久しぶりでちょっぴり緊張していた気持ちも、自然とするりと解れていって。
「君はこの数年、どうしていたんだ?」
「私は銀誓館を卒業後は京都に戻って大学に通いつつ、書道使いの活動を続けていたが。卒業後は、書道使いの広告塔のような役割を担っている。あとは、若き書道使いの指導なども行なっているな」
「忙しそうだな、君をメディアで見かけることもあるし」
「そういった人前に出るような役割は、私の他に適任の者がいると思うのだが……」
けれど真面目だから、仕事となれば、断るなどという選択肢はないのだろう。
爽やかで人当りも良く実直な彼は、カイからすればむしろ広告塔に適役とも思うが。
チョコ羊羹を上品に食べては満足している姿に密かに和みつつも。
「……二人で出かけたことがあっただろ?」
話し始めるのは、ふたりで過ごした過去の思い出。
……いや。
「あの時の私は、色々落ち込んでいて……まだ青かったし、この世の終わりくらいに悩んでたことがあったんだ」
当時は話せなかった、その時の気持ち。
話せなかったというよりは、自分でもあの時は分からなかったのだ。
「きみは……私が前を向けるように、言葉を掛けてくれたけど。正直、あの時の私はちゃんと受け止められてなかった。ありがたいとは間違いなく思ってたけどね」
悩んで、落ち込んで、なかなか色々なことが受け止められなくて。
でも、あの時の自分の心がどういう状態だったか、今ならわかるから。
「ただ……例えるなら暗雲みたいなものかな。自分の中にかかってたそれが、自分でも思った以上に分厚かったんだ」
……光は確かに差しているのに届かない、そんな感じ、と。
それから、いつだって自分を真っ直ぐに見つめているその瞳から、そっと一瞬視線を逸らして。
「消えてなくなってしまいたかったんだ。だから無茶もしたし……うん」
ちょっぴり、やはり負い目を感じて口籠ってもしまうけれど。
でも――今だからこそ、言えるから。
改めて、自分の話を真摯に聞いている彼にこう続ける。
「ただ……本当に死にかけて、こうして姿も、あとついでに種族も変わったけど、何とか生き延びて。色々……自分を見つめ直して」
――今になって……きみに貰った言葉が届いてる、って。
そして素直に綴るのは、今の気持ち。
「生きていてよかったって、きみにまた会えてよかったって。そう、思うんだ」
だが、かといって……完全に心が晴れているわけではない。
今だって、思うのだから。
「色んな人に、沢山迷惑をかけたんだ。若かった私が消えたいほどの自己嫌悪に陥るくらいに」
……その事実はなくならないし、許して貰えるとも、許されようとも思ってない、と。
けれどそれでも、分厚い暗雲が立ち込めている時でさえも、道が途切れることはなかった。どんな道を歩んでも、道は続いていたから。
そしてやっと今、こう思えるようにはなったのだ。
「だけど……過去は変えられなくても。未来がなくなるわけじゃ、ないもんな」
「私は、昔も今も、気の利いた事ではなく自分の思った言の葉しか綴れない|性質《 たち 》だが」
これまで話を聞いていた宗司郎が口を開く。
「またこうやって会えてよかった、生きていてよかった、生きていてくれてよかった……そう思っている」
同じだな、なんて笑みを宿しながら。
それから小さく首を傾けつつ、続ける。
「それに、許すも許さないもないだろう。人はどうしても、ひとりでは生きていけない。生きている限り、迷惑をかけたりかけられたり、お互い様だ。暗雲に覆われた空の時もあれば、春の花咲く晴れ空が広がる日だって巡ってくる。そうだろう?」
昔から変わらない、彼らしい言の葉を。
それが、下手に気を使ったり飾ったりしているものではないことは、チョコ饅頭も美味だ、なんて言っている姿を見ればわかるし。
余り深く考えていない様子を目にすれば、色々と心配したり気にしたりしていた自分が少しだけ考えすぎだったかも、なんて思ってしまうし。
そんな彼がいつだってこうやって、変わらず自分に接してくれたから。
告げたかったことを今、ようやく言える。
「ありがとう。多分私は、きみのお陰で生きてる」
その言葉に、宗司郎はやはりいつも通り上品に微笑んで。
「今は、梅やチューリップ……それにフサアカシア、とかだろうか」
「え?」
「ふたりで出掛けたあの時期は、芍薬が見事だったが。今だと、また違った彩りが楽しめるのだろうな」
……過去の思い出があるから、未来をより楽しめる。そうではないか? と。
それから、チョコ羊羹を改めて楊枝に刺しながら続ける。
「それに、今日こうやって誘ってもらわなければ、季節限定だというこのチョコ羊羹は味わえなかったからな」
「……本当にもう、君は可愛い……いや、何でもないよ」
やはりどこか天然な様子に、つられるように自然と笑んでしまいながら。
そしてもうひとつ――彼に告げたかったことを綴るのだった。
「……ま、だからさ! 困ったこととか、私で力になれることとか。何かあったら、いつでも言って」
――今度は私が、力になるから、って。
「ふふ、それは頼もしいな。その時は、頼らせて貰おう」
「うん、何でも言って欲しい……」
「そうだな、ではこれから、植物園に花でも愛でに行くか?」
「えっ、これから!?」
そう思わずぎょっとする姿に、宗司郎は笑った後。
伝票を持ってさり気なく二人分の会計を済ませようとするし。
「あっ、今日は誘った私が……」
「では、次の機会によろしく頼む」
そう、にこにこ笑むものだから。
君って人は……と、今日のところはお言葉に甘えることにするのだった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴