雪の夜の落とし物
『ケーキ、届いたって!』
『ありがとうお姉ちゃん達!』
「ああ、どういたしまして!」
パーティー、楽しんでくれよな。そう手を振って、九之矢・透(赤鼠・f02203)はダークセイヴァーの教会を後にした。
今回のバイトはケーキの配達、この辺りでお菓子の類を扱う店は多くないようで、近隣の村々からもたくさんの注文が入っている。届け先は家族連れやささやかなパーティーの会場がほとんど、大概の場合は温かくこちらを迎えてくれるため、頼まれたケーキを届けているだけとはいえ、悪い気はしない。
「残りは三件……だったかな?」
「隣村だけど、それで全部のはずだね」
同行しているくくりの言葉に、そう頷き返して、透は道端に止めておいたソリに乗り込んだ。後ろに乗ったくくりが、袋に入った荷物――残り三つになったケーキの箱を数えるのを確認して、彼女はソリを走らせる。トナカイならぬ黄金の獅子に引かれたそれは、寂れた街道を覆う雪の上を、スムーズに滑り始めた。
本来ならば車輪付きの馬車辺りが通る道だが、雪の積もった今日に限っては、赤い衣装と一緒に準備されたこのソリが丁度良い。
「この調子なら、すぐに配達先に着きそうだな?」
「そうか、よかった。安心したら小腹が空いてきたよ」
くくりの呟きに、透は少々神経を尖らせる。背中越しにも、彼女が物欲しげな目を向けているのが分かるようで。
「少しくらいつまみ食いしてもバレないと思うのだが、どうだろうね」
「バイト終わったら、余ったやつをもらえるって話だからさ……」
お届け物に手を出しそうなくくりを警戒しつつ、宥める。とにかく食欲に正直なこの人物を連れてきたのは、もしかすると人選ミスだったのでは――そんなことを考え始めていた頃に、それは起こった。
「――危ない!」
木立の先の十字路、透の行く道と交差する方向に、同じようなソリが、スピードに乗って滑ってきている。出会い頭のその状況に、ソリを引く動物達が面食らう。黄金のライオンは素早くその場に四肢を突っ張り、透達のソリはどうにか横滑りしながら停止した。一方、あちらのソリはトナカイが体勢をどうにか保ったようで、雪の上に大きな弧を描きながらも、すぐにまたスピードを上げて走り去っていった。
「……何なのかね、今のは」
「えーと、同業者だったのかな?」
やたら派手な赤い衣服にばかり目が行ってしまったが、ソリに乗っていたのは、恰幅の良い老人だった……ような気がする。街道の先、暗がりへと去ってしまったその姿はもはや定かでなく、乗員のものであろう「ホーホーホー」という妙な笑い声が聞こえるばかり。迷惑な話だけれど、とりあえずお互い怪我がなくてよかったと自分を納得させて、透もまたソリを街道へと走らせる。
「ん?」
と、思ったところで、彼女は雪の中に紛れた、小さな箱を発見した。
「これは……?」
先程のソリが落としていったのだろうか、リボンのかけられたその箱には、誰かの住所と名前が書かれていた。
状況を察して、透が眉根を寄せる。恐らく先程の老人は同業者だったのだろう、呼び戻したいところだが、彼はとうの昔に走り去ってしまった。落とし物に気付いたとして、ここに戻ってくるだろうか――。
「落ち着きたまえ、透君」
うーん、と悩んでいるところに、くくりが助け舟を出した。本業がUDCエージェントである彼女は、この手のトラブルにも慣れているのだろう。
「先程の事故は我々しか見ていない。この落とし物が消えてしまったとしても……わかるね?」
「わかんないけど!?」
明らかに面倒くさがっている彼女の提案を蹴って、透はその箱をケーキと一緒に荷台に乗せた。
「でもね、透君。ここに書かれた届け先……結構遠いよ」
しかし、この雪の中に放置しておくことなど彼女にはできない。少なくともこの宛名の人物は、これが届くのを心待ちにしているはずだから。
「途中でさっきのおじさんに会えるかも知れないし……?」
そう説き伏せて、透はとりあえず、ケーキの届け先である隣村へと馬車を走らせた。
結果から言うと、先程の『同業者』ともう一度会うことは無かった。ケーキの配達後に落とし物の届け先へと向かった透は、とっぷりと夜も更けた頃に、その村へと到着した。
空腹のあまり荷台で引っくり返っているくくりへ声を掛けると、うねる触手状の髪が、例の落とし物の箱をこちらへと差し出してくる。
「それで、どうする気かね透君」
「え?」
「まさか、玄関から行く気かい?」
それが当たり前では? 首を傾げる透に対し、くくりは「わかっていないね」と指を立てながら身体を起こす。夜更けの村はとても静かで、周囲の家も既に灯を落としている。
『届け物』の宛先は恐らくこの家の子供だろうが――寝静まったここで家人を呼べば、その子供も起きてしまうかも知れない。
「こういうのは、寝ている間に枕元に置いておくのが作法というものでは?」
「そ、そうかな……?」
先程のものとは違い、今度の提案は割と真面目に言っているように聞こえる。クリスマスのプレゼントと言えばそういうものだと、透も伝え聞いてはいるので。
「煙突から入るとか……?」
「その辺がオーソドックスだね」
だいぶ無茶な振りに顔を引き攣らせつつ、透はプレゼントの箱を手に小さなその家の周りを歩く。何とはなしに息を潜めて居る内に、彼女は窓の傍、カーテンの隙間から、ベッドで眠る子供の姿を発見した。
煙突からの侵入はともかく、ここならば。意を決した彼女は周囲を見回して、床下の隙間を見つけると、帽子の中で眠っていた小鳥とハムスターを起こす。
「おーい、出番だぞー……」
小声で促して、そこから彼等を中へと入れて。
意志の疎通は十分、中に入った彼等は協力して、内側から窓のカギを開けるというミッションを果たしてくれた。
「ほう、さすがだね」
「うん……」
大丈夫? これ犯罪行為じゃない? 理性がそんな呟きを残していく。とはいえ目的は盗みではなくその逆なのだから……と自分に言い聞かせるようにしながら、透は窓枠に手を掛けた。
静かに、慎重に。軋む床にびくつきながら、窓を乗り越えベッドの脇へ。
無邪気な顔で眠る少年の様子に、少しばかり口元を緩ませて、透はその枕元にプレゼントを置いていった。
「メリークリスマス」
この子が目覚めた時の様子を見れないのは、少々残念ではあるけれど。
「お疲れ様。君、才能があるよ」
「嬉しくないなぁ……」
くくりの労いらしきそれに応じながら、街道に止めていたソリへと戻る。すると、その荷台には新しい箱が一個乗せられていた。
「ええ……?」
呆気に取られながらもそれを見下ろすと、簡単なメッセージカードが添えられている。そこには先程の『落とし物』と同じような筆跡で、お礼の言葉と透の名前が書き込まれていた。
「……どういうこと?」
「さあ……?」
まあ、報酬みたいなものでしょう。もらっておけば? 途方に暮れる透にそう呟いて、くくりは鈴を転がすような声で笑う。
遠くから、あの老人の特徴的な笑い声が聞こえた気がした。
少々謎は残ったものの、今日のお仕事は無事完了。透はようやく『家族』の元へと帰り着いた。
「おーい皆、帰ったぞー」
ケーキもあるよ、という言葉に、彼等の歓声が上がる。
おまけに貰えたプレゼントの箱の中身はまだわからないが、きっとこのパーティーに華を添えてくれるだろう。
成功
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