駆け抜ける青春とバレンタインの関係について
(「女子はいいよな、バレンタインにかこつけて男子に告白するっていう|機会《チャンス》があって」)
一月も中旬に入ってからというもの、チョコレートを販売する駅前のお店やエキナカの出店を嫌というほど見せられて、都内の男子校に通うとある男子は内心でため息を吐く。
最近のバレンタインは必ずしもイコール告白の場ではなく、日頃の感謝を伝える日としても、さらには自分用チョコを買いあさる日としても確立しているが、やはり、だ。
店頭に群がる人々は皆ことごとくが、女性。
そんな場所に、思春期真っ盛りの男子が一人突撃していく勇気など、あろうはずもなく。
ほぼ毎日、下校途中に通りかかるバレンタインコーナーを尻目に、悶々とした気持ちを抱えたまま帰宅し、自室で頭を抱える日々が続いていたのだった。
――そもそもこの男子、何を悩んでいるというのか?
端的に言おう。男子には|恋愛感情の対象として《・・・・・・・・・・》意識しているクラスメイトがいる。男子校のクラスメイトとあらば当然、相手は男子だ。
最近はジェンダーがうんたらかんたらで『おかしなこと』という意識は世の中的にも薄らいできているような気もするが、どのみち気恥ずかしいことには変わりはない。
悩める男子自身は陸上部所属の長距離ランナーとして日々を健全に過ごしている――はずだった。事実、走りに打ち込んでいる時は無心に駆けることが気持ち良かった。
問題は、懸想していると|自覚してしまった《・・・・・・・・》相手が、陸上部のマネージャーだということだった。
かつては自身も短距離走でそれなりの実績を上げるスプリンターだったのだが、不幸な事故による骨折から競技への復帰を諦め、裏方に回ったという経緯がある。
マネージャーとしての日々の業務に過ぎなかったとしても、手厚く細やかなサポートをしてくれる『あいつ』に、男子はいつしか特別な感情を抱くようになっていた。
最初は、|そう《・・》とは気付かず、仲睦まじくじゃれ合ったりしたものだったが、今にして思うととんでもないことをしていたように思える。それこそ頭を抱えてしまう。
今はどうだ。『あいつ』が他の部員と仲良く話しているだけで胸の中に靄がかかる。自分のものでもないのに身勝手だとは分かっていても、自然と不機嫌になってしまう。
分かっている、これは邪念に他ならない。そう思って走りに打ち込もうと懸命になればなるほどタイムは良くなっていき、顧問の先生のみならず『あいつ』からも賞賛される。
(「ああ、俺は」)
ある日、走り終わった直後に天を仰ぐと、雲一つない青空が広がっていた。
それはまるで、一切の迷いを振り払った己の胸中のようで。
(「『あいつ』が、好きなんだなあ」)
ストップウォッチを持って駆け寄ってくる『あいつ』の気配を感じながら。
このまま、世界が二人だけを連れ去ってくれればいいのに、なんて思って。
相談相手などいるはずもなく、男子は一人悶々とする日々を送る。
一時の気の迷いと思って、この想いは墓まで持っていこうか?
それとも、玉砕覚悟で打ち明けて、いっそ楽になってしまおうか?
「ああ、もう、どうしろっつうんだ……!」
そうこうしているうちに、バレンタインの季節がやって来た――という次第であった。
女子はいいよな、と羨望の視線を送りながら、今日もエキナカを通って自宅を目指す。
(「……でも、俺が仮に女子だったとしても、チョコ買って告白する勇気なんてあるか?」)
ふと思う。男子だ女子だのせいにして、勝手に逃げ出しているだけなんじゃないか、と。
途端に、自分が情けなくなってしまい、その場を足早に離れる男子。いよいよバレンタインを目前に迎えた特設コーナーを抜けるには、混雑をかき分ける苦難が伴った。
――ぶー。ぶー。ぶー。
ようやく人混みを抜け出したところで、懐のスマホが振動する。画面を確認すると、母親からの着信であった。
「はい」
『あ、もしもしカズ君? 今学校の帰りよね、悪いけどスーパー寄ってお味噌買ってきてくれないかしら』
「あー、別にいいけど」
『ごめんねぇ、切らしちゃってるのすっかり忘れてて。じゃあ、よろしくね~』
ぷつん。通話終了。急遽、近所のスーパーに寄ることとなった男子は、念のため財布の中身を確認する。味噌を買ってなお余裕がある金額は入っている。大丈夫そうだ。
てくてく歩くことには、何ら抵抗はない。これでも一応、陸上部員だから。味噌は味噌でも種類があったような、などと考えていたら、目的地のスーパーはあっという間だった。
入り口で買い物カゴを取り、普段は足を踏み入れない調味料のコーナーを探す。天井から吊り下げられたガイドにでかでかと『味噌』と書いてあったのが幸いして、場所も品物も無事発見することができた。
スマホのメッセージアプリに、母親から『このお味噌ね!』という、画像付きのメッセージが送信されてきていたのには助けられた。
(「夜につまむお菓子でも買って帰るかな……」)
そう考えた男子は、行き慣れたお菓子のコーナーへと足を向ける。すると目に入ったのは、さまざまな種類のチョコレート。何の変哲もない、普通のチョコレートだ。
けれど、男子はチョコレートの棚で足を止めてしまった。
自分が食べるのではなく、『あいつ』の顔を思い浮かべながら。
(「別にさ、ハート型とかしてる必要なんて、ないんだよな」)
自分が子供の頃から売られている、馴染みのある、好きな味のホワイトチョコを手に取る。
(「これなら最悪、日頃の感謝とか言い訳も効くし」)
チョコレートを、カゴに追加で放り込む。
そうして男子は、レジへと向かったのだった。
――2月14日、放課後。
カバンの中にホワイトチョコを潜ませた男子は、しれっといつも通りの練習メニューをこなす。『あいつ』もいつも通り、マネージャーとしての業務をこなしている。
「なあ、部活終わったら、少しいいか」
「うん、大丈夫だけど……どしたの?」
「ちょっと、な」
端的な会話だけこなして、約束を取り付ける。
心臓がばくばく言っていたのが、伝わっていなければいいとひたすら願いながら。
そして、その時はやって来た。
「ごめんカズ、先生とちょっと長話になっちゃって」
部室で待っていた男子の元に、やや小柄な男子が慌ててやって来た。
「何かあった? 調子悪いとかそういう相談?」
調子悪いっちゃ悪い、お前のせいだよ。そう言えたら、どれだけ良かったか。
けれどそんな勇気も度胸もなかったから、男子は黙ってチョコレートを突き出した。
「……やる」
「え?」
突然のことに、マネージャーの男子は固まってしまう。当然だろう、男子校とは無縁と思われていたバレインタインデーに、部室に呼び出されて、チョコレートを渡されて。
「これ、俺めっちゃ好きなやつ! ホワイトチョコ好きだって、カズに言ったっけ?」
「……い、いや、偶然」
「やっべ、めっちゃ嬉しい! あっ、せっかくだから半分食いなよ」
無邪気にパッケージを開けて、12個入りのホワイトチョコを口に運ぶ『おまえ』。
そのチョコの意味、気付いてるか? 気付いてないか。まあいいか、それでも。
「と、尊い……めちゃめちゃ尊い……」
「姉さーん、もう夕飯だよー」
源・全(地味目主人公系男子・f40236)の姉が最近入手した、同人誌の内容の概要であった。
成功
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