授業中だというのに、知花・飛鳥(コミュ強関西弁男子・f40233)は少しばかり上の空で考え事に耽っていた。思うのは去年の自分の誕生日でありクリスマスイブでもある十二月二十四日の事、クリスマスカラーに彩られた遊園地、それから、観覧車での――。
「……へへ」
思い出したら顔がへにょっと笑いそうになって、飛鳥はその表情を隠すように教科書と睨めっこする。真面目に授業を受けてますよ~って振りをしつつ、ノートに綴るのはバレンタインのチョコレートについてだ。シャーペンで書かれた文字は『チョコ、あげる? あげない?』とあり、自分が貰うという話ではない。
何故、飛鳥がバレンタインのチョコレートについて悩んでいるかと言えば、クリスマスイブに幼馴染兼親友であった帝が恋人になったからである。初めての恋人が帝で、きっと最後の恋人になる――そんな相手と初めて迎えるバレンタインとあれば、やっぱり渡してなんぼじゃないかと飛鳥がノートに書いた文字『あげる?』に大きく丸をした。
となれば、次はどんなものを渡せばいいのか……もっと具体的に言えば、何を渡せば帝が喜んでくれるだろうかという問題にぶち当たる。……まぁ、きっとどんなチョコレートでも飛鳥からというだけで帝は喜ぶのだけれど。
チョコレート、チョコレートなぁ……と、飛鳥が悩んでいる間にチャイムが鳴って授業は終了となる。途端にざわつきだす教室で、飛鳥はノートを閉じても眉間に皺を寄せて帝が喜ぶチョコレート……と悩んでいた。
「知花、なんでそんなにしかめっ面してんの?」
「あはは、ほんとだ珍し~」
「え、俺しかめっ面してた?」
隣の席と前の席に座るクラスメイトに言われ、初めて気が付いたと飛鳥が笑う。
「何か悩み事かー?」
「悩み事っていうか……んー、バレンタインが近いやろ? チョコレート貰うんやったらどんなんがええんかなって」
「バレンタインのチョコ? 誰かにやんの?」
「ミ……っ、あー、うち家族多いからな!」
危うくミカに、と言うところだったがうまく誤魔化せた、と思う。多分。
「バレンタインのチョコか~俺はやっぱ手作りがいいな」
「手作り?」
「わかるわかる、俺も彼女や好きな女の子からなら、愛情たっぷりの手作りがいい!」
彼女作るところからだけどな! と笑い合うクラスメイトを眺めつつ、飛鳥が首を傾げて問う。
「手作りってそんなに欲しいもん?」
「そりゃそうじゃね? 世界にひとつだけの俺の為に作ってくれたチョコレートってことだろ」
なるほど手作り……と飛鳥が天啓を得たような顔で頷く。
「特別ってことなんやな」
何処の、どんなチョコレートを買うか考えていたけれど、手作りもいいかもしれない。これまで母親の手伝いや弟達の世話で料理ならそれなりにやってきた、お菓子作りはホットケーキくらいしかした事がないけれど、帝の為にバレンタインのチョコレートを作るのは吝かではない。そうと決まれば、今度は何を手作りするかだ。
わくわくとした気持ちを抱え、飛鳥は放課後になると今日は用事があるからと帝に声を掛けて一人で校門をくぐり、一目散に本屋へと向かった。
「本屋にならレシピ本もあるやろと思って来たけど、めちゃくちゃあるやん……?」
何せ時期が時期だ、バレンタイン関係のレシピ本はコーナーができるほど陳列されていて、飛鳥は取り敢えず『初心者でも簡単!』とか『難しくないお菓子作り』とか、初心者向けのレシピ本を手に取ってパラパラと捲っていく。
「チョコチップクッキー……は簡単すぎるか」
それにバレンタインって感じもあんまりしないような気がする、次。
「ガトーショコラにクラシックチョコレートケーキ……ってケーキやん。初心者にはハードル高いんちゃう? それに日持ちの問題もあるよなぁ……」
ちょっと初心者向けではない気がする、超初心者向けでお願いしたい、次。
「あ、これ」
ページを捲っていた手が止まり、飛鳥がじっと見入ったのは鮮やかな抹茶の緑色をした抹茶ブラウニー。日持ちもそれなりで見た目も良い、それに何より――。
「ミカの髪色みたいやな、これ。うん、これにしよ!」
へにゃっと笑って、材料を目で追う。ホワイトチョコレートに抹茶パウダー、ベーキングパウダーに卵にバター、牛乳に砂糖と薄力粉。
「アレンジでクルミやアーモンド入れたりするんや」
他には、ホワイトチョコを上から掛けてフリーズドライの苺をトッピングするデコレーションもあって。
「……ミカの髪色と、俺の髪色みたいやな」
そう呟いた瞬間、飛鳥の頭の中に浮かんだのは、箱の中に綺麗に敷き詰められた正方形の抹茶ブラウニー。中央のブラウニーにだけフリーズドライの苺をトッピングしたら、帝と飛鳥の髪色だと彼は気が付くだろうか。
「気付かんでも、俺が楽しいからええかも」
うん、好きな人の為に何か作るのはきっと楽しいに違いない。だって、考えている今でもこんなに楽しいのだから。
「この本買ってこ、あとは……材料とラッピング用の箱とか袋とかいるよな」
スーパーと百均にも行こうと決めて、飛鳥が本を手に取ってレジへと向かう。
「作る日も決めなあかんな、バレンタインの前日やと失敗した時に大変やから……前々日くらいで」
何なら、事前に試作するのもいいかもしれない。頑張って作るのだから美味しいって言わせたいもんな、と飛鳥が笑みを浮かべる。
「あとは……当日までミカにバレへんようにせんとな」
それが一番難しい気もするのだが、折角だからサプライズといきたいところ。
「よーし、頑張んでー!」
おー! と小さく自分で言うと、飛鳥は足取りも軽く本屋を後にするのであった。
成功
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