●バレンタイン布教委員会
「と、いうことで……バレンタイン、布教、します!」
開幕早々、たくさんの荷物を抱えてセクレト機関にやってきたたから。
あまりの荷物に動けなくなっている所にジャック・アルファードが手を貸してくれたので、ついでにキッチンがあるところ――燦斗の部屋まで案内してもらうことになった。
「バレンタイン、っていうと……確かレイの奴が俺らの世界にも布教してたっけな」
「ジャックさん、知ってるの?」
ジャックはぽつぽつと語る。
その昔、アルムが調子に乗って国中からチョコを集め、等身大のジャックのチョコを作って届けに来たという話を……。
その話を聞いたたからは驚いた。なにせ、たからでも人物等身大のチョコなんて作ったことがない。記憶喪失前のアルム・アルファードという人物はそんなにも凄いんだ! と。
「アルムさん、とっても、すごい人」
「うん……まあ否定が出来ないな……」
たからの結論に遠い目をしたジャック。
記憶喪失前のアルムにはまだまだ、いろんな逸話がありそうだ。
そんな色々な話を続けた2人は燦斗の部屋に到着。
道具をせっせと取り出して、ついでに燦斗も巻き込んでチョコレートを一緒に溶かし始めた。
「足りない道具や材料があったら教えて下さいね」
「はーい」
どんなものを作るのかと問われたら、溶かして、型に入れて、ちょっとトッピングをしただけの可愛らしい女子チョコ。それしかないだろうと。
他にもチョコケーキ等も浮かんだが、それを作るには技術が少し足りない。ということで、ただ溶かしただけではあるが、気持ちを目一杯練り込んだチョコレートを作っていた。
「ああ、それなら生クリームも入れましょう。なめらかな舌触りになって美味しいんですよ」
「生クリーム。……ない!」
「はい、では父上に連絡~。あ、父上~?」
「エルドレットさーん! 生クリームくーださい!」
……なんだかエルドレットが冷蔵庫みたいな扱いを受けているような気がするが、それは気の所為ということにしておこう。
●|宇宙偏執狂《バーサーカー》大暴走。
「おっ、あっ、おおおあああ!!??」
チョコ作りが終わり、出来上がったチョコを燦斗と共に配り始めたたから。
まずはエルドレットとスヴェンに渡したのだが、包みを開いた途端スヴェンが上記のような悲鳴を上げた。
特に何もしていない、女子チョコ。表面にカラースプレーやアラザンなどをあしらっただけの生チョコなのだが、どうにも彼には別のものが見えている様子。
「たから殿は素晴らしい想像力をお持ちの方のようだ。このチョコレートの銀河表現、オレが想像した宇宙とはまた違う素晴らしい着眼点を持った宇宙を表現しておりつまりそうやっぱ宇宙は見え方が人それぞれ違って」
機械の身体故に出来る、息継ぎなしの高速詠唱。
宇宙の素晴らしさや宇宙の良さを語る|宇宙偏執狂《バーサーカー》スヴェン・ロウ・ヴェレットがそこにいた。
……これがフェルゼンの父親なのかと問われれば、そうだとしか言えないのである。
「わあ……」
「はいはい、たからちゃんがびっくりしてるから落ち着けスー」
「急に高速詠唱するんで私もびっくりしてます」
スヴェンにはたからが作った女子チョコが宇宙のようにも見えたようで、宇宙を研究していたスヴェンにとっては(実際にはそう作ったわけではないのだが)新たな着眼点をもらったようなもの。
だがしかし、何も知らない子供のたからにとってはただの変なおじさんにしか見えないので、エルドレットと燦斗でステイステイと落ち着かせた。
「スヴェンさん、宇宙、好き?」
高速詠唱に驚いたたからだったが、純粋に気になったのはスヴェンの好きなもの。
まだ出会って日が浅い彼の好きなものを知りたい故の、幼子の質問が飛ぶ。
「大好きだとも! 世界という存在を定義するためには――」
再び高速詠唱モードに入ろうとしたスヴェン。
しかし再び高速詠唱されると拘束されてしまうため、エルドレットがそれに歯止めをかけた。
「はいスー落ち着け。次高速詠唱し始めたら身体強制停止させっからな」
「……すまん」
なんだか納得がいかねえ、という表情を見せつつも、スヴェンは止まってくれた。
バレンタインというイベントの布教にとんでもないものを見せられて驚いたが、それもまた、イベントみたいなものだからセーフだろう。
感謝の気持ちをたくさん込めたチョコレートを渡して、たからは次へと向かう。
●世界の敵にも、バレンタイン。
「……フェルゼンさん、戻って、きてるかな……」
次にたからが訪れたのは世界の敵となった男フェルゼン・ガグ・ヴェレットの私室。
クリスマスの時に訪れた時には誰もいなかったが、帰ってきているのだろうかと気になっていた。
燦斗に扉のロックを解除してもらって、フェルゼンの部屋へと入ってみると……ふんわりと漂う、バニラ香の強い甘い香水の匂い。
「……!」
直感的に、たからは走った。
ここで立ち止まってはいけないと思ったのか、急いで部屋の中へと入れば……。
「おや」
「フェルゼンさん!」
なんと、フェルゼン・ガグ・ヴェレットその人が部屋の中にいた。
その手に握られているのは、クリスマスの時にたからが置いていたプレゼントの箱。
スノードームが入ったたからのプレゼントと、燦斗の中身が謎なプレゼント。そのどちらも彼の手中にあった。
「さて、どうしたものか。逃げ場を塞がれてしまったなあ」
「む。逃げる、の?」
「部屋の更新をするためだけに来たのでね。……ああ、戦闘行為はやめたまえよ? せ……司令官が何を言うかわからんからな」
「むー。……じゃあ、逃げる、まえに!」
えいっ、とチョコの入った小包をフェルゼンに投げつけたたから。
彼は一体何をと思ったが、クリアカラーの小袋の中身を見て驚いていた。
渡されたのはたからの手作りバレンタインチョコ。
バレンタインの文化についてはフェルゼンはよくわからなかったが、その場でデータベースを開いて調べて理解したようだ。
だがフェルゼンはその時、ホワイトデーの文化も知った。バレンタインにもらった者は、ホワイトデーにお返しするものだと知ったようで。
「ふむ。……お返しは必要かな、たから殿?」
今、フェルゼンは世界の敵だ。討伐されるべき対象だ。
それでも彼は彼なりに、イベントを享受しなければならないと考えたのだろう。
贈り物をしてくれた彼女に問いかける。
だけどたからの返答はフェルゼンの考えるそれとは違っていた。
彼女にとってのバレンタインは、セクレト機関にいる皆へいつもありがとうと伝えるためだけにチョコを配っているのだから。
「また、遊んでくれたら、嬉しい。たからへのお返しは、それだけ!」
「……そうかい」
ゆるやかな笑みを浮かべたフェルゼン。敵とは思えぬその微笑みに対し、燦斗は一瞬だけ動きを止めてしまった。
その隙を縫うように、フェルゼンはそのまま部屋を退室していく。たからとのすれ違いざまには、優しく頭を撫でてくれたものだから、たからはちょっぴり恥ずかしくなって頭を抑える。
「フェルゼンさん、また、遊ぼうね」
いなくなった彼の背中を目に焼き付けた後、ふるふると首を横に振ってたからは再び歩き出す。
セクレト機関には他にもまだまだ、感謝を伝えなければならない人がいる。
その人達のもとへチョコレートを配りに行こう、と。
成功
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