――好きだ、飛鳥。ずっと前から。
――……俺も、おんなじ気持ちです。だから、付き合うて、ください……。
夢の如き一夜は過ぎ去り、気付けば新しい年も二ヶ月目を迎えた。世代交代を遂げつつある学校の空気にならい、一ノ瀬・帝(素直クール眼鏡男子・f40234)もまた、心のどこかを浸らせ続けた余韻から現実に立ち返りつつある。
晴れて望外の成就を迎えた幼馴染との距離感は、もとより近しかったこともあって劇的な変容は遂げていない。それでも|恋人同士《・・・・》の四文字が心に刻む熱は強欲なもので、帝は去年までより強く、自らの中に一つの期待が宿っていることを自覚していた。
時節はバレンタイン――製菓会社の策謀、或いはそれにかこつけた恋人たちの祭典だ。
世界で一番可愛い恋人からのチョコレートを望む想いに嘘は吐けまい。男子校とはいえど恋人のある者もあるからか、このところは教室の気配もどこか浮足立っている。その中でいっとう強く弾む心の裡に、しかし帝は眼鏡の向こうの睫毛を伏せた。
同じくらい、喜ぶ顔が見たい。
甘いものに目がない彼は、きっと帝の大好きな表情で相好を崩すだろう。自分用や――などと言いながら彼がコンビニのチョコレートスイーツをたんまり買い込むのを微笑ましく眺めるのもこの時期の楽しみである。自身が手ずから選んだもので、その笑みを真正面から見ることが出来たら――やはり浮かれた心持ちで想起してみれば、心は決まったも同然だった。
そうと決まれば善は急げだ。
幸いにして環境は良好である。バレンタインを控えた休日、思い立てばすぐにでも行ける距離の百貨店に足を運んだ帝は、迷いなく上階の催事場を目指した。エレベーターが開けば途端に目に入る人々の群れの中へ身を滑り込ませる。
いっときは逆チョコなる文化が推されていたが、やはりスイーツの祭典に心弾ませる割合は女性の方が多いものらしい。異性の集団の中にあって、上背のある彼の幾ら赤の他人といえど怯むものなのだろうが、そんなことは今の帝にとっては些事だ。見下ろす位置にある見知らぬ顔ぶれのはしゃぐ声をよそに、彼は目当ての物品に目を遣った。
ずらりと並んだショーケースは中々に壮観だ。中に詰められたチョコレートの群れは店ごとの特色を如実に示し、店員たちは熾烈な競争の末に顧客をもぎ取ろうと躍起になって声をかけている。その狭間を歩きながら物色するのはただ一つ、恋人が目を丸くして喜ぶような特等の代物である。
クラシカルな板状、宝石めいてカットされたプラリネ、手頃なクランチ、箱詰めされた生チョコレート――それぞれに与えられた、シュガーレスだの高級カカオだのといった付加価値を横目に、帝はゆっくりと奥手に進んでいく。菓子に関する講釈に明るくない彼の目にも美しいと思えるものが目立つようになってきた頃には、トリュフをメインにした店が多く並ぶエリアに足を踏み入れていた。
惑星を模したそれの横を通りすぎたところで、ふと足が止まる。
眼前のショーケースには可愛らしいパステルカラーのチョコレートが並んでいた。その中でいっとう目を惹いたのは、淡いピンク色を孕んだ小ぶりなチョコレートだ。
桜の花弁を思わせる甘やかな色の丸いチョコレートに、やはり花弁を連想させるようなフランボワーズが飾られている。可愛らしい印象の中身を引き立てるのは、落ち着いた色合いの小箱だった。
「こちらはルビーチョコレートを使用しているんですよ。第四のチョコレートと言われていて、人気なんです」
抜け目ない店員のアプローチをよそに、帝は真っ直ぐにそれを見詰めた。脳裡にひらめく薄桃色の髪。その奥から覗く眼差しが柔らかく笑うさまを想起したときには、彼の心は決まっていた。
「では、これを一つ」
「ありがとうございます! 包装は必要でしょうか?」
「お願いします」
手際の良い店員から渡される包装された箱と引き換えに、高校生の財布には些か痛い額を手渡す。だが今やそれすらも帝に後ろめたい感覚を与えることはかなわなかった。
――彼は果たしてどんな反応を返してくれるだろうか。
金色のリボンに暖かな想像を溢しながら、帝の唇は幽かに緩んでいた。
成功
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