●贈り物の季節
誰かに何かをしてあげたいと思うことは尊ばれるべき感情であろう。
きっと自分以外の誰かを大切にできる土壌が育まれているからでもあるはずだ。だからこそ、その善性の環は緩やかに広がっていく。
いつか、世界のすべてがこうなればよいのに、と思うのは当然のことでもあった。
けれど、それが今ではない。
気の遠くなるような長い長い月日をかけなければならないものであると知るからこそ……いや、そんな小難しい理屈など『陰海月』には関係のないことであったのかもしれない。
ただ、共に暮らす馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)や『霹靂』、『玉福』、『夏夢』といった同居人たちに贈り物をしたいと思ったのだ。
贈り物をする口実というか、理由はいくらでもある。
日頃の感謝であったり、親愛を伝えるものであったり。
言葉にすれば短くも簡単なことであるだろう。けれど、そこに品物を加えるとより、その思いが大きくなるような気がしたのだ。
とは言え、考えものである。
そう、季節はバレンタイン。
自分の同居人たちは一癖も二癖もある。
まず第一に悪霊である。それも四柱。一柱それぞれに好みというものがある。
さらに『霹靂』はチョコレートがそこまで好き、というわけではないらしい。どうやら、嫌いというよりは苦手に近しいものらしく、おやつを食べていてもチョコレートは露骨に避ける傾向にあった。
加えて『玉福』はそもそものチョコがダメだ。
興味深そうに近寄ってくることもあるが、それでも与えてはダメだ。
となると、チョコレートを手放しで渡せる相手というのは『夏夢』だけになってしまう。
そうなると手間とコストが嵩んでしまう。
それにサプライズしたいのだ。彼らすべてにあわせて個別に作るのもいいが、そうなるとバレてしまう。そうするとサプライズは失敗ということになる。
どうせやるなら、サプライズも成功させたい。
譲れないこだわりと、譲らなければならい条件。
それを満たすものを作る……。
「ぷきゅ!」
そうだ、クッキーにしようと思い立つ。
以前キャットフードを購入する店でペット用に調整されたスウィーツを見たことがある。
あれならばバレンタインのサプライズプレゼントにちょうどよい。
たしか、サツマイモを材料に使うと聞いたことがあるのだ。
「きゅきゅきゅ!」
これだー! と『陰海月』はすぐさまサツマイモを準備する。
知人の農園から買い受けたものであるから味は大丈夫だろう。蒸してこねて、砂糖を加えればおじーちゃんたちでも十分に食べられる者が出来上がるはずだ。
そうとわかれば、早かった。
あちあち言いながら蒸したサツマイモを押しつぶしてこねて、クッキー型で抜いていく。
猫の形であったり、鳥の形であったり。それにハロウィンの際に見かけて買っていた幽霊型もある。
クッキングシートの上に乗せてオーブンに入れて焼き上げればホカホカのクッキーの出来上がりだ。
「ぷきゅ!」
焼き上がりをみれば上出来だとわかるだろう。
翼の形をしたクッキーは『霹靂』に。猫は『夏夢』にと思っていたが、なんとなく『尊すぎて食べられない!!』とか叫びそうだなと思ったので星の形を。
『玉福』にはお魚。
おじーちゃんたちには……。
「ほう、鳥の形と猫、ああ、なるほど幽霊の形もありますね」
一番お世話になっているからね、と『陰海月』は自分用の丸型の……恐らくプランクトンをもしたクッキーを頬張りながら頷く。
「ありがとうございます」
笑う彼らの顔を見て、それが何よりだと同じように『陰海月』は笑うように宙にたゆたうののだった――。
成功
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