🍫Sweet Valentine
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2月14日。バレンタインデー。
幼馴染の二人にとって、何度も何度も共に過ごしてきた日だ。
最近ではバレンタインの在り方も多種多様になっているが、やはり恋人同士や意中の相手との行事という昔ながらの印象は強く。
妹や母親からチョコレートを貰う事はあっても、知花・飛鳥にとってはどこか縁遠い行事という認識だった。或いは常にクラスの中心的な存在である飛鳥のこと、想いを込めたチョコを貰う事もあったかもしれないが。その頃はまだ、誰かと付き合うというのがピンと来ていなかったのかもしれない。
だが、今年は。
「うわ、今更めっちゃ緊張してきた……」
部室の目の前で、飛鳥はドアを開けられないでいた。
クリスマスに「大切な親友」から告白され、晴れて恋人同士になってから初めてのバレンタイン。
男同士でも恋人だしチョコ贈ってええんやろかなんて悩みつつ、喜んで貰いたくて一生懸命用意してきた。
わかっている、優しい彼は多少好みじゃなかろうときっと喜んでくれるはずだ。
それでも、だからこそ、もし口に合わなかったら申し訳ない。
本当にこれでよかったのかと悩みながらも、もう後には退けない。
「頑張れ俺、いつも通り。いつも通りや……!」
ぐっと拳を握って気合を入れ、飛鳥は部室のドアを開けた。
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「お、飛鳥」
そのお相手こと一ノ瀬・帝は、いつものようになんでもない様子で飛鳥を迎え入れた。
「あれ、二人は?」
飛鳥がきょろきょろと部室を見回す。
「今日は用事があって休みだそうだ」
「へえ、珍しいなあ」
飛鳥は帝の説明をそのままの意味で受け取ったようだが、帝はその連絡を受けた時、少し違う解釈をした。
(「おそらく俺達が二人きりになれるように、わざと休んだんだろうな」)
少し癖はあるが優しい後輩たちのことだ。気を使ってくれているに違いない。今度あの二人にも何か贈ろうと思いながら、帝はまあ座れ、と隣の席を飛鳥に促した。
「部室にミカとだけって、一年生の頃思い出すなあ」
二人きりで安い駄菓子を摘まみながら、くだらない話で盛り上がっていた頃を飛鳥は思い返しているようだ。
いつも通りを装っているが、いつになくそわそわと落ち着かない。
分かりやすいな、と帝の頬が緩んだ。
「ん? なんか俺変な事云うた?」
「いや、」
可愛いなって思っただけだと口にしたら、飛鳥はどんな反応をしてくれるだろう。きっと真っ赤になって更にしどろもどろしてしまうのだろうな。
それも見たいけれど、今日はまた少し違った形で飛鳥をドキドキさせたかったから。
「飛鳥」
「ん?」
「これ、バレンタインのチョコレートだ」
上品な包装のチョコレートを差し出すと、飛鳥がしばらく目をまんまるくして、それからぶわっと花が開くように笑顔になった。
「俺に? ほんまに貰ってええん?」
「ああ」
「わーどないしよ、めっちゃ嬉しい。今開けてええ?」
「勿論」
金のリボンにダークブラウンの包装紙をほどき箱を開けると、中から出て来たのはベリーを思わせるピンク色のトリュフ。
フリーズドライのフランボワーズがてっぺんに飾られているのが花びらのようだ。
「ルビーチョコというらしい」
「聞いた事ある! こないな綺麗な色やのに、着色料やらと違うて天然の色なんやってな」
でもこんなお洒落なもん食べるのは初めてや、なんて声を弾ませる飛鳥。
「飛鳥の髪みたいな色だなって思ったんだ」
「理由まで嬉しいんやけど! あんがとなあミカ」
喜んでもらえてよかった、と内心安堵している帝の前で、けれど飛鳥が急にしょんぼりして見えた。
「どうした?」
「や……釣り合わんなって」
「釣り合わない?」
「俺も、チョコ用意してきたんやけど」
思わず身を乗り出しそうになりつつすんでのところで堪えた帝だった。
付き合って初めてのバレンタインという事で飛鳥も用意してくれているに違いないと思ってはいたが、やっぱり嬉しいとっても嬉しい。
「飛鳥が用意してくれたチョコなら、たとえ五円玉チョコレートだろうがどんなショコラティエも敵わないと思うが」
心の底からの本心だった。
だが飛鳥はきょとんとして、それからぷっと小さく噴き出した。
「ミカってクールに見えてほんま人を和ませるのうまいなあ」
ジョークと思われてしまったらしい。
しかしそれで緊張が解けたらしい飛鳥は、鞄の中から箱を取り出した。
「これなんやけど」
飛鳥が差し出してくる箱は、リボンの蝶々結びが少し曲がっていて。
(「まさか」)
はやる気持ちを抑えながら、帝が包みをほどくと。
中には形がちょっとだけ不揃いな抹茶チョコブラウニー。
(「これは、まさか」)
「こんなええチョコ貰ったあとに手作りモンでごめんやけど……」
ビンゴだった。しかもみんなに配るために作ったものでも、兄弟たちで分け合うために作ったものでもない、正真正銘、自分の為だけに作ってくれたバレンタインのチョコレートだ。
「……ありがとう」
震えそうになる手で、なんとかそれだけを云った。
無愛想だと思われがちな自分がいつになくそっけない態度になってしまったのではないかと焦ったが、飛鳥は思い切り安堵したようににっこりと微笑んでくれた。
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(「ミカが喜んでくれてよかったなぁ」)
ずっと一緒にいる飛鳥からしてみれば、帝がいつもの無表情だからって、とても喜んでくれている事は手に取るようにわかる。
「抹茶か。飛鳥も同じ事考えてくれていたんだな」
その上、帝がそんなふうに呟くものだから、文字通り天にも昇るような想いだ。
黒に近い落ち着いた緑の帝の髪は、まさに抹茶チョコで表現するのがぴったりだと思った。帝がルビーチョコを飛鳥の色だと云ってくれた時、「実は俺のもミカ色で」と白状しそうなのを必死で堪えていたのだった。
(「ミカと二人なんはずーっと前から一緒なのに、付き合うってこんな幸せな気持ちになるんやなぁ」)
そんな事を考えて、飛鳥がニコニコしていると。
「折角二人だけだし、ここで一緒に食べて行かないか?」
帝がそんな事を提案してきた。
「ここで? ええけど……わードキドキするなぁ」
帝がくれたチョコの箱に書かれているのは知らないブランド名。大きめのスーパーにある「ちょっといいチョコレート」が並ぶギフトコーナーなどで見かけた事がないし、きっとかなりいいものなのだろうと推測できた。
兄弟の多い飛鳥は同年代の男子生徒たちより料理をする機会は多いとはいえ、このチョコレートと食べ比べされるというのは肩身が狭い想いだ。
「云っただろう。飛鳥のチョコレートより美味しいチョコレートなんてこの世にはない」
また帝が真顔のままそんな事をいうので、飛鳥の緊張は少し解れた。
「というわけで」
帝がチョコブラウニーの入った箱を飛鳥の前に差し出してきた。
「飛鳥、食べさせてほしい」
「は!? た、食べさ……!?」
帝の表情は相変わらず真顔で、飛鳥の顔は瞬時にルビーチョコよりも真っ赤に染まった。
「いやいやいや、そんなんめっちゃ恥ずいやんけ! 堪忍してや!」
付き合っているのだから自然な流れだろう。分かっている。分かっているけれど!
帝はしばし何かを考えこみ、そして云った。
「……冬休み明け実力テスト勝負、そういえば何を命令するか保留にしてたな」
「今ここでそれ云う!?」
帝相手に勝てる見込みのない勝負を懲りずにやっていた飛鳥だった。だって今回こそ本当に自信があったのだ。実際に飛鳥にしてはいい点を取れたのだ。ただ、帝の成績が良すぎただけで。
(「俺が本当に嫌やって云ったら、きっとミカは無理強いはせえへんのやろうけど」)
でも、誰にだって優しい彼がこんな風に意地悪してくるのも自分相手だけなのだろうと思うと、それはそれで嬉しくもあるわけで。
「うー、しゃあないな……あ、あーん?」
ブラウニーをひとつ摘まんで、帝の前へと差し出した。
「ん……」
「ど、どや?」
小気味よい音と共に口の中に入っていったブラウニーを帝がいやにゆっくりと味わうので、つい訊いてしまう。
「……うん、美味い。今まで食べてきたものの中で、一番美味い」
ほんの少し頬をほころばせて帝が云うものだから、飛鳥も満面の笑みになった。
「ほんま大げさやなぁ! でもそう云うてもらえると作ったかいあったわ」
「無くなってしまうのが勿体ないくらいだ。ゆっくり食べたいけど」
「手作りモンやから早めに食うてな」
「……そうだよな」
肩を落とす帝の姿に、きゅうっと胸が締め付けられるような心地がした。
(「どないしよ。ミカってめっちゃ優しくて格好いいって思っとったけど……こんな可愛い顔も見せてくれるんやなあ」)
それもきっと、恋人である自分だけの特権なはず。
大好きな人の色々な表情をもっと見たくなって、恋愛ごとには奥手な飛鳥ももう一歩を決心する。
「なぁ、ミカ」
「ん?」
帝がしたように、ルビーチョコの箱を彼の前へと差し出して。
「――俺にも、食べさせてくれへん?」
無表情のまま、動揺した帝の椅子がガタンと大きく音を立てた。
成功
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