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七顛八起、歳歳と

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八上・玖寂



鳳仙寺・夜昂





 赤信号が三つ続いて、黄色で渡れると思ったらトラックがやってきた――はまぁ良いが、結局間を駆け抜けていった自転車を見送ったお陰で、夜昂は信号で二度待つ羽目になった。
「運、悪……」
 はぁ、と青年は息を吐く。上背のある青年が見渡した先、通りの向こうまで並んだ人はあの映画の宣伝を見る為に集まったのだろう。
「本日の占い十一位か」
 別に信じている訳でも無いのだが、最下位でも無いのにこれかよ、と青年は――鳳仙寺・夜昂(泥中の蓮・f16389)は、深い緑を宿す瞳を細めて、息をついた。ラッキーアイテムは『素敵な大人』だったか。
「ラッキーアイテムが人間ってありなのか?」
 無理あるだろう、と息をつく頃にはバス待ちの列が夜昂の進行方向に現れていた。

 漸く辿り着いたデパートは春先のイベントに目のない百貨店エリアは改装を進めているらしい。リニューアルオープンの文字を遠目に、夜昂はポケットに入れていたメモを取り出す。猟兵仕事も一つ終えて、セーフハウスから居候先に戻るかどうするかと考えていたところで買い物を頼まれたのだ。
「春の和菓子って言われても色々あんだよな。……いや、どれだ?」
 春先の和菓子はどれも花を模していて、色もほんのりと柔らかい。
「……」
 つい、と眼鏡をあげて、目を細める。オフの日にかけている眼鏡の向こう、照明の眩しさに瞳を細めながら夜昂は春の花と冬の花が並ぶガラスケースを見た。
(「値段は良いとして、どれかだよなー……」)
 考え込んでいたところで、ポケットに入れていたスマートフォンが声を上げた。
「うわ……って」
 マナーモードにしていた筈が、予想外に響いた着信音に思わず声が上がる。軽く頭を下げながらスマホを見ればそこに映っていたのは見知った人の名前だった。
「玖寂さん?」
 この人から電話や連絡が来ることなど、普段まず無い。
「ロクなことが起こらないねーだろ……これ」
 四度目の溜息はここで出た。幸せが逃げてくよ、なんて小さな子供の声を遠くに聞きながら夜昂は通話ボタンを押す。
「あー……えっと、どうも」
『ああ、出たようで何よりです。夜昂くん』
 耳馴染みのある落ちついた声が、自分を呼ぶ。
『狙われていますよ』
「え? またかよ! いい加減にしてくれ!」
 鳳仙寺夜昂。
 本日の占い十一位。なんというか、狙われることに慣れていた。

『合流しますので電話は切らずに。そのまま移動してください』
「……じゃぁ人の少なくとこに移動するんで」
 そこで、と相変わらず夜昂はフロアを見渡した。電話先の人が、こっちが何処にいるか聞いてこないのは何時ものことだ
「今、地下の食品店街にいるんで、とりあえず外に……」
 そう言いかけたところで「あの」と若い女性の声がした。
「豆餅って何処か分かりますか? あの、お一人様二点限りの……」
 夜昂よりは年上だろうか。催物場のチラシを片手に持ったスーツ姿の女性は、落ちついた低めな声で、困ったように眉を下げていた。
「ごめんなさい、こんなこといきなり聞いて」
「あー……、確かにこのあたり分かりにくいっすよね」
 ポケットの中、スマホをねじ込む。通話自体は繋げたままだ問題は無いだろう。
「ここ、結構バラバラにあるんすよね。豆餅なら、この時間帯は上の階で……」
 地図だと、と夜昂は女性の持っているチラシの後ろをつつく。無事に買い物を終えられると、微笑んだ彼女がチラシをひっくり返しながら、こちらに差し出した。
「本当に、ありがとう」
 とん、と一歩見せやすいように彼女が来る。ヒールのカツン、という音と共に瞬間――妙な匂いがした。
「――!」
 強烈な違和感。それが何か分かるより先に、体がびくり、と動く。だが、夜昂の体が引くより微笑む彼女の方が早かった。
「貴方のお陰で助かったわ」
「――ぁ」
 腕に、何かがぶつかったような感触があった。鈍い痛みに思わずそっちを見れば、夜昂の目に飛び込んできたのは注射器だ。
「あん、た……」
 喉から零れ落ちる声が急速に擦れていく。やってしまった、とそう思うのに体が上手く動かない。ぐわんぐわん、と頭の中で声が鳴り響く。
「あら、どうしたの? 貧血かしら。まぁ大変」
 一人喋り続ける女性が、ぐらり、と揺れた夜昂の体を受けとめた。夜昂の方が、遥かに身長があるというのに軽々と受けとめて見せると慣れた様子で注射器を隠し取る。
(「つか、硬い、し」)
 男だな、と思う。それならと夜昂は唇を引き結ぶ。女の人を突き飛ばすのは、嫌だったのだが相手が男なら。
「――どう、も!」
「……!」
 たん、と手で相手の胸を叩く。ぱっと見れば大分あれな状況だが、その分"慌てて申し訳なさそうに居なくなる男"は違和感なくできる筈だ。
「すみません! あ、豆餅は上の階にあるんで!」
「ちょ……!」
 は、と顔を上げた女性――基男がこっちを見上げるより前に、夜昂は一礼だけして人混みの中に滑り込んだ。
「……とに、かく。人の居ないところだよな」
 昼前のデパートは随分と賑わっていた。昼食を買いに出て来た客の中、縫うように抜けてエスカレーターを選ぶ。階段は、流石に悪手だ。今の感じだと、すぐに捕まる気がする。
「注射、注射な……これは想像して無かったけど」
 は、と夜昂は息を吐く。二度、三度深呼吸をして己を落ちつかせる。すぐに意識を失うことは無かったことを思えば、象を相手にするようなとかいう奴じゃないのだろう。
「問題は、何処に行くかだな」
 さっきの襲撃者の所為か、スマホは通話が切れてしまっていた。電源ごと落ちているあたり何かされたのだろう。
「考えろ、考えろ」
 きつく握った拳を額にあてる。一気に移動が出来るエスカレーターも、もう終わる。外に出れば、道は広いが昼の街中だ。どれだけ人が居るか分からない。
(「狙われているのは俺で……」)
 理由は良く分からなくても、相手が容赦をしないのも夜昂には分かっていた。
「……」
 オブリビオンであれば、その関係であれば依頼なら夜昂も動ける。だが、追ってきてるのは一般人だ。あの注射だって、すぐに夜昂の動きを奪いきることは出来なかった。その彼を、彼らの命を奪うことなど、無理だ。
「俺は……」
 その先、紡ぐ言葉も見つからないままゆらり、とあたりを見渡す。コートの下、注射器で刺された場所がじくじくと痛んできていた。巻き込めないのだ。巻き込みたくは無いから。
「甘ったれてられねえんだよ」
 は、と夜昂は息を吐く。顔を上げる。
「……そうだ、確か改装中のフロアがあっただろ」
 リニューアルオープン用の改装フロア。百貨店の方は、大がかりな閉鎖がされている訳では無いはずだ。
「なら、そこだな」
 すぅ、と息を吸う。相変わらず視界は揺らぐし、ついでに腕から流れた血が服を濡らしている。血痕でばれないように簡単な止血だけして、夜昂はデパートの奥へと進んだ。

「流石にこっちまで混んでないな……」
 従業員用の文字が躍る場所に足を進める。堂々と歩いて行けば結構ばれないんだな、と思っていれば、後ろの方で忙しない足音が近づいて来ていた。
「来たか……早すぎだろ」
 悠長に進めていた足を急かす。立ち入り禁止の扉の横、新規オープンのカフェの看板の横を通り抜ければ剥き出しの壁が続く改装中のフロアが夜昂の目に映った。
「ここなら、……いけそうか?」
 天井が高く見えるのは、大規模なリニューアルだからだろう。広い、というよりは大きい、というイメージが強い。ガランとしたフロアには、デパートの構造の柱と置きっぱなしの機材が綺麗に並べられていた。案内通り、今日は休工だ。
「あとは、どんだけ行けるかだな。調度良い場所とかねえかな……」
 隠れるよりは動き回っていた方が、多分良い。下手に隠れるより玖寂は見つけてくるだろう。
「出来れば人の多い階の方には行きたくないよな。なら……」
 今は二階だから、と考えたそこで、たん、という音が耳に響いた。足音とも違うそれと共に、カラン、カンと乾いた音が耳に届く。
「――は?」
 振り返った先、夜昂の目に見えたのは筒上の物体。閃光手榴弾だ。
「冗談……!?」
 言うなって! という言葉と、爆発的な「音」と光が夜昂の世界を奪った。音が、消える。己の声さえ分からない。只、目の前に広がったまっ白な世界が夜昂を飲み込んだ。
「――」
 白、だ。眩しい白。目を焼く程の光は、雪のそれと似て何処までも――違う。
「っく、ぁ……」
 ゲホ、とひどく咳き込みながら漸く目を開く。腕と肩の痛み倒れたのだと自覚した。そりゃ、あんなもん投げ込まれて無事でいるタイプじゃない。
「生きては、い……ッぁ」
 瞬間、走る痛みに上げかけた声をなんとか夜昂は飲み込んだ。ふぅ、ふぅと唸るようにして痛みに耐えきれば、あら、とあの時と同じ「声」がした。
「我慢できるのね、坊や」
「ん、た……」
 声は、低い。やっぱ男だったのか、と言いかけた言葉は、腕を踏みつける足に奪われた。
「対象の無力化に成功」
「捕らえろ」
 踏みつけていた足が退いたかと思えば、腕を引き摺られた。体が軋むように痛い。
(「でも、まだ生きてる。なら、俺は変わろうと思ったから」)
 唇を引き結ぶ前に、拳を握る。痛みはあるし、血も流してるけど結構体は動きそうだ。なら、後は――不意を、つく。
「回収業者を寄越して、遅い。時間は待ってくれないの……」
「なら、もうちょっと時間使っても良いよな?」
 暴れるように夜昂は足をばたつかせれば、つま先が置きっぱなしの資材にぶつかった。
「――!」
 ガラン、ガシャン、と派手な音を立ててパイプが床一面に転がった。その隙に体を起こす。転がりながら手をついて、だん、と一気に夜昂は顔を上げた。
「待ちなさい!」
「待たないだろ!」
 普通、と言いながらフロアを真っ直ぐに駆け抜ける。見つけた資材を片っ端から倒して、悪い、と思わず出る声を我慢できないまま夜昂は一気に進む。そうして辿り着いた先にあったのは――エレベーターだ。
「お誂えっていうかだな」
 従業員用の文字が躍るエレベーターに飛び込む。ガコン、と鈍い音と共に思い付く限りの上階のボタンを押す。
「とりあえず、これで。分からなくなるだろ」
 相手が派手に騒ぎを起こす可能性が低いなら、いや何か投げ込まれはしたけど、まだこのくらいなら上手く逃げれば巻き込まないで済む。
「つか、いてぇ……」
 体のあっちこっちが痛い。注射は序の口だったのか、薄汚れたエレベーターの中、壁に背をついていれば、ガタン、と嫌な音と共にエレベーターが――止まった。
「マジかよ……十一位だろ、最下位じゃねぇんだから、どうにか……!」
 なれよ、と吐いた言葉と同時に、どん、と鈍い音がした。
「……」
 天井から
「終わった……」
 パニック映画の定番。エレベーターと言えば、止まるか落ちるか、招かれざる客がやってくる。オブリビオンくらいでしか見ないものに、冷や汗が垂れる。
 そうして、夜昂がするべき覚悟を全てしたタイミングで、天井の扉が開いた。
「どうも、お待たせしてすみません」
「嘘だあ……」
 そこに居たのは、電話で危険を告げた人。夜昂を守ってくれるという玖寂、その人であった。

「夜昂くん、お元気なようで」
 非常用の出口から八上・玖寂(遮光・f00033)はエレベーターの中に入った。軽く会釈をして見た先、通話先から消えた青年は血の匂いをさせていた。服に血が滲んでいないのを見る限り、出血の量は多くは無いのだろう。
「まあ、元気っすけど。すいません、電話、切れて」
「ああ。そうかと思いましたので。これは、何処か目的地があるんですか?」
「いや、特には……」
 夜昂の歯切れの悪い言葉に、ふうん、と玖寂は鼻を鳴らす。これも良い手ではあるが、階数も多くは無い。向こうの方が人員が多ければ、対応は面倒になるだろう。上に向かう以上、全て片付けるしか無くなる。
「……では、夜昂くんは僕が出た後について来てください。エレベーターの外に出るよりは、早く済みますので」
「はやく……」
 その言葉の意味を飲み込もうとしている姿に、玖寂は僅かに瞳を細めた。
(「眩しい人だな」)
 他人を思う心も。この場で玖寂を心配する姿も。玖寂は小さく、息を吐いた。五階が近い。
「――行きましょうか」
 腰の銃を抜く。サイレンサーをつければ問題も無いだろう。手榴弾までは使ってくるのなら、手はある。
「……ああ」
 どこか緊張した様子で頷いた夜昂に、玖寂は悠然とした笑みを浮かべて前に出た。
「これが片付けば、買い物は出来ますよ。では、お先に失礼」
「対象確認。護衛らしい男がひとりついて……!」
 ひゅ、と声を挙げた男が息を飲んだのは、エレベーターから飛び出た玖寂が缶を投げたからだ。相手が手榴弾を扱うのであれば、投げ込まれたものが"そうでないか"確認してしまう。
「クソ!」
 カン、と鈍い音をたてて、珈琲館が床に転がる。反射的に下を先に見てしまった男が舌を打ち、顔を上げる。だが――その銃口より、玖寂の向けた銃口の方が――早い。
「失礼」
 踏み込みと共に撃ち抜く。ぐらりと倒れた男の肩を押し、目の端に見えた真横の襲撃者に銃口を向ける。女物のスーツは変装か。撃鉄を引けば夜昂の声が響いた。
「玖寂さん、前……!」
「排除しろ!」
「優秀な男だ。誰に雇われているか気になる。対処しろ」
 騒がしく響く声と共に撃鉄を下ろす音がした。鈍く光る銃口に、玖寂は慌てる事無くただ後ろにいる青年に声をかけた。
「では、少ししゃがんでいてください」

 その後に起きたことを、夜昂が説明しようとすれば映画みたいだった、というのに尽きる。しゃがんでいるように、と夜昂に言った人は、銃弾に構わず前に出た。た、と短く聞こえた足音は二歩目で消えた。身を低め、スライディングの要領で相手の下に滑り込んで、撃つ。一人倒れれば、起き上がった先で身を低めたままは玖寂が襲撃者を撃ち抜き――銃弾の雨が止む頃には、その場で立っているのは夜昂を守りに来た玖寂だけになっていた。
「終わりましたね。……」
「玖寂さん?」
 ふいに目が合う。じ、と目を見てくる人に、そういえば視界の歪みが収まっているのを思い出す。ハイになっているだけか、それとも大した量でも無かったのか。
「いえ。夜昂くんの眼鏡、変えた方が良さそうですね」
「あー……そうっすね」
 バタバタと走り回っていた所為か、しっかりレンズに罅が入っている。小さく呻いた先、どうしますか? と声が届く。
「今日はこのまま戻っていただければ」
「いや流石に帰るすよ。さすがに、疲れたんで……」
 占い十一位。運勢は良く無さそうだったが、ラッキーアイテム、基、パーソンは効いた気がする。軽く息を吐き、夜昂は玖寂を見た。
「ありがとうございました」
「いえ。仕事ですから」
 いつもと変わらないやりとりも、生きているからだと、ふっと夜昂は思った。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年02月21日


挿絵イラスト