●緩慢なる時の流れはなく
振り返るのならば、きっとあっという間のことだたのだろう。
長き時を生きるのならば尚の事。
光陰矢の如しとは良く言ったものである。ノレシーン・ラーノレ(純白思慕・f42697)は壊滅した宇宙船『カッツェンアウゲ』の唯一の生存者であるスノレンツェ・ラーノレ(漆黒思慕・f42699)の姿が見えないとうことで、彼を探していた。
探していた、と言っても当てはある。
というよりも、見当がついていると言ったほうが正しいだろう。
彼の姿が見えない時はいつだって決まってあの場所だと理解していたからだ。
そう、宝貝の亜空間に安置している宇宙船『カッツェンアウゲ』である。
時折整備のために人の出入りがあるが、唯一の生存者であるスノレンツェは自由に出入りすることが許されていた。
咎める理由はあまりない。
建立された慰霊碑に彼が日課のように参っているのを知っていたし、その気持も理解できなくもない。
あれから八年の月日が流れている。
不老不死の仙人からすれば、本当にあっという間である。
緩慢な時の流れ。
そうでない者からすれば、八年は長い年月であったことだろう。
「……おいら決めたんだ」
慰霊碑の前に立つスノレンツェに声をかけようとしてノレシーンは思わず身を潜めた。
その言葉が驚くほどに大人びて聞こえたからだ。
あれだけ泣いていた彼が嘘のようであった。
いつからだろうかと、と思い返す。昨日の事のように思える。
一体何を決めた、というのだろう。
ノレシーンは思う。
この宇宙船『フェルドスパー』では、齢十五にて己の進退を決めることになっている。
そういう掟なのだ。
なら、彼もその年ごろだ。
決めた、というのならば、自身の進退についてであろう。
彼の父親はサイコメトリで知ったことであるが、電脳魔術士だった。ならば、父親に倣って電脳魔術士になる、という選択肢もあるだろう。
ノレシーンは彼にそうした事柄を聞くことはなかった。
どのような道を歩むかは彼が決めることだ。自分が何か助言することができたとしても、最終的に決めるのは彼なのだ。
なら、自分ができることは見守ることばかりだ。
多くのことができるようになっても、彼については何一つ自分がしてやれることがない。
自身の無力さをつくづく突きつけられる。
歯がゆい、とはまた違うかもしれない。
「おいら、仙人の修行を始めるって。はじめて、強くなるべ」
スノレンツェの言葉にノレシーンは慰霊碑の影に隠れて驚く。
仙人を選ぶのか、と。
いや、どの道を選ぶのだとしても、自分は応援するつもりだった。
けれど、自分と同じ仙人の道を往くとは思ってもいなかったのかもしれない。
「どれだけ長く生きるかはわからない。なれるかどうかもわからない。けど、おいらは強くなりたいから」
スノレンツェは拳を握りしめる。
あの日、ただ逃げることしかできなかった自分の無力さを痛いほど感じている。
だからこそ、力を求めるのかも知れない。
「……そりゃあ、養ってくる人も、ノレシーンさんも、いい人だから」
彼はまた大切な場所を喪うことを恐れているのかも知れない。
喪うことを知ってしまったからこそでもあると言えただろう。
彼にとって得るということは喪う可能性を秘めたものであるのだろう。だからこそ、手が震える。どれだけ決心したとしても、身体は震えてしまうのだ。
あの日の恐怖を思い出すからだ。
でも、とスノレンツェは面を上げる。
眼の前には慰霊碑がある。
ただの建造物でしかない。そこに己の父や母、友人たちの魂はないだろう。そこにいないだろう。
けれど、それでもと思うのだ。
瞳を閉じればノレシーンや養父母たちの顔が浮かぶ。
己に良くしてくれる者たちの顔が浮かぶ。
それは些細なことだ。触れれば壊れるような幸せの形であったかもしれない。けれど、それが大切なのだ。あの場所を守りたいと思ったのだ。
「だから、おいらはがんばるよ。今日はその報告をしに来ただ。うんや、これは宣誓だべ」
必ず、仙人になってみんなを守れるようになる、という宣誓。
誰が見ているわけでも聞いているわけでもない。
けれど、決めたのならば最早甘えは許されない。言い訳もできない。誰におもねる必要もなが、ただ一つ宣誓した己自身が甘えを許さないだろう。
立ち止まれない道をもう歩み始めたのだ。
ならばこそ、スノレンツェは己の心の甘えと退路を断ち切る。
「がんばるべ」
それが途方もないような道のりでも、歩む。
己が決めたことだ。
背を慰霊碑に向けてスノレンツェは歩む。その背中をノレシーンは慰霊碑の影から見つめる。
彼の決意は、喪ったがためである。
傷は癒えても、まだそこに穴が空いているのだ。
それではダメだとノレシーンは思う。まずは、その心の穴をうめなければと――。
成功
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