SilverRain After 玄武の拳よこの手に
それは昔の物語……。
◆
中国。
雄大な大地にどこかに村はあった。
力に目覚めなかった大人と目覚めし若者が共存し、互いに手を取り合う山奥の村。
寺はその中心にあった。
境内にて対峙するのは二人の若者。
一人は覆面を被り、軽快なフットワークを刻み。
一人は鉢巻を巻き、腰を落とし摺り足で間合いを殺す。
始まりは覆面男のジャブ、間合いを制し流れを奪わんとする一撃をもう一人の若者が受け流すし手首を取ると関節を極める。
「――おっと!」
手を極めた鉢巻の若者――山吹・慧(f35371)投げを放つと覆面は同じタイミングで飛ぶことで防ぎ背を見せる。
瞬間――槍が如き鋭き蹴りが飛んだ。
「――ッ!」
その勢いを危険視した慧が蹴りを叩き落とした瞬間、視界が揺れた。
三日月の如き一撃!
後ろ蹴りを払って意識を下に向けたところで覆面の若者が飛び、頭部へと蹴りを叩き込んだのだ。
実力は慧の方が上だが、黙示録の範疇からはみ出た戦いではそれ以外の要素も関係する。覆面の若者は経験を以ってそれを証明したのだろう。
咄嗟に距離を取る鉢巻の若者。そこへスライディングからアッパーへと相手は迫る。山吹・慧の構えと戦い方から察して重心を上げ、動きを封じる算段だ。
「そこです!」
アッパーカットに合わせて腕を絡め、慧はそのまま足を刈って覆面の相手を地面に引き倒し、流れるように靴で踏みにかかる。
「危ないですねえ」
やや呑気な口調で呟きつつ覆面の男が地面を転がって回避した。
再び開いた間合い。
互いに構えるのは一撃、呼吸、練られる気。
慧は脱力から歩を進め、覆面の若者は右の掌を開き疾駆する。
「――そこまで!」
互いの掌底が交差すると同時に声が響き、二人の若者は動きを止めた。
◆
眼鏡をかけた若者が門の前で一礼すると荷物を担ぎ、背を向ける。
流れるようにやってきて、手合わせをして去っていった覆面の男。
かつては同じ銀誓館学園の生徒だったと聞くが話したことも一緒に戦ったことも皆無に近い。
だからこそ、深く会話を交わす必要は無かった。
彼も自分と同じでおそらくはやるべきことがあるのだから。
「君達、銀誓館学園には感謝している」
寺へ戻る中、拳士――老玄が慧へと口を開いた。
「イグニッションカードのお陰で我々は視えざる狂気に侵されることなく生きていけるようになった」
「礼を言うのは此方ですよ」
それは慧にとっても同じことだった。
「あなた方のお陰で僕はもっと強くなれるし、そして……」
それ以上はと口を噤む、想いは秘めたるもの故に……。
流石に老玄も野暮なことは言わず、笑みだけを返す。
強くならんとする理由に貴賤は無く、振るう拳が自らを示すのだから。
「そういえば、先ほどの立ち合いを見たのだが――慧、君はもしや?」
「はい」
同胞の言葉に慧は一言頷く。
「そうか……なら、そろそろ君もここを発つ時か」
老玄の言葉には寂しさと何かが混ざっていた。
「今まで、ありがとうございました。老玄さん」
冬の風が冷たく靡く。
それは別れの風であり、旅立ちの木枯らしであった。
「慧さん! 老玄先生!」
だが、風は一人の声によって消える。
「村の……村の無線が通じなくなりました!」
その言葉に慧は何かに気づき、携帯電話を手に取る。
電波が通じるはずだった端末が今は圏外表示。
――無線、電波網の遮断。
つまりはゴーストかそれを伴った何者かの襲来であった。
◆
強大なる敵を退けたとしても人々の脅威は終わらない。
残存するゴースト、まだ見ぬ来訪者達、そして狂気の道を歩んだ老獪なる能力者達。
「宗師……見つけました」
漆黒の道着は返り血の証。
幾人もの能力者を殺し、修練に汚れた黒を纏った拳士が自らの師の前で跪く。
「玄武拳士の寺です」
「嗚呼……長かったな」
弟子の言葉を聞き狂気の拳士は只、呟く。
「運命の糸、幾多の拳士を血祭りに上げてようやくたどり着いた赤の繋がり」
宗師の言葉に弟子達は頷き、虎の妖獣が唸り声をあげる。
「青龍、白虎、朱雀……そして玄武。ここにて四神の拳を倒し我らが魔拳を応神の拳とする」
黒き力を纏った拳を掲げ、狂気の拳士は言葉を紡ぐ。
「黄龍、麒麟が無ければ我らがその座――いや、その上にならん」
それは宣戦布告の言葉であった。
◆
「魔拳使い?」
山吹・慧の言葉に一人の玄武拳士が頷く。
「はい、各地で青龍、白虎、朱雀の拳士と闘い、倒していく集団と」
「なるほど……それでしたら」
慧の眉がわずかに歪む。
運命の糸と言うのはある意味厄介なものだ、誰かが知り、口にすれば『縁が繋がる』
それを手繰り寄せれば自然とたどり着くのだ。
「時間は有りませんね」
一人、立ち上がるは銀誓館の若者。
「慧!?」
「一人ではいきませんよ、皆さんにはゴーストの足止めを僕は……」
振り向き、止めようとした老玄に笑う慧。
「敵の首魁を討ちます」
その目は決意と言う炎に照らされていた。
◆
黒が山を下りる。
それは血染めの道着。汚れし魔拳の徒、従いしは黒き妖虎。
黒が山を登る。
それは何物にも染まらぬ色。
たった一つの決意の戦士。
一方は魔拳の使い手であり、もう一方は――慧。
「一人か?」
宗師と称えられる狂気の拳士が問いかければ慧は微笑む。
「そう思いますか?」
「いや、思わん」
互いに戦いを知る者故の諧謔か、敢えての問答か?
「だから問うておるのだ?」
「背負っているからですよ」
慧の手にあるのは一枚のカード。
言葉の意味は分からないが覚悟は伝わった、故に。
「――かかれぇ!」
魔拳の宗師は弟子達を一斉に飛び掛からせた。
「|起動《イグニッション》!」
光が慧を包み、そして黒の旋風が拳士達を薙ぎ払う。
「転玄脚!!」
降り立つは力を開放せし、玄武の拳士――名を山吹・慧。
白虎が如き俊敏な運足は蛇が如き音無き摺り足へと変わり、正中を維持し立つ姿は山の様。
「闇手・毒爪!」
魔拳の弟子が大地に拳を撃ち込むと気が漆黒の腕をなりて襲い掛かる。
「成程、魔剣士の流れを組むのですね」
闇の一撃を見えるかのように躱す慧、その動きは流れる川の様。
「だが!」
道を阻まんとした拳士の顎に掌底を合わせると魔拳の使い手が宙を舞う。
「これ以上の狼藉は」
さらに左手を伸ばし、もう一人の重心を崩し足を払い。
「此処で終わりだ!」
拳を叩き込まんとした別の相手の横に立ち頭を押し、勢いを利用して大地へと叩きつける。
「ぬう……これが玄武!?」
「違う!」
唸る宗師へ踏み込みと共に叩き込むは攻防一体の羅山靠!
「玄武だけではない!」
地を這うような運足から震脚を以って跳ね上げるはグラインドアッパー。
「今までも! これからも!」
川を流れる柳のようなクレセントファング。
「オレは戦う――何故なら、それがオレの」
跳ね上げ、蹴りを叩き込み、そして身を潜らせ投げ飛ばす!
「生き方だからだ!」
そこに立つのは一人の戦士。
「ぬおおおおお! 凶手・黒影!」
怒りの咆哮と共に狂気の拳士が漆黒の気を纏った貫手を放つ。
「……あなたの負けですよ」
けれど、それを制するが如き掌底が魔拳の宗師の胸に静かに触れた。
「僕が居る限りもう――誰も死なせないし」
目の前で項垂れる男を見下ろし、慧は心に秘めた『彼女』の顔を思い出す。
「悲しませない」
――これは昔の話。
一人の男が誰かを守らんと更なる道を歩む物語。
成功
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