●新たな生活
花びらが舞っている。
鮮やかだと思ったし、また同時にいつまで散り続けるのだろうとも思った。
散る華は枯れることを知らないようだった。
狂い咲きというのならば、この事をいうのではないかとスノレンツェ・ラーノレ(漆黒思慕・f42699)は思った。
此処は宇宙船『フェルドスパー』――その仙人区画である。
「区画? なんで区切っているんだべ?」
宇宙船というのは確かにある程度の区画分けされている。
けれど、それは番地であると市であるとか、そういう大まかな区分を示すものであって、隔離されている、隔絶されているということではないのだと思っていたのだ。
とは言え、スノレンツェは二つに区分された仙人区画へと住まうことになったのだ。というか、仙人とは一体どういうものなのだろうか。
自分が暮らしていた宇宙船では特別種族の違いなどなかったように思える。
自分たちと違うのは色だろうか。
それ以外には違いらしい違いは見受けられなかった。もっと細かく言えば、あるにはあったのだろうが、スノレンツェの性格上そういうことはあまりに気にならなかった。
「故郷がそうであったからです」
『白い綺麗な人』ことノレシーン・ラーノレ(純白思慕・f42697)が応える。
「故郷?」
「そうです。仙人の技を伝えた人の故郷、というのが正しいようですが」
「仙人ってなんだべ?」
「仙術を操る者。それは長い修業の果に到達するものであると言えるでしょう。とは言え、誰でもなれるものではありませんし、この宇宙船『フェルドスパー』では齢十五を声なければ認められるものではありません」
言葉はどこかつっけんどんに感じたけれど、ノレシーンは自分を嫌っているわけではないようだとスノレンツェは思った。
ただ、自分との距離の測り方がわからないだけなのだろう。
大人でも。
こんな綺麗な人でもそういうもんなのかとスノレンツェは思ったことだろう。けれど、それは正しくない。
彼女は連日のサイコメトリで疲弊していた。
自分の疲弊をスノレンツェに悟れまいとするあまり、こういう態度になってしまっていた。
サイコメトリ。
物品の記憶を読み取る力と言えばいいのだろうか。
彼女は宇宙船『カッツェンアウゲ』の中で作業を手伝っている。宝貝空間に安置された宇宙船の清掃と整備というのは上手く進んでいなかった。
「……うっ」
「大丈夫ですか」
共に作業に勤しんでいる同僚の肩を支えてノレシーンは青ざめた顔を見やる。
そう、サイコメトリはその精神に負荷をかける。
何故、そこまでして、と問われたのならば、犠牲者たちの名を墓標に刻むためだ。この宇宙船のことを自分たちは知らない。
名簿のデータベースがあればよかったのだが、襲撃によって破壊されてしまってデータの復元ができなかったのだ。
だから、仕方ないとは言え、こうしてサイキックによるサイコメトリで物品や黒い染みなどに触れて犠牲者の名前を読み取ろうということになったのだ。
あまりにも気が遠くなるような作業だった。
「慰霊碑の建立。それは結構なことです。ですが、名も記さずに、ただ慰霊碑をというのであれば形だけなぞっただけに過ぎません。そこに真摯さがないのであれば、やらないのも同然です」
ノレシーンの言葉は『フェルドスパー』の総意であったことだろう。
死せる生命があるのだとしても、誰にも覚えてもらえていないとうのは魂も浮かばれないだろう。
だが、そんな彼らの心とは裏腹に読み取れるものは、どれもが凄惨なものばかりだった。
当然だろう。
死せる瞬間を見て、精神が保つのは強靭な精神を持つものだけだ。
そして、例え修業を経て仙人になった者であっても疲弊もすれば疲弊もするのだ。
ノレシーンもまた例外ではない。
間に合わなかった記憶の追体験。
それは己が精神を刻むようなものだった。心が傷つけば、体も傷つく。肉体の変調はすぐに現れた。
数百、数千に及ぶサイコメトリはノレシーンの心を蝕んでいく。
こんな己をすべてを喪った者に見せるわけにはいかない。
華散るこの場にあって、彼には、せめて、と思ってしまう。
「でも、不思議だなぁ。こんなにずっと花が際ているだなんて」
「そうですか?」
「んだべよ。だって、ずーっと花が際ては散って。普通は花が散ったら実になって、芽吹くまで枯れているもんだべよ」
そうやって次代に絆いでいくものだと彼は言った。
不思議そうな顔をしていたが、それはこちらも同じだった。
この宇宙船では、それが普通だった。
常に花が咲いている。
枯れる、ということがなかったのだ。
だからこそ、思う。
生命もまた同じだ。
枯れる。死せる。なら、と思う。彼には生きてほしいと思う。
生きるために必要なのは目的だ。
目的無き者に生命は応えない。これが酷なことだとノレシーンは理解していた。あの日、意識を取り戻した彼が泣きじゃくる姿を見た。
心が傷んだ。
もう二度と泣かせてはならないと思った。
けれど、それでも彼女は宇宙船『カッツェンアウゲ』で見つけた一つの道具を取り出す。
それは煤に塗れていたが、無事なハッキングツールだった。
サイコメトリで読み取れば、これが誰の持ち物であるかはわかる。そして、最後の記憶も。
だからこそ、この持ち主の名が彼の名に連なる者であることがわかった。
『ヴォダ・サノレニ』
それが彼の父親の名前だった。
「これ……」
目を見開く。
スノレンツェは、それを良く知っていた。父親の道具だ。
視界が滲む。
「あれ、あれれ……」
もう泣かないと決めていたはずなのに、涙が溢れていた。
どうしようもない濁流めいた涙が溢れてくる。拭っても、拭っても止まらない。
「父ちゃんの……これ、父ちゃんの……残って」
「ええ、残っていました。あなたの父親のものです。私にはわかっていました。あなたがきっとまた泣くだろうことは」
ノレシーンはスノレンツェの前に膝を折る。
きっと己を責めるだろうと思った。再び彼の心に悲しみを齎す者だからだ。そして、彼の中にある傷を抉る者だからだ。
だから、責められて当然だとも思っていた。
徒に彼の傷を広げただけだとノレシーンは思っただろう。口を開く彼が放つ言葉を受け止めようと思った。
けれど、彼は罵詈雑言でもなく、悲しみの声でもなく。
「ありがとお」
感謝の言葉だった。
苦しいはずなのに。
悲しいはずなのに。
それでもついてでてきたのは、感謝の言葉だった。
強い子だと思った。悲しみを抱えながらも、生きることを止めない子だとノレシーンは理解する。
この子は、きっと自分よりも強い、と。
多く喪ってなお、それを突きつけられてなお、それでも涙流せど生きることを止めない。
そんな強さを、知ってノレシーンは知らず彼の体を抱きしめていた。
「いいえ。私は、あなたに届けただけです。あなたを守ったのは、あなたのお父上です。だから」
礼を言われる謂れはないのだとノレシーンはスノレンツェを抱きしめる。
力強く。
この子を守った家族愛というものが、今は暗き先行きの道を照らしてくれますようにと。
そう願わずにはいられなかった。
涙に濡れた着物が乾くまで、ノレシーンは抱きしめ続けた。
その温もりが、彼の心の傷を少しでも癒やしてくれますようにと――。
成功
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