クリスマス生配信『ケルチュ――ブ!!』
●狂言
『ケルチューバー』
それはメディア業界に現れた新たな形態の一つであろう。
今やメディアは個人レベルでの情報発信のできる場になった。コンテツ作成やSNSや動画投稿サイトを通じて人々とつながることが用意になった時代なのだ。
例え、それが宇宙からの侵略者との戦いが激化するケルベロスディバイド世界であってあっても変わりない。
人の時代の変遷というのは、いつだって突如としてのブレイクするーで壁をぶち抜いていくものであるからだ。
これは普段は宇宙からの侵略者『デウスエクス』と戦う|正義の味方《ケルベロス》達がケルベロス動画投稿サイト『ケルチューブ』を舞台に行なう|啓蒙活動《やりたい放題な無法地帯》を記録した面白おかしい物語である――!
●クリスマスコラボ案件
とまあ、前置きはこれくらいにしておこうとステラ・フォーサイス(帰ってきた嵐を呼ぶ風雲ガール・f40844)は思った。
冬の風がハイウェイを走る己の頬を切りつけるようだった。
寒い寒い。
本当に寒い。
季節は冬、それも寒さ極まるクリスマスである。
こんな日に何をやっているのかと言うと、相棒である真・シルバーブリット(真シルバーブリット・f41263)と共に夜間のパトロールツーリングを行っている真っ最中なのである。
何が悲しくてこんな日までパトロールをしなければならないのかと思うが、これも仕方ないことである。
いつまた宇宙からの侵略者『デウスエクス』が来襲するかわからないのである。
備えておくに越したことはない。
「取越苦労ばかりだったら良いのにね」
ライドキャリバーに搭載された少年AIの声にステラは、本当にねーと返す。
「ちょっと回転数多くない?」
「だって、今日はクリスマスコラボ配信の日でしょ。配信時間まで後少しなんだよ」
ああ、なるほど、とステラは思う。
こんなに日まで申し訳ないな、と思う。流石に此処から自宅に戻るのは時間が足りない。配信開始時間までに戻ることはできないだろう。
「なら、今日はサービスエリアで配信見よう」
「えっ、いいの?」
「そりゃもちろん。同時接続視聴したいでしょ」
「するする。する」
なら、とステラはシルバーブリットと共にサービスエリアへと侵入する。
時間までは余裕がある。けれど、こういうものに食べ物は必要だ。飲み物だって。
映画鑑賞と同じなのだ。
視聴する環境を整えるのは、ある種の急務だ。
いや、義務と言ってもいいな、とステラはシルバーブリットから降りるとサービスエリアの煌々とした明かりに近づいていく。
売店はこの時間である、殆どがしまっている。
とは言え、心配ご無用である。
こういう時のために無人販売機があるのである。
ボタンを押せば、ホットなスナックが出てくるご機嫌さ。
言ってしまえば、冷凍食品を解凍したものが出てくるだけなのだが、寒空の下出温かいものが食べられるというのが嬉しいのだ。
「さって、と。こんなもんかな。あんまりこの時間に食べるのも違うしね」
軽いものでいいんだよ、とステラは独り言をつぶやきながらシルバーブリットの元へとやってくる。
「はやくはやく」
「慌てなさんなって。ほら、ちょうどよい」
●お嬢様空間
独特なイントロと共に『なうろーでぃんぐですわ~!』という文字が画面に波打つように浮かんでいる。
数秒の後に画面に現れるのは、華美な装飾の施された一室であった。
ソファが二つ。
対面するように配置され、テーブルを挟んでいる。
そのテーブルには生花が置かれ、画面の華やかさを醸しだしていた。独特なイントロでなんかこう、別の番組を彷彿とさせるが、今はそれを言ってはならない。
「いや、言いたくなるでしょ、こんなん」
ステラは思わず画面を見てツッコんでいた。
「こういうフリがいいんだって」
シルバーブリットは、どるん、とエンジン音を響かせた。ホントかな、とステラはいぶかしんだがそんなもんか、とも思った。
「ごきげんよう、皆様。そして、いらっしゃいませ、わたくしのお部屋へ。オーッホッホッホ! わたくしことヴィルトルート・ヘンシェル(機械兵お嬢様・f40812)と共に聖夜を素晴らしいものに致しましょう!」
元は地球侵攻用高級指揮官機『OJ-3M』と呼ばれていたダモクレス。
それがヴィルトルートの正体である。
だが、彼女は侵攻先にて『お嬢様』という満ちなる概念に心打たれ、今に至る。
雑な説明であるが、まあ、そういうことである。
なんともニッチな姿とニーズを狙い撃ちしたかのような装いであるが、彼女はこれを至高と崇めているのである。
未だあの日見た気高き精神には程遠いが、しかし彼女は邁進していくのである。
「そして!」
カメラがパンする。
こういう手法はナノ・ナーノ(ナノナノなの・f41032)の仕事であった。
彼がカメラに映すのは、ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・f40843)であった。何故か少女漫画チックな画風の衣装を身にまとっている。
「ブハッ! ジークじゃん! 何あの格好?」
「お姫様みたいだねー」
「いや、おすまし顔が此処まで似合わないってことある?」
ステラとシルバーブリットの言葉は同じように視聴している者たちにも共通したものだったのだろう。
コメントが画面に流れていく。
『これは綺麗な狼ゴリラ』『此処まで見事にお嬢様エッセンスを打ち消すパワーある?』『おれはすき』『無茶すんな』
などなど。
それはディス、というよりは好意的な弄りに思えたことだろう。実際そのとおりだ。
こういうコメントのやり取りこそが同時視聴の楽しい所でもあるのだ。
「ごきげんよう、皆。今日はクリスマスにお呼ばれしているでありますのよ」
『なんて?』『言葉遣い』『無理すんな』『とってつけたようなお嬢様感』
コメントを見てステラもそう思った。
これはジークリットが悪いよ、と咽てしまって涙目に鳴りながらもお腹を抱える。
「良いお嬢様力ですわね、ジークリットさん。よくってよ」
「おほほほのほでございますのよ、だ。ヴィルトルート。前回の配信はコラボありがとう、ございますのよ」
『ございますのよって言えば全部お嬢様言葉になると思ってらっしゃる?』『ナノP安易なキャラ付けはよくないよ』『お嬢様言葉を突き破ってくるウォーリアー感』『ここまでお嬢様言葉に遭わないとは思わなんだ』『言葉尻がゴツイ』
コメントがいちいち尤もである。
というか、本気で彼らもジークリットを貶めたいわけではないのだ。
ジークリットが真面目な顔をして、天然を炸裂するのが見たいのだ。だから、こうしてコメントを残しているのだ。
ある意味誘導みたいな、フリを行っているに過ぎない。
だが、ステラはジークリットのこめかみがピクピクしているのを見逃さなかった。
「だいぶ無理してるねーぶふっ」
「ねーいつもこんな感じじゃないからしんせーん」
「コスプレ感すごっ、ぶへっ」
「わらいすぎだよー」
ごめんごめん、と笑いながらジークリットとヴィルトルートの配信が続いていく。
前回のコラボ配信をステラも手伝ったが、好評だったとは聞いている。
『ニャパン』という猫を追いかけ回したあの配信である。ケルチューブでも瞬間最高視聴者数を叩き出したデウスエクスである十二剣神『大祭祀ハロウィン』との決戦もすごかったが、ステラとしては、あの狂想曲めいたドタバタも好みだったのだ。
『ナノP』とコメントで流れてきたが、それはジークリットの相棒であるナノの事である。
彼が画面内に顔を見せることもあったために、視聴者からは『ナノP』の相性で予備慕われているのである。
彼の顔がちょこっと画面に映っただけで切り抜き動画集になるほどの人気を持っているのだ。とは言え、彼が画面内に姿を現す時というのは、いつだってジークリットの暴走を止めるためとフォローに回るためだったりもするので、視聴者的にはジークリットの暴走を求める所もあったのだ。
そんな視聴者とプロデューサーの思惑がコラボする案件ともなれば、益々動画はヒートアップしていく。
「前回はとっても大変だった、でございますのよ」
「いえ、本当ですのよ。決戦もそうでしたが、『ニャパン』さんのことをわたくし、パンの一種かと思っておりましたら」
ジークリットとヴィルトルートのやり取りが続く。
それは動画の裏話的な賑やかしの話題であったことだろう。
とは言え、今日はクリスマスコラボ配信である。
一定の評価数達成によって、クリスマスプレゼント企画が進行していくのだ。
だから、ジークリットは生来の生真面目さえもって今回の企画趣旨に則っているつもりなのだが、それがどうにもチグハグでおかしみを齎している。
本人がそれに気がつけていないところがポイントだとはナノの言葉である。
「パンはパンでも食べられないパンというものですわね」
「いや、食べられないことはないだろう、でございますのよ」
ジークリットの言葉にステラは思わず突っ込む。
「それはないでしょ!?」
「じこだね」
『こわ』『広義的に言えばそうだけどそうじゃないでしょ』『これだから平常運転の狼ゴリラはさぁ……』『フライパンでも噛み切りそう』『こっわ」
コメントも大いに賑わっている。
いや、荒れているのか? これは?
「何事も為せば成る、というやつだ、でございますのよ」
「金属ならわたくしの高貴な変換装置でどうにかなりそうなものですわよね」
ズレたことをいうジークリットにあくまで優雅なヴィルトルート。
そのアンバランスさがさらに配信を加速させていく。
『ナノPこれどうやって編集すんの』『残念ながら生配信だから』『狼ゴリラのお嬢様言葉AMSR助かる』『いつものスーツ方がいい』『これはこれで』
「コメントは訓練されすぎでしょ」
ステラは続く企画を見やりながら笑いをこらえるのでいっぱいいっぱいだった。
「これがジークのリスナーさんたちの練度ってやつだよねー。僕もスーツの方が好きかも」
「や、まあ、今回のコスプレみたいな着せられている感じのよりは言いかもだけど、無骨が過ぎるでしょ幾らなんでも」
「えー、そうかなー?」
ステラとシルバーブリットもスマホという画面を共有しながら笑い合う。
他愛のないことなのかもしれない。
けれど、こんな夜があってもいいかもしれない。
いつもと違う場所で、いつもと違う感じでいつものように視聴する。それはシルバーブリットにとっては得難い経験であったように思える。
「そうそう、言い忘れておりましたが、動画のいいねが一定の数に到達すると視聴者にプレゼントがございますのよ。提供は鬼河原探偵社でお送りしておりますのよ」
「そのとおりだ、でございますのよ。いや待て、探偵社の提供で何がプレゼントしてもらえるというんだ、でございますのよ。浮気現場の証拠か? それとも調査費用のクーポンか? でございますのよ」
「浮気と申しますと、クリスマスは浮気の集中アクセス帯なのですってね」
「アリバイ工作に必要な言い訳しやすイベントが目白押しだからな、でございますのよ」
「まあ、なんてことでしょう」
『似非にもならない似非お嬢様言葉クセになってきた』『これはこれでイケる気がしてきた』『集団催眠かな?』『おまいら訓練されすぎ』『おハーブ生え散らかしておりましてよ』『それはそれとしてナノPは腹を切れ』『どうすんだよこれぇ』『提供あるのに大丈夫?』『此処来ているヤツは浮気してないでしょ』『俺達は何を見せられているんだぜ……?』
「クリスマス配信なのに、なんでそんな生々しいこと言ってんの、ジークってば」
「ジークはおーまじめだからねー」
「それにしたって、さー」
提供側もこれじゃあイメージダウンでしょ、とステラは笑う。
愉快愉快と、彼女は寒空の下で冷めた紅茶のカップを揺らして飲み干す。
軽食も食べきってしまった。
スマホの画面の中ではヴィルトルートとジークリットが、なんとか挽回しようとがんばっている。ナノも画面内に突入して事態を収めようとがんばっている。
配信事故として処理されるのかな、とステラはカラカラと笑いながら、スマホの画面を見つめる。
「終わったら、パトロールだねー」
「そ、クリスマスなのにね。でもま、しょうがいよ。さて、最後に記念でコメント残しとっか」
メリークリスマスって、ね――。
成功
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