●力の証明
自負するところの力に如何ほどの証明が必要だろうか。
環境も、境遇も、すべて力で如何様にも変えることができる。
自分が女人の身であったとしても、それは変わりないことであっただろう。少なくとも、ノレシーン・ラーノレ(純白思慕・f42697)にとってはそうであった。
『負け知らず』
それが己の誇りであった。
確かに宇宙船『フェルドスパー』において己に勝ちうる存在はいなかった。
仮に師であり宇宙船『フェルドスパー』の仙界区画の責任者たる両親という色眼鏡があるのだとしても、それを帳消しにする強さがあった。
大宇宙の中を進むには生命は強靭でなければならない。
強さと靭やかさがなければ、生きることすら難しいのが宇宙である。
「こ、これは……」
だが、そんな強さなど些細なことであると思える光景が彼女の前に広がっていた。
白映える虹色の光を放つクリスタリアンであるノレシーンと対極の黒い染みが船内にこびりついていた。
それはブラックタールと呼ばれる種族であることを彼女は知っている。
聞き及んでいた。
そして、その黒い染みが彼らの死に様であることも。
「生存者は……!」
彼女は付近の宙域を航行していた宇宙船と共に救援信号を頼りに宇宙を漂っていた『カッツェンアウゲ』へと踏み込んでいた。
だが、そこにあったのは惨憺たる状況だった。
誰も生きていない。
此処にあるのは死だけだ。
どうしようもないほどの死の気配だけが充満していた。
ことがすべて終わった後であると理解できるのにノレシーンは幾ばくかの時間を要した。
絶望だけが眼の前に広がっている。
もがくようにして黒い染みの中を這い回る。
『最強』の名など、この場においては何一つ役に立たない。無意味だった――。
●生き残り
その日は夏祭りだった。
夏、という季節があるのか、という問いかけにスノレンツェ・ラーノレ(漆黒思慕・f42699)は上手く答えられなかった。
彼は宇宙船『カッツェンアウゲ』唯一の生存者だった。
記憶がおぼろげなのは当時の混乱によるショックによる要因が多いのだろう。
何が起こったのかを幼い彼が詳細に語ることはできなかった。
「おいら、必死に逃げて……隅っこで震えてて……あの『白くて綺麗な人』が来て」
そこから先が記憶にない。
自分が気絶していたのだと語られて、始めてそうなのかと理解できただけだ。
ブラックタールである身体は微細に振動しているようだった。
体に染み付いた恐怖という感情が己の体すら思い通りにさせてくれないのだ。
そして、漸くに理解した。
生き残っているのは自分だけなのだ。
父も母も、友達も、知り合いも。
誰もが生きてはいないのだと。それはある意味当然であったかも知れない。銀河の海ゆく世界にあって宇宙船こそが生命のすべてである。
居住可能惑星のすべてが銀河帝国によって破壊された。
新天地を求める旅は、宇宙船という揺り籠によって行われる。行き着く先が何処にあるのか、いつまで続くのかもわからぬ旅路。
その果に滅びが待ち受けていることもまた推して知るべきことだったのだろう。
けれど、あるはずと思っていた明日が訪れないなどと誰が理解出来ようか。それに備えることもできはしないのだ。
「う」
絞り出したのは、単音だった。
喉から唸るように。放り出すようにしてスノレンツェは、嗚咽をこぼす。
もう会えない。
他愛ない日常のすべてが失われたのだと理解して涙がこぼれた。
声ならぬ声は、事実を受け止めるにはあまりにも繊細な心が砕けたことによるものであると彼の眼の前に立つ『白くて綺麗な人』には写っただろう。
だが、それすらもわかっていなかった。
理解できなかったのだ。無理なからぬことである。
それでも、もう会えないということだけがスノレンツェの心を引き裂くようだった。
「う、う、う」
『白くて綺麗な人』は何も言わなかった。
言えなかったのかもしれない。
ただ抱きしめてくれた。
それだけでよかったのかと問われたのならば、スノレンツェはよくわからないと応えるだろう。
涙だけが頬を伝っていく。
心が張り裂けないために涙を流すのだとしたら、もう会えぬ者たちを思って、己の強すぎる力が涙をためていた何かを壊したのだと思う。
「母ちゃん……」
泣いて、泣いて、泣いて。
頬に涙の痕が拭えなくなっても、それでもスノレンツェは泣き続けた。
それを『白くて綺麗な人』は抱きしめ続けた。
それだけしかできない己を悔いるように。
「泣きつかれて寝てしまいました」
「そうか。遣る瀬無いな」
「彼は」
「こちらで保護することになった。彼も、だ」
「そう、ですか」
「お前は『負け知らず』だったが、今は違うだろう。知っただろう。その力のあまりの小ささを」
「はい、ですから」
ノレシーンは拳を握った。
己の痛感した痛みを握りしめるように――。
成功
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