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サーマ・ヴェーダは恋慕の熔融か

#クロムキャバリア #ノベル #猟兵達のバレンタイン2024 #エルネイジェ王国

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メルヴィナ・エルネイジェ
メルヴィナがルウェインにバレンタインチョコレート(義理)を贈るノベルをお願いします!

時系列は【サーマ・ヴェーダは異格の執行を示すか】の暫く後です。

アドリブその他諸々全てお任せします。

●導入
メルヴィナは海竜教会の自室で考え事をしていました。
前回の演習の後、メルヴィナは自分の言動がずっと気になっていたのです。
「やっぱりあの時は言い過ぎたのだわ……」
元夫に突き放された時の自分の姿と、現在のルウェインの姿が重なって見えてしまったからです。
そして自分は元夫と同じように酷い事を言ってしまったと思うようになりました。

「きっととても傷付けてしまったのだわ。だからちゃんと謝らないといけないのだわ」
ひょっとしたら今の自分のようにルウェインも気を病んでしまうかも知れないと考えたのです。

「そして私が思っている事をちゃんと伝えないといけないのだわ」
幾ら好意を向けられても応える気は無い事を伝えようと思いました。
ルウェインには早い内に諦めて貰いたかったのです。

「でもどうしたらいいのだわ?」
会いに行くにも切掛がありません。
呼び出すのは嫌です。
そして何と謝れば良いのか分かりません。

「メルヴィナお姉様〜! ごめんなすって〜!」
そんな時、部屋の扉を叩く音がしました。
扉を開けるとそこにはメサイアがいました。
「どうしたのだわ?」
「おバレンタインなのでおチョコを持ってきましたわよ〜! 次はお兄様にお配りいたしますわ〜!」
メサイアは沢山のチョコレートを置いてどこかに行ってしまいました。

「バレンタイン……? あ……」
メルヴィナは閃きました。
そして久しぶりの買い物に出掛けます。
買って来たのはピンクの包装が可愛いチョコレートでした。
「これしか売ってなかったのだわ……」

●そしてチョコを渡す
メルヴィナは聖竜騎士団が駐留している基地を訪れました。
手にはバレンタインチョコレートが握られています。
基地の人にルウェインがどこにいるか尋ねると、トレーニングルームに居ると言われました。

「メルヴィナ殿下! メルヴィナ殿下! メルヴィナ殿下! メルヴィナ殿下! メルヴィナ殿下!」
するとそこには、メルヴィナの名前を連呼しながら鍛錬に打ち込むルウェインの姿がありました。

「き……気持ち悪いのだわ……!」
メルヴィナはゾワッとしました。
見なかった事にして帰ろうとしたその時です。

「ん……? メルヴィナ殿下の匂いがするぞ? ハッ!? メルヴィナ殿下ァッ!」
ルウェインが凄い勢いで飛んできました。
とても気持ち悪いムーヴでした。
「ご機嫌麗しゅうございます! メルヴィナ殿下! このような場所でお会い出来るとは! 本日は如何なされたのでありましょうか!? もしやメルヴィナ殿下も鍛錬に?」
メルヴィナは逃げたかったのですが逃げられませんでした。
ここで逃げたら凄い勢いで追い掛けられると思ったのです。

「あなたはいつも私の名前を呼びながらトレーニングしているのだわ……?」
「ハッ! メルヴィナ殿下に忠義を尽くす為の鍛錬ですので! 流す汗の一滴までメルヴィナ殿下に捧げる所存であります! それにメルヴィナ殿下のお名前を叫ぶと、気力が無限に湧き上がってくるのですよ!」
ルウェインはウッキウキで答えました。
メルヴィナはゾワッとしました。
「やめるのだわ! 周りに誤解されるのだわ!」
「ハッ! 申し訳ございません! では心の中で叫ぶ事とします!」
メルヴィナはもう勝手にしてくれとなりました。
気持ち悪いので早くチョコレートを渡して帰ろうと思いました。

「これ……あげるのだわ」
「これは……?」
ルウェインは困惑しました。
「チョコレートなのだわ……バレンタインだから……前のお詫びに……あの時は私も言い過ぎたのだわ……」
「メルヴィナ殿下から……贈り物……!?」
するとルウェインは喜びのあまり狂乱しました。
「おおお! なんと有難き幸せ! 人生初のバレンタインチョコレートがメルヴィナ殿下から頂いたチョコレートだとは! 身に余る栄誉でございます! 嗚呼メルヴィナ殿下! なんと慈悲深き御方! 否! 慈悲深いなどと言う範疇には収まらない! もはや母性! メルヴィナ殿下は自分の母になってくださったかも知れない御方です!」
メルヴィナはゾワッてなりました。
「ただのお詫び代わりなのだわ! あと私はあなたのお母様じゃないしならないのだわ!」
「ハッ! グレーデ家の家宝と致します!」
「大事に取って置かれても困るのだわ!」
「ハッ! 直帰後速やかに食させて頂きます!」
「用はそれだけなのだわ……さよならなのだわ」
「お送り致します!」
「いらないのだわ!」
「ハッ! 出過ぎた事を申し訳ございません! どうぞお気を付けて!」
メルヴィナは早足で帰って行きました。

●その後
メルヴィナは海竜教会の自室に戻りました。
物凄く疲れた気がします。
「言えなかったのだわ……」
幾ら好意を向けられても応えられないという事を伝えずに帰って来てしまいました。

「あんなに喜ぶなんて思わなかったのだわ……義理どころかただのお詫びなのに……バカで可哀想な人なのだわ……」
あの時伝えていたらきっと更に深く傷付けてしまったでしょう。
そう思うと怖くて言い出せなかったのです。
気持ち悪いからすぐにでも逃げたかったという理由もありますが。

「幾らあなたが私を好きでいても、あなたの想いが私を満たす事は無いのだわ……」
元夫の所から逃げ帰って以来、メルヴィナの心という器には亀裂が入り、穴が開いたままです。

「でも、もし……あなたがもっと早く現れてくれたら……」

一度も名前を呼んでくれなかった元夫。
知らない所で名前を連呼していたルウェイン。

嫁いだ日、出迎えてすらくれなかった元夫。
匂いを嗅ぎつけるや否やミサイルのように飛んできたルウェイン。

私に対して何の興味も抱かなかった元夫。
私の一挙手一投足まで見ているルウェイン。

私の愛を受け入れてくれなかった元夫。
ただのお詫びの気持ちにあれほど狂気狂乱していたルウェイン。

他の女しか見ていなかった元夫。
私しか見えていないルウェイン。

「改めて思い返すと気持ち悪いのだわ……」
ゾワッとしました。

ですがもし嫁ぐ前にルウェインと出会っていたらと考えてしまいました。
或いは嫁ぐ先がルウェインの元だったら、果たして自分はルウェインを愛していたのでしょうか?
彼の熱烈な想いにどうしていたのでしょうか?
心が割れてしまう前に出会っていたら?
「なんであなたは、あいつがしてくれなかった事をしてるのだわ……?」

チョコを渡した時の大喜びしていたルウェインの様子がふと浮かびます。
気持ち悪かったなって思いました。

しかし想像してしまうのです。
彼と過ごすバレンタインやクリスマスの光景を。
ひょっとしたら家族が出来ていたかも知れません。
その時の自分は、果たして今のようにしょぼくれた顔をしていたのでしょうか?

「どうして今更になって現れたのだわ……?」
メルヴィナはルウェインの事が段々と恨めしく、憎たらしく思えて来ました。
「あなたが来るのが遅いから、私はおかしくなってしまったのだわ……!」
心の中がぐちゃぐちゃになってしまいました。

「あいつも……あいつが居なければ……」
或いは元夫が居なければ、普通の心のままでルウェインに出会えていたのかも知れません。
元夫に対する恨みがまた燃え上がってきました。

「こんな私を知ったら、彼の気持ちも変わるのだわ……」
メルヴィナは思うのです。
ルウェインが自分に好意を寄せていられるのは、本当の自分を知らないからだと。

嫉妬狂いの束縛皇女。
面白おかしく報道されている内容は間違っていないと思っています。
「私は……私が愛する人の興味が、少しでも他の女に向かうのが許せないのだわ……他の女と一緒にいるだけでも許せないのだわ……!」
異常に嫉妬深くて独占欲が強い私の真の姿を知ったら、きっとルウェインも考えを改める。
そう思ったのです。
「でも、もし違うのなら……」
メルヴィナは頭を掻きむしります。
「ルウェイン……! あなたのせいで! 私の心はぐちゃぐちゃなのだわ!」

●一方その頃
ルウェインは駐留中の基地の自室に戻っていました。
そこでメルヴィナから貰ったチョコを開封していました。
「これが……! メルヴィナ姫殿下から頂いたバレンタインチョコレート……!」
香りを嗅いでみます。
「これがメルヴィナ姫殿下の香り!」
恐る恐る口に入れてみます。
「これがメルヴィナ姫殿下のお味!」
とかなんとか気持ち悪い事を叫びながら有難く食べていました。

「メルヴィナ姫殿下……あなたはお詫びの気持ちと仰られた……しかし! 俺にとっては本命も同然なのですよ!」
そしてチョコが恋慕の燃料になってしまいました。

「やはり俺はメルヴィナ姫殿下を愛してしまっている! 一人の女性として! 俺はメルヴィナ姫殿下とずっとご一緒したいと思ってしまった! メルヴィナ殿下の視線を独占したいと思ってしまった! メルヴィナ姫殿下の手に触れたいと思ってしまった! メルヴィナ姫殿下を抱き締めたいと思ってしまった! メルヴィナ姫殿下が他の誰かの元に行ってしまわれる事を許せないと思ってしまった! 嗚呼メルヴィナ姫殿下! 嗚呼メルヴィナ姫殿下! どうかこの罪深き騎士をお赦しください! そしていつか貴女に値する騎士となってみせます! 忠義も愛も! 汗の一滴! 血の一滴に至るまで! 全てメルヴィナ姫殿下に捧げる為に! 嗚呼メルヴィナ姫殿下!」
ルウェインは暴走する胸の内を叫びました。
すると隣の部屋から思いっきり壁ドンされました。

だいたいこんな感じでお願いします!


ルウェイン・グレーデ
以下は執筆時の参考資料として扱ってください。

●何人合わせ?
メルヴィナ
ルウェイン
メサイア

以上三名です。
同背後合わせなので文字数配分等は気にしないでください。

●メルヴィナからチョコレートを貰った場面
ルウェインには以下のイラストのように見えています。

https://tw6.jp/gallery/?id=193275

●どうしてトレーニング中だったの?
正規の軍人なので任務中以外は訓練と体力練成が仕事となります。
療養中に衰えた筋力を取り戻す目的もあります。


メサイア・エルネイジェ
以下は執筆時の参考資料として扱ってください。

●メサイアの扱いについて
脇役程度でOKです

●何をしてるの?
色々な人にチョコレートを配っています。
配るチョコレートには全てお酒が入っています。



●海神教会
 空気が冷えている。
 それは己の心の内を示しているかのようにも思えたし、また正しくない表現でもあったことだろう。
 尤も適切な表現を用いることができる者は、このメルヴィナ・エルネイジェ(海竜皇女・f40259)の一室には存在しなかった。
 主である彼女は、己が胸中に渦巻く感情を如何にして説明するべきかを迷い、惑うようであった。
 ずっと、なのだ。
 あの日以来、ずっとメルヴィナの胸中では、ある一つの事柄が渦巻いている。

 それは潮流のように力強く、彼女の意志を容易く押し流すものであった。
 流れに逆らう愚かさを彼女は知っていたけれど、それでもどうしようもないほどの感情が今まさにメルヴィナの中にあった。
 そう、それは己の言動であった。
 姉であるソフィアに嵌められる形で行った陸上型キャバリアの訓練。
 その相手がルウェイン・グレーデ(自称メルヴィナの騎士・f42374)であった。

 銀髪の奥に見える瞳。
 その色を知ってしまったからこそ、強く、鮮烈に脳裏に刻まれてしまっている。いや、それは好ましい感情ではなかった。
 嫌悪の感情だった。
 まるで鏡を見ているような、同族嫌悪。
 一方的な愛。
 それを宣言するルウェインの姿が、嘗ての己と重なってしまっていた。

 そう、彼は状況に惑わされているだけなのだ。
 運命的な出会いをした、と錯覚しているだけなのだ。
 自分は彼を運命だとは思わない。ただ、眼の前に失われようとしていた生命があったから、救っただけに過ぎないのだ。
 それなのにルウェインは恥ずかしげもなく、それこそ奥面もなく言ったのだ。
 ともすれば情熱的。ともすれば偏愛的。
 そう言える熱情の発露でもって己に迫ってきた。

 あれはきっと嘗ての自分だ。
 元夫へと迫る己。
 自分だけを、という己の浅ましさ。それを他者を通じてメルヴィナは見せられているような気持ちになってしまった。
 わかっている。
 これは己の感情の話だ。
 他者がどうであれ、己が彼に吐き捨てた言葉は、あまりにも辛辣に過ぎた。
 好意を向けられる煩わしさ故に、得たいと思った愛を得られなかったことへの苛立ちを、彼が立場上それを受け止めねばならぬと知りながらも投げつけるようにして叩きつけてしまったのだ。

「やっぱりあの時は言いすぎたのだわ……」
 姉であるソフィアに嵌められた訓練。
 その終わりに告げた己のが言葉が、己の胸と脳を揺らすように反響している。
 自分の言動を振り返ってみても粗しかない。
 非礼に非礼を重ねるのは、王族としてあるまじきことだ。それもわきまえるべき立場でありながら、感情を振りかざしてしまった。
 痛烈なる感情の一打がどれほど心に罅を走らせるかを知っておきながら、それでも他者に叩きつけてしまったことへの罪悪がジクジクと心のなかで膿んでいくようにさえ思えたのだ。
 きっと傷つけた。
 傷つけられたから、傷つけてよい理由なんてないということを知っていたはずなのに。

「きっととても傷つけてしまったのだわ。だから、ちゃんと謝らないといけないのだわ」
 けれど、どうしたらよいだろうか。
 どう謝ればいいのだろうか。
 謝罪、と一言によっても形があるだろう。特に王族である己だ。身分を考えれば、己から謝罪を口にするのは衆目ある場では行えない。
 公式にすれば、王族の権威に傷をつけることになる。
 とはいっても、己が謝罪せねば己が心がざわめき続けてしまう。

 それに、と思う。
 傷つけてしまったルウェインが拒絶によって病んでしまうかもしれない、という嫌な想像がメルヴィナを一層焦らせる。
 謝罪は謝罪である。
 彼の一方的な情愛を受け入れるつもりなどない。
 なら、傷が深く刻まれ、またねじれる前に正さねばならない。
 それが王族としての己の責務であり、誠意であった。
「私が思っていることをちゃんと伝えないといけないのだわ。どれだけ好意を向けられても、応える気はない、と」
 傷を負うのならば、浅く早い方が良い。
 きっと己が言えば、彼もわかるだろう。諦めるだろう。けれど、どうしたらいいのだろうか。

 きっかけがない。
 出戻りとは言え、己は王族。
 どこに目があるか、耳があるかわからない。
 かと言って『エルネイジェ王国』随一のセキュリティを誇る海神教会に彼を呼びつけるのは嫌だ。なんか嫌だ。
 それに、なんと謝罪の言葉を紡げばいいのだろうか。
 己の言葉は王族の言葉である。
 自身たちが思う以上に己たちの言葉には重さがある。力がある。
 是と言えば、是。非と言えば非となる。
 そうした力は権威のなせる業であっただろうし、それが如何なる不幸を呼び込むのかもまたメルヴィナは承知していたのだ。

 だからこそ、悩む。
 どのように伝えるべきか。如何にして伝えるべきか。
 懊悩はさらに彼女の胸をかき乱す。
「なんで私がこんな思いをしなければいけないのだわ……」
 ベッドに転がる。
 星夜を溶かしたような黒髪がベッドのシーツに広がり、憂いを帯びた青い瞳が天井を見つめる。
 浮かぶはルウェインの顔だった。
 あの己を見上げる顔。
 期待に満ちた顔。愛されたいと願う顔。それは鏡に写した自分のようで、たまらなく嫌だった。手にした枕を天井に投げつけ、その枕がそのままメルヴィナの顔面に落ちてしまう。
「~~~~ッ!!」
 もう本当にどうしていいかわからない。
 懊悩に乱れるメルヴィナはベッドのシーツをぐちゃぐちゃにしながら手足をばたつかせる。
 どうしろというのだ。本当に。

 そう思っていると、部屋の扉が叩かれる。
 この乱雑で、なんとも無遠慮な叩き方をするものは一人しかない。
「メルヴィナお姉様~! ごめんなすって~!」
 扉を叩く音と同時に扉が開かれる。
 ノックする意味。
「あら? メルヴィナお姉様、お休み中でございまして? ぐっすんおよよって感じでございまして~?」
 メサイア・エルネイジェ(暴竜皇女・f34656)であった。
 そう、メルヴィナにこんなに無遠慮に踏み込んで来る者は一人しかいない。いや、正確には最近一人増えた、という感じであるが。

「メサイア。いつも言っているのだわ。扉をノックして、応答を待ってから入室するように、と。いつも言っているのにどうしてあなたはそれが覚えられないのだわ?」
 ちょっとおつむがあれだからである。
 とは言え、メサイアに害意はない。悪意だってない。
 あるのは欲望暴走特急な彼女の心根だけである。だからこそ、メルヴィナはため息を付きながらもベッドから身を起こしてメサイアを迎える。
「それで、どうしたのだわ」
「おバレンタインなのでおチョコをお持ちいたしましてよ~!」
 はいどうぞ~! とメサイアが箱を手渡してくる。
 丁寧にラッピングされた箱。
 なるほど、とメルヴィナは思った。
 今日はバレンタインデーである。2月14日。そう、クリスマスに続く恋人たちの日。
 そうでなくてもメサイアのように家族にチョコレートを親愛の証として手渡す習わしが『エルネイジェ王国』でも伝わっている。

「次はお兄様にお配りいたしますわ~!」
 これも、これも、それも、これも! とメサイアは手にした袋から箱をたくさんメルヴィナに押し付ける。
 え、と思った。
 こんなに?
「こんなに要らないのだわ……」
「チョコは人の心を慰める甘さがあるっておっしゃってるグリモア猟兵もいらしましてよ~! あればあるだけよいです! とそれはもう迫真でしたのよ~!」
 だから、と言うようにメサイアは笑ってすたこらさっさとメルヴィナの前から駆け出してしまう。

 なんともまあ、嵐のような妹である。
 害意がないからこその振る舞いであったことだろう。たしかにメサイアを愚妹と呼ぶ者もいるだろう。けれど、メルヴィナはメサイアの底抜けの明るさが羨ましくもあった。
 どんな出来事も、心傷つけるような言葉も、何もかも些細なことだと笑い飛ばすことのできる心根が羨ましい。
 自分もそうであったのならばよかったと思う。
 狭量な自分が余計に惨めになる。

 だが、メルヴィナは、ハッ、としたのだ。
 自分は謝罪の切っ掛けを欲していた。何かよい口実があれば、と思っていたのだ。
 メサイアの持ってきたチョコレートの箱を一つ開ける。
 そこには可愛らしいチョコレートの粒が並んでいた。どれもが美味しそうに思える。甘味というのは、確かにメサイアの聞いたグリモア猟兵の言葉ではないが、人の心を慰める力があるのだろう。
 ならば、己がルウェインに謝罪をもって彼の好意に応える事ができない、という旨を伝えても、チョコレートの甘さが彼の心を癒やしてくれるかも知れない。
 それならば。
「そうなのだわ。これが切っ掛けなのだわ。謝罪を兼ねることができるのだわ」
 一粒つまんでメルヴィナは口に含む。
 甘さの中になんとも複雑な味わいが広がる。
 ほわり、と頬が上気するようであった。まるで、それは自分の考えが妙案であり、正しいものであることを確信させるような熱を帯びたものであった。
 吐き出された吐息がチョコレートを溶かす。
 それほどまでにメルヴィナは己の閃きに自信を持ち、久方ぶりの外出に足を踏み出すのだった――。

●聖竜騎士団・駐屯基地
 メルヴィナはなんとも言えない気持ちになっていた。
 妹であるメサイアが訪ねてきたのは朝方。
 昼前には『エルネイジェ王国』の市街地へと足を運び、ルウェインに手渡すためのチョコレートを購入してきた。
 ただ、その。
 購入したチョコレートの包装が問題だった。

「これしか売ってなかったのだわ……」
 あまりにも可愛らしいピンクの包装。ハート型の箱。どこからどう見ても意中の男性に贈るような出で立ちのチョコレート。
 本当にこれしか残ってなかったのだ。
 それも当然といえば当然であるだろう。
 なにせ、今日はバレンタインデー当日。普通、こういうものは前日までに用意しておくものである。
 けれど、メルヴィナは今日の朝に思い立ったのだ。
 となれば、大量に作られた義理贈呈の類いのチョコレートは何一つ残っておらず、残るは本命もド本命のような少数派の商品ばかり。

 こればかりは己の閃きが遅きに失するものであったことを認めざるを得ない。
 とは言え、である。
 せっかく購入したのだ。 
 これを手渡さずに戻る、という選択肢はメルヴィナにはない。
 ルウェインを傷つける可能性があるかもしれないし、仮に傷つけるのだとしても、傷は早く浅い内がよいのだ。
 徒に答えを先延ばしにして、余計に彼の感情を拗れさせるわけいにはいかないのだ。
「でも、どこにいるのだわ?」
「メルヴィナ皇女殿下。如何がなさいましたか?」
 基地の入口でよそ行きの、それこそ皇女らしかならぬ町娘のような格好をしたメルヴィナの顔を知る聖竜騎士団の団員の一人が声をかけてくる。

「あ……その、あの人は」
「あー、もしかして新人くんのことおっしゃってます?」
 なんだかニヤニヤしている顔なじみの騎士団員の顔にメルヴィナは即座に否定する。いや、違わないのだが、違うのである。
「そのニヤニヤをやめるのだわ」
「はぁい、殿下。ああ、これは独り言なんですけどぉ。今、トレーニングルームで一人寂しく汗流している騎士団員がいるので、慰問っていうのならよろしくで~す」
 そういって顔なじみの騎士団員は手をひらひらとしながら立ち去っていく。
 違うのだわ! と否定しても彼女は聞く耳を保たないようだった。大仰な耳ついているのに、とメルヴィナは思ったが、しかしルウェインの所在がわかったのならば、やるべきことは一つだ。

「えっと……」
 姉であるソフィアには騎士団員の数に入れられているが、メルヴィナは正式に騎士団員ではない。だから、駐屯している基地の内情などは殆ど知らない。
 トレーニングルームと一口に言っても良くわからない。
 どっちなのだわ?
 首を傾げる。
 けれど、耳をすませば、なんか聞こえてくるのだ。
「……――下!」
「……?」
「……――殿下! ……ヴィナ殿下! ……メルヴィナ殿下! メルヴィナ殿下!」
 ぞわっとした。
 なんか、自分の名前を連呼している。
「え、えええ……?」
 しかも、この声には聞き覚えがあるではないか。
 そう、これはルウェインの声だ。
 何か切羽詰まったような声色。それでいて必死ささえ感じさせる。切なげでもあり、叶わぬ何かに手を伸ばしているような気配さえ感じ取れて、メルヴィナは本当に……。

「き……気持ち悪いのだわ……!」
 背筋が粟立つ。
 一体全体何を持って己の名を連呼しているのか。おぞけ走る思いであった。だが、其処にいる、というのならば向かわねばならない。
「メルヴィナ殿下! メルヴィナ殿下! メルヴィナ殿下! メルヴィナ殿下! メルヴィナ殿下!!」
 メルヴィナは恐る恐る声がするトレーニングルームのガラス窓から熱気こもる室内を覗き見る。
 其処に居たのは、凄まじいウェイトのバーベルを持ち上げ、滴る汗にて銀髪を頬に張り付かせながらトレーニングに勤しむルウェインの姿があった。
 鍛え上げられた筋肉。
 療養の身で衰えた筋力を取り戻さんと懸命に励む彼の姿は、聴覚さえなかったことにすれば、社交界の貴婦人たちが卒倒しそうなほどの光景ではあった。
 見事な肉体。
 一朝一夕で得られることのない、実戦に向けて鍛え上げられた肉体であることが一目でわかる。

 それほどまでに真摯にこれまで鍛錬に打ち込んできた影が見えるようでもあった。
 だがしかし。
 そう、しかし。
 メルヴィナは見なかったし、聞かなかったことにしようと思った。
「私は何も見てないし、聞いてないのだわ」
 トレーニングをする理由もわかる。その真摯なる姿勢だってわかる。
 でも、ない。ない。ないよりのない。
 ないのである。
 どう考えても気持ち悪いのである。なんで掛け声みたいに自分の名を呼んでいるというのだろうか。
 全く持ってわけがわからない。理解不能なる気持ち悪さがこみ上げてくる。
 これはダメだ。
 日を改めよう。いや、日を改めても問題は解決しないのだが、この光景を見て平静で居られる自信がメルヴィナにはなかった。

 そさくさと海神教会へと逃げ帰ろうとしたメルヴィナだったが、嫌な予感が走り抜けた。悪寒と言ってもよい。
「ん……?」
 ぞわ、とした。
「メルヴィナ殿下の香りがするぞ? ハッ!? まさか!!」
 ぎくり、とメルヴィナは体が強ばるのを感じた。
 ホラー映画とかである、見ちゃならないものを見た上に、怪異的な存在に此方を気取られてしまったときのような緊張感がメルヴィナの全身を駆け抜ける。

「メルヴィナ殿下ァッ!!」
 裂帛の気合でも、もうちょっと、という具合にミサイルのようにすっ飛んでくるルウェインの姿にメルヴィナは思わず後退りしてしまった。
 退路なんてない。
 そもそも不慣れな聖竜騎士団の基地内である。逃げようにも逃げられない。
 眼の前には湯気立つ男ぶりを見せるルウェインの姿。
 彼の内情を知らなければ、いや、普通の婦女子であるのならば、その刺激的な装いに胸ときめいたかも知れない。
 けれど、メルヴィナは知っているのである。
 今の今まで己の名を呼んでトレーニングしていた男の気持ち悪さを。

 だが、そんなメルヴィナの心の内など知る由もなければ、知る術もないルウェインはキラキラした眼で眼の前に膝を折って傅くのだ。
「ご機嫌麗しゅうございます! メルヴィナ皇女殿下! このような場所でお会いできるとは! 本日は如何なされたのでありましょうか!? あ、いえ、申し訳ございません。反応が遅れましたのは、メルヴィナ皇女殿下の装いがあまりにも美しかったものですから。確かに仕立ては華美を抑えたもの。ともすれば、市井の者たちが身にまとう衣でありますが、しかして、メルヴィナ皇女殿下の麗しさを多い隠せるものではございません。まさにその品位、品格、気高さは、しかと私の眼を貫いているのでございます! はっ、もしや、そのような装いであるのは、メルヴィナ皇女殿下におかれましても鍛錬に?」
 一気にまくしたてる。
 メルヴィナは思わず口元をマフラーで覆った。
 逃げたい。
 本当に逃げたい。だが、逃げられない。逃げてもきっとルウェインは遊んで欲しい盛りのワンコのように追いかけてくるし、回り込むし、全力でかまってオーラを出しながら尻尾を振ってくるに違いないとさえ思えてしまったのだ。
 なら、とメルヴィナは腹をくくる。
 ここはビシッと王族らしい威厳を持って事に当たらねばならない。

「あなたはいつも私の名前を呼びながらトレーニングをしているのだわ……?」
 違う。
 そうじゃない。
 そんなことを言いたいわけじゃなかったのだ。というか、完全に余計な一言であったとメルヴィナは己の失言を呪う。
 けれど、ルウェインの顔が、ぱぁっ! と明るくなる。本当に犬みたいだった。ワンコみたいだった。
「ハッ! 恐れ多く申し上げます。メルヴィナ皇女殿下に忠義を尽くすための鍛錬ですので! 流す汗の一滴に至るまでメルヴィナ皇女殿下に捧げる所存であります! いえ、汗のみならず、我が身に流れる血の一滴までメルヴィナ皇女殿下のものでございますれば、滾る血潮は殿下のお名前を叫ばさせていただくことによって、無限の力となって発露するのでございます。気力満ち溢れ、五体に漲る力の迸りを、不肖、私は感じておりました!! 連日連夜、メルヴィナ皇女殿下の名を叫ばさせて頂いております!!」
 ウッキウキである。
 ゾワっとする。
 ていうか、なんでこんなにニコニコしているのだろう、この人は、とメルヴィナは思った。心底気持ち悪いと思った。
 いや、ていうか、今なんて言った?
 連日連夜?
 え、毎日?

「やめるのだわ! 周りに誤解されるのだわ!」
 いや本当に。
 どこに耳目があるかわからないのだ。そうでなくても、己の動向はゴシップ誌が目を光らせている。
 上手く撒いたつもりではあるが、油断はできないのだ。
 だというのに、ルウェインがそんな有り様では、彼もまたゴシップ誌の餌食になってしまうのだと危惧したのだ。
 だが、ルウェインはそんな彼女の危惧を知ってか知らぬか、それとも知っていて無視しているのかわからないがこともなげに頭を下げるのだ。
「ハッ! 申し訳ございません!」
「わかってくれればよいのだわ……」
「これより心のなかで叫ぶこととします!」
 そういうことじゃない、とメルヴィナは辟易した。言葉が通じていないかのようなストレスを感じてしまう。もう此処まで来たら勝手にしてもらったほうが気が楽だ。
 でも、それだけでは今回の件は終わらない。
 そうなのだ。
 なんのために此処にやってきたのだ。

 さっさと先日の言い過ぎた言動の謝罪としてチョコレートを手渡すためだ。さっさと渡して帰ろう。そうすれば、来れでもう二度とこのルウェインに惑わされることはない。
「これ……あげるのだわ」
 できるだけそっけなく言ったつもりだった。
「チョコレートなのだわ……バレンタインだから……前のお詫びに……あのときは私も言い過ぎたのだわ……」
 ちら、とメルヴィナはルウェインを見やる。
 差し出した袋を恭しく手に取り彼はブルブルと肩をふるわせていた。
 それはまさしく火山の底にてマグマが煮えたぎるかのような様相であった。

「メルヴィナ殿下からの……贈り物……!?」
「お詫びなのだわ。そう、お詫び」
「おおおっ! なんとありがたき幸せ! 人生初のバレンタインチョコレートがメルヴィナ殿下から頂いたチョコレートだとは! 身に余る栄誉でございます! 嗚呼メルヴィナ殿下! なんと慈悲深き御方! 先日も私の粗相が原因でご気分を害されたというのに……! 何と言う御慈悲! 否! 慈悲深いなどという範疇には収まらない! 天上におわす女神をもくらむほどの心の清廉さ! 大器晩成と言われますが、メルヴィナ殿下に置かれましてはすでに大器完成なされておられる。心の広さはまさしく大海のごとく! 母なる海を思わせる眼差しは、私のような者にも光をともしてくださる! なんということだ! これは母性!メルヴィナ殿下は自分の母になってくださったかもしれない御方です! 聖女! 聖母! 如何なる言葉もメルヴィナ殿下の慈悲深い御心を示す言葉にはなりますまい! 嗚呼、メルヴィナ殿下! 感謝の言葉もなんと言い表してよいかわかりませぬ!」
 ゾワゾワっとした。
 今日一のゾワっとしたところであった。

「ただのお詫び代わりなのだわ! タイミングが変だっただけなのだわ! あと私はあなたのお母様じゃないし、ならないのだわ!」
「ハッ! グレーデ家の家宝と致します!」
「そうじゃないのだわ! 大事に取って置かれても困るのだわ!」
「ハッ! 直帰後、速やかに食させていただきます。感想に置かれましては、後ほどレポートにて……」
「要らないのだわ! 用はそれだけなのだわ……さようならなのだわ」
 さっさと帰ろうとメルヴィナは踵を返す。
 だが、そこにルウェインが回り込む。え、とメルヴィナは思っただろう。まさか、この男、と平手を振りかぶりそうになって続く彼の言葉にメルヴィナは止まる。
「お送り致します!」
 頬が熱くなる。なんたる勘違い。顔を背け、メルヴィナはなるべくつっけんどんに言い放つ。
「いらないのだわ!」
「ハッ! 出過ぎた事を申し上げました。申し訳ございません! ですが、どうかお気をつけて!」
 そう言って道を開けるルウェインの横を足早にメルヴィナは駆けていく。
 基地内の道順なんてまるでわからないけれど、今はルウェインの傍にいたくなかったのだ――。

●疲弊
 ものすごく疲れた。
 とっても疲れた。海神教会の事実のベッドに横たわり、メルヴィナはため息を付いた。
「言えなかったのだわ……」
 好意を向けれても応えられない、と。
 たったそれだけが告げられなかった。
 何故か、と言われたらあんなに喜ぶとは思わなかったのだ。義理の、それも社交辞令のようなやり取りだったというのに。
 なのに、それでおルウェインの瞳は曇りも陰りもなかった。
 だからこそ、怖かったのだ。
 さらに傷つけることが。あのキラキラした顔を更に落胆させることに気が引けてしまっていたのだ。いやまあ、気持ち悪いので逃げたかったというのもあるが。

「幾らあなたが私を好きでいても、あなたの思いが私を満たすことはないのだわ……」
 メルヴィナの心には亀裂が走っている。
 そこからどれだけの愛情や、友愛といった感情が注がれても、穿たれた穴から漏れ出してしまう。満たされない。満たされるためには、その穴を塞がなければならないのに、その塞ぎ方がわからないのだ。

 でも、と思う。
 でも、もし。ルウェインと己がもっと早く出会っていたのならば、と。
 瞳を伏せる。
 元夫の顔。
 ルウェインの顔。
 交互に浮かぶ。

 出迎えすらしなかった夫。名前も呼んでくれなかった夫。自分の何の興味も抱かぬどころか、何一つ受け入れてくれなかった夫。自分を見なかった、他人しか見ていなかった夫。
 その全てが反転したような存在がルウェインだった。
 自分が居なくても名を呼んでいた。
 己の存在を知れば、すぐさま飛んでくる。
 己の一挙手一投足ならず、身なりや些細な変化にすら気がついた。
 ただのお詫びでしかない、それこそ気持ちこもらぬ品ですら、喜びに震えて狂喜乱舞していたルウェイン。
 自分しか見えていないのだ。
 その愚かしさが、あまりにも、と思ってしまう。
「改めて思い返すと気持ち悪いのだわ」
 ゾワっとした。思い出しゾワリであった。

 詮無き思考が溢れてしまう。
 もしも、とありえない想像を膨らませてしまう。
「なんであなたは、あいつがしてくれなかったことをしてるのだわ……?」
 嫁ぐ前にルウェインに出会っていたのなら。
 嫁ぐ先がルウェインだったのなら。
 心割れる前に出会っていたのなら。
 本当に詮無きことである。だから、チョコを私たときのルウェインの様子が、本当に気持ち悪かったな、と思う。
 知らず笑っていた。

 気持ち悪いのだわ、と。
 でも、想像は止まらない。
 彼と過ごすバレンタインやクリスマスの光景がまるで映写機で映し出すようにメルヴィナのひび割れたスクリーンに映し出されていく。
 もしかしたら、家族だって生まれていたかも知れない。
 想像の中の自分は、どんな顔をしているだろうか。現実の自分とはにても似つかぬ顔だろうと思ってしまう。
 
 だからこそ、余計にメルヴィナは惨めになる。
「どうして今更になって現れたのだわ……? あなたが来るのが遅いから、私はおかしくなってしまったのだわ……!」
 恨めしい。憎たらしい。
 己が心をかき乱す者が、あまりにも。
「あいつも……あいつが居なければ……」
 元夫の顔が炎に燃える。
 そう、狂おしい程の感情が渦巻いていく。
 恨みが燃え盛る。己の心を砕いた者への恨み。砕かれた心の内をかき乱す者への恨み。
 憎しみが渦巻いていく。
 こんなにも醜い心が己の中にある。
 これをきっとルウェインは知らないのだ。

 ゴシップ誌に記される『嫉妬狂いの束縛皇女』は、間違っていない。
 己の心は醜い。
 己が愛する人の興味が、視線が、心が、少しでも他の女に向かうことが許せない。同じ空間に女性がいるだけでも許しがたい。
 そんな異常なる嫉妬心が、己の真の姿なのだ。
 これを知れば、きっとルウェインだって考えを改める。
「でも、もし違うなら……」
 何だというのだろう。
 メルヴィナは出ぬ答えを前に頭をかきむしる。爪に血が滲む。

「ルウェイン……! あなたのせいで! 私の心はぐちゃぐちゃなのだわ!」
 滲むは血だけだろうか。
 きっとそうではない。
 そうではないのだ。だからこそ、人の心に穿たれた穴は埋まらず、ひび割れた心は、しくしくと痛みに喘ぐのだから――。

●ルウェイン
 ルウェインはトレーニングで流した汗をシャワーでながし、更に冷水でもって身を清め、クリーニングを終えて支給された騎士団員用の隊服に身を包み、一つの箱の前に座して、精神を統一し、己の体躯、心に一切の穢れなきようと禊を終えた後に刮目した。
「こ、これが……!」
 まさしく目が眩むような光景とはこの事であろうとルウェインは思った。
 そう、彼は駐屯基地の自室にてメルヴィナから賜ったチョコの箱を開けていたのだ。開けた瞬間にわかってしまった。
 これはやんごとなきメルヴィナの手ずからの品であろうと。いや、違う。普通に市販品である。
 だが、ルウェインは舞い上がっていたので、まるで見分けがついていなかった。
 恋は盲目とはよく言うが、ルウェインは常時、盲目状態であった。
 いや、暗闇の中を歩むのではなく、まばゆいメルヴィナの慈悲という光の中を歩んでいるので、全く違うと彼は自負を強めていた。ヤバイ奴である。

「すー……はー……」
 なんたる芳しい香り!
 これがメルヴィナ姫の香り! 脳からなんか麻薬めいた物質が溢れ出しそうだった。
 たまらず一粒手にとって口に運ぶ。
 広がる芳醇な味わい! 香り!
「これがメルヴィナ姫殿下のお味!」
 気持ち悪い。擁護不能なほどの叫びだった。
 正真正銘の不審者のそれであったし、完全にヤベー奴である。

「メルヴィナ姫殿下……あなたはお詫びの気持ちと仰られた……しかし! 俺にとっては本命も同園なのですよ!」
 やばい。
 燃料投下の瞬間であった。
 ガソリンどころじゃない。原油である。ドバドバと恋慕の炎にルウェインは自身で油を注いだのだ。
 ああ! とルウェインは叫ぶ。

「やはり俺はメルヴィナ姫殿下を愛してしまっている! これは忠義以上の感情と言わざるを得ない! 皇女殿下である前に一人の女声として! 俺はメルヴィナ姫殿下ずっとご一緒したいと思っている! おはよからおやすみまで! メルヴィナ姫殿下の、あの麗しい視線を独占したいと思ってしまった! あの宝石を手に入れられるのならば、他の何物も要らない! 褒賞? 恩賞? いらぬ! なにもいらぬ! ただこの腕の中に彼の御方のぬくもりを得たい。いや、あの手を取らせていただくだけでいい! だが、それでも殿下が他の誰かの元に行かれることが許せないと思ってしまった! お許しください、メルヴィナ姫殿下! 嗚呼メルヴィナ姫殿下! 嗚呼メルヴィナ姫殿下! どうかこの罪深き騎士をお許しください! この不躾なる恋慕の情を抱いてしまう無様な俺を……! ですが、いつか貴女に相応しい、貴女にお仕えするに値する騎士となってみせます! 忠義も愛も! 汗の一滴! 血の一滴に至るまで! 全てメルヴィナ姫殿下に捧げる為に! 嗚呼メルヴィナ姫殿下! 俺は! 俺は! この激情を鎮める術を知りません! この激情を御することができるに相応しい御方は貴女様お一人のみ! 他の誰も俺のこの感情を如何にすることもできないのです! お慕いしております、メルヴィナ姫殿下ぁぁぁぁッ!!!!」

 ドンッ!!

 それは強烈な音だった。
 隣の部屋からの壁ドンである。あまりにもやかましいルウェインの昂ぶり猛りに我慢できなかったのであろう。
 だが、ルウェインは構わなかった。
 そう、己を止められる者は唯一人。あの御方のみなのである。
 ならば、隣の部屋からの壁ドンなどなにするものぞ! 止められるものなら止めてみるが良い! 止められるものか! とルウェインは一晩中暴走し、そして翌日騎士団長であるソフィアから、ものすごい重圧の中、詰められることになるし、ついでのようにお酒入のチョコレートを配りまくって混乱を招いたメサイアへのお仕置きも敢行されることになるのだが、まあそれは別の話である――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年02月15日


挿絵イラスト