星雪のピンキー・スウェア
●クリスマス
生命というものは道を往くものである。
それは、生命それぞれが持つ生き方である。ならば、それは白紙の上に線を描くようなものであったことだろう。
ひたすらにまっすぐに引かれる線ばかりが人生ではないことを蒼乃・昴(夜明けの六連星・f40152)は知っている。
己の人生というものを表現するのならば、きっとそうであったからだ。
ただ命令に服従し、悪逆無道たることを己が体現していたのならば、そんなことは考えもしなかっただろう。
眺める街の光景。
そこには多くの生命が輝いているように思えた。
今日はクリスマスという。
まばゆい光ように昴の瞳に街往く人々の姿が映し出されている。
少し前の自分ならば考えられもしないことだ。
この光の中の一つに自分も在るということ。加えて、自分が今誰かと約束をして待ちわびているということ。それが信じられない。
笑い声が聞こえた。
幼い子供らが家族と共にはしゃいでいる。
微笑ましいことだと思える。それが何よりも昴は嬉しかった。
「蒼乃さーん!」
そうしていると昴の耳朶を打つのは、待ち人である天道・あや( スタァーライト ・f12190)の声だった。
自分を呼んでいる声。
「こんにちは、アーンド、おまたせしました!」
「こんにちは、あや」
まずは挨拶をする。
あやはいつもどおりだった。彼女にとってはクリスマスは例年の恒例行事なのだろうから、と昴は思った。
逆にあやは昴がある意味で最初のクリスマスを迎える年であるからと意気込んでいた。
いい思い出になってほしいと彼女は願っていた。
その漲る意気込みが、あやの体全体から溢れているようだった。そんな様子を昴は好ましく思ったかもしれない。
「早速!」
「あぁ、早速向かおうか。クリスマスマーケットはあちらだったか」
「ええ、下調べは十分ですね! ご興味ある、ということでしたが」
「ああ。あやにも楽しめる場所だと良いのだが」
昴の杞憂を、あやは吹き飛ばすように身を振る。体全体で表現しているのは、彼女がシンガーソングライターという職業であるからかもしれない。
確かに二人は猟兵である。
けれど、猟兵としての戦いを離れれば、それぞれの職業があるし、生活がある。
そういう意味では、あやは三足のわらじを履く猟兵だ。
猟兵、学生、シンガーソングライター。
芸能界、という場所にどうやら属しているらしい、ということを昴は漸くに認識しただろう。そんな彼女が楽しめる場所だといい、と思ったのだ。
きっかけは自分だった。
クリスマスマーケット。
あの暖かで優しい光の満ちる場所。
そこに自分も、と思ったのだ。
「あたしも初めてなんですよね!」
体でワクワクを表現する。
あやは確かに昴が最初は楽しめるように、良い思い出になるようにと思っていたのだが、もうその決意はどこかに飛んでいってしまった。
けれど、それでもいいやと思える。
「いやー、どんな感じなんでしょうねー? 聞いた話じゃ、ホットドリンク? 飲んだりしながら巡ったりするらしいですけど……」
「ほう? ならまずは飲み物ということか」
そんなふうにして道すがら互いに言葉を交わす。
隣に歩くだけで心が暖かくなるようだった。冬の風は冷たくても、隣に誰かがいる、ということはそれだけで心を温める理由になるようだった。
暫くあるけば、人通りが多くなっていく。
ここが、と二人は目を見やる。
「此処が、クリスマスマーケット」
「お~! こりゃ見ているだけでもハッピーになれそうな雰囲気! うんうん、これぞまさにクリスマスでマーケットだ!」
「そういうものか? キラキラはしているが」
「見てくださいよ、あのオーメントの数々を! 星もキラキラ! ソリに乗る白ひげ蓄えた謎の老人を! 無駄に赤いですよ!」
「む、確かに」
無論、それがサンタであることを、あやは知っている。
けれど、とてもテンションが高いのだ。
自然と昴の手を握ってマーケットへと踏み込む。あ、おい、と昴が止める暇もなかった。けれど、その手を振り払うことはしなかった。
あやの手は、昴の中にあるわだかまりにも似た感情をすぐに解きほぐした。
このような人々の幸せに包まれたような場所なんて縁がなかった。昴は肩が強ばるのを感じただろう。嫌な緊張というわけではなかったが、けれど、どうしたって身が固まってしまっていたのだ。
例え、それは人の心を得たからといって、己の宿命が覆るわけでもなかったし、拭えるものでもなかった。
けれど、それでも、あやはいとも簡単に己の心を解きほぐしてしまった。
「そんじゃ、早速行きましょうか! お! あの屋台は看板からして飲み物と料理をサーブする場所じゃありませんか!?」
「た、確かに。屋台の数が多い。全てを把握するのは些か」
「難しいでしょうね! ですが、こいうのはフィーリングでいきまっしょう! 考えるな、感じるのです!」
「そうだな。腹の具合もある。つまりこうなったら、己の直感と好奇心にしたがって巡っていくしかないということか」
シャキっとした昴にあやは笑う。
なんだか変なところで真面目が顔を出すんだから、と笑ってしまったのだ。
その笑顔に昴は何かおかしいことを言っただろうかと思う。
でも、あやが笑っているのならば悪いことではないだろう。
「飲み物どれにしましょうかねー。すっかり体も冷えちゃったので甘くてあったかいのがいいんですが」
「甘くてあったかいの……」
昴はホットワインの類いを目で追ってしまう。だが、甘くてあったかいの、と条件というわけではないが、あやの言葉に合わせるべきだろうと思ったのだ。
『チョコミルクで』
不意に言葉が重なる。
「お、蒼乃さんも?」
「ああ、タイミングがぴったりだったな」
「あたしはソーセージも!」
「奈良、俺も盛り合わせというものを」
屋台の店主に注文すると先にチョコミルクが湯気を立てながら差し出される。掌が温かい。昴は早速、と口をつけようとして、あやに止められる。
なぜ、と言うより早く彼女はチョコミルクのカップを手にとって笑う。
「いえーい! オソロー!」
「――いぇーい……?」
え、と昴は思ったが、つい乗っかってしまう。カップの縁と縁を軽くぶつけて二人は温かいチョコミルクを口に含む。
喉を取って臓腑に落ちる温かさ。
体の内側から温まっていくのを感じれば、さらにソーセージの盛り合わせが上がってくる。湯気が立ち、香辛料の香りが鼻腔をくすぐる。
昴にとっては、ソーセージ、という食べ物を一つとってもこんなに種類があることに驚きを禁じ得なかった。
「わーお、パリパリジューシー!」
あやがソーセージをかじると、本当にパリパリと良い音がする。
ごくり、と喉が鳴る音を昴は聞いた。自分の喉の音だと気がついて、ソーセージを頬張る。
熱々だ。口の中がほこほこしている。肉の脂。香辛料。それらが口の中で噛めば噛むほどに広がっていく。
「本当に美味しいな……」
「でっしょー! うんうん。やっぱりボイルより焼いた方がパリパリした皮の感触が楽しいですよね!」
あやは一つ言葉を発すれば、怒涛のように言葉が溢れてくる。
昴との違いはそういう所にあるのだろうと思う。
さらには行動力の違いもあるだろう。
あやはキョロキョロと忙しくなく周囲を見回している。
「お、あれ、お洒落、シャレオツ! ……お! あれなに、これなに!?」
頬張ったソーセージを飲み込んだら早速あやは走り出していた。
「……あ。待ってくれ、あや」
「まちませーん! お宝があたしを呼んでるんです!」
慌てて追いかける。
彼女はいつだって己に星の輝きのように導を示してくれる。こっち、あっち、そっち、と忙しないと言えばそれまでかもしれない。
それでも、彼女は暗中にありて己を照らす星だと思ったのだ。
視界に映るは、全てが煌めいて見える。
オーナメントの色彩。テディベアの愛らしい表情。クリスマスのお菓子。多くが昴にとって珍しいものだった。
あやにとっても同様であったことだろう。
だから、はしゃいでいた。自分が楽しむことで昴もまた楽しめると思ったのだろう。
「うーん、どれも素敵!」
「すごいな。なんでもある、と思える……」
昴は一つの置物に目を留める。
それはオルゴールだった。ツリーの飾りとサンタと暖かそうな家のスノードームがついている。
キラキラと落ちるスノーフレーク。
ネジを巻けばオルゴールが音を奏でる。
なんとも言い難い感情がこみ上げてくる。心がなぜか、温まる。思い入れがあるわけではないし、思い出があるわけでもない。
けれど、それでも。
「こういうのは……」
「いいねー、すっごくいいと思うよ!」
「そうだろうか」
「センスあるー! って思っちゃう。買っちゃいます? 買っちゃいましょーよ!」
あやの言葉に昴は微笑む。
そうだな、と思う。
自分が良い、と思ったものを誰かが認めてくれる。褒めてくれる。それはきっと嬉しい気持ちなのだろうと思う。
きっと、いつの日にか今日という日を思い出すきっかけになるかもしれない。
なら、と昴はスノードームのオルゴールを購入する。
「あやは、なにか買わないのか?」
「あたし? むふふ、あたしはですねー?」
こっち、と昴の手をまた引いて彼女は駆け出す。
元気が有り余っている。
むしろ、温かい飲み物とソーセージを食べたのでエネルギーは十分なのだ。
こっち、こっち、とはしゃぐ彼女に連れられてやってきたのは、彼女が番組で知ったケーキショップだった。
「此処、気たかったんですよー! 人気店なんですよ!」
「人気店……確かに良い店だと思う。けれど、そうであれば……」
クリスマスにケーキはつきもの。混雑は避けられないのでは、と。
「ふふん、勿論予約済みですっ!」
抜かり為し、とあやは笑った。
予約していた席に通されれば、二人は向かい合う。注文していたケーキが来るまで二人はマーケットでのやり取りを思い出して笑い合う。
「やー、疲れたけど楽しかったですねー」
「ああ、とても楽しかった。俺も少し、いや……かなりはしゃぎすぎたようだった」
いつもと変わらない様子だけれど、確実に違う、と昴は自身のことを思う。
また来たいと思う。いや、本当に楽しかったのだ。
「ケーキも美味しくってほっぺたおち……と、そうだ! ――はい、蒼乃さん! メリークリスマス!」
そう思っていると昴の前に差し出される包み。
ラッピングされたそれを前に昴は目をしばたかせる。
「クリスマスプレゼントですっ!」
それはあやがこっそりとマーケットで買ったものだった。
昴はまさか自分が、と目を輝かせていた。
「……有難う。開けても」
「いーに決まってますっ!」
開けると、そこにあるのは缶詰のチョコだった。クリスマスの絵柄が賑やかな缶詰だった。
笑ってしまった。笑顔になってしまった。
目が輝く。チョコは大好物だ。
「食べるのが勿体ないな。でも、一つずつ大事に食べるよ。それから……」
実は、と昴は面映い気持ちになった。
考えることはきっと一緒だったのだ。
「実は俺もプレゼントを渡したかったんだ」
差し出すのは同じくラッピングされた袋だった。それをあやの眼の前に差し出す。
今度はあやの驚く番だった。
え、とあやは目を見開いていた。星が瞬くようだった。
プレゼントをしたいと思った。
そして、また言いたいとも昴は思っていたのだ。
マーケットを物色するついでにこっそりと買っていた、クリスマス風のマグカップ。
彼女の好みに合うかはわからない。
けれど、昴は思ったのだ。喜んで欲しいと。あやが昴にそうであったように。彼もまた喜んでほしいと願ったのだ。
そのささやかだけれど、誰かを思った願いは、一方的なものではなく心通うものであったことだろう。
だからこそ、昴は最も言いたかった言葉を紡ぐ。
「メリークリスマス。今日も有難う。おかげで楽しいクリスマスを過ごすことができた」
「こちらこそですよ! また……来年も一緒にいきましょうね!」
それはささやかな約束。
来年も、と。
巡る季節があれば、きっと訪れるであろう未来。
だから、二人は小指を交わすのだ。
「勿論、是非。今度は君が行きたい場所へ」
雪降るクリスマスは、二人に思い出と約束を齎した――。
成功
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