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観戦はビギナーズラックと共に

#UDCアース #ノベル

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十時・龍臣



佐々・冬雪




「なあ、佐々って野球好きなのか?」
 恒例の早朝ジョギングの後。一旦家へと帰るために歩き始めたところで、不意に十時・龍臣(委員長・f42326)が佐々・冬雪(不器用少年・f42327)へと問いかける。
「え、何で急に」
 何故そんな事を聞かれているのかよくわからない、といった雰囲気で首を傾げる冬雪。ここ最近そんな話をした記憶は一切無いのだが。
「ほら、スクールバッグにどっかの球団のキーホルダー付けてただろ」
 相変わらずよく見てるなあ、と自分よりも僅かに高い位置にある横顔へと視線を向ける。こちらへと向いた視線は答えを促すように、笑みを含んだまま真っ直ぐに冬雪へと向けられていた。
「あー、やる方じゃなくて見る専だけど……年に数回現地に見に行く程度には」
「マジか! いいなー、俺も人生一回くらいは球場で試合見てみたいな」
 昨今チケットを取るのもそこまで難しい事ではないのだが、ファンクラブとかに入っていない人からすれば、ちょっとハードルは高いのかもしれない。それなら、と一旦視線を外して僅かに悩んだ後に冬雪は顔を上げる。
「……良かったら、今度一緒に見に行ってみるか? 俺、代わりにチケット取るから」
「えっ、いいのか!?」
「普通の席なら、割とすぐに取れるよ。月末の土曜とかどうかな?」
 話しながらスマホでチェックしてみる。勿論グラウンドに近い席などは埋まっているが、それなりに見やすい場所はまだ取れそうだ。どうかなと向けた目の先には、龍臣の満面の笑顔があった。
「じゃそれで! うわ、めっちゃ楽しみ」
 ざっくりと待ち合わせの時間などを話したところで、分かれ道に差し掛かり解散。その日の午後には龍臣のスマホにチケットのコード画面が送られてきた。すぐに手配が完了しているあたり、あまり表情の変化は見えなかったが冬雪も楽しみにしているのだろう。

 約束の当日。スタジアム前で待ち合わせ。デイゲームのため周囲には大人だけでなく子供の姿も多い。スタジアムの外でも縁日のようなものが行われており、あちこちに人だかりが出来ていた。
 東京ハニーバジャーズのレプリカユニフォームやTシャツを着た人が溢れる中、どうにか合流して席へ向かう。龍臣からすれば、行きかう人たちが持っているもの全てが新鮮で面白くて仕方がない。
「あの前の人が持ってるのって」
「打ち付けて音鳴らす用」
「へぇ……あ、タオルも色々あるんだな」
「大体の選手のはあると思う」
 きょろきょろしながら席に到着。冬雪が選んだのは、応援団から少し離れた外野席で落ち着いて試合を見られそうな場所。すぐ近くに大型ビジョンがあったり、向かい側では相手側の応援団が準備をしていたりと気になるものが満載だ。グランドでは両チームの選手たちがウォーミングアップ中、その姿にカメラを向ける人のごついレンズにも驚かされる。
「うわすっげー、かっこいいな」
「確かに、こういう雰囲気とかは来てみないと分からないかもな」
 気になるものを見ている間に試合開始の時間となっていた。始球式にスターターの紹介、照明やスタジアムDJの盛り上げに思わず声が上がる。
 試合は初回から白熱し、序盤は乱打戦の様相。自然と応援にも熱が入る。3回が終わったところでグラウンドの手入れが入るようだ。ラーテルをデフォルメした可愛らしいマスコットが出てきて何かイベントをやっているが、冬雪はそちらに目を向けず席を立った。
「今のうちに、食べるもの買ってこようぜ」
「そうだな、後になると買い辛そう」
 二人が売店を巡って何を買うか迷っているうちに試合が再開し――並んで会計を済ませホットドッグとドリンクを受け取ろうとした時だった。
 背後でわあっと歓声が上がる。太鼓の音が響き、何かが起きたのは間違いない様子。
「あ」
「しまった、得点入ったっぽい」
 慌ててビジョンを確認すると、ハニーバジャーズの方に1点が追加されていた。しかもまだ満塁。周囲の人達も慌てて席の方へ向かっている。
「急いで戻るぞ」
「わかった」
 急ぎ足で席へと戻り、買ったものを膝に乗せたままグラウンドへ注目する。応援団の太鼓やラッパに合わせてチャンステーマを歌い、全力で手拍子を送る冬雪の姿は、龍臣からすると中々な驚きで。
(佐々ってこんなデカい声出せるのか……)
 それなりに親しいと思っていた相手の、初めて見る姿。これはこれで良いものが見れたと思う。一生懸命な様子は見ていてこちらも楽しくなってくる。見様見真似で手を叩き、声を上げる。何回か聞いているうちに歌も繰り返しの部分だけなら歌えるようになっていた。
 更に2点を追加し、攻守交代。ふう、と息を吐いてドリンクのカップを手にする冬雪は龍臣の視線に気づいて少し照れ臭そうに眉を顰めた。
「何だよ」
「いや、楽しそうだなって。俺もめっちゃ盛り上がったけど」
 そりゃそうだよ、と言いながら照れくさそうな顔をした冬雪がホットドッグを齧る。龍臣も真似して一口齧るとケチャップが溢れてきて、慌てて包み紙で押さえた。ソーセージの下に入れてある玉ねぎとピクルスのみじん切りがさっぱりしていて美味しい。
 中盤は先程までの展開が嘘のように暫く0点が並ぶ。中弛みしそうなそんな時間も、冬雪が細かく解説をいれてくれるので龍臣が飽きる事は無い。5回辺りで流れる応援歌の際に皆がタオルやメッセージボードを掲げている様子がビジョンに映り、メッセージを読んでは感心してみたり。時折ビジョンに抜かれる客席用のカメラに自分達も映らないかと目で追っていたりすると、あっという間に時間が過ぎていく。
「もうすぐジェット風船」
「ああ、あれ」
 はい、と風船を渡される。龍臣が日頃の筋トレで鍛えた肺活量で一瞬で膨らませてみせると、膨らませかけた風船を手に冬雪が目を丸くしていた。
「すっげ」
「このくらい楽勝」
 DJのコールに合わせて手を離すと、風船が勢いよく飛びあがりグラウンドへと降って行く。一斉に白の風船が上がる様子は中々に壮観で、写真撮っておけば良かったかなと思わないでもなかったが参加する方が楽しいので良しとした。
 その後ハニーバジャーズ優勢で試合は進んでいたが、9回になってまさかの失点、更に追加得点を許してしまう。
「あ~~、もう駄目だ……このまま勢いに乗った相手に押されて負けるんだ……」
「お、落ち着け佐々。まだ同点になっただけだから。こういう時こそ応援だ応援!」
 おろおろと気弱なことを口走る冬雪を宥め祈るような気持ちで見つめていると、相手チームの猛攻をぎりぎりで捌き切ったものの、最後の攻撃を前に1点のビハインド。絶対にここで決めろと一層盛り上がる応援団に合わせて、二人も全力で声援を送る。
「よし、フォアボール!」
「次は4番? チャンスだ!」
 ヒットなら得点チャンスが広がり、ホームランなら逆転。試合の流れを決める打席に向かうバッターの背を、皆の声が後押しする。1球目、様子見のストライク。2球目、空振り。その後2球ボールが続いて、後が無くなった状態からの4球目。
「どうだ」
「頼む……!」
 速めのストレートに合わせてフルスイングでバットが振られ、鋭い音を立ててヒット。ボールが高く遠く上がり、勢いよく二人の居る方へと向かってくる。入るのか、フライアウトになるのか緊張にぞわりと肌が泡立つ。息を詰めて見守る先で、バックスクリーンにボールが鈍い音を立てて当たった。一瞬静まり返ったスタジアムの中が、大歓声に満たされる。サヨナラホームラン、東京ハニーバジャーズの勝利だ!
「……や」
「やったー!!!」
 選手たちがホームベース付近に集まり、水を駆けたり抱き合ったりして喜んでいる様子に目を向けつつ、ぱんと大きな音を立てて手を合わせた。そのまま周囲の人達ともハイタッチを繰り返し、最後にもう一度二人で手を合わせて。
「やっば」
「良いもの見れたな、委員長」
 奇跡的な勝利にざわついたままのスタジアム。一旦グラウンドから選手が下がり、ヒーローインタビューの用意が進んでいく。ビジョンの演出を見ているうちに、すうっと辺りが暗くなったかと思うと先程ホームランを放った選手の名前がコールされ、手を振りながら姿を現した選手へ惜しみない拍手が送られる。
 インタビューまでしっかりと見終えて龍臣が席を立とうとすると、冬雪がもうちょっととグラウンドを指さす。何があるのかと再度目を向けたその時。
「うわっ」
 鮮やかな光が視界を埋める。ビジョンと連動した、勝利の花火の演出。中継ではカットされることが多くあまり映る事の無いその様子に、龍臣は目を見張った。
「凄いだろ」
「うん……凄い」
 初めての野球観戦でサヨナラ勝利。そんなものを見てしまったら。
「なあ、佐々。俺また来たいかも」
「こんなの滅多に見れないんだけどな……それでも良いならまた来ようぜ」
 普段は胃が痛くなるような試合展開が多いのだと聞いても、この感動がまた見られるかもしれないのならと、思ってしまった。冬雪としても一緒に盛り上がる相手がいるのは楽しい。ついでにこのままハニーバジャーズが龍臣の推しになってくれれば、と思わないでもないがそれはまだ先の話だし、口にするのは恥ずかしい。
 雑談の流れで次は応援グッズを買おうという話になり、タオルが良いか音を鳴らす系が良いのかとスマホでラインナップチェックしながらの帰り道。ふと見上げた空は鮮やかな夕暮れの色。
「何か、叫び過ぎて腹減ったかも」
「確か帰り道にバーガー屋あったよな」
 もう少し、この感動と興奮を語り合っても良いだろう。日常の中の非日常を楽しむ時間はまだ終わらない。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年02月08日


挿絵イラスト