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ふと目を覚ましたらそこは静かすぎる自分の部屋だった。
「……う」
ぬくぬくになっているベッド。僅かに身じろぎした知花飛鳥はほぼ無意識に手を伸ばし、スマートフォンを探り当てた。
明るくなった画面には、さして進んでいない時間の表示と幾つかのアプリの通知。
通知されているメッセージを読んでいく――そこに並んでいるのは風邪を引いてしまった飛鳥を見舞うクラウメイトたちの言葉だ。
「うぅ……」
朝、飛鳥が送ったメッセージに一番速く返信していたのは一ノ瀬帝だった。
『昨夜、「何か寒くない?」って言ってたよな……』
『暖かくして確り休むんだぞ』
『お大事に』
うぐ。と飛鳥が唸る。続いて「ミカぁ……」と思わず出た呟きは何とも寂しそうだ。
確かに。昨夜はメッセージのやり取りをしていて寒さを感じたことを帝に伝えた。アレは悪寒だったのだろう……。
ぐ、っと息を止め何かに耐えた飛鳥は、「はぁぁぁ」と大きな溜息を吐いた。手に持ったスマートフォンと一緒に自分も伏せる。
「……え、何、めっちゃ寂しいんやけど……」
――しまった。呟くと凄く寂しさを感じてきた。
上掛けをひっぱりもぞもぞと潜る飛鳥。
学校を休めば当然だがクラスメイトと会うこともできないし、何よりも帝に会えないことがこんなにも寂しいことだとは思わなかった。
(「こえ、聞きたい。かお。見たい」)
あまり表情が動かない帝の表情を探るのが好きだ。帝の考えてることが分かり難いと誰かが言うこともあるけれども、飛鳥には帝の感情が伝わってくる瞬間が多々とある。幼馴染ゆえだろうか。
クリスマス以降は更に更に、だ。
彼と恋人関係になってから……――こいびと!!! ――ついじたばたとしてしまう。顔が熱くなったので上掛けを捲り、冷たい冬の空気を取り込む。
――……今まで以上に、一日でも、一秒でも、多く会いたいと飛鳥は思うようになった。
(「自分って思ってた以上に」)
「ミカが大好きなんやな……」
と飛鳥は呟くも、改まった言葉に何となく『ひぇぇ』といった照れが生じたり。
「あかん。熱が出る……寝よ……」
我ながら何をやっているのか。
水分補給をしてから身体を休ませる。寝入りは少し、苦しかった。
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さわさわと耳をくすぐるような音――家族の声。
ゆらり浮上する飛鳥の意識が捉えたのは母と弟の声だ。柔らかなやり取りを音として聞きながら目覚める飛鳥。
コンコン、とドアを小さくノックされ、はい、と飛鳥は無意識に返事をした。母親か弟が様子を見に来たのだろう――飛鳥が僅かに身を起こすのとドアが開くのは同時だった。
「ちゃんと寝てたみたいだな。体調はどうだ?」
静かすぎる平日の部屋に満ちたのは、聞きたかった声。
「ちょっ、えっ!?」
凄く驚いた飛鳥の声はひっくり返っていた。
「ミ、ミカ!? 何でおるん!?」
「見舞いに来た」
「聞いてへんよ!?」
打てば響く飛鳥の反応をじっと見たあと、帝は一つ頷いた。
「お前のことだから、事前に言ったら『うつしたらあかん』とか言って断るだろうと思ってな」
「そら言うやろ!」
続く飛鳥の言葉に帝は伏し目がちになる。黒い瞳が眼鏡に隠されてしまった。飛鳥には、少しばかりしょんもり風味に見えてしまう。
うっ、と呻く飛鳥。言い過ぎたかもしれない。
「……もし迷惑だったなら、これだけ置いてすぐ帰るが」
これ、と言う際に僅かに腕を上げる帝。手に提げていたコンビニの袋がかさりと音を立てた。
「……迷惑やない。来てくれて、めっちゃ嬉しい……し……、めっちゃ会いたかった」
会いたかった。
この一言だけでなく、正直な気持ちを伝えるのは、まだまだ照れてしまうもの。
けれども今日、素直にそれを伝えられたのは本当に寂しかったから。ほんの少し、勇気が要った言葉たちを、帝はどう受け取るのだろう。
反応が少し怖い気もする。でもきっと、帝なら――。
「……ああ、俺もだ」
淡く微笑んでそう返してくれた。
ほっとした飛鳥も笑みを返す。
おんなじ気持ちだったことがとても嬉しい。
「で、『これ』って何買うてきたんー?」
「プリンだ」
コンビニの袋を受け取って取り出したプリンは、知ってるこれお高いやつやんー! というチョット・イイ・プリン。
ニコニコとする飛鳥を眺め、帝は安堵する。
『風邪引いた。今日、学校休むわー』
という朝のメッセージとしょんぼりなメッセージスタンプを見た時は心底心配したものだ。
「いただきまーす」
わくわくとプリンを開ける飛鳥の姿は可愛らしいもの。
「そういえば、久しぶりにヘアピンをしていない飛鳥を見た気がするな」
「ん? んー、ヘアピンも今日はお休みやってん」
ほら、そこ、という風に飛鳥が視線を向けた先には愛用のヘアピンたち。
「そんで今日はどないやったー?」
学校。
主語はなくとも通じる言葉に、「そうだな」と一言零し帝は今日を振り返る。
帝が話してくれる今日の出来事。それは飛鳥にとって何だか新鮮なものだった。
普段表情に隠れて見えない、帝の『面白いな』と思ったポイント。
友達や教師の面白い情景は思い浮かぶのに、そこに帝の感想が加わっている。
淡々とした帝の声が心地よい。
平日の静かすぎた部屋は帝のために在ったような、そんな気さえしてくる。
「今日はありがとなぁ、ミカ」
ゆるゆるとした声で帝を見送って。
お大事に、と返された帝の声に包まって。
飛鳥は穏やかで幸せな気持ちのまま再び眠りにつくのだった。
成功
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