サーマ・ヴェーダは恋慕の目醒か
メルヴィナ・エルネイジェ
以下は執筆時の参考資料として扱ってください。
●何人合わせ?
ルウェイン
メルヴィナ
以上二人です。
同背後なので扱いの公平性等は気にしないでください。
●メルヴィナはルウェインの事をどう思ってるの?
なんとも思っていません。
あの時助けた人程度にしか覚えていません。
「貴重な生き残りだから嫌でも覚えているのだわ」
●この時のメルヴィナ
相変わらず気を病んでいます。
お仕事はしていますが、あまり人前には出てきません。
「人に会いたい気分じゃないのだわ……」
●ルウェインはメルヴィナの離縁騒動を知ってるの?
知っています。
報道についても知っていますが、あまり興味を持っていませんでした。
「一時大騒ぎになっていたが……その頃の俺は自分の事で手一杯で、それどころじゃ無かったんだ」
現在は報道に対して懐疑的です。
「嫉妬? 束縛? あの凪の海のように穏やかで慈悲深いメルヴィナ殿下が? あり得ないな」
ルウェイン・グレーデ
ルウェインがメルヴィナのストーカー化するノベルをお願いします。
アレンジその他諸々全てお任せします。
時系列は【サーマ・ヴェーダは恋慕の拗体か】の後です。
●あの後のルウェイン
ルウェインは大怪我を負ってしまいましたが、メルヴィナの応急処置のお陰で一命を取り留めました。
歩ける様になってからは自宅で療養しています。
軍からは完治するまで傷病休暇を与えられました。
休暇中は事情聴取に応じたり、全滅した哨戒部隊の葬儀に参列したり、お墓にお参りしたりしていました。
そしてメルヴィナの事を考えていました。
あの時自分を救ってくれたメルヴィナの人魚姫のような美しさと優しさにすっかりときめいてしまったのです。
「この命をお救い頂いたメルヴィナ殿下に、御礼を申し上げねば」
ルウェインはメルヴィナがいる海竜教会を訪れました。
教会は丁度お祈りの時間でした。
大聖堂でお祈りを捧げる修道士達の中にメルヴィナの姿を見つけました。
ルウェインは他の礼拝者に紛れてお祈りし、時間が過ぎるのを待ちました。
そしてお祈りが終わるとメルヴィナに声を掛けます。
「メルヴィナ殿下!」
あまり人に会いたくない、特に男の人と会いたくないメルヴィナは、呼び止められてちょっとご機嫌斜めです。
「何かご用なのだわ?」
ルウェインは跪いて首を垂れます。
「以前御助命頂いたルウェイン・グレーデであります! 此度は大海の竜帝とその巫女であるメルヴィナ殿下に感謝を申し上げるべく、畏れ多くながら馳せ参じた次第であります!」
「グレーデ……? ああ……あの時の人なのだわ?」
ルウェインはメルヴィナに覚えていて貰えた事に嬉しくなってしまいました。
「私は自分の仕事をしただけなのだわ。身体はもう大丈夫なのだわ?」
「は! メルヴィナ殿下の御慈悲により、万事順調に回復中であります! 改めて深く感謝を!」
気に掛けて貰えた事にルウェインは更に嬉しくなってしまいます。
しかしメルヴィナはただ社交辞令として尋ねたに過ぎません。
「そう、お大事になのだわ」
メルヴィナは素っ気なく言うと去っていきました。
その後ろ姿をルウェインは静かに見送っていました。
「メルヴィナ殿下……やはりとても優しく、美しい御方だ……」
●それから
ルウェインはほぼ毎日海竜教会に通うようになりました。
理由はメルヴィナです。
しかし特に話し掛けるでもなく、お祈りして去って行くメルヴィナの姿を見ているだけです。
「いいんだ……ただ御姿を拝見させて頂くだけで……俺は……」
自分の中に芽生えた感情が恋だと言う事には気付いてはいましたが、とても叶うものでは無いと胸の中に閉じ込めていました。
一方のメルヴィナもルウェインの存在に気付いていました。
しかし近頃はよく来てるなとか、リヴァイアサン教に入信したいのかな程度にしか思っていません。
そしてある日の晩、ルウェインは自宅のベランダなり庭なりで夜風に当たっていました。
「今日の夜空はメルヴィナ殿下の髪の色のようだ……」
考える事はメルヴィナの事ばかりです。
この頃には日常の中でも何かに付けてメルヴィナを思い出すようになってしまいました。
「メルヴィナ殿下、自分は影からお慕いしております。ですが願わくば、貴女様に騎士としてお仕えする事をお許し頂けるのであれば……」
ですが士官としても貴族としても最下級の今のままでは叶わない夢です。
もっと功績を得て力を付けなけばとルウェインは思いました。
「あの日、俺から全てを奪った存在がいる。ならば、奴を討てば、爵位だろうと褒賞だろうと……!」
そうすればきっとメルヴィナにお仕えするに相応しい騎士になれると考えたのです。
そして死んでしまった仲間達の仇でもあります。
ルウェインの中でますますメルヴィナへの想いが強くなりました。
夜風が冷たくなり、まだ癒えていない傷に染みるようになりました。
そろそろ戻ろうと振り向きました。
するとなんという事でしょう。
目の前の空間に謎の門が浮かんでいるではありませんか。
「な、なんだこれは!?」
この門はルウェインが無意識に開いてしまったグリモアゲートだったのですが、本人は気付く気配もありません。
すると門の向こうから人の話し声が聞こえてきます。
「メルヴィナ殿下……!?」
聞き覚えのある声に誘われて、ルウェインは後先考えずに門に入ってしまいました。
続きます。
だいたいこんな感じでお願いします!
●痂
それは醜くも傷跡に覆うものであったかもしれない。
ジクジクと痛む傷の奥に血肉と骨が、臓腑があるのだとして、その奥に進むのならば一体何が痛むというのか。
それは甘い心の痛みであったことだろう。
ルウェイン・グレーデ(自称メルヴィナの騎士・f42374)は病床に在りながら、窓の外を見やる。
青空が痛む傷に陰鬱なる感情を呼び込むようであったが、今のルウェインには関係のないことだった。
陰鬱な感情も傷の痛みも、己の心の甘い痛みが凌駕しているようだったからだ。
確かに大怪我と言える傷を彼は負っていた。
海上における哨戒任務。
その際に己は強襲を受け、部隊もろとも壊滅的な打撃を受けた。
戦友も上官も奪われた。
一太刀浴びせることもできなかった。
あの凍れる炎とも、燃え盛る氷とも取れるような威容。
五体あったことから、あれがキャバリアの類いであることはかろうじて理解できる。拳が震える。
握りしめた拳。
されど、やはりそれらの痛みや怒りを覆うものは心の甘い痛みだった。
これが何であるのかを己は知らない。知らずに生きてきたからだ。
グレーデ男爵家は、お世辞にも経済状況がよろしいとは言い難い。下位貴族とは言え、己が今療養している自宅も屋敷というのはあまりにもお粗末な有様であった。
伴する者もなく。
ただ一人療養の床に付く。
なんとも、うらぶれた有様であろう。以前のルウェインならば失意に打ちのめされていただろう。
だが、今己の心を締めているのは屈辱でも忸怩たる思いでもなかった。
臥薪嘗胆せしめる気概が己の心の中に炎となって昌盛し始めていた。そう、あの恐るべき敵。そして、何よりも。
「メルヴィナ殿下」
瞼を閉じれば鮮明に思い出せる。
星々浮かぶ夜空を溶いたような黒髪。
宝石を思わせ、宝石以上の価値が在るように思えた瞳。
そして、何よりも凪いだ海面のように穏やかな眼差し。優しくぬくもり、慈愛に満ちた掌の感触。
己が粗相をしてしまっても、まるで聖母のような佇まいで意に介することなくお助けくあさった広大なお心! その器!
メルヴィナ・エルネイジェ(海竜皇女・f40259)に対する己の心は燃え上がるようだったし、また止めようがないものであった。
「人魚姫の如き……いや、あのお美しい姿は、御伽に聞くそれを遥かに凌駕している。なんたることだ。まさか、この俺が……」
母親との別離もあり、ルウェインは女性に対する不信を拭えなかった。
例え部隊の女性隊員であっても胸襟を開くまでは至らなかった。しかし、それでも死せる彼女達のことを悪く思っていたわけではない。
これは自身の問題だったのだ。
銀髪を揺らし、ルウェインは立ち上がる。
傷が痛む。
だが、失われてしまった生命には贖わなければならない。祈りを捧げなければならない。軍からは聴取を終えた後、自宅にて当分は療養するようにと休暇を与えられている。
しかし、いてもたっても居られない。
「傷の具合がなんだというのだ。この程度。彼らに笑われてしまう」
喪った仲間たちの声が聞こえたような気がした。
そんなに無理をしなくてもいいのに、と笑っているように思えたのは、きっと己の願望だ。そうであってほしいという。
けれど、それでも。
「往くぞ」
よろめく体に鞭を打つ。
痛む体は、メルヴィナに対する忠義の心で突き動かす。いつまでも床に伏せるだけの男など己の忠義に相応しくない。
そう、己は手に入れたのだ。
理念も、思想も、はるかに凌駕する忠義の真髄というものを――。
●『悪魔』
ルウェインは部隊の葬儀に参列し、大いに軍部の官僚や上位階級の軍人たちを驚かせた。
それは賞嘆に値するものであったあ、ルウェインにとっては耳を滑るものであった。
「いえ、俺は為すべきこともなせず、メルヴィナ皇女殿下に生命を掬っていただいたに過ぎません。真に称賛に値されるべきはメルヴィナ皇女殿下と死せる戦友たちのみ」
一見すると恭しい態度と謙遜、控えめに称賛を固辞するようにも取られただろう。
けれど、ルウェインの心の中にあるのはメルヴィナへの忠義のみであった。
ずっとメルヴィナのことばかりを考えていた。
何をしても、何を見ても、ずっとメルヴィナの、あの星明りに陰る尊顔ばかりが浮かぶのだ。
己の忠義を捧げるに値する御方。
ルウェインはこれまで武功、武勲を追い求めてきた。
父がそうであったように戦場こそが騎士の生きる道であり、唯一であると信じていたからだ。
それは確かに今も思うところである。
やはり己は騎士なのだ。
ならばこそ、求めるは勲。なのに、今はメルヴィナのことばかりである。
メルヴィナ殿下、と心で反芻するだけで生きる力が湧き上がってくるようだったし、傷の痛みなど忘れて口角が上がるのを自覚すらできなかっただろう。
軍部の官僚、その多くはそんなルウェインにただならぬ気配を感じたかもしれない。
明らかに死線を一つくぐり抜け、一皮どころか、一回り人間的にも大きくなったように彼らには思えたのだろう。無論。気の所為である。
単純に今のルウェインを大成せしめているのはメルヴィナへの忠義である。
紫煙煙る葬儀場の一室にてルウェインは、軍の上層部官僚たちを前にして傷を厭わず不動たる佇まいを示していた。
「よく休め。貴官は何はともあれ生き残ったのだ。ならば、その責務を果たすことを忘れるな」
「ハッ。メルヴィナ皇女殿下に救って頂いた生命。あの御方のためにこそ捧げる所存です」
「う、うむ。葬儀も終わったことだ、療養の身であろうが食事はどうだ? 何か……」
「いえ。自分は向かわねばならぬ場所があります。散っていった戦友のため、お救いいただいたメルヴィナ皇女殿下に御礼申し上げなければ」
軍部の官僚たちは、違和感を感じた。
なんかコイツ、口を開けば必ずメルヴィナの名前を出すな、と。
メルヴィナと言えば、この『エルネイジェ王国』を滑る王族の第ニ皇女である。巷では『出戻り皇女』とも『嫉妬狂い姫』などと呼ばれている。
ゴシップ誌がこぞって面白おかしく喧伝した彼女の離婚劇は、軍部の官僚や上位貴族の中では快く受け入れられていなかった。
台頭を狙う者たちにとっては、王族の恥部であろう。
生命を救われたとは言え、ここまで心酔するものか?
というか、ずっと目がキラキラしている。
え、それは自分たちに向けたものじゃないよね? と流石に官僚も上位貴族たちも気がついていた。
完璧に己たちを通り越してどっか遠くを見ている目である。
それを正そうにも、折り目正しい騎士としての態度を崩さぬのだから指摘しようもない。まあ、言ってることは筋が通っているし。ただ、何かに付けてメルヴィナの名前を出さねば気がすまないのかと言うほどルウェインは口を開けば必ずメルヴィナの名を出していた。
「それでは、自分はこれで失礼致します」
「ああ。下がって良い」
ルウェインが最後まで騎士としての佇まいを崩さずに場を辞した後、官僚たちは互いに顔を見合わせただろう。
「下位貴族の……それも男爵家風情が」
「何、気にするところもないであろう。運良く生き残っただけの男だ。捨て置くがいい」
「軍の喧伝に使えると思ったが、よりによって『嫉妬狂い姫』に入れ込むとはな」
「致し方あるまい。武功により興った家とは言え、猪武者も良いところだ。遅かれ早かれ、死に急ぐ類いの男。放置しても問題あるまい」
彼らは壊滅した哨戒部隊の艦艇、キャバリアのブラックボックスより回収された、襲撃者の姿を映し出した画像の紙片を紫煙くゆるハッピーハーブの火でもって燃やす。
襲撃者。
哨戒部隊とは言え、艦艇を含むキャバリア部隊を瞬く間に、それこそ抵抗せしめることもなく破壊し尽くした『悪魔』めいた力を持つ存在。
それはかろうじて赤と青のカラーリングを持つ者であった。
「……大陸外の新興小国家『ビバ・テルメ』で確認されている四騎のキャバリアではないのか?」
「海上で繋がっているとは言え、ロストするまでの時間ではどう考えても違うというほかないでしょうな」
「考え難いことだが……『悪魔』の再来というのではあるまいな」
「それこそ御伽噺でしょう。百年前の『悪魔』はもう居ないのですぞ。『グリプ5』周辺の争乱を見ればわかることでしょう」
それもそうだ、と官僚たちは頷く。
燃え尽きた画像の紙片は、しかし、風に吹かれて一際強く燃え盛る――。
●海竜教会
ルウェインは葬儀を終えた足でそのまま海竜教会へと向かっていた。
無論、メルヴィナに生命を救って頂いた礼を告げるためである。時間的に考えれば、祈りを捧げる時間である。
扉を開けて逸るように踏み込むのは気が引けた。
「……官僚連中に時間を取られたのが痛かったな……」
そっと扉を音を立てぬようにルウェインは教会内部へと足を踏み出す。
他の礼拝者たちに紛れるようにして、荘厳なる教会の雰囲気に飲まれそうになるが、しかしルウェインは見ただろう。
差し込む一条の光のように、あの星夜に見た黒髪がなびく後ろ姿を見た。
「おお……」
思わず感嘆の声が漏れてしまう。
病床にありて、己の胸を閉め続けていた御方の姿を今一度眼に刻みつける感動に心が震えるようだった。
膝をつく。
それは礼拝する者にとっては祈りを捧げる姿勢であったが、ルウェインにとっては己の忠義を捧げる姿であった。
やはり、と思う。
直に後ろ姿を拝謁するだけで理解した。
やはり己の生命はあの御方のためにこそあるのだ。
祈りの時間が終わりを告げる鐘が鳴り響く。
はっ、と顔を上げると祭壇の最前列で祈り捧げていたメルヴィナが足早に礼拝堂をさろうとしている姿が見えた。
何かお言葉を賜ることができるのではないか、そうされるのではないかと考えていたルウェインはたじろぎながらもメルヴィナの背中を追う。
だが、足早に立ち去ろうとするメルヴィナの背中がどんどん小さくなって行ってしまう。
「御無礼をお許しください。メルヴィナ皇女殿下ッ!」
その声は静かな礼拝堂によく響くものであった。
メルヴィナの背中が強ばるのをルウェインは見ただろう。
だが、振り返ってくれたのだ。
あの夜見た宝石の如き煌めく瞳。瞬き一つするだけで星が舞い散るように光が己に迫るようだった。
なんたる美しさか。
至上たる美しさ。何物にも変えがたい。これ以上の美しさがこの世に存在しているのか? しているわけがない。あれこそが至高にして究極。エルネイジェの宝石。否! 世界の宝である!!
「……何か御用なのだわ?」
メルヴィナのたおやかな唇が形を変える。
わずかに険があるような声色だったのは、彼女が今は精神的に不安定であり、人に会いたくないと思っているがためである。特に男性には。
それは彼女の来歴を考えれば当然のことであろう。
しかし、ルウェインは跪いて首を垂れる。
騎士である己に出来る最大限の礼であった。面を上げることは許されていない。いつまでも、そのご尊顔を見つめていたいと思ったが、無礼であろうという内なる己が止めるのだ。
「以前ご助命頂いたグレーデ男爵家当主、ルウェイン・グレーデでありあす! 此度は大海の竜帝と、その巫女であられるメルヴィナ皇女殿下に尽くせぬ御恩、その感謝を申し上げるべく、畏れ多きことながら馳せ参じた次第であります!」
声が上ずってしまった。
今己の貴族の階級など言わなくてもよかったのではないかと思ったが、つい声に出してしまっていた。立場を明確にしなくては、と思ったのも在る。
いや、単純に忠義奉じるメルヴィナに包み隠すことが欠片とてあってはならぬと思ったこともあったのだ。
そもそも、メルヴィナは己のことを覚えていないかもしれない。
むしろ、その可能性のほうが高い。忘れられていても、良しとしようとルエウィンは思った。
だが、天上より光が差し込むようにしてメルヴィナは物憂げな瞳、その眦をわずかに下げて頷いた。
「グレーデ……ああ、あのときの人なのだわ? 私は自分の仕事をしただけなのだわ。身体はもう大丈夫なのだわ?」
その言葉は天界の至上たる音色よりも美しかった。
なんたることだ。覚えておいでであった! 感激に胸がつまりそうだった。高鳴る胸を抑えながらルエウィンは頭を垂れたまま返答する。
「はっ! メルヴィナ光条殿下の御慈悲により、万事順調に回復しております! 改めて深く感謝を!」
「そう、お大事になのだわ」
そっけない返事だったが、ルエウィンにとっては関係なかった。
何たる慈悲。押しかけたも同然であった己に、お言葉をいただけるとは。なんと素晴らしい御方なのだろう!!
その言葉を最後にメルヴィナは立ち去っていくが、ルウェインは暫く立ち上がることができなかった。ようやく面を上げて、ルエウィンは感涙に咽ぶ。
「メルヴィナ姫……やはりとてもお優しく、美しい御方だ……――」
●日課
それからというものルウェインは連日、海竜教会に通う。
無論、言うまでもないことであるが目的はメルヴィナである。ひと目拝謁したい。いや、お言葉を頂戴したいと傲岸不遜にも思ったわけではない。
ただ、祈りを共に捧げる時間を共有したかったのだ。
「……いいんだ。ただお姿を……俺は」
その頃になれば、己の胸に抱く甘い痛みが傷の痛みではないことなどわかっていたし、忠義以上の感情であることも自覚していた。
これが恋なのだ。
自分には縁など無いと思っていたもの。
なんと甘やかで、狂おしいほどの感情であろうか。生きる希望、その真髄というものを今己は実感している。
だが、とても叶うものではない。
メルヴィナは皇女である。王族であり、第ニ皇女。かたや己は成り上がりの男爵家にして、さらに言えば……。
「資金難に喘ぐ、騎士に毛が生えた程度の男だ」
夜風にあたるルウェインの頬は熱を持っていたが、しかし、現実は更に恋の熱を冷まさせるように痛烈に吹き付けるのだ。
星空を見上げる。
「まるでメルヴィナ姫の髪の色のようだな……」
自宅にいる間はメルヴィナのことを姫と読んでいた。流石に自宅だけである。せめて、そう呟く位は許されるだろうと己が心を慰めていたのだ。
「メルヴィナ姫……自分は影からお慕いしております。ですが、願わくば」
星に願う。
彼女の騎士としてお仕えすることができたのならば、と。
だが、己の現状を顧みれば、それは遠き夢である。貴族としても、騎士としての最下級。
「いや、願うばかりではだめなのだ……!」
武功、武勲。
これを得なければならない。
あの日、己から全てを奪った正体不明の『悪魔』がいる。ならば、奴を討てば……!
そう、爵位であろうと褒賞であろうと軍部は認めざるを得ないだろう。
最下級であろうと貴族連中も無視できなくなるだろう。本来持ち得た向上心、功名心に火が付くようであった。
「奴を……奴さえ、討てば……!」
死んでいった仲間たちの仇。
そして『エルネイジェ王国』に仇為す存在。討たねばならない。己が。そいて、いつの日にか、メルヴィナより剣を、その洗礼を受けるのだ。
「傷の痛みになど惑わされてなどいられるものか……!」
窓辺より振り返った瞬間、ルエウィンの瞳が見開かれる。
そこにあったのは、謎の空間。
謎の門。
己の自宅には存在しないもの。
「な、なんだこれは……!?」
驚愕に見開かれる瞳。だが、ルエウィンは、手を伸ばしていた。
無意識であったし、また同時にそれは彼の猟兵への覚醒を促すものであったことだろう。だが、ルエウィン当人にとってはあまりにも突然の出来事である。
事態を把握することもできようはずもない。
ただ、己の中にあるメルヴィナへの思いが高まりすぎて遂には幻覚さえ見るようになってしまったのかとルエウィンは思った。
「現実だよ、な……ん?」
声が聞こえる。
門の向こう側。この声は。聞き覚えがある、というものではない。己が何度もあの日以来耳の奥で鳴り響くように反芻した御方の、メルヴィナの声ではないか。
ますますもって幻聴まで響くようになったかという考えはルエウィンにはなかった。
無意識ではない。
ただ、意識して門の向こうに足を踏み出した。
「メルヴィナ姫……メルヴィナ皇女殿下……!?」
後先など考える暇すらない。
その門の向こう側がどうなっているのかなど考えもしなかった。ただ、己の想い人の声が聞こえる。
ならば、その先がたとえ人外魔境たる場所であろうと、煉獄への道程であろうと構わなかった。
己の胸に甘やかな痛みは、そんな地獄であろうとなんであろうと踏み越えることができるのあ。
何よりも!
己が敬愛し、忠義奉じるメルヴィナの声があるというのならば!!
「俺は征かねばならぬ。いや、『俺が行く』!!」
ルウェインはさらにもう一歩、ためらうことなく踏み出すのだった――。
成功
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