●|セクレト機関《ブラック企業》のクリスマス
「……きっと、クリスマス、ない……!」
そんな一言から始まった、たからのクリスマス。
ジャックとアルムと共にセクレト機関へとやってきたたから。
クリスマスはエルグランデで……と思っていたが、夏休みもエイプリルフールも知らなかったけどハロウィンだけは何故か知っているセクレト機関なので、きっと多分クリスマスは無いんだろうと考えていた。
そうしたら、やっぱりというかなんというか。
セクレト機関のロビーはクリスマスっ気のない、いつも通りの素っ気ないロビーのままだった。
「浮かれてないっていう点ではいいんだろうけどな~……」
「むー。ぶらっく」
セクレト機関は異世界の情報を仕入れる時にイベント事についてもいくつか手に入れるが、その概念を取り入れるという文化は一切ない。
ハロウィンに関しては司令官エルドレット・アーベントロートが元高位研究員であるフェルゼン・ガグ・ヴェレットと協力者エレティック・リュゼ・ルナールの誕生日だから! という理由で取り入れたらしい。
故に、夏休みもエイプリルフールも知らない組織が出来上がってしまったのだ……。
そしてバレンタインという文化もホワイトデーという文化もこの組織にはないのかもしれない……。
「まあ俺もそう言う文化とは無縁ではある」
「私は……ちょっと、わからないです」
「アルムも無いぞ」
「無いんですか……!?」
記憶を失っているアルムもまた、ジャックと同じ世界の出身。
そしてジャックの世界ではハロウィンもなかったので、クリスマス以外の文化は無いそうだ。
クリスマスの文化は誰かが持ち込んだらしく、ツリーを飾り付けする、子供にプレゼントが配られる、ぐらいの認識は持ち合わせているが……ジャックとアルムは向こうの世界では立場が立場なので、そういったイベント事を享受出来ないのだそうだ。
それなら、誰がこのセクレト機関にクリスマスという文化を持ち込むのか?
……決まっている。
「じゃあ、たから、サンタさんに、なる!」
「っていうと……プレゼントを配るのか?」
「うん!」
せめてクリスマスっぽい楽しみをやりたいと考えたたからは、自らがサンタになって皆にプレゼントを配る! と意気込んだ。
サンタさんは夢もプレゼントもくれる素敵な人。そんな存在があると知ったら、きっとクリスマスという文化も受け入れてもらえるかもしれない!
「それに、機関の人達、大人だから……プレゼント、もらえない」
「あー……」
そういやそうだ。と言った表情を見せたジャック。
子供達だけにプレゼントが配られるのなら、エルドレットや燦斗と言った大人達にはプレゼントが配られない。
なのでたから自身がサンタになれば、大人達にもプレゼントを渡せるよね! ということだ。
きゃっきゃとはしゃいで構想を練り始めたたから。
ジャックも共に手伝い始めたが、ここでふとアルムがある事に気づいてしまった。
「……プレゼントの用意はどうするんですか?」
「「あ」」
意気込んだ直後に気づいてしまったアルムの一言に固まったたからとジャック。
それからしばらく、3人で何をプレゼントしようかと悩みつつ、共に準備を進めた。
●エルドレット&スヴェンの場合
「とんとんとーん。エルドレットさん、いますかー」
「はいよー」
まず、たからが訪れたのは司令官室。
入るためには燦斗の許可が必要だったため、まずは燦斗と合流した後に入室。
後に燦斗は別のことがあるからと、彼女をそのままに退室した。
「む。あなたは確か……」
「協力者の子な。お前が守った」
「ああ、あの時の」
エルドレットの隣ではライトブルーな髪の男――スヴェン・ロウ・ヴェレットが隣で作業をしていた。
彼はエルドレットと同じ身体を手に入れたばかりだが、まだ身体の使い勝手に慣れていないらしく、少しずつ書類作業を行うことで感覚を取り戻しているそうだ。
……と言ってもスヴェンは機械の身体でもかなり器用なもので、右手でタッチペン、左手でボールペンといった神業まで披露している。
「それで、今日は何か御用? 今は何も起きてないはずだけど……」
「サンタさんが、プレゼントを、渡しに、来ました!」
「え、プレゼント?」
なんのこっちゃ、と驚いている様子のエルドレット。司令官システム内でも「何がなんだか」という会話が繰り広げられているようで、スヴェンも同様の表情を見せている。
クリスマスという概念がない組織のトップ達。なんとも言えない光景だが、幼いたからでもこれは『ぶらっく企業』であることがよくわかる。
「クリスマスは、サンタさんから、プレゼントもらえる! だから、たからが、サンタさん!」
「えーと、つまりこれは」
「オレ達がもらう側になっている、ということだな」
小さく笑みを浮かべたスヴェンは書類作業を一時的に止め、たからに近づき跪いて視線を合わせる。
幼子からの、そしてサンタさんからのプレゼントならば受け取る理由が無いということだろう、手を差し伸べ受け取る意思を見せた。
エルドレットとスヴェンに渡されたのは、たからの手作りプレゼント『お仕事お手伝い券(7枚綴り)』。
司令官というお仕事はとても大変なのはよくわかっている。だからこそ、時々でいいから手伝いたい! という子供ながらの優しさが目一杯詰め込まれたプレゼントが渡された。
「へぇ、いいねぇ。やっぱり子供ってのはこうだよ、こう」
「……なぜオレを見て言う。あなたの子供も大概だぞ、エルドレット」
エルドレットは|燦斗《エーリッヒ》、エーミール、エミーリア、メルヒオールを思い浮かべ。
スヴェンはフェルゼン、|ルナール《キーゼル》、マリアネラを思い浮かべ。
それぞれの子供達もこういう優しい子だったらなあ、と思いを馳せるのであった。
●ヴォルフの場合
「とんとんとーん。ヴォルフさん、いますかー」
「はいよー……っと、嬢ちゃんか」
次にたからが訪れたのはヴォルフに与えられている部屋。
普段彼は妻のためにと家に帰るのだが、今日明日は忙しくなるという理由で部屋を借りているそうだ。
部屋に通した彼はたからを椅子に座らせて、紅茶とお茶菓子を用意して軽くもてなす。
その後いくつか世間話を繰り広げた後、たからは忘れないうちにとクリスマスの話を切り出した。
「くりすます……ねェ。一応、エーミールやヴィオから聞いたことはある」
「じゃあ、何があるか、しってる?」
「子供達にプレゼント、っていうヤツ……だっけ。ってことは俺から嬢ちゃんに渡したほうがいいか?」
「ううん。今日は、たからが、サンタさん!」
「……あー、そういう」
クリスマスの文化についてはちょっとだけ知っていたヴォルフ。
故に、たからがサンタであると言うことを告げれば、なんとなく察してしまったようだ。54歳となった身でプレゼントを渡されるとは思ってもいなかったようだが。
「ヴォルフさん、いつもたいへん。だからね……」
そう言ってたからが取り出したのは、ジャックとアルムと一緒に選んだお菓子の詰め合わせ。
プレゼントが手作りのお手伝い券だけではちょっと寂しいからとセクレト機関の購買部の人に相談してみたところ、丁度今日が販売開始だということで包んでもらった。
マドレーヌ、フィナンシェ、クッキーなどの焼き菓子が多く、これなら疲れたときの甘いものとして一番だよね! と笑ってくれていた。
「いいねェ、悪くない。アンナへの手土産にもなりそうだしな」
「アンナさん? だれ?」
「俺の嫁さん。写真見る?」
「みたい!」
そんなやり取りをして、ヴォルフの部屋で時間を過ごしていくたから。
ちなみにヴォルフが愛妻家なのはセクレト機関の人間なら誰もが知っていること。時折アンナからの連絡が入ればすぐに返信する素振りも見せていた。
●エミーリア&メルヒオールの場合
「ん、アレって」
「たからさんですの!」
次の部屋へと向かう途中、たからはエミーリアとメルヒオールと出会う。
資料運びの最中だったのか、2人を手伝おう! と意気込んだたからは少しずつ資料を受け取って、一緒に機関の廊下を歩いていく。
資料運びもまた立派なお手伝いであり、サンタさんのプレゼントだからと。
「さんた……っていうと、なんかエミさんから聞いたことあるな」
「ええと、赤い服で、真っ白なおひげのおじいさんだとか」
「そして、プレゼント、いっぱい運ぶ人! 今日は、たからが、サンタさん! お仕事終わりに、届ける!」
仕事が終わってからプレゼントを渡すと言われ、意気揚々と廊下を走って資料を届けていくエミーリアとメルヒオール。
資料室から資料室は慣れた人間でなければ迷路と変わらず、たからは2人と一緒に行くのが精一杯。
だけどそれもまた楽しくて、ちょっぴりセクレト機関の構造にも詳しくなりつつあった。
しばらくすれば、休憩時間。
エミーリアとメルヒオールはちょっと遅めの昼食タイムに入るため、たからもご相伴に預かることに。
食堂ではいろんな職員が休憩していたり、食事を取っていたりと様々な様子が見て取れる。
そんな中、サンプルの前に立って何を食べようかと悩む様子のメルヒオール。
それに近づいたたからも一緒に何を食べたいか考えて、冬ならではの温かいものを食べよう、と決めた。
「姐さんと嬢ちゃん何食べたい?」
「んむ……グラタン!」
「リアもグラタンが食べたいですの~」
「はいよー。俺もグラタンにしよ」
支払いはメルヒオールにお願いして、エミーリアと一緒に席の確保に向かったたから。
丁度、3人分の個室が空いているとのことなので、そこを確保しておいた。
しばらくしてからメルヒオールも合流。
材料が少し足りないそうなので、時間がかかるという旨を食堂職員から聞いていたようだ。
「じゃあ、先に、プレゼント!」
それならとたからは懐からハンカチを2つ取り出して、それぞれを2人に渡す。
赤いハンカチをエミーリアに、緑のハンカチをメルヒオールに。これは事前にエルドレットから聞いていた情報をもとに、たからが選びぬいたクリスマスプレゼントだ。
いつも2人は前線に立って戦ってくれている。たくさんの血を浴びて、色んな人を助ける。
だから、せめて血を拭ってもらえるようにと選んだようだ。
「ふふ、ありがとうですの、たからさん」
「ありがとなぁ。……ホントはエミさんもここにおったら、よかったんやが」
少しだけ表情を曇らせたメルヒオール。
仲間として、兄として見ていた男の不在は彼にとっても心に穴が空いたようなものだ。
けれど、そんな彼に対しても、サンタさんは笑顔を届けてくれる。
「だいじょうぶ! エーミールさん、きっと、もどってくる!」
――その一言に、2人の表情も少しだけ和らいだ。
●燦斗&ルナールの場合
「とんとんとーん。燦斗さん、いますかー」
「はぁい、いますよぉ」
次にたからが訪れたのは、燦斗の部屋。
エミーリアとメルヒオールに場所を教えてもらい、突撃するなら今のうち、ということで突撃。
なお燦斗1人かと思ったらルナールまでいたので、たからはちょっぴり驚いていた。
「父には会えました?」
「うん! それで、えっと、燦斗さんとルナールさんにもプレゼント!」
「プレゼント? 今日、何かあっただろうか」
「クリスマスですね。ああ、ルナール教授にお教えしますと……」
クリスマスという概念を知らないルナールのために、猟兵活動で得た知識を与える燦斗。
たからも一緒に「クリスマスは良い文化!」と普及活動を行い、エルグランデにクリスマスを広げて欲しいことを伝えた。
「なるほどね。だからさっき、父様が嬉しそうだったのか」
「スヴェンさんにもお渡ししてたんですね。いいなあ」
「そういうと、思った!」
羨ましがった燦斗に向けて、既に準備済みです! と言わんばかりの表情でプレゼントを取り出したたから。
内容はエルドレットやスヴェンと変わらず、手作りのお手伝い券(7日分)。こちらはちょっと色合いが違う。
もちろんルナールにも手渡して、いつでもお手伝いしていいよ、と伝えておいた。
「では1枚、今使わせてもらっても?」
「どーぞ! ……何するの?」
「そうですねぇ……サンタさんに、あるものを届けていただきたくて」
「あるもの?」
そう言われて、たからは燦斗から小さな箱を受け取る。
最愛の弟エーミールへ。
良き友人フェルゼンへ。
そう書かれた、手紙と共に。
●|世界の敵《リベリオン・エネミー》となった者達へ
「……ここ?」
「ああ。エーリッヒ殿から受け取った地図に間違いがなければね」
ルナールと共にある場所へと訪れたたから。その手には、小さな箱を4つ。
燦斗からのお手伝い――エーミールとフェルゼンへのクリスマスプレゼントを届けて欲しいということで、自分からのプレゼントも合わせて、彼らに届けに来た。
けれど、エーミールもフェルゼンもこのセクレト機関にはもういない。
彼らは世界から敵と認定されてしまい、何処かへと消えてしまって辿り着くことは叶わない。
しかも彼らが戻ってくるとは限らない。永遠に敵となってしまうのか、それとも、戻ってくることがあるのか。
エルドレットの《|預言者《プロフェータ》》でさえ、その未来を見つけることは至難の業。
だから、せめて。もしものときのため。
彼らの帰る場所として決められた部屋に置いていこうと、たからはプレゼントを準備していた。
戻ってきた時にまた一緒に遊べるように、皆と仲直りできるように。そんな祈りを込めた小さくて特別なプレゼント。
見つけたときから気になっていたスノードーム。それらを、部屋のテーブルの上に。
フェルゼンの部屋は綺麗に整えられていた。
まるでそうなると知っていたかのように、服も書類もぴっちりと定位置に纏められて。
誰がいつ入ってきてもいいように、綺麗な状態を保っている。
エーミールの部屋は、少しだけ小汚い。
起きて、着替えて、戻ってくるつもりだったのだろう。生活感が残されている。
こんなことになるはずでは。そう言いたげな部屋が目の当たりになった。
「また、仲直り、できるかな」
2つの部屋にプレゼントを置いた後、ルナールと共に部屋を後にしたたから。
エーミールとフェルゼンと共に、また遊びたいし、一緒に話をしたい。
そう言う思いから呟いた言葉を、ルナールは聞き逃さない。
「きっと、大丈夫。キミが届けたプレゼントが、あるならね」
「……うん!」
少しだけ元気づけられたたからは、再びサンタさんとしての仕事を全うしていく。
今度はオルドヌングの人達に。そして、他の調査人さん達にもプレゼントを忘れない!
「……メリークリスマス、たからさん」
そんなサンタさんの様子を。
|金髪白眼の男《エーミール》はきちんと見届けていた。
成功
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