元日の予定はすでに完遂されつつある。午前中は初詣。新年の挨拶と、神様への約束をそっと囁いた。神様だけに頼ったわけではなく、自力で叶えようとの決意を胸に秘めて。
クリスマスから大晦日、そして年が明けて本日。このわずかな日々は短くとも、ふたりにとってそれは濃密な毎日だった。
昼食にと寄ったファミレスでそれぞれ腹を満たし、ドリンクバーで席を陣取る。幸い正月、店内はそれほど混んでおらずだれに迷惑をかけていることもない。
こうしてテーブルを挟んでファミレスで屯することは今まで何度もやってきた。知花・飛鳥(コミュ強関西弁男子・f40233)にとって、これは日常だった。
一ノ瀬・帝(素直クール眼鏡男子・f40234)が目の前に座っていることは日常だったのに。
(「俺が、ミカのこいびと……」)
ふいに自覚するとそわわっと駆け上がる嬉しさやら恥ずかしさやらで、落ち着かなくなる。
彼に似合う男とはどういう男だろう――なんて思うけれども、ふと目をやった店内の時計の長針は、思った以上に短針を追い抜いていた。ゆっくりとふたりの時間を過ごすために入店したが、うっかり長居してしまっているではないか。
「この調子やったらあっという間に冬休みが終わってまうな」
「そうだな。休みの間にまたどこかに行きたいな」
すかさず|お出かけ《デート》の約束をとりつけようとする帝も、飛鳥と同じように席を立つタイミングをすっかり逃してしまって、もう少しあと少しと居座る気満々で、そろそろデザートでも追加注文してやろうかと企んでいたところだ。
ファミレスに居座ることは今日が初めてではない。だが、恋人と一緒にいる時間は長いに越したことはない。
冬休みは、あと何日もしない間に終わってしまう。そうなれば三学期――高校二年生の終わりが近づいてくる。
「えっとな……ミカ?」
「ん?」
「……一緒に海、行かん?」
「海……? 寒中水泳でもしたいのか?」
「ちゃうわい!」
脊髄反射のツッコミは冴えている。さすが飛鳥。
「じゃあなんだ……あっ、釣りか? そんな趣味見つけたのか」
「釣りは面白いかもしれやんけど、それもちゃうわ!」
飛鳥からのお誘いに嬉しくならないわけがない帝は、くすくすと小さな笑声を漏らす。反射的なツッコミが楽しくって仕方がない。
「どうして海?」
「……あの、な……ネットで見てん。冬の海は人も少ないし、空気が澄んでるから景色も綺麗で、……」
デートにぴったりなんやって――だんだん小さくなっていく言葉尻に連動するように、飛鳥の頬は赤らんでいく。その照れている様子に帝の気持ちもほわほわっと舞い上がる。
「ん、いいぞ、行こう」
ゆるりと頬が緩んで、リムレスのスクエアレンズの奥の黒い双眸が優しく細くなった。
◇
そうした約束をした正月から数日後――世間の正月も終わったころ。
ふたりはビーチにいた。
凄まじい解放感に、胸がすくようで、帝は大きく深呼吸をした。隣では飛鳥が歓声を上げる。
沸き立つような、纏わりつくような潮の香りは薄く感じられ、強い風の音が波音と一緒くたに押し寄せる。煌々と光の粒は波の上で弾けて、白波を彩りながら強く淡く砂の上を走っていた。
夏には海水浴客で賑わうビーチも、冬ともなれば閑散として、吹きすさぶ寒風はふたりの距離を縮めさせた。
「さっぶ!?」
「冬の海だから、こんなものじゃないか?」
「そうかもしれへんけど! 風、つよ!」
ひゃあっ――なんて悲鳴を上げながらマフラーに頬を埋めてしまう。ピンク色の髪が強風にかき混ぜられているのが面白くて。
「……飛鳥」
そっと呼んでみれば、あっさりマフラーから出てくる恋人の双眸が帝を上目遣いに見つめてくる。
「人もいないし、手、繋いでもいいか?」
「お、おぅ。もちろんええよ……! そんなん真面目に聞かれるとなんか照れるやん!」
コートのポケットから手を出した飛鳥の指先に触れた。彼の指先は少しだけ冷えていた。それを温めるようにきゅっと握る。握手――掌で体温を分け合うように、帝の手に包まれた。
「おっ、ミカの手、あったかいな!」
にぎにぎと繋いだ手を飛鳥に揉まれて、くすぐったくて眦も下がる。
誰もいない。人目がない――それを理由にして、するりと飛鳥と指を絡める。
まるで恋人だと叫ぶ特別な手の熱に、どきりと心臓が跳ねた。激しく動悸する。
「お前の手は少し冷たいから」
寒風が入り込まないようにぴったりと。世の恋人たちがそうするよう、飛鳥と帝も離れないように。いやに意識させられたから、恥ずかしさはひとしおだけれど、なにより嬉しい。
「へへっ、……こ、んなん……どきどきしてまうな!」
気恥ずかしさを誤魔化して、飛鳥は帝の手を振り回す。帝と手を繋ぐなんて、ありふれたことだったのに。それがこんな特別な意味をもつことになった。
ほこほこと指先まで燃えるようにあたたかくなってくる。
さくっさくっ――と砂浜にふたりの足跡を残しながら、ぷらぷらと散歩する。吹き抜けて、ふたりの間を駆け抜けていく風は冷たいままでも、不思議と寒くなくなった。
(「ほんま……不思議……今までもミカといっしょに遊んでたのに」)
心がふわりと軽くやわくほどけそうに甘く感じる。こんな軽やかな気持ちにしてくれる帝はすごい――なんて、飛鳥は笑った。
「あまり振り回すと俺の腕が抜けるぞ」
「マジで!? そんなんあかん、ミカにくっついといてもらわんとな!」
「そうなったら飛鳥にくっつけてもらえるのか?」
「だめです~抜けんといてくださ~い」
冗談を言い合って、肩をぶつけ合って、笑みを交わし合った。
そんな些細な時間が、とてつもなく楽しくて、おしゃべりは止まらない。寄せて返す白波と同じように。
◇
引っ張られても抵抗せず、飛鳥の思うように浜で過ごしているうちに陽も傾いた。
白光の陽は薄雲をものともしない強さでビーチを照らしていたが、思わず感嘆が漏れるほどに光は装いを変える。白から茜へ――たなびく朱の雲は俄かに薄紺と交じり、滲み染まる。
水面は波立つ。それでも一条の光は揺るがない。
冴え冴えと夕日が海を分ける――まるで水鏡だ。自然が織りなす壮大で複雑なグラデーションに、帝は息をのんだ。
「ふおおっ、めっちゃ綺麗やん!!」
波に弾ける光の粒は幾分も穏やかなものになっている。飛鳥はスマホのファインダー越しに夕日を見て、海の色の変化に歓声を上げる。
「あまり近づくなよ。濡れるぞ、飛鳥」
「わかってる! でも見てよミカ! 俺、感動……!」
おしゃべりに夢中になっていた間に変化していた海の姿は、予想以上に雄大で麗然としたものだった。
それ以上に――隣に恋人がいるだけで、世界の見え方がこんなにも変わってしまうとは、さしもの帝とて驚きだった。
何枚も写真に切り取って、腕を伸ばして夕日を|背景《バック》に飛鳥と帝のツーショットも一枚。すぐさまふたりはスマホの画面をのぞき込んで確認。
「いいんじゃないか?」
「めっちゃええやん」
思い出をひとつ増やしてご満悦の飛鳥に、帝の頬も優しく緩む。空は刻一刻と彩を変える――雲の濃淡も、波の影も、今この瞬間しか見ることのできないものだ。
その刹那を、この一瞬を、最愛の人と一緒に見れる奇跡に、幸せを感じずにはいられなかった。
「ミカ、綺麗やな!」
「ああ」
「せやけどやっぱり冷えてきたな……太陽ってすごいな~」
スマホをコートのポケットに入れた飛鳥は、当然のように帝と手を繋いで暖をとる。誰もいないビーチだから――誰に見られることもないから。
茜に染まる飛鳥の頬も、深い赤に染まった彼の髪も、今に沈みそうな凍えそうに燃える陽を見つめる双眸も、飛鳥の総身に終わりゆく一日を浴びる。
「来て良かったわ」
「ああ……今が夏だったら、こんなにゆっくり見れなかったろうな」
日の入りの瞬間までビーチは大賑わいしているだろう。
ふたりきりではあるけれど、これほど贅沢な潮騒の中で過ごすことはできないはずだ。
「ミカ、来年もまた来よな」
「来年と言わず……お前が行きたいって言うならいつでも良いぞ」
「じゃあ俺が、明日も来ようって言ったら?」
「ああ、来よう」
「えー? じゃあ一週間連続は?」
「いいぞ。お前が望むんなら、一瞬間でも一か月でも通うさ」
「毎日やん! んもー」
予想はできていても、まさか本当にそういう答えが返ってくるとは――飛鳥はくすくす笑って、こらえきれずに「わはっ!」と笑声を弾けさせた。
それは帝の傲慢だろうが、優しさだろうが、嫉妬の裏返しだったとしても、彼の即答はなにものにも代えがたい優越感を刺激する。
「ほんまミカって、迷いないなぁ……」
飛鳥に対して迷いに迷って、それでも彼の隣にいたかっただけだ。一秒でも長く、飛鳥と一緒にいたいだけ――それを悟られまいとする帝の心を知らず、飛鳥は笑う。
「すごいなあ……ありがとうな、ミカ」
「ん? なにもしてないが?」
「そういうとこ!」
「んん?」
そういう――なんでもないような|表情《かお》をして、さらりと難しいことを約束してしまえる帝がたまらなく格好よく見える。
「だから、ありがとうなん!」
「そっか、だったら俺も。ありがとうミカ」
「なにが?」
「んー、俺の隣にいてくれて?」
「う……! く、」
これ以上飛鳥を照れさせてどうするというのか。
繋いだ手は口よりも雄弁で、照れて言えない感情が溢れてくる。いつか照れることもなく、伝え合う日が当たり前になるだろうか――それは一体どれぐらい先のことだろう。思えば思うほどに恥ずかしさは込み上げてくるが、それ以上に胸は高鳴る。
ふいに絡んだ視線に戸惑いながらも、うっとりと目を細めた。莞爾と笑む愛しい人に、精悍な口元も綻んだ。
「また一緒に来ような、ミカ」
「ああ、約束だ」
繋いだ手に少しだけ力を込めて、ささやかで穏やかな約束を交わした。
成功
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