サーマ・ヴェーダはアスラの怒りか
メルヴィナ・エルネイジェ
婚約破棄して実家に帰った後、気を病んで引き篭もりになったままクリスマスを過ごすノベルをお願いします。
時系列としては【サーマ・ヴェーダはワダツミの遺恨か】の後です。
現代基準だと数年レベルで前です。
アドリブ・アレンジその他諸々お任せします。
●あの後のメルヴィナ
嫁ぎ先の男に浮気されまくったメルヴィナは国に帰ってしまいました。
国に帰ってからというもの、気を病んだメルヴィナは海竜教会の自室にずっと引き篭もっています。
家庭が出来たのに全く幸せでは無かったこと、人を愛する人が人に愛されるとは限らないと知ってしまったことが主な要因です。
そして嫉妬深く独占欲の強い性格だったので、夫となる人が他の女と遊んでいることが許せませんでした。
また、夫の件で男性に対してネガティブなイメージを抱えるようになってしまいました。
●海竜教会ってなんぞや?
リヴァイアサンを祀る教会です。
実体は超古代に作られたリヴァイアサン専用の海上基地施設です。
海の上にあります。
陸とは長い橋で繋がっています。
人々がお祈りに来る大聖堂とリヴァイアサンの神殿(という名の格納庫)が敷地の大部分を占めます。
リヴァイアサンの継承者になったメルヴィナは、この教会で住み込みで巫女兼司祭のお勤めを果たしています。
●世間からのバッシング
メルヴィナの遁走の件はエルネイジェ王国と周辺諸国で様々なメディアを通じて取り上げられました。
批評は様々ですが、話しが面白おかしく流布される事でメルヴィナはますます気を病んでしまいました。
●迎えたクリスマス
由縁は様々ですが、アーレス大陸にもクリスマスは存在します。
そしてエルネイジェ王国には冬になると雪が降ります。
その年のエルネイジェ王国のクリスマスは雪が降っていました。
引き篭もりになっていたメルヴィナは、雪景色を窓から眺めてました。
遠くには街の灯りが見えます。
今頃は国中クリスマスムードでしょう。
まだ嫁ぐ前だった年のクリスマスを王城の皆で祝った記憶が蘇ります。
メルヴィナはふと考えました。
もし普通に結婚していたら、今頃はきっと幸せにクリスマスを迎えていたのかも知れないと。
「もう叶わない願いなのだわ……」
「人を愛する人が人に愛されるのも、家族は幸せなものだということも、全部私の勝手な勘違いだったのだわ」
触れた窓ガラスはとてもひんやりとしていました。
だいたいこんな感じでお願いします!
●定義
多くの定義がある。
溢れている。
幸せも平和も喜びも――愛も。
全てが定義されるし、したがるものが人間であるというのならば、それはきっと不幸せなことであっただろう。
平和を生み出すために争いが生み出されるのと同じように。
幸せになるために不幸を得なければならないのと同じように。
あらゆるものは表裏一体である。
なら、これはコインの裏なのだ。表にひっくり返すために必要なものはなんであろうか。
深い、深い、悲しみの果てに涙が川となって流れ、海に行き着く。
海は涙の海流を生み出す。
生み出された海流は海底に沈んだコインをひっくり返すほどの勢いとなるだろうか。
それはわからない。
きっと涙の流れた日々だけが知っていることである。
傷は痂となって心を覆う。
その下でジクジクと心が痛むのだとしても、時間だけが解決してくれるのを待つしか無いのかもしれない――。
●ゴシップ
握りしめた紙片が音を立てるのを聞いた。
薄紅色の髪を揺らした皇女の肩は震えているように思えたが、それを悟る者はいなかった。
『第二皇女の嫉妬』
『拘束を越えた束縛に辟易』
『陰湿な先方への抗議、その真実』
ゴシップ誌に書かれていたのは『エルネイジェ王国』の第ニ皇女の離縁騒動の虚実虚飾まみれた記事だった。
面白おかしく、人の興味を引くように露悪的に、時には赤裸々に書かれていた。
よくもまあ、ここまで一個人に対して憶測と虚実でもって他者に知らしめようとするものだと思っただろう。
だが、それもまた人の側面である。人は信じたいものだけを信じる。他人の醜聞ほど己の正当性を高めるものはない。
其の快楽に抗える意思を持つ者は多くないのだ。
双子の兄は、一笑に付した。
笑い事ではないと言う姉の瞳はあらわにこそしなかったが、怒りを秘めているように思えた。
申し訳ない。
本当に。
メルヴィナ・エルネイジェ(海竜皇女・f40259)は兄姉たちから逃げるようにして『海竜教会』の一室へと閉じこもっていた。
引き籠もっている、といってもいい。
どうしてこんなことになってしまったのだろうと彼女は寝室のベッドの枕に顔を埋めて息苦しくなることを望むようにして息を止めた。
息を吸えば、涙がこぼれてしまうからだ。
どうしようもない。
己の体さえも思い通りにはならない。
涙を流してばかりだった。
「う、ぐ……っ」
嗚咽が漏れる。
家庭が出来たのに。
自分だけの家庭ができるはずだったのに。
自分が夢見ていた幸せが満ちる家庭は、虚実だった。
全く幸せではなかった。確かに政略結婚だった。思いを通い合わせる時間さえなかったのだとしても、これから共に紡いでいけば良いと思っていた。
人を愛する人が人に愛される。
それはメルヴィナの持論だった。
愛を与えれば、愛が返ってくる。
そういうものだ。自分たち兄妹たちはそうして心を育んできたのだ。皇族という特殊な環境であったけれど、それでもメルヴィナは満ち足りていた。
満ち足りていたから、誰かに与えたいと思ったのだ。
憧れさえあったのだ。
父と母のように仲睦まじく。
そうありたい。
だが、そのそうありたいという想いは、そうでなければならないという思いに変じていた。
重たくのしかかる思いは、誰の心を圧していたのだろうか。
少なくともメルヴィナは己の心にのしかかる重みに押しつぶされそうだった。
「ぜんぶ、ぜんぶ、私が悪いのだわ……?」
受け入れられなかったこと。
夫が他の女に入れあげていたことを許せなかったことが悪いのか。
気に病むほどのことではないと捨て置けなかったのが悪いのか。
それとも、そもそも自分という存在が愛されるものではなかったのが悪いのか。
度量が、器が、と謗られた。
己の器にはヒビが入っている。穴が空いている。
底抜けているのだ。
注いでも注いでも愛はこぼれ落ちていく。たまらない。
まず、その心に空いた穴を埋め、傷ついたヒビ割れを癒やさなければならなかったのだ。けれど、メルヴィナはそれができなかった。
器の中にはとぐろを巻くようにして横たわるどす黒い何かが眠っているようだった。
「まるでお前のようなのだわ『リヴァイアサン』……お前だけが私の心の器の穴を埋めてくれている……」
夫の心という名の器に愛という水を注ぐ。その器の底が抜けていたのではない。
己の心の器の底が抜けていたのだ。
そして、その底は今『リヴァイアサン』がいる。
涙さえ枯れ果てたというのに、今の己は涙することができている。
あの日、死のうと思った日にメルヴィナは『リヴァイアサン』に迎えられた。
巫女として司祭として継承者として。
メルヴィナは床を見つめる。
その先に『リヴァイアサン』がいる。
『エルネイジェ王国』の機械神。海竜教会に祀られる機神の一柱。
吐き出した息が白く染まっている。
メルヴィナはベッドのシーツを手にとって包まりながら窓際へと歩む。
泣き腫らした瞼は赤くなっていたし、涙の跡は痛々しさしかなかった。
今日も姉から食事の誘いがあったが、断っていた。
「クリスマスなのだわ……そんな日にこんなしょげた顔をお姉様たちに見せるのは忍びないのだわ……」
そう、アーレス大陸『エルネイジェ王国』にもクリスマスという行事は存在する。
冬になると雪が降りしきる。
雪があらゆる音を吸い込んでいく。
静かだった。
己の心の中も冷え切るように静かだった。
けれど、窓から見える明かり……『エルネイジェ王国』の街中の灯火をみやりメルヴィナの心は波が立つようだった。
静かに。
確実に。
「あの一つ一つに家庭があるのだわ……みんな幸せなのだわ」
思い出す。
嫁ぐ前に王城で皆と共に祝った記憶が蘇る。
幸せだった。あの幸せを自分も誰かと共有することができると思っていた。いや、自分が与えることさえできると思ってもいたのだ。
けれど。
「もう叶わない願いなのだわ……」
そう、政略結婚と言えど結婚に失敗したのだ。そんな己は『リヴァイアサン』の継承者でもなければ、存在する意義などないとさえ言えただろう。
けれど、もしも。
そう、もしも、だ。
自分が普通に結婚していたのならば。政略結婚ではなく、思いを通わせる者と一緒になることが出来ていたのならば、今頃はきっと幸せにクリスマスを過ごしていたのだろうと思ってしまったのだ。
「人を愛する人が人に愛されるのも、家族は幸せなものだということも、全部私の勝手な勘違いだったのだわ」
触れる窓ガラスの冷たさが、より彼女の心を冷やしていく。
水底に、海底に、沈んでいく。
心が、沈む。
落涙は心を救わない。
けれど、落涙の理由に突き動かされるものがある。
『嫉妬』である。
己がそうではないという変わらぬ事実。
けれど、その不実に突き動かされるにはメルヴィナの心は疲弊しきっていた。
熾火のように昌盛する『嫉妬』が水面に揺れる。
落涙に寄って生み出された海底に揺らめいている。
「泣けない『あなた』のかわりに私が泣き、怒ることのできない『私』のかわりにあなたが怒るのだわ」
嘗て彼女は、必ず果たされるべき思いを抱いた。
彼女が決めて『リヴァイアサン』が応えた。
この思いをこのままにしてはおけない。
誰かの不実は誰かを不幸にする。
なら。
――触れた硝子がヒビ割れる音がした。
成功
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