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粉雪がちらつくクリスマスイブ。
煌びやかなイルミネーションに照らされたクリスマスマーケットの発祥は、ドイツという遠い異国の地だという。本場風に整えられたマーケットの屋台は、日本に居ながら外国に迷い込んでしまったかのようだ。
幼い飛鳥の瞳はイルミネーションのように煌めいて忙しなく周囲を見渡す。ここはどこもかしこも光と祝祭に溢れている。
「すごいな、ミカ!」
「うん」
傍らの帝に笑いかければ、マフラーを口許まで引き上げながら帝も頷いた。飛鳥の前でだけは、淡く口許が綻んでしまう自覚があったから。
小学五年生の時だ。
飛鳥と帝はそれぞれの家族と一緒に大きなクリスマスマーケットを訪れていた。二人は幼馴染で、家族ぐるみで付き合いがある。こうしてそれぞれの家族と一緒に出掛けることもはじめてではないから気心も知れたもの。
最初は全員一緒にマーケットを巡っていたけれど、そのうち飛鳥が「ミカと一緒にまわりたい!」と言い出した。大人に行動を縛られて、興味のある屋台を好きに見られないことに痺れをきらしたのだろう。
子どもだけで、というか主に好奇心旺盛な飛鳥が迷子になってしまわないかと飛鳥の母親が心配したけれど。帝も否を唱えず、むしろ「ちゃんと時間になったら二人で待ち合わせ場所に行くから」としっかりとした受け答えを返してくれる。そんな帝がついていてくれるのならと安心した飛鳥の母親は、少しの間だけ、二人で行動することを許してくれたのだった。
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「うわ~! あのソーセージ太ッ! こっちのサンタさんのクッキーめっちゃかわええ!」
異国情緒溢れる屋台にクリスマスの飾り。あちらの屋台ではヴルストがじゅうと肉汁を弾けさせているし、こちらの屋台ではアイシングで可愛らしくデコレートされたレープクーヘンがたくさん並べられている。
かと思えば向こうはランプステーキやスモークターキーレッグ。果物がたっぷりのサングリアに温かそうなココア。クリスマスツリーのオーナメントやスノードームの店もある。
親の目から解き放たれた飛鳥は、視界いっぱいに映るクリスマス雑貨や食べ物に興奮と好奇心を抑えきれない。
「飛鳥、はしゃぐのは分かるけどはぐれないようにな」
よしと言われればすぐにでも駆けだしていきそうな飛鳥に、帝は内心のはらはらを隠せない。クリスマスイブとあってマーケットは盛況、訪れている人も多い。こんなところで駆け出していってしまったら絶対にはぐれてしまう。
(はぐれないように手を繋いで……なんて、もうこの歳じゃ普通しないよな)
飛鳥に手を伸ばそうとして、けれども伸ばせずに。
小学生とはいえもう五年生だ。なにも気にしなかった低学年の頃とは違う。手を繋ぐなんて周囲の男子たちは誰もしていない。飛鳥と手を繋ぎたくないわけじゃないのに、飛鳥自身がどう思うかとか、周囲の目を気にするようになってしまってからはどうしても躊躇ってしまう。なのに――。
「分かっとるって! あっ、あっちからもええ匂いする! ミカ、行こ行こ!」
「……! ちょ、飛鳥待て、こんなとこで走るな……!」
なんのてらいもなく、飛鳥は帝の手を握って駆けだした。
――いつだってそうだ。飛鳥は帝が気にしてしまう心配や不安をなんでもないことのように吹き飛ばして、無邪気に笑って帝を引っ張っていくのだ。
人混みの中を走ったら危ないとか、そんな急がなくてもまだ時間はあるからとか。口ではそんなことを言いながら、それでも帝の口許は微かに笑っていた。
(飛鳥はずるい)
天真爛漫ともいえるような飛鳥の眩しさが好きだった。
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クリスマスマーケットを、まるで渡り鳥のように二人は渡り歩く。
空腹を刺激するような肉の焼ける香りや、薄い生地の上にたっぷりとベーコンとチーズを乗せたフラムクーヘンの香りに誘われはしゃぐ飛鳥の傍ら、帝はと言えば飛鳥への誕生日プレゼントになりそうなものはないかと密やかに店先をチェックしていた。
今日は飛鳥の誕生日でもある。飛鳥の家族と一緒にクリスマスマーケットに出掛けると聞いた時は、きっといいプレゼントが見つかると思ったのだが。
(ちょっと高いな……)
商品を前に僅かに帝の眉が下がる。
クリスマスマーケットの雑貨は作りがしっかりしている分、高価なものが多い。良いなと思うものはいくつかあったのに、小学生のお小遣いでは気軽に買いにくいものばかり。
(あれも、これもちょっと高い……困ったな……)
表情にはほとんど出ないものの、帝の内心に焦りが生まれていく。もう幾つも店を見たのに、これといったものが決められない。前日までに用意しておけばよかったろうかと、今更どうしようもないことまでが思い浮かぶようになって、やるせなさに俯いてしまいそうになる。
「なあミカ、ミカ!」
「……ん?」
「あれ飲みたい!」
急にぐいと手を引かれて帝は我に返った。名を呼んだ主を見れば、満面の笑みである店を指差している。店先では湯気を立てる大鍋とマグカップ。その商品は――。
「ホットチョコレート?」
「そう! 今日雪も降っててめっちゃ寒いやん。あったかくて甘いもん飲みたい!」
そこは温かな飲み物を提供している店だった。甘やかなチョコレートの香りは温められることでより芳醇さを増して、雪夜に冷えた二人を誘っている。
「な、うまそうやろ?」
店をじっと見ている帝に、帝も興味を惹かれたのだろうと飛鳥も嬉しそうに頷く。けれども帝の視線はというと、ホットチョコレートが温められている鍋……から少しずれた貼り紙を見ていた。
(マグカップが……もらえる?)
貼り紙には、ホットチョコレートを注文するとオリジナルのマグカップがついてくると書かれていた。並ぶマグカップはクリスマスのドイツの街並みが描かれたこの時ばかりの限定品。来年同じものは並ばないので、記念品としても喜ばれている。本場ドイツでもクリスマスマーケットのこれは定番で、コレクターもいるとかなんとか――閑話休題。
そして何より値段が手ごろで小学生でも問題なく購入できるという点が、帝にはサンタのプレゼントのようにも思えた。
「わかった」
「じゃあ!」
「飛鳥はちょっと待ってて」
「へ?」
予想外の言葉に瞬く飛鳥を連れて店の前に行くと、帝は迷わずにホットチョコレートを注文する。そうして甘やかな湯気を立てるそれを受け取ると。
「飛鳥、誕生日おめでとう」
「えっ?」
生クリームが乗せられた温かなホットチョコレートを飛鳥に差し出した。
突然の『誕生日プレゼント』にまだ思考が追い付かない飛鳥は、差し出されたカップを受け取ってそれをまじまじと見つめ……そうしてまた帝を見つめる。
誕生日。そう、誕生日だ。今日12月24日はクリスマスイブであると同時に、飛鳥の誕生日でもある。それがマーケットに辿り着いてから今この時まで、すぽんと飛鳥の頭から抜けていたのだ。
「その……これ、マグカップ持って帰って使えるらしいから……。本当はちゃんとラッピングしたプレゼントを用意したかったんだけど」
そう言って、帝はどこか決まりが悪そうに視線を逸らす。プレゼントを用意していないがゆえの急場凌ぎとは思われないだろうか。やっぱり事前に用意するべきだったかもしれないと、心の底に少しだけ不安が残る。いや、飛鳥はそんなことを思いはしないと内心頭を振れど。
飛鳥は今どんな顔をしているだろうか。恐る恐る、ちらり。視線を戻してみると、目の前の飛鳥は――。
「わー…!! ええの!?」
喜色を溢れさせた満面の笑みを浮かべて、マグカップを見つめていた。マグカップを宝物みたいに大事に抱えてあんまりにも嬉しそうにしているから、逆に帝の方が少しばかり驚いてしまった。
「めっちゃ嬉しい! このマグカップ、家でもばりばり使う~!」
へにゃりと相好を崩し、「でもまずはいただきます!」と飛鳥はマグカップへと口をつけた。生クリームの下のホットチョコレートはまだ熱い。舌先に触れた熱さに驚いて、唇に生クリームのヒゲをつけたまま息を吹きかけて冷まそうする。その間も、ずっとずっと飛鳥は笑っていた。
マーケット巡りをしている間、手を繋いだ帝がずっとあちこちに首を巡らせていたことは飛鳥だって気づいていた。けれどそれは『帝もたくさんのクリスマス雑貨や飲食物に心惹かれているんだろう』と捉えていて、一緒になってクリスマスマーケットを巡るのが楽しかった。
その上で帝が飛鳥の誕生日を覚えていてくれて、こうしてプレゼントを贈ってくれたのが心の底から嬉しかったのだ。
「へへっ、うまい」
「よかったな」
「サンキューな、ミカ。ほんっとこれ大事にする!」
「……ああ」
ようやく丁度よい温度に冷めたらしいホットチョコレートを一口飲んだ飛鳥が、もう何度目かの御礼を口にする。あんまりにも幸せそうな飛鳥の笑顔に、帝の胸にもほわりと温かで幸せな気持ちが広がっていった。
そうして二人で一つのホットチョコレートを分け合っていたら、顔を覗かせた店員が飲み終えたカップを洗って丁寧に包んで袋に入れてあげようと提案した。誕生日プレゼントなんだと自慢げに笑った飛鳥の言葉に笑みを深め、ならばとばかりに紙袋にクリスマスのリボンを結んでよりプレゼントらしく飾ってくれた。
すっかり誕生日プレゼントらしくなったマグカップを大事に抱えた飛鳥に、また帝の心もあたたかくなって。寒さで頬と鼻の頭を赤くした二人は、手を繋いだまま、家族との待ち合わせ場所に駆けていく。
祝祭に寿ぐマーケットで繋いだ手と心は、ホットチョコレートに負けないくらいぬくかった。
そうして時が経ち、小学生だった二人が高校生になった今。
マグカップは今も飛鳥の現役で使われている。よく使いこまれて少しだけ絵柄の擦れた様子は、それだけ飛鳥のお気に入りとして共に日常を過ごした、何よりの証。
成功
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