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夜明けの鐘を鳴らして

#ケルベロスディバイド #ゾディアックサイン #黄道甲冑

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 ロンドン市街は、街の外周から天へと突き出した無数の鋼鉄の防壁が樹木の様に折り重なり合って天井へと蓋をする、半球体状の構造をした巨大な城塞都市と化していた。
 城塞都市ロンドン上空に不吉たる星々が訪れたのは、肌寒いある晩冬の朝の事であった。
 薄氷の如く澄んだ空のもと、中天に坐す日輪に重なるような形で、星々が瞬いている。射しこむ星明りと陽光は互いに混じり合い、市街を天窓の様にして覆う防壁の切れ間から縫うようにして市内へと降り注ぎ、幽玄の白光でもって、ロンドン市内をうすぼんやりと照らし出していたのだった。
 真昼の太陽がもたらす銀白の陽ざしと、暗夜に浮かぶ恒星が放つ、透明な星明かりの邂逅とも言うべき、この二色の微光が織りなす奇異たる光景を前に、人々は固唾を飲みながらその場に佇むより他なかった。
 この光は凶兆に他ならない。星々がもたらす、穢れ亡き純白の灯明は、その実、破滅の象徴に他ならないのだ。
 1998年、突如地球へと飛来した『デウスエクス』との接触により、人類社会は新たなる局面に突入した。
 かつて、地上の支配者はまさしく人類であったと言えるだろう。捕食者として、食物連鎖の最上位に君臨し続けてきた人類は、しかし突如現れた招かれざる来訪者デウスエクスによりその地位を追われることとなる。
 人類の倨傲を嘲笑するかの様にデウスエクスは、人々の持つ生命エネルギー『グラビティチェイン』の略奪のため、地球への侵略を開始したのだった。
 デウスエクスの前に人々は当初はなすがままに搾取され続けてきたが、反抗の気運は各地で高まり続けていたのである。ある時期を境に人類側の科学技術の躍進や魔術という新技術の革新により、潮目は徐々に変わりはじめ、ついぞ、人類側に生まれた希望、ケルベロスの奮戦により状況は好転して今に至る。現在、人類は、城塞化された大都市を拠点にデウスエクスと世界各地で対峙し、一進一退を繰り返しながらも均衡状態を保つまでに勢力を巻き返しつつあった。
 一朶の雲が黄金の羽毛をたなびかせながら、ロンドン市上空を優雅に浮遊しているのが見えた。
 雲間に太陽や星々が隠れ、それら微光が滞れば、束の間、城塞都市ロンドンには、安寧とも言うべき薄暗がりが拡がった。アメリカなまりのある市内放送が、デウスエクス襲来の危急を告げたのは間もなくの事だった。
 放送終了と共に緊張まじりに空を仰いでいた者達は、一人、また一人とその場を後にしていく。彼らのこわばった表情からは、緊張の色に混じり、確かな決意の芳香が漂って見えた。
 管制塔へと足早に向かう者達がいる。工廠からは、大量の大型軍用車が、けたたましい駆動音と共に姿を現し、舗道を軋ませながら、三々五々で市内各地へと奔走してゆく。
 市内に点在する防衛施設では、対デウスエクス用の魔術式固定砲台に駆け込む者、人型決戦兵器に乗り込む軍服姿の者達の姿も散見された。
 そこにはデウスエクス襲来を前にしても尚、決して絶望することなく戦いに備える、ロンドン市民の不屈の姿があったのだ。

 エリザベス・ナイツは、一人、俯きがちに黙考していた。
 星々は、規則正しく空に配列し、そうして『牡羊座』の紋様を刻印していた。瞬く星の数もまた厖大であり、そこからは、敵の大兵団の存在がはっきりと伺える。
 エリザベスは、空が描き出す様相と、過去のデウスエクス襲撃の事例とを照らし合わせながら、出現しうる敵の数や種類について、大まかな公算をはじき出していく。
 束の間、思案した後、エリザベスは顔を上げると、猟兵達をぐるりと見まわした。
 剣呑さを気取らせぬ様、柔らかな微笑を浮かべながら、エリザベスは予見されうる事態についてさっそく説明を開始するのだった。
「みんな、集まってくれてありがとう。私は、エリザベス。手短な挨拶になってしまうけれど、さっそく、現状について説明させて頂戴?」
 エリザベスは咳払いして、説明を続けていく。
「これから、ロンドン市街が敵デウスエクスの一団によって襲われる事が分かったの。ゾディアックサインの形状と過去の事例、それから予知からの類推で、敵はダモクレス型デウスエクスを派遣してくると予想されたわ」
 言いながらエリザベスは手にした指示棒を虚空に走らせ、文字を紡ぐ。
 紡ぎだされた筆跡は、中空に浮き彫りとなり、赤い光芒を大気に滲ませながら陽気に踊りだしたかと思うと、すぐに砕け散り、丁度人間一人が通行可能な程度の広さを持つ、巨大な空洞を虚空に顕現させるのだった。
 大きく口を開いたゲート越しには、防壁により都市全域を覆われた、ロンドン市街の全貌が曖昧な輪郭でもって映し出されていた。
 黒光りする鋼鉄の防壁が黒い繭の様に市街を覆い、高所に備え付けられた魔術砲台の砲身が天を睨んでいる。市内では、人型決戦兵器の存在や、ケルベロス達が隊伍を組む姿も確認される。現代科学の粋を集めて城塞化された現代ロンドン市の全貌がそこにはあったのだ。
 ゲート越しに茫洋と広がるロンドン市街を横目にしながら、エリザベスは猟兵達への説明を続ける。
「ロンドン市街は、他の大都市と同じように完全武装することでデウスエクスとの戦いに備えているけど…、相手はこの防衛網を突破するほどの大兵力でロンドン攻略に打って出ると考えられるわ。残念だけど、一都市で彼らを相手取り、撃退する事は不可能と予想されます」
 エリザベスの言の葉は、焦慮の色を帯びながらわずかに震えていた。
 デウスエクスはこのロンドン市を壊滅させるほどの大軍で攻め寄せんと企図している。ロンドン市単独でデウスエクスを撃退出来る可能性は、十に一つと言ったところだろうとエリザベスは歯がゆくも、そう予想していた。
 エリザベスは、伏し目がちに俯くと、一瞬、言葉を切った。
 仮に無策のまま戦いに挑んだ場合、間違いなく破局が訪れるのは明白だ。
 しかし…。
 ロンドン市の攻防に光明をもたらす猟兵という存在は、今、こうしてこの場に集いつつあるのだ。
「でも、みんなの力があれば、この戦いの帰趨はまったく別のものとなるはずよ。私は…これ以上、デウスエクスに都市が蹂躙されるのを黙って見過すことは出来ない。どうか、彼らを救うための刃となって?」
 決意を込めてそう言い放てば、塞ぎこんだ心は幾分も奮い立ってゆくかの様だった。エリザベスは滔々と言葉を続けていく。
「まずは、みんなにはロンドンに向かい、取材に答えて貰いたいの。ロンドン市民の大多数は戦いを前にしても意気揚々としている。でも全員がそうでは無い。未だ戦いを前に不安を抱いている人も少なくないはずよ」
 エリザベスはそこまでを言いきると、横髪を指先で操り、耳にかける。再び視線を巡らせて、真剣な眼差しでもって猟兵達を見回すのだった。
「まずは、そんな人々の心を落ち着かせ、鼓舞して貰いたいの。小さな恐怖は伝搬して恐慌をもたらしかねない。小さな恐怖の芽をまずは各々のやり方で取り除いてあげて?」
 エリザベスが、指を鳴らせば、現前した転送用ゲートのもと覗かれたロンドン市街の輪郭はより明瞭に浮かびあがってゆく。今この瞬間、彼我はゲートを通して完全に直結したのだ。
「ゲートの準備は出来たわ。みんなにご武運がありますように」
 エリザベスは肩越しに猟兵達へと柔らかな視線を送りながら、そう言い終え、転送の準備を始めるのだった。


辻・遥華
 オープニングをご覧いただきましてありがとうございます。辻・遥華と申します。
 この度、MSとしての初シナリオを提出しました。試行錯誤で作成したため、行き届かないところもあるかもしれませんが、お付き合いいただけましたら幸いです。
 以下、今回のシナリオについて説明文となっています。ご依頼参加時にご一読下さればと。


●第一章『密着取材』
 ロンドン市街における密着取材にご参加いただきます。参加者様が訪問したい『場所』を指定して頂ければ、そちらに報道員が派遣され、猟兵の皆様と現地民のやりとりを全英放送にて中継放送します。上手く、映像を通して市民の士気を盛り立てましょう。
 尚、第一章の結果は第二章にも反映されます。
●第二章『集団戦闘』
 デウスエクスが集団で襲来します。大きさは5m程度と想定されます。敵デウスエクスは『ブリガンディア』と呼ばれる中世騎士が身に着けるような甲冑で武装しています。詳細は第二章開始時に捕捉します。
●第三章『ボス戦闘』
 デウスエクスの指揮官が出現します。『ブリガンディア』の長所/短所はそのままに、ボス自体の性能はより強力なものを誇ると考えられます。詳細は第三章開始時に捕捉します。
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第1章 日常 『ケルベロス密着取材』

POW   :    勇猛に戦う姿を見せる

SPD   :    鍛錬に勤しむ姿を見せる

WIZ   :    プライベートを楽しむ姿を見せる

イラスト:del

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 舞い降りたロンドン市内は、新旧二つの顔でもって、来るものを魅力する。
 大通りを行けば、ガラス張りの真新しい高層ビル群が屹立するオフィス街が姿を現し、そうしてそれらを過ぎて数区画ほど通りを進めば、今度は打って変わって、枯淡とした赤レンガ造りの旧市街が顔をのぞかせる。
 無機質なコンクリート舗装の歩道をものの数分進めば、歩道は一転、赤白黄の三色のモザイク模様が鮮やかに映える石畳へと姿を変え、往く者達を楽しませるのだった。
 オフィス街と旧市街との境目には、随所に小公園が築かれ、人々の心を癒していた。豪奢な複合商業施設が姿を現したかと思えば、古めかしい寺院が現れる。大学の校舎や大病院が連なる傍らで、その合間には小さな商店街が軒を連ねていた。
 城塞都市ロンドンは、新旧が斑に混じり合いつつも、それでも尚、均整の取れた、風雅な街並みでもって来訪者達を迎い入れるのだった。
 そんなロンドン市に暮らす人々と言えば、デウスエクスの接近を前にして尚、一定の冷静さと秩序を保ちつつ日常生活を送りながらも、襲来に備えている様だった。
 しかし、そんな日常風景に溶け込む様にしてケルベロスらが街を警邏する姿が見える。軍用車が列をなして、車道を進んでいくのが見えた。
 市街全体には、戦いを前にした、一種独特な緊迫感が燻っているのは確かであった。
 そんな中、ふと目をついたのは報道員の姿だった。
 如何にも抜け目の無さそうな制服姿のアナウンサー達が、スタッフを引き連れて、歩道を闊歩している姿が見える。
 ロンドン市街はこれより、否応なしにデウスエクスとの戦いに突入する。開戦に向けて、彼らは戦意高揚のためのおあつらえ向きな報道対象を探しているのだろう。
 彼らは、寺院へ、病院へ、そして大学の構内へと所かまわず出張しては、めざとく対象を見つけだし、密着取材に耽っている様子である。
 ロンドン市民を鼓舞するためにも、彼ら報道陣の力を利用しない手はないだろう。
 各自が最適と思われる場所と状況を利用して、精いっぱいのアピールで人々を激励しよう。
月隠・新月
立派な決戦都市ですね。人々も落ち着いているようですし、よい街です。

俺は大学に行ってみます。若者が多く活気もあるでしょうが、不安を感じている者もいるでしょう。【嗅覚】で強い不安を感じている者を見つけたら、話しかけてみましょう。

不安や恐怖を感じるのは悪いことではありません。デウスエクスが来るのですから、それも当然でしょう。
とはいえ、不安があまりに強い場合は少し和らげた方がよいでしょうね。例えば、温かいお茶を飲むのはどうでしょう。この辺りは紅茶が有名でしたね。
少し落ち着いたなら、もう大丈夫ですね。このロンドンのことは、ロンドンに住む者が一番よくわかっているでしょう。各自、為すべきことを為しましょう。



 天を仰げば、空へと突き出した黒銀色の防壁が幾重にも絡み合い、そうしてロンドン市上空を鋼鉄のヴェールで繭の様に包んでいるのが見えた。
 決戦用にと改修されたのであろう、市内を覆うこの鋼鉄の天幕は、決戦都市ロンドンの堅牢さの象徴であると言えるだろう。
 そして、この都市は、この鉄壁の鋼の鎧と共に、鋭利な矛をも備えていた。
 眼を凝らし、防壁の各所へと視線をやれば、防壁と防壁の僅かな間隙からは、幾砲もの魔術砲台が中天へと向かい顔を覗かせ、その黒光りする砲口をぎらつかせているのが見えた。
 一門、一門が巨大であり、それらは砲台というよりはむしろ天へと突き出た尖塔の様にさえ見えた。その巨大さに加え、砲身に刻印された魔術文字や幾何学模様からは、それら魔術砲台がなみなみならぬ威力を誇る事が伺える。
 魔術砲台という矛と、鋼鉄の外壁という盾によりロンドン市は難攻不落の異名を欲しいままにしてきたのだろう。
 月隠・新月(獣の盟約・f41111)は天を覆う分厚い鋼の天幕と、無数の魔術砲台を前に、決戦都市ロンドンの戦力が決して低くないだろう事を一人、分析していた。
 そして、この強固な矛と盾とが人々に安心感を抱かせているのだろうとも、月隠は推測してる。
 街を往来する者達は、戦いを前にしてどこか緊張気味に表情をこわばらせているものの、それでも尚、彼らは平静さを失うことは無く、過度に絶望する者や凶行に走る者などの姿はついぞ確認されなかった。ロンドン市内全体を包み込む雰囲気は凛然としたものであり、街は活気に満ち、人々は気品を失わず、人、街ともに逞しく、デウスエクス襲来に備えているのだ。
 しかし反面、全ての人間が恐怖を完全に克服できているわけでは無いだろうとの感もある。事実、月隠の鋭敏な嗅覚を通して感じ取った感情の中には、恐怖や不安の芳香がわずかにだが滲みだしていた。
 月隠はその匂いの出所を求め、街を歩き回る。そうして至ったのが新市街に校舎を構えるK大学だったのだ。
 休講も目立つキャンパスの中、月隠が、人気のない研究室の部屋の隅で両膝を組み、まるで無力感に苛まれたかの様に、一人打ち震える青年を発見したのは、陽光が僅かに錆色を帯び始めた、郷愁の影が忍ぶ夕暮れ時の頃であった。
「こんなところでどうされたのですか?」
 月隠が研究室の扉を巧みに開き、そうして一室に足を踏み入れた瞬間、やにわに青年は、体をのけぞり、顔を恐怖の色に歪めるのだった。
「あ…、あなたは?」
 青年は声を震わせながら、ほっそりとした面長を真っ青にして月隠に尋ねた。
「俺は、月隠・新月です。ケルベロスとしてロンドン市防衛の救援に赴きました」
 月隠は言葉短くそう告げると、青年の傍らに歩み寄る。月隠すの言葉に安堵したのか、それまで青ざめていた青年の面差しに血の気が巡っていく。未だ青年は震えていたが、その表情は幾分も和んで見えた。
 月隠は明晰さを湛えた銀色の双眸を青年へと向けると、彼を落ち着かせるように、ゆったりとした口調で再び尋ねるのだった。
「不安を感じていたのですか?」
 月隠の言葉を受け、青年は一瞬、言葉を詰まらせた。彼はどこかバツが悪そうに視線を落とすと、しばし口を噤む。青年は、戦いに恐怖する自らの怯懦さを恥じ入ってる様に月隠には感じられた。
 わずかな静寂が研究室に漂っていた。月隠は一度、相槌を打つと、青年へと更に距離を詰め、そうして彼を覗き込むようにして、訥々と言葉を紡いでいくのだった。
「不安や恐怖を感じるのは悪いことではありません。デウスエクスが来るのですから、それも当然でしょう」
 月隠の言葉に、再び青年が顔を上げる。彼は、戸惑った様に眉をひそめると、ぽつりと呟くのだった。
「でも、友人たちはみんな、勇敢に戦おうと努めているんです。戦場だけでは無くて、家庭や学校内で、どこかでなにかをしようと、誰かのために尽くそうと努力しているんです。ただ僕だけが、こうやって何も出来ていない。怖くてなにも出来ないんです。そんな自分が情けなくて」
 涙まじりの青年のかすれ声が、夕陽射しこむ研究室に海鳴りの様に木霊して消えた。月隠は、青年の言葉を傾聴しながら、彼の言葉に合わせて頷き、そうして青年が全てを語り終えたところで再び、口を開く。
「恐怖や不安を抱く自らの事を過剰に嫌悪する必要は無いと思います。それに、あなたは自らが何かをなそうと今、模索している。その想いは誇っていい。…とはいえ、不安があまりに強い場合は少し和らげた方がよいでしょうね。そうだ、俺は詳しく無いのですが、ロンドンの方は紅茶をよく嗜まれるんでしょう?」
 月隠が静かにそう言い放てば、涙顔の青年は、一瞬あっけにとられた様に小首を傾げた。
「え、えぇ、紅茶は毎日の様に飲みますね。だってあれは僕たちにとっては欠かせないのですから」
「今日もしっかりと紅茶は飲みましたか?」
 間髪入れずに月隠が尋ねる。青年は首を左右に振った。
「では、まずは、温かい紅茶を飲んでみましょう。必要不可欠なものを失ってしまったら、それは自分を失うのと一緒です。不安がますます強くなってしまうのも当然ですよ」
 小さく微笑みながら月隠がそう言えば、僅かにだが青年も、つられて口元をほころばせる。
「その笑顔が見られれば、もう大丈夫ですね。このロンドンのことは、ロンドンに住む者が一番よくわかっているでしょう。まずは、あなたらしさを取り戻して? 紅茶を飲んで、それで少しだけいつものあなたを思い出してください。俺はあなたを応援していますよ。俺や、あなた…、各自、為すべきことを為しましょう」
 月隠が語気を強めてそう言えば、青年はゆっくりとだが、立ち上がる。青年は月隠に一揖し、謝辞を述べると、未だ震える足を引きずりながら夕陽の中へと歩を進めていった。
 覚束ない足取りだった。だがそれでも尚、青年は歩き出したのだ。一杯の紅茶がもたらす日常の尊さを彼は知り得ているのだろう。弱々しくも歩き出した青年の姿からは、不安の翳りは幾分も薄くなりつつあるように月隠には感じられた。
 しばし後、研究室の隣室より、鼻腔に紅茶の爽やかな香りが漂った時、青年の後ろ姿は既に夕陽射すキャンパスの一隅へと完全に溶け込んでいた。しかし、夕陽に消えた青年のその後は、漂う紅茶の香りがそっくりそのまま証明している様に月隠には感じられた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

暗都・魎夜
【心情】
自分の世界のロンドンに訪れたことは何度かあるけど、こっちのロンドンも変わらねえな
でまあ、どこの世界のロンドンだろうと、そこに住んでる人がいる以上、壊すわけには行かねえ

【行動】
トラファルガー広場

俺の世界じゃ一応、世界中旅してたからな
英語なら不自由しない程度には可能だ

「勝者のカリスマ」で「鼓舞」する
「(取材者に)こっちの世界じゃ何度かデウスエクスとの戦いを手伝わせてもらってる。ま、大船に乗った気でいてくれや」

UCで「コミュ力」の高いモーラットを召喚
子供たちと遊ばせる
「良いか、デウスエクスが来たら、DIVIDEの人や、お父さんお母さんの言うこと聞いて、ちゃんと避難しろよ」



 未だ、大英帝国の威光が世界を席巻し、帝国が四海の全てを掌中に収めていた頃、ユーラシア大陸では、近代史に燦然とその名を遺す一人の皇帝がこの世に生を受けた。
 その皇帝は常勝を続け、その権勢は全ヨーロッパに及び、その矛先はついぞ大英帝国へと向けられる。
 しかし、西洋諸国を激震させたる貪婪たる皇帝の英国侵略の野望は、トラファルガー沖の海戦にてその出鼻を挫かれ、以降、数度の敗戦を経て、完全に水泡に帰したのである。
 トラファルガー広場とは、かのトラファルガー沖の海戦の戦勝を記念して建造された英国人にとっての勝利の象徴の場である。 
 故にこの場所こそ、デウスエクスを迎え撃つにあたり、人々の心を奮わせるに最適な場所であると、暗都・魎夜(全てを壊し全てを繋ぐ・f35256)は、一人、広場の奥、勢いよく飛沫をあげる噴水の前に腰おろし、真昼の広場をぐるりと見渡しながら、そう黙考していた。
 肌を触れる水飛沫が心地よい。そんな心持で、魎夜はじっと広場を俯瞰する。
 噴水から舞い上がった水飛沫が、澄んだ空のもと、水晶の輝きでもって淡く煌めきながら、宙を優雅に踊り、そうして再び水面へと滴り落ち、湖面を揺らし、淡い銀光の縞模様を刻んでいく。
 上空を覆う防壁の隙間からは、昼の微光を反映した軽やかな日差しが一筋、二筋と広場へと射しこみ、精緻に敷き詰められた石畳に照り付けては、その滑らかな路面を乳白色に染めだしていた。
 天へと向かい、丈高く屹立するネルソン記念碑塔が、その明瞭とした輪郭で空を切り取り、燦然と輝いてみえる。
 銀世界の如く輝く世界がそこにはあった。
 そして、初雪の如き神聖さを湛えた広場に平和の芳香を添えたのは、囀るような笑い声と共に無邪気に広場を駆け回る少年、少女達の姿であった。
 魎夜は、噴水の縁に深く腰を落としながら、膝の上で腕を組み、小さく表情を綻ばせた。
 例え、堅牢な外壁で都市を囲み、多くの兵器群で都市自体を武装しても、ロンドン市は、なんらその印象を変えることなく、安穏さと風雅さをその外観に湛えながら、明朗とした姿でもって魎夜の前に広々と横たわっていた。街の隅々から、人々の活気、そして子供達の喜び声が溢れている。そう、世界を問わず、人の営みが展開されているのならば、そこは魎夜にとっては護る対象に他ならない。
 どこの世界のロンドンだろうと、そこに住んでる人がいる以上、壊すわけには行かねえ、と魎夜は子供たちが快活と微笑む姿を横目にしながら、一人、内心でそう決意すると立ち上がった。
 魎夜は、大理石の足場を軽快に踏み鳴らしながら広場中央へと躍り出る。一歩また一歩と魎夜が歩を刻む度に、衆目が魎夜へと集まってゆく。
 歩を刻む度に群衆はその数を増やしてゆき、魎夜が広場中央に至る頃には、気づけば魎夜を取り囲むようにして、報道陣や市民による輪が出来ていた。
 ぴたりと足を止め、魎夜は視線を報道員へと移す。魎夜は頭に巻いた赤いバンダナをぎゅっと締め直した。
 魎夜は、まるで職務など忘れてしまったかのように、ぼんやりと魎夜に魅入ったかのように立ちすくむ、背の高い女性報道官へと目配せすると、右の人差し指をくいと折り、彼女へと水を向けるのだった。
 女性報道官は、魎夜の仕草に気づき、はたと目を瞬かせた。彼女は、魎々の波をかき分けながら、魎夜の隣まで進み出ると、一度会釈し、魎夜へとマイクを向ける。
 あぁと頷き、マイクを受け取って、魎夜が、ぐるりと群衆を見渡せば、そこには息を飲んで暗夜に注目する無数の群衆達の姿があったのだ。
 一度咳払いし、朗らかに笑いながら魎夜はさっそく市民達に激励の言葉を投げかける。
「俺の名前は、暗都・魎夜だ。こっちの世界じゃ何度かデウスエクスとの戦いを手伝わせてもらってる。ま、大船に乗った気でいてくれや」
 魎夜は語気を強めてそう言い放った。
 瞬間、放たれた言葉は、魎夜の意志力の強さ、魎夜本来のカリスマ性と相まって、力強く広場へと響きわたってゆく。
 広場からどよめきが上がる。
 そんな群衆達の活況に沸く姿を確認して、魎夜は激励の言葉を連ねていく。
「ロンドン都市は難攻不落の城塞都市だ。その上で、俺らも助けに来るとなれば、鬼に金棒よ。『仲間の絆は最強の武器』って金言があってな。それは俺らにも言える。俺らの一期一会の出会いによって紡がれた絆は強力な武器だ。無事にこの難局、乗りこなそうじゃねえか」
 恬淡とした態度と共に魎夜は、集った者達へと身振り手ぶりを交えて、言葉を重ね、彼らを鼓舞していく。
 見る見る間に熱狂が広場全体へと伝搬していく。
 言葉だけではない、好人物たる魎夜の雰囲気が、どうやら集ったロンドン市民たちの心を激しく感嘆させたらしい。
 広場に集った者達は、顔を見合わせては、魎夜という強力なる友軍が救援に来た僥倖に歓喜し、魎夜へと喝采を送るのだった。
 気づけば、魎夜の密着取材は長時間に及び、完全に打ち解けた群衆達は、時に感涙しては、魎夜へと歓声を送り、同時に、戦いに対する覚悟を高めてゆくかのようだった。
 取材に答える傍らで、暗夜は、熱狂冷めやらぬトラファルガー広場には、子供たちの姿もちらほらと混じっている事に気づいた。どうやら、彼らは、魎夜の密着取材に気づき、遊びを止め、近づいてきたらしい。
 暗夜の泰然自若とした姿を前に、少年達は、瞳を輝かせながら遠巻きに熱視線を魎夜へと送っているのだった。
 一通り取材に答えた魎夜は、一旦取材を打ち切ると、ユーベルコード『モラ使い』を使用して、モーラットを複数体、召喚する。そうして、モーラット達へと少年少女達へと遊んでくるようにと伝えると、遠巻きに魎夜を眺める少年、少女達へと握りこぶしを振り上げ、微笑を送るのだった。途端、少年少女らはどっと喜色の声を上げるのだった。
 柔らかな羽毛を広げながら、モーラットらが、石畳の上を軽快に跳ね上がる。すぐさま、モーラットたちが少年少女の間を群がり、駆け抜けてゆくの見えた。少年少女たちは、そんなモーラットを前にきゃっきゃっと声を上げながら、モーラットらと追いかけっこを始めるのだった。
 その後まもなく取材を終えた、魎夜は、少年少女達に混じって、軽く戯れては、夕暮れ頃まで、彼らとの追いかけっこに興じるのだった。
 そうして日が沈み、夕映えの光が、泉水の湖面を赤々と染めだすころまで魎夜は少年達との遊びに耽っていた。
 報道陣の多くは、魎夜の少年達と遊ぶ様までも含め、取材内容に納得した様で、カメラマンや一部の報道員を残し、大部分は引き上げた後だった。
 また、遊び疲れたのか、既に少年達の多くは魎夜に別れを告げ、帰路へとついていた。気づけば広場には夕暮れ時の静寂がしのびつつあった。
 そんな中、魎夜の前には、褐色の肌を夕映えに輝かせながら、魎夜へと憧憬の眼差しを向ける少年の姿があった。彼はモーラットを両手で抱えながら、魎夜を嬉しそうに見上げては声を弾ませるのだった。
「兄ちゃん、今日はこんなに楽しい時間をありがとう。へへへ、実はさ、母ちゃんにはさ、明日以降は家から出ないようにって言われてて。兄ちゃんみたいなすっごい英雄に会えた事、俺、母ちゃんに、自慢しちゃうんだ」
 少年は手を大きく振りながら、生き生きと魎夜へとそう言った。まだ変声期前の柔らかな少年を受け、魎夜は小さく頷くと、そっと腰を下ろして、少年の頭の上に手を置いた。
「あぁ、いい子だ。ちゃんと母さんのいう事聞いて、明日は家にお留守番するんだぞ。それから、良いか、デウスエクスが来たら、DIVIDEの人や、お父さんお母さんの言うこと聞いて、ちゃんと避難しろよ。それで無事に、またこの広場で会おうな? また元気に会う。そう約束できるなら、俺は何度だって会いに来る。そう約束するぜ」
 魎夜はくしゃくしゃと少年の頭を撫でながら、豪快に笑い、そう言った。目の前には太陽の様に微笑む少年の姿があった。
 そんな少年の姿を前にずきりと胸が痛んだ気がした。自分の後の世代が戦いに巻き込まれているという事に、魎夜は罪悪感にも似た、自分の至らなさを感じていたからだ。
 だからこそ…。
 そう、だからこそ、戦いの末に、このロンドン都市は守り抜く。くしゃくしゃと少年の頭を撫でながら、決意を胸裏に抱き、魎夜は再び天を仰ぐ。
 防壁の隙間から覗かれた夕焼け空には、未だ不吉なる星々がまるで真珠の如き鮮烈さで瞬いているのが見えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

トモミチ・サイトウ
アドリブ/連携可 SPD判定
場所:ロンドン市内のとある警察署

デウスエクス襲来に備え、ブリーフィングを行う警察官達。その中に1人、違う制服を着た男がいた。
「初めまして、トモミチ・サイトウと申します。この度は警察と連携してデウスエクスの対処にあたることになりました。よろしくお願いします。」
トモミチをまじまじと見る警官達。猟兵と関わるのは初めてらしい。
場所は変わり、射撃訓練。トモミチの射撃を見て感心した顔になる警官達。
それからパトカーに共に乗り込み、ロンドン市内をパトロール。
「ロンドンはいいところですね。私の|故郷《サイバーザナドゥ》とは大違いだ」
覚悟と決意を固めた表情を浮かべるトモミチ。



 ロンドン市内警察署にて、対デウスエクス撃退に関する緊急会議が招集されたのは、寒気も和らぎつつある昼下がりの頃であった。
 締め切った窓辺からは、厚みのある、重苦しくも、暖かな日差しが会議室へと零れ、そうして透明な光の綾でもって室内を純白輝きで満たしていた。
 射しこむ陽ざしは、室内に備えられた剥き出しの照明と共に、机と椅子を並べただけの、殺風景な会議室と、そこに集う制服姿の警官達の姿が濃い陰影でもって浮き彫りにしていた。
 警官達が、椅子に直立した背を預けながら座り、会議室奥間の壇上で、長広舌を披露する警察署長の言葉を傾聴している姿が見受けられた。
 だが、彼らの視線が警察署長に向けられていないことは誰の目にも明らかだった。
 警察署長は、ビア樽状に大きく張り出た腹部をぷるぷると震わせながら、眉根を寄せ、いかにも神妙そうな面差しで、現状のロンドン市の窮状を嘆いては、口角泡を飛ばし、麾下の警官達を鼓舞せんと熱弁を続けている。
 警官達の耳は署長の言葉へと向けられていたが、しかしその瞳は、署長の隣、静かに丸椅子に端座する青年のもとへと向けられていた。
 警察署所長の臨席にて、一人、他の警官達とは一風変わった制服を身にまとう青年の姿があった。すらりと伸びた手足に加え、なだらかな曲線が描き出すその姿態とが青年に華美さや、清涼を印象づけていた。その端正な容姿からは、やもすれば彼を俳優などと見まがう者も出てくるかもしれない。
 しかし反面で、落ち着き払ったその灰色の瞳や、些細な挙措の中に垣間見える、洗練された身のこなしとは、青年を一般人の範疇で語ることを決して許さなかった。
 青年、トモミチ・サイトウ(レプリカントの武装警官・f42298)の事をこの場に居合わせた誰もが、特別な存在として認識しているのは確かだろう。少なくともざらりとした空気っが、トモミチにそう感じさせていた。
 丸椅子に背を預けながら、トモミチは、そんな彼ら警官達を一望する。
 どうやら猟兵との面識は初めてであったのだろう。警官達は、一様に目を丸くしてはトモミチの事を観察している様だった。とは言え彼らの眼差しは、決してトモミチを不快にするものでは無かった。彼らは僅かに戸惑ってはいるものの、その瞳の奥には、青々とした熱情の色が揺蕩って見えたからだ。
 トモミチはしばらくの間、無言で、どこか焦慮の表情でトモミチを見つめる警官達と対峙した。警察署長が長い挨拶を終えて、トモミチの紹介を始めたのは、間もなくの事だった。
「では…、最後にトモミチ君。君の訓示を賜りたい。どうか、皆々に一言をお願いするよ」
 トモミチは目礼がちにその場に立ちあがると、まずは隣席の警察署長へと向きを変え、敬礼で答える。
 どこか人なつこそうな署長の丸顔が柔和に綻んだのが見えた。署長もまた着席がちにトモミチへと敬礼を返した。
 軽く署長に挨拶を済ませると、トモミチは矢継ぎ早に、居並ぶ警官達へと向きを変え、再び敬礼で彼らに一礼する。
「初めまして、トモミチ・サイトウと申します。この度は警察と連携してデウスエクスの対処にあたることになりました。よろしくお願いします。卒爾ながら、此度の戦いを乗り切るために、その訓練の手ほどきをと思い、こちらに参上した次第です。手短になってしまいますが、デウスエクスの到来は間もなくの事と伺っています。時間が惜しい。訓練場に向かい、訓練を始めましょう」
 トモミチは、淡々とそう告げると、さっそく署長へと踵を返す。署長はトモミチの言葉を受け、汗をふきふき立ちあがると、さっそく麾下の隊員たちへと指示だしして、トモミチと共に訓練場へと急行するのだった。
 射撃場は、署内の最奥にひっそりとたたずんでいた。そこは、陰鬱とした暗がりのもと、石柱が所狭しと立ち並ぶ、一種特殊な訓練場であり、おそらくデウスエクスの市内への潜入に伴う市街地戦を想定して作られたもののであろうことがトモミチにははっきりと察せられた。
 入室に伴い、トモミチは、対デウスエクス用の特殊短銃を係員より受け取ると、それを手に射撃場に立つ。
 後方に警官達を控えさせながら、トモミチはさっそく、照準越しに銃を構え、静かに口を開くのだった。
「これから、皆さんには実戦での射撃術について学んでもらいます。時間は限られており、付け焼き刃程度の智識を伝える程度となるやもしれません。しかし知識の如何が命のやりとりの際に、大きく影響するのもまた事実です。皆さんには多くを見て、多くを学んでもらいたい」
 警官達の眼差しを背中に受けながら、トモミチはそう告げる。そうして、さっそく係員に訓練開始を願い出るのだった。
 係員はトモミチの要請を受けて、その場から捜査室へと姿を消す。
 係員が消えて後、やにわに、トモミチのはるか前方、丈高く突き出た石柱の影を、大柄ななにかの影が横切るのが見えた。
 銃口が火を噴き、乾いた銃声が訓練場へと響き渡ったのは、その獣を彷彿とさせる巨大な陰影が石柱から石柱へと機敏に移動しようとしたまさにその瞬間だった。
「まずは、先手必勝です。相手デウスエクスは強敵です。となれば、最初の一撃で致命傷を与えれば以降の戦いで有利に戦うことができます」
 ぱたりと巨大な影がその場に横に倒れ伏す。照明が、倒れ伏した巨大な獣を照らし出す。目を凝らし、獣を見やれば、それがデウスエクスを模して造られたロボット型ターゲットであることがはっきりと確認された。
 ロボット型ターゲットの眉間には、トモミチが放った銃弾の口径と一致した小さな空洞が穿たれている。
 まさに電光石火の早業と言えるだろう。警官達から感嘆のどよめきが一斉に上がった。
 しかしトモミチは彼らの歓声を背中に受けながらも決して振り返る事なく、闇の中、石柱の片隅に曖昧模糊と浮かび上がる、ぼんやりとした人影へと鋭い視線を移していた。
 トモミチは、人影に向かって、体勢をわずかに左方へと傾けると、間髪入れず、撃鉄を下ろす。照準を絞り、そして、トモミチが引き金を下ろせば、銃弾は勢いよく薄闇の中を駆け抜けてゆき、その人影を精確に射貫いていく。
 しかしトモミチは決して、手を止める事無かった。二度、三度、そして四度と立て続けに射撃を繰り返してゆく。
 トモミチの前方、暗がりの中、その曖昧な輪郭で立ちすくむ巨大な人影が射撃に堪えかねて、その場にぐずりと崩れ落ちたのは間もなくの事だった。
「火力は重要です。敵デウスエクスには複数で当たる様に。いかに敵が強敵であろうとも、数で押し、連携を崩さなければ勝機は十分にあります」
 照明が、巨大な人影へと当てられた。そこにあったのは、胸部、眉間、喉頭部、更には前頭部の四点えお正確に撃ち抜かれ、力なくその場に横たわる、人型デウスエクスを模したロボット型ターゲットの姿だった。
 しかしトモミチが、ターゲットを撃ち抜き、手を休めるのもつかの間、再び、石柱の陰にぼんやりと人影が浮かんだ。
 トモミチは、ぴたりと冷たい鉄の引き金に人差し指を添えながら、石柱の影、怯えるように横たわるその人影を優し気に見つめつつ、ついぞ指先は静かに引き金に這わせたままに、微動だにせず、沈黙を貫いた。そうしてわずか後にぽつりと口を開くのだった。
「最後に、我々の目的は市民を守る事。戦いの際には、時に恐慌が、また興奮や熱狂により思考が乱される事も多いでしょう。しかし、デウスエクスと人間とを誤認して、射撃する事は決してないように」
 トモミチは小さく口角をつり上げ微笑すると銃を下ろして、後方へと振り向くと、警官達を正面に見据える。
 トモミチの後方では、乏しい照明の光が、新たなるロボット型ターゲットを照らし出していた。子供をかばうようにして大きく身を丸める母親の姿であった。そう、射撃禁止用の標的である。まさに、トモミチは一瞬、一瞬で状況を精確に分析して、対処していたのである。
 たまりかねてか、警官達の中には、感嘆まじりに瞠目の眼差しでもって、ターゲットをそしてトモミチとを交互に見比べる者の姿があまた伺えた。拍手を送る者さえ、散見される。
 トモミチは、ぽりぽりと短髪を指で搔きながら、照れ笑いを浮かべつつも、警官達へとてきぱきと指示出しをし、訓練を再開するのだった。
 その後、訓練は終日、トモミチの指導のもとで執り行われた。警官達は皆、謹直とした性格の持ち主であり、トモミチに師事を乞うては、めきめきと射撃の腕を向上させていった。
 射撃訓練を終える頃には、既に日は傾き、青ざめた宵空が、天井の切れ間より、広がって見えた。
 トモミチはと言えば、訓練終了後もパトカーに同乗を願い出て、警官達の巡回に付き合った。
 街往く中でトモミチが気づいたのは、戦時下と言えども規律正しく暮らすロンドン市民の姿であった。
 市内は活気に賑わいながらも、しかし、市民達は決して野放図になるような事は無く、常に一定の社会規範のもとで生活を営んでいる様子が市街のそこかしこではっきりと見て取れた。
 パトカーの窓越しに浮かぶ夜のロンドンは、静穏さと殷賑の調和でもって彩られた、いわば、自由と義務との履行の末に達成された、自由都市国家の理想像の様にトモミチには感じられたのだった。
「ロンドンはいいところですね。私の故郷サイバーザナドゥとは大違いだ」
 ロンドン市の夜景を前に、トモミチは赤裸々に自らの内奥を吐露した。ドア越しに肘を乗せ、そうして、開け放ったパトカーの窓辺より、息を零せば、トモミチの白い吐息は、長い尾を曳きながら空へと舞い上がり、そうして大気の中へと霧散していく。
 青ざめた空の遥か上空には、牡羊座を象るようにして、べったりと星々が散りばめられているのが見えた。星々は徐々にその星明りを増してゆきながら、夜空の中で、その存在感を高めてゆく。
 ゾディアックサイン。デウスエクス達の襲来を告げる星光が、闇夜で蠢くその様を前にして、トモミチはわずかに表情を曇らせる。
 この平穏を壊してなるものか、とトモミチは覚悟と決意を固めながら、一人、夜空を睨み据え、巡回の帰路につくのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ハル・エーヴィヒカイト
アドリブ連携○

▼心情
ロンドンか
私自身にはあまり馴染みはないが
それは剣を振るわない理由にはなるまい
君の街を守りに行こう

▼アクション
住民の不安も取り除かなくてはならない
あまり報道などは得意ではないが彼らを鼓舞できるのであれば試してみるとしよう
[戦闘知識]から敵の動きにある程度あたりをつけ、前線となるであろうエリアに陣取る
それをめざどく嗅ぎつけてきた報道関係者に対して真摯に対応しよう
「戦いになるだろうが問題はない。私達がいる。この地を守るための剣はここにある」
巨神キャリブルヌスをこの場に呼び出し、堂々とした立ち姿を見せることで民衆を鼓舞しよう



 柔らかな微風は、絹の感触でもってハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣聖・f40781)の頬を撫でながら、悲哀にも似た余韻を残しつつ、吹き去ってゆく。
 冷ややかな晩冬特有の冷風の中には、わずかにだが初々しい初春の気配が揺蕩っているように感じられ、ふと、ハル・エーヴィヒカイトは、春を思わせる少女と出会ったのはどれほど前のことだろうか、と一人、黙考せずにはいられなかった。
 少なく見積もればケルベロスとして覚醒して後の数か月程度であり、しかし、自らの中にはっきりと刻まれた記憶を辿れば、彼女との出会いは、もう数年以上前にも遡る。
 冷風の過ぎ去って行った大通りの彼方へと視線を這わせながら、ハルは心の中を横切る追憶の陰に一人思いを馳せていた。しばし沈思しながらもハルは物思いから現実へと思考を戻す。
 そうして見上げたハルの視界の先、整然とした街並みと共に広がるロンドンの景観は、ハルにとっては馴染みのないものであった。軒を連ねる旧家屋や、摩天楼の様に林立する高層ビル群、古風な寺院や街の随所に顔を覗かせる、風雅な広場や公園もその全てがハルにとっては初めて目にするものばかりだった。
 しかし、この都市のふとした所には彼女の面影が確かに漂っている様にハルには感じられた。街道に、通りの一画に、古めかしい寺院に、小さな書店や商店にさえも彼女の残影はかすかにだが、息づいているのだ。
 記憶の中の自らは、ケルベロスとして刃を振るい、そして人類のために戦い続けてきた。ならば、自分もまた、同じように人々のためにこの剣を振るおう。
 そうして、彼女の面影が色濃く残る、このロンドンの街を守るのだ。
 そう決意して、ハルが剣の柄に掌を添えれば、彼女との思い出がふつふつと蘇ってくる。同時にその淡い記憶の中、戦いの中に身を置き、研鑽に明け暮れた日々もまた、ハルの心奥にぼんやりと思い浮かばれた。
 デウスエクスとの戦いの日々の中で、記憶の中のハルは、血のにじむような努力と共に実力を磨いてきた。そして、過去に培われた経験や知識は、深くハルの中に根付いている。
 そんな歴戦の直感が、否応なしに、戦いの要衝というものを遥翔に告げるのだ。この決戦都市ロンドンの些細な欠落がふとした時に目に付く。
 ハルが天を仰げば、無数の防壁が折り重なり合いながら、重厚な外郭を形成して空を覆い尽くしているのが見えた。
 それは、大木が樹木を絡めながら、繁茂する葉群れでもってその頭上を守り、光を遮り、地上に濃い木影を落としながら厳然と屹立する、威圧するような荘厳さを感じさせるものがあった。
 だが、いかに大木が、天高くその強固な枝葉を伸ばし、その豊かな枝葉でもって天の光を遮ろうとも、吹く風や豪雨、時に鮮烈な日差しは、葉木を侵食し、そこに小さな綻びを穿つ。そうして、生まれた木々の隙間を縫うようにして、日差しは容赦なく地上へと照り付けるのだ。
 それは守る者に必然現れる弱点ともいえる。最強の盾は、永劫に最強の鉾の一撃を防ぎきれぬという事実をハルはあまたの戦いを通じて、肌感覚で理解していた。
 そして、その防御側が常に抱えるジレンマは、この難攻不落の要塞とも言うべき決戦都市ロンドンにも当てはまるだろう、とハルは、防壁の一点を見据えながら、はっきりと実感していた。
 既にハルは、この球体状の要塞都市の欠落を子細に見抜いていた。
 鋼の鉄板を交互に差し交し、そうして天蓋屋根状に形勢された天上の防壁は、防壁の持つ自重による崩落を未然に防ぐため、幾つかの部分で意図的に防壁が疎となる部分が存在する様で少なくともハルが見るに、東西南北にそれぞれ一か所づつ、守りの弱い部位が存在することが指摘出来た。
 これら地点は明確に弱点と断言できる。勿論、弱点部には、巡らされた銃眼のもと、多数の魔術砲台が備え付けられ、幾門もの砲台がものものしい砲身を、天へと向かい突き出しているのが見えたが、それでも尚、それら地点が、防衛上での欠点を孕むのならば、それら地点は防衛線の要所となりうる公算が高いだろうとハルは見ている。
 となれば、それら地点の丁度真下に位置する市街地部分は、決戦時の前線となりうる。
 ハルは、その端正な相貌を木漏れ日射す防壁の一点へと向けると、そのまま地上へと視線を落とす。そうしてさっそく一歩を踏み出したハルであったが、そんなハルの口元から零れたのは、曖昧な色調を帯びた嘆息であった。
 防衛線自体について言及するのなら、なんらハルには躊躇われる事は無かった。だが、しかしその前段階が問題なのだ。
 まずは市民の不安を拭うことがハルには求められている。そして、そのためには密着取材に応じる必要があるという。
 とはいえ、ハルは、これまで人目につく行為や、報道などといった、世間受けする行為全般を、これまで意図的に避けてきたきらいがある。性格上の問題だろうが、あまりハルは、人前で大々的に熱弁を振るう事を好ましく思わなかったのだ。
 歴戦の戦士たるハルにつきつけられた難題とは、意外にも市民向けするパフォーマンスを如何にして演出するかというものだったのだ。
 再び溜息をつくと、ハルは口を噤み、そうして、人受けする発言を脳裏で模索するのだった。
 まったくもって、この手の作業は苦手であるものだ、とハルは道行きながら、一人、苦笑する。思考錯誤しながらも、遥翔は軽快な足取りで街道を進み、そうして数区画を過ぎれば、あっという間に繁華街は途切れ、人々の雑踏は間遠となる。
 同時に急速に人気は目減りし、道は開けていく。立ち並ぶ家屋や商店はその姿を消してゆき、かわってやや開け広げになった広場が遥翔の前に忽然と出現するのだった。
 雑踏に沸く繁華街からは、わずか数区画を隔た程度の距離のもと築かれた広場であった。しかし、僅か数区画先の繁華街の喧騒をよそに広場は、もの寂しげな静寂に包まれた。
 同時にハルは、このひっそりと静まり返った無人の区画が、戦いの際には、敵の先兵の強襲地となるであろうことはロンドン市側としてもを重々承知しているのだろう事にすぐに気づいた。
 周囲を見渡せば、区画には人の往来は殆どなく、苔むした廃屋が道の左右に点々と立ち並んでいるのが見えた。
 そうしてそれら荒涼とした家々に夾雑するようにして、防衛用の施設と思われる、人型決戦兵器格納用のコンテナ小屋が三々五々に連なっているのが分かる。またもう一点遥翔は気づいていたが、通りは、人の往来に関しては、ほぼ見受けられなかったにもかかわらず、事、周辺を警邏するケルベロスの数に関して言うならば、他の区画と比べても見劣りしないほどにその数は多かった。
 ハルは、ふむと、一人内心で呟くと、足を止め、通りを行くケルベロスの一人に目礼がちに頭を下げた。ハルの眼差しを正面にうけて、ケルベロスはぴたりと足を止めた。その美貌に当てられてか、フードで顔を隠した少女の頬が仄かな朱色に染まる。
「なぁ、そこの君。頼みたい事があるのだがお願いしていいだろうか?」
「わ、わたし…ですか?」
 うわづったように声音を裏返して、ケルベロスの少女がハルに答えた。
 ハルは再び頭を縦に振ると、微笑でもって、少女に応答する。
「煩わせてしまってすまない。少し力を貸して貰いたい。実は、私は、猟兵――。いや、そうだな…。ディバイドによってロンドン市に駆けつけた増援部隊でね。戦いに当たり、少し公共放送を通して市内全域に伝えて貰いたい事があってね? 報道陣を集めて貰えないだろうか」
 初夏の微風に深緑がさらさらとその枝葉を鳴らすように、ハルの柔らかな声音は凛とした響きと共に鳴り響く。そんなハルをぼんやりながめていたケルベロスの少女は、激しく首肯すると、足早に通りを奥へと駆けてゆき、そうして、数分もしないうちに大量の報道陣を引き連れ、再び広場へと姿を現すのだった。
 鼻息荒く、ハルを注視する報道陣達の姿がそこにある。
 あまり派手な宣伝は得意ではない。だが、人の心を奮い立たせるためには、やや行き過ぎとも思われる、大仰な演出も時に求められることをハルは重々に心得ていた。
 遥翔は剣の鞘を払うと、両手で剣の柄を握りしめ、広場中央へと向かい一歩、歩を刻んだ。周囲をぐるりと囲む報道陣や群衆達へと、牽制する様な眼差しを差し向け、一言、広場から離れるようにと告げると、ハルは広場中央へと向かい、更に一歩、歩を進めた。
 三歩、四歩と軽快に舗道を踏み鳴らし、そして、五歩目で広場の中央へと躍り出ると、遥翔は剣を石の歩道へと突き立て、声を張り上げる。
「巨神キャリブルヌスよ、この地に顕現するが良い」
 まるで銀糸をひくような、艶のある遥翔の声が広場に響くや、突如、ハルの後方の空間が陽炎の様にぐにゃりと歪む。
 空間の歪みはより顕著となり、気づけば虚空には小さな亀裂が一筋刻まれた。歪んだ空間は、まるでひび割れたガラス細工のように、その表面に歪な亀裂をますます増やしていく。そうして、空間への圧迫は、ついぞ、極点へと至り、乾いた音をたてながらまるで水晶の様に完全に砕け散るのだった。
 瞬間、大きく口を開いた虚空より、銀色の巨神が顔を覗かせる。巨神は、虚空に穿たれた空洞よりぬるりとその巨体を現すと、ハルの後方、彼同様に仁王立ちして、剣を構えた。
 巨神の出現に前後して、虚空に強引にこじ開けられた大穴は、徐々にその径を縮小してゆき、ついぞ完全に塞がれる。同時に、空間に縦横に無数に走っていた亀裂は大気に再び溶け込むようにして完全に消失するのだった。
 気づけば、まるで何事も無かったかの様に大気は澄み渡り、そうして広場には再び静寂が訪れた。
 だが、この僅かな間に起こった広場の変化を前にして、人々はすんなりと現状を受け入れることは出来なかったようだ。
 遥翔を囲む人々は、どこか放心したように目を瞬かせながら、ハルをそして、巨神キャリブルヌスをぼんやりと眺めている様だった。
 静まり返った広場の中、異質な存在とも言うべき銀白の巨神は、艶やかな銀色の光沢をその重厚な外装から放ちながら、人ならざるその威容でもって集う人々を圧倒するかのように、その場で雄々しく佇立していた。
 ふむ、とハルは小さく呟くと群衆へ、そして報道員へと視線を送る。
「報道員よ、市内へと向けて報道して貰いたい。おそらく、このロンドンは戦場となるだろう。だが、ここには刃がある。飛来する邪神を打ち払う剣がな。そう、この地を守る剣はここにあるのだ」
 ハルは、人々を落ち着かせ、あわよくば彼らを鼓舞しようとの思いで、語気を強めてそう言ったのだが、しかし、集った報道員をはじめ、周囲の人々は、硬直した様にその場に立ちすくみ、ハルを、そしてキャリブルヌスを放心した様に眺めるばかりであった。
 ここに来て遥翔は、力加減を間違えた事をまじまじと痛感する。
 まったくもって、やりすぎた――。
 ハルは、内心でそう毒づきながらも、僅かに視線を落とすのだった。
 しかし、市民達の沈黙はざわめきに変ってゆき、気づけば熱狂へと姿を変えていった。人々の息遣いは熱を帯び、彼らの眼差しは高揚した様に煌々と輝きだす。
 広場を中心にして歓声が巻き起こり、熱情が迸ってゆく。
 しかし、活況に沸く市民達を前にしても尚、ハル・エーヴィヒカイトは忸怩たる思いで、自らの不器用さを苦笑せずにはいられなかった。
 平素、冷静沈着であり続けた、ハルのその戸惑い顔を前に、ケルベロスの少女は、満面を喜色に染め上げるのが見えた。少女の飾り気のない爛漫の笑顔こそが、真の意味でこの都市の住民が寛いだことの証左でもあったのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

古戸・琴子
※アドリブ連携
わらわの『玉垣玉条舞』は拠点を守る者の力を引き上げるユーベルコードじゃ。
加えてこの倫敦はなかなかに強固な備えをしておるようじゃの。
ならば行き先はひとつ――戦う者が多く集う場所。
つまり。防衛拠点じゃな。

道すがら、報道機関の者にもわらわの言葉を全英に伝えさせよう。
『この都市、決してデウスエクス共に落とさせはせん』とな。

巫術士が救援に来たのじゃ!軍属の者は気勢を上げい!
ここら一帯の守りはおぬしらに託された!
生き残るのは人類である事を証明するのじゃ!
近くを警邏するケルベロスも集まるがいい!
さすれば御業がおぬしらを後押しするであろうよ!



 鋼鉄の天蓋が、分厚い外壁となって球体状にロンドン市上空を包んでいた。
 古戸・琴子(桜雲・f10805)が、防壁のわずかな隙間から見上げた空は、晩冬特有の寒々とした群青色に染め上げられ、枯淡とした大海の趣でもって、そこに揺蕩っていた。
 晩冬の真昼の冬空のもと、日輪が東の空から中天へと向かい、空を泳いでいるのが見えた。
 しかし、空を見上げた者達は、この澄んだ空のもと、今や、太陽は、その天上の首座を追われ、空の支配権は、中天に堂々と居座る異質たる星々によって完全に簒奪されたという事実を、その空模様から否応なしに思い知らされるだろう。
 水晶の輝きでもって煌めく太陽を他所に、中天の御座には、無数の妖星群がひしめき、それら星々は、ねっとりとした銀色の星明かりを放射しては、地上を焼灼していた。
 琴子は天を仰ぎながら、乱舞する妖星の瞬きを前に、デウスエクスとの邂逅の時が近い事をそれとなく察した。おそらく、早晩、決戦の火ぶたは切られるだろう。
 ふんと、琴子は小鼻を鳴らし、瞬く星々を睨み据えると、再び視線を地上へと戻し、街道を往く。
 琴子にはデウスエクス達の思うがままにこのロンドン市を蹂躙させるつもりは毛頭ない。そして、彼らの野望を挫くための青絵図は、既に琴子の脳裏に描き出されていた。
 琴子は歩を進める。精緻に敷き詰められた大理石の足場を琴子が踏み鳴らすたびに、石畳を打つ軽やかな響きが周囲に反響した。
 周囲を見渡せば、天には鋼鉄の防壁が天蓋の様になってかかり、それらは球体状にロンドン市全体を包みこんでいた。地上にはケルベロス達の姿や、決戦兵器と思しき人型兵器の存在が要所要所に配置されているのが散見される。
 倫敦市は随分と強固な備えを施されておるようじゃな、と琴子は城塞化されたロンドン市を心奥でそう賞嘆した。
 だが、しかし、琴子はこの城塞都市はこの完全武装のロンドン市の現状に満足したわけでは無い。
 琴子は、この都市の防衛力を高める秘策を有している。ならばそれを施さない手はないだろう。
 その秘策の正体こそがユーベルコードである。
 ユーベルコード、奇跡の御業は、超常的な力を世に顕現する。それは琴子が舞う『玉垣玉条舞』にも勿論当てはまるのだ。
 『玉垣玉条舞』は琴子が奉奏する舞の一つである。しかし、それは巫女舞の範疇にとどまらない、奇跡の権能を有した、琴子のみが有する彼女独自の奇跡の技の一つでもあったのだ。
 この舞は、観る者に精神的高揚感をもたらす。そして、高まった精神は、如実にその者が持つ潜在能力を賦活化させるのだ。更にこの舞は特定の場所を守るという人の数や、その想いが増えるほどに、指数関数的に集った者達を強化する。
 既にロンドン市の守りが厚い事は分かった。しかしそれだけでは十全たりえない。
 この難攻不落の要塞都市の持つ盤石の備えを、玉石にまで高めてこそ、完全勝利は確約されるのだ。そして、その防御性を各段に高めるためには、人を強化する必要がある。琴子は、自らのユーベルコードを活かし、戦闘員の力を底上げすることを企図していたのだ。
 そんな思いと共に踏み出した琴子の一歩は力強かった。
 古い寺院や、レンガ造りの街並みが立ち並ぶ旧市街地を一直線に進み、オフィス街の最奥部を左方に折れ、琴子は、街中を悠然と進んでゆく。
 歩を刻む度に、桜の紋様が刺繍さえた長い裳裾が風雅に宙を踊る。白光りする石畳の中を、淡い菫色の和装に身を包む琴子が進むその様は、春先に爛漫と咲き誇る桜が黎明時の白く澄んだ湖面を優艶と照らし出す鮮やかに似たものがあった。
 街に居並ぶ報道陣の視線が、琴子へと集中するのは必然と言えるだろう。
 そして彼らの注目を集める事は、琴子にとっては好都合だった。全英中にロンドン市へのデウスエクス襲来の急報を、そして猟兵達の救援を知らせるためには、報道陣の力は必要不可欠だ。ならばこそ、琴子は彼ら、報道陣の取材へと協力することを良しとしたのだ。
 殺到する群衆や報道陣に軽く一揖すると、琴子は扇を掌で返し、微笑でもって報道陣の質疑応答に答える。
「この都市、決してデウスエクス共に落とさせはせん。わらわが来たからには安心するが良い。乾坤一擲の覚悟で、みなと共に倫敦を守りぬいてみせようぞ」
 琴子の言の葉は、絹糸を鳴らすような、優美な響きを伴いながら、雑踏に沸くロンドン市街へと柔らかに流れてゆく。琴子の声を受けてか、群衆達が色めき立ってゆくのが見えた。
 琴子は道すがら、報道陣の密着取材に応えつつ、目的地へと急行する。旧市街を踏破し、ガラス張りの高層ビル群が居並ぶ新市街の最奥まで至り、軍施設へと至った頃には、報道陣や群衆は既に彼方へと遠ざかっていた。
 軍服姿の係員に誘導され、琴子は地上と天上とを繋ぐ軍用エレベータへと乗り込むと、そのまま一気に天蓋の外へと駆けのぼってゆくのだった。
 軍用エレベータは激しく振動しながらも、一挙に最上階へと到着する。琴子がロンドン市上空の外層部分に現れたのは間もなくの事だった。
 エレベータが開かれ、群青色の青空が琴子に迫る。琴子が、エレベータの外、鋼鉄で強固に敷き詰められた、鉄の足場に足を踏み出せば、やにわに、ロンドン特有の澄んだ一陣の寒風が琴子へと吹き付けた。
 頬を絡みつく微風は、指先がかじかむのを忘れるほどに心地よく、吸いこむ空気は清らかに澄んでいた。たまらず琴子の表情が綻ぶ。
 空は近く、鼻腔には冬特有の悲哀とも郷愁ともつかぬ香りが漂っていた。
 琴子が周囲を見渡せば、等間隔で魔道砲台が数多並び、鋭い棘の様に天へと向かい突き出ているのが見えた。砲台に加え、管制塔や人型決戦兵器、更にはゾディアックサインを監視するためだろうか、尖塔の様に巡らされた監視塔のもと、多数のケルベロスの姿も伺われた。
 琴子は、吹く風に乱された横髪を手で押さえながら、一同の前へと躍り出る。黒真珠の瞳でもって、ぐるりとその場に居合わせた者達を見据えながら、声を張り上げる。
「巫術士が救援に来たのじゃ!軍属の者は気勢を上げい!」
 琴子の柔らかな声音に、一同の視線が一斉に琴子へと注がれた。琴子は、彼らの視線を受けながら、一層の熱弁を奮う。
「天の光はその全てが敵であると心得るが良い」
 言いながら、琴子は扇でもって天を指す。周囲に集った者達の視線が一様に中天に瞬く妖星へと向けられる。
「で、あるが、わらわは我ら人類が敗北するとは露とも信じておらぬ。この一帯の守りはおぬしらに任された。そして、ここにはわらわがおるのじゃからな」
 琴子は天高く掲げた扇を振り下ろすと、再びくるりと扇を返す。更に琴子は、くるりとその場で舞うようにして、一回転すると、輪の様になって琴子を囲む者達をぐるりと一望した。
 五百人――、琴子の視界に収まる範囲内にも多くの戦闘員の姿が見て取れる。十分な数の戦力だと、琴子は、判断し、一同に言い放つ。
「近くを警邏するケルベロスも集まるがいい! そして心して聞くが良い。わらわの御業は、ぬしらに奇跡の力をもたらすであろう。ぬしらが、戦う事を諦めぬ限り、わらわが威光は宇内を救世の光で照らし出し、この戦いを後押しするであろう」
 言い終えるや否や、琴子は扇を顎元に近づけ、一瞬言葉を切った。
 周囲に居並ぶケルベロスや軍服姿の戦闘員たちは、息をするのも忘れたかの様に、まるで彫像の様にその場に立ちすくんでは、熱望の視線を琴子へと向けるのだった。彼らの息遣いが一段と高まってゆくのが琴子には分かる。
 琴子は彼らへと目配せしつつ、扇を優雅に泳がせると、再び口を開く。
「生き残るは人類であることを証明するのじゃ。良いか、皆々、土足でおぬしらの住まいを蹂躙せんとする不届き者共に教訓を与えてやろうぞ?」
 琴子の愛らしい小顔に、不敵な笑みが浮かんだのはその時だった。琴子は、掌で再び、扇を返しながら、ゆるやかに振り上げる。同時に琴子は、流れる様な挙措でもってわずかに腰を落とすと、扇を横凪する。
 そう、琴子による、奇跡の御業『玉垣玉条舞』の演舞が始まったのだ。
 天衣無縫たる柔らかさが琴子の舞にはあった。やわらかな身のこなしで舞を躍るたびに、その手にした扇が優雅に空を遊泳する。
 琴子の舞に合わせ、妖星に威圧されるばかりであった太陽は、ようやくその勢いを取り戻した様で、乳白色の陽光でもって琴子を照らし出す。
 雪風にも似た、純白とも薄桃色ともつかない、鮮やかな光彩を放つ桜の花弁が上空へと舞い上がったのはまさにその時だった。
 陽光を浴びながら、無数の桜の花弁は優雅に空を舞い、そうして薔薇色に燃えたかと思えば、はらりと砕け、透明な泡沫となって清澄な青空に溶け込んでいく。
 ただ人々は、琴子の舞を、そしてロンドン市上空を彩った桜吹雪を放心した様に眺めながら、決戦への気概を固めるのだった。
 今、戦う者達の心は一つの紐帯で結ばれた。決戦都市ロンドンは、都市の持つ防御性のみならず、人の戦意にも支えられた難攻不落の要害へと昇華したのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エーファ・マールト
俺様が取材に答えるぜェ! と息巻いてるハンドパペット黒兎をよそに、病院に行きます
全ての病院を回って直接勇気づけたいところですが時間は限られていますので一部は中継となりますことご容赦を
さあ魔道化の黒兎カーニェとその助手の! 大道芸の開催です! レディースエンドジェントルメンと呼びかけ、少しでも娯楽になるよう努めて明るく!
手品よりも腹話術がすごい? よく言われます

《魔法使いの銀鳩》を……くれぐれも攻撃はしないように言って聞かせますね。でも視線を向けられれば向けられるほど出る平和の象徴。祈念にはうってつけかと存じますが……!



 大量の取材陣を引き連れ、エーファ・マールト(魔道化ピエロ黒兎カーニェとその助手本体・f28157)が丘の上のこじんまりとした病院に到着したのは、終焉を告げる夕映えの光がロンドン市を穏やかに包む、夕暮れ時の頃であった。
 最後の公演予定地たる病院前に立ちながらも、エーファは束の間、病院から眼下に広がる市街地へと視線を移しては、茫洋と広がるロンドン市街を遠望するのだった。
 丘の手前に位置する新市街地に、摩天楼とも小山とも見紛う様なビル群が立ち並んでいるのが見えた。更にじっと目を凝らせば、夕映えの光によって薔薇色に燃えるビル群の下、漆黒のケルベロスコートに身を包んだ多数のケルベロス達が、いかにも神経をとがらせたように表情をひきしめながら、最新の注意で監視の任についている姿が多数伺われた。
 続いてエーファは視線を市街地の奥、曖昧模糊と浮かび上がった旧市街地へと這わせ、そっと静かに眼を細めた。
 そうして旧市街地を見つめれば、そこには一つの区画の中で窮屈そうに軒を連ねる、古風な煉瓦造りの家屋群が、斜陽の煌めきにより、その外壁を薄らとした朱色に粧しながら、身もだえするように夕映えの中で霞む姿が見て取れた。
 陽炎の様になって揺らめく旧市街のもと、低空を人型決戦兵器が、整然と隊伍を組みながら飛翔してゆくのが伺える。
 そんな機械の巨人とは対照的に、老人や子供といった非戦闘員が、迷宮の様に複雑に入り組んだ旧市街地を駆け抜けていくのが見える。彼らは、巧みに迷路の中を進みながらも、家屋と家屋との合間に作られたシェルターへと身を投じ、ついぞ小さな黒点となってエーファの視界から完全に消えてゆくのだった。
 そんな街の様相を前に、エーファは、今まさにロンドン市街が、戦いの最終局面へと移行しつつあることを肌感覚で感じていた。
 そして同時にエーファは自らの戦いを、そう、病院群を巡っての興行を大成功でもって終えることを固く決意する。
 今、エーファは病院前にある。
 臨戦態勢を整えるロンドン市にあって、エーファがあえて病院での興行を選んだのには、勿論理由があった。
 重症疾患を抱える者達は生命維持装置の都合上、そのすべてをシェルターに収容することは叶わない。結果、彼らは戦いの最中においても、病院での生活を余儀なくされることとなる。
 幸い、行政府の迅速な対応もあり、一部の難病指定患者は市外の病院へと搬送される運びとなったが、依然として重病患者の多くや、彼らの診療に関わる医療従事者達は、病院に取り残されることとなった。
 果たして彼らの気持ちはどんなものであるだろうか。
 ただでさえ重病を抱える患者たちは、疾病の影響もあり精神的不調をきたしやすいという。絶望に打ちひしがれる者達の姿が脳裏をかすめた時、エーファは自然と立ち上がっていた。
 彼らの不安の気持ちを和らげるために、エーファは指人形もとい、黒兎のカーニュと共に一連の市内の病院巡行を決行するに至る。
 エーファは、日中、市内を奔走しては多くの病院で手品芸で患者たちを楽しませた。また彼女の手品は中継映像を通して、市内全域の病院へと放映され、多くの患者に勇気を与えて。
 夕暮れ時までエーファは市内の病院を営々と駆け回り興行を続け、そうしてついに、最後の興行地である丘の上の病院へとたどり着いたのだった。
「よっしゃ、俺達が取材に応えるぜ!」
 街を眺めるエーファの左腕がもぞりと蠢いたかと思えば、黒兎人形のカーニュが闊達とした様子で両腕を振り上げた。
 息まくカーニュを他所に、エーファは報道陣達に目合図すると、さっそく病院内へと足を踏みいれるのだった。
 受付席にて、エーファを応接した事務員は、エーファの興行についての話を聞くや、やつれたその相貌に笑顔の花を咲かせた。
 事務員が、事の次第を病院長へと伝えれば、とんとん拍子で話は進み、結果、エーファが病院到着後、半時も経たぬうちにショーの準備は整えられたのだった。
 エーファの大道芸は、二階ナースステーション近くの多目的ホールへで開催されることが決まり、すぐさまにエーファは多目的ホールへと通された。
 そうして訪れた多目的ホールには、移動式のベッドが複数並び、その上では、ベットに横たわりながらもこれから始まるエーファのショーを前に、目を輝かせる傷病者の姿があった。
 エーファが多目的ホール中央まで歩を進め、そうして一室を見渡せば、患者たちと共に、医師や看護師、その他、病院スタッフの姿も散見された。
 彼らを正面に見据えて、こほんとエーファは咳払いする。左手で黒兎人形のカーニュをもぞもぞと動かしながら、ぱちりと目を瞬かせ、観客達に愛らしく合図する。
「さあ魔道化の黒兎カーニェと!」
 もぞもぞとカーニュが体を震わせれば、会場には喜色の声がどっと広がっていく。
 掴みは悪くない事を確信し、エーファは続いて、左手を引っ込めると、グイと観客達へと顔を突き出して、微笑みかけた。
「その助手の!大道芸の開催です」
 言いながらエーファは、右手に持ったステッキで中空に優雅に円を描く。観客達の喜々とした視線がエーファへと殺到したのはまさにその時だった。
 エーファは口元を緩め、微笑すると、その手にした杖をホール天井で明滅する裸電球へと向け、振り上げた。
「レディースアンドジェントルメン! イッツショータイム! 楽しいショーの始まりですよ」
 裸電球の乏しい光が、エーファの手にした杖の先端を艶やかに照らし出していた。エーファは腰を捻ると、軽快に地面を踏み鳴らし、そうして杖をその場で一度、二度と振った。
 努めて表情は明るく、そして自らのショーが彼らにとって良い娯楽になるようにと心の中で念じながら、三度、杖を力強く奮えば、たまゆら、杖先から微光が零れる。
「私の十八番を披露しましょう。さぁ、皆さん、ご覧ください」
 観客達の視線が杖先に収束する。エーファが彼らの視線を確認し、四度目、勢いよく杖を振り上げれば、突如、計十匹のハトがどこからともなく姿を現した。
 鳩たちは群れをなしながら、その銀翼を優雅にはためかせ、そうして輪を描きながら、多目的ホールを縦横無尽に駆け回る。
 目の前で起こったエーファの十八番技を前に、観客たちの歓声が上がった。彼らは、満面に笑みを浮かべながら視線を銀鳩へ、そしてエーファへと彷徨わせるのだった。
 観客達の視線を受けて、鳩たちは上空を旋回する。
 ふと、巨躯を誇る一匹の大鳩が群れを離れたのは、ベット越しに横たわる少年が、大鳩へと向けて、その枯れ木の様な指先を伸ばした、まさにその瞬間だった。
 大鳩は少年の指先付近を目掛けて空を急降下したかと思えば、指先でくるくると宙を舞い、そうして少年の栗毛をその前脚で軽く撫でると、再び浮上しては、群れの中へと戻っていく。
 瞬転、頬のこけた少年の相貌に明かりが灯る。少年は弱々しく手を振り上げながらも去ってゆく大鳩を見送るのだった。
 エーファは少年を愛らしく眺めつつも、ゆるかに一歩、また一歩と歩を刻みつつ、少年の傍らまで歩を進めると、背を屈め、黒兎人形のカーニュを少年の顔近くに、ぐいと近づける。
「どうだい、俺様と助手のショーは凄いだろ?」
 カーニュが全身を大仰に震わせながら、まるで哄笑する様にそう言えば、少年は熱心に相槌を打つ。エーファはふふと微笑すると踵を返して、後ろ向きに元居た場所へと戻ってゆく。
 背中越しに、陽だまりの様に温かな、観客の眼差しが自らを包んでいるのを感じる。そしてエーファへと注がれる視線の数が増すたびに、呼応する様に、次々と白鳩達が姿を現れては、多目的ホール上空一杯に溢れ、そうして天井を鮮やかに白に潤色してゆく。
 ますます増えていく白鳩の群れに小さく苦笑しながらも、再び、エーファはくるりとその場で一回転し、観客達へと向きを変えるのだった。
 まだショーは始まったばかりである。次の演目も、また更にその次の演目も控えている。
 窓辺から射しこむレンガ色の斜陽は照明の様になって、エーファを照らし出していた。エーファはやや大げさに杖を振りかぶりながらも、さっそく次なる演目を開始するのだった。
………
……

 エーファのショーは患者たちの体調を考慮して、半時ほどの短時間の間で終了する運びとなった。
 しかし、ショーの間、多目的ホールには終始、観客達の歓喜の声が充溢していた。
 観客達はエーファの大道芸に惑溺しきっていたようで、エーファの些細な一挙手一投足さえも、熱心に眺めては、その披露する技の一つ、一つにはしゃぎまわるのだった。彼らは、エーファと黒兎人形カーニェとのやりとりをもまた微笑ましく眺め、時に目じりに涙を浮かべては、まるで自分の事に感涙し、エーファが一つ、また一つと演目を終える度に拍手を送るのだった。
 三十分が過ぎ、そうしてエーファが上演を終えるや否や、会場には名残惜しげな観客達の嘆息が流れ、その後、耳をつんざくような喝采が多目的ホール内へと巻き起こった。
 大盛況のもと、終幕と相成ったショーに確かな手ごたえを感じつつ、エーファは興行の余韻と観客達の笑貌をそっと胸に秘しながら、病院を辞して、岐路へとついた。
 茜色に燃える空のもと、妖星が一際、眩く瞬いたのはまさにその瞬間だった。遠間に鳴り響く市内警報に耳を傾けながらエーファは、遂に訪れるデウスエクスとの邂逅を前に星々が瞬く暮れ色の空を静かに見上げる。
 今ここに、ロンドン市をめぐる、人類とデウスエクスの大兵団との戦いの幕が切って落とされようとしていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『ユミルの子』

POW   :    感染拳撃
自身の【拳】を【病魔】化して攻撃し、ダメージと【侵食】の状態異常を与える。
SPD   :    苦痛の叫び
【病毒に爛れた喉】から大音量を放ち、聞こえる範囲の敵全員を【恐怖】状態にする。敵や反響物が多い程、威力が上昇する。
WIZ   :    肉片融合
全身を【自身の肉体から千切れた肉片】で覆い、自身が敵から受けた【負傷】に比例した戦闘力増強と、生命力吸収能力を得る。

イラスト:dys

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●八分二十秒の死闘
 夕映えの空のもと、一際眩く、星明かりが瞬いた。
 『牡羊座』を夕空に刻印する妖星の群れは、その輪郭をより鮮明としながら、ついぞ、無数の艦艇群、グラディウスとしてその実像を夕空に顕現させるのだった。
 白銀の船体が続々と、ロンドン市上空へと押し寄せていく。一色触発の重苦しい空気がロンドン市内へと沈殿していた。
 しかし…。
 人類はただ絶望に沈むだけの弱い存在では無い。猟兵達により士気の高められたロンドン市内では、ケルベロスをはじめ、軍人たちが足早に戦闘配置へと向かう姿が各所と確認された。
 一人、また一人と軍用エレベータによって、都市の外層部へとケルベロスや軍服姿の男女が姿を現してゆく。人型決戦兵器が、けたたましい軌道音と共に空へと駆けのぼっていくのが見える。外殻に巡らされた銃眼よりは、無数の魔術砲台が顔を覗かせているのも伺えた。
 全ての兵員は、息を飲み戦いの瞬間に備えていた。一際、眩く輝く妖星を前に、第四世代魔術砲台『ウィンストン』が火を噴いたのは、ロンドン市上空に集ったグラディウスのもと、ユミルの子らが降下を始めるのとほぼ同時であった。
 魔術砲台より立て続けに放たれてゆく雷撃の一撃は、紫色の尾を長く曳きながら、天高く駆け上り、降下を始めたユミルの子らを飲み込んでゆく。ロンドン市を難攻不落の城塞都市足らしめてきたのは、その強固な防壁に加えて、この無敵の矛とも言うべき『ウィンストン』による功績が大きい。
 しかし――。
 紫色の閃光が空を駆けるのも束の間、再び赤く染めだされた夕焼け空には、ほぼ無傷のままに空を滑空する無数のユミルの子らの姿が窺われたのだ。
 今、ロンドン市は絶望的な防衛戦を強いられんとしている。
 だが希望はある。
 未だ猟兵という名の希望は、この宇内に揺蕩っているのだから。そして、決してロンドン市民は弱くはない。猟兵達との接触を機に市民の多くは、その心中に燻る勇気の熾火に火をつけたのだから。
 無数の人型決戦兵器が敵影に切り込んでゆく姿がそこにはあった。空を駆けるケルベロス達の姿がロンドン市上空で無数に確認された。
 魔術砲台の砲座に腰かけた兵達は、砲台を通常用の砲台へと換装し、再び銃口を天へと向けるのだった。
 ロンドン市は負けることはない。奇跡を信じる者がいる限り、奇跡は幾度も起こりうるのだ。

「私の余地が未熟なばかりに…」
 エリザベスは歯噛みしながらも、猟兵達を前にはっきりと言葉を続ける。
 目じりにうっすらと滲む涙の雫は、悔恨の証ではない。そう、それは、決して挫ける事無く戦いを続けるロンドン市民に対する感嘆の証左であったのだ。
 エリザベスは涙まじりに猟兵達を見渡しながらも、言葉を紡ぐ。
 わずかに震えるその声は、しかし確固とした意志の響きを伴いながら、夕焼け空へと響き渡ってゆく。
「敵デウスエクスの黄道甲冑の効果が今、私にも分かったの。彼らが纏うは鋼鉄防具『ブリガンディア』、魔力やエネルギー攻撃、精神攻撃などに対して特化して作用する鎧であることが分かったの。きっと………魔術大国であるイギリス、ひいてはロンドン市攻略のために選択されたのだと思う」
 エリザベスは、目じりに浮かぶ玉の様な涙を指先で拭うと、上空へと睨み据える。
 その翡翠の瞳に夕陽の赤が混ざる時、そこから生みだされた意思の光は、絶望を前にただ泣くだけの少女のものではない。そこには、一人のグリモア猟兵として絶望に立ち向かう戦士の姿があった。
「でも、このブリガンディアには弱点があるの。この鎧は、魔術などに特化させすぎたために一般的な物理攻撃には脆弱であるという致命的な欠点を持つの。勿論、ユミルの子達の強靭性も考慮にいれる必要はあるとは思うけれど、ブリガンディア単体なら、現代兵器でも十分に破壊可能だと思うわ」
 エリザベスの指先から、まるで水晶の様に涙の雫が宙を走る。
 赤く目を腫らしながらも、しかしエリザベスは猟兵達を前に、毅然とした態度で、戦いについての説明を子細に重ねていくのだった。
「未だロンドン市民は諦めずに交戦を続けている。みんな、ポジションというものはご存じ? きっとロンドン市民たちに要請すれば、彼らは勇んで、みんなに協力してくれると思うの」
 夕映えに燃えるロンドン市街へと向け、エリザベスは指示棒を向ける。
「戦いの場所は二つ。一つは、空中戦で、もう一つは外壁周辺で戦いは展開されると思うわ。『空中戦を得意とする方』、例えば飛行用のキャバリアや専用の訓練を積んだ方は空で戦えば、より上手く戦いを進めることが出来ると思うわ。逆に『地上戦を得意とする方』は外層で敵の迎撃に努めて貰うのがより効率的だと思う」
 エリザベスは滔々とそう告げると、再び空を睨み据える。
「この戦いはロンドン市防衛の天王山となると思う。正念場であるからこそ、ここで敵に大打撃を与えられば、状況は一変すると思う…。私は防戦に徹するつもりは…ない」
 エリザベスは、力強くそう言い放つ。そうして翡翠の瞳でもって周囲を見渡すと、言葉を続ける。
「一気に敵を叩き、そうして、敵の指揮官を戦場に引きずり出す…。そのために今回の戦いは、なるべく防壁の被害を少なくして、その上で敵を多く叩きたい。えへへ、私って強欲かな」
 微笑しながらもそう言い放ったエリザベスの横顔は夕陽を浴びてどこか恍惚と輝いて見えた。
 希望を掴むための、猟兵達による戦いが今まさに始まろうとしている。
エーファ・マールト
では地上戦をスナイパー支援をいただきながら挑むとしましょう
「そのおしゃべりな口の見せ所だぜ駄夢魔!」
ハンドパペットとお喋りしながら詠唱を続けましょう。詠唱といっても名前を呼んで紹介して、そんな他愛もない話です。
ええ、高速戦闘では600メートルぽっちあっという間に詰められてしまう距離。しかしあまりに遠くあれば芸なんて見えないでしょう。なるべく直線の砲火線で倒せるよう引きつけてからぶっ放しますね
お待たせしました。これよりお見せするは一世一代の大奇術。世にも珍しい百獣の火の輪くぐりでございます。千切れた肉片が焼き焦げるまでの高温高火力の猛進、大迫力の一撃をお楽しみください!



 西に傾いた落日が、爛れた赤色の残光を湛えがら空を焼いている。
 暮れなずむ夕空は、朱色の中に淀んだ黒色を斑に混淆させながら、流血の色でもって水平線の先まで拡がり、冷然とした趣でもって天を覆っていた。
 エーファ・マールト(魔道化ピエロ黒兎カーニェとその助手本体・f28157)がロンドン市を覆う鋼の外層に立ち、そうして空を仰げば、茜色の空のもと、斜陽が中天に居座る小艦艇群を照らし出しているのが見えた。
 暮れ色の光が、流線形を描く銀色の船体を薔薇色に染めだしている。
 グラディウスと呼ばれるデウスエクスの母艦群が、黄昏に沈むロンドン市上空にて、その無数の艦艇を横に並べ、悠然と戦列を組みながら、支配者然とした尊顔でもって天高く鎮座し、威圧する様にロンドン市を見下ろしているのが見えた。
 そんな銀白の船体のもと、黒点がにわかに滲みだすのをエーファの眼は見逃さなかった。そうして高まってゆく戦いの気配を前に、エーファは静かに杖を振りかぶる。
 黒点は、当初は。船隊の放つ銀白の閃光の中、乏しく混雑していた染みに過ぎなかった。しかし、黒ずんだ染みは徐々にその数を増してゆき、気づけば、歪な漆黒に舟艇群を塗りつぶし、空を黒一色で覆い尽くすほどに勢力を増し、ついぞグラディウスの放つ白銀光を完全に遮った。
 再びグラディウスが銀白の微光を夕空に放ったのは、その無数の黒い小点がグラディウスを離れ、地上への降下を始めた、まさにその時だった。
 夕空を歪に埋め尽くした黒点の群れが、ロンドン市街を球体状に蓋する外層へと向かい、接近するのが見える。
 黒点の群れが夕空を浸潤しながら、じわりじわりとロンドン市の外壁へと迫っていく様は、まるでイナゴの群れが一斉に空を染め上げ、そうして、万物を蚕食していくのに似た不気味さを彷彿とさせた。
 遠間より、その一点をエーファが凝視すれば、イナゴの正体がありありと浮かび上がる。
 『ユミルの子』、ロンドン市攻略の尖兵として選ばれたる悪魔達の姿がそこにあったのだ。
 彼らは、昆虫の甲殻によく似た、その鋼鉄の外表に銀黒色の光沢を滲ませながら、勢いよく空を滑り落ちてくる。
 ロンドン市外層部へと雲霞の如く押し寄せてくるエミルの子らを前に、周囲は水を打ったように静まり返っていた。緊張交じりの静寂がそこには横たわり、兵達は緊張交じりの眼差しで空を仰いでいた。
 しかし――。
 エーファが見つめる先、虚しく空を紫色に彩るだけだった魔道砲『ウィンストン』の砲撃に続き、なにかが瞬くのが見えた。
 一陣の光が、ロンドン市上空へと舞い上がったかと思えば、降下を続けるユミルの子らの一団に見る見る間に肉薄し、そうして両者が交錯する。
 瞬間、乾いた爆音と共にユミルの子が四散するのが見えた。
 遠景に茫洋と浮かぶ機影が、仲間猟兵のものであることは一目瞭然だ。
 周囲よりは、上空へと向かい、猟兵や人型決戦兵器、そしてケルベロスといった後続部隊がユミルの子迎撃のために、続々空を駆けてゆくのが見える。
 敵の数は多くとも、未だ周囲の士気は高く、各々は柔軟に戦法を変えつつ、敵デウスエクスの迎撃に当たっている事が分かる。
 空中戦闘はひとまず安心だろう。
 となれば、エーファが取るべき行動は、彼らが打ち漏らしたユミルの子を外層部にて殲滅する事だ。
「それでは、ショーの開幕と行きましょう。砲手の皆様、どうかご協力をお願いします。彼らデウスエクスの来訪を満天の花火で歓待してさしあげてください」
 エーファは杖を振り上げたままに踵を返すと、茜空へと向かい尖塔の様に砲身を突き出した無数の砲台のもと、その砲座に腰かけた兵達に深々と一礼する。
 エーファは顔を上げ、機敏にその場で足踏みする。そうして大道芸人よろしく、手慣れた挙措でもって、シルクハットを持ち上げると、小さく舌を出して、悪戯好きな微笑を兵達へと送る。
「もちろん、ただでデウスエクスの皆様をもてなすつもりはありません。彼らの命をもって、この大公演の入場費とさせていただきましょう?」
 妖艶とした笑みと共にエーファがそう言えば、周囲の空気は幾分も和らいでゆく様な気がした。
 エーファは、再び茜空を見上げる。
 彼我の距離はかけ離れている。ユミルの子らの大部分は、未だ上空を点となって揺蕩っているままだ。
 魔力干渉によるものか、それとも航空装備や重力制御の技術を彼らがそもそも備えているのか、理由は判然としなかったが、ユミルの子らの降下速度は単純な物理法則によりはじき出される重力加速度による落下速度と比べてはるかに緩やかだった。
 ロンドン市外層部に最接近する敵ですら、その姿は肉眼には朧気であり、おおよそ彼らが上空六、七百メートルに位置することがなんとはなしにエーファに推測される。
 彼らが外層部へと取りつくのは、一分後程度の後といったところだろうか。
 一般的な空中戦と比較すれば、随分と緩やかな落下速度である。
 とはいえ彼らとの邂逅の時は間もなくだろう。低速とは言え、それは空戦においての話である。
 こと、地上戦を想定すれば、彼らと干戈を交えるまで残された時間は僅かだ。
 とはいえ、現在の距離では芸を披露するには、やや遠間に過ぎる感もある。また夕空には無数の敵デウスエクスに肉薄しては、奮戦する友軍の姿も散見された。仲間への誤射を防ぐという点をも考慮すれば、未だ、奇術を開始するのは時期尚早だろう。
 ならば軽く前座を始めるのも一興だろうと、エーファは鋼鉄のステージに立ち、一人、そう思い至った。
 そうして、手にしたステッキを宙で軽やかに振るう。
「そのおしゃべりな口の見せ所だぜ駄夢魔!」
 エーファの左手で、黒兎の指人形カーニェが、ピンと耳を伸ばしたのはまさにその時だった。黒人形兎のカーニェは、如何にも愉快気に体を左右に揺らしながら、言葉を続ける。
「ところでよぉ、詠唱ってなァ…拍手とかでもいいのかよ?」
 茜空のもと、黒点はその輪郭を鮮明としてゆき、人型を造形してゆく。落下を続けるユミルの子らの一団を尻目にしながら、エーファは杖を振り振り、カーニェに応える。
「いえ、勿論だめです」
「じゃあお前が場をもたせな! この大奇術を盛り上げろよ、駄夢魔ァ!」
 間髪入れずに黒兎のカーニェが応答した。
 言わずもがなであると思いつつ、ふんと心地よげに鼻を一鳴らし、エーファはカーニュから目を背けた。
「デウスエクスの皆々様――」
 空を埋め尽くす無数の観客へと向かい、エーファは挙措を正すと、深々と一揖した。
 上空の黒影のもと、その歪な両腕が蠢動し、左胸部に浮き彫りになった人型の相貌が苦悶げに顰められるのが見える。
 ユミルの子らとの距離は今や、凡そ、百メートル程度まで縮まっている。肉声がはっきりと届く距離だ。
 エーファは頭を上げると、くいと腕を曲げ、左足でステップを刻む。ヒールが軽やかな音色を上げながら、鋼鉄の足場を打ち鳴らした。
「ロンドン市へとようこそいらっしゃいませ。道化師カーツェとその助手エーファ、そしてロンドン市防衛部隊による一大奇術を、どうか心ゆくまでお楽しみください!」
 ユミルの子らの血のような眼が一様にエーファへと向けられる。エーファは、彼らの視線を浴びながら、その手にした杖を下方へと落とし、杖で一度、二度と鉄の足場を打った。
 鋼鉄を鳴らす叩打音が周囲へと鳴り響き、森閑と佇む夕空へと広がっていく。
 瞬間、エーファの合図を皮切りに、周囲に巡らされた砲門が一斉に震えだしたかと思えば、大口径の砲門が火を吹いた。
 耳をつんざくような爆音が周囲に轟き、次いで、分厚い鋼の銃弾の嵐が降下するユミルの子らの一団を飲み込んゆく。
 銃弾がユミルの子らの外装に触れたかと思えば、それら無慈悲な鋼の鉄槌は、彼らの外皮を砕き、その四肢を深々と抉ってゆく。彼らの外表はひしゃげ、分厚い鎧のもと守られた肉体が攪拌さてゆく。耳障りな破裂音が周囲に木霊し、その関節が歪に折れ曲がり、臓腑が攪拌されてゆく。
 彼らの全身から一斉に吹き出した鮮血は、赤い曼殊沙華の花弁となり、夕映えの空のもとで爛漫と咲き乱れながら、ついぞ、空に大輪の花を咲かせるのだった。
 ユミルの子らは、力なく地上へと落下してゆき、そうして十数と積み重なっては、物言わぬ姿で小山を築いてゆく。
 エーファは、軽快に足を踏み鳴らしながら、そんな様を静かに見つめていた。
 ショーの前座としては上々の仕掛けだろう。エーファは一瞬、デウスエクスから視線を外し、そうして肩越しに後方へと視線を遣ると、いかにも誇らしげに砲座に跨る面々へと目礼した。
 束の間、友軍に目配せし、そうして再び、前方のデウスエクスへと視線を戻したエーファは、おおげさな手振りで、その手にしたステッキを振り上げる。
「さぁ、お待たせしました、観客の皆様!これよりお見せするは一世一代の大奇術。世にも珍しい百獣の火の輪くぐりでございます」
 エーファは掌でステッキを返し、そうしてぐるりと輪を描くと、未だ降下の途上にある敵兵団へと、その先端を向けるのだった。
「千切れた肉片が焼き焦げるまでの高温高火力の猛進、大迫力の一撃をお楽しみください!」
 鈴を転がすような柔らかな声音が、夕空に凛と響き渡る中、エーファが中空に描いた円のもと、その全身を焔で燃やす、一頭の獅子が姿を現前する。
 獅子のもとよりゆらりと焔の糸筋が、靄の様になって一筋、夕空へと流れた。煌々と焔を揺らめかせながら、大型の獅子が天を睨み据え、雄たけびを上げたかと思えば、その前脚を振り上げる。
 夕陽よりも尚紅く、深紅に揺らめくそのたてがみをぶるぶると震わせながら、獅子は、ユミルの子らの一団へと向かい、一気呵成に襲い掛かる。
 焔のたてがみを風にたなびかせながら、獅子は縫うようにしてユミルの子らの間を進み、その鋭い前爪で彼らを切り裂きながら、獄炎で敵を焼灼し、上空へと駆け抜けていく。
 獅子は瞬く間に数百メートルを上空へと駆けあがると、再び雄たけびを上げ、空気へと溶け込む様にしてその姿を消失させるのだった。
 瞬間、獅子の駆け抜けた軌跡に一致する様に、爛れた炎の帯が空に走った。炎の帯は大量のユミルの子らを飲み込みながら、激しい炎の柱となって、天へと向かい巻き上がってゆく。
 紅く爛れた炎の舌を夕空へと伸ばしながら、その火勢をますます盛んにし、炎の柱は膨張していく。
 一体、また一体とユミルの子らが炎の渦に飲み込まれ、その全身を炭化させていくのが見えた。炎柱の中で、ユミルの子らが身悶えするのが見えた。
 ユミルの子らの再生能力を遥かにしのぐ劫火のもと、ユミルの子らはなすすべもなくなく焼き尽くされ、そうして焼けただれた焼灼体が一体、また一体と外層の上へと積み重なっていく。
 焔の帯が夕焼け空を一際赤く染めだしていた。
 エーファはステッキを上空で優雅に回転させながら、夕空を潤色する炎の揺らめきを喜々と眺めていた。
 火勢はついぞ極点へと至り、大量のユミルの子を焼き尽くし、空を埋め尽くす黒点の中に空白を生み出すのだった。
 そうして極点を迎えた焔は、一転、その火勢を減退させてゆく。
 炎の渦は急速に萎んでゆき、一条、二条と炎の帯を周囲へと曳き、最後にその残影とも言うべき火の粉をもの寂し気に爆ぜると、大気の中へと霧の様に霧散してゆくのだった。
 炎の柱が消え去った後、水を打ったように静まり返ったロンドン市外層部の一角に、ユミルの子らの焼灼体が山となって堆く積み重なっていく。
 一体、一体と落下してゆくユミルの子らは、もはや完全にこと切れた様で、軟体動物の様にぐにゃりと手足を折り曲げて、力なく防壁の上に横たわりながら、山を築いたのだ。
 火の粉が金粉となって夕焼け空を彩っていた。その爆ぜる軽快音が万雷の喝采でもって、エーファの一大奇術を祝福している。
 エーファは、灰塵と化したユミルの子らへと黙祷がちに一礼すると、奇術の終幕を告げ、ショーを終えた。
 八分二十秒間の死闘の幕が切って落とされた。そしてその緒戦は、人類側の優勢のもとに終始したのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

トモミチ・サイトウ
アドリブ/連携可
決戦配備:スナイパー

「訓練の成果を生かす時です!」
警官達と共に出動。市民の避難誘導に当たる。
「こっちだ!」
陽動で敵をひきつけ、人のいない外層へ移動。
敵UCを盾で受け(盾受け+ジャストガード+鉄壁)、カウンター+シールドバッシュで敵の体勢を崩し、拳銃で追い打ちをかける。
UC発動。敵の行動速度が半分になったところで決戦配備発動。
「今です!」
防壁の上に潜んでいた狙撃部隊が敵に銃弾の雨を降らせる。
生き残った分の敵は拳銃射撃で始末していく。
「1匹も逃がしません!」



 甘美たる夕映えの滴りが、ロンドン市上空に張り巡らされた鋼鉄の防壁を薄赤く染めだしていた。
 鉄板を幾重にも差し交し、そうして確固と整えられた鋼鉄の足場は、黒漆喰を彷彿とさせる滑らかなその壁面に黒色の光沢を滲ませながらも、射しこむ夕陽を反映し、燃えるような赤に染めだされていた。
 鏡面の様に磨き上げられた浮かぶ朱色に、濁ったような黒い斑点が浮かび上がる時、トモミチ・サイトウ(レプリカントの武装警官)は否応なしに、この哀愁の空を踏みにじる異形の神々の到来を知ったのだった。
 事実、トモミチが空を見上げれば、広大に広がる夕焼け空には、敵デウスエクスと思しき黒点が無数に散りばめられ、それらは、ますます数を増やしながら、色鮮やかな朱色に染まった空を異質な黒色で塗りつぶしていく。
 魔道砲の砲撃がロンドン上空を照らし出し、次いで、けたたましい駆動音と共に人型兵器が空へと一機、二機と立て続けに飛び立ってゆく。
 ケルベロス達が軽やかに空へと飛び上がったかと思えば、彼らはまるで氷上を滑る様に、空を優雅に遊泳しながら、上空へと駆けのぼっていく。
 瞬く間に、多数の機影や人影が黒点の中に吸い込まれるようにして高く舞い上がり、トモミチの視界の彼方へと消えていく。
 トモミチは、市街の外壁に臨み、空へと駆けのぼっていく友軍たちの姿を見送った。
 同時にトモミチは、雲霞の如く押し寄せる、大量のデウスエクスの群れを前に、彼らが防壁へと達するであろうことをはっきりと予感した。
 トモミチは短く切りそろえた短髪を指先で軽く整える、左手をこめかみにあて、意識を空へと集中させた。
 空模様は刻々と変転を続け、空を覆う黒い影は、今や巨大な雲塊となって、不気味に蠢きながら、市街上空へと低く垂れ、地上へと向かいその触手を伸ばしつつあった。
 暗澹とした空模様は、そこに無数の敵があることの証左でもあった。
 明晰さを湛え灰色の瞳は、無数の敵を前に両者の戦力差が絶望的であることをトモミチに告げていた。
 トモミチが息を吸い込めば、寒空のもと冷気が喉へと流れ込み、肺臓を満たしてゆく。ふたたびトモミチが吐息を吐けば、吐く息は糸の様になって空へと立ち上ってゆき、そうして後方へと流れ、掻き消えた。
 ふと吐息の行方を追えば、背中ごしに警官隊の不安げな息遣いを感じる。
 既にトモミチは市内においての市民の誘導を済ませ、その返す刃で警官隊の一部を引き連れて外層部へと直行したのだが、攻めよせる敵を前に、警官達はやや気落ちしている様であった。
 となれば、自分の役割は…。
 そう、彼らを奮い立たせることである。このデウスエクス襲撃に向けて訓練は既に済ませたのだ。訓練通りに動けば、彼らは十分な戦力となりうる。
 見れば外層部にも身を隠す様な障害物の存在が散見された。そこに身を隠せば、彼らはより効率的にデウスエクスへと攻撃を加えることも出来る。
 トモミチはその灰色の瞳を、すばやく動かしながら、周囲の地形を備に観察し、動員した警官達へとてきぱきと指示を下す。
「訓練の成果を活かす時です! それぞれA班から順々に隊伍を組み、障害に身を隠してください。敵は、数は多い――。しかし、この数の差がそのまま、我々の敗北に繋がるわけではありません。敗北があるとすれば、私達が諦めた時です。幸い、敵は数で勝るとは言え、防護面で致命的な弱点を有しています。私達に貸与された火器にて十分に対抗可能なはずです」
 声を張り上げそう言い放ち、トモミチは隊員の一人一人へと熱い視線を向けた。そうして、彼らの瞳をじっと覗き込めば、隊員たちの眼に生気がよみがえる。
 よしと頷き、トモミチは更に指示を続ける。
「敵降下に伴い、まずは私が敵の大群をこの場へと誘導します。A班からD班は、四方へと分散配置を。そして、この地点に敵が誘い込まれたところで、集中砲火を敵に浴びせて下さい。E班は私のカバーに。F班は彼らのカバーを適宜、お願いします」
 流れるようにトモミチがそう告げれば、どうやら隊員にもトモミチの覇気が伝わったようで、彼らは対デウスエクスの火器を手に、それぞれが隊を組ながら四方へと散ってゆく。
 トモミチは、彼らが配置につくのを確認して、再び顔を上げる。
 トモミチの肉眼には、その黒い外装に夕映えの陽ざしを湛えた巨体のデウスエクスが防壁近くまで肉薄するのが見えた。
 空を見上げれば西方より炎の渦が茜空を焼き、無数のデウスエクスを焼灼しているのが見えた。空中では、先行部隊の奮戦故か、至る所で小爆発が起こり、爆炎の揺らめきと共に、デウスエクスの残骸が空を舞い、彼らが纏う『ブリガンディア』の破片が防壁へと礫の様に散乱する。
 西へ東へと目を移せば、地上よりの攻勢にっより、デウスエクスは未だ降下できずにいる。
 となれば、前方だ。今まさに防壁へと降り立たんとする目前の敵へと狙いを定めるのだ。彼らを殲滅し、防壁を守る。それがトモミチにとっての優先目標である。
 視界の先には、ユミルの子と呼ばれる黒い外装を身にまとった巨人が、一体、また一体と鉄の足場の上に降り立ってゆくのが目撃される。どうやら、上手くこちらの攻勢を掻い潜ったのだろう、傷らしき傷は見て取れない。
 気づけばトモミチは駆けだしていた。
「こっちだ!」
 ユミルの子が丁度、十体、外層部へと取りついたところで、トモミチは、彼らの前に躍り出る。
 流れるような挙止で、その手にした短銃をユミルの子らへと向け、トモミチが引き金をひけば、乾いた銃声が夕焼け空に轟いた。
 銃弾は巨人の頭上すれすれを掠め、そうして彼方へと飛び去っていく。巨人の紅の瞳が無機質な色を帯びながら、一斉にトモミチへと集中する。
 自らに数倍する程の巨体を誇る鋼の巨人を前にしても尚、トモミチの心は冷静沈着と落ち着き払っていた。
 巨人の群れへと、右手を伸ばし、トモミチは挑発するように人差し指を折る。
 トモミチの挑発に触発されてか、ユミルの子と呼ばれる一体の巨人が、悠然と歩を踏み出すのが見えた。彼はトモミチへと一歩、二歩とにじみ寄ると、ぬるりと右手を伸ばした。
 その黒々とした巨大な掌が開かれた時、巨人の右の掌がぐずりと爛れ落ちる。瞬間、崩れ落ちた肉片が、黒い弾丸となり、トモミチ目掛けて飛翔する。
 トモミチは、咄嗟にシールドを前面に展開させる。大盾を前面に構え、上手く身を隠しながら、襲い来る銃弾に疎会える。
 瞬間、大盾に巨大な衝撃が走った。
 崩れ落ちた肉片は、次々にトモミチへと襲い掛かり、シールド越しにトモミチを襲う。衝撃の余波が盾越しにトモミチのしなやかな体躯を振動させ、後方へと圧排する。
 しかしトモミチは決して、足を止める事なく、盾を前方に構えながら歩を進めてゆく。一歩、二歩と踏み出すごとに、銃弾となった巨人の肉片の猛撃はますます、その勢いを強めながら、トモミチを襲う。
 しかし、トモミチが怯む事は決して無い。トモミチは決死の覚悟で、驟雨の様になって視界を埋め尽くす銃弾の嵐の中を突き進んでゆく。両腕は、絶え間なく降り注ぐ敵の攻勢により、じりじりと痺れる様に震えていた。猛攻を受ける度に芯の部分で体が揺さぶられる。
 だが、トモミチは止まらない。トモミチの両の眼は不屈の闘志を湛えながら、未だ眼前の敵の姿をはっきりと捉えている。そして、その明晰な頭脳は彼我の距離を精確にトモミチに伝えていた。
 巨人はもはや目と鼻の先である!
 トモミチが更に一歩を踏み出した。
 結果、すり足ながらも、じりじりと前進するトモミチと、微動だにせずその場で肉片を放ち続けた巨人との距離が遂にゼロとなる。
 瞬間、トモミチはその手にした大盾を巨人目掛けて突き出した。手にした大盾越しに確かな手ごたえを感じる。
 トモミチの前には、姿勢を崩し、後ずさる巨人の姿がはっきりと窺われた。
 今が好機だ!
 トモミチは内心でそう叫ぶと、今度は攻勢へと転じる。
 大盾から短銃を突き出すと、その銃口を巨人へと向ける。照準ごしに浮かぶ巨人の無機質な瞳に焦慮の影が差した様に見えた。
 ブリガンディアに覆われず、かつ、筋肉や骨が疎となった肩部の一点へと銃口を向ける。
 照準をしぼり、狙いをすます。
 そうしてトモミチが、右の人差し指で、冷たい鉄のひきがねを撫でるようにして握りしめれば、銃口は勢いよく火を噴く。
 放たれた銃弾は、鋭い螺旋軌道を描きながら、寸分たがわずに巨人の右肩を射貫く。瞬間、悲鳴にも似たユミルの子の雄たけびが周囲に響き渡った。
 巨人の雄たけびは、怒りの響きを伴いながら、周囲へと木霊する。
 巨人はすぐに体勢を整え、トモミチを憤怒の視線で突き刺した。
 そして、個の怒りの感情は、続々と防壁へと取りつき、次第にその数を増していく、他の巨人たちにも伝搬していった様だ。
 巨人の咆哮に続く様にして、数十を超えるユミルの子らの鋭い視線が矢の様になってトモミチを射貫く。
 しかし、トモミチは、朗らかに微笑むと、その手にした警察手帳を居並ぶデウスエクらへと掲げ、声を張りあげる。むしろ、彼らのこの行動はトモミチを利するばかりである。
 そう、今この瞬間、群がる無数の鉄の巨人たちはトモミチのユーベルコードの術中に絡めとられたのだ。
「動くな!」
 そうトモミチが叫ぶも、デウスエクスらがトモミチの命令に従う義理は無い。
 彼らは、トモミチの命令を拒む様に、天へと向かいその大口を開くと、げらげらと哄笑しだす。そうしてひとしきり笑い終えると、鉄の巨人たちはトモミチ向かい、一斉に駆け出した。
 鉄の巨体が自らへと迫る中、トモミチは警察手帳を前方に掲げ、後ろ走りで駆けてゆく。
 勢いよく駆け出したのもつかの間、急に巨人はめきめきと減速してゆく。対して、トモミチは速力を落とす事なく機敏に後方へと走り去ってゆく。結果、デウスエクスとトモミチの距離は一向に詰まることは無く、追い縋るデウスエクスと逃げるトモミチとの間には、常に一定の距離が隔たった
 焦燥故か、巨人らは一斉に右手を振り上げると、その肉片を飛ばし、トモミチを猛撃する。
 しかし、盾越しとは言え同じ技を二度も喰らってやるほどに、トモミチは愚鈍でもお人よしでも無い。トモミチは、巧みに体を左右に振りながら、時に盾でそれら肉片を払い落しつつ、後方へと走り去っていく。
 結果、デウスエクスは、目の前の餌を求め、一心不乱に突き進むだけの獣となり果てた。
 彼らは互いにへし合い押し合いしながら、雪崩れ込む様にしてトモミチを追い続ける。
 しばしの間、デウスエクスによる不毛な追撃が続いたが、しかし、一向に両者の距離が縮まることは無かった。
 既にデウスエクスらはトモミチの掌で踊らされているに過ぎない。彼らは一歩、一歩とトモミチの張り巡らせた罠のもとへと足を進めていたのだ。
 そして、ついにその時が来た。
 ぴたりとトモミチが足を止めて手を振り上げると不敵に笑みを浮かべるのだった。
 彼らデウスエクスにとって、前方を走るトモミチが取った行為は、奇行とも好機とも映ったのだろう。彼ら巨人の能面の様な相貌に邪悪な笑みが浮かぶのが、トモミチには見て取れた。
 だが、彼らはすぐに思い知るだろう。芯の捕食者が誰であるかということを。
「放て!」
 トモミチは、今や敵デウスエクスを、味方警官隊の包囲下に完全に誘い出していたのだ。
 トモミチの命令にしたがい、突如、デウスエクスの群れを左方より銃弾の嵐が襲う。激しい銃撃音と共に、トモミチへと殺到したデウスエクスの群れがぐずりとまるで藁人形の様にその場に崩れ、こと切れていく。
 左方からの突然の奇襲攻撃に、残存のデウスエクスが咄嗟に後方へと飛び退こうとするのを、しかしトモミチは見逃さなかった。
 誰一人、逃すものか――。
 内心でそうひとりごち、再びトモミチは手を上げた。
「第二隊、放て!」
 トモミチが言葉短くそう叫べば、今度は後方より無数の銃弾がデウスエクスらを襲う。絶え間なく襲い来る銃弾が、デウスエクスの体を射貫いていく。一発、一発の威力は低くとも、雲霞の様にあまた強襲する無慈悲なる鉄の嵐は、容赦なくデウスエクスの群れを撃ち抜いていくのだった。
 至る所でデウスエクスの悲鳴が上がり、その度に、一体また一体とデウスエクスが崩れ落ちていく。
 だが、トモミチは手心を加える事無い。更に攻勢を強めるべく力強く拳を握りしめた。
「放て!」
 今度は右方から、銃弾がデウスエクスを撃ち抜いていく。
「第四隊は前へ。一気に決めましょう!」
 最後にトモミチがそう叫べば、ついぞ、トモミチの後方から姿を現した警官達が、トモミチの横に駆け寄り、一列に居並んだ。
 彼らの手にした小銃が、満身創痍のデウスエクスの群れへと向けられる。
 一瞬の静寂が周囲へと流れた。
 その静寂を打ち破るように、トモミチは、その透き通った声音で麾下の警官隊に最後の指示を下すのだった
「放て!」
 トモミチの命令と共に、横一列となった銃列が一斉に火を噴いた。
 結果、今や、デウスエクスは前後左右からの間断ない射撃により、十字にその体を貫かれるに至った。
 数十体いたはずのデウスエクスが一体、また一体とその場に膝をついていく。血しぶきが上がり、茜色の空に紡錘形の血の大輪を描き出される。
 もはや、デウスエクス達は、止むこと無く襲い来る銃火の前に右往左往するばかりで、さしたる抵抗も出来ぬままに、その数を減じていくばかりだった。
 銃列から放たれた最後の銃弾が空を駆け抜けた時、最後まで必死に抵抗していた巨人が膝をついた。
 そうして銃声が止むや、立ち上った硝煙は、靄の様に周囲へと揺蕩い、視界を白一色に染めてゆく。
 白く染まった視界の中で、巨人の影が大きく揺らめくのが見えた。反転し、今まさに、逃げ出さんとするデウスエクスが踵を返す。
 瞬間、乾いた銃声と共に一発の弾丸が空を駆けた。銃弾は靄を切り裂き、そうして一直線にデウスエクスの後頭部を撃ち抜くと、そのまま前方へと駆け抜けていく。
 巨人が地響きと共に、前方へと倒れ込んだ。晴れ渡った視界のもと、地面へと倒れ伏すデウスエクスをじっと見下ろす、実直な眼差しがそこにはある。
 そう、トモミチの灰色の瞳は、廉直さを湛えながら、デウスエクスへと向けられていたのだ。
「一匹も逃がしはしません」
 悪を許すことは決してあり得はし無い。
 トモミチは自らに力強くそう言い聞かせ、周囲の部下に手短に労い、彼らを統率して再び、次なる戦場へと駆けてゆく。未だ、デウスエクスの侵攻は止むことなく続いていたが、彼らの暴虐を許すつもりは、トモミチには無かった。
 二分二十秒が過ぎる頃、北地区に上陸したデウスエクスの先遣隊は全滅するに至る。
 未だ、運命の天秤は静かに揺れ動きながら、戦いの帰趨を静かに傍観しているようだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

暗都・魎夜
【心情】
ブリガンディア、魔術特化の装甲か
連中も侵略するにあたっては、色々と工夫している訳だ
その努力には頭が下がるぜ

だけどな、師匠が言ってたぜ。"悪事は企むより、ぶっ潰す方が楽しい"ってな

【決戦配備】
スナイパーを希望
俺が動きを鈍らせるから、物理兵器で仕留めていってくれ

【戦闘】
空中戦を挑む
前にも見たタイプだが、怪力とタフネスは脅威だし、能力も厄介な奴だな

UCで発生させた太陽のエネルギーを足場に「空中機動」「ジャンプ」で戦闘する

この広さで、俺以外の敵は地上
なら、「狂気耐性」で十分防げるはずだ

後は「悪目立ち」して注意を惹きつつ、「グラップル」で破壊

要は自分の拳でぶち抜けばいいわけだな



 茜色が燃える頃、斜に射しこむ夕日がロンドン市外層の防壁に射しこみ、濃い影を外層の足場に落としていた。
 立ち枯れた木立を渡るようにして、吹きあれる肌寒い冬風が、肌に絡みつく。
 頭に巻いたバンダナが、吹く風により、絶えず、たなびいている。
 暗都・魎夜(全てを壊し全てを繋ぐ)は、ロンドン市を覆う防壁の縁に立ち、吹く風に頬を洗われながら、暮れゆく夕空を見上げ、空高く銀星が瞬く様を、一人静かに伺っていた。
 宵の訪れを待ちきれずにか、デウスエクスを乗せた無数の艦艇群は、赤く爛れた空のもと、星々の輝きでもって、空を冷たい銀青色に彩っていた。
 しかし、朱色の中に象嵌された、この異質な銀白の輝きは、例えそれが、敵の母艦によって描き出されたものであろうとも、夕映えの空に、得も言われぬ感慨深さを潤色しているように魎夜には見えた。
 しかし、銀白の船体のその表面に無数の黒ずんだ染みが忽然と、広がってゆき空を不気味に染め上げるのを前にした時、魎夜のそんな感慨は瞬く間に過去のものとなった。
 突如現れた黒点を前に、暗夜はそっと目を細めると、空の中天を注意深く観察する。
 一つ、また一つと黒ずんだ点が、空へと溢れてゆく度に、上空に浮かぶ船体の輪郭が不明瞭にぼやけていく。黒点は不気味に蠢きながらその数を次第に増やしてゆき、気づけば夕映えからは、かつてあった銀色の星明かりは完全に失われ、かわって不気味に蠢動する大量の黒色の点が、朱色の空を侵食するようにして、じわり広がっていくのが見えた。
 それはまるで、盛夏の頃、舗道の上で干からびた昆虫の遺骸へと蟻の大群が押し寄せ、その体を埋め尽くし、徐々に蝕んでいくかの如き、残酷さの象徴の様に魎夜には映った。
 気づけば魎夜は一歩を踏み出していた。
 魎夜が目を凝らし、天を注視すれば、黒点は、よりはっきりとその輪郭を描き出してゆく。
 赤褐色の光沢を滲ませた四肢が、人間のそれと同じようにすらりと伸びている。手足は勿論、人間同様の体幹から伸びていたが、がっしりとしたその体躯は、丁度、甲虫が纏う様な黒色の甲殻に覆われており、それが、その巨大な生物にどこか機械的な印象を与え、はっきりと人間との間に一線を画していた。
 甲殻は体幹全体を覆いながらそのまま頭部全体へと続いてゆき、その顔面に張り付いて、すっぽりと顔面全体を兜の様に包んでいた。
 兜の隙間からは、無機質な赤色の瞳が覗かれ、それら瞳は、無感情な如何にも虚ろげに視線を彷徨せながら、地上の一点へと注がれている様だった。
 そこには二足歩行でグラディウスに立ち、そうして地上をじっと睨み据える巨人の姿があった。
 ユミルの子――、遠間にもはっきりと窺うことが出来た、この全長5mにも及ぶ巨人の存在を魎夜は既に認知していた。
 過日の戦いにおいて、彼ら、ユミルの子らと干戈を交えてきた魎夜は間遠にその姿を見るに及び、すぐにその正体を察知したのだった。
 歴戦兵としての経験故だろうか、敵を視認して以降の魎夜の行動は冴えわたっていた。
 魎夜は、砲座に腰かける砲手達へと視線を遣り、彼らを鼓舞する様に拳を振り上げると、快活と笑う。
 爽やかさと豪放さとの均整が取れた、人好きする魎夜の微笑が砲手達へと注がれる。
「なぁ、皆、協力を頼むぜ。敵は、ユミルの子。なかなかタフな相手だ。俺はこれから空中で奴らを相手に白兵戦を仕掛ける。俺は物理攻撃で敵を鈍らせるつもりだ」
 魎夜は語気を強めて、そう言うと振り上げた拳を固めた。瞬間、周囲の砲手達の歓呼の眼差しが一斉に魎夜へと殺到する。
 笑みをますます深めながら、魎夜は鷹揚とした挙措で、肩をそびやかすと、仲間達を鼓舞する様に言葉を続ける。
「敵はちっとばかし厄介みたいなんだ。『ブリガンディア』っていう鎧で守りを固めててな。先の魔道砲が無力化されたのはその鎧の影響によるものみたいなんだだ。だから、砲撃は通常の火器を使用してくれよ?」
 言いながら、魎夜が天を見上げれば、一体、また二体とユミルの子らがグラディウスの甲板を蹴り、降下を始める姿が確認された。
 奴らデウスエクスは、魔術都市ロンドンについて研究を重ね、対魔術装甲なるものを開発し、その新兵器でもって侵略に当たったのだ。デウスエクス側の侵略に向ける情熱というものには、まったくもって辟易とさせられる。
 だが…。
 魎夜は、居並ぶ一同へとぐるりと視線を巡らせると、陽気に言葉を紡ぐ。
「敵も色々と考えているみたいだよな。まったく、あいつらの企む悪事には呆れるのを通り越して、唖然としちまうよ。きっとあいつ等、活き活きと悪事を巡らせていたんだろうぜ。それで『ブリガンディア』なんて代物を用意したんだろうさ」
 魎夜がそう言えば、それまで強張ったような面持ちで天を仰ぐばかりであった砲手達より笑みがこぼれた。
 魎夜という存在が、今、この場を幾分も和ませているのは誰の目にも明らかだった。魎夜は、一同をしっかりと見回すと、一度、言葉を切った。
 そうしてどこか、意地悪げに口元をほころばせると、再び口を開く。
「あいつらは、喜々として算段を練って来たんだろうけど、でも、やつらには悪いがその悪だくみは俺らで挫かせて貰おうぜ。俺の師匠の言葉だけど、"悪事は企むより、ぶっ潰す方が楽しい"ってな!」
 魎夜が、抑揚を利かせた、良く響く声でそう言い放てば、砲手達は魎夜の言葉に喜色満面、表情を綻ばせる。
 彼らの笑みを受けた瞬間、振り上げた右拳がじわりと熱を帯びてゆくのを感じた。
 掌中で、膨大な熱量がますます高騰してゆくのを前に、たまらず魎夜は手の中にこぶし大の太陽が生まれた様なな錯覚を覚えた。
 魎夜は、右拳に意識を集中させると、ついぞ極限まで高まり、今まさに燃え出さんとする、その拳に奇跡の力を顕現させる。
 瞬間、魎夜の掌が一際鮮やかな黄金色に染まったかと思えば、その握りしめた拳の隙間から、微光が金糸の様になって零れ出し、暮れなずむ空を天高く舞い上がってゆく。
 魎夜の右拳は彼の熱き血潮をそっくりそのまま反映し、夜明けを照らし出す黎明の灯明を湛えながら、鮮烈に輝きだすのだった。
 そう、暗都・魎夜のみが使役する事を許された奇跡の御業、ユーベルコード『太陽のエアライド』を、魎夜はその拳に顕現させたのだ。
 魎夜は右手を振り上げたまま、砲手達に背を向けると、力強く言い放つ。
「きっと、デウスエクスの企みを潰すのは心躍ること間違いなしだ。それじゃあ、俺は先にいく。砲撃頼んだぜ」
 背中越しに砲手達へとぱちりと目合図すると、魎夜は大きく大地を踏み抜き、そのまま空へと飛び上がる。
 魎夜の右足が大地を離れ宙を蹴る。やにわに魎夜の体が羽の様に宙を舞った。体は、まるで重力のくびきから解き放たれた様に軽かった。
 ただ、魎夜は振り上げた拳のもと、上空へとたなびいていく光の道筋を足場にして、勢いよく、空を駆けあがってゆく。
 上空へと駆けのぼる魎夜と、落下を始めたユミルの子らとの距離は、必然的に瞬く間に縮まっていく。数十体で群れをなしながら降下を続けていたユミルの子らの先遣部隊の一団と魎夜とが、空中でついぞ交錯したのは、数度息つく程度の僅かな間の後だった。
 まさに二つの影が交わったその瞬間、魎夜は、その太陽の揺らめきを宿した右拳を、すれ違うユミルの子の左前胸部へとむけて突き出した。
 魎夜の拳が滑るようにして空気を走ったかと思えば、拳は吸い込まれるようにして、ユミルの子の胸壁を穿ち、突如、目前のユミルの子の、無防備になった胸部が陥没する。
 魎夜の右拳全体をじんと掻痒感が包み込んだかと思えば、突き出した拳にやや遅れて、激しい轟音が周囲を響き渡った。
 ぐらりと目の前の巨人-ユミルの子の巨躯がわずか左方に傾いたかと思えば、その巨躯が勢いよく後方へと弾け飛ぶ。
 巨人は、二転三転と中空でその巨躯を激しく空転させながら、周囲のデウスエクスらを巻き込み、後方へと勢いよく吹き飛ばされてゆく。
 僅かに生まれた静寂と共に、魎夜が一息、吐息をつけば、魎夜の初撃を受け、今や視界の果てへ消え去ったユミルの子らが空中で爆散するのが見えた。
 魎夜は再び吐息を吐きだすと、突き出した拳のもと、金色の残光となって宙に漂う光の足場に舞い降りて、構えを取る。
 周囲の空気が緊迫した様に粟立ってゆくのを感じながら、魎夜が呼吸を整え、吸い込んだ息を再度吐きだせば、ようやく周囲のデウスエクスらは状況を飲み込めた様で、彼らは、降下を止め、魎夜へとピタリと向きを変えるのだった。
 ユミルの子らの無機質な赤い瞳が蠢き、その歪な口元がひしゃげた様に歪む。赤く爛れた歯肉がむき出しになったかと思えば、金属が擦れすような、けたたましい金切り声がじりじりと周囲に木霊する。
 慟哭にも似た哄笑があかね空に反響していた。
 巨人が一斉にその口元に不気味な笑みを湛えていた。それは、生殺与奪を欲しいままにする捕食者が、無力な獲物を前に対して浮かべる、強者特有の倨傲に満ちた、醜悪たる笑みであった。
 常人ならば、発狂しかねない、そんな狂気がその笑みからは感じられた。
 しかし――。
 魎夜は、彼らの笑みを受け、肩をそびやかすと、大きく胸を張りだして、明朗と微笑すのだった。
 これまで多くの修羅場を乗り越えてきた魎夜には、彼らの下卑た笑いなど、やや耳障りな騒音にしかすぎなかったのだ。
 魎夜は、ひとしきり笑い終えると、皮肉る様に口端を歪め、四方を囲むのもと前方に佇む巨人へと右手を向ける。
 ぐいと、挑発する様に人差し指を折り、そうして魎夜が小鼻を鳴らせば、傲岸不遜たる巨人たちの瞳が怒気の色に赤々と染まる。
 もはや待ったなし、巨人たちは一斉に空を駆け出すと、四方から魎夜へと襲い掛かるのだった。
 魎夜は淡い微光が染めだす光の足場を踏みしめ、正面のユミルの子へと猛進する。瞬く間に両者の距離が縮まり、結果、魎夜は巨人の懐へと潜り込むと、敵を拳の間合い納めるのだった。
 目前で、デウスエクスの大木の様な巨腕が、魎夜におくれる形で上空へと向かい、緩慢と振りかぶられるのが見えた。
 遅すぎるぜ――。
 魎夜は双眸を細めると、小さく吐息を零す。丹田に力を込め、腰を捻るようにして拳を突き出した。
 巨人の巨大な大腕が僅かに収斂するも束の間、音速を遥かに凌駕する魎夜の拳が巨人の頭部を寸部違わずに打ち貫く。
 結果、巨人は、拳の衝撃に耐えきれず、滑るようにして中空を後方へと滑空しながら、しばらく宙を漂うと、力なく落下をはじめ、ついぞ小さな点となり、ロンドン市上空の防壁へと衝突し、塵と消えるのだった。
 二体目を無力化がしたが未だ周囲には敵の息遣いを感じる。
 流れる様な挙措で、魎夜は拳を引き、踵を返すと次なる敵へと標的を変えた。
 魎夜の視界には、未だ、ユミルの子らが、残存しており、彼らは左右と前方よりその鋭い爪撃でもって魎夜を襲わんと、空を滑空してくるのが見えた。
 魎夜はユーベルコードの微光により刻まれた光の足場を、巧みに踏み鳴らすと、今度は一転、左方へと向きを変え、巨人の一体へと駆け出した。
 巨人が空を飛翔する。対して魎夜は、光で固めた空の足場を軽快に走る。
 巨人が、物理法則のもと、直線的に魎夜に迫るのに対して、魎夜は光の足場を踊るようにして縦横無尽に空を走り抜けていく。
 片や線上を一直線に進むだけの巨人と、片や平面で自由に踊る魎夜とでは、例え、速度の面において幾ばくか巨人に利があろうとも、動きの精度においては、魎夜に大きく軍配が上がった。
 格闘戦においては、速力以上に挙措の柔軟性こそがその帰趨を左右する。特に魎夜の様な歴戦の戦士の戦いにおいてはは、その傾向は顕著であった。
 巨人の行動はあまりにも単調過ぎたのだ。
 巨人が巨腕を振り上げれば、その鋭い爪先が夕陽を浴びて、赤々と輝く。空を物凄い速度で滑空しながら巨人は、魎夜を目掛け、一直線に飛来すると、その赤く染まった巨腕を横凪した。
 そのあまりにも単純な巨人の一撃を、魎夜はぎりぎりまで引きつけ、その鋭い爪撃が自らの髪先に今まさに触れんとしたその瞬間、わずかに腰を落とす。
 瞬転、魎夜の頭部がずしりと沈みこんだかと思えば、巨腕は、魎夜の頭上すれすれを掠めながらも、虚しく空を切る。
 巨人の一撃の余波は微風となり、穏やかに魎夜の頬へと絡みつく。頬を撫でる心地よい微風に、暗夜はたまらず表情を綻ばせた。
 魎夜は、空の足場を力強く踏みしめながら肘を引き、拳を固めると、自らの上方、前のめりになりながら、完全にその下腹部を無防備にする巨人の腹部へと拳を突き立てた。
 再び放たれた魎夜の音速の一撃が、巨人の下腹部を抉った時、巨人の体がくの字に折れ曲がるの見えた。激しく軋みをあげながら、その巨躯が動揺し、宙を浮く。
 結果、巨人はなすすべもなく、遥か上空へと勢いよく殴り飛ばされ、視界の果て、塵芥となったかと思えば、上空のグラディウスの一隻へと打ち付けられ、敵艦もろともに砕け散るのだった。
 グラディウスの撃墜を反映するかの様に、ロンドン市上空には、眩いばかりの閃光が瞬き、夕空を、束の間、真昼の如き白色に染め上げたのだった。
 しかし魎夜は、すでに視界の果てに消え去った敵から即座に前方へと視界を落とすと、自らへと迫る巨人へと標的を切り替えた。巨体が自らと交錯するその瞬間、魎夜はわずかに左方へと飛び退き、巨人の一撃をやり過ごす。そうして間髪入れずに巨人へと、右拳を叩きこんだ。
 確かな手ごたえが魎夜の拳に走ったかと思えば、巨人が、空中で飛散する。
 残すことろ、敵は一体か!
 魎夜は、円を描く様にして、迫る巨人の最後の一体へと向きを変えた。
 立て続けに自らの同胞を無力化していく魎夜を前に、一瞬だが、巨人の瞳に、恐怖にも、逡巡にも似た動揺の色が浮かんだのが、魎夜には見えた。
 巨人に生まれたそのわずかな躊躇いが、巨人の運命を決したと言えるだろう。
 魎夜は、空の足場を蹴り上げると、一気呵成に巨人へと迫り、纏った『ブリガンディア』ごとに敵の側腹部目掛けて拳を振り切った。
――要は自分の拳でぶち抜けばいいわけだな!
 内心で、苦笑気味にひとりごち、そうして魎夜が超音速の拳を振り切れば、激しい衝撃音と共に、黒褐色の鎧に一筋、亀裂が走る。
 ぐらりと目の前の巨体がよろめいたかと思えば、鎧の表面に刻まれた亀裂はますます濃くなり、ついぞ、それらは鎧全体へと波及してゆく。
 そうして、甲高い音色が、高らかと夕焼け空に鳴り響いたかと思えば、黒鎧は完全に砕け、その断片の黒片が、虚しくも、空中を舞う。
 ぐにゃりと巨人が項垂れるようにして態勢を崩したかと思えば、その巨体が力なく地上へと落下し新たなる残骸の山を築くのだった。
 ふぅと、魎夜は一息つく。
 電光石火の早業で、数体のユミルの子らを無力化し、更には敵のグラディウスも一隻大破させた。
 だが、魎夜は攻勢を緩めるつもりは無かった。そして、敵のデウスエクスらも、魎夜を休ませるつもりは毛頭ない様だった。
 魎夜は、黄金色に染めだされた空の足場を踏みしめると息を整え、ぐるりと周囲を伺った。
 ふと周囲を見渡せば、目的を地上への降下から魎夜の撃破へと変えたのか、巨人-ユミルの子らが魎夜を包囲する様な恰好で続々と空に滞空するのが窺われた。
 防壁への上陸を断念させただけでも、魎夜としては大金星だ。
 一瞬、魎夜は視線を落とし、防壁に守られたロンドン市街を見下ろした。
 ――あの防壁の下には無数の無辜の市民が日常を送っている。老人や傷病者は勿論、あの街には、多くの子供らが笑い、泣き、そうして、力強く生きている。
 ふと、トラファルガー広場を駆けまわっていた少年・少女たちの姿が魎夜の脳裏をかすめた時、自然と笑みが溢れるのを魎夜は一人感じていた。気づけば、体には力があふれ出していくのが分かる。
 再び魎夜が視線を上げ、そうして周囲を見渡せば、自らの周りに群がる巨人は凡そ、百を僅かに越える程度まで数を増やしていた。
「おいおい、いくら何でも――」
 くつくつと笑ながら、魎夜は周囲を囲むユミルの子らへと挑発気味に腕を突き出した。
「この程度の数じゃ俺の相手をするには、役不足ってもんだぜ。気合をいれてかかってこいよ」
 にやりと口元を綻ばせると、魎夜は、黒い繭の様になって自らを覆い尽くした無数の敵へと向けて駆け出した。ここに、魎夜とユミルの子らとのによる第二回戦が幕を開けたのだった。

……
………
 防壁の一角には、ユミルの子らの残骸が堆く積み重なり、一つの巨大な山を作っていた。その数を数えれば、総計数百をも超える大量の数のユミルの子らの事切れた姿が散見された。
 その残骸には、拳による殴打の跡が多数、確認された。
 あの後、魎夜は、ユミルの子らとの大立ち回りを続けた。数の理はデウスエクスらにあったが、個としての力は魎夜のそれがデウスエクスのそれを遥かに上回っていた。
 地上からの支援も相まってか、結果、魎夜は数百にも及ぶデウスエクスを打ち破り、今に至る。
 決戦開始から五分〇七秒が経過した頃、空の一画は、柔らかな金色に照らし出されていた。それは、夕映えの光が水面を黄金色に染めだすよう柔らかな鮮やかさでもって、斑な光の縞となって空に広がり、空の一画を穏やかに抱擁しているように見えた。
 ふと見上げれば、金色の空の水面では、踊る様にしながら営々とデウスエクスと戦う男の姿があった。
 未だ魎夜は、ロンドン市民のため、デウスエクスとの激戦を続けていたのだった。
 猟兵達の活躍により、デウスエクスはその前衛部隊の多くを失う形で、攻勢に綻びを生じさせつつあった。
 対して人類は、その鋭い刃を返し、デウスエクスに対する反転攻勢へと移ろうとしている。
 今や、両者の角逐は崩れつつある。夕陽は、今や絶望の光では無い。人類にとっての勝利の灯明となって空を染めだしていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

月隠・新月

連携〇

強大な敵を相手に諦めず戦う姿、見事なものです。
この都市に住む人々に、無事明日を迎えていただかなくては。

俺は地上戦の方が得意ですので、外壁周辺で戦いましょう。
敵の防具は物理攻撃に弱いとのこと。【降魔真拳】で鬼爪のオーラを纏い、敵を爪で【引き裂き】攻撃しましょう。

俺は防壁に近い敵を優先的に倒していきましょう。
加えて、決戦配備・スナイパーを要請。防壁に近づく敵がいれば、砲撃での足止めをお願いします。

敵の攻撃には鬼爪のオーラで自動反撃できるとはいえ、攻撃を受けた場合の状態異常は厄介ですね。【呪詛耐性】で抑えられるものであればいいのですが。できれば、攻撃される前に敵を倒してしまいたいですね。



 黒い影が、防壁の上を駆け抜けてゆく。
 赤い日差しの反映の中を、黒銀色を優美に湛えたその影は、自在に伸縮し、立ち並ぶ障害物の間を縫うようにして這いながら、防壁の一点へと一直線に伸びていく。
 黒い影は、まるで稲妻が、紫色の尾を長く曳きながら、無軌道に空を斜に横切り、そうして、一瞬のうちに、その尾で標的を薙ぎ払っていくかの如き迅速さで、音も無く防壁の上を疾駆してゆくのだった。
 その漆黒の影が描き出す軌道の先、防壁上に立つ一体の巨人の姿が浮かび上がって見えた。
 昆虫の甲殻の様な無機質な外装に包まれた黒い胸板が、夕陽を浴び、静脈血のごとくどす黒く染まるのが見えた。抉れた眼窩に象嵌された、ガラス細工の様な赤い瞳が、不気味に蠢動している。
 ふと巨人が、その右腕を上空へと向け高く振り上げるのが見える。その虚ろな視線が、眼下に敷き詰められた分厚い鋼の足場へと注がれた。
 ユミルの子と呼ばれたこの巨人の意図は彼の挙止から明らかだ。
 今や彼は、防壁に無事にたどり着いた巨人の一体であったが、未だ彼らの同胞は防壁の破壊には至っておらず、なるほど彼は、その誉ある先駆けとなることを羨望したのだろう。
 巨人の大腕は、前腕に浮き彫りになった血管群を不気味に収斂させながら、その狙いを足元を覆う防壁へと定めるようにしてわずかに動いた。
 次いで、その巨腕が唸りをあげながら天高く掲げられ、禍々しい爪先が陽光の揺らめきに、ぎらついた光を滲ませる。
 しかし、巨人の指先が今まさに振り下ろされんと、わずかに微動したのも束の間、黒い影が、突如、どこからともなく、物凄い勢いで巨人の前へと姿を現した。
 黒い影が大地を蹴れば、そのしなやかな体躯は、弓なりにしなり、そうして鋭い一本の漆黒の矢となって空を裂く。
 漆黒の矢はその鋭い矢尻の目標を巨人の喉元へと定めると、一気に空を走り抜けていく。
 巨人と黒い影とが互いに交錯したまさにその瞬間、夕映えの光が黒い影へと斜に射しこんだ。
 漆黒のタテガミが陽光を浴び、艶やかに燃えるように輝いていた。そこには、理知を湛えた銀の瞳があり、澄み渡ったその瞳は、夕陽の柔らかな赤色を反映し、怜悧さと熱情の意志の光を湛えながら鮮やかな光の色彩を放っていた。
 しなやかに伸びる体躯からは、ひきしまった前脚が覗かれた。すらりと伸びた前脚は、その大部分を紅色の足鎧に守られ、足鎧のもと怜悧に研ぎ澄まされた前爪が、鋭い軌道を描きながら、巨人の喉元へと精確に吸い込まれていく。
 月隠・新月(獣の盟約)の姿がそこにあった。
 オルトロスとしての俊敏性と、螺旋忍者の隠蔽性といった両者の優れた資質を有した彼女は、音も無く巨人を強襲し、そして、その破魔の力を宿した爪撃でもって、巨人へと奇襲攻撃を敢行したのだった。
 空を軽やかに泳ぎながら、新月はその鋭い前爪を一閃し、巨人の全身を覆う国鎧『ブリガンディア』ごと、巨人の喉元を引き裂くと、勢いそのままに滑るようにして二間ほど空を進み、そうして、そのしなやかな前脚で防壁の上に舞い降りるのだった。
 着地と共に、新月がくるりと踵を返せば、突如、巨人が力なく、ぐらつくのが見えた。
 巨人は、覚束ない足取りで一歩、二歩とその場で蹈鞴を踏んだかと思うと、その巨体をますます激しく動揺させる。そうして巨人が三歩目を踏み出せば、ずるりとその足は滑り、巨体が左方へと大きく傾いた。
 黒ずんだ甲冑で覆われた、大木の様な両足が、がくりと折れたかと思えば、巨人はついぞその自重を支える事叶わず、糸の切れた操り人形の様に側方へと力なく転倒する。
 激しい地響きと共に防壁へと崩れ落ちた巨人の双眸からは、既に、生気の色は消えうせており、もはやその横たわる巨体が命のこもらない、単なる肉の器となり果てたことは、誰の目にも明らかだった。
 新月は、後方の巨人が既に物言わぬ屍と化している事を確認すると、視線を前方へと向け、防壁の上、未だ交戦を続ける戦士達の姿を一望する。
 倒した敵のこと以上に、新月には仲間の安否が気遣われたからだ。そして同時に、新月の明晰な頭脳は、今この時もけたたましく回転を続けながら、今後取るべき行動を、冷静に弾き出そうとしていた。
 しかし、周囲を見渡すや、その目前に広がる光景を前に、新月はたまらず息を飲んだ。
 そこかしこで、銃火が瞬き、炎が上がっていた。雷撃の魔術が空を駆け回り、おびただしい数の銃弾が激しい銃撃音と共に一斉に火を噴いた。
 剣を手にした一人のケルベロスが、自らに数倍する程の体躯を誇る巨人-ユミルの子へと勇ましく切り込む姿が見える。
 群がる巨人らがじわじわと周囲へと浸透してゆき、今まさに自らの事を飲み込まんとするのを前にしても尚、一歩も動じることなく、射撃で応戦する兵達の姿があった。
 流血しても尚、部下たちを叱咤激励する指揮官の姿がそこかしこで散見され、指揮官の声に従い、勇猛とユミルの子らに攻めあがるケルベロス達の姿が、夕陽を受け、雄々しくもどこか寂寞とした趣を湛えながら、光り輝いて見えた。
 戦場を駆け巡りながら負傷者を搬送し、治療する者がある。砲手達は持ち場を離れる事無く、飛来し続ける数多の敵へと向かいその砲口を向け、必死に砲撃を展開していた。
 そう、そこには、強大な敵を前にしても尚、不屈の闘志で戦うロンドン市防衛部隊の戦士達の姿があったのだ。
 そして、そんな彼らの姿を見るにつけ、何故だろうか、新月は胸の奥がかすかにだが熱く滾ってゆくのと共に、過日、キャンパスで出会った青年の姿を脳裏に思い浮かべるのだった。
 青年は、等身大の市民であり、彼はふつふつとこみ上げてくる恐怖の感情に一人、震え、葛藤していた。しかし、青年は、新月との邂逅の後に、ふとしたきっかけでその恐怖心と同居することを決めたのだった。
 恐怖の感情は誰もが抱きうる、自然な感情であると新月はそう考える。
 そして、その恐怖心と向かいあい、同居する事を認めた上で人は恐怖心と真に折り合いをつけるのだろう。そして、それこそが、恐怖を乗り越える唯一の方策なのだと新月は考える。
 同時に新月は感じる。この場で戦う誰も彼もがあの青年と同じく、多かれ少なかれ、デウスエクスの襲来を前に恐怖を抱いたであろうことを。
 だが、しかし、今、この場に集う者達は自らの恐怖心と必死に戦い、それを打破し、そうして武器を手に取った。彼ら、一人一人の力は微弱である。しかし彼らは、自らをを遥かに凌駕する力を有したデウスエクスと戦う事を、同居する恐怖心を見据えた末に、選んだのだろう。
 そう、彼らの心の強さは紛れもない本物であり、その心の強さが遥かに力で勝るデウスエクスを相手にして、彼らに互角以上の戦いを繰り広げる事を可能としたのだ。
 家族のためか、故郷のためか、いや場合によっては功名心によって彼らは支えられているのやもしれない。新月には彼らの戦う理由を知る由は無かった。
 だが、彼らは、今、その命の燈火を燃やし、文字通りロンドン市防衛にために命を賭している。恐怖という本能に打ち勝ち、そうして戦いに臨んでいるのだ。
 新月はそんな彼らの奮闘ぶりを前に、自らの心が、凪いだ海の様に、ますます澄み渡ってゆくのを感じた。
 そして、この心の静謐さは、そっくりそのまま新月の一挙手一投足の精度を高めてゆく。
 本質的に感情の起伏に乏しい新月は、元来より、物事を冷静沈着に俯瞰する、氷の瞳を有していた。
 だがその沈着さには、常に礼節と慈愛の心とが同居する。新月は冷静たろうとも決して冷酷では無く、他者への思慮を失う事は無かった。
 この都市に住む人々に、そして戦う者達に、無事明日を迎えていただかなければならない、と新月は澄んだ心のもと、そう力強く決意する。
 決意は固く、しかし、想いばかりが先行し空回りする様な事は新月にはありえなかった。
 新月はその聡明さを湛えた銀色の瞳でもって周囲を眺めながら、周囲の状況を子細に分析し、同時に自らの為すべきことを即座に弾き出す。
 これまで新月は、巨人-ユミルの子らが襲来する中、防壁における防衛戦に専念してきた。
 猟兵達の活躍は勿論のこと、魔術砲台よりの絶え間ない砲撃は、ユミルの子らが防壁に取りつく以前に、その大部分を空中で殲滅することでかなりの成果を収めた。
 とはいえ、圧倒的な数を誇る敵方の防壁への上陸を完全に阻止することは叶わず、敵の一部は、防壁へと取りつくとその矛先を防壁の下で未だ静かに横たわるロンドン市街へ、そして、防壁上の防衛部隊へと向けたのだった。
 そんな敵の後始末をと新月は動いていた。 
 新月には三つの武器がある。
 一つにそれは、オルトロスとして他者を圧倒する速力であり、二つに螺旋忍者としての隠蔽性にあった。そして三つ目が降魔拳士としての技の特殊性にある。破魔の力を有した降魔拳士としての権能は、魔力に抗する『ブリガンディア』の持つ防御性の埒外にある。つまり、『ブリガンディア』は破魔の拳の前には無力に等しかった。
 これら三つの特性を活かして、新月は、いわば遊軍として縦横無尽に防壁の上を駆け回ったのだった。
 より守りが手薄な地点があれば、音も無く駆けつけ、敵デウスエクスを駆逐する。
 また、砲撃部隊は、ユミルの子らを防壁上陸前、降下中に撃滅するための強力な兵器でもあったが、しかし、反面、固定された砲台は威力に優れるものの、防護面においては非常に脆弱でもあった。上陸されたユミルの子らに取りつかれれば、一方的に蹂躙される事は目に見えている。
 故に、新月は、ユミルの子らが砲撃部隊へと近寄くのを見れば、より優先的に彼らのもとへ駆けつけ、救援にあたったのだった。
 そんな新月の奮闘もあってか、未だに防壁は破られることは無く、ユミルの子らの上陸部隊は防壁上にまばらに存在するばかりで、彼らは見事に分断され、今や連携を取れずにいる。
 とはいえ、未だ、彼らは健在であり、点在しているとは言え、仮に合流されれば厄介だ。となれば、新月は味方を守りつつ、敵を各個に撃破する必要がある。
 新月はじっと目を細めながら、防壁の上、自らが駆けつけるべき場所を模索する。
 一人でも多くの命を救う。そして、ロンドン市民の命を守って見せると、新月が胸裏にて強く思いを馳せれば、その明敏な頭脳は、最善の一手を新月へと教唆する。
 新月の前脚が鋼鉄の足場を力強く踏み抜いだかと思えば、新月は物凄い勢いで駆け出した。新月の銀色の瞳が、防壁上の一点を鋭い視線で射貫いた。
 新月は、疾風となり音も無く大地を駆けていく。
 そうして、新月が数呼吸目の吐息を吐きだすころには、彼女の目的地は、既に目と鼻の先まで迫っていた。
 新月の目の前で、ユミルの子らの一団が、孤立したケルベロスの小部隊を八方よりじわりと侵食していくのがはっきりと見えた。
「――やらせないですよ」
 抑揚のない、平淡とした、しかし、底の部分で穏やかに響き渡る、そんな新月の声が周囲に響き渡る。
 すでにユミルの子らの一団を、自らの爪撃の捉えた新月は、力強く大地を蹴りあげ、宙を舞い、その鋭い前爪を一閃する。
 瞬間、横凪された爪撃のもと、二条の閃光が、新月の左右に居並んだ巨人の首筋を精確に抉りぬき、たちどころに彼らを絶命させた。
 着地と共に、新月は、再び大地を蹴りぬくと、未だ、現れた新月を前に、状況が掴めず、凍りついたように身じろぎする巨人の群れへ目掛けて、間髪入れずに次の一撃を繰り出した。
 新月が一撃を繰り出せば、二条の閃光が空に瞬き、それぞれが鋭い一撃一撃となって、巨人の首筋に鋭い刃を突き立てた。
 更に二体を倒した新月は、踊る様な軽やかな足取りで大地を蹴りだした。
 新月が前後左右へと軽快に飛び飛び、縦横無人に周囲の足場を踏み鳴らせば、その残影はおぼろげな輪郭と共に
新月の残像を虚空に描き出すのだった。
 結果、そこには新月の無数の残像が生み出された。
 居並ぶ巨人らは騒然としながら、視界へと溢れかえる新月へと当てもなく拳を振り下ろす。
 しかし、彼らの大腕は、虚しく空を掠めるばかりで、新月のその艶やかな毛先にすら触れることは叶わなかった。この新月の残像と奇跡の力、ユーベルコードは相乗効果となって、新月の残像にさえも、破魔の力を齎した。
 奇跡の技『降魔真拳』は、自らが繰り出す爪撃に加えて、敵から向けられた攻撃に対して、自発的に爪撃で反撃を加えるという特性がある。
 結果、巨人らが、新月へと明確な攻撃の意志を持って攻撃を繰り出すたびに、その反動は、残像による鋭い爪撃の反撃という形で巨人らを襲ったのだった。
 あたかも巨人らは、無数に生みだされた新月の残像がそれぞれ個別の意志を持ち、鋭い爪撃でもって自らへと爪を突き立てるという誤った現実をそこにみたのだった。
 展開される爪撃の乱舞を前に、群れをなした巨人たちは、なすすべもなく一体、また一体と力なくその場に崩れ落ちてゆきながら、その数を減らし、瞬く間に全滅するに至った。
 最後の巨人が大地に倒れ伏し、そうして、その場に身を横たえる時には、すでに新月の姿は、ケルベロスの小隊の前には無かった。
 新月は、一人でも多くを助けると決意した。
 その覚悟から、新月はケルベロスらには目もくれず、再び、一陣の黒い疾風となると、彼方へと過ぎ去って行ったのだった。
 勝利に沸くケルベロスらの歓喜の声が、過ぎ去る新月の耳朶に触れる。生命力にあふれたその声が、心地よい響きとなって、新月の鼓膜を揺らしていた。
 それは、夕陽が刻む影の濃淡が、慈愛の魔法でもって、新月の口元に淡い翳りを造形させた故だろうか。冷静沈着な新月の口元がわずかに綻んだように見えた。
 真相は新月自身にも分からなかった。だが、この戦いが、そして共に戦い抜く仲間の存在が新月には心地よく感じられたのは紛れもない事実であった。

……
………
 デウスエクスの降下開始より、六分十三秒が経過したその時、黒い疾風が防壁の上を駆け抜けていくのを、数多の者が目撃した。
 風が、デウスエクスの一団に絡みつき、そうして吹きさった後には、そこには首元に深々とした爪撃の痕跡を残した、ユミルの子らの残骸が数多横たわる。
 ふと空を見上げれば、当初、空を覆い尽くしていた黒点は明らかに目減りしているのが分かる。防壁の上を一望すれば、黒い巨人の群れはその大多数が打倒され、残す所、敵はあとわずかばかりだ。
 今や情勢は完全にロンドン市防衛側へと傾いたのだった。
 ここに戦いは最終局面へと向かう。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

古戸・琴子

なに、ブリガンディアとな。わらわの御業が通らんではないか。
面白い。カメラの前で啖呵を切った以上、引き下がるつもりはないからのう。
手持ちで切り凌げれば良し。簡単な事じゃ。やってみせよう。

地上戦に向かうぞ。
決戦配備、クラッシャー要請。
まずは可能な限りプリガンディアを破壊して貰おう。
手段は問わんが、通常の砲撃中心が良かろうな。
近接要員は感染拳撃に気をつけよ。

ギリギリまで引きつけて、わらわもUCを発動。
味方を回復で立て直しつつ、鎧を壊されたユミルの子を足止めする。
あとは相手の拳が届かない距離から、各自好きに決めるが良いぞ。



 ロンドン市上空に低く垂れ、暗澹とその空を覆い尽くした黒雲は、今や当初の勢力を遥かに落とし、もはや巨大な雲塊としての体裁を取り繕う事叶わず、細部で途切れては、所どこで雲間を作り、霧の様になって申し訳程度に点在するだけの薄雲となり、いかにも心許なげに空を揺蕩っていた。
 古戸・琴子(桜雲・f10805)が、その手にした扇を広げ、空へとかざし、そうして扇ごしに天を仰げば、雲の切れ間より射しこむ赤光が地上を爛れた赤色に照らし出すのが見えた。
 雲間から斜に射しこむ夕映えの光が、扇に描画された桜の花へと照り付ければ、薄紅色の桜の花弁は薔薇色に染まりだし、それらは色艶を帯び、まるで実物の桜の様に鮮烈と輝きだすのだった。
 扇の中で咲き誇る桜の花の優美さは、故郷で見る桜の花と同じ感慨でもって琴子に迫ってくるかの様だった。
 そこには鮮やかさがあり、それでいて枯淡とした趣があった。春の持つ、瑞々しくも力強い雰囲気が、扇のもとで爛漫と咲き乱れる桜の花からは感じられたのだ。
 琴子が扇を振り下ろせば、射しこむ斜陽は、琴子の乳白色の肌をほの赤く染めだして、その余熱が、肌に絡みつく乾いた冷風の寒気を幾分も緩和する。
 琴子の柔らかな小顔に、愛らしくも尊大な微笑が浮かび上がった。
 今、状況は好転しつつあるとの実感が琴子にありありと沸き立っていく。
 黒雲を構成するその一点一点はデウスエクス、ユミルの子であり、つまり黒雲の減弱とは、それがそっくりそのまま、敵の勢いが衰えたことを物語っていた。
 今、デウスエクスの降下部隊は払底しつつある。
 琴子は、既に平穏の朱色を取り戻しつつ空から視線を下ろし、そうして前方を望めば、水平線の遥か先まで鋼鉄の足場が拡がるのが見え、そこかしこで、ロンドン市防衛部隊と敵デウスエクスたるユミルの子、異形の巨人とが激しく干戈を交えている姿が確認された。
 空の戦いは優勢であり、対して地上での戦いはほぼ拮抗していると琴子は見る。
 ふむと、琴子は、その黒真珠の瞳を防壁の一角で、未だ不気味に蠢動する、黒く澱んだ巨人の一団へと向けると、わずかに眉を顰めた。
 巨人の一団は、皆が皆、どす黒い甲殻を全身に鎧として纏い、そうして、全身を強固に固めている様だった。
 あの鎧が予知にあったブリガンディアであろうかの。わらわの御業を妨げる忌々しい鎧らしく、いかにも禍々しい色をしておるわ――、と琴子は内心で舌打ちしつつ、敵の巨人らを鋭い眼差しで観察する。
 自らの前景には、ブリガンディアに身を包んだ巨人の一団が、整然と隊伍を組み、そうして防衛部隊へと向かい、一糸乱れぬ行軍のもとに攻めあがってゆく様が見えた。
 攻める巨人の大群に対して、防衛部隊の隊員らは、ケルベロスを主体にして、一般の銃兵が混ざり、魔術と砲術を織り交ぜながら、辛うじて巨人らに対抗している事が窺われる。
 彼らは、火器攻撃によって、巨人の接近を防げているものの、数で勝る巨人らの接近によりじりじりと距離を詰められている様だった。
 魔術を無効化するとなると、彼らケルベロスは勿論だが、琴子にも幾分か分が悪い。とはいえ、カメラの前で啖呵を切った以上、琴子は引き下がるつもりはない。
 ロンドン市を守らんとする勇士らを前に、高らかと豪語した以上、その約束を反故とするつもりは琴子には毛頭なく、むしろ、彼らと共に戦う事を琴子は望んだのだ。
 ふむと頷きながら、琴子は一歩を踏み出した。
 なにも攻撃するだけが能ではあるまい――。攻撃が防がれるのならば、別の手持ちで切り凌げれば良い――、との感が琴子にはある。
 人を救いたいという、琴子の純真さから生まれたまごうことなき、想いちがある。そして同時に、傲岸不遜たる態度で人々を蹂躙するユミルの子らの一団の、その尊大な姿を前にして、軽い苛立ちを覚える自分の存在にも琴子は気づいた。
 その二つの想いの混淆が琴子をもって、おもしろい――と感じさせていた。高鳴る想いを胸中で昂らせ歩を重ねれば、瞬く間に、琴子は防衛部隊のもとへとたどりつく。
 その手にした扇を軍配の様にして、空中で軽やかに躍らせながら、琴子は声を張りしぼった。
「軍属の者は気勢を上げい! 約束を果たすべく、わらわが再び助けに参ったぞ」
 銃声が轟き渡るロンドン市上空の防壁に、琴子の、金糸をひくような、甘美たる声音が凛と響いた。一瞬、攻め寄せるデウスエクスの一団がぴたりと足を止め、防壁を揺らす不気味な地響きが鳴りやんだ。巨人の赤黒い歪な双眸が目の前のケルベロスらから、彼らの左方に一人控える琴子へと一斉に向けられた。
 彼らの衆目を一身に浴びながらも、琴子は少しも動じることなく、その手にした扇でデウスエクスらを指し、歌う様に、高らかに言葉を続ける。
「きゃつらは、ブリガンディアなる面妖な鎧にて身を固めておる。魔術を減退させるという厄介なものじゃが、反面、火器には弱い。手段は問わぬが、まずは、通常の火器を中心とした砲撃や、刀槍の類で相対するがよかろう」
 琴子の言葉が周囲に再び木霊すれば、交戦を続けるケルベロス達の熱望気味の眼差しが、その言葉に応えるように琴子へと注がれる。それまで絶望に沈んでいた彼らの表情に血が巡りだし、仄かに輝きだすのが見えた。
 琴子は、皆の士気が高まってゆくのを横目にして、再び扇を横に一閃する。
 まるでそれを合図に、琴子の挙措に呼応する様にして、銀白の鎧を纏った複数のケルベロスが一糸乱れぬ連携のもと、大剣を手に手に、巨人の一団へと駆け出してゆくのが見えた。
 ケルベロスらと巨人の距離が瞬く間に詰まり、大剣が一閃されれば、白刃が夕空を走った。
 鋭い大剣の一撃が、巨人の纏うブリガンディアの表面に触れたかと思えば、装甲は砕け散り、その余波で鎧の残骸が宙を舞う。
 巨人らは、大剣の一撃を受け、わずかによろめいた。しかし体勢を崩すのも束の間、彼らは、目前のケルベロスらを鋭くにらみつけると、大地を蹴り上げ、ぬるりと目前のケルベロスへと躍り出るのだった。
 巨人の大腕が振り上げられた時、すかさず、琴子が叫んだ。
「下がるのじゃ」
 琴子の言葉に、ケルベロスらは、ぴたりと一斉に足を止めた。彼らは、追撃のために振り上げた剣を静かに下ろすと、琴子の言葉に従い、咄嗟に後方へと飛び退いた。
 刹那、巨人の拳が彼らの影を追うようにして振り下ろされる。間一髪、大腕は、彼らの残影を切り裂いたものの、ついぞケルベロスらの実像を掴むことは叶わず、虚しく空を切るのだった。
 うむと頷き、琴子はケルベロスらを見やる。
「奴らの拳には気をつけよ?不浄たる穢れを病苦としてまき散らす。接近する者は心に留めておくが良い」
 朗らかに微笑み琴子がそう言えば、ケルベロスらが琴子に目礼がちに視線を送り、更に巨人から距離を取る。
「うむ、それでよい。深追いは禁物じゃ。剣にせよ、銃弾にせよ、敵が纏う鎧を砕くことが出来れば、それを十全とせよ。攻勢の時は今に非ず。もうしばし待つが良い」
 言いながら琴子がゆるやかに扇を掲げれば、ケルベロスらの一団はすぐさま左右に分か、音も無く後方へと退いた。代わって、後方に控えていた銃兵の隊列が一歩、前に前進し、そうして、ユミルの子らへと間髪入れずに銃撃を放つ。
 銃声が轟いたかと思えば、放たれた無数の銃弾は漆黒の敷物となって空を走り、包み込むようにして巨人の一団を飲み込んだ。
 銃弾が次々と、黒鎧ブリガンディアに突き刺さる。
 それら銃弾の大部分は弾かれつつも、しかし、その鎧の表面に次第に小さな亀裂を刻みながら、ついぞブリガンディアを穿ちぬくのに至るのだった。
 鎧の断片が礫となり、砂となって宙を舞い、刹那の間、琴子の視界に黒い帳を下ろされた。再び琴子の視界が晴れ渡れば、そこには、黒鎧を破壊され、胸板をむき出しにされたユミルの子らが、その紅の瞳に浮かぶ憤怒の色をますます濃くして、どこか苛立たし足を踏み鳴らす姿が目撃された。
 予定通り、ブリガンディアは無力されつつある。
 琴子は、上首尾に終わった銃の斉射を前に表情を綻ばせた。
「そうじゃ、敵は完全に倒さぬでよい。鎧を砕いた上でギリギリまで引きつけるぞ。時至れば、奇跡の御業がおぬしらに味方しようぞ」
 語気を強めて琴子は言う。琴子の丸みのある、澄んだ声音には、精神の格式とも言うべき荘厳さが滲みだし、一旦、その声が凛然と響き渡れば、周囲の者達は、彼女の声に導かれるように、意気揚々と奮い立つ。
 無数の銃砲が火を噴き、巨人らを襲う。ケルベロスらは、銃弾の間隙を埋めるようにして、巨人の一団へと果敢と飛び込み、武器を振るう。銃と剣槍との息の乱れぬ連携が、次々に巨人の一団を襲うのだった。
 琴子の指示に従い、敵の殲滅からブリガンディアの破壊へと方針を切り替えて以降、防衛部隊の動きは精彩を放ち、そこには無駄の様なものは感じられなくなっていた。
 対してユミルの子らはと言えば、彼らは鎧を砕かれつつも、無心で前進を続けていた。
 ユミルの子らの一団は、その巨体を不気味にそびやかしながら、五、六体で横一列に並び、それを縦に何段も重ね、巨大な一団を作っては、まるで黒い波が海岸線へと打ちつけるように、防衛部隊へとじわりじわりと押し寄せてくるのだった。
 銃弾を受けども、決して足を止めずに続々と歩を刻むその様は、確かに不気味なものがあった。
 だが、反目、御し易い相手でもるのもまた事実であると、琴子は恐怖抱かぬら巨人の前進を前にそう一人、俯瞰していた。
 琴子は、その風雅な微笑を崩すことは無く、一歩、一歩と自らの破局へと向かう巨人を悠然と観察する。
 巨人が一歩、二歩と進めば、更に距離が縮まる。そうして彼らが三歩目を刻み、四歩を踏み出した時、ついに巨人らは防衛部隊を間近に捉えるに至った。
 空気が、急速にその密度を増してゆき、重苦しい緊迫感が周囲に沈滞していく。
 防衛部隊の面々が、ごくりと固唾を飲むのが見える。巨人らの赤黒い瞳が狂喜の色を湛え、歪に輝き出した様に見えた。
 ここが勝敗の分岐点であろう――とひとりごち、琴子は一歩を踏み出した。
「ひとさし、舞いを披露しようぞ? 冥途の土産じゃ? 心ゆくまで堪能するが良い」
 周囲の緊迫感などこ吹く風で、琴子は悠然と微笑したままに、流れるような挙止でもって、手にした扇をゆるやかに払う。
 途端、春風を彷彿とさせる穏やかな微風が一陣吹いたかと思えば、琴子の両足が軽やかに地を蹴った。
「地に溢れし草の実の――」
 喉元から、自然と声が零れた。琴子は伏し目がちに視線を落とすと、円を描く様にして、すり足で大地を滑る。地を舞いながら、琴子が右手を振り上げれば、その手にした扇はまるで命を持ったように軽やかに空を舞踏し、続いて、幅広な袖元が透明な純白の光の帯となって夕映えの中をたなびいた。
「芽生えて伸びて美わしく――」
 琴子は視線をあげ、今度は掌を返し、扇をやおら傾けた。射しこむ微光が、琴子の相貌を薄赤く潤色する。
「春秋飾る花見れば―――」
 ますます声音を強めて、琴子は舞う。長い裳裾が空を風雅に揺蕩い、その優雅な揺曳にわずか遅れて、再び微風が柔らかに頬を撫でる。
「――神の恵みの尊しや」
 琴子は最後の一節を呟くと同時に、深々と会釈する様にして上体を折る。
 そうして舞を終え、扇を再び天へとかざせば、突如、琴子を中心にして薄紅色の光の泡沫が、一つ、二つと宙を舞う。泡沫は、ますますその数を増やしていきながら、互いに身を寄せ合ったかと思えば、弾け、癒合し、そうして、薄紅色の桜の花弁へとその姿を変じるのであった。
 晩冬に沈むロンドン市の上空に突如、桜の花が充溢した。
 琴子は、舞い散る桜吹雪の中、従容と佇みながら、扇を縦に切る。
 瞬間、爛漫と咲き誇る桜の花弁は膨張しながら周囲へとあふれ出し、それらはまるで意思を持ったように、負傷者のもとへとはらりと優しげに舞い落ち、対して、迫りくる巨人らへとは荒々しく吹きつけるのだった。
 桜吹雪が、ユミルの子らをやわらかに包み込んだかと思えば、彼らの手足にまとわりつき、行動の自由を奪っていく。対して、友軍へと舞い降りた桜の花弁は、彼らの負傷を癒し、その心に再び活力の燈火を灯してゆく。
 今、異国の地にて悠然と咲きほこる、季節外れの桜の花は人類たちにとって希望の燈火となったのだった。
 古来より、日ノ本においては神事は、政や戦と密接に結びついてきた。吉兆を占い、神に奉納を捧げ、舞を躍る。神事とは一重に、人と神とを繋ぐ架け橋であり、真に神の力を顕現させうる力を有した琴子は、その奇跡の力でもって、異国のロンドン市に、桜花の揺らめきと共に神の祝福の光を齎したのだった。
「これにて演目は終了じゃ。各々、あとは相手の拳が届かない距離から、各自好きに決めるが良いぞ」
 初雪の様に淡く降りしきる桜吹雪の中、琴子は扇を口元に当てそう言うと、舞うように踵を返した。
 周囲に防衛部隊の歓声が溢れていく――。
 そう、今ここに人類とデウスエクスとの勢いは極点を迎え、ついぞ逆転したのだ。
 桜の花びらに足を取られて身動きできず、更にはブリガンディアを破壊されたユミルの子らと、反面、神楽舞の奉納により一気に息を吹き返した防衛部隊とでは、士気の高さは勿論だが、その戦力もかけ離れていた。
 ブリガンディアに守られぬユミルの子らへと、防衛部隊は一気呵成に攻め立てる。銃器が赤く瞬き、消滅の魔術が紫色の尾を曳きながら空を駆けてゆく。癒しの加護を受けたケルベロスが白刃を煌めかせ、ユミルの子らへと雪崩れ込んでく。
 一体、また一体と巨人が力なく、大地へと膝をついていく。気づけば重厚な横列を縦に数段にならべ、当初一糸乱れぬ勢いで攻めあがっていたユミルの子らの一団は見る影もないほどに委縮していた。
 陣形には、いたるところで綻びが生まれ、その綻びはもはや取り繕えぬほどに広がり、ついぞユミルの子らは集団戦闘を続けることが出来ぬほどに、分断されるに至る。
 対して、防衛部隊の攻勢はますます苛烈を極めていく。
 そうして桜の花弁の最後のひとひらが、儚げに大地へと舞い落ちた時、当初、周囲に溢れていた巨人らの姿は既にそこには無かった。銃声が鳴りやみ、森閑と佇む防壁にて、巨人らは今や、降り積もる桜の花びらの下にその巨体を埋もらせ、物言わぬ残骸となり、永遠の眠りの中を彷徨うに至ったのだった。
 静寂は破られ、人々の歓声が再び木霊する時、ただ琴子は、一人静かに舞を躍る。それは果たしてデウスエクスに対する鎮魂か、それとも勝利のために捧げられた舞であったかは見る者には判然としなかったが、しかし、その舞は夕映えの光を湛えながら、優雅にロンドン上空を彩ったのであった。

……
………
 デウスエクスが降下を始めてより七分〇七秒の時が経過していた。
 ロンドン市上空に突如、溢れ出した薄紅色の桜の花びらを、外壁で戦う者達は誰もが目にした。
 季節外れの桜の花びらが無数に空を埋めつくし、そうして燦然と瞬く、その儚くも優美な様は、見る全ての心を奮わせた。
 爛漫の桜吹雪は人類にとっての反撃の象徴として、深く心に刻まれる。
 ここに、人類側の反撃の狼煙があがったのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ハル・エーヴィヒカイト
アドリブ連携○

▼心情
城塞都市は役割を果たした
この都市が魔術砲台を備えていたからこそ、奴らは物理的な守りを犠牲にしてでもそれに特化した守りを備えざるを得なかったのだ
そして敵の守りがそういった質であることを見抜いた君も自身の役割は果たしている
だから涙はあとにとっておけ
ここからは俺の仕事だ

▼ポジション
クラッシャー

▼戦闘
「来い、剣の騎神"キャリブルヌス"。状況を開始する」
キャリブルヌスに[騎乗]
殺界を起点とした[結界術]により戦場に自身の領域を作り出し
内包された無数の刀剣を[念動力]で操り[乱れ撃ち]斬り刻む

「お前達、塵ひとつ残ると思わぬことだ」
UCを使用
浮遊する刀剣の群れによる絶え間ない斬撃の嵐
私を倒さない限りお前たちがこの都市に届くことはない
攻防一体のこの技を用いてクラッシャー部隊の物理砲撃と連携して一気に叩く

敵の拳はすべて[心眼]で[見切り]、機体に届かせることなく粉砕する
侵食を受けた剣は取り替え、[破魔]の力によって浄化しよう



 戦いが開始され、七分二十秒が経過した頃、ロンドン市上空は、数多の炎の揺らめきと、人々の歓喜と熱狂との声とで騒然と色めき立っていた。
 黄昏時の空のもと、立ち込めた黒雲の切れ間から射しこむ陽光が、重厚たる光の綾を防壁上に刻んでいた。
 光の綾は、砂金の如き鮮やかさで鋼鉄の足場に微光の絨毯を敷き、黒い鏡面の様な足場を赤々と覆っていた。
 綾模様の中心に一つ、人影がある。
 長躯を誇るその影は、すらりとした中性的な姿態を夕映えの光の中で長く伸ばし、微動する事なく人知れず、そこに佇んでいた。
 腰元まで伸びた絹糸の様な柔らかな長髪が風に揺れ、空を風雅に泳いでいた。
 そうして、陽光が、孤影に射しこみ、その輪郭を照らし出せば、そこには、一流の石膏士がその生涯をかけて塑造した胸像の如き、耽美を極めた美貌が赤々と浮き彫りになる。
 白樺の様な瑞々しい素肌のもと、柔和な輪郭を描く相貌の中、象嵌された宝石の様な瞳が力強い意思の光を湛えつつ、夕空を注視しているのが見える。
 凪いだ湖面の様な落ち着きと、親愛の光を周囲へとこぼしながら、その瞳は静かに空の一点へと視線を注いでいたのだった。
 ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣聖・f40781)は、その怜悧な双眸を、降下を続けるデウスエクスの大軍団へと向けながら、彼らの命脈を断つべく、一人、静かにたたずみながらも攻撃の刃を研ぎ澄まし、機を伺っていたのだった。
 ハルが防壁の上を一望すれば、無数に突き出た魔道砲が目に付いた。林立する木立の様に、数多の魔道砲台が、天高くその砲身を伸ばし、空を睨んでいる。砲台は激しく震え、その砲口から白い煙を吐きながら、ぎらついた炎の舌を空へと伸ばし、激しい爆音と共に、空に垂れこめた黒雲を振り払ってゆく。
 爆炎が、茜空に爛れた赤色を潤色した。
 紅く爛れた空のもとを、銀白の騎士と、黒色の異形の怪異とが黒と白との二色のコントラストで空を染めだしつつ、縦横無尽に飛翔を続ける。
 一方が、人型決戦兵器と呼ばれるロンドン市防衛部隊が所有する機械仕掛けの騎士であり、もう一方が、デウスエクス、異形の神々による降下部隊であることは、今や誰の目にも明らかだった。
 機械仕掛けの巨大な騎士達が眩い銀白の閃光となって、縦横無人に空を飛び交い、対峙する異形の巨人らと切り結ぶ姿が見える。見れば、白銀の騎士に随伴する様にして、ケルベロスと呼ばれる異能力者達の奮戦する様も多数、見て取れた。
 視線を下ろして防壁上を一望すれば、バニーガールに扮した大道芸師風の女性が奇術ショーを披露し、炎の獅子を使役しては、巨人らを焼き尽くすのが見える。
 謹直そうな雰囲気を湛えた青年が警官隊を引き連れて、掃討戦を続けている。
 黒い影が縦横無尽に防壁の上を駆け、一体、また一体とユミルの子らを穿ちぬいてゆく。
 桜の花びらが柔らかに空を舞い、防壁の一画を菫色に照らしだしていた。その、淡い薄紅の光のもと、舞を舞う少女の姿と歓呼する戦士たちの姿が見えた。
 上空では、黒雲と斜陽にまじり、春の木漏れ日のごとき金色の光が網目に広がり、そこを足場に戦い続ける男の姿があった。
 城塞都市の防衛部隊は未だ、決死の覚悟で戦いを続けている。そして、友軍の猟兵らも八面六臂の活躍を見せている。
 ハルは思う。
 この都市が魔術砲台を備えていたからこそ、敵は物理的な守りを犠牲にしてでも、魔術に特化した守りを備えざるを得なかった。結果、集った者達は、『ブリガンディア』の弱点を上手くつき、持ちうる力を集中させ、勇敢にデウスエクスらと戦い、敵を打倒するに至った。
 今や潮目は人類側に完全に傾いている。
 見事だ、と純粋にそう感じる。
 同時にハルは、茜色の空に、一筋流れた、少女の涙に思いを馳せずにはいられなかった。
 なるほど、ハルもまた、人々の奮戦を目の当りにして、落涙した少女同様に、戦慄にも似た感銘を覚えていた。
 だが、落涙するにはまだ早い。まだ、我らは半ばまで道程を踏破したにしか過ぎないのだから。
 ハルは、面差しをあげて、剣の柄を握りしめた。
 胸裏にてありありと姿を現前させた少女の、その目じりに浮かんだ涙をハルはそっと拭う。
 涙は彼女には似合わないと、ハルは苦笑がちにひとりごち、手に力をこめ、剣を走らせる。鞘を払い、剣を滑らせれば、鋭い切っ先が夕空を一閃した。
 かつて隣で戦った少女の姿は今は無い。だが、彼女の空白を埋めて余りあるほどの権能を今の自分は有している。そして、ハルの脳裏で未だ色褪せなく微笑むあの少女――、彼女と瓜二つの顔をした、グリモア猟兵のあの子はすでに十二分に役割を果たした。
 掌を返し、剣を前方にかざせば、射しこむ陽ざしが銀青白に輝く刀身を紅く染めだした。
 ――ここからは俺の仕事だ。
 剣の残光が空に一筋走った時、その眩いまでの白光が、自らの非力を嘆いた少女の涙の雫と重なって見えた。
 勢いそのまま、ハルが剣を足場へと突き刺す。そして自らの分身たる、一体の巨神を現前させるべく、その名を叫んだ。
「来い、剣の騎神"キャリブルヌス"」
 凛然とした声が響けば、突如、大気がぐずりと歪む。
 空の一画が、陽炎の様におぼろげに霞み、一筋の亀裂が虚空に走る。亀裂は瞬く間に広がっていき、そうしてガラス細工の様に砕け、空に巨大な空洞が顔をのぞかせた。
 穿たれた空洞より、一陣、風が吹いたかと思えば、鋼鉄の巨神がその威容を現す。
 そうして巨神が鋼鉄の足場へと降り立ち、激しい地響きと共に踏み鳴らすや、空洞は狭まってゆき、ついぞ小さな点となり、消失する。
 そうしてすべてが、かつてと変わらぬ夕空へと戻った。唯一の相違点があるとすれば、それは銀色の巨神キャリブルヌスがそこにあるという事実のみであろう。
 光の『巨神』キャリブルヌスへとハルは視線を注ぎ、巨神へと力強く言い放つ。
「往くぞ、キャリブルヌス」
 そうしてハルが大地より剣を引き抜き、天へと振りかざせば、巨神より、銀白の光が生まれ、ハルを一直線に貫いた。微光は膨れ上がり、綿花の様な弾力のある光の球体へと姿を変え、ハルを包みこんだままに、空を揺蕩い、巨神キャリブルヌスのコクピットへと吸い込まれていくのだった。

――
―――。
「キャリブルヌス、『状況』を開始する」
 白い光の泡沫が充溢する中、ハルが静かにそう告げれば、突如、周囲の視界は晴れ渡っていく。
 明瞭となってゆく視界のもと、前方を見やれば、そこには透明なスクリーンが張られ、スクリーンの上を無数の機影が飛び回るのが目撃された。
 ハルが周囲へと視線を巡らせれば、鋼鉄の隔壁がハルを包み込む様に張り巡らされているのが分かった。全身に心地よい浮遊感を感じる。
 そう、ここは、キャリブルヌスのコクピットの中であり、今やハルは巨神への騎乗を終え、彼とまさに一体と化したのだった。
 キャリブルヌスのコクピットの中、ハルは即座に現在の状況を確認し、敵の布陣、そしてその数から最適解を導き出す。剣だ。圧倒的な剣の乱舞で残存する敵を殲滅する必要がある。
 ハルはスクリーン上で、揺らめく黒点を睨み据えたまま、声を張り上げた。
「キャリブルヌス、敵に接近、そして、殺界を形成する」
 言いながらハルがコクピット内にて剣を振りあげれば、巨神キャリブルヌスが上空へ飛び立った。
 高度をますます上げながらも、キャリブルヌスを中心にして紫色の六芒星が空に刻印されてゆく。スクリーン上で黒点はそのシルエットを明らかにし、巨人の姿を塑造するのだった。
 ハルは首肯すると共に、勢いそのまま、剣の切っ先を、スクリーンの先、数多蠢く黒巨人-ユミルの子らの一団へと指しだした。
 ぴたりと、キャリブルヌスが空に滞空するのを感じる。スクリーン上、黒い巨人らの姿がはっきりと目視された。そうだ、今や敵はハルの、いやキャリブルヌスの剣の間合いにある。
「ゆくぞ、キャリブルヌス、一気に敵を殲滅する」
 ハルの柔らかな、しかし抑揚を感じさせない、氷の様な声音がコクピット内に響き渡った時、突如、キャリブルヌスを囲む様に、虚空より無数の刀剣がぬるりと姿を現した。
 無数の剣はキャリブルヌスを繭の様に包み、そうして、一斉にその剣先を天へと向ける。
 ハルは、降下を続けるユミルの子らへと剣先を向けたまま、嘆息する様に息を零し、そうして、ユミルの子らへと宣言する。
「お前達、塵ひとつ残ると思わぬことだ」
 言うや否や、奇跡の力が現前する。
 ハルの声に従うように、キャリブルヌスを中心にして球状に展開された無数の刀剣が、突如震えだしたかと思えば、愉快げに空を舞踏する。瞬転、キャリブルヌスを覆っていた剣の防壁は弾け、一斉に剣が空へと駆けのぼっていく。
 一本、また一本と銀色の閃光が、地上から空へと向かい、走り抜けていった。
 剣の一本、一本は無軌道に空を駆けあがりながら、巨人の子らの懐に潜り込むと、寸分たがわずに彼らの急所を刺し貫き、再び稲妻の様に空を走り去っていく。
 直線軌道で一直線に進んだかと思えば蛇行し、時折、空を優雅に反転し、剣は縦横無尽に空で演舞を続けながら、次々に巨人の一団を撃ち抜いていった。
 剣が黒い巨人の胸元を刺し貫くたびに、巨人の全身は爆炎に包まれ、粉微塵に砕け散り、黒い靄の様なものが空を漂った。黒靄が帯となって空に流れていく中を、剣は銀白の光沢を湛えながら、次々過ぎ去ってゆく。
 キャリブルヌス周辺に展開された剣の群れは、まるで驟雨が地上から空へと向かって降りしぶく様に、銀雨となって巨人たちを容赦なく貫くのだった。
 空より降り注ぐ黒い雨と、地上から駆けあがる銀白の雨とが、互いに勢いよく交錯するたびに、丸い紅色の光の花笠が空に咲き乱れ、その度にユミルの子らが一体、また一体とその数を減じていく。
「八分〇二秒」
 ハルは、胸裏で刻み続けた時の経過をぽそりと呟いた。
 空に低く垂れた黒雲は――、今や完全に霧散し、その最後の一握りが今、乾坤一擲、ロンドン市外壁へと向かい、降下を開始するのが見えた。
 現在、残存したユミルの子らの最終部隊は、黒雨となって空にわずかに存在するのみだ。
 空を染め上げる黒点は、今や銀白に完全に圧倒されたのだ。
「八分〇七秒」
 ハルが時の経過を読み上げ、視線をけたたましくスクリーン上を動かせば、上空に残存する敵はもはや数少ない事が確認された。当初キャリブルヌスを繭の様に守っていた無数の剣は、現在では周囲には数本を残すにとどまり、大部分はキャリブルヌスを離れ、遥か上空にてユミルの子らの一団とのせめぎ合いを続けながら、敵をますます、撃ち貫いていく。
「八分一〇秒」
 遥翔が吐息を吐き、そう呟けば、ふと上空より、黒雨の雫の最後の一滴が、ハルの乗るキャリブルヌスを目がけ、猛然と襲い掛かってくるのが見える。
 ハルは殺界形勢を解き、スクリーン上の一隅、身近に揺蕩う剣の一本へと視線を遣る。ハルの視線や意思は、如実にキャリブルヌスへと伝心し、白銀の巨神が剣をその手に取った。
 ケルベロスや人型決戦兵器の攻勢を掻い潜りながら、巨人は滑るようにしてキャリブルヌスへと迫る。
「八分一三秒――!」
 ハルが叫び、掌を返す。その手にした剣が確かな重量と共に、下方へと振り下ろされる。ハルの挙措と共にキャリブルヌスもまた、中空にて剣を下段に構えた。
「終わりだ!」
 八分二十秒の時の滴りが、ハルの胸中に響き渡る時、ハルが、そしてキャリブルヌスが上方へと剣を振り上げた。
 黒い巨人の拳が、キャリブルヌスの上空で黒く淀み、その先端がまさに、キャリブルヌスの頭部の先に掠めんとしたその瞬間、剣の一閃が巨人を襲う。
 銀閃が瞬き、両者の影が交錯する。
 瞬転、黒い巨人の体表面に一筋の断層が刻まれたかと思えば、その巨躯が滑るようにして左右に離れた。巨人の体躯は正中線にて完全に左右に分断され、キャリブルヌスを避けるようにして左右から勢いよく外層へと向かい滑り落ち、ついぞ、ハルの視界の彼方にて芥と化すのだった。
 ハルは剣を振り下ろして天を仰ぐ。スクリーン越しには、夕映えに燃える夕空が拡がって見えた。赤光のもと、中天には不気味な妖星が瞬いて見えたが、すでに空には黒雲の存在は無い。友軍の機影が茜空を飛びかい、ケルベロスらが、ハルに向けて手を振る姿がそこにはあった。
 そう、空の所有権は、今や巨人、ユミルの子らから人類へと譲渡されたのだ。
 ハルは小さく微笑を浮かべつつ鮮やかな夕空をしばし魅入っていた。
 もはや、射しこむ赤光を遮るものは、存在しえず、薔薇色に燃える夕空には、勝利の凱歌にも似た人々の喜色の雄たけびが、絶えることなく響き渡っていたからだ。

……
………
 八分二十秒の死闘は、猟兵の奮闘により、人類の勝利で、幕を下ろした。
 敵の脅威の第一陣を退く事に成功した人類の士気は高く、猟兵達は未だ余力を残している。対するデウスエクスは、完全に出鼻を挫かれる格好で停滞を余儀なくされた。
 見上げた空のもと、天上の妖星がより眩く輝くのが見えた。
 それは星々がその寿命を迎え、今際の刹那に一際眩く瞬く、滅びの光を彷彿とさせる悲哀の翳りとも見てとれた。
 夕空に凍ったような宵空の漆黒の帯がわずかに滲みだす頃、再び天上には黒点が浮き彫りとなる。ただ一つ、妖星の瞬きの中で、黒々と輝いたその黒点が空を舞うのを前に、猟兵達はロンドン市を巡る戦いがついぞ、最終段階へと至ったことを直感するのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『ブラックエクリプス』

POW   :    カラミティザッパー
着弾点からレベルm半径内を爆破する【爆炎弾】を放つ。着弾後、範囲内に【戦闘用極小ドローンの群れ】が現れ継続ダメージを与える。
SPD   :    エクリプスブラスター
自身の【武器「エクリプスブラスター」】を【戦況に最も適した形状】に変形する。攻撃力・攻撃回数・射程・装甲・移動力のうち、ひとつを5倍、ひとつを半分にする。
WIZ   :    黒蝕光翼
【黒いレーザー光の翼】を生やし、レベル×5km/hの飛翔能力と、レベル×5本の【破壊光線】を放つ能力を得る。

イラスト:させぼのまり

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠山田・二十五郎です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●夜明けの鐘が鳴り響くときに
 寂寞の光が防壁へと射す中、一体の鋼の騎士がロンドン市上空へと舞い降りた。
 ユミルの子らとはその風貌を異とする、その機械の巨人は悠然と鋼鉄の足場を踏みしめると、その手にした戦斧を振り上げるのだった。
 暴風が周囲に吹き荒れたかと思えば、防衛部隊のケルベロスらが後方へと大きく身をのけぞらせた。
 鋼の騎士は血にまみれた様に赤く澱んだ戦斧を掲げたかと思えば、中空で水平に円を描く。余波で再び生じた暴風が周囲に吹きすさび、周囲に居並ぶ銃兵やケルベロスらを薙ぎ払っていく。
 デウスエクス『ブラックエクリプス』、一騎当千のこの機械仕掛けの騎士は、今、悠然とロンドン市上空に姿を顕現させたのだった。
 ユミルの子らと同様に『ブリガンディア』を身にまとうその個体は、魔術を始めとしたエネルギー攻撃に対して、強力な耐性を備えている事は明らかだ。
 また、ブラックエクリプスの真価は、その身にまとうブリガンディアのみにあらず、その本質的な性能の高さにある。分厚い装甲に加え、決戦用のありとあらゆる兵器を備えたその機体は、単純な物理攻撃のみで完封できるほどに容易な敵たりえない事は明らかだった。
 いかに猟兵と言えども、『ブリガンディア』の弱点をつき戦うだけでは、苦戦は必至であろう。
 『ブリガンディア』の弱点をつき、敵の各種攻撃の対策を講じ、連携などを織り交ぜて戦う必要がある。
 ブラックエクリプスのその無機質な紅玉の瞳が周囲の戦士らへと向けられた。ひときわ、周囲の空気がはりつめていくのを感じる。今、戦いの終曲が静かに、鳴り響いた。
ハル・エーヴィヒカイト
アドリブ連携○

▼心情
真打か
だがやることは変わらない
断ち斬って終わりだ

▼ポジション
クラッシャー

▼戦闘
「目標、敵指揮官機の撃墜。皆全力を尽くしてくれ」
引き続きキャリブルヌスに[騎乗]し[空中戦]を開始
殺界を起点とした[結界術]により戦場に自身の領域を作り出し
内包された無数の刀剣を[念動力]で操り[乱れ撃ち]斬り刻む戦術

敵の爆炎弾は[心眼]で[見切り]射出した刀剣で空中で破壊
その際には周囲を取り囲むように刀剣による結果を展開し地上に爆発の余波が及ばないように抑え込み、内から現れるドローンの群れを迎撃する

確かにお前自身はユミルの子よりも幾分か強靭だろう
だが身にまとうブリガンディアのほうはどうだ?

こちらからは[部位破壊]技術を駆使し、物理的な攻撃でブリガンディアに穴を穿つ事を優先
開いた穴にクラッシャーの「魔術砲台」による一斉射撃を叩き込む
わざわざ装甲を外付けしているということは本体には効くということだろう?
魔術砲台により本体を弱らせたところにUCを発動。連続攻撃で一気にとどめを刺す
「さよならだ」


エーファ・マールト
ご覧ください。あれは爆炎弾! 着弾すればたとえ爆風を避けたとしてもドローンを放ち、この辺り一帯を死地に変えてしまうことでしょう。私は高らかに宣言します。あの危険極まりない兵器が、指パッチンで消えてしまったら面白いですよね!
「ってな感じでスナイパーみなさんがドンパチやってる間にアレを命中させなケヒャヒャヒャ」
ハンドパペットに抗議です。もう少し打ち合わせをですね…えーとこういう時は。はい! お待たせしました。そこのあなた方の潜在脅威度はいうまでもなく極大! 何もなかったところからあら不思議! 内側から棘がニョッキリ生えてしまうわけでした

…戦後また慰問に出向きましょう。何度でも笑顔を咲かせるために!



 赤く爛れた夕空の下、艶やかに眩耀する黒斑が、鏡面の如く怜悧に磨きあげれたロンドン市上空の外壁に、濃く滲みだしてみえた。空には夕映えの光が溢れ、そんな夕暮れ時の空模様を反映するように、鋼鉄の足場はくすんだ様な朱色に燃えている。
 黒斑は、夕暮れ時の寂寞とした赤光の中、その異質たる黒光を眩くも、どこか不気味に迸らせながら、外壁の上、浮き彫りとなった夾雑物としてその威容を誇るのだった。
 鋼鉄で塑造した、人ならざる、一体の巨人の影が、そこにはあった。
 人々は、まるで影絵のようになって横に居並び、吹き荒れる暴風の中、ただ巨人が歩を進める様をどこか放心したように眺めるばかりであった。
 漆黒の甲冑で全身を固め、肩部には金、銀であしらえた大袖を纏い、胴元から脚部を煌びやかな脇盾で守りながら、巨影は一歩を踏み出した。巨影が歩を刻むたびに、後頭部から突き出た蒼い焔のタテガミが、風雅にたなびくのが見えた。
 ブラックエクリプスたるデウスエクスの指揮官は、既に先遣部隊が失い、敵陣にて孤立無援の憂き目にあうも、王者の如く、その巨躯をそびやかし、威風堂々と君臨してみせたのだった。
 この黒鋼の巨人は、威圧と荘重さとの象徴であった。
 全身を分厚い甲冑に隠し、衆目を浴びながらも、行進するその様は、いわば中世における酷逆たる僭主を彷彿とさせるものがある。
 その巨人の姿に誰もが戦慄した様に目を奪われていたのだ。
 巨人の赤赤とした瞳が、まるで値踏みするかの様に左右へと走ったかと思えば、すぐに正面を睨み据えた。無感情な瞳はただ虚ろに揺れていた。
 ついで、巨人は踵を返し後方へと向きを変えたかと思えば、再び激しく瞳を蠢動させる。
 そうして、その感情の無い瞳が再び四方を見回したかと思えば、視線は、すぐに防壁の一点へと固定されるのだった。
 巨人の視線の先、そこには、数多の魔術砲台が茜空へと向かい、尖塔の様な砲身を丈高く空へと伸ばしながら、林立する姿が見えた。横一列に連なる魔術砲台を背にして陣幕が敷かれ、更にその前方には縦長に陣を構える防衛部隊の姿が窺われた。
 巨人は、その怜悧な瞳でもって、かの一団を刺し貫いたのだ。そして、再び、巨人の赤黒い瞳が蠢動したかと思えば、巨体は新たなる一歩を踏みしめる。
 巨影が歩を刻む度に、まるで薄氷を踏み砕く様な、地鳴りにも似た、乾いた足音が鉄の足場に鳴り響き、それらは冷酷さの象形とも言うべき、得も言われぬ重苦しい響きを伴いながら、静寂の中へと海鳴りの様に響きわたってゆく。
 司令部を後方に背負い、ケルベロスらの一団は重厚に陣を敷きながら、ようやく巨人迎撃の構えを取る。
 数にしては、百人規模の彼らは、いわば司令部直属の近衛兵であっあ。
 司令部とは言わば、人体における脳組織に喩える事が出来るだろう。円滑に部隊が協調するには欠かせない軍んの中枢であり、これを失えば部隊は壊走の危機に瀕するのだ。
 この中枢神経をはまさに防衛の要であり、彼らは選りすぐられた精鋭として、この最終防衛線を死守すべく、司令部の防衛の任についていたのである。 
 畏怖すべき侵略者の行進を前にしても尚、居並ぶ兵達は整然とした様子で隊伍を組み、武器をその手に構える。
 ケルベロスらが、横一列に並び、魔術やの詠唱を始めた。後方に控える魔術砲身はその砲身を水平面へと傾け、その砲口を巨人へと一斉に向ける。小銃で武装した者達が、照準を巨人へと絞り、更に陣の両脇で、ケルベロスの小集団が刀槍を手に手に、白兵戦に備えるのが見えた。
 まさに一触即発の、重苦しい緊迫感が周囲に漂っていた。
 巨人が一歩を踏み出す。じわりと、ケルベロスらの魔力が奔放する。
 更に巨人が一歩を踏み出した。砲台が、その鋭い砲口を銀白色に光らせた。
 黒鋼の巨人が三歩目を踏みぬいた時、その巨体が一団へと向かい、ぬるりと迫る。巨人の黒色の装甲が夕映えに赤黒く染めだされ、その反映が、眩く周囲に溢れていく。
 瞬間、重苦しく漂う静寂を破る様にして、攻勢を告げる指揮官の怒声が周囲へと響きわたった。
 やにわに、無数の火砲が火を噴き、硝煙が白く舞い上がった。轟音が鳴り響き、間断なく放たれた無数の砲弾は、空を泳ぐ巨大な波濤となり、うねりをあげながら巨人を飲み込んでく。ついで、何かが白く瞬いたかと思えば、幾条もの稲妻が、白い尾を長く曳きながら縦横無尽に空を駆け、巨人を貫かんと迫るのが見えた。巨人の足元がぐにゃりと歪んだかと思えば、勢いよく炎の柱が上がり、火の粉を爆ぜながら、激しく渦を巻きあげ、巨人を呑み込み、火柱を伸ばし、空を黒く焦がすのが見えた。
 魔術と火砲の一糸乱れぬ、疾風怒濤の猛撃が、巨人へと襲い掛かったのだ。
 焔の中、巨体が僅かにぐらつくのを前に、一瞬、一同の表情が喜びに沸き立ったように色めきだった。
 しかし、一同が歓喜を味わうのも束の間、炎柱の中、たじろいだかの様に見えたその巨体は、その両足で力強く、大地を踏みしめると、鷹揚とした所作で大斧を振り上げ、肩に担ぐ。
 巨体は、一同の喜びを嘲笑うかの様に、肩に背負った大斧を見せつけるように、派手に上空で回転させると、勢いそのまま、下方へと大薙ぎする。
 瞬間、巨体を包み込んだ炎柱は、まるで麻布かなにかでも引き裂く様に容易く引き裂かれ、粉切れになったかと思えば、ついぞ焔の原形を保つ事叶わず、その場に霧散する。空を駆ける無数の砲弾は、その弾頭を大斧により両断され、虚しく切り落とされ、高波は、潮を引くようにして沈んでゆく。稲妻は、大斧にその穂先を刈り取られ、力なく萎縮し、淡い白色の残光を夕映えの空にわずかの間、滲ませては儚く消褪してゆくのだった。
 全ての攻勢は、刹那の間に水泡に帰した。
 そう、巨人は、並み居る防衛部隊の大攻勢を大斧の一刀で容易にいなしてみせたのだった。
 ケルベロスらの一団が息を飲む。
 巨人の無機質な赤い双眸が、再び不気味に蠢いていた。同時に、その鋼鉄の右足が、ばねの様にしなるのが見えた。巨人は上体を大きく屈め、そうして、一歩を踏み抜いた。
 巨大な右脚が大地を離れたかと思えば、暴風が周囲に立ち込め、巨体は、ぬるりと滑るようにして猛烈な勢いで地を駆けた。
 たった一足のもとに、巨人はケルベロスらの一団に肉薄する。
 巨人の一歩に遅れて、まるで爆撃でも受けたかの様な巨大な足音が周囲にけたたましく鳴り響いた。一瞬の間の接近により、ケルベロスらの一団は、ただ刈り取られるだけの稲穂の様に、巨人が振り上げた大斧の前に、身じろぐ事も出来ずに立ちすくむばかりであった。
 巨人の担いだ大斧が陽光を浴び、鋭く、どこか不気味に輝いて見えた。その先端がわずかに微動するや、巨人の前腕が前方へと滑りだす。
 巨人の前には、未だ戦慄したまま、微動だにさえ出来ぬケルベロスらの一団がある。
 大斧の切っ先がケルベロスの一団へとその牙をむき、見る間に迫っていく。
 だが、その斧先は、ついぞケルベロスらを捉えることは無かった。
 巨人の右腕が横凪されたまさにその瞬間、間髪入れずに、なにか白い巨塊が上空から猛然と巨人へと襲い掛かるのが見えた。それは、空高くから、まるで猛禽類の様に鋭く空を滑り落ち、そうして、勢いそのまま巨人に覆いかぶさると、無防備な巨人に絡みつき、そうして、数間ほど互いにもみ合いながら、勢いよく空を駆け抜けていく。
 数間ほど空を駆け抜けたところで、白い巨塊からすらりと右脚が伸びたのが見えた。銀色の光沢を滲ませながらも、その伸びた右脚は、巨人の胸板に深々と突き刺さり、絡みついた巨人を後方へと勢いよく吹き飛ばす。
 鋭い金属音がけたたましく鳴り響いたかと思えば、黒い巨体が宙を舞う。黒鋼の巨人はその巨体を二転三転と空中で弄ばれながら、勢いそのまま地面へと叩きつけられ、全身を毬玉の様に弾ませつつ、はるか後方の景色の一部へと溶け込んでいくのだった。
 黒鋼の巨人、ブラックエクリプスは彼方へと消え、かわってケルベロスの一団の前には、銀白の巨神が姿を現した。
「真打か…。だがやることは変わらない。…断ち斬って終わりだ」
 巨神から響いた声は、凛然とした、柔らかな男性の声であった。ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣聖・f40781)は、半ば、自分に言い聞かせるように、半ば居並ぶケルベロスを鼓舞する様に、淡々と、しかし、やや語調を強くしてそう言い放った。
 ハルの声が、それまでただ茫然と立ちすくむばかりであったケルベロス達を正気に戻した。彼らは大きく眼を見開き、そうして、一斉に銀白の巨神を仰ぎ見る。
 そうして、再び武器を手に手に陣形を敷きなおし、次なる攻勢に向けて、体勢を整えるのだった。
 ハルは、コクピット越しに彼らへと視線を遣ると、再び彼らへと指示を下す。
「目標は敵指揮官機の撃墜。皆全力を尽くしてくれ」
 端的にそう告げると、ハルは、ケルベロスらから視線を外し、今や遥か遠方のもと、おぼろげに霞んで見えるだけの黒鉄の巨人へと視線をやった。遠間に、敵の巨人が、よろりと立ち上がるのが垣間見える。
 ハルは剣の柄に手を添え、精神を研ぎ澄ます。そうして、ハルは鋼鉄の隔壁で囲まれたコクピットの中、腰に指した剣を鞘から払い、勢いよく横に一閃する。
「皆は、瞬間に備えてくれ――。それまでは、俺が奴を足止めする。いくぞ、キャリブルヌス!」
 言いながら、ハルはスクリーン上に写された一体の巨大な敵影を目標と定め、機体を加速させた。意識を集中させれば、キャリブルヌスは、低空を勢いよく滑走し、一筋の閃光となり、空を駆けてゆく。
 一息、二息とハルが呼吸をするや否や、スクリーン上には黒鋼の巨人、ブラックエクリプスの輪郭がありありと浮き彫りとなる。
 勢いよく後方へと吹き飛ばされたにも関わらず、傷らしい傷は無く、巨人はどこか不機嫌そうに、まるで汚れでも払うように肩部の大袖を指先で弾くと、両手を足場につき、勢いよい跳ね上がった。
 黒鋼の巨人が大地を踏みしめ、首を左右に倒し、ぽきぽきと音を鳴らすのが見えた。ついで巨人は浮遊すると、その赤黒い瞳を、自らに迫るキャリブルヌスへと向けた。ゆらりと大斧が上空へと振り上げられる。
 ハルは正面スクリーン上で視線を左右にやり、周囲の状況を確認する。周囲には、ケルベロスらの気配や防衛部隊の姿はない。
 なるほど、一対一で存分に戦えるという訳か。おもしろい――。
 ハルはスクリーン上、悠然と斧を構える敵機影と向け剣を突き出した。ハルに呼応する様にキャリブルヌスは、ハルの動きを再現し、その手にした剣を振り上げ、その切っ先を巨人の喉元へと向ける。
「キャリブルヌス、殺界を形成する。手加減はいらん。全力でいくぞ」
 ハルが言い放てば、キャリブルヌスを中心に数多の剣が、突如、姿を現前させた。そうして生み出された数多の剣は、キャリブルヌスを中心にして、周囲に扇状に広がりながら、その切っ先を一斉に目の間の鋼鉄の巨人へと指し向けるのだった。
 対して、キャリブルヌスの前方、敵巨人もまた、悠然と大斧を振り上ろす。斧の切っ先が大気を切り裂き、空を一閃すれば、突如、巨人の後方の大気がぐにゃりと歪む。
 歪んだ大気のもと、突如、空間がねじれたかと思えば、一条、二条と赤い焔の帯が湾曲した大気のもとに流れこむ。帯と帯とはまるで貪りあうように互いに絡み合ったかと思えば、今度は一転押しのけあい、ゆずるまいと張り合って、渦を作っていく。そうして渦は徐々に凝縮してゆき、一つ、二つと火炎の小球を空に造形しながら、無数の火球でもって、空を埋め尽くすのだった。
 ここに、黒と赤との二色のコントラストが、夕映えの空に浮き彫りとなった。
 不気味な静謐が、両者を隔てる僅か数間の空間を支配した。
 キャリブルヌス、そして、ブラックエクリプス共に、この数間を隔て、微動だにせず低空に滞空していた。
 両者が動いたのはほぼ同時にであった。一際眩く、落日の光が差し込んだまさにその瞬間、キャリブルヌスの剣が振り下ろされ、同時にブラックエクリプスの大斧が禍々しく横凪された。
 瞬間、両者を隔てるわずかな空隙を、無数の剣が乱舞し、火球が雪崩をうって走り抜けていく。
 剣が火球を貫き、炎の大腕が周囲へと立ち込めた。火球が剣を丸のみにしたかと思えば、炎は裂かれ、かわって爆炎が起きた。
 世界が赤一色に染め上がる中、両者は微動だにすることなく、しかし、絶え間ない剣と炎の応酬でもって、戦いの火ぶたを切るのだった。

 無数の焔の揺らめきは、錆色の陽光がもたらす柔らかな暮れ色を峻拒するように、空の一画を紅色の燈火で塗りつぶし、その一画を他と隔絶するように照らし出していた。
 激しい爆音が周囲で絶え間なく鳴り響いては外壁にて反響していた。炎柱が、夕空へと向かい幾条も立ち上り、ますますその数を増やしていきながら、周囲へと熱風を振り撒いていく。
 エーファ・マールト(魔道化ピエロ黒兎カーニェとその助手本体・f28157)は、赤く爛れた空の一画のもとで、微動だにせず互いに睨み合ったままに、数多の剣と無数の火球とを無動のままに操り、それらで激しく干戈を交える二体の巨人の姿を、子細に観察していた。
 一体は猟兵が駆るキャバリアであり、もう一体が敵デウスエクス指揮官機であることは容易に察せられた。
 額に滲んだ汗を掌でぬぐい、頬に張り付いた横髪を指先で繰りながら、エーファは打つべき一手を、黙考する。
 しばしの沈黙と共にエーファの脳裏に浮かび上がった最適解は、しかしそのために幾つかの事前準備を必要とするものだった。
 限られた時間の中で迅速の行動が求められる――と、エーファはひとりごちながら、すぐさまに行動に移った。
 一番の脅威はまさしく空にを無数に埋め尽くす火球である。となれば、その火球を無力化させる事が最優先事項と言えるだろう。そして、そのためには早々に手を打つ必要がある。
 もちろん、救援にかけつけるのは当然として、その前段階として踏むべき手順があることをエーファは、克明に意識していた。必然、その足先は、二体の巨人から遠ざかり、防衛部隊の一団へと向けられた。
 エーファは、目前で熾烈に展開される二体の巨人の応酬から、あえて視線を外した。そうして、振り返ると、後方で居並ぶケルベロスの集団のもとへと、軽快な足取りで躍り出る。
 頭に乗せたシルクハットをステッキで巧みに繰り、防衛部隊の前で、やや大仰に会釈して、天を彩る無数の火球をステッキで指しながら、エーファは高らかに言い放つ。
「ご覧ください。あれは爆炎弾! 着弾すればたとえ爆風を避けたとしてもドローンを放ち、この辺り一帯を死地に変えてしまうことでしょう」
 まくしたてるように、やや語気を強めてエーファがそう言えば、一同の瞳には明らかな動揺の色が走った。
 しかし、エーファは笑みをますます深めると、その蕾の様な桃色の唇に、そっと人差し指を添え、いかにも磊落とした様子で、自信げに言葉を続けるのだった。
「ここに私は高らかに宣言します――」
 言いながら、エーファは居並ぶ一同をぐるりと一望する。衆目の視線がエーファを集まる中、エーファはステッキで床を愉快気になぞりながら、ヒールを鳴らす。
「あの危険極まりない兵器が、指パッチンで消えてしまったら面白い――。皆さんそう思いませんか? 黒兎のカーニェとその助手エーファの一世一代の大奇術、さぁ、皆さま、ご覧くださいませ」
 そこまで言いきったところで、エーファは一同に向かい、深々と一揖してみせた。
 エーファはステッキを陽気に振り回しながら、左右にステップし、そうして大道芸師よろしくおどけた様に笑ってみせる。
「成功の際には、皆さんには――、割れんばかりの砲撃で祝砲をお願いします。狙うは、あちら、黒鋼の巨人、ブラックエクリプスへと」
 エーファがぱちりと目合図すれば、一同は幾分も安閑とした様子で頷くのが見えた。そうして再びエーファが踵を返し、二体の巨人を正面に見据えれば、後方で魔術砲台がその砲身を軋ませる音が聞こえた。ついで、人々の歓呼の声と共に、周囲の魔力が高騰していくのがはっきりと感じられた。
 ユーファの奇跡の力『棘戯術』はやや風変りなのものであった。
 というのも、発動に当たり、エーファが対象とするものに対してまずは言及し、それらをより脅威と認識させ、定義づけさせるというやや煩雑な手続きを取る必要があったからだ。認識させ、その上で、その概念を定義づけすることで、対象となったものはその身から棘を生やし、それら棘はエーファの想いのまま、彼女に敵する者へと牙をむく刃と化すのだ。
 つまりは、戦いに臨んでこの技を再現するためには、一つ、説明を含む前段階を踏まなければならかったのだ。
 とはいえ、この前仕掛けは、ある意味で渡りに船と言えた。
 演説により、ユーベルコートの威力を高める事は勿論、意気消沈しつつあった防衛部隊を鼓舞する事を成し遂げたのはまさに一挙両得であったからだ。
 折しもエーファは奇術師であるとう事実が、ユーベルコードの発動と防衛部隊の激励という一見、無縁な二つの事象を見事に調和させたのだ。
 そう、エーファは奇術ショーを再び演出することで、兵らの士気を高め、その上で奇跡の力を底上げする土台を築くことを、見事、同時に成し遂げたのだった。
 エーファは、軽やかに外層を進んでいく。途端、左がぴくりと動いたのに気づき、エーファは自らの左手に目をやった。
「スナイパーのみなさんが用意をすませる間にアレを命中させなケヒャヒャヒャ」
 左手がもぞりと動いたかと思えば、エーファの左手にくっぽりと嵌った、黒兎カーニェが気分良さげに体を左右に激しく揺すった。
 更に一歩を踏み出しながら、エーファは激しくこの黒兎に反駁する。
「えっと…カーニェ。もう少し打ち合わせをですね…。」
 黒兎に抗議しつつも、エーファの足取りは、軽やかで、その口調はよどみがない。
 エーファの目では、数多の炎と無数の剣で彩れた、最高の舞台が広がっているのだ。否応なしに足も早く鳴る。部隊の上、、未だ、二対の巨人が、それぞれの剣を、片やもう一方は爆炎弾でもって応戦を続けているのが見える。最高の特等席に鎮座する二体の巨人を横目にしながら、エーファは大きく背伸びすると、大舞台へと登壇する。
 巨人たちは未だ微動だにすることなく空に滞空し、僅かな間隙を挟んで、己が武器をもってっ激しい応酬を続けていた。
 剣が空を舞い、そうして火球の中を突き進んでいくの見えた。火球が弾け、火の粉を爆ぜる。ゆらりと揺らめく炎の余韻は赤い帯となり周囲へとたちこめ、爆炎の中、どこからともなく生み出されたドローンが振り子の様に体を左右に傾かせながら、両者を隔てる僅かな間隙を揺曳していくのが見えた。
 ドローンがその銃口を目前の白い巨神へと向ける。しかし、それも束の間、火球を穿ち抜いた剣の一本は、突如、その軌道を反転させたかと思えば勢いよく空を駆け、ドローンへと突き刺さり、今度は後方からドローンを深々と抉りぬくのだった。
 結果、ドローンは本懐を遂げられぬままに、爆散しては鉄屑と化すの。
 エーファは微笑した。
 頬にねっとりと絡みつく爆炎の余波や、吹き付ける熱風は、大奇術の前の大掛かりな前座を彷彿とさせる余興であり、鳴り響く爆音は、彼女の登壇を祝福する、万来の喝采の様にさえエーファには感じられたからだ。
 剣と火球の応酬から一旦、目を離し、そうしてエーファが肩越しに後方へと振り向けば、遠景に魔術砲台の砲口が、巨人、ブラックエクリプスを睨み据えるのが見えた。
 魔術砲台と共に、はるか後方で霞んで見えるケルベロスらの面差しは、おぼろげであり、その輪郭は露として伺いしれなかったが、彼らが一様に奮い立っているであろうことはエーファにも分かる。
 そう、すでに後方には満員の観客達が控え、エーファの大舞台の開始を今や今かと待ちかねているという有様だ。
 エーファは再び視線を前方に戻し、小さく鼻を鳴らすと、再び軽やかに鋼鉄の足場を踏み鳴らす。
 右手を掲げてみせ、そうして、再びカーニェに微笑で答えて見せた。
「こういう時は…。観客の声援に精いっぱい答えなくてはですよね? ねぇ、カーニェ」
「ケヒャヒャヒャ、精々気張るんだな」
 軽妙にやり取りしながら、エーファは右手の親指と中指を絡める。ふと、指先に僅かに滲んだ汗の雫が頬に零れ、エーファのなだらかな首筋を伝い、流れ落ちていく。
 今、二体の巨人の戦いは完全に拮抗していると、エーファは見る。
 それならば、私の奇術でこの歯がゆい均衡に終止符を打って見せようではないか。
「さぁ、皆さん――」
 更に一歩と、対峙する巨人のもとへとにじみ寄れば、熱波がエーファの白磁の頬を朱色に化粧する。
 これで、舞台化粧も済ませた――。となれば、あとは奇術を披露するだけだ。
「タネも仕掛けも――」
 言いながらエーファが人差し指を滑らせれば、指と指とは擦れ合い、ぱちんと乾いた音が鳴り響く。
 途端、空中に揺蕩っていた爆炎弾の一つが大きく震えたかと思えば、その炎の被膜を突き破るようにして複数の棘が勢いよく突き出す。一つ、二つと、連鎖する様に、中空に数多生み出されていた火球が、ぐにゃりと歪んだかと思えば、その全身から鋭い棘を突き出してゆく。そして生み出された棘は、伸展しては、火球を貫き、時に生み出されたドローンさえも突き刺しては自壊を続けていく。
 瞬く間に火球はその数を減らしていき、結果、それまで激しくせめぎ合いを続けていた、剣と火球との拮抗状態はすぐに崩壊するに至る。
 再びエーファが指を鳴らせば、空中に残った最後の火炎弾から棘が突き出すのが見えた。その鋭い棘の一撃は、悠然と低空にて佇む、黒い巨人、ブラックイクリプスの黒色の甲冑に深々と突き刺さり、身に纏った『ブリガンディア』に亀裂を生じさせる。
 これにてエーファの奇術は成功裏に幕を下ろした。
 くるりと舞うようにして巨人から背を向ければ、遠間で火砲が火を噴くのが見えた。まるで、この大奇術の成功を労うかの様に、たかたらかと爆音を鳴り響かせながら、空を駆け抜けていく赤く爛れた光芒を前にエーファは再び一礼でもって終幕の挨拶とした。
 一礼と共に俯きがちに視線を落としたその先には、黒い防壁が未だ、強固に足元に張り巡られている。
 エーファは、外壁の下、未だこの戦乱の行く末に不安を抱いているだろう、あの丘の上の病院の患者らに思いを馳せていた。笑顔を届けることこそが、大道芸、奇術の至上命題である。
 そのためにもまずは目の前の脅威を撃退する――。
 …そしてその上で、戦後また慰問に出向こうと。何度でも笑顔の花を咲かせるために!
 エーファの美貌に笑みが溢れたのはまさにその時だった。それは、奇術師として、演者としての他所向けな笑みでは無い。彼女本来の朗らかな笑みがそこにははっきりと刻まれていたのだった。

 眩い銀閃が空を舞い、火球を貫き、火の粉を爆ぜながら、爆炎を振りまいてゆく。
 白銀の巨神キャリブルヌスと黒鋼の巨人ブラックイクリプスの間に横たわる僅かな空白には、無数の剣がまるで驟雨の様に縦横へと乱れ踊り、それらと対峙する様に、火球が無数の赤黒い斑点となって空一杯に散乱してみえた。
 火球が、剣に貫かれれば、それらは原形を保てずに火の粉となっては金粉をまき散らし、霧散する。対して、剣は火球を突破しても尚、再び現れた焔に飲みこまれ、噛み砕かれ、刀身を歪めながら燃え尽き、屑鉄へと身をやつしては、地上へと力なく横たわっていく。
 剣も炎もたがいに、潮が満ちては引いていくように時に勢いを強め相手の喉元まで迫ったかと思えば押し流され、ついで圧迫されたかと思えば再び相手を押し戻し、どこかもどかしげにせめぎ合いを続けながらも、絶え間ない衝突を続け、その余波は金色の爆炎となって周囲を煌びやかに照らしだすのだった。
 両巨人は微動だにすることなく、空に居座りながらも、しかし、その視線を忙しなく動かしては、無数の剣と火球の制御に奔走する。
 戦いは完全に拮抗状態にある。その趨勢は、この戦いの当事者たるハルにも見当がつかず、ただ剣と火球の応酬と共に、時間だけが空虚に流れていくのに、ハルはわずかな焦慮を覚えていた。
 しかし、この両者のやりとりは、急に、終わりを迎えた。
 そう、第三者の救援により、両巨人の激しい応酬は唐突に極点を迎え、形勢は一挙にハルへと傾いたのだ。
 キャリブルヌスのスクリーン上、火球の一つより、突如、棘の様なものが突き出すのがハルには見えた。棘もちの火球は、一つ現れたかと思えば、ますますその数を増やしてゆき、気づけば、多数の火球がその炎の被膜からにょきりと棘を生やすのが見えた。
 火球から赤黒い棘が伸びたかと思えば、それらは、まるで意思でももったかの様に周囲の火球へとその鋭い針を突き立て、同士討ちするようにして自壊する。
 火球はドローンを巻きこみながら、その鋭い穂先で互いに刺し貫き合いながら、その数を減じていき、そうしてついぞ残数が僅かとなったところで、彼らの創造主たる黒鋼の巨人、トータルエクリプスへと牙をむいたのだった。
 火球から突き出した鋭い棘は、黒槍の一撃となって巨人の胸部へと突き刺さり、その装甲へと深々とした一筋の傷跡を抉りだす。
 瞬間、巨人の赤い双眸に、苦悶とも苛立ちとも見える感情の色が浮かんだように歪んだように遥翔には見えた。
 黒鋼の巨人が、乱暴な手つきで、胸元の棘を引き抜き、火球を大斧で切断するのが見えた。そして、この巨人の一撃により火球は完全に消失するに至ったのだった。
 そう、ハルの前面スクリーンには、もはや空を埋め尽くした爆炎弾は見て取れず、そこには、キャリブルヌスにより生み出された剣が、無数の黒い針となって、所狭しと空間を独占する姿がはっきりと見て取れた。
 ハルがスクリーン右下へと視線を遣れば、そこには、奇術師然とした風貌の女が、深々と会釈する姿が見えた。 優艶とした姿態を、薄手の衣に包み、優雅に一礼する彼女を眺ながら、ハルは、彼女こそがこの現状を齎した、最大の功労者であることを直ちに察する。
 ハルは、無言のままに彼女へと目礼がちに謝意を示すと、瞬転、刺す様な視線でもってブラックエクリプスを睨みすえた。
「キャリブルヌス…。一挙に戦いを決するぞ!」
 ハルが叫べば、キャリブルヌスはハルの意思を的確に汲み取って、空を疾駆する。もはや目前には、キャリブルヌスを阻むものは何一つとして存在しえない。この瞬間を置いて、敵へと最大の一撃を叩きこむ好機は二度と訪れまい。
 ハルのキャリブルヌスが低空を駆ける。黒鋼の巨人は、その赤黒い瞳を憤懣がちに見開きながら、目下、ショーを終えたばかりの、奇術師風の女性へと矛を振り上げた。
 巨人の大斧の切っ先がわずかに振り上げられた。
 しかし、その切っ先が下方へと微動するのも束の間、キャリブルヌスの遥か後方よりけたたましい轟音が鳴り響いた。
 瞬間、黒鋼の巨人の左胸部へと雨やあられと、大量の砲弾が降り注ぎ、胸元に深々と突き刺さり爆散する。衝撃に巨体がぐらつくのが見えた。
 周囲には爆炎が再び立ち込め、その余波で一瞬、巨人の姿が爆炎の中に霞む。爆炎が晴れ、そうして、再び明らかとなった視界のもと、巨人の胸部甲冑に刻まれた亀裂はますます濃くなり、全身へと広がっていくのが見えた。
 黒鋼の巨人が虚空に瞳を泳がせるのが見える。そして、その瞳が落ち着きを取り戻し、猛進するキャリブルヌスへとその視線を注いだ時、もはや、キャリブルヌスとブラックイクリプスとの間に生じた空隙は存在しえなかった。
 コクピットのスクリーン上には、ブラックエクリプスの姿が明瞭に浮かび上がって見えた。赤く蠢動する双眸も、機械的な無骨な手足も、そして、深々と傷を抉られたブリガンディアの下、わずかに覗かれた銀白の装甲をも、今やハルは、肉眼にて視認出来るほどに巨人へと近接していた。
「さよならだ」
 短く言い放ち、ハルは、剣を横一閃に大きく薙いだ。
 瞬間、周囲に揺蕩うばかりであった数多の剣の群れは、まるで意思でも持ったように、ブラックエクリプスへと向かい一挙に降り注ぐ。無数の剣は、黒鋼の巨人を球状に取り囲んだかと思えば、頭上から足元からと、全方向から、絶え間なく巨人へと襲いかかった。
 銀黒の閃光が無軌道に空を駆け抜け、ブラックエクリプスを襲い、その装甲を穿ちぬいていく。それでも流石は、敵の指揮官機といったところだろうか。当初、無数の剣の襲来に、なすがままに身じろぎするばかりであった巨人は、『ブリガンディア』の大部分を欠損させながらも、辛うじて王者の威厳を保つことに成功したと言えるだろう。
 数多襲い掛かる剣の群れに、その装甲を剥ぎ取られながらも、巨人はその手にした大斧を一閃し、押し寄せる剣の大群を薙ぎ払う。そうして、すぐに態勢を整えると、自らに猛追するキャリブルヌスへと再び矛先を定めた。
 だが――。
「遅い!」
 巨人の大斧が一閃され、目前のスクリーンを白い光芒が駆け抜けていく。
 まさにその刃先がキャリブルヌスの頭部を掠めんとしたその瞬間、キャリブルヌスの上体が滑るようにして沈みこんだ。
 大斧の切っ先は、キャリブルヌスの兜に触れる事さえ能わず、虚しく虚空を切る。
 対して、キャリブルヌスは大斧の真下を滑るようにして前傾姿勢で掻い潜り、勢いそのまま巨人の懐に飛び込んだ。
 今やハルの前面のスクリーン上には完全に無防備に晒された巨人の懐がはっきりと映って見えた。
 ハルは、呼吸を整え、わずかに腰を落とすと、剣を上段に振り上げた。
 悠然と飛翔するキャリブルヌスは、巨人の懐で速度を落としたかと思えば空の足場に踏みとどまり、遥翔の動きを再現する様に、右手に握りしめた大剣を振り上げ、無防備となった巨人の胸部へと目掛けて剣戟を放つ。
 白刃が瞬いたかと思えば、黒銀色の甲冑はまるで雲母の如く、脆く砕け散り、巨人の上体が完全に露わになった。砕け散った鋼鉄の破片や、礫片が周囲へと舞い散り、ハルのスクリーン上できらきらと輝いて見えた。
 しかし、ハルは攻勢の手を止めはしない。 
 巨人の懐をすり抜け様、キャリブルヌスは空中で踊る様にして身を反転させ、流れる様な挙措で、左手を上空へと伸ばすと、虚空を彷徨う剣の一本をその手に掴んだ。
 剣を握りしめた感触はキャリブルヌスを通してハルにも伝わった。
 ハルは、不可視の剣を握りしめ、勢いよく左手を振り下ろす。まさにハルと同時に、キャリブルヌスもまた、その左手に持った剣を返し、無防備にさらされた巨人の胸元に鋭い剣戟を叩きこむ。
 間髪入れずに放たれたハルによる一人時間差攻撃により、巨人の胸元には、十文字に刀傷が刻まれる。
 やにわに、巨体が宙空にて大きくぐらつき、地上へと崩れ落ちてゆくのが見えた。
 落下と共に、巨人の体は、足元の分厚い鋼鉄の防壁へと力なく失墜し、勢いそのまま、沈み込む巨人は、その鋼鉄の肢体の所々を無惨にひしゃげさせながら、力なく仰向けに横たわる。
 そう銀白の騎士の一撃は、悪逆な王を切り伏し、そうして地面へと這いつくばらせたのだ。
 致命傷には未だ至っていない。しかし、巨人は今や彼の無敵の鎧を半ば失った上に、多大な損害を受け、機能不全へと至りつつある。
 立ち上がり様、巨人の胸元に刻まれた十字傷から火花が迸しるのが見えた。巨人は膝をつき、満身創痍でその場に立ちあがるや、慟哭にも似た怒声を上げては、空を揺らす。
 その威嚇する様な声を受けながらも、ハルは目下の巨人を一顧だにすることなく、空を駆け、剣を構えた。
 確かな手ごたえをその掌に感じながらも、ハルが再び巨人を正面に見据えた時、ふと巨人の大腕が砲台の形に変容するのが見えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

月隠・新月

連携〇

あれが敵の親玉ですか。強力な個体ですが……この都市を守るため、斃す以外にはありませんね。

敵のブラスターは随分汎用性が高いようです。武装の使用そのものを封じるのが一番でしょうか。
ブラスターの使用を防ぐため、【猟犬縛鎖】を使いオルトロスチェインで敵を捕縛しましょう(【身体部位封じ】)。この鎖は魔力で操ってはいますが、鎖自体は物理的な物質です。ブリガンディアでも防げないのではないでしょうか。加えて、鎧の隙間から毒を喰らわせたいですね。
うまくいっても長くは抑えられないでしょうが、味方が攻撃する隙は作りましょう。

決戦配備・クラッシャーを要請。敵の動きを止められたら、砲撃等での攻撃をお願いします。



 遠景にてゆるりと立ち上がる巨影を前に、月隠・新月(獣の盟約・f41111)は前傾姿勢に身を屈めた。
 駆けつけた猟兵らにより、巨人は大きく損害を受けた事を新月は承知していた。それでも尚、彼女は、未だ、安閑としない気持ちで、巨体が立ちあがる様を静かに俯瞰していた。
 新月は、そのしなやかな四肢で大地を力強く踏みしめると、巨人との邂逅の瞬間に備え、全身に力を蓄えるのだった。
 怜悧さを湛えた銀の瞳で、巨影を凝視すれば、斜に射しこむ夕映えの光のもと、もはや、鋼鉄の甲冑がつぎはぎになって身を守るだけの、みすぼらしい姿へと変貌を遂げた巨人の姿が、そこに露わとなるのだった。
 それでも尚、新月は微塵も緊張の糸を途切れさせるつもりはなかった。敵を仔細に観察しながら、新月は前脚で大地を力強く蹴り出すと、勢いよく地を駆ける。
 すでに別の猟兵との戦いの末、敵の首魁たる巨人ブラックエクリプスは、防御面において当初と比べ、その性能を大きく減弱させた事が、傷だらけの姿から窺われる。
 彼が頼みの綱とづる『ブリガンディア』は半壊し、ブリガンディアの下、強固に守られていたその銀白の装甲には、すでに深々と傷跡が刻まれている。肩を覆う、金と銀とであしらわれた大袖は、歪にひしゃげ、いかにも締まが無さそうに肩部を覆い、そうして肩元から覗かれた両腕は所々が炭化したように黒ずんで見えた。
 すでに満身創痍でやっとのことで立ち上がった巨人の姿がそこにあった。常識的に考えれば、すでに戦況は決したと考えるべきだろう。
 しかし反面で、新月の直感は、それを否だと、彼女に告げている。
 そして、巨人がその大腕を持ち上げた時、新月の直感はいよいよ現実のものとなって浮上するのだった。
 巨人の掌が開かれ、その機械仕掛けの指先がするりと伸びたかと思えば、突如、指先があらぬ方向へと折れ曲がる。折れ曲がった指先は、複雑に幾重にも折り畳まれてゆきながら、変形し、巨人の拳を筒状に包み込んでいく。
 そうして形成された筒のもと、掌中から前腕にかけて、くっぽりと巨大な空洞が口を開くのが新月には見えた。   突如、空洞の内部から金属製の突起物の様なものが勢いよく伸びたかと思えば、それらは大斧の刃先へと絡みつき、その刃先から、柄の中途までを、穴の中へと飲み込んで、周囲から盛り上がった歪な肉芽と共に支持組織となり、巨人の前腕と大斧とを強固に癒合させるのだった。
 結果、巨人の右腕には一対の巨大な火砲が、造形されるに至る。
 手負いの獣ほどに厄介な手合いは無い、と新月は、内心で呟きながら、疾走を続ける。
 新月は、直感的に巨人の右手に形成されたエクリプスブラスターの存在に危機感を覚えていた。同時に彼女は疾駆を続けながらも、脳裏でかの火砲を無力化させるための策を巡らせる。
 心地よい疾走感が新月の体を貫いた。獣の繊細さと頑強さとの象徴たる、しなやかな肢体は踊るようにして、空を滑りぬけてゆき、巨人、ブラックエクリプスに見る間に迫っていく。
 足を進めるたびに、新月の中では戦うべき道筋がはっきりと浮かび上がっていった。
「…なるほど、あれが敵の親玉ですか――」
 半ばまで進むや、遠目にはおぼろげであった敵デウスエクスの輪郭が、新月の視界に明瞭と浮かび上がってみえた。
 遠目にはあくまで損傷の有無のみしか確認できなかった巨人であったが、近間で彼を観察すれば、より細部までその全容が確認でき、そこから新月は、巨人の損傷が思いのほか、激しい事を再認識するのだった。
 すでに巨人は満身創痍であることが伺われた。
 遠間では、巨人の損傷具合は、いわば身体的な欠損、つまり、鎧の破損や黒ずんだ装甲、ひしゃげた手足などに限定されていたが、こと新月が近傍で巨人を注視するや、それら身体的な損傷に加え、巨人は精神的な欠落をも同時に来している様に新月には見えた。
 赤々と染まった巨人の瞳は彼の怒りを示し、そのひしゃげた手足の震える様はまるで巨人の怒りを反映の様に見えた。そう、それら些細な仕草が、新月には、巨人の怒りの発露の様に感じられたのだ。そして巨人の怒りの矛先は、今や、空を舞うたった一機の機影へと向けられていた。
 巨人はその火砲を地上のロンドン市街でも、外層部に陣を敷く司令部へと向けているわけでも無く、彼へと深手を刻んだ宿敵へと向かい、天高く掲げているという有様だ。
 この巨人の選択は戦術的観点から見れば、あまりにも非合理的であると、新月には即断できた。
 ただ自らの憎しみのままに行動する、巨人ブラックエクリプスからは、当初敵ながらも感じられた、不遜さの中に潜む王女の如き風雅さの様なものは完全に消え失せて見えた。
 ただ貪欲に自らの怒りをむき出しにした、粗野な魔獣の姿がそこにはあったのだ。
 それでも尚、敵が強力な個体であるという事実には、なんら疑う余地は無かった。そして、敵は、半ば狂乱している。だかからこそ、御しがたいとも新月は感じる。
 巨人の右腕に塑造されたエクリプスブラスターの存在は、それ一つで戦況をいかようにも運ぶことが出来る、いわばブラックエクリプスの切り札である。
 巨人は今や、激高状態にも近い精神状況にあると新月は見る。彼がその怒りのままに行動をし、仮にあの火砲を乱発する様な事があれば、形勢がどう転がるか分かったものでは無い。よしんば、エクリプスブラスターの回避が上手くいったとして、その結果、戦いを勝利に納めたとしても、外層部や市街地への被害が甚大になりうる可能性は大いにありえる。
 かの巨砲は、もともと汎用性の高い装備であることが判明しており、なればこそ、不測の事態に十二分に備える必要があると新月は考える。
 そして必然、新月の思考は、あの厄介極まりない敵の切り札をいかに対処すべきかという一点へと傾注されていた。
 怜悧なその頭脳は、新月の猟兵たる異能と彼女に元来備わる並外れた身体能力を加味し、そうして、巨人へと猛進する新月へと一つの回答を提示した。
 …そう、発射の前に敵の自慢の火砲を封じれば良い。いかに強力な矛であろうとも振るうことが出来ない矛など、無用の長物以外の何物でもない。かの火砲が火を噴くよりも早く、敵の火砲に取りつき、無効化する。少なくとも、敵の第一撃を封じる事が出来れば、既に半死に近い敵は、出鼻を挫かれ、結果、大きく崩れる公算が高い。
 新月は更に一歩を踏みぬいた。体が銃弾の様に空を滑りぬけ、巨人と新月とを隔てる間隙が更に縮まった。着地と同時に、目前の巨人が、火砲の照準を絞るのが見えた。その紅玉の瞳がわずかに細められたように見える。
 既に敵は新月の攻撃の間合いにある。にも拘わらず、未だ巨人は後方から音も無く迫る新月の気配には、露とも気づいていない様子で、左手で砲身を支え、無防備に空を仰いだままだ。
 対して新月と言えば、巨人を目前にし、急激に周囲の空気が張りつめていき、その密度を増していく様な、そんな錯覚を一人、覚えた。そしてその緊張感と、自らの内で高騰していく奇跡の力の奔流により、新月は自らの感覚が研ぎ澄まされていくのを実感する。時間の感覚は極限まで引き延ばされ、時の雫は、緊迫した空間の中を、緩慢と滴り落ちていく。
 新月が更に一歩を刻んでも尚、巨人は微動だにしなかった。極限まで研ぎ澄まされた五感と、けたたましく演算を続ける大脳皮質によって投影された彼女の世界においては、新月を除いた森羅万象は、まるで時間に取り残されたかの様に凍りつき、わずかな挙動を取る事さえも許されることは無かったのだ。
 すでに、新月は、巨人を攻撃の間合いに収めた。敵を睨み据え、新月は限界まで高めた意識のもと、奇跡の力を発現させる。
 大地を蹴り上げ宙を舞い、流れる様な挙措で巨人へと向けて前脚を伸ばす。
 瞬転、新月の上体を覆う漆黒の外装が捲り上がり、二本の鉄鎖が伸縮自在に空を遊泳する。鉄鎖は、互いに擦れ合い、乾いた擦過音を上げながら、鞭の様に伸長を続け、優雅に空を泳ぎ、その先端にはめ込まれた鋭い刃を巨人の右腕に突き立てるのだった。
 刃が鋼鉄を深々と抉り、巨人の大腕に深々とした痕跡を刻みこめば、止まっていた時間は突如、動き出す。
 突如、鋼鉄の巨人、ブラックエクリプスの前腕が地面へと沈み込み、たまらず巨人の上体が右外側へと崩れ落ちた。巨人は咄嗟の出来事に、半ば呆然とした様に自らの右腕に深々と突き刺さった刃を一瞥すると、刃に直結する鉄鎖へと視線を這わせた。巨人の赤黒い瞳が動転した様に見開かれ、視線が刃から鉄鎖へと注がれ、ついぞ、漆黒の獣のもとへと向けられた。
 巨人と新月、互いの視線が交錯すれば、巨人の紅玉と新月の銀白とが混じり合う。この奇妙な混淆の中、巨人の紅玉に浮かび上がった感情とは、紛れもない殺意であった。
 巨人は体勢を整え、新月へと姿勢を向ける。そうして、未だ、自由なままの左手を振り上げた。やにわに左拳が開かれ、五指が広々と伸ばされたかと思えば、指先一本一本に蒼い燈火が宿る。
 新月は、咄嗟に左方へと飛び退いた。瞬間、青い光芒が瞬いたかと思えば、熱線が空を駆けぬけ、直前まで新月が居座った空間を寸分たがわずに打ち貫いた。
 一条、また一条と青い光芒が指先に滲みだし、熱線が空を乱舞する。
 新月が後ろずさろとすれば、鉄鎖はぴんと伸び、じゃらりと金属音を鳴らす。
 現状、新月と巨人とは、二本の鉄鎖にて連結されたままに僅かな間合いのもとで戦う事を余儀なくされている。
 鉄鎖の長さと、その伸張性を考慮すれば、新月の移動域は、巨人を中心にしたおおよそ数十メートル半径の手狭な円形の足場に限定された。
 しかし…。
 ――なんら構わない。
 と新月は吐き捨てる様に呟いた。
 再び空に走った青い光芒を前にして、新月は、体一つ分側方へと飛び退いた。瞬転、新月の影を掠めるようにして、遥か彼方へと伸びていく青い閃光を横目にしながら、新月は、軽い肩慣らしを終えるのだった。
 半径数十メートル、その程度の空間があれば、新月は、巨人の攻勢をいなすのになんら不自由することはない。未だ、新月には巨人の挙措はあまりにも鈍重に見え、放たれる青い閃光の一筋、一筋はまるで靄の流れるかの如き微速にて新月に迫ってくるように、彼女には認識されていた。
 巨人の指先で青い燈火が瞬いた。
 五指から同時に放たれた青い閃光を、しかし、新月はやや力強く前足で大地を踏み抜いて、右前方へと飛び退くことで容易にいなしてみせる。ついで、小指から母指に至るまで焔らは僅かな時間差を置いて、淡く瞬いた。瞬間、複数の閃光が立て続けに、縦横無尽に照射されていく。だが、新月の動きに淀みは無い。新月は、小刻みな足さばきで体を前後左右に振っては、青い閃光の乱舞を紙一重で回避してみせるのだった。
 今ここに一陣の黒い旋風が生じた。今や、新月は華麗な足さばきと共に一陣の風となり、無限軌道を描きながら完全に巨人を翻弄するにいたった。
 青い閃光が絶え間なく注がれるも、それらは、新月の影すらも捉えることは出来ず、それら光芒の一条、一条は一瞬、眩く空を青く潤色するも、虚しく空を切るばかりであった。
 かわって、新月が無限の軌道を描くたびに巨人の右腕に巻き付いた二本の鉄鎖は、ますます巨人の鋼の大腕に深々と食い込んでいき、その右腕をがんじがらめに縛りあげ、巨人から行動の自由を奪っていく。
 捕縛された巨人の右腕が重苦しげに軋みを上げるのが聞こえた。巨人の紅玉の双眸が力なげに揺れるのが見える。徐々に徐々にと巨人の動きは緩慢となり、指先から放たれる光線は精彩を欠いていく。
 そう、明らかな衰弱の翳りが、巨人の些細な挙動からは見て取れた。
 巨人の指先の焔は、徐々にその色調を薄め、今だに辛うじて炎を体裁を取り繕っているものの、もはや放たれた熱線は威力も乏しく、それらは大気を彷徨いながら、新月を大きく外れ、遥か彼方へと走り抜けていくばかりであった。
 もはや、巨人は新月の影すらも捉える事能わず、その瞳を、激しく動かすばかりだ。
 巨人の憔悴ぶりを前にして、やおら新月が速度を緩めた時、大きく巨人が左右に動揺するのが見えた。
 ここに来て彼我の大勢は決したことを、新月ははっきりと確信した。新月は、二本の鉄鎖により放たれた猟犬縛鎖は完全に巨人の自由を奪った事を知る。
 新月の最優先課題とは、一重に巨人の持つ火砲、エクリプスブラスターの使用を封じることであった。しかし、なにも新月はただただ守りに徹し、無作為に時を浪費していたわけでは無い。
 『猟犬縛鎖』とは、ただ敵を捕縛し、物理的に行動の自由を奪うだけの技に非ず。その妙諦とは、鎖による対象の拘束と、刃や鎖に忍ばせた神殺しの毒による敵の汚染という、内外よりの二重の身体的自由の無力化にあったのだ。神をも殺す猛毒は、ひたひたと潮が満ちていく様に巨人を蝕み、そして今や閾値を超え、完全に巨人を虚脱させるに至ったのである。
 もはや、巨人の攻撃は脅威足りぬと判断した後の新月の行動は早かった。
 青い閃光が虚空を飛び交う中、新月は巨人を正面に据えると、後ろ脚で足場を二度、三度と蹴った。そうして弾みをつけながらも、前脚は力強く足場に踏みとどったままに、更に後ろ脚で四度、五度と足場を蹴り、助走をつける。
 巨人の動揺は増してゆき、ついぞ振り子運動は極点を超えた。
 新月の目前、ついぞ、巨人が大きく左方へと傾いたかと思えば、重苦しい地響きと共に巨人が片膝をつく。
 瞬転、新月は大地を蹴った。中空でそのしなやかな体躯を伸ばせば、体はゆみなりにしなり、勢いよく空を切り裂いていく。漆黒のタテガミが、風にたなびき、勢いよく後方へと流れていった。
 黒い稲妻と化した新月は、漆黒の尾を長く曳きながら空を駆け、巨人へと一気呵成に飛び掛かる。巨人と稲妻となった新月の影が、瞬く間に重なり合った。
 影から伸びた前脚が、わずかに魔装ブリガンディアが残る、巨人の右肩へと触れたかと思えば、瞬間、耳心地の良い風切り音とともに、残存したブリガンディアは砕け散り、その残骸は黒い礫片となり周囲へと飛び散った。
 電光石化の早業のもと巨人の肩部へと深々とした傷を刻みこむと、新月は、勢いそのまま空を駆けてゆき、大地へと優雅に舞い降りるのだった。
 後ろ足で大地を踏み鳴らせば、鉄の足場からは軽快な金属音が鳴り響く。新月は、数度と大地を踏み鳴らし、そうして、後方へと振り向いた。
「この都市を守るため、斃す以外にはありませんね――、ねぇ…。防衛部隊の皆さん?」
 新月の鋭い視線が巨人を刺し貫き、ついで彼女の凛とした声音が周囲に木霊した。
 瞬間、新月の彼方、遠間に、特別巨大な魔術砲台がその砲身をわずかに動かすのが見えた。それを合図に新月は、後ろ足で勢いよく大地を蹴り上げると、左方へと大きく飛び退く。
 まさにこの瞬間を待ちわびていたかとでも言うように、魔術砲台は、もはやブリガンディアに守られぬ巨人の右肩へと照準を絞るや、間髪入れずに魔道砲を放つ。
 当初、ブリガンディアにより、完全に無力化されていた魔術砲台『ウィンストン』はココに来て、ついぞ、本領発揮といわんかりに、意気揚々と消滅の光を放つのだった。
 砲口に浮かび上がる六芒星のもと、紫色の光芒が一筋、空を走り抜けていく。光芒は、見る見る間に巨人に迫ったかと思えば、巨人の肩元から前腕までを飲み込み、残光を瞬かせながら、夕空を駆け抜け、遥か彼方の景色に霞んでいくのだった。
 紫色の雷鳴が瞬き、稲妻が過ぎ去った時、そこには、隻腕となった巨人ブラックエクリプスの姿があった。
 幾分かは猛毒が薄らいだ巨人は、迫る魔術砲を前に、咄嗟に身を翻した様で、辛うじて直撃は避けた様だった。 だが、その代償は大きいと言えるだろう。すでに鉄壁の鎧を失い、片腕をも犠牲としたのだ。今や巨人の交戦力を著しく減じたと言えるだろう。
 巨人は、足元に転がる大斧を左手で拾い上げると、その無機質な相貌をどこか苦悶げにしかめ、その場を離れた。
 そんな巨人を遠目にしながらも、新月の銀色の双眸は、眼光鋭く、巨人を射貫いていた。
 ――微塵も油断をするつもりは無い。
 温厚なるこの獣の瞳は、凪いだ湖面のように穏やかに揺れながらも、今も尚、戦いの最善手を模索しているのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

暗都・魎夜

【心情】
ブリガンディアで強化したダモクレスか
まさしく驚異のスーパーロボットって奴だな

「(誰何の言葉に)通りすがりの能力者さ、覚えておきな。イグニッション!」

【決戦配備】
クラッシャー
物理攻撃を仕掛けてもらう

【戦闘】
数限りない魔性に異界からの来訪者の跋扈する銀の雨降る世界を守り抜いた嵐獅丸(ストームブリンガー)の力、見せてやるぜ!

歴代ストームブリンガーの記憶にアクセスして「戦闘知識」を決戦配備に連携
自身も前線で戦闘

エクリプスブラスターの動きを「見切り」「武器受け」で防御
相手の最適を実力でねじ伏せればいいってこった

「リミッター解除」で「フェイント」を織り交ぜ、「斬撃波」「グラップル」を使い分け攻撃



 刹那の間、茜空にたなびいた紫色の閃光は、その尾を長く伸ばすにつれ徐々に消退していき、あでやかな光の飛沫をまるで雨の様に周囲に迸らせつつも、ついぞ、朱色に塗り固められた茜空の中へと溶け込んでいくのだった。
 魔道砲の放つ残光が、初雪の様な鮮やかさで周囲へと降り注いでいた。いかにも儚げに、空を揺蕩う、この透明な微光を、暗都・魎夜(全てを壊し全てを繋ぐ・f35256)は感慨深く眺めていた。
 夕映えの空のもと、無数に降り注ぐ透明な光の泡は、その光の波長や色調こそ違えど、かつて魎夜が日常的に目にした銀の雨とも似た絹の様な柔らかな粒子でもって降りしぶき、寂寞と佇む茜空の中に枯淡とした風趣を潤色していた。
 周囲からは歓声が聞こえる。
 それもそうだろう。
 紫色の閃光が駆け抜けていった軌道のもと、敵デウスエクス『ブラックエクリプス』は片腕を失い、もはや半生半死といった様相でその場で立ちすくんでいるのが見えた。
 そこに立つ巨人には、かつて人々の生殺与奪を思いのままにしてきた支配者の面影は無かった。
 猟兵との連戦を経て、更に魔道砲の一撃を受けたことで激しく損傷したその体は、支配者の名を冠するにはあまりにもみすぼらしく見えた。
 今や防衛側は圧倒的に優勢にある。故に人々は早計ながらも、おぼろげに浮かび上がった勝利を前に歓喜せずにはいられなかったのだろう。
 しかし、目の前で降りしきる銀雨の如き光の雨を通して、半壊したその巨体を、魎夜がまじまじと見つめた時、その表面上に浮き彫りとなった衰微に反し、未だ巨人には底知れぬ力の片鱗が残されているであろうことを魎夜は、はっきりと一人感じとっていた。
 光の雨が降っていた。
 降りしきる光の雨は、郷愁という名の雨脚をますます強め、その雨粒の一滴一滴と共に、魎夜にかつての世界を追憶させた。
 数限りない魔性に、異界からの来訪者の跋扈する銀の雨降る世界にて、魎夜は数多の敵と死闘を繰り返してきた。
 そして、かの世界には師の存在があり、最良の伴侶たる女性がいた。そして、銃後には、無数の守るべき者達の存在があった。
 光の雨を通して見えた巨人は、かつて魎夜が干戈を交えてきた油断ならぬ怪異たちのそれとぴったりと一致してみえたのだった。
 奴らは、常にその身に刃を隠す。そして、こちらが優勢とみ、油断するや、白刃を抜き、その匕首を喉元につきつけるのだ。
 魎夜はわずかに口端をつりあげると、苦笑を浮かべた。
 銀雨降りしきる世界にて嵐獅丸として培ってきた歴戦の兵士の戦いの勘と言うべきか、魎夜はむしろ、半壊の巨人を前にしてますます警戒心を掻き立てた。
 過去の世界の事例が自然と脳裏に浮かばれ、胸裏がざわついた。
 はるか目前では、隻腕の巨人、ブラックエクリプスは残存した左手で大斧を振りかぶり、そうして、まるで雄たけびでもするかの様に、ノイズまじりの金切り音を上げていた。
 窮鼠猫を嚙むという言葉もあるが、今、追い詰められた敵はネズミなどでは無く、獅子である。そして、獅子は既に半死の身とはいえ、その戦意は微塵も衰える事無く、未だに必死に反撃の時を虎視眈々とうかがっているという様子である。
 巨人、ブラックエクリプスが大斧を振り上げた瞬間、その体が一瞬、ぼやけて見えた。まるで蜃気楼のようにその体が歪んだかと思えば、巨人は、滑るように大地を駆け抜け、一息の間に遥か側方へと躍り出る。
 瞬間、巨人の蠢動にわずかに遅れ、魔道砲が蓋浴び火を噴いた。消滅の光は、再び巨人へと向かい一直線に空を駆けていくが、しかし、もはや巨人の残像を捉えることも能わず、手応えなく後方へとたなびいていきながら、無為に光の粒子を周囲にばらまき、虚しく大気の中へと霧散していくのだった。
 。出陣に臨んでブリガンディアで全身を固め、防護性を高め、更にはエクリプスブラスターなる大斧を無敵の矛としてその手にして、万全を喫する。
 魔鎧『ブリガンディア』無き今、巨人は、その防護性を失った。しかし巨人は、その多大な損失にはあえて目をつぶり、圧倒的な速度で敵を翻弄する事を決めたのだ。そう、かの大斧が齎す異能により、巨人の速力は、今や数倍にも倍加している。
 まさしく驚異のスーパーロボットとはこの事だろうと、魎夜は苦笑まじりに巨人をそう評価した。
 そして同時に、俊敏に外壁を駆け巡る巨人の動きを前にして、魎夜は、瀕死ながらも巨人はその実、厄介さだけならば当初となんら変わらず脅威足り続けているとも分析していた。
 だがそうして冷静に巨人を俯瞰しても尚、未だ魎夜は、自らは巨人に対して優位に回ることが出来る事を、はっきりと確信してた。
 自分には、かの銀雨の世界を守り抜いた嵐獅丸としての矜持と、歴戦の強者としての豊富な経験がある。
 そして――。
 魎夜はくるりと後方へと振り向いた。
 目前の光景をまじまじと凝視すれば、そこには小集団を形成するケルベロスの一団や、整然と隊伍を組み直立する警官隊の姿がありありと伺われた。
 彼らの視線は一様に魎夜へと向けられていた。
 そしてその眼差しが輝きを増すごとに、魎夜の胸中ではかつての師の言葉が、力強い響きを伴って幾度も反芻されるのだった。
 仲間の絆は最強の武器である――、とのその言葉は、確かな重みと純然たる輝きを放つ金言として、魎夜の中に深く根を下ろし、今や巨木となり、その死生観にも大きく影響を与えていた。
 彼らの一人一人に視線を移すたびに、師の言葉が胸裏で甦る。
 如何に優れていようとも、個の力には、おのずと限界がある。対して、個の集積たる集団の力は、奥行を持ち、軽やかであり、そこには、限界を知らぬ可能性の萌芽が常に秘められているのだ。
 暗夜は、ケルベロスらへと目をやる。彼らの一人一人からは、可能性という名の燈火の煌めきがはっきりとくすぶってみえた。
 自然と笑みがこぼれた。
「今から、俺は―――、敵のデウスエクスに引導を渡してくるつもりだ。ちぃっとばかし、手伝っちゃくれないか?」
 貫禄と瑞々しいまでの熱情とが混淆する、艶のある魎夜の声音が周囲に響いた。言葉とは、その内容に加え、それを語る者によってこそ、真価を発揮する。
 少なくとも魎夜の言葉は、目の前に並ぶ、十人にも満たないケルベロスらの小集団と、それに十倍する程の数で整列する警官達の心を激しく打った様だ。
 魎夜の言葉に、その場に居合わせた一同は、一斉に同行を願い出た。彼らは、熱っぽい眼差しを暗夜へ向けつつ、我先にと先を争う様に魎夜の前に歩み出る。
 魎夜は、まずは、少し苦笑まじりに視線を警察隊へと向けて首を左右に振り、ついで、笑みを深めながら、ケルベロスの集団へと目を向けた。そして、笑みはそのままに再び頭を左右に振る。
「まずは人数は俺を含めて七人で行く。それと、ちょっと悪いんだけどな…」
 魎夜は一歩踏み出した。ケルベロスの集団の中、未だあどけさの残る少年の姿が目の前にある。魎夜は、少年のもとへとゆったりと歩を進めると、彼の前で中腰になり、その瞳を覗き込んだ。
「十代はここで留守番だ。俺らの帰る場所をしっかりと守ってくれよ?」
 少年の瞳をじっと覗き込みながら魎夜は、柔和にそう言い放つ。一瞬、少年が歯噛みする様に表情をこわばらせるのが見えた。たまらず、魎夜の右手が少年の頭に伸びる。
「そんな顔するんじゃないぞ? 皆の帰る場所を守るのは立派な戦士の務めなんだからな。それにお前は、俺らの切り札なんだ。だから、ここで力を蓄えて、いざって時は俺達を助けにきてくれよ」
 少年の頭をなぜながら、魎夜はますます笑みを輝かせた。そして魎夜の笑顔と言葉とは、少年の無念を幾分も和らげた様で、少年はくしゃくしゃと頭を撫でられながら、どこかくすぐったそうに眼を細めると、魎夜に首肯して、その指示に従うのだった。
 魎夜は、左目を眇め、そうして少年に陽気に目合図すると、再びケルベロスの一団へと向きを変える。
「よし、それじゃあ残りの面々は、ちょっとばかし危険な散歩に付き合ってくれよ」
 魎夜が鷹揚とそう言い放てば、一同は、魎夜に力強く頷き、横一列に整列を終えた。一同は、精悍な表情でもって魎夜の隣を固め、そうして、巨人へと鋭い眼光を向けるのだった。
 彼らのその堂々とした面持ちを眺めていた魎夜だったが、その時、はたと、降り注いでいた光の雨が、にわかにその勢力を落としていくのに気づいた。
 もはや、魔道砲の残光は消え失せて等しく、光の雨は周囲に僅かに漂うばかりであった。そして、光の雨雫の最後の一滴が、硬い鉄の足場に触れ、そうしてどこか儚げに砕け散ると、魎夜の視界は急に開かれる。
 ふと魎夜が前景を眺めれば、そこには夕映えに照らし出されたロンドン市上空の景観が開けて見えた。。
 そう、そこには今より守るべき世界の姿が茫洋と映し出されていたのだ。
 魎夜は自らの中に眠る奇跡の力を顕現させるべく意識を集中させた。
 意識を集中させ力を発現させれば、銀白の雨にかわり、金色の灯明が魎夜の掌に造形された。
「敵の速度は圧倒的だ。だが、動きは直線的でその軌道は捉えやすい。目でその初動だけを追えば対処できるはずだぜ」
 降り止んだ銀白の雨に代わり、魎夜を中心に淡い金色の光が、まるで絹の様に周囲へと流れていく。それら、光の一条、一条は魎夜の隣に居並ぶ戦友たちをたおやかに包み込み、その光量をますます強めていく。
 魎夜の奇跡の力『銀の嵐の記憶』は、その効力は魎夜のみに限定されるものでは無い。魎夜の訓示に従う者達にもまた、その奇跡の力の効能は及ぶのだ。
 魎夜は巨人の蠢動を目で追いながら、数多の戦いの中で打ち破ってきた強敵らの姿を回想する。脳裏では、かつての敵の姿が、おぼろげに浮かび上がったかと思えば、消えていく。一体、また一体とかつての強敵らを思い浮かべ、そうして、記憶というか細い糸をたぐりよせていけば、ついぞ、魎夜は、その脳裏に一体の好敵手の姿を克明に描写するに至る。
 機械に憑依したナイトメア…。かつて、魎夜と戦ったあの不気味な影の姿がふと脳裏を横切った時、魎夜の奇跡の御業『銀の嵐の記憶』は奇跡の福音を鳴らしながら、この世界に現前するのだった。
 魎夜がかつて戦った、かの敵の挙止や息遣いを脳裏で再現すれば、自らの網膜の上、巨人とかつての敵との動きが、徐々に重なり、遂に完全に一致する。
 金色の光の中、魎夜は声を張り上げ、周囲の者らに告げる。
「目で追えなくても、機械特有の動きの癖がある。急加速と急停止、そして直線軌道とがあいつらの挙動の大原則だ。まずは俺から行くぜ。遅れずについてきな!」
 魎夜が言葉短く、そう言い放てば、周囲を包んでいた光の帯が弾け飛ぶ。奇跡の御業の残滓は、泡沫のごとく魎夜の中へ、そして彼と共に闘うケルベロスらの中へと沁み込み、そうして、その場に居並ぶ者らの巨人に対する潜在的な認識力を高めていく。
 魎夜は、肩で風を切りながら、悠然と一歩を踏み出す。魎夜に続く様に、左右のケルベロス達も力強い一歩を刻んだ。
 彼らの顔を見ずとも、自信のほどは、その確固とした一歩からはっきりと窺われた。
 更に魎夜は一歩を踏み出した。瞬間、後方より魎夜へと声がかかる。
「あなたは…。一体なにものなんですか?」
 ふと肩越しに振り返れば、そこには、いかにも精励恪勤とした雰囲気の青年の姿があった。
 青年は、後方に控える警官達とは一風異なる、風変りな警官服を身にまとい、謹直そうなその面差しを強張らせながら、直立不動で魎夜をまじまじと見つめていた。
「そうだな…」
 魎夜は、青年へと目礼がちに呟いた。
「通りすがりの能力者さ、覚えておきな」
 右目を瞬かせ、青年へと微笑を送り、そうして魎夜は再び、前方へと視線を戻す。
 右手を振り上げれば、その手に纏った手甲が斜陽を浴び、赤く煌めいて見えた。指先を伸ばせば、陽光が一斉に収束し、魎夜の指先に小さな太陽が生まれる。心臓は激しく鼓動し、沸騰しかけた血液が勢いよく全身へと駆け巡っていくのが分かった。
 激しく還流する血流により、脳裏は冴えわたり、体組織は活性化していくようだった。
 小さく息を吸い込み、そうして吐きだせば、自然、魎夜の喉元を言葉がつく。
「イグニッション!」
 叫ぶと同時に魎夜は、自らの力を一気に開放、そうして巨人へと向かい、力強く鉄の足場を蹴りあげるのだった。
 魎夜の両の眼は、黒い影となり外層を疾駆する巨人へと向けられ、同時に脳は、過去の事例と巨人とを対比する事で、巨人、ブラックエクリプスの取るべき進路を精確に割り出していた。
 魎夜は、ただまっすぐに最短距離で、数秒先に巨人が移動する地点へと向かい、外層を勢いよく駆けていく。
 歩を踏み出せば、たちまちに両者の距離は縮まった。影の速度は、魎夜の弾き出しのとまったく同じ速度と軌道にて、一点を目指し突き進んでいた。
 もらった――。
 内心でそう吐きだすと共に更に一歩を踏み出せば、影の様に高速で移動するブラックエクリプスは、おぼろげな輪郭でもって、しかし、魎夜の予想通りの地点へと姿を現すのだった。
 本来、目視するのは困難であろうその高速の機影を前に、しかし、魎夜は、ただ脳裏に描かれた未来図をもとにその右拳を突き出した。拳はぬるりと空を滑り、そうして吸い込まれる様にして黒い影へと突き刺さる。
 この一瞬の攻防を精確に視認できたものは果たしていたのだろうか。少なくとも、巨人には魎夜の一撃は、完全に意識の外にあったようだ。
 拳が巨人の下腹部を精確に抉りぬいた時、果たして巨人は、その赤黒い瞳を激しく動揺させる。
 瞬間、魎夜の拳に重苦しい鉄の感触が走ったかと思えば、黒影が突如、大きく跳ね上がり、その巨体が宙を舞う。巨人は、その巨躯をくの字に曲げたまま、拳の衝撃をいなすことかなわず、宙で二転三転と体を弄ばれると、勢いそのまま鉄の足場へとその巨体を横たえるのだった。
 巨人が鉄の足場へと沈み込み、わずかに足元が振動する。
 魎夜は動揺する足場を力強く踏みしめながら、倒れ伏す巨人へと向かい、じわりと距離を詰めた。
 二歩、三歩と魎夜が踏み出したところで、巨体が微動するのが見えた。
 魎夜は足を止め、目の前で静かに立ち上がる巨人へと鋭い眼差しを向ける。
 すでに片腕を破損し、隻腕となった鋼鉄の巨人は、もはや魔鎧ブリガンディアに守られぬ、その剥き出しになった銀白の装甲を、射しこむ陽光に眩い銀白色にそびやかしながら、勢いよくその場に立ちあがった。
 巨人は、両の足で大地を踏みしめ、魎夜へと向きを変える。
 その手にした大斧が振り上げられ、血にまみれた様な、赤黒い刃先が禍々しい微光を放つ。
 巨人も準備は済ませた様だ。それならば、ここからは正々堂々と殴り合えば良い。
 ひとりごちながら、魎夜は、巨人へと右手を伸ばす。ついで、その口端を皮肉げに歪めると、巨人に向け、挑発する様に人差し指を折った。
 瞬間、目の前で銀白の雷光が弾けるのが見えた。なにかが、いや、巨人が魎夜へと向かい、猛進する姿が魎夜の眼にはおぼろげに伺われた。
 しかし――。
 雷光の先端が、魎夜へと差し迫り、今まさに自らを穿ち抜かんとしたその瞬間、魎夜はひらりと側方へと体を翻す。半身で雷光を過ぎ去る雷光の軌道を確認しつつ、魎夜は、流れる様な挙止で右足を振り上げるや、駆け抜けていく稲妻目掛けて右足を叩きこんだ。
 魎夜の目前、稲妻が折れ曲がるのが見えた。瞬転、激しく鳴り響いた衝突音と、ついで魎夜の右足に走った鉄を蹴り上げた様な重苦しい感覚と共に稲妻は、移動を止めた。魎夜の目前、巨人が膝をつくのが見えた。
 巨人は半ば放心した様に、魎夜をまじまじと眺めながら、すぐに立ち上がり、その手にした大斧を薙ぎ払う。
 まさに雷光が瞬くような鋭い斧の一撃を、しかし、魎夜の両の眼は、はっきりと捉えていた。
 すぐさま、右手の首肯で、自らに迫る刃を下方から払い上げ、魎夜は巨人の懐に飛び込んだ。そして、拳を一撃、また一撃と巨人の腹部へと叩きこんでいく。たまらず巨人が後方へとよろめいた。
 巨人は呆気にとられた様に、その無機質な赤い瞳をただ、彷徨わせるばかりであった。高速で移動する自らを、なぜ魎夜が捉えられるのか考えも及ばぬといった様子で、巨人は目を丸くする。
 魎夜は、小さく微笑しつつ、巨人へと言い放つ。
「知らねえのか? 銀誓館の能力者に一度見せた技は通じねえよ。悪いが引導を渡させて貰うぜ」
 魎夜は真実を明かしてみせたが、しかし、巨人は魎夜の言葉にはいかにも納得がいかぬといった有様であり、彼は、その言葉を峻拒する様に、魎夜へと猛進すると、その手にした大斧を再び薙ぐのだった。
 一つ、二つ、三つと鋭い閃光が再び空に走る。
 しかし、今の魎夜には、巨人の一撃、一撃が手に取る様に視認できた。彼が過去、経験してきた数多の戦いより抽出された最適解が、わずか先の未来を魎夜の脳裏に明瞭に描き出している。
 この未来予知にも似た敵の挙動の推察と、魎夜の極限まで高められた身体能力が、今や巨人の速度を完全に凌駕したのだ。
 魎夜は、半身ほど体を捻る。刃が彼の頬すれすれを縦に薙いだ。ついで、一歩を踏み出すと共に僅かに体を沈めれば、頭上を大斧の一撃が通り過ぎていく。体を前方に滑らせつつ、わずかに飛び上がれば、足元を大斧の一撃が暴風となって駆け抜けていった。
 魎夜は巨人に接近しつつも体を左右にふり、フェイントを織り交ぜつつ、巨人の動きを誘導すれば、再び単調な大斧の一撃が魎夜を襲った。唐竹割に魎夜の頭上から迫った大斧を、魎夜は左方へと体を滑らせることで見事に回避して見せる。
 そうして四度、巨人の連撃を回避したところで、今度は魎夜が反撃に転じる。
 魎夜は腰を落とし、体を後方へと捻る。背にした剣を抜き、渾身の念力を刀に込めれば、剣の刀身はますます赤く揺らめいた。
 勢いそのまま剣を振りかぶり、魎夜がその翻した体を前方へと反発させれば、肩部から背部、そして下腿筋群へと至る一連の筋肉は一つのしなやかなバネとなって勢いよく進展し、鋭い剣戟を繰り出すのだった。
 振り下ろされた剣の切っ先が正中を睨み据えた。瞬間、剣の刀身が陽炎の様に霞み、その身に焔を纏いながら振り下ろされる。そうして振り下ろされた剣にやや遅れ、焔は剣より離れると、剣の形を造形した深紅の衝撃波へと姿を変えるのだった。
 剣の切っ先が下方へと滑る。その切っ先に押し出されるような形で、生み出された衝撃波は揚々と空を駆けていき、吸い込まれるようにして、巨人の無防備な下腹部へと突き刺さるのだった。
 衝撃波が巨人の表皮とも言うべき銀白の装甲に触れるや小爆発が起こる。巨人の装甲がひしゃげ、深々とした刀傷が刻み込まれるのが見えた。赤黒く変色した装甲のもと、穿たれた創部より、基盤や計器の様なものが顔をのぞかせている。
 創部よりは絶え間なく白い火花がほとばしっていた。垣間見えた巨人の内部の基盤は、幾つかは焼き爛れ、また幾つかは不自然に折れ曲がってみえた。
 半機神たる、かの巨人がいかほどの損傷を受ければ機能不全へと陥るかを、魎夜は精確に知る術は無い。だが、今や巨人が虫の息であることは誰の眼にも明らかだった。
 魎夜は、自らの一撃が決定打となったであろうことを半ば確信していた。
 だが…。
 巨人は、魎夜の斬撃波を喰らってもなお、その場に踏みとどまり、その紅玉の双眸を弱々しく明滅させつつも、余力を振り絞る様にしてその大斧を振り上げるのだった。
 見事だ、と純粋に魎夜は思った。
 確かに巨人の挙措や態度には、常に力ある者の傲慢さの様なものがにじみ出ていたのだは確かだ。しかし、それゆえに、巨人はこの境地においてこそ、自らの王者としての矜持を守るために、不退転の覚悟を示したのだろう。
 今や大破したも同然の巨人が、なおも奮戦するその様を、魎夜は半ば感嘆した様な思いで魅入っていった。
 衝撃波の反動で魎夜の体が、一瞬、凝りついた様に動きを止める。対して、巨人の大斧は勢いよく魎夜へと迫い来る。
 まるで、この硬直の瞬間を狙い澄ましたかのように、巨人の振り下ろした大斧は見る間に魎夜へと迫り、ついぞ、その髪先まで至った。
 しかし――。
「わりぃな。こちらも負けられねえ理由があるんだ」
 ぽつりと魎夜は、呟いた。瞬間、魎夜の後方で魔術の光が瞬いた。
 そう、巨人の奇襲攻撃さえも、魎夜は的確に予知していたのだ。
――仲間の絆は最強の武器である。
 師の言葉通り、魎夜の描いた青絵図は、個の力のみで巨人を打倒するものでは無い。そう、絆という集団の力でもって巨人を打ち破るのものだった。
 魎夜は、自らを敵の注目を惹く撒き餌として利用した。そして、戦いの帰趨を決める局面で、強化したケルベロスらによる一斉魔術を目論んだのだ。
 そして魎夜の策は見事に奏功する。
 魎夜の後方、虚空に描かれた六芒星の刻印と共に炎の矢が一斉に放たれた。大斧は白刃を煌めかせ、魎夜の顎先まで迫る。しかし、その矛先が暗夜を切り刻む事は未来永劫ありえはしなかった。
 ケルベロスらによって一斉に放たれた炎の矢は、巨人の鉄槌が魎夜に振り下ろされんとしたまさにその瞬間、巨人へと一斉に降り注ぎ、そうしてその巨体を厖大な熱量でもって焼き尽くすのだった。
 肌先にじわりと熱風を感じる。熱波で目がひりひりと痛んだ。目前では巨人が赤い焔に包まれ、見悶えているのが見える。しかし、魎夜に迫っていた大斧は、下垂した巨人の左手と共に力なく下方へとその刃先を下ろしていた。
「…いい勝負だったぜ」
 魎夜は巨人へとたむけの言葉を投げかけた。同時に、魎夜は一歩を踏みこむと、その拳を思い切り振りきり、渾身の一撃を、燃え盛る巨人へと叩きこんだ。
 手甲がますます赤く揺らめき、熱気にも似た衝撃が手甲ごしに魎夜の拳に走った。
 この得も言われぬ感覚を噛みしめながら、魎夜は、巨人が力なく後方へと吹きとばされ、炎につつまれたその全身が、遥か彼方にて赤黒い点となるのを、拳を交えた好敵手として一人、厳かに眺め続けるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​



 なにがキッカケで歯車は狂ったのだろうか。己が慢心故か、それとも突如、現れた敵の増援部隊が齎した外的要因によるものか。
 理由は判然としなかった。
 だが、崩れ落ちた鎧と、既に無き自らの片腕、そして、腹部に大口を開けた刀傷とが、傲慢たる鋼の巨人に、受け入れがたい敗北という現実を突きつけていた。
 ブラックエクリプスは、自らの命の灯が長くは無い事を瞬時に悟る。となれば、その命が尽き果てるまで、自らはいかに振る舞うべきかとも思索する。
 自らは、暴虐たる王である。となれば、おめおめと逃げたところで、巨人の勇名に傷をつけるだけである。また、このまま、まるで延命治療を続けるように、自らの動力を安定したまま、緩慢と戦い続けたとして、勝利を掴むことは不可能であることもまた明白だ。
 自らは暴虐たる支配者である。家畜である人類の恐怖の、そして憎悪の対象であり続けなければならない。
 敗北は受け入れよう、しかし、恐怖の象徴たる自らが、ただただ一方的に人類に敗れ去る事だけは、避けねばならない。恐怖や憎悪の視線は甘んじて受け入れられるが、しかし、蔑視の対象となる事だけは自らが、そしてデウスエクスの総意が許さなかった。
 ブラックエクリプスは、身を焼く炎に包まれながら、緩慢たる死を選ぶことを峻拒した。
 突如、巨人の蒼い焔のタテガミが、殊更に青く輝き出したかと思えば、激しく膨張し、絡みついた赤い焔を飲み込んだ。赤い焔が消え、次いで巨人より放出された蒼い焔が鳴りを広めていく。
 敗北は免れぬであろう。しかし、一矢も報いずに地に伏すのは、自らの本望とするところでは無い。
 もはや、隻腕となった巨人は、先の戦いでユミルの子らが残した、『ブリガンディア』の残骸の一つを残された左手で器用に拾い上げると、その身に纏った。
 鎧は所々が破損し、巨人の上半身の一部を覆うのみという有様だ。もはや、十全の性能を見込む事は出来ないだろう事は明らかだ。それでも尚、多少の弾除けになれば、御の字というものだ。
 巨人は鎧を纏うと、返す手で大斧をその手に掴む。
 同時に自らの命の炎を燃やし尽くすように、残りうる全ての力を開放するのだった。
 今、巨人による反撃が始まろうとしていた。
トモミチ・サイトウ
アドリブ/連携可
決戦配備:ディフェンダー(障壁展開)

飛んでくる爆炎弾を見て何事かを察する(第六感)
「総員退避!」
殿に立ち、警官隊を逃がす。と、追いついてくる敵。覚悟を決め、盾を構える。決戦配備発動で背水の陣状態。
背後から銃撃音が。振り向くと障壁の向こうから警官隊がドローンに発砲している。
「こっちも行くぞ!」
脚部にUC発動。猛ダッシュで突進し、敵の体勢を崩す。蹴りを連打し、敵の鎧を部位破壊。ここまで約3分。そこに警官隊が銃撃をぶち込む。
敵が倒れると同時にトモミチの足もオーバーヒートで破壊。
「元より相打ちは覚悟の上、これで良かったのです」



 男は豪放快活と笑いながら、ともがらのケルベロスらと共に戦地へと駆けて行った。
 その背中が遥か彼方へと霞んでいき、幾ばくが時がたった時、鋼の巨人、ブラックエクリプスの全身から赤い焔があがったのをトモミチ・サイトウ(レプリカントの武装警官・f42298)はまじまじとその目に焼き付けていた。
 焔に包まれるブラックエクリプスは、度重なる猟兵らとの戦いにより大きく負傷したその全身を捩らせながら、拳を受け、力なく空へとその巨躯を彷徨わせた。
 巨人は、既に片腕はもがれ、全身にも損傷が絶えず、もはや虫の息という有様だった。
 トモミチは、鋼鉄の巨人、ブラックエクリプスの姿を遠間に眺めながら、かの巨人がついに息絶えたと半ば確信し、ほっと胸をなでおろしていた。
 しかし、一転、突如、巨人の頭部よりあふれ出した蒼い焔の奔騰が、トモミチの端正な面立ちに浮かび上がった安堵の色に翳りを齎した。
 青い焔は帆の様に広がったかと思えば、瞬く間に、巨人を焼灼する赤黒い炎を呑み込みんだ。青と赤の焔とが抱擁し合い、そうして、歪に絡みつけば、赤い炎はたちどころにその火勢を落とし萎んでゆき、そうして瞬く間に蒼い焔に食いちぎられ、霧散する。
 トモミチは、そんな焔と炎のせめぎ合いを神妙な面差しで見守りつつも、自らの内奥でけたたましく鳴り響く、危急を告げる警鐘に、ますます表情を強張らせた。
 蒼い焔は、赤い炎を飲みこむと、それで満足した様に、その鳴りを徐々に潜めていく。そうして、全ての焔が、巨人の全身から消退し、その巨体が再び白日にさらされた時、トモミチは未だ、戦いが終わっていない事をはっきりと窺い知るのだった。
 巨人の姿は遠間にあり、射しこむ斜陽に溶け込んだシルエットは、まるで蜃気楼の様にどこか覚束なく歪んで見えた。
 しかし、もはや隻腕となった鋼鉄の巨人のその左腕が、ゆったりと空へ振り上げられ、その手にした大斧の先端が空を睨んだ時、トモミチは、そこに全てを灰塵と帰す、眩いばかりの焔の揺らめきを見たのだった。
 後方を振り向けばそこには、警官隊の姿があった。現状の優勢を勝利と見てか、彼らは一様に表情を弛緩させ、どこか安穏とした様子で、にわかに色めき立っている。
 しかし、未だ巨人は健在であるとトモミチの直感は告げている。そして巨人は、払底しつつある自らの命を激しく燃焼させ、自らにむち打ち、残余の力を振り絞っては、最後の攻勢に転じたのだ。
 第六感がトモミチにそう告げていた。
 トモミチの灰色の瞳に僅かな朱色が滲みだした。次いで、夕焼け空に、無数の赤い焔の蕾が浮かびあがったかと思えば、それらは、夕空をまるで血の様なくすんだ朱色に染めだしていく。蕾が花弁を開き、次いで、その一つ一つが一斉に空を飛び散っていくのを前に、トモミチはたまらず声を張り上げた。
「総員退避!」
 短くそう告げると、トモミチは足早に駆け出した。
 後方に居並ぶ警官隊立ちが、急に浮足立ってゆくのを感じた。激しい刃で胸を抉りだすように、重苦しい空気が周囲に漂っていく。
 トモミチは、警官達の前方、彼らを守るように両手を広げ、仁王立ちで大地に踏みとどまった。すぐさま、管制塔へと指示を伝える。
「シールド展開を!」
 トモミチの叫びに応えるように、自らの両腕には大盾が、そして後方では、足元からせり上がった鋼鉄の防壁が警官達を包み込むようにして一重、二重と巡らされる。
 トモミチは、息を殺して上空を睨み据える。無数の赤い燈火は、火球の形を取り、見る間にトモミチ達へと迫ってゆく。その火球の一つ、一つが、巨人の放った爆炎弾なる破滅の弾頭であることをトモミチはすぐに理解した。
 衝突の瞬間に備え、両腕に力をこめ、盾を握りしめた。
 火球はゆるやかな放物線を描きつつ、ついぞ、トモミチの目と鼻の先まで迫る。火球の表面に浮かぶ、無数の焔の尾が、周囲へと手を広げるのが見えた。瞬転、火球の一つが、鋭くトモミチの大盾へと降り注いだ。
 視界が赤く染まり、大盾が激しく揺れる。両腕に物凄い熱感が走り、ついで、熱波が大盾ごしにトモミチを襲った。
 両足で必死に踏みとどまりながらも、トモミチは雪崩の様に押し寄せる火球の猛攻を必死に凌ぐ。数度の衝突を繰り返せば、自然と大盾にも亀裂が入り、更に数十度と火球が押し寄せれば、鉄壁の盾と言えどもところどころがひしゃげ、綻びが生まれる。
 火球が大盾を揺らすたびに、火球は飛散し、そうして生じた焔の残影は、火の粉となり、熱波となってトモミチを苛んだ。
 しかしトモミチは決して、膝を屈することは無かった。
 両足で力強く大地を踏みしめ、そうして微動だにすることなく大盾を前方で展開させ、押し寄せる暴流に堪える。
 トモミチが、爆炎弾の衝撃に耐え抜く事、十数度、にわかに火球がその勢いを弱めていく。更に数発、火球を大盾で防ぎ、そうして盾越しに空を仰げば、硝煙がたなびく視界のもと、空を彩った無数の火球は夢幻の如く消え去って見えた。
 そう、トモミチは、ブラックエクリプスの嵐の様な連撃を見事に防ぎきってみせたのだった。
「ですが…。」
 そう零し、トモミチは目を細めた。
 爆炎の余波は今や白い硝煙となり、周囲へと白色の靄をまき散らしては、トモミチの視界をうすぼんやりと白く染めだしていた。
 目を細め、靄の一点を凝視すれば、おぼろげな視界のもと、ふと、何かが空を揺蕩うのが見える。
「ドローンか!」
 トモミチは声を荒げる。靄の中、空を揺蕩う機影がその銃口をトモミチへと傾けるのが見えた。
 左方に飛び退かんと咄嗟に腰をかがめる。
 だが、トモミチが飛び退くのよりも尚早く、一発の銃声がたなびいた。薄靄が急に晴れ渡っていく。ついで、晴れ渡った視界のもと、空を浮遊していた小飛行体が、ぐらりと体勢を傾けると、力なく、地面へと落下していくのが見えた。
 体に銃弾が貫いた様な鋭い痛みは感じられなかった。銃声の出所を求めるように、トモミチが後方へと頭を遣れば、そこには、防壁に守られるようにして、警官隊の面々が理路整然と居並ぶ姿が見てとれた。
 彼らは鋼鉄の防壁に巡らされた銃眼から小銃を伸ばし、鋼鉄の防壁の物陰に身を隠しつつ、射撃の姿勢をとっている。小銃から白煙がたなびているのが見えた。ふとその持ち主に目を向ければ、そこにはどこか誇らしげにトモミチへと視線を送る青年警官の姿がある。
 あぁ、彼は――。先の訓練で特に熱心にトモミチによる教練に付き従った生徒の一人だった。
 トモミチは目礼がちに青年へと微笑みかける。その理知とした笑みを受け、青年は、どこか眩しそうに眼を細めた。
 トモミチは、青年の視線を受けつつ、軽やかに大地を蹴りぬいた。
 後方には頼れる仲間らの姿がある。ならば、自分は安心して敵の本丸へ奇襲を仕掛けるのみだ。
 トモミチは足を踏み鳴らし、そうして奇跡の力を顕現させる。
 ユーベルコード『オーバーヒート・ボディ』にて両の足を強化し、その脚力を三倍程度まで高めると、トモミチは、警官隊に目合図した。
「こちらは参ります...! 皆さんは援護を」
 警官隊へとそう告げるや、トモミチは一気に駆け出した。
 一歩を踏み出せば、強化された両足は勢いよく鉄の足場を踏み鳴らし、激しい衝撃音を周囲へと響かせた。
 更に一歩を踏み抜けば、トモミチと巨人、ブラックエクリプスとの距離が一挙に狭まる。
 ――そうして、三歩目。トモミチが、足場を力強く切り蹴り上げれば、ついぞトモミチと巨人との距離はゼロとなる。
「七秒…。」
 トモミチはぽつりそう呟くと、脳裏に横たわる砂時計を傾ける。
 同時に右足を振り上げ、未だ、身構え出来ずにいる巨人へと足技を叩きこむ。
 トモミチの一撃を受け、巨人の体が大きくぐらつくのが見えた。手応えはある。
 トモミチは、巨人を中心にし、円を描くように体を振りながら、連撃を加えていく。鋭い右足の一撃、一撃は巨人の纏う鎧の一点を精確に射貫き、その度、目の前の巨体が激しく動揺する。
 トモミチの脳裏では、時の砂がその容器を徐々に満たしていく。
 息を止め、トモミチはますます力強く大地を蹴った。圧倒的な速力でもって縦横無尽に足場を駆け回り、更なる足技を繰り返す。
 巨人は、トモミチの影を掴む事も能わず、押し寄せるトモミチの連撃に、なすすべもなく、翻弄され続けた。
 連撃と共にトモミチの脳裏、時の砂粒は、その嵩(かさ)を増してゆき、とうとう雪容器を完全に満たすのだった。終ぞ、百八十秒の時が経過する。
「きっちり三分です…。」
 言いながら、トモミチは一際高らかと右足を振り上げた。その靴先が巨人の顎先を撃ち抜いた時、ぐらりと巨人の巨躯が後方へとのけぞるのがはっきりとトモミチの視界に浮かび上がった。
 と同時に、トモミチにも限界が訪れる。両足に突如、熱傷の如き、痺れた様な神経痛が走ったかと思えば、突如、トモミチの両脚が発赤する。トモミチは、蹴りだした右足をすぐに引き、後方へと飛び退いた。
 両足が、棒になったかのように麻痺しているのが分かる。三分の間、羽の様に軽かった体は、かわって今や鉛の様に重苦しい。今や、立ち続けるのもやっとという有様だ。
 だが、トモミチは追撃の手を緩めるつもりは無い。例え、自分が動けずとも自らには信頼できる部下であり、戦友の存在がある。
 トモミチは、その手を振り上げる。
 その挙止を合図にトモミチの後方、警官隊らによる銃列が火を噴いた。数多の銃弾の嵐が鋼鉄の巨人ブラックエクリプスを撃ち抜いた時、巨人は、溜まらず後方へと倒れ込む。倒れゆく巨人を見下ろしながら、トモミチは巨人へと淡々と告げる。
「元より相打ちは覚悟の上、これで良かったのです」
 そう言い放ち、トモミチは更に巨人から距離を取った。
 再び巨人が立ちあがった時、すでにトモミチは彼の大斧の範囲の外にあった。ぎらつく巨人の鋭い眼差しを受けながら、トモミチは小さく安堵まじりの微傷を浮かべた。
 既に両足はその限界を超えて酷使された事で大破間近と言えるだろう。必死に放熱を続けるも、未だ両足の知覚は鈍く、動かすのもままならない。
 しかしながら、この負傷を代償は大きかった。そう、トモミチは巨人の出鼻を挫いたのだ。起死回生を図るべく、限界まで出力を振り絞った巨人の初動を、トモミチは未然に防いだ。
 巨人は無為にその限られた命の火を放出したと言えるだろう。もはや、巨人の命の灯は長くは無いことが窺われる。
 確かに、もはや自分はこの戦場で十分に戦うことは出来るまい。しかし、巨人の足止めの任は十分に果たした。となれば、あとは託すのみだ。
「あとは任せましたよ…。」
 言いながら、トモミチは警官隊らと共に後方へと下がった。
 瞬間、トモミチへと淡い赤光が射しこんだかと思えば、後方で柔らかな足音が凛と鳴り響く。軽やかな靴音は、勝利を告げる福音の如く、トモミチの鼓膜を心地よくゆすり、そうして、流れ去って行った。
 音が絶えても尚、トモミチの心は、清閑としたままに澄み切っていた。トモミチはなぜだろうか、空を見上げていた。
 ふと、見上げた夕空には、未だ斜陽が赤々と輝いて見えたが、しかし夕映えの空のもと、わずかに沁み出したのみの、黒い帳の存在がトモミチには、妙に印象的に感じられた。夕空に夾雑する一筋の淡い帷帳を眺めながら、トモミチは静謐に満ちた夜が、もはや間近まで迫っている事にこの時、気づいたのだ。
 空に鎮座する銀白の巨神、最高の舞台を終えて悠然と振る舞う奇術師、疾風となり外層を駆け抜けていく黒い獣、ケルベロスらを鼓舞する異界の戦士、そしてトモミチ自身と、五人の猟兵がこのロンドン市外層にて巨人と干戈を交えた。
 そして、今、トモミチは自らに続く第六の猟兵の気配を確かに感じていた。そして戦いの帰趨は、今やその第六の猟兵と委ねられたのだ。
 安寧たる夜の足音はもはやそこまで近づいている。

大成功 🔵​🔵​🔵​

古戸・琴子

連携◯

とうとう姿を現したの。
倫敦の街を侵略する者よ。
わらわが成敗してくれよう!

とはいえ一筋縄ではいくまい。
あの斧の威力はもちろん、
使い手であるブラックエクリプス自身も
相当の手練であるからじゃ。

先に仕掛けよう。
金刀金剛呪を閉じた扇に使い、
相手の懐に飛び込んで打撃武器として扱う。
さしものブリガンディアも武器の刃までは覆っておらぬ。
御業を宿した武器で打ち払うなりできる筈じゃ。

相手が武器を戦況に適した形に変えるなら、
扇の射程の短さを突いて、射程か移動力を削るかも知れぬな。
もしそうなれば御の字。その時点でスナイパー支援を要請しよう。
斧の射程外からであれば、ブリガンディアに損傷を与え易い筈じゃ。



 凍り付いた様に青く澄み渡った空のもと、射しこむ斜陽が、鋼鉄の足場に濃密な光の縞を描き出していた。射しこむ光を追い、そうして見上げた空は、すでに朱と漆黒が斑に混じり合い、憂愁の翳りをその空色に湛えながら、黄昏時から宵時へと向かい、粛々と身支度を整えつつあった。
 斑に染まる空模様や凍てつく寒風、そして鼻腔をつく郷愁にも似た乾いた空の香りから、夜の足音がはっきりと感じられる。そして、この時の移ろいを否定するかのように、蒼い焔が、自らの余喘を全て絞り出すように、一際眩く煌めきながら、斜陽よりも眩く、幽玄の燈火でもってロンドン市上空を照らし出していた。
 古戸・琴子(桜雲・f10805)は、手にした扇をわずかに振り上げると、目を細め、蒼い焔へと目を遣った。
 煌々と燃え盛る焔の中心には、侵略者たる鋼鉄の巨人、ブラックエクリプスの姿がある。
 既に巨人は五人の猟兵との戦いを繰り広げ、半壊といった有様だった。度重なる連戦にて、既にその右腕は無く、身に纏った魔鎧『ブリガンディア』は心もとなく、銀白の装甲は黒ずんでひしゃげ、所々に刻まれた刀傷よりは巨人の内臓とも言うべき、破損した計器や基盤が、ぱちぱちと白い火花を上げながら覗かれた。
 すでに昔日の威容はそこから窺い知ることは出来なかった。
 だが、琴子は、そのみすぼらしい外見の内奥には、巨人の矜持の様なものが、未だくすぶっいてるであろうことをはっきりと見抜いていた。
 巨人が隻腕にて未だ堂々と大斧を振り上げる。後頭部より迸る青い焔のタテガミは、その体積をますます増やしながら暮れ色の空へと青い火の粉を振り撒いていた。
 ぎらつく紅玉の瞳が、その命を捨ててでも尚、人類に対して一矢を報いんと、煌々と輝いて見えた。
 たしかに巨人の堂々たる姿はそこには無かった。
 しかし、不遜たる王者として君臨し続けた巨人の精神性は未だ、その死にかけの体に根付いている。
 幼い頃よりケルベロス達の背中を見て育ってきた琴子にとっては、デウスエクスとは不倶戴天の敵である。
 彼らは、欲しいままに人々の血肉を貪り、尊厳なく命を辱める。彼らが、非情たる侵略者であるとの琴子の認識は変わる事は無いだろう。
 しかし、巨人、ブラックエクリプスは冷酷な暴君たろうとも、卑劣漢や怯懦な走狗の類では無かった。
 かの巨人は王者としての最低限の矜持を守り抜いたのだ。
 その精神性が今の半壊した巨人の体を支えている。
 琴子は未だ、油断ならぬ思いで、巨人を俯瞰する。
 もとより相当の手練れであったブラックエクリプスは、境地に臨んで、厄介な獣と化した。更にそこに大斧の存在が加わる。鬼に金棒とはまさしくこの事だろう。
 …一筋縄ではいくまいの。
 嘆息まじりに苦笑して、琴子はその手にした扇をわずかに傾けた。
 相手は強敵だ。だが、琴子が物怖じする事は決してあり得ない。琴子の足取りに淀みは無い。
 富貴たる自らが培った、一族の御業の力と巨人の矜持が生んだ力、どちらがより強大かと、むしろ、琴子はますます戦意を募らせた。
 歩を進めれば、琴子の柔らかな長髪が心地よげに風に揺れた。櫛比の様に額を覆う、絹の様な前髪が風に乱される。指先で前髪を繰りながら、巨人へと鋭い眼差しを送る。
 長期戦は不利である。そして、半壊したとはいえ、ブリガンディアが未だ巨人の防護性を高めているのなら、魔術の類の使用は厳禁だ。
 近接戦にて先手をしかけよう、と琴子は即断する。
 そして方針が決まれば、あとは、連鎖する様にして戦いのピースは組み上がっていく。
 琴子は、目を細め、前方に立つ巨人を睨み据える。大部分が破損したとはいえ、魔鎧ブリガンディアは、つぎはぎだらけの胸甲となりながらも巨人の心窩部から左胸部を上手く覆い隠していた。人間の心臓にあたる巨人の動力部がそこに存在するのだろう。
 となれば、狙うは心臓部であり、そのためにはブリガンディアを完全に破壊することがまず求められる。
 敵の懐に潜り込み、肉薄した上で強力な一撃でもってして、彼を打ち破る、それが戦術的な最適解の様に思われた。
 また合理性を別として琴子には自らの導き出した解答を貫くべき理由があった。
 巨人は、命を賭して戦う事を決めた。その不遜たる半機械神と同じ土俵で戦い、そうして打ち破る事は、敵に対してのたむけである。
 同時に、抑圧されてきた人々に潜在的に植え付けられた恐怖を取り除くためには、直接的に異形の神々を打ち破る事をもってするより他ない。
 もともと上昇志向が強く、好奇心旺盛である琴子の性向もあり、自然、琴子は、青絵図は近接戦闘に、、使用すべき神の御業は二三に絞られる。
 歩を進める度に巨人との距離はますます縮まっていく。
 巨人は最小限の動きで、降り注ぐ砲台を避けつつも、限界近い出力で焔を放出しては、可能なレベルで自己修復を施している様だった。
 喪失した右腕や、腹部に深々と刻み込まれた創傷は修復されなかったものの、巨人の表面を覆う装甲は、艶やかな銀白の光沢を帯びていき、その表面に存在した無数の黒ずみや、小さな損傷の類は瞬く間に修繕されていくのが見えた。
 降り注ぐ砲弾の嵐は、巨人を捉える事叶わずに空を切るばかりだ。それもそのはずで、巨人の速度は圧倒的なのだ。彼の大斧によって齎された奇跡の権能は、巨人の機動力…つまりは移動力を幾倍にも増幅させているのだろう。
 回避と共に巨人は、自らの命が払底するのを厭わず、最後の一撃を繰り出すための最低限の修復を続けているのだ。
 琴子は、ここに来て、自らの神の御業、金刀金剛呪の解放を決める。
「慎みて請う、皇天上帝、三極大君…。」
 囀る様に自然と言葉が口をついた。やおら指先で扇面をなぞり、そっと折り畳む。四指でもってやわらかに扇の要部分を支え、親指を添えた。
「日月星辰、八方の諸神、司命司籍――」
 小さく吐息を吐きだし、一歩を踏み出す。そうして流れる様な挙措でもって扇を横に一閃すれば、一筋、菫色の糸筋が扇から零れたなびいていく。
 巨人の紅玉の瞳が琴子へと向けられる。琴子の両足が、鋼鉄の足場を優雅に遊泳し更に巨人が琴子の間近にまで迫った。両者を隔てる間隙に重苦しい緊迫感が立ち込めていく。
「捧ぐるに金刀を以てし、帝祚を延べむ事を請ふ」
 琴子の口元から零れた、金糸をひくような、甘美たる調(しるべ)が、張りつめた重圧感を直ちに緩和させる。
 琴子は、伏し目がちに視線を落とし、目礼するようにその場で会釈する。ついで、掌を返し扇を宙で遊ばせた。扇を中心にして薄紅色とも、純白ともつかぬ微光があふれ出した。
 頭を上げ、扇でもって八の字を描けば、薄紅色の残光が扇の軌道にそって空に潤色されていく。扇を力強く握りしめ、そうして巨人へとその先端を向ける。
 琴子の蕾の様な唇が微動し、白い歯が顔を覗かせる。
「倫敦の街を侵略する者よ…。」
 琴子の声が周囲に凛と響き渡った。
 巨人が大斧を前方に構えるのが見てとれた。その紅玉の瞳が不気味な色を湛えながら、大きく見開かれる。
 しかし…。
 琴子は決して怯むことなく更に一歩を踏み出すと、巨人の斧の間合いぎりぎりまで距離をつめ、巨人へと声高に宣言する。 
「王者たりし侵略者よ…! よくぞ、わらわの前にその姿を現しおったの」
 言いながら琴子は扇を上段に構え、わずかに腰を落とす。
「おぬしは、わらわが成敗してくれようぞ!」
 言いながら、琴子は大地を踏み抜いた。
 意図したのは先制攻撃だ。金刀金剛呪により御業の輝きを帯び、桜の加護を得た扇は、如何なる剣よりも鋭利な切れ味を誇る、穢れを浄化する神器へと昇華したのだ。
 この神器は、ブリガンディアとて容易に切り裂いて見せよう――。
 滑るようにして駆け出した琴子が再び大地を踏みしめれば、琴子目掛けて、大斧が上段から振り下ろされる。
 大地を踏みしめ、体を翻えす。ふわりと、琴子の体が宙を舞ったかと思えば、勢い良く振り下ろされた戦斧が琴子の側方を一閃した。
 巨人の一撃をやり過ごし、巨人の懐へと身を潜らせる。流れるような挙止でもって扇を振り下ろせば、扇を纏う微光は、紅色の閃光となり縦一閃に巨人の胸元へと白刃を突き立てた。
 琴子は、勢いそのままに、躍るにして足を踏み鳴らすと、掌を返し、振り下ろした扇を横に構える。
 すり足で前方へと駆けながら、未だ前のめりになったままの巨人の前胸部へと扇を向け、すれ違いざまに、横一閃に薙いだ。
 扇の軌道に合わせ、紅色の光芒が巨人の胸元に突き刺さる。眩いばかりの光芒を横目にしながら、琴子は、巨人の後方へと滑り抜けた。
 瞬転、琴子の後方にて軽快な破砕音が鳴り響いた。大地を蹴り上げ、飛び退きざまに巨人へと体勢を向ければ、黒い礫片や砂粒が、靄の様になって空を漂うのが見える。巨人、ブラックエクリプスの胸元を覆うブリガンディアが完全に砕け散るのが見えた。
 しかし――。
「まだ終わりでは無かろう?」
 再び琴子は大地を踏みしめると、不敵に微笑し、巨人へとそう告げる。
 琴子の言葉に応えるように、巨人が琴子へと向きを変えた。その紅玉の瞳が澄み渡って見える。瞬間、巨人の後頭部より、蒼い焔が一挙にあふれ出した。
 巨人は、もはやブリガンディアに守られぬ、その銀白の胸板をそびやかしながら、左胸部を大斧の柄で一度、二度と叩いてみせた。
 自らの弱点部でも晒す様に、どこか勝負を愉しむ様な挙措で、心窩部を自らの武器で指し示してみせながら、巨人は物言わぬその紅玉の瞳に、好奇の色に染めるのだった。
 たまらず、琴子は微笑した。
「うむ、よかろう。その勝負――、引くわけにはいかぬの?」
 琴子は朗らかにそう言い放つと、再び、扇を縦に構えた。呼吸を整え、丹田に意識を集中させる。ふと、全身を駆け巡っていく血の流れと共に、奇跡の力が奔騰していくのを感じた。手にした扇は、桜の花弁の如き、浄らかたる薄紅色をますます濃くしていく。そして、その色がますます赤みを増していくたびに琴子の血液もまた失われてゆくのだった。
 奇跡の御業『金刀金剛呪』は、自らを鬼神の如く強化し、その武器を神の御業でもって研ぎ澄ます。しかし、その反面、琴子は大きな代償を払う必要があった。
 そして今回の場合、その代償とは、琴子の血液だった。琴子の血の一滴、一滴は、不可視の傷跡から今も尚、滲みだしたまま、扇を纏う祝福の光へ変換され続けている。
 瀉血を続ける事で、軽い眩暈の様な感覚を覚えていたのも事実だ。
 だが、巨人は今、その命を賭して戦いに臨んでいる。
 天上天下唯我独尊、至高の存在たる自分に、その挑戦を退くことは許されはしない。
「ゆくぞ…。覚悟するが良い」
 微笑を零しながら、琴子がそう零せば、巨人が呼応するように大斧を振り上げるのが見えた。
 空を一朶の雲が掠めてゆく。既に空の西端へと沈みかけた陽光に雲が重なれば、たちまち赤光は薄れてゆき、かわって、周囲には薄闇が拡がった。
 琴子が舞うように大地を蹴り上げ、巨人の一歩が地響きとなり、鋼鉄の足場を揺らした。
 琴子の小柄な姿態が空に舞い上がり、ついで、巨人がその巨体を前方へと突き出した。二つの影はぬるりと伸び、そうして、互いが互いを攻撃の間合いに捉える。
 巨人の大斧が轟轟と風を切りながら勢いよく振り下ろされ、ついで琴子の扇が、音も無く振り上げられた。
 瞬転、大斧と扇との先端が触れ合い、反動で激しく火の粉が爆ぜる。
 ついで、まるで時が凍り付いたかの様に、空を舞う琴子の体が中空で静止した。巨人もまた、前のめりになり大斧を中途まで振り下ろしたまま、微動だにしない。
 大斧と扇との邂逅は、目に見えぬ力場を生み出し、その力の奔出が、巨人と琴子の両者が前方へと向かうのを必死に阻んでいるかの様だった。
 大斧と扇とを介して両者の力は今、完全に拮抗していたのだった。
 静寂が周囲を満たしていく。空の西端、赤々と燃え挙がっていた太陽は、遂にその身を地平線の彼方へと隠す。
 瞬間、鍔競り合いを続ける扇と大斧が微動する。
 均衡は直ちに極点に至り、限界を迎えたのだった。
 琴子の体がわずかに、前方へと滑りだす。その振り上げた扇が微動した。巨人の体が後ずさるのが見えた。その手にした大斧が軋みを上げたかと思えば、突如、刃が振動し、その表面に一条、二条と亀裂が生じる。
 再び、時間は動き出した。扇の先端が空を指し、琴子の体がするりと巨人に向かうように滑空する。かわって巨人の隻腕は琴子の一撃を受け、力なく、上空へと圧排された。巨人がその身を大きくのけぞらせるのが見える。
 琴子は大地へと舞い降りた。背を落とし、今や完全に無防備な巨人の懐へと潜り込む。
 琴子が視線を上げれば、その眼前に、巨人がその斧で指し示した彼の弱点、心の臓のありかがはっきりと飛び込んできた。
 琴子は、静かに肘を引くと、大きく息を吸い、その手に力を籠める。
「これで終いにしようぞ?」
 暮れ空に琴子の穏やかな声が響いた。巨人のその無機質な能面がどこか綻んだ様に見えた。
 琴子は、前腕を突き出した。その手にした扇は、まるで吸い込まれるようにして巨人の胸元へと突き刺さり、勢いそのままに銀白の皮膚を破る。
 薄紅色の微光を放つ扇の先端が、銀白の表皮を貫いた。ずぶりと、扇は中ほどまで、巨人の胸部に深々とめり込むと、巨人の心臓たる動力部を穿ちぬく。
 確かな手ごたえが掌中にじわり広がっていく。
 琴子は、肘を引き、後方へと飛び退いた。同時に、琴子が視線を上げれば、巨人の後頭部から溢れた蒼い焔は、束の間、綿花のごとく膨張し周囲へと広がったかっと思えば、瞬く間にその火勢を落としてゆく。ついぞ、焔は、青い火の粉を周囲に爆ぜながら、ろうそくの火が消えるようにして燃え尽きた。
 巨人が後方へと倒れ込んだ。眼窩に象嵌された紅玉の瞳が黒く淀み、命の灯が消え去った。
 地鳴りが周囲に響く。振動と共に生じた、琴子の両足に走った、びりびりとした感覚が、琴子に、このロンドン市の長い戦いが今、終わりを迎えた事を琴子に物語っているかの様だった。
 琴子は、巨人へと視線を遣りながら、扇を横凪ぎする。瞬間、扇に宿った奇跡の力は消失し、奇跡御業の余韻は淡い薄紅色の残光となってしばしの間、巨人の体を包み込むようにして空を揺蕩った。
 多くの血液を失った事で、琴子もまた、満身創痍であった。息は上がり、眩暈を覚える。
 しかし、琴子は悠然と胸をはりながら、もはや事切れて微動だにしない巨人へと労いの視線を送りつづけた。それが勝利者としての責務であると自らに言い聞かせながら、琴子は、淡い紅色の残光がついぞ消え去り、空に溢れかえった妖星が一つ、また一つと消え果て、そうして静謐とした薄闇がロンドン市上空を包んでいく中で、ただ一人、巨人へと鎮魂の祈りをささげ続けるのだった。
 黙とうを終え、扇を広げれば、琴子の後方、勝利に沸く、防衛部隊の歓声が海鳴りの様に溢れていく。琴子は彼らの歓喜の声を背中に受けながら、静かに天を仰ぐ。
 すでに夕映えの光は消え去り、空は凍り付いた様に青く澄み渡っていた。空の西端には、宵の明星がちかちかと明滅しながら、眩く輝いてみえた。今や、ロンドン市は浄福たる宵闇の抱擁の中にある。
 未だ、夜明けは遠い。しかし、穏やかな闇の揺籃の中でロンドン市は、今、安寧の眠りにつくことを許されたのだ。
 遠間に、鐘の音がかすかに聞こえた。夜の訪れに鳴り響く厳かたる鐘の音は、しかし、絶望の夜明けを告げる福音として薄闇の中へと沁み込んでいく。
 今、ロンドン市に夜明けの鐘が鳴り響いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2024年02月04日


挿絵イラスト