サプライズ印の祝福を!
――兄の部屋。いない。
――トイレ。いない。
――風呂。いない。
「よし、おらんな」
知花家の次男坊・|澄春《スバル》は自宅の各所をドタバタ回っては指差し確認に忙しかったが、全ての確認を終えた瞬間拳を握った。
なぜなら、今から取り掛かるアレを万が一飛び越えて億が一にも、兄である知花・飛鳥(コミュ強関西弁男子・f40233)に知られるワケにはいかないからだ。
「おにぃは今日遊園地行くて言うとったけど……」
ぽこんと頭に浮かんだ兄の幼馴染と、今頃は遊園地の中だろうか? 澄春はリビングにもいない事を確認しながら台所へ入ろうとして、しかしぴたりと足を止めた。
「おにぃ。おらんよな?」
しーーーん。
澄春はヨシッと右手をグーにして――念には念をと、もう一度だけ。今度は小声で「おにぃ?」と呼び、姿だけでなく返事もしっかりバッチリ無い事を確認すると、フックに引っ掛けられていたエプロンをぱっと取り、腰の後ろでしゅっと蝶々結びにする。
「えーと、まずボウルやろ、計量スプーンやろ、麺棒やろ……あっ、ラップもいるわ。そんでスマホセットして……お次は材料材料っと」
棚を開け冷蔵庫を開け、一つ取り出してはカウンターの上へ並べていく。最後に『砂糖』のラベルが付いたケースも掴み、ブックマークしておいたレシピを表示すると、それを何度も確認しながら用意した材料を順々に測っていった。
「うわ、この無塩バター50グラムごとに線入っとる。メッチャ親切やん……」
澄春は感謝を胸に、線の通りに包丁を入れて必要分カットしたそれをボウルに入れてヒーターの傍へ。レンジでチンも、ありといえばありらしいけれど。
(「今回お世話になるレシピには、バター常温にする時は、こうやって温める方がええって書いとったもんな」)
知花・澄春。ただいま中学1年生。
学校の調理実習だけでなく、手伝いで兄や母と一緒に料理をした事だって何度かある。
けれど、どちらも誰かと一緒だった。自分だけで何かを――それも菓子を作るのは今回が初めてだからこそ、レシピに従う事が花丸への道! という事で、澄春は予習していた過去の自分も褒めながら、バターをひたすら木べらでこねていく。
「……おぉ?」
思ったよりも早く手応えが変わってきた。固かったバターはどんどんクニャクニャと柔らかくなり、少しすると固形からクリーミーな姿に変わる。
「こっからは……うんうん。材料を順番に入れてけばよし、と」
――大丈夫や。実技は今回が初やけど、なんべんも予習した。
木べらからゴムべらへと持ち替えた澄春は、材料を一つ取ってはスマホでしっかりと確認し、説明通りに入れては混ぜてを繰り返す。
より慎重になったのは薄力粉を入れる時だ。ポイントは、これまでに混ぜたものと均一に混ざるようにする事。それから。
「確か混ぜすぎるとクッキーが硬くなるて書いとったなぁ。……あ、あったあった。切るように混ぜるのがコツです?」
切るように。混ぜる。
切るように。混ぜる。
「……これでやり方合っとるんかな……?」
切るように、というから包丁の“切る”を参考にしたのだけれど。ちょっぴり、不安になった。
(「これ以外の切るっていうたらアレやで、『父の仇ィ! ズバー!』やで。……いやこっちのきるは“斬”るやったわ」)
まあ刃物の動きは似たようなもんやろ、なんて思いながらやっていると、薄力粉も加わった生地がだいぶいい感じになってきた。どうしてわかったのか? レシピに載っている写真とクリソツだからである。
そして全てを混ぜ終えて一つになったクッキー生地は、色といい生地の具合といい、まだ焼いていないのになかなかの有力株感を醸し出していた。
「おお、初めて一人でやったにしては相当ええんちゃう? お次はラップに包んで冷蔵庫で寝かすんやったな」
伸ばす必要は――なさそうだ。
澄春はぴっと伸ばしたラップで丸っこい生地を包み、両手でそっと冷蔵庫の中へとしまい込む。スマホのアラームセットも、忘れずに。レシピを見てセット時間に間違いない事を確認すれば、一山超えた気がしてほっと息がこぼれた。
そして安心した所でふわふわと湧き上がってくるのが、期待と希望が仲良く手を繋いだ未来の予想図である。
「ふふん、ワイがクッキー作った!なんて言うたらおにぃビックリするやろなぁ。まぁ、おにぃの方がうまく作れそうやけど……」
親から下の兄妹の世話を任される事が多い飛鳥は、炊事も洗濯も出来る。つまり家事も育児も一通りこなせる長男坊だ。飛鳥作の料理を思い出した澄春の視線がちょっとばかりふよよと下がりかけ――シャキッと上昇した。
「こういうのは気持ちや、気持ち」
今日は|飛鳥《おにぃ》が生まれた日だ。
ビビりな所をいじって楽しんでしまうお茶目な弟という自覚はあるけれど。
おめでとうを伝えて、生まれた日を祝いたいという気持ちはしっかりバッチリある。
「これは型抜きするんが楽しみやなぁ」
「「何が?」」
「おわっ!? ……何や、お前らか。はービックリした」
綺麗にハモった声の登場は突然で、澄春は思わず飛び上がっていた。
いつの間にか来ていた下の兄妹、小学四年生の弟と小学三年生の妹――知花家の三男と長女は、心臓が口からドバァするかと思ったわと笑う次兄と冷蔵庫をきょとりと見比べる。
「兄ちゃん何コソコソしとるん?」
「ん? 今日おにぃの誕生日やろ。サプライズでプレゼント仕込んどんねん」
「えっ、もしかしてケーキ!?」
「ちゃうちゃう。クッキーや。今、生地を冷蔵庫でおねんねさせとんねん。……せや。型抜き手伝ってくれへん? 二時間後なんやけど」
一緒に、おにぃの度肝を抜くんや
澄春が小声でニヤリと告げたそれに、弟と妹も揃ってニヤーっとした。
答えはそれで充分なのだけど。澄春は敢えて口にする。
「やるか?」
「「やる!」」
――二時間後。
「兄ちゃん、俺クマのやつ使いたい!」
「おお、そんならクマちゃん頼むわ」
「ねーねー、そこの星取ってー」
「ん、ほら」
しっかり寝かせて伸ばして、打ち粉をした生地は、ぴかぴか銀色のクッキー型を使う度に気持ちいい感触とセットで新たな姿を得て、クッキングシートの上に並べられていく。
星、ハート、猫、クマ、苺――それから、クリスマスツリー。
飛鳥の為に登場したクッキー型はどれも可愛らしく、そこから型抜きされた生地は、オーブンへ入れる前から可愛い。予熱を済ませておいたオーブンへは、次兄である自分がと澄春が責任を持って入れて――スタートボタンをぽちり。
暫くして漂い始めたいい香りにはどうしたって期待が膨らんでしまう。まだ焼き途中なのに兄妹揃ってオーブンを覗いたのは何回だったろう?
ピー! 待ち望んでいた音がしてすぐに開ければ、程よいきつね色に焼き上がったクッキーが、たまらない香りとほかほか熱気で三人の笑顔を撫でていく。
「うわぁ……兄ちゃん、一枚だけ味見したい!」
「俺も!」
「ええで、手伝ってくれたお礼や。けど、しっかり冷ましてからな?」
「「はーい!」」
(「あ。今の、おにぃみたいやった」)
ふと重なったものに澄春は小さく笑い、時計を見る。
飛鳥は、めいっぱい遊んでから帰ってくるのだろう。
けれど。
(「はよ帰ってこんかなぁ」)
このサプライズが完成するのは、プレゼントした、その瞬間。
成功
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