ビギナーズ・コーデ
●登竜門
もしくは、チュートリアルクリア、とでも言うべきであろうか。
出世や成功への関門としての意味であるし、竜門を登ることができた鯉は竜に至るという故事より広まった言葉である。
そういう意味ではヌグエン・トラングタン(欲望城主・f42331)の演じる|『欲望竜』《ディザイアドラゴン》はゴッドゲームオンライン、そのトイツオック地方における初心者クエストの最後の関門だった。
このクエストからゴッドゲームオンラインに広がる高難易度クエストへと旅立ったゲームプレイヤーたちは数多存在する。
ヌグエンは、そうした彼らのためにドラゴンプロトコルとしての責務を全うしているのだ。
「ぐ、ガハッ……! この俺様を此処まで追い詰めるとは……!」
「これで終わりだ!『欲望竜』! 俺は絶対にお前を倒すと決めていたんだ!」
それはかつて『欲望竜の花嫁』の噂を聞きつけたゲームプレイヤーの一人だった。
仲間たちと共に連携し、初心者クエストとは言え、此処まで立派にレベルを上げてきたのだ。
確かにハーレムはうらやまし……いや、許せないことだ!
現実でも仮想でも、そんな、そんな! と闘志を燃やして立ち向かってくる気迫にヌグエンはなんとも言えない気持ちになる。
確かに自分はドラゴンプロトコルであるから、そのようにゲームに闘志を燃やして立ち向かってくるゲームプレイヤーは好ましく思う。
けれど、なんていうか。
そう、ヌグエンにとってはマッチポンプが過ぎるのである。
悪いことしてるなぁという気分になるのだ。
だがまあ、自分の役目も一区切りである。
「よっしゃ撲滅!!」
最後の一撃とともにヌグエンこと『欲望竜』の巨体が倒れ伏す。
クエストクリアのファンファーレが鳴り響く中、ゲームプレイヤーたちはドロップアイテムのリストに大喜びである。
「やった! これがクエストクリア報酬の『欲望竜の鱗』……『ディザイアドラゴン・スケイル』か……!」
彼は手にしたアイテムをキラキラした目で見つめている。
そう、これは『重戦士』の装備をアイテム合成する際に役立つアイテムなのだ。
「これで巨大武器と高機動のスキルビルドがはかどるはずだぜ……!」
彼はどうやら重戦士の巨大武器による高速機動攻撃というものに憧れがあるようだった。
「くっ……『欲望竜』は倒されたけれど……」
「……」
「ええ、『欲望竜』はいつの日に復活するのよ」
「何……?」
三人の『欲望竜の花嫁』たちの言葉にゲームプレイヤーは眉根を寄せる。
同時に彼は察しが良かった。
なるほど。初心者クエストのラスボスが、また何処かのタイミングで復活して、そのクエストを受注するというゲームの流れなんだな、と。
それは楽しみである。
やっぱり一連のクエストが終わるというのは達成感と共にどこか寂しい気持ちが生まれるものである。
けれど、何処か続くことを感じさせるラストであるというのならば、また再び相まみえることもできるかもしれない。
そんなふうに思った彼が視線を注いでいるのは『欲望竜の花嫁』の一人、鎧を脱いだ『獣戦士のハイン』だった。
彼にとって、そのNPCは特別だったのだ。
いや、そのスキル構成に魅了されたと言っても良い。
自分もあんなふうにゲームの世界で戦うことができたのならば、どんなに良いだろうと思っていたのだ。
現実世界でもずっとそんなことばっかり考えていた。
「……」
「この敗北はいつの日にか必ず灌がせてもらうわ」
そう言って『欲望竜の花嫁』たちは逃げ出していく。
その背中を見送ってゲームプレイヤーは黒い鱗に視線を落とす。
「また会えるといいな。その時は俺の成長した姿を見せられるといいんだが……」
いやまあ、相手はNPCだってことはわかっているが、しかしスキル構成だけではなく、その外見にも彼は魅了されていたのかもしれない。
確かに相手はNPCだし『欲望竜の花嫁』というエネミーだ。
けれど、それでも彼は自分の感情に気が付かぬままに討伐の証たる黒い鱗を持ってギルドへと帰還するのだ。
そこには先回りしてギルド組合員としての体裁を整えたヌグエンがいた。
示す黒い鱗。
『欲望竜』討伐の証を受け取り、確認してからゲームプレイヤーに差し出す。
「おめでとうございます。これによって初心者クエストのツリーコンプリートとなり、さらなる難易度クエストへの挑戦が可能となります」
ヌグエンは忙しいもんだと内心毒づく。
ボスもやって、クエスト斡旋もやって。
本当に人使いっていうかNPC使いが荒いことである。さらに言えば報酬や細々したダンジョンやらもトリリオンで賄わなければならない。
けれど、構わない。
ゲームプレイヤーたちの達成感に満ちた顔を見るのが好きだ。
それはきっとさらなる欲望を導くものだろう。
もっと強く。もっと華麗に。もっと、もっと、と。
それは『欲望竜』の名を冠する彼にとっては――。
成功
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