クリスマスイルミネーションというものは、兎に角眩しい。ミカエルが抱いた感想はそれだった。とあるファッキンキャットの生誕祭にかこつけて、騒ぎたてる人類の文化を否定するつもりはないが、ミカエルにとっては近所迷惑にすぎない。
「男女二人連れが多いですね……」
隣にいた桜花の呟きにミカエルが視線をやると、彼女が目を細めている。体ごと向いて桜花に影を落とすと。
「あまりこういう場は好みではなかったか?」
「いえ、眼の問題がありますから、いつも遠くから眺めるばかりでこうも近づいた事がないだけです」
黄金の視線がミカエルを見上げる。死にぞこないに定評のあるミカエルですら直接見る事は叶わなかったであろう桜花の目に、微かに頬が熱を持つ。
「海外ではクリスマスは家族で過ごすものらしいですが、日本では家族以外と過ごす人が多いとか?もっとも、繁忙期でもあり、それどころでもなさそうですが……」
遠回しな言い方に、微かに眉間に皺が寄る桜花。視線を逸らしたミカエルは飾り付けられたモミノキを見つめて。
「昔はこの時期が一番忙殺されていた気がするが、別にもう人間の願いを聞きまわる必要も無いしな……」
ふと、サンタのイルミネーションが目に入った。
「桜花、何か願い事でもあるか?」
「はい?」
「クリスマスプレゼントは物でなくても良いが、欲しいものがあるなら今から買ってもいいし、物質的なものでないならそれなりに対処するし……」
「願い事ですか……」
桜花は感情が希薄であり、物欲も薄い。何か贈ろうとしたところで、何もいらないと返ってくることは想像に難くない。ならば、物理的に何かを押し付ける事になるくらいなら、というミカエルなりの配慮であったが……。
「……」
桜花はミカエルが見慣れた顔に戻ってしまう。無言で動かなくなった彼女に、仏頂面は崩れ、視線を泳がせるとミカエルは桜花の頬に手を添えるようにして口元を隠し……。
「平穏な時間が長く続いて欲しい、とは思います」
「あ、あぁ……そうか……」
急に目を開いた桜花に、飛び退くように姿勢を正したミカエル。挙動不審な彼に桜花は首を傾けて。
「ミシェル氏?どうかしましたか?」
「何でもない、俺の勘が珍しく鈍っただけだ」
「はぁ……」
キョトンとしていた桜花だが、目の前の男は直感だけで神々のデスゲームを生き延びた男である。そのミカエルが勘を外すという事は、顔が火炎放射器に化けるほどの羞恥なのだろう。耳まで赤く染まり、桜花に背を向けてしまった彼から視線を外して、人々の往来を見つめると。
「猟兵である以上、有事に対応する事は止むを得ません。なんなら、私達がこうして休日を過ごしている一方で、グリモアに導かれた猟兵はどこかで戦っているのかもしれません。それでも……」
「ッ……桜花!?」
触れた大きな背中。手に返ってくる温もりの向こうには、桜花の本体……神桜一振がある。元は命を奪う道具に過ぎない自分が、平穏を望むなどいよいよおかしくなったか、あるいはかつての主の想いに引っ張られているのか……伽藍洞な心の中に、その答えはないけれど。
「たまにはこのような夜も、いい物でしょう?」
「お前な……!」
薄く微笑む桜花に、ミカエルは奥歯を噛みしめて拳を握り震えるが、脳内に湧き出した煩悩魔王と言う名の弟の幻影を握りつぶすと、ため息と共に冷たい空気を吸って。
「いつまでも突っ立っているのもアレだろう。何か食べておくか?」
「ミシェル氏にお任せしますよ?」
差し出される手を、反射的に受け止めてしまったミカエル。繋がれた手を握ったまま桜花が隣に来ると、ミカエルは一瞬固まってから。
「……ん?」
手を見る。桜花を見る。もっかい手を見る。
「んぅ!?」
「ミシェル氏から言い出したのですから、エスコートしてくださるのではないのですか?」
「あー……そうだな、うん。これは俺が悪かったな……」
口元に手を添えて、視線を逸らしたまま歩き出すミカエルに、桜花は引っ張られるまま歩き出す。
「ミシェル氏、どこを見ているのですか……?」
「俺の事は気にしなくていい。それより、何か食べたいものはあるか?」
「そうですね……あ、シュトーレンが売っていますよ。本来なら丸ごと買って寝かせておくのでしょうが……」
スライスされた状態で売られている、食べ頃と思しきドライフルーツのパンを一切れねだり、少しずつかじる桜花をミカエルがジッと見つめて。
「桜花、お前我慢していないか?遠慮はしなくていいんだぞ?」
普段の桜花は、細い体のどこにその量が納まるのか、物理法則を無視している疑惑があるほど食べるが。
「人手が多い場所の出店を食べつくすほど、無粋ではありませんよ」
などと、小さく笑う桜花であったが。
「あ、ミシェル氏、ホットワインが……」
「それは駄目だ」
「今、遠慮はいらないと」
「酒だけは駄目だ……!」
小さな出店の前で、謎の攻防が始まってしまった……。
成功
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