フォイアロート・シュヴェーレン
●後悔に走る
アッティラ・ドラゴンロード(邪竜山脈の主・f41821)は走っていた。
己がドラゴンプロトコルとして管理しているエツェル地方エリアを直走る。彼女の瞳が捉えるのは、己の配下である竜牙兵たちだった。
ユーベルコードの光が剣呑に瞳に宿る。
「紫炎(シエン)――」
吐き出す言葉は短く、同時に冷たいものだった。
彼女の手のひらから吹き荒れる超高温の炎とはまるで違う冷たさを感じさせる声色だった。
放たれた炎は、即座に竜牙兵たちを飲み込んで、彼らの体を消失させていく。
燃える痛みにあえぐこともなければ、悲鳴が上がることもない。憎悪の感情の吐露さえなかった。
冷徹と呼ぶには当然過ぎる程に迅速な『対処』だった。
燃えるかつての同胞たちの姿を前に彼女の背に立つ竜牙兵たちは戸惑うしかなかった。
「アッティラ様……」
「言うな」
彼女の言葉に竜牙兵たちは、その心中を知る。
深い悲しみがあるのだ。
わかっている。
彼女が配下に手を下すことに理由がないなんてことはない。
「これは私に責任の所在がある。お前たちは下がれ」
「ですが!」
「そうですよ! アッティラ様だけに責任を追わせるなんてこと!」
口々に竜牙兵たちが叫ぶ。
彼らだって、この状況に戸惑っていはいるものの、事態がとてつもなく深刻であることを理解しているのだ。
そう、これはバグプロトコルの仕業なのだ。
事の起こりは唐突だった。
これまで竜牙兵たちとアッティラはゴッドゲームオンラインのAI……すなわち、NPCとゲームマスターとして創造され、その責務を果たすべく粛々と業務を遂行してきていたのだ。
だが突如として現れたバグプロトコルは、ゲームプレイヤーたちの遺伝子番号を焼却せんとするだけでなく、この世界事態を破壊しようとしているのだ。
アッティラにとっては、まだこの段階では『厄介な』問題でしかなかったのだ。
短絡的だった。
バグプロトコルらしきものを見つけたのならば連絡するようにと配下たちに伝えるにとどまっていたのだ。
そして、自分の業務の煩雑さ、多忙さ。
それを見かねた配下たちは自分たちだけでバグプロトコルに対処しようとしたのだろう。
想いは同じだった。
ゲームプレイヤーたちを楽しませるのが己たちの役目であり、使命だ。
そうであるようにと願われたのだ。
だからこそ、今まさに彼女が苛烈なる炎で燃やした竜牙兵たちはバグプロトコルに汚染されてしまったのだろう。
誇りに思う。
彼らが己という存在意義を全うしようとしたことに。
だからこそ、だ。
「……いいや。お前たちでは駄目だ。これは私がやるべきことだ」
「でも、それじゃあ、あんまりですよ!」
「だって、俺たち……!」
そう。
彼らは家族だ。子供とまでは言えないけれど。それでも、共にゲームプレイヤーのためにと願った者たちだったのだ。
「お前たちは退け。そして、バグプロトコルの発生したエリアを監視するのだ。発見しても相手をするな。接近も許可しない。あれは私がやる」
その言葉は有無を言わさぬものがあった。
これ以上奪われてはならない。
己の手で配下を、いや、家族を燃やさざるを得なかった怒りが悲しみを凌駕いていくのを感じた。
冷たさを感じさせる彼女の表情の奥底で渦巻く怒りの炎。
その熱が己の身を内側から焦がしている。
痛みをもたらすほどの炎。
わかっている。
この痛みは己の忸怩たる思いの現れでしかないのだ。
「奴らは……バグプロトコルは、私の到来を予見していた。だからこそ、此処で私を足止めするための戦力を残していた」
こしゃくなことだ。
自分を舐めている。
この程度の殿で己を止められると思ったこと。
配下に手をかけることを厭うであろうと思われたこと。
それら全てが過ちであることを彼女は示すように、掌から立ち上る炎と共に一歩を踏み出し、残るバグプロトコルとなった竜牙兵たちを殲滅する。
一瞬だった。
「バグを発生させた者を必ず滅ぼす。それがお前たちに対する私の贖罪だ」
「アッティラ様……!」
家族に手をかけねばならなかった悲しみと怒り。
それは無事であった竜牙兵たちも同様であったことだろう。
だが、その想いが最も強いのはアッティラだ。彼女は諦めていない。己の配下をバグプロトコルへと変えた黒幕を追うことも。
それを燃やし尽くすことも。
全て、諦めていない。
大気が震える。
彼女の踏み出した一歩は大地すら激震させる。
冷徹な瞳は、静かに赤く燃えている。炎髪の如き髪が己の生み出した炎に寄って生み出された風によってなびいた。
そして、彼女はこれから何度もつぶやくであろう言葉を吐き出す。
気炎上げるでもなく。
淡々と、絶対に許さぬという感情を籠めて。
「バグは全てデリートだ――」
成功
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