先端が白いふかふかの足が踏み出しても足音は一つもしなかった。足音を立てないように歩くその姿はごく普通の猫、というにはいささかサンタクロースすぎる格好ではある。それでも市は真面目な表情でサンタのヒゲをつけ帽子を被り、丸いふわふわの飾りの付いたサンタケープを身につけて抜き足差し足プレゼントを運んでいた。
話に聞いた子供にプレゼントをする髭の生えた老父は、どうやら子供が寝ているうちに物を贈るらしい。ならば人間のためにその老父たらんとする我もそれに倣うべきであろうと、完璧に衣装まで整えた市としては琴子に起きられてしまうわけにはいかないのだ。
白い袋をくわえて枕元に飛び乗ると、わずかにベッドが重さではずんだ。それを感じて市は耳をふるわせてわずかに身を固くしたが、変わらず穏やかな寝息をたてている琴子に安心して力を抜き尻尾を数度パタパタとふった。
そっと枕元にプレゼントを置くと、閉じられていなかった袋から数枚花びらがこぼれ落ちる。冬だと言うのに季節など気にせずに咲いていたアリスラビリンスらしさのある花々がたっぷり詰め込まれたそれは、花を束ねることの出来ない猫である市なりの花束だ。
市からしてみれば食べ物の方がよっぽどいいような気もするものの、人の贈り物の定番といえば花だということも知っている。なにより琴子が喜ぶものを考えたときに「人間はこっちのほうがいいのだろう」と選んだのは市である。
朝起きて見つけたときに喜ぶ姿が目に浮かぶようだと考えて市はしばらく尻尾を揺らしていたが、抗えない眠気を感じて大きなあくびを一つしてからゆっくりと伸びをする。琴子が寝静まるまで待っていたために、もう夜はとっぷりと暮れている。
数度足でふみふみと掛け布団を確かめるように踏むと市は「人間、布団を借りるぞ」と眠気を噛み殺しながら小さく鳴いた。掛け布団に鼻先を突っ込んで隙間を作ると、市は暖かな布団の中に体を滑り込ませる。
すやすやと寝息をたてる琴子にそっと頬ずりをすると、その暖かさに寄り添うようにぐるりと丸くなった。朝になってプレゼントを見つけた琴子の喜ぶ顔を想像して、市はふわふわとした気持ちになりながら眠りにつく。
眠る前、かすかに鈴の音が聞こえたような気がしても温かい布団の中でまどろむ市がそれを確かめることはなかった。
「ん……あら?これは、プレゼント?」
朝の光の中で目を覚ました琴子は枕元に置いてあったプレゼントの箱をそっと手に取る。きれいにラッピングされてリボンのかけられたその箱は小さいながらもしっかりとした重さが感じられた。
もう一つ置かれた袋を手に取ると、閉じられていない口から花びらと花が舞い落ちた。たっぷりと詰められた花々を確認して、少しだけ目を瞬かせると琴子はまだ眠気の残る瞳をそっと細めた。
「今年はサンタさん大盤振る舞いですね…あら、市? お前も此処で寝てたの? ふふ、サンタさんの格好なんてしちゃって。お前には私からちゃんとプレゼントをあげましょうね」
伸びながらあくびをしてもぞもぞと這い出してきた市の頭に引っかかったサンタの帽子をそっと外してやりながら、琴子は外に出やすいように少しだけ布団を持ち上げた。
市が布団から出てきて後ろ足で耳をかいている横で、琴子はプレゼントのリボンをするりと外す。包装紙をきれいに剥がして箱を開けると、そこには金のレリーフが蓋に施された小ぶりな箱が入っていた。
「これは……ああ!オルゴールなんですね」
蓋を開けると流れ出してきた聞き覚えのある音楽に、琴子は少しの間耳を傾けた。箱の中は少しだけなら物を入れられるように作られているらしく、赤いビロードが敷かれていて触れるとなめらかな感触がする。
小さなオルゴールと袋にたっぷりと入れられた花を交互に見て、琴子は考えを巡らせる。オルゴールにはできるだけ素敵なものを入れたいし、きれいな花は少しでも長い間きれいなままでいてほしい。
しばらくどうしたらいいかと考えて、両方を解決できる方法を思いついた琴子は思わず市を見る。それに応えるように、市は尻尾をパタパタとふった。
「ねえ市、朝ごはんを食べたら……押し花を作ってみようかと思うの」
素敵な贈り物で押し花を作って、もう一つの素敵な贈り物の中に入れたならきっと蓋を開けるたびに幸せな気持ちになるだろう。そう思いながら、琴子はビロードのような市の頭を優しく撫でて微笑んだ。
それに返事をするようににゃあと鳴いた市の声をプレゼントの催促だと思ったのか「急かさなくてもあげますよ」と笑いながら、そっとベッドサイドにプレゼントを置いて温かい布団の中から冬の朝の空気に足を踏み出した。
それでもなんだか、今日は少しだけ暖かいままのような気がして、思わずといった様子で琴子がふふと笑いをこぼす。それを見上げてにゃあと鳴いた市は少しだけ誇らしげに尻尾をピンと立てていた。
成功
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